2025年11月29日

004 Gardenia

 その香りにふたたび出会って思った。
 「ああ、わたしは生まれ変わっても、どこかで道を間違えても、きっとこの人と一緒になるのだ」

 デパートの片隅にあるボディソープコーナー。
 そのブランドの液体ボディソープをいつか買おうと思っていたわたしは、暇にまかせてゆっくりといくつもの香りを味わっていた。
 どれも淡い香りで、なかなか見分けがつかない。
 ショップスタッフも不在で、遮る人もいないものだから、時間に任せて何度も何度も香りを味わい、そして最終的にひとつのボディソープを選んだ。

 落ち着く香りだ。
 若いときはも柑橘系やウッド系の香りを選んでいたのに、最近はとても甘い香りを選んでしまう。
 どうしても甘い香りを選んでしまうのはなぜだろう?
 甘やかしてほしいのか?
 
 ボディソープの香りは他のどれも、よい香りだった。
 きっと他の香りも同じようにわたしに合うにちがいない。
 次回はまた別の香りを選ぼうと思った。

 そして次にデパートに行ったとき、コンディショナーが切れそうなことを思い出した。
 使いつけをそろそろ変えていいタイミングなのかもしれない。
 ボディソープと同じシリーズから選ぼうと思った。

 今度はショップスタッフが応対してくれた。
 「どれも良い香りです、自分もいろいろ愛用している」
 と話してくれた。
 わたしと同じくらいの年代の、清潔な陶器のような肌の女性だ。
 前にどれを買ったのか覚えていない。けれど、他の香りも試してみたいと言うと「ゆっくりと、存分に選んでくださいね」と言って、いったん下がってくれた。
 おそらく、わたし同様、じっくりと選ぶ人も多いのかもしれない。

 コンディショナーの香りを、またも時間をかけて選んだ。

 最終的に2つほどに絞り込んで、何度も2つを味わったが、最後のひとつの方が「なんとなくいい香り」に思えて、そちらに決めた。
 「お決まりになりましたか?」
 ショップスタッフが、他の製品など紹介しながら簡単に包装してくれた。

 家に帰り、バスルームにコンディショナーを置く。
 その日の夜にさっそく髪を洗う。
 いい香りだ。親しみのあるいい香り。
 と。ここで、ボディソープの瓶を確認し驚いた。
 選んだのはまったく同じ香りだったのだ!!!

 同じ過程でなんども全てを試す。
 そして同じ過程で丁寧にひとつのものを選ぶ。
 そういう行程を経て。
 ちがうものを選ぼうと思っているのに。
 わたしはそれでも同じものを選ぶのだ。

 きっときっと。わたしは生まれ変わってもこの人を選ぶのだろう。
 日常の些細な習慣をどれだけたっても同化できなくて、毎朝歯ブラシホルダーの場所をずらしたとしても。
 休日のランチのチョイスが毎回気に食わなくて、ときにはひとりで外食したとしても。
 性格のすり合わせができなくて、微妙な食い違いを罵り合っても。
 罵り合って、いやになって、他の人に気持ちを揺らしても。
 ときには嘘をつき、ときには裏切って放置しても。
 それがお互いさまだったとしても。
 
 それでもわたしはこの人を選ぶだ。

 Gardeniaの香りが教えてくれた。

 それでもわたしは無意識に。きっとかならずこの人を選ぶのだ。




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2025年11月23日

伊坂幸太郎の備忘録:「さよならジャバウォック」は2度読みしたくなる




 伊坂幸太郎の「さよならジャバウォック」。
 寝落ちしてストリー忘れたり、ちょっと複雑な構成に翻弄されながら、最後には「なんという結末!」とびっくりして「いやいや、もう一回読んでみよう」と思って読み返してみたら、いろんな隠しアイテム的な表現をたくさん見つけてしまい「ああ!ここはこういう意味だったのか!」とか驚きながら、最後は滂沱してしまう作品でした。

 ええ。裏切らない作品です。

> なぜかしら、頭がいろんな気持ちでいっぱい。何が何だかはっきりわか>らない。
> ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」の中でアリスが言う。「ジャバ>ウォックの詩」を読んだあとに、そう感想をもらすのだ。
(さよならジャバウォックより)

 量子はモラハラ体質の夫が暴れるのを抑えられず、はずみで殺してしまう。幼稚園に送った息子も夕刻には帰ってくるのに、どうしいいかわからない。
 そんなタイミングで大学時代のサークル仲間桂凍朗(カツラコゴロウ)が訪問し、夫の死体を手早く始末してくれる。
 なにがなんだか、わからない。
 人に憑依して性格や動作までも邪悪に変えてしまうジャバウォックに夫は取り憑かれていたらしい。

 その後も、ジャバウォックに取り憑かれた人が、さまざまな場所で登場し、絵馬や破魔矢とともに量子もさまざまな体験をしてゆく。
 
 そしてラストに行くほどに「これはネタバレしちゃいけない」と思うことばかりで、このあたりで口をつぐみます。

 日本の童話の中にも、おそろしい鬼が出てきたり、その鬼をやっつけたりと、極端で怖いものがたくさんあるのだが、これはまさにそういう世界。
 ラストもまさにそういう世界。
 
 わたしたちのいる現実世界もまた、ジャバウォックや寓話のような禍々しいものがたくさん存在しているのかもしれない。
 なのに、この禍々しい物語の中に、たまらなくあたたかな気持ちを感じられるのはなぜか。
 
 ああ、ここでは言えないので。
 とにかく読んでほしいなと思う作品であります!



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2025年11月16日

わたしの繋ぎとめ方について



 感覚を言語化できるようになったのはずいぶん大人になってからだが、その感覚自体はずいぶん幼い頃からあったように思う。

 連れてってもらった映画館で怪獣映画をみているときには、外でなにか災害が起きているような気がして気もそぞろだったし。
 海水浴に行っても、帰りの電車が気になって楽しめなかったし。
 キャンプに行っても自然のなにが楽しいのかわたしにはわからなかった。

 もうずっと前から。現実世界にきちんと足を踏みしめていることができないのだ。

 わたしは、自分がいなくなったあとも永遠に続く時間の果てしなさとか、どこまで行っても切れることのない宇宙の距離にうちのめされて。
 ただただ、今自分のいる場所がどこなのかわからなくてすごく怖かった。
 その頃はうまく言えなかったけれど、それがすべての不安感のもとだったように思う。

 なにかに熱中できる感覚はずっとなかった。学問も友人も音楽も、ましてやスポーツも、わたしを現実に繋ぎ止めることができなかった。
 なにものにも繋がれずにこの場所にいるものだから、わたしはいつも不機嫌だった。
 すこしずつ、それも大人になってから、本や漫画を読んで、他人の感情を真似してみるようなった。
 気の合う友人を作ったり、おいしいものを一緒に食べたたり、まるで幼児がひとつひとつの感覚を獲得するように覚えていったような気がする。
 それを獲得できて本当によかったと心底思っている。
 
 それでも、わたしの座標のわからなさに対する不安感はあいかわらずだし、いまだに「そちらの感覚」の方に自分が堕ちていくのがよくわかる。

 それは、なにかに熱中したからといって消えるものでもない。

 隙間を埋めるように仕事に熱中したって、携帯ゲームも編み物も延々と見続けていられるInstagramでさえも、わたしを現実世界に繋ぎ止めてくれないことはよくわかっている。
 バスに乗って窓の外を眺めながら、「あ、また少し地面の下に堕ちているんだな」とか思う自分もいる。

 それは、さみしさとかストレスとかでもなんでもない。
 わたしはふつうに立っていたら、少しずつ堕ちていく人間なのだ。
 そうとしか言い様がない。

 そして、このからだと長年つきあってきて、それを回避することができるものがひとつだけあることにも気づいている。

 書き続けることだ。
 言葉にならない感覚を言語化すること。
 見知らぬ主人公を仕立て上げ、自分のよんどころのない感情を喋ってもらうこと。
 ただただ日々の夕焼けの色や空の雲を比喩してみること。
 わたしの頭のなかにある、言葉になるまえのスライムのような感情
を取り出して、そのひとつひとつに時間をかけて言葉を与えてゆくこと。

 それだけがなぜか。

 わたしが、わたしを離れて堕ちていかないようにするための方法だと思っている。



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2025年10月18日

愛は少しだけ呪い



 金が高くなったので、18金のペンダントを売りに行った。
 これまで、母の遺品で使わないものなど、かなり田中貴金属に持ち込んだのだけれど「気に入っていたもの」と「さすがに捨てられないもの」だけは自分で持っていた。
 それを、高値のタイミングで売り払おうと思った。
 「気に入っていたもの」は、母の遺品の細めの18金をネックレス。特に特徴もなく、結局一回もつけなかったので「もう、いいか」と思った。
 「さすがに捨てられない」と思っていたのは、独身の頃母に買ってもらっていた「アクアマリンのペンダント」である。
 自分が買ってほしいと言ったわけではない。母がつきあいのある宝石店で真珠かなにか買い物をした際に、顔見知りゆえにけっこう値引きをしてくれた。それで値引きの金額分で娘になにか買おうと思ったらしいのだ。
 アクアマリンの石は綺麗だったが、縁取りの金は波を打ったような変なデザインでまったくセンスがなかった。
 「ちゃんとしたところに行くときに便利よ」と母は言ったが、それに似合う服も持ってなかったし、なによりも独身の頃のわたしは、おしゃれよりも、シンプルなTシャツとジーンズが好きだった(これは今も変わりない)。

 母はわたしに高価なものを幾度となく買ってくれた。
 おもに着物が多かったが、正直着たいと思うものは1着もなかった。
 付き合いのあるお茶の先生と着物を見にいき、ワイワイ言いながら、「これは、あかつきに似合うかもね」ということになって買うらしいのだ。
 たしかに初釜やお茶会に着物は必要だ。
 でも、わたしがそういう場所に行くときに着るのは、自分が母に同行して選んだサーモンピンクの絞りが入った着物だけだった。
 考えてもみてもほしい。「モダン柄は若い人にいいわよ」と言われても、そんな変な着物は素人には着こなせない。趣味も全然違う。
 それでも母は、わたしに相談もせず、お茶の先生たちとワイワイ言いながら「これ、あかつきにいいわよね」と選んでしまうのだ。

 あれはどういう心理なのだろう? と今更ながらに考えてみる。
 繰り返し言うが、わたしはフリフリしたものは苦手で、ほんとうに、Tシャツとジーンズさえこぎれいならなんでもよかった。
 そういうわたしを知っているのに、なぜか母は「いらないものを買い続ける」。

 母とわたしはかなり性格も違い、それゆえの諍いも多かった。だが高校を卒業する頃には諍いもなくなった。そしてその頃から母はなぜか、わたしに「身につけてほしいもの」を買うようになったのだ。
 わたしも、母親になったので、そういう心理はわからぬでもない。
 それでも、それでも、わたしは用心深く娘が自己決定することを確認するように努めていたのに、母は時代が違うからなのか、まったくそう言う感覚がなかった。
 案外母は、自分の買い物欲をそうやって満たしていたのかもしれない。
 あるいは、わたしに、ほんとうに「こういうものを身につけてほしい」と心底思っていたのかもしれない。
 そうしてわたしは「もったいないからやめて」とも「こんなものはいらない」とも言えずに、母の購入欲を粛々と満たしていたのだ。

 結婚してすぐの頃に、夫にくだんのアクアマリンのペンダントを見せた。
 自分は本当はこんなものは好きじゃない、でも母が買ってくれたのだと言って見せた。
 「立派なペンダントだよ。いつかつけるかもしれないから大事に持っていたらいいよ」
 そう言われて、そのまま持っていた。

 それから「これは本当につけないから売り払おう」と自分で思うまでに、なんという時間を要したのだろう。
 プレゼントも、愛も、悪意のない呪いだ。
 悪意がないゆえにずるずると許してしまう。
 「こういうあなたになってほしい」という呪い。
 もちろん、些細なものに関しては、そこまで考えないのだが。
 ペンダントの呪いは長かった。

 「18金かどうか確認できないんですよね」
 と田中貴金属の女性スタッフがルーペで探した。
 「裏側に刻印があるんです、でも、少しつぶれています」
 「確認できました。あとは機械で成分見れるので大丈夫です」
 とのことですんなり換金できた。
 最初に相場を調べていたので、思うよりも少し高いくらいの金額だった。

 封筒に換金したお金をいれる。
 「今月は夫と旅行に行くので、その宿泊費用にしよう。そして端数は貯金しよう」
 そう思ってたのに、帰りにデパートに寄って、好きなお店に入ったら、すんなりとトップスを2着買ってしまった。
 わたしらしいくすみカラーのTシャツと、貝ボタンがきれいなシンプルなブルーのシャツ。
 どちらか1着買おうと思っていたのに、結局両方買ってしまった。
 端数は気持ちよく、なくなった。

 うん、これでいいよね。
 なんとなく好きでなかったものが、わたしらしい服に変身した。
 わたしはこれからも、こういうふうに自分の好きなものを選んでいくのだ。

 たった1本のペンダントを売って、好きなものを手にいれるのに、どれだけ長い時間を要してしまったのだろう。



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posted by noyuki at 20:06| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月11日

余韻:福岡文学フリマ11・ありがとうございました

 さとうあかつき❄️文学フリマ福岡❄️I-07

 ゆっくり時系列で書いていきたいのだけど、余韻がカラダの中でこの1週間ポカポカしすぎて、ああ、もう少しこのポカポカを味わっていたいという気持ちです。

 わたしはどうしたらいいかわからなくて、文学フリマに本を並べたあとはぼーっとしてしまっていたけれど、おとなりブースの田丸久深さんが「見本持っていくから一緒に持っていきますよ」と言ってくださったり、一緒に売っていた星ノ原コウさんがいろんな人に声をかけてくださったりして、なんとか、なんとか、ここに立っていました。
 
 購入してくださった方、ブースに来てくださった方。本当にありがとうございました。
 え? なんで? 買ってくださるの?
 みたいな感じですごくびっくりして。
 「noteで見ていいなと思ったんです」みたいなこと言われると、ほんと天にも昇るような気持ちでした。

 そして、いろんなブースの方の熱いお話を聞いたり、名前しか知らなかった方と話をしてみたり。

 すっごい楽しかった! 文化祭みたいだった!

 とはいえ、片付けが終わって、星ノ原コウさんと、ジョイフルのペッパーハンバーグとパフェを食べたあたりからの記憶がありません。

 次の日から仕事したけれど、まだまだ夢うつつです。

 ゆっくりと文学フリマ記録日記は書くとして。
 「一回かぎり」と思ってたのが、次も出てみたいなと思ってしまっています。星ノ原コウさんに読んでいただきたい本もあるし。会場で思いのほか、短歌のお話をする機会が多くて。短歌の本の第二弾を作ってみたくなっています。
 書きかけの小説も・・・遅筆だけど、完成できれば。

 というわけで、「本を作って届ける日記」はまだまだ続く、ような予感がしています。

 お世話になった方々、ほんとうにありがとうございました。


 
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posted by noyuki at 20:09| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学フリマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年10月04日

「明日晴れるかな?」文学フリマ福岡11 (I-07です)




 今日はゲリラ雷雨で、福岡県の一部は冠水も雷もバリバリでした。
 わたしは「明日の文学フリマが楽しみすぎて、このまま雷に当たって死んでいまうんじゃないか」と思ってしまいました。
 川になった道路を歩いて渡り、靴はダメになり、ズボンも膝下ジュクジュクになりましたが、今は洪水警報も解除になりました。
 
 明日会場でお会いしましょう。お待ちしています!

 webカタログはこちら


 ミドリの森 700円 ミドリの森オーディオブック500円(セットでさらにお得!)
 みじかい話ばかり 700円
 キャッツ探偵事務所 700円
 せふりもみのうもみな私(短歌集)100円です。
 

◆文学フリマ福岡11 開催情報
 https://bunfree.net/event/fukuoka11/
 開催日時 2025/10/5(日) 11:00〜16:00(最終入場15:55)
 会場 博多国際展示場&カンファレンスセンター 3F
 アクセス https://bunfree.net/access/fukuoka-ieh/
 (博多駅より徒歩13分/西鉄バス経由「東光2丁目」下車 徒歩2分)
 出店 484出店・545ブース
 一般来場 無料(予約不要)
 協賛 pixiv小説、しまや出版
 主催 文学フリマ福岡事務局
 制作 一般社団法人文学フリマ事務局
 公式X(旧Twitter)@Bunfreeofficial ( https://x.com/Bunfreeofficial )
         @BunfreeFukuoka ( https://x.com/BunfreeFukuoka )

★「福岡国際会議場」ではありません
「博多国際展示場&カンファレンスセンター」とよく似た名前の、
ベイエリアにある「福岡国際会議場」とは、まったく異なる場所にありますのでご注意ください。
 
 ↑博多国際展示場です。福岡国際会議場とわたしも間違えていました。
 くれぐれも間違えないようにお気をつけください。

 それでは1−07 会場でお待ちしています。いろんな方にお会いするのを楽しみにしています。
 ナレーションを担当された星ノ原コウさんと一緒です。



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posted by noyuki at 19:56| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学フリマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月28日

なにか間違っていないかとドキドキしてる〜文学フリマ福岡11(I-07)

IMG_3370.jpgクリックすると大きくなります

 仕事で「計画書」なるものを作っているのですが、日付や頻度など間違えているとえらいことになるので、何度も見直しをして、一度プリントアウトしてみて間違いに気づいて、そしてまたやり直し。それを何度か繰り返して、本番の会議で見てみると、ああ、ほら、やっぱり間違えてるところあったorz
 そういう毎日を送っています。

 「文学フリマ」の準備も、そんな感じです。
 書店ポップも作った、値段も書いた、サンプル本も用意した。入場券ももちろん持った。
 でも。
 なにか間違ってないだろうか?
 どれか忘れてないだろうか? 
 と、ドキドキして…..
 そして「短歌本の書店ポップ」を書き忘れたことに今気づきました。
 ああ、やっぱりこんな感じです。

 来週の金曜日が休日なので、そこで釣り銭を揃える。
 おそらくそれで大丈夫なはず…
 最悪、入場券と本だけあれば、なんとかなるとは思うのですが。
 
 星ノ原コウさんが「ミドリの森」のナレーションサンプルを更新してくださいました。
 ミドリの最初のくだりです。

 こちらから聞けます

 「ミドリの森」。
 ナコやサトミと違って、ミドリに関してはエロ描写がときどき登場します。それで、今回はここのナレーションを選んでいただきました。
 ちなみに「キャッツ探偵事務所」に関しては、「おもしろいくだりは全部エロ」なので、ここでナレーションするのは今回はやめた方がよかろう、ということになりました。ええ、直接会場でご確認いただければ。

 見本は「見本のコーナー」と、自分のブース「I-07」に準備しています。
 どうぞ、手に取ってみてください。
 星ノ原コウさんのCDは2枚組でこれもまた手に取ってみてくださいね。
 ダウンロード版もあります。500円です。

 それと、自分で描いた植物画のポストカードと、植物画つきの名刺カード。
 無料なので、もらってください。
 名刺、どれくらいかわからず200枚も作って、これはいくらなんでも作りすぎだろうと思っています。

 会場でお待ちしています!!!


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posted by noyuki at 17:44| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学フリマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年09月26日

文学フリマ福岡11にむけて〜書店POPを作ってみました


さとうあかつき❄️文学フリマ福岡❄️I-07


 自分自身の著作の書店POPがあったら嬉しいですよね?
 そう思いながら、自分の書店POPを作ってみました。

IMG_3368.JPGここを押すを大きくなります


 どういうふうにしたらいいか、いろいろ考えたけれど、こういう感じになりました!
 ええ。2度とは作れないです。
 手書き苦手、漢字も苦手。

 印刷とかも考えたけれど、やはり「書店POP」が欲しかったのです。

 それにしても、自分が欲しかったものをどんどん自分で作れるなんて。
 どれだけ素敵なイベントなんでしょう!



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2025年09月14日

「みじかい話ばかり」「キャッツ探偵事務所〜カリントウ」「せふりもみのうもみな私」について

さとうあかつき❄️文学フリマ福岡❄️I-07


文学フリマ福岡11の出品作の紹介を続けていきます。
場所はI-o7。
では、いきます。

「みじかい話ばかり」〜短編集 700円。

https://noyuki.up.seesaa.net/image/cover-2-thumbnail2.jpg

 以前知り合った、自閉症のY君という20代の男の子がいました。障害者支援の作業所のスタッフをすることになったときに知り合ったのですが、彼との出会いはわたしに大きな影響を与えました。 
 彼はわたしとそっくりだった。障害の特質を理解できなくても彼のことならわかると思った。実際にそうだったし、彼とわたしはとても信頼しあえていたと思います。
 そのことが「自分の特質」について考える大きなきっかけとなりました。
 わたしは「ボコボコとした感じで生きている普通の人間」だと思っていたけれど、もしかして、そもそもわたしは「普通」ではなかったのではないか? わたしにはわたしの脳の特性があって、それによって「うまくいってないこと」というのは案外多いのではないか?
 たとえば、目の前の人の声と隣のテーブルの人の声が混じって、わたしはイライラしてしまうのだけど、他の人はそうではなかった、とか。
 授業を聞くのが苦手で、窓の外ばかり見ている子供と言われていたけれど、耳から情報を入れるのが苦手なだけのことだったとか。
 「特性」とか「脳のくせ」とか、そういうふうに自分を見たことはなかったけれど、その後は「HSP」とか「発達障害」とか言う言葉が出てきたので、ずいぶん身の置き所が定まってきました。
 知人いわく「あかつきはADHD」らしい。識字障害もあるらしい。
 でも、パソコンのキーボードにはずいぶん助けられています。

 「なるだけ短めの物語」というアンソロジーには「脳のくせ」についての話が多いような気がします。

 他のコンテンツとしては、noteで500イイネ!でプチバズった「サイゼリアのミラノ風ドリア」。これは亡くなった母との思い出話。

 「天神山にのぼろう」は、佐藤正午さんの「冬に子供が生まれる」の続編として描きました。けっこう、自分の描きたいことが描けたと思っています。
 「戦場のパーティ」は佐藤正午さんの「月の満ち欠け」に影響を受けて描いたものです。これもまた、好きな作品です。

 ずっとずっと好きなことを書き続けて、その中でも「特に好き」を集められたこと。それはとても幸せなことです。




「キャッツ探偵事務所〜カリントウ」〜700円


https://noyuki.up.seesaa.net/image/E382ADE383A3E38383E38384E68EA2E581B5E4BA8BE58B99E68980-thumbnail2.jpg


 「キャッツ探偵事務所」のシリーズは、仲間内のお遊びから生まれて、ちょっとエロいこともいっぱい描いてみようと思っていた時代の小説です。
「カリントウ」はかなりあとの方の作品。
 
 高額な宝石の窃盗をなりわいとしている怪盗YUKIと、その友人のSARA。
 女性ばかりで全員がFカップ、7匹の猫を飼っている「キャッツ探偵事務所」。
 反目しあっている双方がなぜか協力しあって「カリン」という女性を探すと言うストリーです。
 完全にお遊びですねw

 あと、わたしの小説にはけして出てきそうもなに「仲間」とか「協力しあう」なんていう言葉が出てくるところも自分では新鮮であります。

 ストリーもなんとなくうまくまとまって、そして、エロくておもしろい。
 これもまたおすすめです!



みのうもせふりもみな私〜コピー本 100円


 短歌は実は10年くらい触れていて。
 最初の先生は「Oせんせい」という方でした。と言っても習ったわけではなく、仕事でご一緒したので、いろんな文学のお話をしたのがきっかけ。 
 「作ってみて、どんどん出してみなさい」が口癖でした。
 先生とご一緒することがなくなると書かなくなったし、去年短歌の教室に誘われて、断れない状況で泣く泣く数回参加したこともあったけれど、それもまた長続きしなかった。
 「短歌を作るのはむつかしいし、わたしは長い文章の方がむいている」と思いながらも、それでも気に入った短歌というのは生まれるものです。

 文章を作る。わたしが書きたかったものはわたしなので、わたしが一番の読者になる。
 
 ずっとそういう生き方をしています。
 どれくらい昔からだろう? と思って遡っていったら、小学6年生の頃には何かしら描いていました大笑
 「書くこと」はずっとわたしの伴走をしてくれてます。

 
 福岡文学フリマ11。Iー07です。
 お待ちしています!
 

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2025年09月12日

「ミドリの森」について


 さとうあかつき❄️文学フリマ福岡❄️I-07

 自著の紹介です。
 文学フリマ福岡11への出品に向けて「ミドリの森」の紹介をします。

***

 ボコボコした人生を送ってきました。
 自己肯定感が低くて、普通に歩いているだけで、いろんなところにぶつかってボコボコになってしまう。自分でもそういう事態を避けようとは思っているものの、避ける術がどうしてもわからない。
 そういう人生でした。
 あとになって思えば「そういう人はたくさんいたはず」と理解できるのですが、その時は「なぜわたしだけが」と思っていたし、湖の底の泥沼にひとりだけ足を取られているような気持ちでした。
 少しずつ変わってきたのは、SNSで同じような友人ができたところからです。友人4~5人で、わたしたちは夜毎に「自分たちのボコボコした毎日」について語っていました。
 語ることができる仲間がいることでわたしたちは少しずつ強くなれたし、数年が過ぎると、ここを出てもちゃんとできるような自信すらも生まれてきました。
 こういうふうにしてして、わたしは生き延びることができたのです。

 「ミドリの森」の主人公の3人も同様のボコボコした人生をすごしています。彼女たちは同じネイルサロンドルチェで働いているけれど、お互いに気を許すこともできず「けして語ることのできない人生」をすごしています。

 「ミドリ」は存在感のある風貌をしているが、愛を持って身体を許すことができない。セックスに嫌悪感を持っているくせに、暴力的な性欲に屈してしまう夜もあるという、矛盾した自分を抱えている。
 「ナコ」は、シングルマザーの母親と相性が悪く、失望のすえに家を出た女性。貧しくて地味な生活ではあるものの、心には素晴らしいアートを携えている。
 「サトミ」は優秀な子供時代を経て、進学校で不登校となった女性。なんとか自分で働くことはできるものの、ショッピングや食事を共にする友人のひとりもいない。
 そんな3人は、嫌悪したり孤独であったりしながら「ネイルサロンドルチェ」で働き、そこで静かにいろんなできごとが起こります。

 3人の主人公たちは、わたしの友人の誰とも似ておらず、似ていない境遇の中で物語を生き続けます。
 
 それをずっとずっと描きたかった。
 少しずつでとっても時間もかかってしまったけれど、描きたかった作品です。

 これを描けたのが、生き延びた自分へのご褒美だと思っています。

ミドリの森 (さとうあかつき出版) - さとうあかつき
ミドリの森 (さとうあかつき出版) - さとうあかつき


 そして「星ノ原コウ」さんが、「オーディオブックミドリの森」2枚組・ダウンロード版「ミドリの森」を制作してくださいました!

 どちらも、文学フリマ福岡11で販売します。
 ペーパーバックは700円。オーディオブックは500円です。


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posted by noyuki at 18:05| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 文学フリマ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする