2017年11月05日

「焼け跡のハイヒール」盛田隆二 祥伝社




焦土と化した東京で、父親と母親が出会う。
母親は赤いハイヒールを履いている。
そんな色鮮やかなシーンを、以前筆者の文章で読んだ。
そして「この話をもっと長い物語で読みたいな」と思ったけれど、予想以上の波乱万丈さと壮大さにびっくり!引き込まれるように読んでしまった。

14歳で看護師になるのを夢見て単身上京した美代子を待っていたものは、爆撃により焼け野原になった東京だった。美代子は、座学を学ぶ時間もろくに取れないままに看護の助手をしながら、強い気持ちで多くの傷病者を助ける。
一方当時の隆作は、通信講習所を卒業したのち通信兵として中国大陸で過酷な日々を送っている。無線通信の業務を行いながら難聴を患い、仲間の死を乗り越えて終戦を迎え復員できる日を待っている。

そんな2人の生い立ちから出会いへと続くファミリーヒストリーが物語の元になっている。
貧乏、苦労、戦時下の恐怖、戦争というもの、たくさんの人が死ぬということ。
そんなファミリーヒストリーがどの家庭にもあるものなのに、経験したものは「多くは語らず」、そして戦争を知らないわたしたちは「あえて尋ねず」というスタンスでなぜかやってきたような気がする。
この本には、ファミリーヒストリーであり、日本の生き生きとした歴史がリアルに描かれていて、ほんとうにおもしろかった。戦争を生きてきた人のタフな「希望」が、ああ、なんかすごいなあと思った。

70年以上のときを経て、あのとき出会ったふたりはもうこの世にはいない。
だけども、そのリアルな「2人の、生きるための道のり」がこの本の中にある。
悲しい出来事と、悲惨なできごとと同じくらいに、希望や驚きや素敵な出来事もたくさんあったんだなあと思う。そうして敗戦後の絶望の中でもそういうものを胸に抱いていきてきた人たちの思いがたくさん書き留められている、宝物のような本だと思う。
ビビッドで力強くて、そして、なかなか出会わない2人がやっと出会うまでの道のりが長くて険しくて、ドキドキしながら読みました。


人気ブログランキングへ




posted by noyuki at 15:35| 福岡 ☀| Comment(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

「AX」伊坂幸太郎 KADOKAWA (恐妻家小説)







「AX 」かなりおもしろかった!
とぎれとぎれに読んでしまって、じっくり「仕掛け」をチェックしていないけれど、けっこうな伏線の絡みもあり、殺し屋シリーズの中でもハードボイルドと「とほほな感じ」の絡み具合がとてもよかった。

*  *  *

ひとことで言うと「恐妻家小説」である。
介護小説も不倫小説もあるくらいだから「恐妻家小説」があったってまったくもって異論はない。そもそも「枠にはまりきれない多種多様の者たち」の数だけ小説はあるのだから。

殺し屋である「兜」はひとり息子「克己」と妻の3人暮らしだ。
表向きは「文具メーカーの営業」をしている兜は、妻になにひとつ口答えしない恐妻家。夜中に妻を起こさないためにも「音を出さずに食べられるもの」を追求するくらいの恐妻家である(笑)。
兜は依頼者である「医師」に殺人の仕事を請け負ったり、身近なところで事件に巻き込まれたりするのだが、それを通じて「兜」という人物が少しずつ透けてみえてくる。
「何も感じないでやれたこと」が、ひとつひとつの感情を獲得することによってほころんでいくまでの道筋。友情や愛情、共感、そんなものを獲得していくまでのユーモラスであたたかみのある道筋。
そして、そこにある「妻」の存在。
恐妻家小説の金字塔と言ってもいいと思う。

というような感想を述べる事自体が不毛なのではないかと思うくらいに、後半の展開の「ダイブ感」がすごい。

え? ええ? の連続である。

それは、自分の目でたしかめてほしい。言ったら「ネタバレ」ですごく恨まれると思うから、口をつぐむ。

いい小説でした。さいご、泣きました。


人気ブログランキングへ



posted by noyuki at 14:51| 福岡 ☀| Comment(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月18日

2017年9月17日 くまざわ書店佐世保店 「佐藤正午サイン会」




というわけで、「月の満ち欠け」直木賞受賞記念の「くまざわ書店佐世保店」のサイン会イベントに行ってまいりました。
以下、そのレポートです。

*  *  *

前回のサイン会でも100人くらいは集まったと思うので、書店には前もって予約の電話を入れておいた。
友人たちにもそうアドバイスした。
実際、当日前に、100人の予約は締め切りになったとのこと。

ところが、である。当日は大型台風が九州にやってくるというではないか。
日帰りを予定してたけれど、慌ててホテルを予約し、前日のJRに飛び乗った。
やはり日帰りを予定していた友人は断念した。
そして、当日の飛行機は欠航というので、新幹線と佐世保線を乗り継いで前日入りしたという人もいた!
(新聞によると、長崎メトロ書店には、直木賞受賞を聞いて「いてもたってもいられず」家族の赴任地のフィンランドから駆けつけたという人もいたそうです)

インターネットの普及で、「日本国内のいろんな場所からサイン会に集まってくれる時代になった」と、言われていたが、気づいたら「世界中から集まってくれる時代」になっていた。そう思うと感慨深い。

当日。整理券に受付順に番号シールが貼られる。
その番号順に並ぶように言われる。
そして時間どおりご本人登場!
サインを書き、希望があれば記念撮影にも応じてくださっていた。
年齢層は、小学生のお嬢さんに2ショット写真を撮ってもらっている若いお母さんから、ご年配までいろいろ。
「昔から読んでいた」「一緒に写真を撮りたかったから」と終了まで待たれる年配のご婦人。
ごく自然に地元の小説家をあたたかく愛してくれている。そんな土地なんだと思った。

サイン会は1時間以上に及んだ。
佐藤正午せんせい、とちゅうでジャケットを脱ぎ、半袖の白シャツ姿になる。
ときどき「あっ!」という声が漏れる。
サインの書き間違いがあったらしい。
「書き間違い本っていうのも貴重なんですけどね」と、くまざわ書店の方がにこやかに笑った。

小さい声で言いますが、書き間違いは3冊はあったように思いますw

サイン会終わり、佐藤正午せんせいは膨大な手土産の数々を抱えられる。
持ちきれないほどの量なので、お店の方が大きな袋を持ってきてくださったようだ。

カジュアルなショルダーバッグ。紺色のジャケットにベージュのチノパン、白の半袖シャツ。
「60すぎて、あんなサラサラな髪、かつらじゃないのか?」という声もあるけれど、ほんとにお若いなと思う。
後ろ姿は、地元の県立大学生と言ってもぜんぜん大丈夫な感じ?

先生を見送り、わたしは、帰りのJRも運休だったので、払い戻して高速バスに乗って帰った。

*   *   *

今朝は台風一過の青空を、雲が、遠くの白鯨のようにゆっくりと通り過ぎていった。
「たのしいこと」があると、見える景色まで違ってくるね。

何年か先。
また、新しい作品を携えて、この町にみんなで集まるのかもしれない。
人生はときに退屈だったり単調だったり、悲しかったりムカついたりもするけれど、
それでも大好きな佐藤正午せんせいの「新しい本が出るのを待ちながら」生きていくのは、かなり楽しいものである。


人気ブログランキングへ







posted by noyuki at 15:25| 福岡 ☀| Comment(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

8月9日の空を見上げる

8月9日の空を見上げる


もう何年も前から変わりなく、長崎出身の友人げんたのさんは8/6日と8/9日の空を見上げ、その日の空の風景を写真でアップしてくれてた。

わたしはすぐに忘れてしまう。
空はいつでもわたしの上にあって、見上げようと思えばいつでも見上げられるものなのに。

わたしは「平和」も同じようなものだと思ってしまってるのかもしれない。
あることさえも当たり前のもの。

当たり前のものが当たり前にあることの幸せを忘れないように。
今年も空を見上げます。

大きな雨粒が降ってきました。


人気ブログランキングへ
posted by noyuki at 08:22| 福岡 ☁| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月29日

「佐藤正午氏の(月の満ち欠け)直木賞を待ちながら」


ブログも更新せず、気がついたら一ヶ月もたってたからびっくりした次第。
いったい何をしていたんだろう?
と考えていたら、佐藤正午せんせいの「月の満ち欠け」が直木賞候補になって、受賞してという一ヶ月だった。

{直木賞の結果を待つなんてことは、めったにない経験なので、時系列で記録しておきます}

2017年6月20日:直木賞候補者の一覧が配信される。候補者5名。なかには「読もうと思って買っていた本」と「買いたいなと思ってた本」の作者もいらっしゃる。ここは願掛けにて「読まない」を選択。

2017年同日:候補になったからとできることはあまりない。とりあえずスマホの待受を「佐藤正午氏の近影」に変更する。

2017年6月22日:直木賞「大衆選考会」のページを、ファンの友人に教えられる。「選考には関係ないかも」と思いながらもはやる気持ちを抑えられず書き込む。あとで聞くところによると、この大衆選考会で1位2位の作者が直木賞を受賞することが多いとのこと。

ちなみに、こういう情報が自然にずるずる入ってきたわけではない。
Twitterはじめ、いろんな記事、下馬評の検索にかなりの時間を費やしてしまっている。
なにもできないので、こういうことをやってしまうのだ。

2019年7月:ニコニコ動画で生中継があることを知る。当日の仕事のスケジュールを確認。

2019年7月19日:夕方6時すぎから、ニコニコ生放送を見る。解説の方の話を聞きながら選考結果を待つ。
19時くらいに発表予定とのことだったが、なかなか結果を入って来ない。時間がかかっているのかとヤキモキ。

2019年7月19日:19時20分。会場にカメラが切り替わる。女性がひとり入ってきて、壁に紙を貼る。
まずは芥川賞。そして、直木賞。間違いなく「佐藤正午 月の満ち欠け」と書いてある。
生放送を見れなかった友人に電話する約束をしていたので、すぐに電話して喜び合う(ここで感極まって泣きました)。

それからあっという間に「人多すぎ」になって、プレミアム会員でないので視聴できなくなる。
LINEで友人とあれこれ探して、記者会見が見れるネットを探してやっと視聴。

それから、ネットに書きこんだり、自分のことではないのにお祝いのメールが来たり、と、お祭りのような喜びの日々を過ごした。やり残したことはあるものの、とりあえず今は放心。
生きているとほんと、予想もしないことがたくさんあるなあ、と改めて思いました。
佐藤正午さん「月の満ち欠け」直木賞 おめでとうございます!

月の満ち欠けの書評はこちら

「月の満ち欠け」からの二次創作「戦場のパーティ」

「月の満ち欠け」を読んで、「意図せずに生まれ変わる人もいるとしたら、自分も、もしかしたら生まれ変わりを信じられるかもしれない」と言った友人に向けて書きました。


そして、電話による受賞会見のもよう




人気ブログランキングへ

posted by noyuki at 13:45| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月28日

戦場のパーティ


夢の中で、わたしの家はいつもここだ。

大通りから横道に入り、大きな川の堤防へと向かう。アップダウンの激しい人家の少ない畦道だ。堤防にぶつかる。左方向に曲がる。今度は急な上り坂が続く。両側には背丈ほどの紫陽花。荒々しい坂道だ。
その坂の中腹に、わたしの住む2階建ての木造の家はあった。

わたしは27才。
父母はすでに存命していなかった。大きな木造の家にいるのはわたしひとりだ。
わたしには仕事があったのだと思う。わたしは毎日坂を歩いていたからだ。でも、どういう仕事だったのかは詳しくは思い出せない。
簡単な事務作業だったのだろう。大きな口ひげ男が「今日はこういう書類を作ってくれ」とか「これをまとめてくれ」とか指示して別の部屋に行く。わたしはそのあと一日中閉じこもってひとりでその仕事をしていた。
当時は戦時中で、どこか落ち着かなかった。
さみしいとか心細いという感情の行き場所がなかった。
わたしは、なすべきことをこなしてはいたけれど、ぼんやりと生きていた。

わたしはふわふわしていた。
感情というものを自分の中に育てることができない。
戦争のせいかもしれない。
あるいは、持って生まれたものだったのかもしれない。
さみしくもなかったけれど、楽しくもなかった。
生きていくというのは、夜が明けて朝がきて、食べるものがあって、それ以外になにがあるのか?
わたしは何も知らないままに死んでしまったような気がする。

そのあたりの記憶はあいまいだ。

ある日、家に帰ってくると、夕暮れに玄関を叩く人がいた。
若い男性だ。めずらしい、と思った。若い人はみんな戦争に行ったと思ってたのに、まだ、こんなところにいたんだ。

「数日中に家を出てください」目のくりんとした坊主頭の少年は言った。白い開襟シャツを着ていた。
「空襲が激しくなっています。ここは飛行機工場の裏手になるから爆撃を受けたらいっぺんに燃え移ってしまう。そうなる前に退去してください。どこか身を寄せる場所はありますか?」
「はい。親戚に疎開します」とわたしは言った。
嘘だ。田舎なんてないし、身を寄せる家なんてない。正直にそう言って、そのあとのやり取りをするのが面倒だった。

「残念ですが、この家は壊すことになると思います。延焼を防ぐためにです」
「そうなんですね」
「景色のいい家ですね。坂のとちゅうの紫陽花がここからは広くに点在してみえる」
「そう、縁側から見るとね、海の中に白い波が見えるみたいに、明るい色の紫陽花がそこらじゅうに見えるんです。まるで、船上でパーティしてるみたいに」
「戦場のパーティ?」

わたしは言葉の意味が上手に伝わらなかったことを後悔した。
わたしは喋らなさすぎたり、喋りすぎたりしてしまう。
そして、だいたい正確には伝わらない。

「外来語をむやみに使うと叱られます。でも。自分はそのパーティというものをいつか楽しんでみたい。どうか、安全に避難してください」
坊主頭の少年はそう言った。

「いつか」?
「楽しんでみたい」?

いつか、先のことなんて考えたことあっただろうか? そしてそれが「楽しんでみたいこと」だったことなんてあっただろうか?
そういう未来があるのか? 
そう思いながら、少年の目を見た。漆黒のビー玉のような目だった。

その目を見たときに、今まで感じたこともないなにかを感じたことを覚えている。
ぽっと。ろうそくの火が灯るような感覚だった。
何も変わりはしなかった。ただ、ろうそくの炎の分だけ、世界が明るくなったような感じがして。
そして、炎はすぐ消えた。

わたしという月は急速に欠けていって、それから先のことはおぼろげに覚えているが、痛みもなにもそこにはなかった。
勧告にも従わず、行く場所もなかったわたしは、炎に包まれて、この家の中で朽ち果てた。
悔しさも後悔もなかった。
わたしは死ぬ前にずっと欠け続けて、新月になってしまっていたのだ。
わたしはふわふわのまま死んでいった。

******


27歳をすぎてはじめて、いつも夢に出てくる家が、わたしの昔の家だったことに気づいた。
前の世界のわたしは27でなくなったのだ。わたしはその後の人生を生きてみようと思った。

わたしはあいかわらずふわふわしていた。

それでも恋もしたし28歳で結婚した。少し強引なところのある人で、わたしを孤独な世界から外へと連れ出してくれた。
ふつうの結婚、そして夫の帰りを待つこと。夫はわたしの作る食事はどれもおいしい、と言ってよく笑ってくれた。
そんなことが自分にあるなんて思いもしなかったので、とても驚いた。
なのに結婚生活は長くは続かなかった。
夫は職場に好きな人ができて、ある日、わたしにあやまる長いメールを送って、そのまま帰ってこなくなってしまった。
メールも携帯電話もその日をさかいに通じなくなった。

どうして、腕の肉が削ぎ落とされるように痛いんだろう?
どうして、内蔵をひとつ掴みにされたみたいにカラダが苦しいんだろう?
どこか身体の一部分を持っていかれたようだった。
またわたしは欠けていきつつあった。生きていく感覚は急速になくなっていった。

そういう時間を長く長くやりすごして、それでもなぜかわたしは生き続けた。

わたしはまだ2回しか生きてないから、いろんな感情をうまく処理できないのだろうか?
とすれば、まわりの人は、もう何度も生まれ変わった人ばかりなのだろうか?
苦しいことから順番に覚えていった。
苦しいときは、こんなに身を削がれるってことから覚えていった。
だけど、不思議なもので、苦しいことがあれば、相対的に楽しいことがわかってくるってことにも気づいた。

そんなわたしのことを心配して一緒に夕飯を食べてくれる女友達ができたり。
給料日には男女いっしょのグループで居酒屋に行って大騒ぎをしたり。
そして。酔っ払った男が私の家に泊まったり。
それでもつきあうことはなかったけれど。
ささいなことがどんなに楽しいのかわたしには少しずつわかってきて。
「でもさ、生きていると楽しいこともあるよね」
そんなことをやっと言えるようになってきた。

働いている福祉施設のデイサービスで、わたしは昼休みに外に出ようとする男性の見守りをする。
玄関の椅子に座って、井本さんは杖を自分の脇に置き、入道雲の様子を見ながら、今日の天気の予想をしたりした。
「出たらどこに行くかわからないから、出ないように気をつけて」と言われるけれど、井本さんは外には出ない。
この椅子から外を見ながら、いろんな話をしてくれるだけだ。
そして、その話を聞くのが、わたしはとても好きだった。

「ほんとは飛行機乗りになるつもりだったんだよ」
ある日井本さんは言った。
「飛行機に乗るための試験を受けに行ったんだけど、そのとき蓄膿症がひどくてね、不合格になってしまったんだ。まわりがみんな行ってしまって、自分が乗れないのはつらかった。けど、それでも自分はこの年まで生きているね」
井本さんは少しばかり記憶があやふやだけど、昔のことはよく覚えている。
「坂の下町のあたりにいたんだよ」
「ここから10キロほどのところですね」
「ああ。もう工場が空襲でやられるだろうってことで、まわりの人を疎開させるためにずっと説得して歩いてたんだよ。坂のとちゅうの家に住んでたお嬢さん。どうなったんだろうかって時々思うんだ。わたしが訪問した日の夜に空襲があって、あのあたりは焼け野原になったからね。疎開するって言ってたんだけど、ちゃんとすぐに出られなかっただろうなあとか。いまだに心配になるんだよ」

それはわたしだ。
生まれ変わる前のわたしだ。
わたしは逃げなかった。
そして、新月のように真っ暗なわたしになって、記憶をなくして、消えていったのだ。

「井本さん。そのひとはきっと今も生きてますよ。わたしにはわかります」
「そうかなあ、そうだといいなあ。そうだ、お嬢さん、あなたにちょっと似た感じの人だったよね」
「きっと幸せに生きてますよ」

そうだね。この年まで生きたんだもの。幸せでいてほしいよね。
井本さんはそう言いながら、入道雲の空を見上げた。

面影のある顔。ビー玉のような丸い眼球。
そうだ。あのとき、わたしはろうそくの火がぽっと灯るような気持ちになったのだった。

あの気持ちをなんと言うのか、今のわたしにはよくわかる。
よくわかるようになるまで今度は生きられて、ほんとうによかった。





人気ブログランキングへ













posted by noyuki at 21:27| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月26日

「書くインタビュー 3」 佐藤正午 小学館の本気

書くインタビュー 3 (小学館文庫) -

佐藤正午氏と東根ユミさんのメールによるインタビューはもうずいぶん長いこと雑誌「きらら」に掲載されている。
とちゅうで「鳩の撃退法」の連載が「きらら」ではじまって、終了してからまた再開されたと記憶している。

長いよね。

書き下ろし作品「月の満ち欠け」の執筆中が、この「書くインタビュー3」の真っ最中だったわけだ。
今読んでみると、「ああ、最初はこういうアプローチだったんだな」とか、書くことに対する信念やこだわりまでがとてもリアルに感じられる。
あと、真夏のポケモンGO!とか、お父様の葬式の日の憤然!たるエピソードとか、文章という芸で読ませ、笑わせてくれるところも見逃せない。

でも、最大に見逃せないのは、この「書くインタビュー」自体が、全力で、佐藤正午氏の新作書き下ろしを、待ちわびているところだ。
帯を見ていただければわかる(すみません、上手に貼れなくて)

本書の最終章は「タイトルと発売月」が発表されるところまでだ。
いや、もう、雑誌連載中の胸の高鳴りがありありと思い出せた。





他社の作品であるとか、まったく関係ない。
これは、「月の満ち欠け」が傑作であることを信じ、たくさんの人の目に触れ琴線に触れることを信じている人が作った帯だ。

「月の満ち欠け」で胸熱になって、そして、他にも「胸熱な人たち」がたくさんいることにまた胸熱になってしまう。

作品をまちわびる時間も。
作品を読む時間も。
そして、読後の思いを交わす時間も。
ほんとうにどの時間も幸せだよね。


人気ブログランキングへ



posted by noyuki at 16:49| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月30日

月尾島(ゲツビトウ)のさくら




ソメイヨシノはまだ。



「さくらはやっぱり月尾島(ゲツビトウ)よ。島のぐるりにさくらが植えてあってとてもきれいなのよ」
ベッドの上で麻子さんが言った。

「そこは仁川(ジンセン)から近いのですか?」
わたしは尋ねる。
わたしにとっては仁川は(インチョン)なんだけど、麻子さんは日本語風に(ジンセン)という。

「近いね。島だけど、歩いて渡っていける。その島のぐるりに桜を植えてあって、すごくきれいよ。みんなでそこに行って花見をするのよ」
「日本人も韓国人も?」
「そう。うちにいた韓国人もみんな。韓国人のお菓子とか持ってきてた」
「トックとか? 」
「名前はわからないけど、どれもおいしかったよ」

麻子さんの家は商売をやっていて、いろんな人が働いていた。
主人である麻子さんの父親に褒められるよう、雨が降ると小学校まで迎えにきてくれた。
チョンシギとかカクチョギとかそういう名前だったと思う。
ひとりは傘を持ち、もうひとりがおんぶしてくれた。
麻子さんは満鉄の駅の名前を順番に言える。
仁川、京城、とそらで。

わたしはスマホでウィキペディアを見る。

軍の基地があったようですね。そしてロシアもいて領土争いもあった。
もしかして桜は、日本であることを主張していたのかもしれないですね。

そうかもしれないけれど。それでも花見は楽しかったよ。

わたしは慰安婦問題まで持ち出す。そんなことはないよ、と麻子さんはきっぱりと言う。
どこかではあったのかもしれないけれど。

終戦になり、麻子さん近所の人の船で慌しく帰国する。
そのあたりで話はだんだん、もうあいまいになる。

大正生まれの麻子さんの記憶は、どこまでもクリアというわけではない。
だけど、わたしは、麻子さんから聞く韓国の話が好きだ。

仁川にあった柳の木や、可愛がられた記憶。
時代を見てきた人の話が好きだ。
資料や主張の中にある事実と違うかもしれないけれど。
幸せな記憶を麻子さんが何度も繰り返す、その話がとても好きだ。


ちなみに現在の月尾島(ウォルミド)のようすはこちらです(soulnaviより)



人気ブログランキングへ



posted by noyuki at 08:03| 福岡 | Comment(7) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月22日

「月の満ち欠け」 佐藤正午 岩波書店 (ネタバレ注意)








若い頃「前世」の夢を見たことがある。
わたしは23歳くらいの女性で、戦時中の空襲で防空壕で亡くなった。
やけに生々しい夢だった。
ただ、わたしの記憶はそれだけ。
彼女はそれ以上のメッセージを託さなかった。

人には二通りの死に方があるという。
樹木のように死んで種子を残す道と、月のように、死んでも何回も生まれ変わる道。

「月の満ち欠け」は、月の満ち欠けのように、生と死を繰り返すことを選んだ「瑠璃」という女性の物語だ。

既婚でありながら、三角アキヒコという男性を好きになり、そして鉄道事故(自殺?)でなくなった瑠璃。
瑠璃は何度も生まれ変わり、アキヒコの元に行こうとする。

「ラブストリーなの?」「ミステリーなの?」「SFなの?」という問いかけには、「その全部!」と答えるしかない。

三角くんの目線で描かれる「瑠璃」は、髪の分け目から、たよりない短い線のような唇、そして会話のひとつひとつまで、とても愛しく美しく描かれていてジンとなってしまうし。
生まれ変わった「瑠璃」たちも、まっすぐに一本の芯を持って、7歳や8歳になると三角くんとの記憶や出会った場所を求めてゆく。
「純愛」という言葉が、わたしのカラダの中の冷えた鉄パイプだとしたら、そこに温かいものが流れはじめ、パイプそのものが温かくなっていくような感じの、あたたかい「純愛」を感じました。

ところがこの「月の満ち欠け」のような生まれ変わりが、一筋縄ではいかないのが佐藤正午作品。

「満ち欠ける」のは瑠璃だけではない。
小山内堅(コヤマウチツヨシ)の妻である梢。
そして瑠璃の夫の「正木」の先輩に当たる人も、「月のように満ち欠ける人」なのだと思う。(先輩は、ちょっと死んでみると言って自殺した)。
そのあたりの顛末はぜひ、本書でたしかめていただきたいもの。

ちなみに「正木の先輩もぜったいどこかで生まれ変わってるはずなんだよね」って言ったわたしに、「あ、ほら、最後東京駅で!」と友人が推理したけれど。それもまた、本書の中で。

🌙 追記 🌑🌓🌔🌕
とりとめもなく書きたいこと、追記にします。

なんだか、ふとした表現に泣いてしまいます。特に初代「瑠璃」とアキヒコくんとの会話。
そして、生意気な緑坂瑠璃の台詞。
強がりとせつなさが表裏する文章の迫力がすごくて、思わず、何度も泣きました。

文章の力がカメラワークのように、1シーン1シーン読ませてくれるのですが、これ、映画で見るならぜったいアニメで!と思う。
幼い瑠璃の、憑依した言葉や記憶する言葉は、ああ、アニメで見たらすごいだろうなあ。
本気で妄想しています。


人気ブログランキングへ






posted by noyuki at 14:05| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

佐藤正午 書き下ろし新作 2017年4/5 岩波書店より発売



月の満ち欠け -
月の満ち欠け -

ひさしぶりの佐藤正午新作です。
嬉しくて嬉しくてリンクを貼りました。

タイトルは「月の満ち欠け」です。





人気ブログランキングへ




posted by noyuki at 19:38| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする