2017年08月09日

8月9日の空を見上げる

8月9日の空を見上げる


もう何年も前から変わりなく、長崎出身の友人げんたのさんは8/6日と8/9日の空を見上げ、その日の空の風景を写真でアップしてくれてた。

わたしはすぐに忘れてしまう。
空はいつでもわたしの上にあって、見上げようと思えばいつでも見上げられるものなのに。

わたしは「平和」も同じようなものだと思ってしまってるのかもしれない。
あることさえも当たり前のもの。

当たり前のものが当たり前にあることの幸せを忘れないように。
今年も空を見上げます。

大きな雨粒が降ってきました。


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posted by noyuki at 08:22| 福岡 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

「佐藤正午氏の(月の満ち欠け)直木賞を待ちながら」


ブログも更新せず、気がついたら一ヶ月もたってたからびっくりした次第。
いったい何をしていたんだろう?
と考えていたら、佐藤正午せんせいの「月の満ち欠け」が直木賞候補になって、受賞してという一ヶ月だった。

{直木賞の結果を待つなんてことは、めったにない経験なので、時系列で記録しておきます}

2017年6月20日:直木賞候補者の一覧が配信される。候補者5名。なかには「読もうと思って買っていた本」と「買いたいなと思ってた本」の作者もいらっしゃる。ここは願掛けにて「読まない」を選択。

2017年同日:候補になったからとできることはあまりない。とりあえずスマホの待受を「佐藤正午氏の近影」に変更する。

2017年6月22日:直木賞「大衆選考会」のページを、ファンの友人に教えられる。「選考には関係ないかも」と思いながらもはやる気持ちを抑えられず書き込む。あとで聞くところによると、この大衆選考会で1位2位の作者が直木賞を受賞することが多いとのこと。

ちなみに、こういう情報が自然にずるずる入ってきたわけではない。
Twitterはじめ、いろんな記事、下馬評の検索にかなりの時間を費やしてしまっている。
なにもできないので、こういうことをやってしまうのだ。

2019年7月:ニコニコ動画で生中継があることを知る。当日の仕事のスケジュールを確認。

2019年7月19日:夕方6時すぎから、ニコニコ生放送を見る。解説の方の話を聞きながら選考結果を待つ。
19時くらいに発表予定とのことだったが、なかなか結果を入って来ない。時間がかかっているのかとヤキモキ。

2019年7月19日:19時20分。会場にカメラが切り替わる。女性がひとり入ってきて、壁に紙を貼る。
まずは芥川賞。そして、直木賞。間違いなく「佐藤正午 月の満ち欠け」と書いてある。
生放送を見れなかった友人に電話する約束をしていたので、すぐに電話して喜び合う(ここで感極まって泣きました)。

それからあっという間に「人多すぎ」になって、プレミアム会員でないので視聴できなくなる。
LINEで友人とあれこれ探して、記者会見が見れるネットを探してやっと視聴。

それから、ネットに書きこんだり、自分のことではないのにお祝いのメールが来たり、と、お祭りのような喜びの日々を過ごした。やり残したことはあるものの、とりあえず今は放心。
生きているとほんと、予想もしないことがたくさんあるなあ、と改めて思いました。
佐藤正午さん「月の満ち欠け」直木賞 おめでとうございます!

月の満ち欠けの書評はこちら

「月の満ち欠け」からの二次創作「戦場のパーティ」

「月の満ち欠け」を読んで、「意図せずに生まれ変わる人もいるとしたら、自分も、もしかしたら生まれ変わりを信じられるかもしれない」と言った友人に向けて書きました。


そして、電話による受賞会見のもよう




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posted by noyuki at 13:45| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

戦場のパーティ


夢の中で、わたしの家はいつもここだ。

大通りから横道に入り、大きな川の堤防へと向かう。アップダウンの激しい人家の少ない畦道だ。堤防にぶつかる。左方向に曲がる。今度は急な上り坂が続く。両側には背丈ほどの紫陽花。荒々しい坂道だ。
その坂の中腹に、わたしの住む2階建ての木造の家はあった。

わたしは27才。
父母はすでに存命していなかった。大きな木造の家にいるのはわたしひとりだ。
わたしには仕事があったのだと思う。わたしは毎日坂を歩いていたからだ。でも、どういう仕事だったのかは詳しくは思い出せない。
簡単な事務作業だったのだろう。大きな口ひげ男が「今日はこういう書類を作ってくれ」とか「これをまとめてくれ」とか指示して別の部屋に行く。わたしはそのあと一日中閉じこもってひとりでその仕事をしていた。
当時は戦時中で、どこか落ち着かなかった。
さみしいとか心細いという感情の行き場所がなかった。
わたしは、なすべきことをこなしてはいたけれど、ぼんやりと生きていた。

わたしはふわふわしていた。
感情というものを自分の中に育てることができない。
戦争のせいかもしれない。
あるいは、持って生まれたものだったのかもしれない。
さみしくもなかったけれど、楽しくもなかった。
生きていくというのは、夜が明けて朝がきて、食べるものがあって、それ以外になにがあるのか?
わたしは何も知らないままに死んでしまったような気がする。

そのあたりの記憶はあいまいだ。

ある日、家に帰ってくると、夕暮れに玄関を叩く人がいた。
若い男性だ。めずらしい、と思った。若い人はみんな戦争に行ったと思ってたのに、まだ、こんなところにいたんだ。

「数日中に家を出てください」目のくりんとした坊主頭の少年は言った。白い開襟シャツを着ていた。
「空襲が激しくなっています。ここは飛行機工場の裏手になるから爆撃を受けたらいっぺんに燃え移ってしまう。そうなる前に退去してください。どこか身を寄せる場所はありますか?」
「はい。親戚に疎開します」とわたしは言った。
嘘だ。田舎なんてないし、身を寄せる家なんてない。正直にそう言って、そのあとのやり取りをするのが面倒だった。

「残念ですが、この家は壊すことになると思います。延焼を防ぐためにです」
「そうなんですね」
「景色のいい家ですね。坂のとちゅうの紫陽花がここからは広くに点在してみえる」
「そう、縁側から見るとね、海の中に白い波が見えるみたいに、明るい色の紫陽花がそこらじゅうに見えるんです。まるで、船上でパーティしてるみたいに」
「戦場のパーティ?」

わたしは言葉の意味が上手に伝わらなかったことを後悔した。
わたしは喋らなさすぎたり、喋りすぎたりしてしまう。
そして、だいたい正確には伝わらない。

「外来語をむやみに使うと叱られます。でも。自分はそのパーティというものをいつか楽しんでみたい。どうか、安全に避難してください」
坊主頭の少年はそう言った。

「いつか」?
「楽しんでみたい」?

いつか、先のことなんて考えたことあっただろうか? そしてそれが「楽しんでみたいこと」だったことなんてあっただろうか?
そういう未来があるのか? 
そう思いながら、少年の目を見た。漆黒のビー玉のような目だった。

その目を見たときに、今まで感じたこともないなにかを感じたことを覚えている。
ぽっと。ろうそくの火が灯るような感覚だった。
何も変わりはしなかった。ただ、ろうそくの炎の分だけ、世界が明るくなったような感じがして。
そして、炎はすぐ消えた。

わたしという月は急速に欠けていって、それから先のことはおぼろげに覚えているが、痛みもなにもそこにはなかった。
勧告にも従わず、行く場所もなかったわたしは、炎に包まれて、この家の中で朽ち果てた。
悔しさも後悔もなかった。
わたしは死ぬ前にずっと欠け続けて、新月になってしまっていたのだ。
わたしはふわふわのまま死んでいった。

******


27歳をすぎてはじめて、いつも夢に出てくる家が、わたしの昔の家だったことに気づいた。
前の世界のわたしは27でなくなったのだ。わたしはその後の人生を生きてみようと思った。

わたしはあいかわらずふわふわしていた。

それでも恋もしたし28歳で結婚した。少し強引なところのある人で、わたしを孤独な世界から外へと連れ出してくれた。
ふつうの結婚、そして夫の帰りを待つこと。夫はわたしの作る食事はどれもおいしい、と言ってよく笑ってくれた。
そんなことが自分にあるなんて思いもしなかったので、とても驚いた。
なのに結婚生活は長くは続かなかった。
夫は職場に好きな人ができて、ある日、わたしにあやまる長いメールを送って、そのまま帰ってこなくなってしまった。
メールも携帯電話もその日をさかいに通じなくなった。

どうして、腕の肉が削ぎ落とされるように痛いんだろう?
どうして、内蔵をひとつ掴みにされたみたいにカラダが苦しいんだろう?
どこか身体の一部分を持っていかれたようだった。
またわたしは欠けていきつつあった。生きていく感覚は急速になくなっていった。

そういう時間を長く長くやりすごして、それでもなぜかわたしは生き続けた。

わたしはまだ2回しか生きてないから、いろんな感情をうまく処理できないのだろうか?
とすれば、まわりの人は、もう何度も生まれ変わった人ばかりなのだろうか?
苦しいことから順番に覚えていった。
苦しいときは、こんなに身を削がれるってことから覚えていった。
だけど、不思議なもので、苦しいことがあれば、相対的に楽しいことがわかってくるってことにも気づいた。

そんなわたしのことを心配して一緒に夕飯を食べてくれる女友達ができたり。
給料日には男女いっしょのグループで居酒屋に行って大騒ぎをしたり。
そして。酔っ払った男が私の家に泊まったり。
それでもつきあうことはなかったけれど。
ささいなことがどんなに楽しいのかわたしには少しずつわかってきて。
「でもさ、生きていると楽しいこともあるよね」
そんなことをやっと言えるようになってきた。

働いている福祉施設のデイサービスで、わたしは昼休みに外に出ようとする男性の見守りをする。
玄関の椅子に座って、井本さんは杖を自分の脇に置き、入道雲の様子を見ながら、今日の天気の予想をしたりした。
「出たらどこに行くかわからないから、出ないように気をつけて」と言われるけれど、井本さんは外には出ない。
この椅子から外を見ながら、いろんな話をしてくれるだけだ。
そして、その話を聞くのが、わたしはとても好きだった。

「ほんとは飛行機乗りになるつもりだったんだよ」
ある日井本さんは言った。
「飛行機に乗るための試験を受けに行ったんだけど、そのとき蓄膿症がひどくてね、不合格になってしまったんだ。まわりがみんな行ってしまって、自分が乗れないのはつらかった。けど、それでも自分はこの年まで生きているね」
井本さんは少しばかり記憶があやふやだけど、昔のことはよく覚えている。
「坂の下町のあたりにいたんだよ」
「ここから10キロほどのところですね」
「ああ。もう工場が空襲でやられるだろうってことで、まわりの人を疎開させるためにずっと説得して歩いてたんだよ。坂のとちゅうの家に住んでたお嬢さん。どうなったんだろうかって時々思うんだ。わたしが訪問した日の夜に空襲があって、あのあたりは焼け野原になったからね。疎開するって言ってたんだけど、ちゃんとすぐに出られなかっただろうなあとか。いまだに心配になるんだよ」

それはわたしだ。
生まれ変わる前のわたしだ。
わたしは逃げなかった。
そして、新月のように真っ暗なわたしになって、記憶をなくして、消えていったのだ。

「井本さん。そのひとはきっと今も生きてますよ。わたしにはわかります」
「そうかなあ、そうだといいなあ。そうだ、お嬢さん、あなたにちょっと似た感じの人だったよね」
「きっと幸せに生きてますよ」

そうだね。この年まで生きたんだもの。幸せでいてほしいよね。
井本さんはそう言いながら、入道雲の空を見上げた。

面影のある顔。ビー玉のような丸い眼球。
そうだ。あのとき、わたしはろうそくの火がぽっと灯るような気持ちになったのだった。

あの気持ちをなんと言うのか、今のわたしにはよくわかる。
よくわかるようになるまで今度は生きられて、ほんとうによかった。





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2017年05月26日

「書くインタビュー 3」 佐藤正午 小学館の本気

書くインタビュー 3 (小学館文庫) -

佐藤正午氏と東根ユミさんのメールによるインタビューはもうずいぶん長いこと雑誌「きらら」に掲載されている。
とちゅうで「鳩の撃退法」の連載が「きらら」ではじまって、終了してからまた再開されたと記憶している。

長いよね。

書き下ろし作品「月の満ち欠け」の執筆中が、この「書くインタビュー3」の真っ最中だったわけだ。
今読んでみると、「ああ、最初はこういうアプローチだったんだな」とか、書くことに対する信念やこだわりまでがとてもリアルに感じられる。
あと、真夏のポケモンGO!とか、お父様の葬式の日の憤然!たるエピソードとか、文章という芸で読ませ、笑わせてくれるところも見逃せない。

でも、最大に見逃せないのは、この「書くインタビュー」自体が、全力で、佐藤正午氏の新作書き下ろしを、待ちわびているところだ。
帯を見ていただければわかる(すみません、上手に貼れなくて)

本書の最終章は「タイトルと発売月」が発表されるところまでだ。
いや、もう、雑誌連載中の胸の高鳴りがありありと思い出せた。





他社の作品であるとか、まったく関係ない。
これは、「月の満ち欠け」が傑作であることを信じ、たくさんの人の目に触れ琴線に触れることを信じている人が作った帯だ。

「月の満ち欠け」で胸熱になって、そして、他にも「胸熱な人たち」がたくさんいることにまた胸熱になってしまう。

作品をまちわびる時間も。
作品を読む時間も。
そして、読後の思いを交わす時間も。
ほんとうにどの時間も幸せだよね。


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2017年04月30日

月尾島(ゲツビトウ)のさくら




ソメイヨシノはまだ。



「さくらはやっぱり月尾島(ゲツビトウ)よ。島のぐるりにさくらが植えてあってとてもきれいなのよ」
ベッドの上で麻子さんが言った。

「そこは仁川(ジンセン)から近いのですか?」
わたしは尋ねる。
わたしにとっては仁川は(インチョン)なんだけど、麻子さんは日本語風に(ジンセン)という。

「近いね。島だけど、歩いて渡っていける。その島のぐるりに桜を植えてあって、すごくきれいよ。みんなでそこに行って花見をするのよ」
「日本人も韓国人も?」
「そう。うちにいた韓国人もみんな。韓国人のお菓子とか持ってきてた」
「トックとか? 」
「名前はわからないけど、どれもおいしかったよ」

麻子さんの家は商売をやっていて、いろんな人が働いていた。
主人である麻子さんの父親に褒められるよう、雨が降ると小学校まで迎えにきてくれた。
チョンシギとかカクチョギとかそういう名前だったと思う。
ひとりは傘を持ち、もうひとりがおんぶしてくれた。
麻子さんは満鉄の駅の名前を順番に言える。
仁川、京城、とそらで。

わたしはスマホでウィキペディアを見る。

軍の基地があったようですね。そしてロシアもいて領土争いもあった。
もしかして桜は、日本であることを主張していたのかもしれないですね。

そうかもしれないけれど。それでも花見は楽しかったよ。

わたしは慰安婦問題まで持ち出す。そんなことはないよ、と麻子さんはきっぱりと言う。
どこかではあったのかもしれないけれど。

終戦になり、麻子さん近所の人の船で慌しく帰国する。
そのあたりで話はだんだん、もうあいまいになる。

大正生まれの麻子さんの記憶は、どこまでもクリアというわけではない。
だけど、わたしは、麻子さんから聞く韓国の話が好きだ。

仁川にあった柳の木や、可愛がられた記憶。
時代を見てきた人の話が好きだ。
資料や主張の中にある事実と違うかもしれないけれど。
幸せな記憶を麻子さんが何度も繰り返す、その話がとても好きだ。


ちなみに現在の月尾島(ウォルミド)のようすはこちらです(soulnaviより)



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2017年04月22日

「月の満ち欠け」 佐藤正午 岩波書店 (ネタバレ注意)








若い頃「前世」の夢を見たことがある。
わたしは23歳くらいの女性で、戦時中の空襲で防空壕で亡くなった。
やけに生々しい夢だった。
ただ、わたしの記憶はそれだけ。
彼女はそれ以上のメッセージを託さなかった。

人には二通りの死に方があるという。
樹木のように死んで種子を残す道と、月のように、死んでも何回も生まれ変わる道。

「月の満ち欠け」は、月の満ち欠けのように、生と死を繰り返すことを選んだ「瑠璃」という女性の物語だ。

既婚でありながら、三角アキヒコという男性を好きになり、そして鉄道事故(自殺?)でなくなった瑠璃。
瑠璃は何度も生まれ変わり、アキヒコの元に行こうとする。

「ラブストリーなの?」「ミステリーなの?」「SFなの?」という問いかけには、「その全部!」と答えるしかない。

三角くんの目線で描かれる「瑠璃」は、髪の分け目から、たよりない短い線のような唇、そして会話のひとつひとつまで、とても愛しく美しく描かれていてジンとなってしまうし。
生まれ変わった「瑠璃」たちも、まっすぐに一本の芯を持って、7歳や8歳になると三角くんとの記憶や出会った場所を求めてゆく。
「純愛」という言葉が、わたしのカラダの中の冷えた鉄パイプだとしたら、そこに温かいものが流れはじめ、パイプそのものが温かくなっていくような感じの、あたたかい「純愛」を感じました。

ところがこの「月の満ち欠け」のような生まれ変わりが、一筋縄ではいかないのが佐藤正午作品。

「満ち欠ける」のは瑠璃だけではない。
小山内堅(コヤマウチツヨシ)の妻である梢。
そして瑠璃の夫の「正木」の先輩に当たる人も、「月のように満ち欠ける人」なのだと思う。(先輩は、ちょっと死んでみると言って自殺した)。
そのあたりの顛末はぜひ、本書でたしかめていただきたいもの。

ちなみに「正木の先輩もぜったいどこかで生まれ変わってるはずなんだよね」って言ったわたしに、「あ、ほら、最後東京駅で!」と友人が推理したけれど。それもまた、本書の中で。

🌙 追記 🌑🌓🌔🌕
とりとめもなく書きたいこと、追記にします。

なんだか、ふとした表現に泣いてしまいます。特に初代「瑠璃」とアキヒコくんとの会話。
そして、生意気な緑坂瑠璃の台詞。
強がりとせつなさが表裏する文章の迫力がすごくて、思わず、何度も泣きました。

文章の力がカメラワークのように、1シーン1シーン読ませてくれるのですが、これ、映画で見るならぜったいアニメで!と思う。
幼い瑠璃の、憑依した言葉や記憶する言葉は、ああ、アニメで見たらすごいだろうなあ。
本気で妄想しています。


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posted by noyuki at 14:05| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

佐藤正午 書き下ろし新作 2017年4/5 岩波書店より発売



月の満ち欠け -
月の満ち欠け -

ひさしぶりの佐藤正午新作です。
嬉しくて嬉しくてリンクを貼りました。

タイトルは「月の満ち欠け」です。





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posted by noyuki at 19:38| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月13日

「騎士団長殺し」 新潮社 村上春樹 (ネタバレあり)

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編 -
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編 -

「騎士団長殺し」のテーマは何なんだろう? 隠されたメッセージは何なんだろう? など、読んでいるうちに考えなくなってしまった。
とてもひとことでは語れない。むしろ考えずに「楽しめる作品」だったと思う。素晴らしいことでした。

画家である「私」は妻に離婚を言い渡され、友人の父(画家・雨田具彦)のかつてのアトリエに住むことになる。
「私」はその家の天井裏に「騎士団長殺し」という日本画を見つけ、鈴の音をたよりに身長60センチほどの実物の「騎士団長」と出会う。
隣家の大金持ち免色渉(メンシキワタル)、その向こうに住む少女秋川まりえ(このふたりは親子かもしれない)との人間関係。
絵画塾の教え子である人妻のガールフレンド。
認知症で施設に入り判断力をなくしてしまった画家雨田具彦。
絵の姿を借りた「騎士団長」そして「顔なが」。
「ひとつのイデアを殺す」ということ。
色々なことが絡み合って、なかなか本が置けない。気分よく、楽しめる作品だったと思う。

以下、断片的な感想を書いていきます。

* 「私」は人妻とかゆきずりの人妻とか、いろんな人をセックスするなあ。アトリエにやってくる人妻は、会話が小洒落てて楽しそうだ。

* 「騎士団長」かわいい!話し方もかわいい! キャラクターグッズになってもいいくらいだと思う(ついでに「顔なが」も)。

* ちなみに「騎士団長」の言葉でいちばん笑ったのは「クリトリスというのは、さわっていておもしろいものなのかね?」のくだりだったw

* バストサイズに関する談義が繰り広げられてますが、最終的には65のCというのが作者の理想形では? と思った。

* 画家である私も、もとIT関連の「免色渉」も、時間がいっぱいあって、金持ちすぎて、クラシックばかり聞いてた。個人的には免色渉は、もっとすごい悪人でもよかったのに、と思った。

* 人間を崩壊させる「戦争」というものはけっこう村上春樹作品に出てくるけれど、これ読んで「村上春樹は作品の中で南京虐殺があったことを認めている」なんて記事が出るのはげんなり。不倫とか戦争とか殺人とか、物語の中で出てくることを否定する人間はシネバイイノニ 読まなければいいのに。

* 作品のファンタジー的な部分が好き!

* 「騎士団長」が殺されるところを読んで、びっくりして本を閉じて「もう、このまま寝よう」と思って寝室に向かったんだけど、そのとき、ぐらりと現実世界が変わっているような気がした。文章の力ってほんとうにこわい。

* ラストは、これまでの村上春樹らしからぬラスト。意外だけど、好きだった。そして「らしからぬ」というのは「イデアを殺す」のと似ているのかな? とも思った。

* 追記。映画で見てみたい!


以上。思いついたら、また編集して加えていきます。


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2017年02月17日

Kindle効果

本を読むのは好きだけど、溜まっていくのは少々憂鬱。
そういう理由でコミックスを買うことがあまりなかった私にとって、Kindleは福音でした。

もちろん、好きな本は「紙で保存」がマスト。
だけど「おもしろいかどうかわからないけれど、とりあえず読んで見る」という選択を、知らないうちに狭めていたのも否めません。

そんな私ですが、最近はKindleのおかげで「とりあえず読んで見る本」が増えていきました。

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ -
さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ -

「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」。

うん、気になってたけれど、すごくおもしろかった。
ただし、これまたエロ要素は少ないと思います。

自己肯定感のないまま大人になってしまい、自己肯定ができるものを模索する。
わたしの20代はまさにそういう時代でした。
その苦さを持っている人に、どんな言葉が届くのだろうか?
などと思うのは、自分の経験からただの傲慢でしかないのですが、「なにかをつかむ」ための言葉がここには描かれているような気がするのです。

好きな本でした。


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posted by noyuki at 10:51| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月04日

「夫の***が入らない」  こだま  扶桑社

夫のちんぽが入らない -
夫のちんぽが入らない -

冒頭の部分を読んでみたら、淀みのない文章にあっという間に引きずり込まれてしまい「これは題名に臆している場合ではない」と思い、一気に読んだ。

え〜エロではないです。
「夫の***は入らない」けれど、エロではありません。

***  以下ネタバレ  ***

主人公をひとことで言ってしまうと「自分に自信のないタイプ」。
そして、多くの夫婦がいくつもの隠し事を持っているのと同じく、この夫婦にも「相手に言えないこと」がいくつかあって、主人公は「教師として勤めていて学級崩壊を起こしたこと」を、同業者の夫に相談することさえもできない。
そしてこの夫婦は「***が入らない」ことももちろん誰にも相談せずに隠し持っている。

それにまつわること、それにまつわらないことがいくつもこの夫婦に降りかかる。
一歩間違えれば救いようのない話だと思う。
子供のできない夫婦は否応無しに世間の「悪意のない期待」に晒され続けるし、もっともっと「救いようもないこと」がたくさん降りかかる。

だけど、読後感は悪くない。
彼女の夫の言葉を借りてその理由を言うなら、彼女が(こんな心の純粋な人、見たことない)と思えるくらい素直な人だからだ、とわたしは思う。

恨み言、コンプレックス、人格否定。
すべてを受け入れ「夫の***が入らないのだからしかたない」と言い訳している彼女が、すごくどろどろした心の中を「純粋な気持ちで」描いている。

本当におもしろかった!

* 追伸 一度ブログが消されてしまいましたので、Amazonのリンク以外は字を伏せてみました。



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posted by noyuki at 13:25| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする