2026年01月24日

藤屋先生とイケヤ(6)

(6)

 要介護2が出た。負担割合は1割。
 元気そうに見えるけど、イケヤは要介護2だ。

 そして、少しずつだが確実に活動量は低下していた。
 ほとんどの時間をベッドでゴロゴロ、テレビを見て過ごす。
 食事のことを聞くと「みかんならある」とか「ごはんは昨日炊いた」と言う日もあった。
 ごはんに焼肉のタレをたらしてフライパンで炒めて食べたりもする。
 「これ、おいしいんだよな」
 そういう食事なら作れるらしい。

 週に2度ほど、買い物をヘルパーさんに頼んではどうでしょう? スーパーで買ってきてくれますよ、と言うと、「おう! 寿司食べたいよ」と言う。
 馴染みのヘルパーステーションにお願いして買い物のヘルパーさんを週2回位置付けた。
 にぎり寿司、みかん、おにぎり、それにアジフライと4個セットのコロッケ。
 毎回同じものばかりを頼む。栄養バランスもよくない。
 お昼は「配食弁当」も持ってきてもらうようにした。
 これで少しは栄養バランスもよくなるだろう。
 
 なのに。
 そうそうはうまくいかなかった。

 「ヘルパーの行く日なのに、いない。鍵がしまっている」
 そういう電話がヘルパーの事業所からかかってきた。
 イケヤは在宅している日は鍵を開けたままなので、外出に間違いないだろう。
 どうして? どこに行ってるんだ?
 スマホに電話しても出ないし。
 「あとで安否確認しておくから、とりあえずはキャンセルで」
 と、キヨはヘルパー事業所の電話に頭を下げた。

 大丈夫かな? 倒れてないのかな? キヨは不安になる。
 いや、不安になってもしょうがない。
 そういう日のイケヤは、たまたま調子がよくて、パチンコに行ったり、買い物に行ったりしてるはずなんだ。
 自転車に乗ったり自転車を押したりすると少しの距離は歩けるらしい。そうやってふらっと出ていって、夕方には何事もなかったように家でみかんを食べてるんだ。 

 「そもそも自分で買い物に行ける人なのに、ヘルパーの買い物を位置付ける必要性はあるのか?っていう話になっちゃうんですよね」
 ヘルパーのサービス提供責任者さんは細かいところにうるさい。でも、介護保険上はまったくそのとおりだ。ヘルパーってほんと位置付けむつかしいし、う〜ん、これってNGだよね。
 「基本は池谷さんは室外歩行はむつかしい方なんです。主治医からも転倒のリスクが高く要注意って言われてるし。でも、本人は認知機能に問題があって、その認識なく外出しちゃうんですね。徘徊に近い状況かも。危険ですよね。はい......サービス時間はきちんと家にいるように再度伝えます」
 電話を切って、キヨはため息をついた。
 そんなこと言ったって無理なんだよね〜。イケヤは何言っても自分のやりたいことやるだけなんだよ。

 「キヨさん、サ責さんはああ言うけれど、気にしないで」
 メインで入っている小林ヘルパーさんが、イケヤの家のドアの前で会った時にそう言ってくれた。
 「実はわたし、この団地に住んでてほら、登録ヘルパーだし。別にキャンセルだったら部屋に帰ればいいだけなんだよ。池谷さんはなんか憎めなくってさ。仕事も気楽。だから、このままで大丈夫だよ。それに、ほら、言い方悪いけど、いつまでも外に出れるわけでもないからさ。それくらい、好きにしてほしいんだよね」
 目がくりんとして、恰幅のよい小林ヘルパーさん。
 この、近所のおばちゃん感覚、ほんとありがたや、である。

 と。
 そういうわけには行かないことにキヨは気づいた。
 今日は 13時半に藤屋先生の訪問診療のはずだ!
 イケヤ、今外出中となると、その時間に帰ってこれるのか?




人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。


posted by noyuki at 20:07| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 藤屋先生とイケヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月16日

藤屋先生とイケヤ(5)

(5)

 キヨは、訪看の杉茉莉子と一緒にイケアの部屋を訪問した。
 部屋は団地の1階だが、3段は階段を上る。団地らしい重たい鉄の扉を開け、茉莉子が「こんにちは〜。訪看ひろたです」と言って入ってゆくと、スエットの上下のままベッドに横になったイケヤは、無言のままこちらを見た。怖そうな顔に見える。

 「池谷さん。前回も伺いました。わたしのこと、覚えてますか?」
 イケヤはあいまいに頷く。あまり覚えていないのかも。
 「ほら、ひろた訪問看護の.....」
 「茉莉子だろ」
 そう言ってニヤっと笑う。
 「まあ、茉莉子なんですけど〜。できれば杉と読んでください。下の名前で呼ぶと、いまどきはハラスメントになるので」
 「もうひとりは誰?」
 「はじめまして。ひろたケアプランセンターの水野キヨといいます。藤屋先生のご紹介で参りました」
 「キヨ」
 イケヤは名前を反復してから言った。
 「なんの用?」

 ほら。調子が狂う。なんていうか。この感じ。調子が狂うんだよね。

 キヨは手すり設置について説明した。藤屋先生から、室内での転倒防止と言われている。レンタルの手すりを設置できるし、介護保険でヘルパーをお願いすることができる。
 「たとえば、外出がむつかしいようであれば、ヘルパーが買い物してくれますし」
 「外くらい出れるよ。手すりもいらねー。あとは何ができんの?」
 「デイケアでリハビリしたりもできますよ」
 「よけいいらねー」
 
 「池谷さん〜」
 茉莉子が言った。
 「藤屋先生のところの診察室で椅子に座ろうとして、座りそこなって後ろひっくり返って頭打ってCT撮ったって聞きました〜」
 「え? そうだっけ?」
 「だから、家でもけっこう転んでるだろう。なるべく転ばないように生活した方がいいって先生が言われたんです〜」
 「とりあえず、室内を見せてください。どこに手すりがあった方がいいのか、見せていただいていいですか?」
 「いいよ〜」
 
 キヨは手早く室内を観察した。玄関の段差は8センチくらいだけど支える場所がないので転倒リスクはある。トイレも立ち上がり用の手すり欲しい。風呂は...バスタブが深い。あ、でも意外と広いのでシャワーチェアが置けるかも、とドアを開け閉めしてスペースを確認した。
 
 「手すりはすぐに置けます、そしてシャワーチェアがあるといいと思う」
 というとイケヤは、なにそれ?と言った。
 キヨはスマホを操作して、シャワーチェアの写真を見せた。
 「あ、これは知ってる。病院の風呂にあったやつだ。これ、あったらいいな、いくらくらい?」
 「負担割合でちょっと違うんですが、1割負担ですとこれくらい」
 「じゃあ、それくれよ」
 イケアはベッドの横の財布から1万円札を出して言った。
 ・・・こういうところだ。こういうところが調子狂うんだ、とキヨは思う。

 介護度や負担割合がまだわからないけれど、シャワーチェアを持ってくることはできるというと、イケヤは「じゃあ、すぐ欲しい」と言った。
 なるべく早く手配すると、キヨは答えた。
 
 玄関を出ると、杉茉莉子はキヨに言った。
 「ね、なんか、調子狂うでしょ?」
 「狂うよね〜」
 「でも、憎めないっていうかなんていうか。独居だけど、最期までひとりで家にいたい人だからって藤屋先生が言うのよ」
 「せんせい、そういうの、好きだからねえ」
 「そうなのよ。 藤屋先生、そういうの好きよね〜」
 茉莉子は、それまで踏んでいた靴のかかとを入れながら、そう言って笑った。




人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。
posted by noyuki at 16:27| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 藤屋先生とイケヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月11日

佐藤正午先生サイン会@くまざわ書店佐世保店



 令和8年1月10日。佐藤正午先生のサイン会に行ってきました。
 天気もよく暖かく、ただ、気持ちだけは緊張していて、並んでいるあいだ心拍数が爆上がりでした。

 くまざわ書店の皆様、KADOKAWAのスタッフの皆様、ありがとうございました。もう、ほんとに緊張して、気の利いたことも言えず持っていった本を手渡すだけで精一杯でした。そしてnoteを読んでいただいた方々にも声をかけていただいてびっくりでした! 嬉しかったです。

IMG_3784.JPG
サイン会での様子(画像はどれもクリックすると大きくなります)
IMG_3790.JPG
たくさんの熟柿がありました。柿のヤツがかわいい!
Aグループからの順番のサイン会。100名以上? グループごとにぎっしりでした。
IMG_3781.JPG
サイン会の前は「牛右衛門 四ケ町」店でレモンステーキをいただく。「胸がいっぱいで入らない」と言いながらも完食。最後にご飯をソースにぶっこむのは反則ですね。ご飯まで完食です。
IMG_3792.JPG
サイン会後は「くにまつ」コーヒーさんで「アイスクリーム」。アフォガードと記憶していたのですが「あえて、アイスクリーム」だそうです。ここでもファンの方にお会いしてご挨拶させていただいました。
IMG_3800.JPG IMG_3799.JPG
夜はフラットファイブでデレクライスとのりピザ。ここでも、初対面のファンの方とお話しできました。
ライブの時間の乱入でした。ジャズライブ、ひさしぶりでとても楽しかった!
IMG_3801.JPG
バナナフラットというカクテル。甘くておいしいカクテルでした。
IMG_3803.JPG
その後もまだ話がおさまらず「山本」に移動してプリン。
IMG_3806.JPG
さすがに昨日の暴飲暴食で何も食べられないと、ホテルの食堂に行ったのですが「アジフライもレモンステーキもあります!」と言われて、朝からアジフライでした。
IMG_3809.JPG
翌日は雪の佐世保




 正午先生の小説が大好きです。
 そして既知のファン同士で小説の話をしながら、佐世保に集まる時間がとても幸せです。
 ファンの方と辻々で出会いご挨拶するのもとても幸せです。
 本当にこんな機会を作っていただいて、ありがとうございます。

 「ねえ。Gさんは佐世保が大好きだったから、今日あたり、このあたりに来てるよね」 
 と。すでに亡くなったファンのことを友人が思い出してくれました。
 「だったら、Fさんも。今日はこのあたりに来てるもかも」
 と。もうひとりが頭の左側上空を指さして笑いました。
 「わたしも。次のサイン会までに、いきなりなくなってしまったら。やっぱりここにぜったい来ると思う!」
 そう、わたしも、なくなってもきっと来てると思います。
 たとえこの世にいなくても、ここにいたい。
 でも、サイン会で直接話せなくて。上から様子を眺めているだけじゃ、それはそれで悔しいと思います。

 生きよう。誰になにが起こるかなんて本当にわからないけれど。
 それでも、死なないように健康に気をつけて仕事をしよう。
 家族や友人を大事にし。見知らぬ人も大事にして徳を積もう。
 生活習慣病にも気をつけよう。

 また、この日を迎えられる日のために。
 天上天下佐世保に集う日のために。

 いつか誰もが死んでしまうのは仕方ないことだけれど。
 それでも、なんとか生きよう。

 そんな決意を新たにして帰路についた、今回の旅行でした。


人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。



 
posted by noyuki at 19:49| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年01月03日

藤屋先生とイケヤ (4)

(4)

 広田町は市の東南部に位置する。
 大きなバイパスを東へ進むと高速道路のインター。バイパスは広くて交通量は多いけれど、けっして賑わっているとは言い難い。
 バイパス沿いには、大きな郊外型のパチンコ店があって、お向かいにはスーパーがある。休日に渋滞するのはそのあたりだけだ。
 スーパーの裏手には大きな団地がある。40年ほど前に建ったらしい。当然高齢化が進んでいる。南側に大きな川。眺めはいいけれど、風が強い町だ。

 団地と道を挟んだ一角に「ひろたケアプランセンター」がある。
 小さな2階建賃貸ビルの1階が「訪問看護ステーションひろた」で、「ひろたケアプランセンター」が2階だ。

 2階にいる3人のケアマネジャーの中で「イケヤ」を担当したのは水野キヨだった。
 藤屋先生が「訪看ひろた」に依頼し、「訪看ひろた」の杉茉莉子がキヨに依頼した。
 「団地の一階に住んでいる50代の男性なのよ。​​外傷性くも膜下血腫の既往があって、室内でも外でもよくふらっと転ぶの。それで藤屋先生が、室内の環境整備をしてくれって。わたしたち訪看は医療で入るから、福祉用具だけを介護保険でお願いしたいって」。
 「楽な仕事」だと思った。
 入院中に認定調査も終わっていて、暫定で福祉用具の手すりだけを位置付ければいい。訪問看護は医療保険で入るので、単位数の計算もいらない。
 玄関の段差や風呂やトイレを福祉用具店の石井さんとチェックして、必要なところに手すりを置いていけばいい。利用料だって月1000円かかるかかからないくらいだろう。
 あとは、必要になった時にヘルパーとか配食弁当とか手配することになるだろうけど、今のところはそこまではないと思う。

 ところが。
 イケアこと「池谷惣一郎」は、キヨのイメージしている要介護の高齢者とはぜんぜん違っていて、びっくりすることだらけだった。



人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。


posted by noyuki at 19:56| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 藤屋先生とイケヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月29日

藤屋先生とイケヤ (3)

(3)

 「イケヤが退院できてよかったよ」
 明るい茶色い髪をひとつに結んだアキが病室で荷物をまとめながらそう言った。
 「おまえもイケヤじゃないの?」
 「ちがうよ。わたしは池谷あき。イケヤの姪っ子のアキだよ」
 「おじさんって呼ばないのか?」
 「何言ってんの。小さいころから、イケヤの友達に遊んでもらってて、その頃からイケヤはイケヤじゃん。みんなイケヤって言ってて。わたしもイケヤって言ってたの。忘れたの?」
 「うん。正直いろいろ忘れてる」
 「ま、少々忘れてても、わたしはイケヤがいてくれれば心強いから」
 なんで俺がいたら心強いんだろう、とイケヤは記憶を辿った。
 
 アキの父親は、10歳年の離れたおれのにいちゃんで。ああ、そういえば、アキが小さい頃、離婚して家を出たんだった。それでアキはおれにくっついてたんだ。
 俺の母親と、嫁であるアキの母親は仲がよかったけど。アキはおれになついて。おれの友達が仕事帰りに遊びにくると、いっつもおれの部屋に一緒にいたんだ。みんなでゲームしたよな。アキはみんなの妹って感じで、誰かの膝の上にちょこんと座っていた。

 「悪いな、アキ。おれ、しばらくしたら死ぬんだよ。だからおれが死んだ後始末だけ。まかせていいかな?」
 「うん。病院の人にざっくりは聞いた。ふたりで藤屋医院の藤屋先生を尋ねてくれって」
 「そっか、悪いな」
 「まあ、お互い家族に恵まれてない家族だから。わたしにとってはイケヤだけが家族みたいなもんだよ」
 えっと。それはなんだっけ?
 おれもアキも、一人暮らししてるし。
 まあ、それでもアキはおれを家族だって今でも思ってくれてるんだ。
 それでいいかな?

 それからおれたちは、アキの軽自動車に荷物を積んで、藤屋医院へ行った。
 フジヤは相変わらずちょっと無愛想な感じだったけれど、アキはフジヤのことを気に入ってるようだった。
 アキは「隣の市で仕事をしているからすぐには来れないかもしれないけれど」と、フジヤに携帯番号を渡していた。




人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。

posted by noyuki at 16:21| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 藤屋先生とイケヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月26日

藤屋先生とイケヤ(2)

(2)


 病院のなんとか室に呼ばれた。
 「退院したあとに見てくれる先生がいるから。その人と会ってください」
 若くてきれいだけど声がでかいソーシャルさんにそう言われた。
 「もう、おれは大丈夫だよ。治ったから。病院なんていかないよ」
 「まあまあ、そう言わずに。いい先生だし、なにかのときに頼りになりますよ」

 なんとか室には、メガネをかけてる星野源みたいな男がいて、書類を呼んでいた。
 こっちを見て、少し笑う。笑い方が下手だ。
 「はじめまして。藤屋といいます」
 「フジヤ? ケーキ屋か?」
 「お名前をお願いします」
 えっと。なんだっけ? そうそう、みんな俺のことをイケヤって呼んでたな。
 「イケヤ」
 フジヤはしばらく書類を見てじっとしていて、それからぼそっとこう言った。
 「北欧家具か...」
 「なんだよ、それ!」

 フジヤはメガネのつるに手を当ててから言った。
 「失礼。カルテの名前と違う名前を言われたものですから。イケヤさん? 本名をお願いします」
 ソーシャルさんが先生に小さい声で何事か耳打ちした。
 「あなたの名前は、池谷惣一郎さん、ではないですか?」
 イケタニ? イケタニソウイチロウ? そういえば、そんな名前だった気もする。イケヤとかソウちゃんとか、みんなそういうふうに勝手に呼んでたけど。そうだ、おれの名前は、イケタニソウイチロウだ。
 「そうです、たしかにそういう名前でした」
 おれがそう言ったら、フジヤはプッと吹き出した。

 「ところで。イケタニさんは、自分の病気についてどう思っています?」
 「どうって?」
 「このまま治る、とか。いや、けっこう大変な病気かも、とか」
 「おれはな、どっちでもいいんだよ。でも、病院では治療治療って言われるからさ。治療はいやだよな」
 「じゃあ、治療しないで家に帰って、病気が悪くなったら?」
 「それは仕方ないよな。病気なんだから。人間はいつか死ぬんだろ。まだ動けるのに、ベッドでじっとしとくのがいやなんだよ」
 「で、帰ったらパチンコするんですね」
 う・・・ここまで話は伝わってるんだ。
 「パチンコは強いんですか?」
 「パチンコは強くても負けるし、運がよければ勝つんだよ。勝ったら嬉しいよな」
 「スロットもやるんです?」
 「気が向いたらな。スロットもやる。でも、おれは基本はパチンコだ」
 「広田町のパチンコ店のお向かいのスーパーのお寿司っておいしいんです?」
 「せんせい、スーパーのにぎり寿司は、できたてならどこでもおいしいんだよ。だから、かっとなって時間かけすぎないように、ちょっと早めに休憩するのにちょうどいいんだ。今粘ると寿司がまずくなる、とか、そうやって気持ち落ち着けるのさ。これがおれの勝負の仕方だ」

 「・・・しりませんでした」
 フジヤは少しうつむいて言った。
 「わたしは、仕事が遅くなると、スーパーで割引になった寿司を買って帰ってました。にぎり寿司はパサパサしてた。あれがスーパーの寿司の味で、わたしの残業した日の味、そう思ってて申し訳なかった。これからは、お昼にできたての寿司を買うことにします」
 
 フジヤ。おまえ、素直だな。悪いやつじゃないんだな。

 「それで池谷さん、自分にどれくらいの時間が残されていると思いますか?」
 「うーん。誰もそんなこと言わないし、考えたこともなかったな。でも、フジヤ先生は知ってるんだろ? 知ってるんなら、教えてくれよ」
 「半年くらいだと思ってます。その前に悪くなるかもしれないし。もっと長く生きられるかもしれない。でも、半年と思って好きなことをしてください。パチンコでも。寿司でも。旅行でも。会いたい人に会うでも、なんでもかんでも」

 「教えてくれてありがとうな。今が6月だから、今年いっぱいかもな。うん。なんか教えてもらえてすっきりした。そういうこと誰も言ってくれないもんな。でも、なんかいろんなことがわかって、それでいいのかなって思えたよ」

 それからイケヤはフジヤ先生とふたつ約束をした。
 退院したら、その日に藤屋医院に行ってフジヤの診察を受けること。
 そのときは家族と一緒に行くこと。
 このふたつだ。

 「ひとり暮らしと聞いてますが、一緒にきてくれる家族は近くにいますか?」
 「アキがいる」
 「アキさんとは?」
 「おれのにいちゃんの子供だ。子供ったって、ひとりでアパート借りて隣町で仕事してる。おれのかあちゃんは年でヨボヨボだし、にいちゃんは死んでる。アキは頼めばきてくれる。仕事あるからしょっちゅうは休めないけど。一回くらいなら、頼めばきてくれる、はずだ」
 
 じゃあ、ぜひお願いします。とフジヤが言った。
 この約束もブッチしてもよかったんだけど。フジヤ、なんかちょっといいやつだし。ほんとに何かのときに頼りになるやつかもしれない。

 ソーシャルさんに紙を一枚もらって「退院したらフジヤに行く」とおれはメモ書きして、ベッドの横に置いた。




人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。

posted by noyuki at 13:19| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 藤屋先生とイケヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年12月21日

藤屋先生とイケヤ



(1)

 病院に薬もらいに行って、スクーターで帰ろうとしたら駐輪場でふわっと倒れて、頭打ってそのまま入院になった。
「病院の敷地内だったからよかったですね」
 って看護師が言ったけれど、ちっともよくねーよ!!!
 入院したって、やることないし。
 だいたい今日だって帰りにパチンコに行こうと思って急いでたのにさ。
 
 トラックの運転手してたとき、あの日も道端でふわっと後ろに倒れた。
 そう、あのときは、車のドアで頭打ってしこたま流血して入院したんだった。ドア閉めるの忘れてたんだよ。
 頭打ったからなのか、元からなのか、あんまりいろんなこと覚えていられない。まあ、覚えてなくったって、そんなに困らないんだけどさ。
 
 入院して調べたら悪いとこもいろいろ見つかった。
 肝臓が悪くって治療を勧められた。でも薬ブッチしてゴミ箱捨てたり、絶食忘れてコンビニのおにぎり食べたりしてたら、なんかみんなあきらめモードになっちゃった。 
 仕方ないよな。
 やっぱり、あんまりいろんなこと覚えていられないんだよ。

 「家に帰りたいですか?」
 ある日のソーシャルさんって言われてる女の人がやってきて俺に聞いた。
 「そりゃ帰りたいよ! 治療なんてまっぴらだ。早く帰りたいよ」
 「でも。肝臓の癌の治療もしないでそのままになっちゃうんですよね。それもしないで家に帰る方がいいんです?」
 「どうせ長くないうちに死ぬんだよ。それならこんなところにいるのはいやだ。家で好きにしたい」
 「好きにって、何をしたいんです?」
 う! 正直パチンコしか思いうかばなかった。パチンコして、目の前のスーパーでパックの寿司買って、外でそれを食べるんだよ。あの寿司がまたうまいんだよ。わさびだってたっぷりつけてさ。天気がよくて空が真っ青で。パチンコして寿司食いたいんだよ。
 「家に帰ってパチンコしてお寿司を食べたいんですね」
 ソーシャルさんはにっこり笑った。
 「それじゃあ、おうちに帰れるようにしましょうね」

 え? いいの? パチンコでいいの?
 言ってよかった!

 そうして俺は退院できることになった。



人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。

   
posted by noyuki at 12:53| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 藤屋先生とイケヤ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月29日

004 Gardenia

 その香りにふたたび出会って思った。
 「ああ、わたしは生まれ変わっても、どこかで道を間違えても、きっとこの人と一緒になるのだ」

 デパートの片隅にあるボディソープコーナー。
 そのブランドの液体ボディソープをいつか買おうと思っていたわたしは、暇にまかせてゆっくりといくつもの香りを味わっていた。
 どれも淡い香りで、なかなか見分けがつかない。
 ショップスタッフも不在で、遮る人もいないものだから、時間に任せて何度も何度も香りを味わい、そして最終的にひとつのボディソープを選んだ。

 落ち着く香りだ。
 若いときはも柑橘系やウッド系の香りを選んでいたのに、最近はとても甘い香りを選んでしまう。
 どうしても甘い香りを選んでしまうのはなぜだろう?
 甘やかしてほしいのか?
 
 ボディソープの香りは他のどれも、よい香りだった。
 きっと他の香りも同じようにわたしに合うにちがいない。
 次回はまた別の香りを選ぼうと思った。

 そして次にデパートに行ったとき、コンディショナーが切れそうなことを思い出した。
 使いつけをそろそろ変えていいタイミングなのかもしれない。
 ボディソープと同じシリーズから選ぼうと思った。

 今度はショップスタッフが応対してくれた。
 「どれも良い香りです、自分もいろいろ愛用している」
 と話してくれた。
 わたしと同じくらいの年代の、清潔な陶器のような肌の女性だ。
 前にどれを買ったのか覚えていない。けれど、他の香りも試してみたいと言うと「ゆっくりと、存分に選んでくださいね」と言って、いったん下がってくれた。
 おそらく、わたし同様、じっくりと選ぶ人も多いのかもしれない。

 コンディショナーの香りを、またも時間をかけて選んだ。

 最終的に2つほどに絞り込んで、何度も2つを味わったが、最後のひとつの方が「なんとなくいい香り」に思えて、そちらに決めた。
 「お決まりになりましたか?」
 ショップスタッフが、他の製品など紹介しながら簡単に包装してくれた。

 家に帰り、バスルームにコンディショナーを置く。
 その日の夜にさっそく髪を洗う。
 いい香りだ。親しみのあるいい香り。
 と。ここで、ボディソープの瓶を確認し驚いた。
 選んだのはまったく同じ香りだったのだ!!!

 同じ過程でなんども全てを試す。
 そして同じ過程で丁寧にひとつのものを選ぶ。
 そういう行程を経て。
 ちがうものを選ぼうと思っているのに。
 わたしはそれでも同じものを選ぶのだ。

 きっときっと。わたしは生まれ変わってもこの人を選ぶのだろう。
 日常の些細な習慣をどれだけたっても同化できなくて、毎朝歯ブラシホルダーの場所をずらしたとしても。
 休日のランチのチョイスが毎回気に食わなくて、ときにはひとりで外食したとしても。
 性格のすり合わせができなくて、微妙な食い違いを罵り合っても。
 罵り合って、いやになって、他の人に気持ちを揺らしても。
 ときには嘘をつき、ときには裏切って放置しても。
 それがお互いさまだったとしても。
 
 それでもわたしはこの人を選ぶだ。

 Gardeniaの香りが教えてくれた。

 それでもわたしは無意識に。きっとかならずこの人を選ぶのだ。




人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。
posted by noyuki at 19:58| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月23日

伊坂幸太郎の備忘録:「さよならジャバウォック」は2度読みしたくなる




 伊坂幸太郎の「さよならジャバウォック」。
 寝落ちしてストリー忘れたり、ちょっと複雑な構成に翻弄されながら、最後には「なんという結末!」とびっくりして「いやいや、もう一回読んでみよう」と思って読み返してみたら、いろんな隠しアイテム的な表現をたくさん見つけてしまい「ああ!ここはこういう意味だったのか!」とか驚きながら、最後は滂沱してしまう作品でした。

 ええ。裏切らない作品です。

> なぜかしら、頭がいろんな気持ちでいっぱい。何が何だかはっきりわか>らない。
> ルイス・キャロルの「鏡の国のアリス」の中でアリスが言う。「ジャバ>ウォックの詩」を読んだあとに、そう感想をもらすのだ。
(さよならジャバウォックより)

 量子はモラハラ体質の夫が暴れるのを抑えられず、はずみで殺してしまう。幼稚園に送った息子も夕刻には帰ってくるのに、どうしいいかわからない。
 そんなタイミングで大学時代のサークル仲間桂凍朗(カツラコゴロウ)が訪問し、夫の死体を手早く始末してくれる。
 なにがなんだか、わからない。
 人に憑依して性格や動作までも邪悪に変えてしまうジャバウォックに夫は取り憑かれていたらしい。

 その後も、ジャバウォックに取り憑かれた人が、さまざまな場所で登場し、絵馬や破魔矢とともに量子もさまざまな体験をしてゆく。
 
 そしてラストに行くほどに「これはネタバレしちゃいけない」と思うことばかりで、このあたりで口をつぐみます。

 日本の童話の中にも、おそろしい鬼が出てきたり、その鬼をやっつけたりと、極端で怖いものがたくさんあるのだが、これはまさにそういう世界。
 ラストもまさにそういう世界。
 
 わたしたちのいる現実世界もまた、ジャバウォックや寓話のような禍々しいものがたくさん存在しているのかもしれない。
 なのに、この禍々しい物語の中に、たまらなくあたたかな気持ちを感じられるのはなぜか。
 
 ああ、ここでは言えないので。
 とにかく読んでほしいなと思う作品であります!



人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。

 
posted by noyuki at 17:47| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年11月16日

わたしの繋ぎとめ方について



 感覚を言語化できるようになったのはずいぶん大人になってからだが、その感覚自体はずいぶん幼い頃からあったように思う。

 連れてってもらった映画館で怪獣映画をみているときには、外でなにか災害が起きているような気がして気もそぞろだったし。
 海水浴に行っても、帰りの電車が気になって楽しめなかったし。
 キャンプに行っても自然のなにが楽しいのかわたしにはわからなかった。

 もうずっと前から。現実世界にきちんと足を踏みしめていることができないのだ。

 わたしは、自分がいなくなったあとも永遠に続く時間の果てしなさとか、どこまで行っても切れることのない宇宙の距離にうちのめされて。
 ただただ、今自分のいる場所がどこなのかわからなくてすごく怖かった。
 その頃はうまく言えなかったけれど、それがすべての不安感のもとだったように思う。

 なにかに熱中できる感覚はずっとなかった。学問も友人も音楽も、ましてやスポーツも、わたしを現実に繋ぎ止めることができなかった。
 なにものにも繋がれずにこの場所にいるものだから、わたしはいつも不機嫌だった。
 すこしずつ、それも大人になってから、本や漫画を読んで、他人の感情を真似してみるようなった。
 気の合う友人を作ったり、おいしいものを一緒に食べたたり、まるで幼児がひとつひとつの感覚を獲得するように覚えていったような気がする。
 それを獲得できて本当によかったと心底思っている。
 
 それでも、わたしの座標のわからなさに対する不安感はあいかわらずだし、いまだに「そちらの感覚」の方に自分が堕ちていくのがよくわかる。

 それは、なにかに熱中したからといって消えるものでもない。

 隙間を埋めるように仕事に熱中したって、携帯ゲームも編み物も延々と見続けていられるInstagramでさえも、わたしを現実世界に繋ぎ止めてくれないことはよくわかっている。
 バスに乗って窓の外を眺めながら、「あ、また少し地面の下に堕ちているんだな」とか思う自分もいる。

 それは、さみしさとかストレスとかでもなんでもない。
 わたしはふつうに立っていたら、少しずつ堕ちていく人間なのだ。
 そうとしか言い様がない。

 そして、このからだと長年つきあってきて、それを回避することができるものがひとつだけあることにも気づいている。

 書き続けることだ。
 言葉にならない感覚を言語化すること。
 見知らぬ主人公を仕立て上げ、自分のよんどころのない感情を喋ってもらうこと。
 ただただ日々の夕焼けの色や空の雲を比喩してみること。
 わたしの頭のなかにある、言葉になるまえのスライムのような感情
を取り出して、そのひとつひとつに時間をかけて言葉を与えてゆくこと。

 それだけがなぜか。

 わたしが、わたしを離れて堕ちていかないようにするための方法だと思っている。



人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。


 
posted by noyuki at 17:43| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする