2009年11月09日

それはたぶんたいしたことじゃない 2

「ミキティース」2

 ショウタは以前は同じ会社の同じ部署にいたけれど、つきあうようになったのは、家業を継ぐために退職してからだった。

 地元の不動産会社だという。新卒で数年間社会勉強のカタチで幹子の会社に入社したが、社長が引き受けた縁故採用だったらしい。

 ふつうの若者。髪は染めてないものの、きちんとしたサロンでカットして、服の趣味もこぎれい。背がひょろりと高いことをのぞけば目立つところもなかった。
 ふつうに宴会の幹事をまかされたり、取引先で失敗して怒鳴られたりもしていた。
 そつなくなんでもこなすタイプではなかった。ポカも多かった。
 それでもまわりに可愛がられていたのは、その人柄の良さゆえだと思う。

 辞めることになったときに、送別会を開くことになり、その幹事は順番制で幹子が引き受けた。
 オレンジのガーベラをベースにして、黄色や赤色の明るい色の混じった花束を作ってもらう。
 いつもまわりを元気にしてくれる「すこやかな」印象に対するお礼のつもりだったのだ。

 送別会の二次会が終わり、電車の時間を気にしながら足早に帰っていると、ショウタが追っかけてきた。
「花束の色が嬉しかった。つきあってくださいっ」
 一期下の職場の男性を恋愛の対象と見たことなんてなかったので、いきなりの攻撃に幹子は驚く。
「あ、ごめん、花束がなんて言ったらびっくりしますよね。えっとー、そうじゃなくて、前から先輩の心遣いがいいなあっていつも思ってて、でも、会社辞めたら、もう連絡もできないのさみしいし。メル友から、はじめてもらったら嬉しいな、って思って......」

 勢いで言おうと思ってたことが、だんだん尻すぼみになっていく。その様子がおかしくて吹き出してしまった。

 メールはいつか電話になり、外で会ったり、幹子の部屋で会うようになるのに、それほどの時間はかからなかった。
 
 それでも幹子は、特定の男性と懇意になることの意味がよくわからなかった。どういうことを話せばいいのか、どういうことをすればいいのか、なにもかもがピンとこない。
 聞かれるままに職場の近況を話したり、愚痴を言ったり、その会話すらも手探りだったように思う。

 ただ、いっしょにいるだけで楽しい、というのは、人を愛する感情が、ごく自然に身に付いている人が感じることなのだ、たぶん。


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posted by noyuki at 11:10| 福岡 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | それはたぶんたいしたことじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

それはたぶんたいしたことじゃない 1

「ミキティース」1

「それは、多分たいしたことじゃないんだ」というのがショウタの口癖だった。
 仕事で女同士の中傷に巻き込まれたり、下着泥棒を警察に届けたばかりにマンションの管理人に興味本位の質問をされた時、幹子はずいぶんその言葉に救われたものだ。

「嫌なことって、普通に生活してるだけでやまほど起きるものなんだ。でも、そんなときに僕はいつもこう思うことにしてる。それは、たぶんたいしたことなんじゃないって。だってさ。そんなことがあったって、夜には好きな本を読んだりごはんを食べたり、幹子とこうして電話で話したりしてるだろ? そういうことができるのが大切なことで、あとはそんなにたいしたことじゃないんだ。たいしたことじゃないことは、いつか心の中から消えさってゆく。自然に消えていくのを待っていればいいんだよ」
 
 そんなショウタと別れた。
 幹子は夜ごとにその言葉をつぶやくようになった。
「これは多分、わたしにとって、全然たいしたことじゃない」
 一日に何回も、呪文のようにつぶやいた。つぶやくごとに、ショウタの顔やそれを言うときの癖のあるイントネーションを思い出した。大声をあげて泣きたくもなった。

「それでも、たいしたことじゃないことは、いつか心の中から消えさってゆくんだ」
 ショウタは確かにそう言った。だからこのこともまた、いつか消え去っていくのだろう。
 消え去ってほしいのかどうかは、自分でもわからないのだけど。


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posted by noyuki at 13:24| 福岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | それはたぶんたいしたことじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

伊坂幸太郎の備忘録 その5

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「あるキング」 徳間書店 伊坂幸太郎

たとえば「将来は野球選手になりたい」という子どもは昔からいただろうけど、その子どもがこれほど時間と家族の協力を得て少年期から野球に打ち込める時代なんていうのは今までなかったんじゃないか?
もちろん野球好きの子は昔でも野球ばかりやってただろうけど、きちんと監督がいて試合して遠征して親がお金を出して、というカタチになったのはいつの頃からだろうか。

生まれたときからそういう親に恵まれて、早期教育の恩恵を受ける子どももいれば、それが無駄になったり、軌道修正する子もいる。

「あるキング」は、そういう熱狂的な環境に育った王求(おうく)の物語のようにみえるけれど、実はそういうふうに見えるだけの「運命」の話のような気がする。

熱狂的な仙醍キングスのファンである両親に生まれた王求は、その才能をいかんなく発揮し、注目されたり敬遠されたり不幸な事件に巻き込まれたりして、紆余曲折を経て、仙醍キングスで活躍するバッターとなる。

語り手は王求のことを「おまえ」と呼ぶ。
それはおそらく、黒づくめの女たち。

王求の一生が伝記のように描かれているにも関わらず、それは伝記ではなく、「天才」そのものをあやつる運命のように思える。

映画にしたらおもしろいに違いない、掌編でありながら十分に楽しめる。

と、同時に、作者自身を「王求」と重ね合わせてみたくもなる。
立て続けにベストセラーを発表する作家の努力も天性も知っているつもりでも、本人にしか見えない風景があるのかもしれない。
「そんなつもりはない」と笑って片付けられそうな気もするが、おそらく、あの場所にいるからこそ見える「運命の軌跡」のようなものが、伊坂幸太郎には見えているのだ。

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posted by noyuki at 21:29| 福岡 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

「身の上話」 佐藤正午 光文社

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「まるで、自分を見ているみたいにわたしと似ている」と、ミチルのことを評した友人がいた。
なるほど、彼女に似ている。
ミステリー小説の主人公らしく頭のキレるタイプでもなく、愚かすぎて何もかもを破綻させてしまうタイプでもない、ちょっとのんびりした友人くらいの等身大の主人公がミチルだ。

職場のみんなに頼まれて宝くじを買いにいったついでに、出張する恋人の飛行機に乗ってしまう。
そうして、援助されたり、お金に困ったりしながら、宝くじの当たりを手に入れてしまう。
同郷の友人や、その友人の友達と一緒に暮らしたりするウチに、いろんなことに巻き込まれてしまう。

そんなミチルのことを、冒頭から語り手は「わたしの妻」と言う。
と、いうことは、ミチルはいずれこの語り手の妻になるのだな、と思うのだが、それまでの経緯があまりに多くて、やっと知り合ったときに「繋がった!」と思う。
しかし、繋がると同時に、また別の物語がはじまる。

怖い夢を見て目覚めた朝を想像してみるといい。
ああ、これまでは夢だった、ひどい話だけれど、とりあえず夢から目覚めた、と思っているけれど、実はまだ目覚めてなくて別の夢がはじまっているような、不思議な感触。
そして別の夢があれよあれよといううちに、また違う場所に連れていってしまう感触。

そういうふうに、あれよあれよ、と、別の物語が終わってしまい、ミチルも読者も、夢の中に取り残されてしまうのだ。
どうしろというのだ?

取り残されてしまう小説。
ミチルとともに読者が夢の中に取り残されてしまう小説。

現実に目覚めるまでのあいだ、しばらくの時間が必要。


****************

蛇足。

作家は一生のウチにいくつのパンドラの箱を開けるのだろうか、と考えるときがある。
ひとつでもパンドラの箱を開けることができる小説家は幸せだと思う。
時間を経て、複数のパンドラの箱を開ける小説家もいるのかもしれない。

最近の佐藤正午さんの小説のうちで「5」が、わたしにはパンドラの箱に思える。

では、パンドラの箱を開ける以外の小説は駄作なのか?と言われれば、けっしてそうではなくて、むしろそれ以外のどれもが
「評価されるべき作品」だと思う。

「パンドラの箱を開ける」という偉業ののちに、自分のスタイルで楽しませてくれる作品。
もっともそれが「いつもの小説」というわけではなく「どれもまた新たな小説」なのだけど。

「パンドラの箱」だけにとらわれてはいけない。
それとは違う場所で、作家は常に、思わぬ進化と意外性にチャレンジし続けている。



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posted by noyuki at 22:07| 福岡 | Comment(1) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

「ストリートチルドレン」 光文社文庫 盛田隆二

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文庫化を機に読み返してみる。
どうも、とちゅうから「リセット」と記憶がミックスしていたことが判明。
とはいえ、一気に読み進んだ。
「疾走感」「地を這うリアリズム」。そのふたつを存分に味わえる作品。

1699年、下諏訪の村を逃げ出した19歳の三次が江戸の内藤新宿にたどりつく。
そこから「つながりのない」血脈をたどりながら300年にわたる物語が現代までえんえんと続いてゆく。

三次が茶屋で知り合った男に、どんな仕事が(江戸には)あるかと尋ねる。
「食っていくだけならなんとでもなる」と男は答える。
それが最初のキーワードのように思えた。
 
貧乏も飢饉も戦争も不義も密通もありながらニッポンの内藤新宿で人々はそのように生きてきた。
その中にはいろんな人生がもちろんあるのだが、それでも300年、この物語の人々はこのように生きてきたのである。
そのアバウトさとたくましさと優しさは、現代の新宿の象徴のようにも思え、なんだ、なにひとつ変わってないじゃないか、思い煩うことなどあるものか、これからもこういうふうにやっていけばいいのだと思うのである。

政治を憂い、国を憂う世の中で、よりよい世界を作ることも必要なのだけど。
人は路上で生まれ、路上に死ぬのならば、それはそれでいい。
その強さを「わたしたちの300年の血脈」が知っているのだから、どうにでもなるのだ、きっと。

というようなことを思って、根拠のない強気な気分になれる作品。
ああ、ほんとに、気持ちのいい読後感である。




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posted by noyuki at 21:42| 福岡 | Comment(1) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月05日

小説「タピオカ」をまとめ読みに追加しました

「タピオカ」加筆修正してまとめ読みに追加しました。
よろしかったらまとめ読みをどうぞ。

      こちらから読めます





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posted by noyuki at 15:34| 福岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月31日

ごあいさつ

長々と時間がかかってしまいましたが、「タピオカ」はこれにて完結です。
ご愛読ありがとうござました。

これから加筆修正して、まとめ読みに追加したいと思います。

どうぞ、また、よろしくお願いします。


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posted by noyuki at 21:51| 福岡 晴れ| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月30日

タピオカ 23

「タピオカ」23 雪乃


 まったく、カナミには叶わないなあ。

 そうだね、カナミの言うとおりだよ。
 太郎に感謝してることはいっぱいあるのに、わたしはあいかわらず、そういうことさえもいまだに上手に伝えられないんだ。

 わたしに、こんな友達がたくさんいてほんとによかったよ。
 わたしが言わなくちゃいけないことは、他のみんなが全部伝えてくれたよ。

「やっちまったことは仕方ない」んだけど、それでも、ほんとは何度も後悔したんだ。
 それで、泣きそうになったこともあったけど、もう、いいよ。 
 わたしは続いている。
 みんなの中で続いている。
 もう、それだけで十分だよ。

 ああ、そういえば、忘れてた。

 ココナッツミルク味のタピオカデザートを食べたいって太郎が言ってたから、前に、輸入食品の店で見つけて買ってたんだよ。
 缶詰のココナッツミルクと、乾燥したタピオカ。
 いつか、休みの日に作ってあげようって思って。
 でも、結局作ってあげれなかったね。

 食器棚あけて、すぐ右側のはしっこに置いてたんだけど。
 いつか気付いてくれるかな?
 大丈夫、賞味期限は長いし、パソコンからプリントアウトしたレシピも折りたたんで一緒に置いてるから。

 いつの日か。
 見つけたら、自分で作ってみてね。




                          Fin




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posted by noyuki at 21:34| 福岡 晴れ| Comment(1) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月27日

タピオカ 22

「タピオカ」22 太郎


 新しくて小さな仏壇に手を合わせたカナミに小さなクッキーを差し出すと、その顔がほころんだように見えた。

「ずいぶん遠くまで行ってきたのね、旅行?」
 カナミが尋ねる。
 観光地の名前入りのクッキーだ。そうか、これを差し出すと説明が省けるわけなんだな、と僕は思う。

「雪乃の友達がSNSにメッセージをくれたんだ。それで、結局会いに行ってしまった」
 本当はそれまでのやりとりがいろいろあったんだけど、とりあえず説明は省いてみる。カナミは一体どこまで知っているんだろうか?

「カヲルという男性とクルミという女性。カナミはこの二人のことは知ってる?」
 カナミは首をかしげてしばらく考える。
「カヲルというHNの人は、雪乃のSNSで見かけたことがあるような気がする。でも、クルミって名前は覚えがない。雪乃はいろんなページにいろんな知りあいがいたみたいだから、そっちの方じゃないのかな? わたしは、他のページのことはよくは知らないの。とにかく、いろんなところに顔だしてたみたいだし」
「正解」
 僕はそう言って、心の中で少しだけ微笑む。

 だってさ、雪乃。僕だけが知らなくてカナミが知ってたら、僕は自分だけが仲間はずれにされたみたいで、ちょっと落ち込んでしまうじゃないか。だから、カナミは納得いかなくても、知らなくて正解。きみの「ひみつのシュミ」はほんとにほんとに秘密だったんだな。

「ブログとかよそのページの繋がりで、雪乃が知り合った友達らしいんだ。それで、迷惑だと思いながら、つい、遠出してしまった」
「いろんなことがわかった?」
「わかったこともあれば、わからないことも。でも、僕にとっては新鮮だったよ。インターネットの世界でどこを切り取っても、雪乃はどこまでも嘘のない雪乃だった。そうして、そんな雪乃を好きでいてくれた人がいたことも。ごめん、たいしたことじゃないんだ。ただ、僕の中ではいろんな驚きの繰り返しで。でも、ほんとに、会いに行けてよかったと思っている」
「そう。なんだか安心した。太郎さんが、そう思える人に出会えて、ほんとによかったなあと思うよ、わたし」

 上品な白檀の香りが部屋中に充満していく。
 僕たちは薄手の半袖姿だが、それでも汗ばむほどではない。
 エアコンを入れるほどではない。今年は夏が遅いのかもしれない。

「ねえ、カナミ」僕は最後にひとつだけ疑問に思っていたことをカナミに尋ねようと思った。
「どうして雪乃は僕と結婚したんだろうね? 僕たちは、ケンカもよくしたけれど、そんなに仲の悪い夫婦じゃなかった。でも、僕と雪乃はぜんぜん違う。性格も行動もいろんなシュミも。夫婦であること以外に接点はないんじゃないかと思うくらいに接点と呼べるものがないんだ。振り返ってみて、もっと別の人でもよかったんじゃないかと思うこともあるし。あるいは、そうだったら違う人生だったのかもって......」

「人間は自分にはない遺伝子を本能で求めるものなの。太郎さんは、雪乃が持っていないものを持っていた。そういうものを人間は求めるものなの。同じような人間ばかりで群れてたって、同じように間違えて同じように滅びてしまうかもしれない。だけど、自分と違うアプローチができる人間と一緒にいれば危険回避できることだってある」
 カナミがまる暗記したかのようにスラスラとそう答える。
 そうして、そう答えたあとに、カナミは目を見開き沈黙する。まるで怒っているような顔だ。
 それから、カナミは天井の方を見上げて、こう叫んだ。

「雪乃! いちばん大切なことを、いつもそうやって適当にはぐらかすの、あんたの悪い癖だよ。もう、いいかげんに、そういう言い方やめようよ。昔、わたしに話してくれたじゃない。太郎さんは、自分が持ってないものを持っているところが好きだって。それがすごく羨ましくて、安心するって。あんなふうにはなれないだろうけれど、ときどき、それを真似てみようと思うって、そういうのってちゃんと言わないと伝わらないものなんだよ!」

「ありがとう、十分に伝わったよ」
 
 僕はそう言うので精一杯だった。
 白檀のお線香の煙が、ふわりと方向を変えて、僕の耳のうしろあたりをするりと撫でた。


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posted by noyuki at 21:41| 福岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

「タピオカ」21

「タピオカ」21 カナミ


 
 泣きながら目覚めることが何度かあった。
 
 わたしはそれだけ後悔しても後悔ばかりで、ああ、あの夜、無理矢理にでも雪乃を泊めていればこんなことにならなかったって思うばかりで。
 チエもフミも「それはカナミのせいじゃないよ」と言ってくれるけれど、それでもなにひとつ慰めにならなくって。
 なのに、その日、夢の中で雪乃はこう言ってくれたのだ。
「カナミ、約束を守ってくれてありがとう。ほんと、助かったわ」って。
 
 雪乃、ほんとにそう思ってくれてるの?
 ほんとにそう思ってくれてるんだったら、もう一度お参りに行かせてもらってもいい?
 太郎さんのことも心配なんだ。
 顔合わせるのも申し訳ないんだけど。
 雪乃がそう言ってくれてるのだとしたら、雪乃が好きだと言っていた白檀の香りのお線香をあげさせてもらっていいかな?
 
 雪乃が、ラベンダーとかジャスミンとかじゃなくて白檀の香りが好きなんだって言ったとき、「渋すぎ〜、それってお線香の香りなんだよね〜」って言ってしまったことあったよね。
 今頃、そんなつまらないことばかり、いっぱい思い出すんだよ。
 グリーンカレーが大好物だったとか、ちょっと真面目なことを言ったあとにはビリージョエルの「honesty」のサビのところを歌ってごまかす癖とか。
 わたしが古すぎだよその歌、って言ったら「何言ってんのよ、ビヨンセだって歌ってるんだから! 名作だよ」って言い返したよね。
 あれからわたし、テレビでビヨンセの歌まねするタレントが出てくるたびに雪乃を思い出すようになってしまったんだよ。

 昨日、太郎さんがメールくれた。
 旅行に行ってたんだって。わたしにおみやげ買ってきてくれたんだって。
 太郎さん、どこに行ってたんだろうね?
 
 なんとなくわかったんだ。
 わたしが行きづらいと思って気をつかってくれてるんだって。
 
 雪乃が生きてたら、きっとこう言うんだろうね。
「そうなんだよね〜。太郎ってそういうヤツなんだよね〜」って。
 わたしもフミもチエも、そしてもちろん太郎さんも。
 雪乃はこういうときになんて言うのか、今でもよくわかっているから。

 このまま雪乃のケイタイにメールで送ってみたら、返信してくれるんじゃないかって気分になってしまうんだ。


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posted by noyuki at 12:00| 福岡 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする