2024年04月13日

短歌note

誘われて短歌の会に行くのも批評したりされたりも結局無理だったけれど、思いついてスマホの「ジャーナル」に短歌を書くという、ちょっとした楽しみだけは残りました。
自由に思いつきで書いた分。
そんなのが少し溜まってきたので、書いておきます。

以前アップしたり、見たことあるのが出てくるのは「本人がどれをアップしたか覚えてない」のと、「てにをは」をあとで変えたりしたからです。

では、いきます。


********


仕事終え夕餉を食べて風呂すましTikTokのホストクラブへ

迷ったら両方買うのと友が言うそうだね後悔よりも贅沢

けしけしの山の紅葉が赤く燃ゆあの人の骨はそこにあるのか

今生のあかしをスマホにおさめよとささやく桜と共に映ろう

ロゴスへと変わるパトスも見当たらぬおだやかすぎるわが胸の凪

天空を三日月の爪でひっかいて赤き血も流さぬ薄墨の空

水仙のラッパがファンファーレを鳴らし今この庭に春が来たかも

なごなしに逝かないかんて思うけんいつものとおりの日々を生きよう

ひとりにて豪奢なランチを食べる日は亡き母天より料理をのぞく

ネットではガチ勢日々の推し活を誰にも喋らず仕事にいそしむ

庭仕舞い今年こそはと見上げると斬られてなるかと木蓮の花咲く

あの山のハゲ散らかしてるところにはきっと桜の花があるはず

菜の花の蛍光色でいっぱいの彼岸の土手より友が手を振る

厳寒の夜に靴下履き眠り朝の布団に残骸さがす

帰社時間五感と真摯に向き合いて食べたいものを身体に尋ねる

へたれるとモノクロームになってゆく心の冬あけ世界が色づく

寝ながらに楽にテレビが見れるねと介護ベッドにはじめて寝る君



けっこういろいろ溜まってました。
きれいな空をインスタにアップするのと似ています。
また溜まったら、ここに書きます。



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2024年03月22日

舌下免疫療法日記(ダニアレルギー治療日記)9


2020年、わたしはあまりのアレルギー疾患のひどさに、主治医に勧められるままにダニアレルギー治療をはじめた。
春の花粉症が落ち着いてからの開始することになり、2020年7月10日開始。
最初の頃はきちんと日記に書いていたけれど、最近は特に書くこともなかった。

今読み返してみると、最初の頃はいろんなトラブルに見舞われていたようである。
喉元過ぎれば…今は服薬してもなんともないので、そのトラブルさえも忘れていた。
書いて記録しててよかった。
こんなに大変だったんだ。

最初の頃の経緯はここにまとめています



3年間飲んで変わったこと

3年間飲んでて変わったことをひとことで言うなら「すべてのトラブルが自制内になった」という一言につきる。
まったく何のアレルギーもないわけではない。
黄砂やpm2.5の日は目が痛いし、スギシーズンもやっぱりそれなりだった。
でも「外出もできない。すべての杉の木に恨みつらみを木彫りしたくなる」ほどではない。
わたしは半端なくアレルギーがひどかったので「わたしも鼻水でるよ」とか「わたしも花粉症よ」と軽く言う友人の言葉すら嫌いだった。
今ならわかる。
「彼女たちは我慢できる範囲で、わたしは我慢できる範囲外だった」のだ。
今ならわかる。
「そうか。我慢できる花粉症ってのがあって、それくらいなら季節の風物詩で薬飲んでちょっとやる過ごせるんだ」と。
あくまで主観の問題なので、わたしも我慢できてないよという人は、ごめんなさい。

特定疾患(喘息)ではなくなった

「もうトクシツはずします」と主治医に言われて意味がわからなかったのが、喘息の特定疾患管理料が診療明細から外れた。
ちょっとなんですけどね。
呼気NO検査(一酸化窒素検査)というものを毎回やって、呼気に含まれる一酸化窒素の濃度を測定していた。去年の秋くらいから、9とか16という数字になっていて、先生も看護師も「お〜!」「正常値正常値!」と喜んだ。
「ちなみに最初はわたし、どれくらいだったんですかね?」って聞いたら「96 でしたよ」ええ、立派な喘息でした。
そういえば、治療の最初の頃は、毎回エアゾールと使っていて、いつのまにか、メプチンエアーのみになった。
朝方とか、寝る前とかちょっと不安になって「メプチン、シューっ」してしまってたのだが、一年前くらいから「しなくても大丈夫なはず」と主治医に言われるようになった。
「喘息が起こったらどうしようと思ってやってるだけ、起こらないから!」
と言われ続け、それでやらないように意識したら本当に大丈夫だった。

抗ヒスタミン剤は一生毎日飲むのだろうと思ってたら、そうじゃなかった

人気のビラノアを毎日飲んでいて、これはODも発売されたし、おいしいし、なんなら一生飲むものだと思っていた。

それが去年の暮れあたりから、2日に1回、3日に1回となり、今はビラノア休止。でも少し痒みが出るときがあるので、そのときだけ即効性のある抗ヒスタミンを使うようにしている。
抗ヒスタミンゼロではないが、それでも、思い出したときだけでいいというのは大きい。
春なのに。薬代の節約もできている!

わたしは花粉症じゃなかった、ひどいダニアレルギーからのものだった、だから今はマスクをせずに戸外を歩いている

この季節なのに。
サングラスはするけれど、マスクをしなくて外を歩ける。
だって室内でも仕事のときはマスクをしてから会話してるんだもん。外くらいマスクなしでのびのびしたい。
思えばコロナの前からマスクの必要な人生だった。それがマスクなしで外を歩けるなんて、4年前のわたしに教えてあげたい。

まとめ:一生つきあうと思っていた病気と、つきあわなくてよくなることについて

持病はアレルギーだけではなくて、耳の判別も悪いし、脳のくせもいろいろひどい。そういうものの中に、今後もっと悪化するものもあるだろうし、加齢とともに発症する病気もあるのかもしれない。

病とは、いきなり訪れるものではない。
いつもそばにいて、ときどきわたしを苦しめ、ときどきうまくつきあっていける、そういうものになってきたように思う(おそらく加齢のため)。
ちなみに1月はとても精神状態が悪かった。そのときも「悪いような気がする」と思っていたのだが、振り返ってみても悪かった。やっと戻りつつあるところで、全快とは言い難い部分もある。

それでも、わたしの中にかなり大きい割合で巣食っていた(アレルギー)なるものが、弱体化して、わたしは本当に今は「苦しめられずに」生活している。

理屈を聞いて「治るつもり」で治療をした。
先生も「ちゃんと続けられたし、すごい成功例だと思っている」と言ってくれた。

でも、それだけでは説明しがたいくらいの驚きを自分のカラダに感じている。
本当に、カラダが変わっていくのってすごい(と言っても、目に見えないわけなので、こうして記録しながら気づいていくわけですが)。

もう少しで卒業だけど、本当にやってよかった。
あ、ちなみに飲み忘れがないようにSLITサポートというアプリを使ってました。

そして治療法にに関する説明はこちら。

舌下免疫療法とは|舌の下(したのした)で行う鳥居薬品の舌下免疫療法専門サイト

こちらは、鳥居薬品がお届けする舌の下(したのした)で行う舌下免疫療法の専門サイト『舌下免疫療法とは』のページです。

それにしても、やっと卒業のめどがたちました。



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2024年02月12日

佐藤正午「冬に子供が生まれる」 (後半部分にネタバレがあります)





冬に子供が生まれる」感想

表紙にいる2人の子供が「マルセイ」と「マルユウ」です。

丸田誠一郎(まるたせいいちろう)と丸田優(まるたまさる)。
同じ小学校に通う2人は小学生のときに、転校生の佐渡理(さどおさむ)と共にUFOに遭遇し、その事件は新聞にも掲載される。
そして10年後「あのときの子供たち」という取材が行われ、そのときの山道での事故で先導のバイクと取材者の2人が亡くなってしまう。

運命が変わる。

大学入学目前の春休み、事故のあとにマルセイとマルユウには変化が起きる。
まるで「メビウスの輪のように」お互いの人格が入れ替わり、趣味までも変わってしまう。
マルユウと、春休みには近しい距離にいた杉森真秀(すぎもりまほ)は、手紙を書く約束をしたのに、マルユウからの返事はない。東京まで会いに来ても「なぜここにいるのか?」と事もなく言われてしまう。

そこにいるのは、外見はマルユウでも、中身は杉森とは仲の悪かったマルセイなのだから。

入れ替わりのせいで、趣味嗜好が変わるだけでなく、心が繋がっていた相手さえも繋がることができなくなってしまう。

それでも真秀はマルセイの姿をしたマルユウを見つける。
見つけるのに、そこには絡まった糸がいくつもあって、そしてマルセイは、20年の時を経てだんだんとマルセイ自身へと戻ってゆく。

という「入れ替わりの物語」ではあるが、入れ替わることで「その顔のままで、愛しい人が他人になってしまう」真秀の絶望、絶望を超え、自分の心を信じた選択、根拠のない選択をするためのいくつもの葛藤がとてもせつない。

自分を突き進む真秀に賛同できない母親の苦悩や後悔、つがいの相手を失うことの切なさが真秀だけでなく、真秀の母親や同僚の教師を通じて描かれている。
喪うことのせつなさが重厚的に描かれていて、もう最後は号泣しました。

結局、連載を含めて3度読んだけれど。
1度目は「入れ替わりの物語」として楽しみ。
2度目は「入れ替わりから起こる、いろんな人間関係の絶望や選択」に驚き。
そして3度目に、ひとりひとりの心にある「つがいを失なうことの悲しみと、そのあとを人はどう生きるのか」という物語にやっとたどり着けました。

もちろん、佐藤正午らしい、軽やかさや意外性もたくさん楽しみました!





そしてここから先はネタバレです。まだお読みでない方が読んでもおそらく「なんのことだかわからない」的なネタバレが多いかもしれません。異論や解釈の違いについてはコメント欄でお願いします。


この小説の筆者は湊先生・・・湊先生はマルセイ、マルユウ、佐渡くん、真秀の4人が仲がよかった中学時代の教師。奥様を急な病気でなくしている。自分自身も脳疾患で危ない目にあったときに「小説を描きたかった」ことを思い出し、執筆をはじめた。

マルユウについて・・・父親は野球のコーチをしており、自分も高校時代は野球をしていた。高校生の頃、杉森真秀と鈍感ながらもいい感じになる。しかし、UFO取材時の車の事故で、マルセイとほぼ入れ替わり、大学では野球をやめ、真秀と自分がどういう関係だったかも思い出せない。

マルセイについて・・・小学生の頃からマルユウ、佐渡君とは仲がいい。それに真秀まで入れて中学のときは4人組みだった。高校でバンドでベースをやろうと提案し、そのバンドはのちのデビューしてメジャーバンドとなるが、マルセイは大学時代に脱退している。マルユウと入れ替わり、自分がいるべき場所と思えなくなっている。のちにマルユウの父親と出会い、野球のコーチとなる。

真秀について・・・杉本真秀、のちの丸田真秀。母親の杉森先生(マルユウの小学校時代の担任)とともに、マルユウの大ファン。そして。気持ちが伝わったと思ったのもつかのま。マルユウの中身がマルセイとなってしまう。どういう経緯かわからないが、のちにマルセイと結婚して妊娠する。そして、マルセイがだんだんマルセイに戻っていくうちに離婚を決意。

佐渡理について・・・転校生で、マルセイマルユウの名付け親。実際に小学生の頃にUFOを見たが、取材時は病気治療のため入院していた。
マルセイの死後、やめていたタバコを吸うことがある。公園でタバコをポイ捨てし、会社の同僚に窘められる。
この公園のシーン。マルセイの死後のいたずらのようなものが随所に感じられる。
公園の大時計の時間が狂っていたり、上空に透明な膜が降りてきたりしている。

マルセイの持つ力について・・・マルユウの腕にあった痣がマルセイの腕に移ったからなのか、マルセイは不思議な力を発揮している。
・大学時代にバンドを抜けたが、このバンドがメジャーになるように祈って、それが実現している。
・ゴルフ場で二人が行方不明になった事件。これもマルセイがなんらかの力を使って行っている。
・脳疾患で危なかった湊先生のもとへ行き、先生に手当てをして助けている。
・そして、マルセイのボルボを見つけた湊先生に、メッセージを残している。

以上、ネタバレというよりも、随所にあるものを拾いあげたような形になってしまいました。
まだまだ気づきがあったら追加していきたいと思います。





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2024年01月14日

佐藤正午さんの「冬に子供が生まれる」2024年1月30日に発売



待ち切れない気持ちが長すぎて「自分のなかでの情報解禁は2週間前」と決めていました。

7年ぶりの新作?
「月の満ち欠け」から7年?
自分の中では5年くらいの感覚だったのですが、月日のたつのは早いものです。

同学年の友人の「マルセイ」と「マルユウ」の物語。
同級生の思い出話にびみょうな食い違いがあり、読者の記憶も混同される。「UFOのこどもたち」だった2人が巻き込まれた事件のこと。それに関わった人々の違和感。そういうものが語られるうちに、わたしたちは「気づかされて」ゆく...

もともとは書き下ろしの予定だったのですが、作者が推敲、改稿するにあたり「webきらら」での連載という形になったので、幸運にも連載で読むことができました。
一冊の本となったものでゆっくりと味わいたいものです。

それにしても。
7年。

そのあいだに「月の満ち欠け」の編集者であった坂本政謙さんは岩波書店に社長になられました。
今確認のためにぐぐってみたら、八戸市の特派大使もされているそうです。すごいです!
「月の満ち欠け」の発売記念サイン会で一緒に映った写真を大切にしたいと思います。

また執筆中の難聴?耳鳴りに悩まされた作者佐藤正午さんに関してもずいぶん心配しました。小説を描くことは「身を削ること」なのかもしれません。

そして、その一方で「月の満ち欠け」の映画化。
「めめおし」という言葉が出た、書くインタビューの記事は、心の広いsnowmanファンの方たちに拡散され「神回」となり。旧ツイッターで200以上のリツイートを目の当たりにしたのもいい思い出です。



「新作は2024年1月発売予定」と、心で唱え、楽しみをかみしめるように、日々の生きる糧としてきました。

あと少しです。

興味のある方の手に渡って、同じ気持ちの感動をわかちあえますように。







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2023年12月29日

伊坂幸太郎「Have a nice day!」オール読み物1月号

 実は忙しすぎて活字が読めなかった。
 「物理的に活字を読む時間がない」わけではなく、読んでも活字が頭に入らないのだ。
 「紛争でしたら八田まで」の14巻さえも途中までしか読んでない。やばい、やばすぎる。こんなに活字大好きな人間でさえも、活字が入らなくなってしまうんだ。
 どんなに考えても仕事のしすぎはよくない。
 年末にいくつか懸案が片付いたのでよかったけれど、本当、活字が生活からなくなっていくのは、からだがからっぽになっていくようだった。duolingoくらいしか友達がいなかった。

 そんな状況で「今年のベスト本」など思いつくわけもなく、「そうだよね、好きだった本はそのつど感想を書いているし、リストアップなんてとても無理」と思ってたけれど、活字リハビリのために読んだ伊坂幸太郎の短編が想像以上の勇気と元気を与えてくれたので、これを紹介したいと思います。

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 中学生のエンドウさんとフジサキさん、そして田中先生の物語。
 高校入試に不安があったフジサキさんは「誰にも見られずに三越のライオンに跨がることができると願いが叶う」と、ネットでの情報を入手し、エンドウさんとともに仙台三越のライオン像でチャレンジしてみる。
 そこで見えた幻影。そこから起こる未来の事件。
 過去と未来がライオン像を通じて繋がっていて、もちろん、3人の人生も絶妙に絡み合っていく。

 Have a nice day! って、命令形なのかな? でも「良い日にしろ!」って言われたらちょっとプレッシャーだよね。
 ネズミ講はいやだけど、ネコ講があるならそっちの方がいいなあ、ネコはほら、気ままでのんびりしてるから。

 なんていうエンドウさんとフジサキさんの会話を読むのはとても幸せだったし、意外な事件も起こってくるけれど、あいかわらずの軽やかさで、解決するための心の動きが、わたしにとても気持ちのいいものを送り込んでくれた。
 
 そして、わたしは「ああ、新年になったら三越に行ってなにか買いたいなあ。忙しかったんだもの、いい日になるように素敵な買い物をしたいなあ」と思ったのでした。
 それは梶井基次郎の「檸檬」の読後感とはちょっと違うけれど、少し似ているかも。

 いろいろの対応で「仕事おさめ」というゴールポストが思ったよりも後ろに下がってしまったけれど、なんとか、それでも今年が終わります。
 
 「野生時代」で佐藤正午せんせいの「熟柿」も読んだけれど、これは、連載ものなので、感想はのちほど。

 それでは。
  Have a nice day!



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2023年11月12日

喪中葉書を作った

 「わたしの母がなくなったことと、わたしが友人に新年のご挨拶をすることはまったく関係のないことだと思う」
 「でも、人はそういうふうには思わないよ。なんで喪中なのに年賀状を出すんだろうって思うよ」
 というやりとりを数日前にオットと行った。

 オットが「今年は年賀状ではなく喪中葉書だから早く用意しないと」と言ったのだ。
 「あなたの友人やあなたの仕事関係の人には、よけいに奥さんのお母さんのことなんて関係ないと思うのに?」
 「そんなことはないよ。義理のお母さんがなくなったので年賀状は欠礼という葉書は毎年けっこう多いよ。自分は年賀状出すつもりだったの?」
 「うん。そうだよ。だって、年に一回のやりとりを楽しみにしてる人だっているのに。味気ない欠礼葉書なんて送ったら、楽しみも何もないじゃん」
 半分は嘘である。実は年賀状でさえもおっくうでいつかは辞めようと思っている。
 ただ、昔からのネットの友人の数名に実名の年賀状を送っており、これはたしかに「特別感」があるのだ。
 ハンドルネームでネット上のやりとりをしている関係なのに、年に1日だけ、本名で紙の年賀状である。自分の描いた絵や写真を小さくアップしたりcanvaでデザインしたり、それは間違いなく「ささやかだけど特別なこと」なのだ。
 それを味気ない欠礼葉書に変えるのはなんだかとてもやるせなかった。

 オットとわたしの母は特別に仲がよかったわけではない。
 お正月にわたしは母のところに行くけれど、オットは顔を出さなかった。
 翌日仕事に出るので夜遅くまで外出していたくないことと、わたしの兄弟の集まりに気後してしまうことが原因だった。
 ただ、オットの通勤路と母の散歩道は重なっていたので、しょっちゅう町なかで出会って会話はしていた様子である。
 それで十分じゃないか。
 母の散歩のとちゅうに買い物の荷物の重さを気遣ってくれたり、好意的に会話してくれる関係だけで、わたしには十分だったのだ。

 「だから、年賀状ださないほどに悲しむ必要はないと思うのに」
 わたしはいまだに休日に遊びに行く実家をなくしてさみしい思いをしているけれど、オットにはそれもまた関係のないことである。
 「でも、世間の人がちゃんとやっていることをやらないとおかしいと思うよ」。

 ああ。またそれか。
 メンドクサイ。
 オットはこんなことをスキップするほど好きには生きてないのだ。
 それはそれでいいことだと思う。
 
 でも、オットが欠礼葉書で、わたしが年賀状ってよけいおかしいよなあ。

 と思いながら。
 仕方なく妥協した。

 今日、喪中葉書を印刷した。
 オットの文面とわたしの文面にわけて。

 他人を一緒に住むことは妥協の繰り返しである。

 まあ、妥協だけじゃなくて、助かっていることもあるから、あんまり文句ばかりでもいけないと思うのだが。

 そういうわけで今年は喪中葉書です。

IMG_1117.JPG




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2023年10月07日

伊坂幸太郎「777(トリプルセブン)」後半に少しネタバレあり

777 トリプルセブン (角川書店単行本) - 伊坂 幸太郎
777 トリプルセブン (角川書店単行本) - 伊坂 幸太郎

先週の土曜日に新聞広告を見つけ、そのままkindleにダウンロードした。それからちょうど1週間。
「読むのがもったいない、もったいない」と、前のエピソードを遡りながら読んでいたのだが、結局は2回読んでしまった。
感想はひとことで言うと「おもしろい!」でした。

2010年発刊のマリアビートル(2022年 Bullet Train としてブラッドピットの主演で映画化)の続編という位置づけでいいのかもしれない。

「マリアビートルの生き残り(E2の生き残りとここでは言われる)である「運の悪い殺し屋」七尾が、「ホテルの顧客に誕生日の絵を届ける」という簡単な依頼を受けたことから物語は始まる。
些細なボタンの掛け違えが起こり七尾(天道虫)はまたも事件に巻き込まれる。
一方「神野結花」は記憶力の良さゆえに利用されていたが、身の危険を感じて「乾」のもとを離れる。
そこに、逃すための「業者」、捕まえるための「業者」、関わりがないはずなのに事件に巻き込まれる「マクラ」「モウフ」「七尾」までが入り乱れて、もう、わけがわからないほどの死体が、ホテル「ウィントンパレス」に転がってゆく。

憎めない「業者」もいるし、本当に「残忍な血の通ってない業者」もいる。
殺し屋周辺業界もいろいろで大変だなあと思うが、作者ならではの「血の通った描写」におもわずリアリティを感じてしまったり。

ラストは大どんでん返しで、もうびっくり!
もう、ここは、ネタバレできないので、ほんと、読んでみて、楽しんで驚いてくすりとしてほしいです。

大事なことなので繰り返します。「めっちゃおもしろいよ!」




ネタバレ的おまけ(登場人物と登場したホテルの部屋の号数)
* 登場人物が多いので一部メモしていますが、特徴や人物像は書き残していません。ご参照ください。

2016号 真莉亜の友人の男の部屋
2010号 高良の部屋
1914号 神野結花の部屋 ココもここにいる
1720号 蓬実篤と佐藤の部屋
1121号 爽田の部屋(のちに神野結花と七尾が合流)
525号 神野結花の2番目の部屋
405号 金髪の男(正直この人が誰なのかわかりません、誰か教えて!)
3階  宴会場
2階  レストラン
1階  ロビー






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2023年09月03日

当ブログに掲載していました「ミドリの森」をkindleで出版しました





当ブログで細々と不定期に連載していました「ミドリの森」です。

本人いわく「ノワールアンソロジー」。ネイルサロンで働く3人の女性の物語。

去年完結して、本当はすぐに出版する予定でした。

ところが、いざ読み返してみると「もう少し書き加えたいなあ」という思うがむくむくと沸き起こり、加筆しました。
ネットではなるべく簡潔に書きたいと思っていた部分を、少しつけくわえています。

そしてkindle出版も一筋縄ではいかなかった。

意外にいろいろむつかしくって、いろいろ読んだり、解説のyoutubeを見てみたり。

そうやってできあがった、自分にとっては可愛くてたまらない一冊です。

unlimitedの方は無料ですので、ぜひとも読んでみてください。

そして、unlimitedじゃないけれど、読んでもいいよ、という方は250円です。
よろしくお願いします。

そして、ここからが大切なお願いです。
あ、やっぱりおもしろくなかったから、読むのやめようという方もいらっしゃるかと思います。
それはほんと人それぞれなんですが。

星の評価をよろしくお願いします。
五つ星をつけていただくと、飛び上がってよろこびます
そして、そして、もっと奇特な方がいらっしゃいましたら。感想のコメントもお願いします。(今後の人生に必ず幸運が訪れますように)とお祈りさせていただきます。



ご注文はこちらからどうぞ!


それにしても、自己流でよくやれたなあと思いました。
でも、やり方わかったので、今年中にあと一冊出版したい!と思っています。

追記:電子書籍を読まない方のためのペーパーバック出版もずいぶん試みましたが、こちらはとてもむつかしくて、いったんあきらめました。
また時間をおいて挑戦したいです。





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posted by noyuki at 10:49| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kindle出版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月29日

サイゼリアのミラノ風ドリア

 人は、他の人と関係を持ちながら生きているので、死ぬと、自分の意志と関係なく理不尽にその関係性が終わってしまう。
 その、理不尽さや唐突さになんとか理由をつけて納得しようと思うのだが、理由をつけてもさみしいものはさみしい。
 そしてそのさみしさはだんだん小さくなっていくように見えて、ある日唐突に、嵐のようにやってきてしまうのだ。

 母が亡くなってしばらくして、ひとりでサイゼリヤに行った日に、恥ずかしいほどに泣いてしまった。
 外食が好きな母は「サイゼリヤのミラノ風ドリアを食べたい」「わたしはドリアが大好き」とよく言っていた。
 時間の余裕があれば連れていくし、面倒で他のお店を提案することもあった。
 サイゼリヤはショッピングモールの2階にあるので、駐車場からの移動など足の悪い母を連れていくには、けっこう神経使ったからだ。

 そもそも子供連れが多いショッピングモールがわたしは苦手だ。
 だが今日は、どうしても額装したいポスターがあってニトリの額縁を見に行きたかった。複数のポスター並べるために、色合いや大きさを見て、おおまかなレイアウトを決めた。
 もう一度家に帰ってポスターの配置を決めよう。
 そこまで決めて、ショッピングモールの用事は終わった。

 そしてランチ。せっかく来たんだからサイゼリヤに入ることにした。
 「あ、母も来たかっただろうな」
 そう思ったら、注文紙を手渡したあとに涙が出てしまった。
 「こんなに安いのにすごいね、おいしいね。せっかくだからデザートもいっぱい食べよう! のゆきは若いからデザートふたつ食べるといいよ」
 食べることに貪欲で、いつも目を輝かせていた母を思い出した。

 ドリアではなくてハンバーグとフォカッチャを注文したけれど。
 おかしいんじゃないんだろうか?
 悲しいとか、そういう感情もなくただただ、涙があふれてくるのだ。
 なぜだかわからない。
 食べながらも涙があふれてくる。
 足の悪い母にペースをあわせることに神経使っていたのに。
 もう、そうじゃなくて、ひとりで好きに歩いていいのだと思っても、なぜだか涙があふれてくる。
 当然だが、泣きながら食べても、おいしくはなかった。

 となりの席には小さな赤ん坊を連れた夫婦がいて、夫婦は8ヶ月くらいの小さな女の子を交代で抱っこしながら食事をしていた。
 ときに女の子はぐずり、ご主人が外に連れていってるあいだに奥さんが食べたり。大変そうだなあ、でも外食はしたい。その気持ちはなんとなくわかった。
 
 わたしはもともと外食はひとりが多いので、母以外の誰かとサイゼリアに行くことなんてないのかもしれない。
 
 そんなことを考えながら、家族連れの中の女の子を見たら、ふっと目があった。
 小さく笑いかけると、その女の子は、手をバタバタさせて笑いかえしてくれた。
 びっくり!
 「すごい! おりこうさんね!」
 隣から声をかけると、また、その言葉に反応して、手をバタバタさせて笑いかけた。
 抱っこしていたお父さんが「ああ、ありがとうございます」と言ってくれたので、調子に乗って何度も笑いかけると、女の子はなんども笑い返してくれた。
 「すごいね、感動してしまう!」
 この子は何を知って、何を伝えるために、こんなに笑い返してくれるんだろうか?

 お母さんは女の子の機嫌のいい時間ができてほっとしたように見えた。その時間に、少しゆったりした気分で外食を楽しめた様子だった。

 「ねえ。ドリアくらいなら、食べさせても大丈夫かな?」
 とお母さん。
 「柔らかいから大丈夫と思うよ」
 お父さんが答える。
 言葉の意味がわかるんだろうか?
 女の子が、テーブルの方に身を乗り出す。
 お母さんが、もう熱くないはずのドリアを、スプーン3分の1くらい女の子の口に入れてくれた。
 目を丸くして、また両手をバタバタした!
 よほどおいしかったんだろう。
 ふたくち目をねだって、ずっと両手をバタバタさせている。
 また口に入れてもらって、何度も何度もおねだりして。

 そうして女の子は、誇らしげにわたしの方に笑いかけた。

 世界がどんなふうに成り立って、どういう理由でこういうことが起こるのか、わたしにはわからない。わたしはミラノ風ドリアは注文しないし。輪廻も憑依も信じない。
 それでも、世界には物語が溢れている。

 わたしは、理由もわからずそれを書き記し、そして書き記すことで、このさみしさを、少しずつ忘れていけるんだろう。

 おかげで、ひとりでメソメソしていたわたしもすっかり泣き止んで。

 さて、と、デザートのティラミスのために、注文ボタンを押した。
 



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2023年06月18日

西の魔女との毎日

「西の魔女」が不自由な身体から脱出して、タマシイがわたしのまわりをふわふわしているのは知っていた。
「知っていた」というのも変だが、ペンやメモ帳など「いつも使い慣れているものがなくなってしったり、ポトリと落ちてしまうから。ああ、いたずらしてんだな」と思っていた。
「わたし、どこにも行ってないよ、ここにいるよ」
それが西の魔女のメッセージを受け止めていたし、怖いとか悲しいとかもなかった。そして、なによりも、後悔もなかった。
西の魔女は、今はわたしの近くにいてくれる、そう思うのは、ちょっとした安心感でもあったけれど、きっと誰も信じてくれないので、兄にも誰にも教えてあげなかった。

西の魔女の姉妹がいうには「魔女は、ここ数年は性格が変わったように楽しく生きていた」そうだ。
「悪い人じゃなかったけれど、ぴしっとしてたよね。でも。だんだんそうじゃなくなってきた。ここ2年くらいはすごく楽しそうだったよね」。
家の近くに「デイサービス」なるものができて、自費利用でそこに通っていた。
そこはギャルメイクの女の子や、髪をポニーテールにした男の子がスタッフで、運動をしたり、みんなでドライブに行ったり、友達を作ったりしてた。
「ぴしゃっとしていなくて心地よくって、いい具合のバラけてる世界」を西の魔女が愛していたんだなと思った。

その日の夜、わたしは「ふっと思いついて」 ムスメとふたりで夜に山道に蛍を見に行った。
何度か道に迷った。真っ暗な狭い山道をなんどかUターンした。そしてようやく蛍のいる公園。真っ暗な川の中洲の木々にたどり着いた。
木々には蛍が点滅してた。天然のクリスマスツリー。
ああ、きれいだなあ、そう言ったら、遠くで「ほんと、きれいよね」と聞こえたような気がした。

わたしは、毎日車をドライブしていろんなところに行った。
知らないお店で高いシュークリームを買ってみたり。
魔女とよく通ったカフェに「いつものメニュー」を食べに行ったり。
山沿いの雑貨ショップで無駄買いしてみたり。
家にいるのがもったいないみたいに、ほんとにいろんなところにドライブをした。
おいしいものを食べること、知らないところをドライブしてみること。
西の魔女が大好きだったことを「ねえ、もっとやろうよ」と袖をひっぱられるようにして、わたしは続けた。

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山奥のお寺まで紫陽花も見にいった。
以前に西の魔女と来たことがあるけれど、足の悪い魔女は傾斜を歩くことができず、そのときは駐車場から全景を眺めたのみだった。

不自由な身体から自由になった西の魔女は、山奥も蛍の里もどんどん自由に飛び回る。
そして喜ぶ。
わたしは改めて、身体以上に自由だった、西の魔女のタマシイを感じている。




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※ 6月8日。それまで元気だったハハが急逝しました。わたしはとくに後悔することもなく、今もまだハハの魂と遊んでいる気分です。
posted by noyuki at 16:21| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする