2008年09月12日

雑踏

小さなパソコンを買ってドラゴンと名前をつけた。
名前のわりには野太いところがなく、どちらかといえばひ弱な感じである。
キーボードが軽くていきなり画面が移動したり、まだまだ扱いづらかったりもする。

公衆無線ランを使ってみようと、ドラゴン片手にマクドナルドに移動し、一店めはうまくいかなかったものの、二店めでやっと接続に成功した。

雑踏の中にいると、自然とキーボードが軽やかになった。
となりの大学生は試験前らしきノートをめくっているし、お向かいの女の子の二人連れはケイタイのスケジュールを見ながらランチの日にちを決めている。さっきまでは二歳くらいの男の子が片言のおしゃべりをしながら母親とポテトを食べていた。向こうの席の女の子はヨーロッパ旅行を計画しているのだという。飛行機は高いけどねって。
人のささやき声は重なり合うオーケストラみたいだ。

そうだ、最初に音楽を聴きながら電車に乗ったときもこうだった。
揺れる川面も電車のアナウンスも子供の泣き声もみんな交じり合い、音楽がいきなり立体になって踊りだした。
あの感じにすごく似ていた。

当たり前すぎてとりたてて愛することもなくなった市井のものたちが、歌いだす感じがすごくてたまらないけれど。
ああ、バッテリーが少なくなってきた。

雨がひどくならないうちに家に帰らなくちゃ。
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2008年08月30日

Four dishes story

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「1.カレーライスクロニクル」

 カレーを煮込むのに半日かかったらしく、ショウタからの電話が入ったのは夕方の4時すぎだった。
「ケーキでも買って行こうか」と言ったが断られた。
「駅までバイクで迎えに行くから、ケーキをぶらさげて後ろに乗るのは無理だよ。あ、バイク、平気?」
「はじめてだけど、楽しみにしてる!」
 ユミはふわふわのスカートをあわててジーンズに替えた。
 はじめて行ったショウタの家で、手作りのカレーを食べた。スパイシーで手の込んだカレーだった。
「カイエンペッパーを入れすぎた、ごめんね、辛すぎるね」
「平気、辛いの大好きだから」
 結局二人はそのあとで、炎のようにぴりぴりしたお互いの唇をからめあうことになる。
 それが長い時間の始まりだった。

 子供のリョウが生まれてからは、ユミが甘いカレーを作った。
 ホットガラムマサラをバリバリかけながら食べる。辛口の二人にはもちろん物足りなかった。だが別の鍋にもうひと種類カレーを作る余裕もなく、リョウをお風呂に入れたりするのに手一杯だった。

 カレーが中辛になる頃には、三人揃って食べることが少なくなった。
 中学に入ったリョウは部活で遅かったし、本社勤務になったショウタは終電ぎりぎりに帰ることが多くなった。
 そんなとき、鍋の中にはとりあえずのカレーがあった。各自があたためて各自で食べる。
 カレーはバラバラの家族をつなげる基地のようなものだった。

 大学が決まってリョウが家を出た。
「はやく家を出たい」とも「まだ独立なんかしたくない」とも言わず、当たり前のように入学式に合わせて引っ越した。ショウタは軽トラをレンタルして引っ越しを手伝った。
「ほっとした」とも「さみしくなるな」とも誰も言わない。男たちは概して無口だ。
 子供が大きくなるのなんてあっというまよ。いろんな人にそう言われていたのに、実際の子育ての時間は無限のように長かった。ほっとできない、うっすらとした緊張感がずっとあった。
 それがいきなりすとん、と消えた。

 このまえ暇を持てあました日曜日に、二人でグリーンカレーを作った。
 ショウタがタマネギを飴色にした。ユミがチキンの大きさを整え、ココナッツミルクの缶を開けて丹念に濃さを調整した。
 香辛料を入れすぎた。あの日のショウタのカレーみたいにグリーンカレーは辛かった。
「やっぱり辛いカレーはおいしいね」
 ふうふう汗をかきながら、ショウタが言った。
「カレーじゃなくても辛いものはなんでも好きだね。私、寒いのが嫌いだから老後は物価の安い暑い国にでも住みたいな」
「おれはイヤだ。辛いものは好きだけど、暑いのは嫌いだ。エアコンがないと生きていけない。どうせおれの方が先に死ぬんだから、そのあとにユミは暑い国に行きなよ」
「わかんないよ。いきなり病気にかかって、わたしの方が先に死んだりして」
「それはないよ。死ぬのはぜったいおれが先だ」

 結婚した時、これでずっと一緒にいられると思ったけれど、それが幻想であるとすぐに気づいた。 死という別れが来ることが、ずっとユミの頭から離れなかった。
 だけどもずっと一緒にいたおかげなのか、今は、薄いベールのようなおたがいの死の影を、少し受け入れられた気がしている。
 独りで暑い国に住処を探すユミと、このキッチンで変わらずにカレーを作るショウタ。その両方を想像してみる。避けられないこととはいえ、どちらもさみしいに違いない。

 でもこればっかりはどうなるかわからないんだから。
 いろいろ考えないでのんきにカレーでも食べているのがいいのかも。
 結局は二人でそんなことを話して、 冷たい水をぐぐぐと飲み干した。


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「2.メモリーズ オブ パエリア」




「ヨシオって弟がいてさ、一回ユミを会わせたいんだ」
 ある日ショウタがそう言った。

 ヨシオ君は自閉症で、グループホームという所に住んでいて、昼間は軽作業の仕事をしているのだそうだ。
 ショウタがヨシオ君を家に連れてきた。
「ユミさん、はじめまして、よろしくお願いします」
 短く髪を切りそろえた痩せて色白のヨシオ君は、中学生のように幼くみえた。
 ユミはパエリアを用意した。その鍋をテーブルに置いたもののヨシオ君は全く手をつけない。ショウタが気づいて、それを皿につぎわけた。
「てきとーに分けるってことが、ヨシオにはむつかしいんだ。けれど、生活にはそれほど困らない」
 ヨシオ君は封筒に冊子を入れる仕事のことや、自分でやれる家事のことを話してくれた。話をしているうちに、ユミはヨシオ君のことが好きになった。ひとつひとつの言葉を自分の引き出しから取り出すように喋る姿が、とてもおだやかだったからだ。

「その印象のとおりだよ」ヨシオ君を送り届けてからショウタは言った。「感じるよりか、自分の引き出しのパターンを使って会話するのがヨシオなんだ。だけど、小さい頃は友達とのやりとりができなくて小学校をドロップアウトした。 今でもヨシオは曖昧な指示や考え方を求められると困ってしまうんだ。 だけど職場の人はヨシオの特性を理解して、できる仕事をたくさん任せてくれる。自分の居場所を与えられて生き生きしてるヨシオが今は僕の誇りなんだ」とショウタは言った。

 その年の冬にヨシオ君は肺炎をこじらせてあっけなくこの世を去った。22歳だった。
 ショウタは気づけなかった自分を責めた。両親の落胆も並大抵ではなかった。
 春に控えていた結婚式を辞めようとしたが、両親はヨシオ君が楽しみにしていたからと言って列席してくれた。

 二年生になった子供のリョウが、食卓のテーブルで宿題をしている。
「新しい」という漢字を三回続けて書いていた。しばらくして「漢字は覚えたかな?」とショウタが尋ね、リョウは当たり前のように「新しい」と鉛筆で書いた。ショウタはちらりと複雑な顔をした。
「漢字を覚えられなかったんだ、おれ。ノートに1ページ書いても覚えられない。集中してないんだって親に怒られたけれど、集中しても覚えられなかった。算数も理科も得意だったのに、漢字だけがどうしてもダメだったんだ」ショウタは言った。「でもきっと、そんなふうに、本当は誰だってバランスが悪いんだよ。それを少しずつ修正しながら社会というサークルの中に入っていけただけなんだ。不幸にもヨシオはたまたまバランスがもう少し悪くて、それでよけいな苦労をしたんだろうな」
 遺伝子のことを考えていたんだとショウタは言った。自閉症は遺伝子に関係があるのだそうだ。リョウがヨシオのようだったらと悩んでいたのだという。ヨシオのことを誇りに思っているのに、それでもリョウはどうなんだろう心配してしまう自分がとてもイヤなんだとショウタは告白した。

 休日の夜、リョウが寝たあとに二人でビールを飲んでいる時、ショウタはよくヨシオ君の話をする。
 忘れたくない記憶をたぐるような些細な話ばかりだ。幼い頃、苛立って冷たくしたことや、苛められるとかばっていたこと、オトナになってからの成長の記憶。小さなエピソードをショウタは光る石のように拾い上げる。 
 ユミはパエリアの日しか知らなかったのに、どんどん記憶が増えていった。
 ヨシオ君をまんなかにしてビールを飲む夜は、ヨシオ君も一緒に笑っているみたいだ。
 今ここにいなくても、ヨシオ君はだんだん近しい家族になってきた。



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「3.デパチカ・カニクリームコロッケ」



 休日の北天神のカフェでひさしぶりにナツコと会った。ナツコのストレートの猫っ毛は昔とちっとも変わらない。それから身体のラインのわかる黒のニットのワンピース。これは自分にはとても無理だとユミは思う。
 会社の同僚だったナツコは今も独身で、あの頃よりもずっと責任のある仕事をしている。

 最近はふたりで会話の小道を歩いていて、うっかり地雷を踏んでしまうことが多くなった。それが何なのか踏んでしまうまでわからない。だから用心のしようもない。
 
 その日ユミは、小学校や地域のボランティア活動のことを喋っていた。ボランティアというのは名ばかりの強制で、バザーや校内の夏休みの清掃に行かされる。おまけに同じ母親なのに言ってることの理屈がまるでわからない。そんなことを延々を話してしまったけれど、それはナツコにしてみれば海の向こうの小さな紛争のようなものだったのだろう。
「それでもユミみたいな扶養家族は税金とか控除がいっぱいあるのよね。税制は独身女にはもっと冷たいものなのよ。国は、あなたたちのことをタダで使える自分の奥さんくらいに思ってるんじゃないの?」とナツコは言った。
 それが税制に対する不満なのか、仕事をしないユミのふがいなさへの不満なのか、自分の立場への不満なのかわからなかったけど、紛争の当事者には少々的外れで残酷な手触りのものだったのはたしかだった。
 
 そういえば同期のヒロシがこの前突然メールをくれた。ナツコと三人で毎週末遊び回っていた仲間だった。
「ユミもなかなか外に出れない? ときにはみんなで飲みに行こう」という内容だった。
 思い出してヒロシの近況を尋ねてみた。
「二人めがもうすぐ生まれるらしいよ。 奥さんは今、子供を連れて実家に里帰りだって。今はさえないおじさんよ」
 これまたばっさりやられてしまった。

 ずっと友達でずっと同じ場所にいると思ってるのに、本当はすごく離れた場所にいるんだなあとユミは思う。だからわたしたちは、会うとすごくちぐはぐなのだ。わたしもヒロシもいつだって、その場所に戻れるように錯覚してるのに。

 家族という仕事は夜になっても終わらない。家族は仕事じゃないけれど、終わらない残業しているような気分になるときだってある。食べたくないのに夕飯を作らなきゃいけない日もあるし、子供は表計算みたいに入力すれば結果が出るってわけにはいかない。自分で産んだ子供なんだから、って言われればそれまでだけど、 そんな言葉でさえも、わたしたちをあっさり檻の中に隔離してしまうのだ。

 ねえ、想像力があればわかるなんて嘘だよね。 おたがい立場が違うだけでわからないことだっていっぱいある。想像してわかることがあるとすれば、自分の世界の外側には想像してもわからないことがたくさんあるってことだけだよね。
 そんなことを心でつぶやきながらユミは、今朝テレビで見た戦争の中継画像を思い出した。
  
 話が盛り上がらないままにナツコは「まだ買い物があるから」と言って、唐突に席を立つ。
 ああ、とか思うけれど、また時間がたって一緒にお茶でも飲めればいいなとユミは思う。

 そろそろショウタもリョウもおなかをすかせている頃だろう。デパチカでカニクリームを買って帰ろうか。
 何度か作ってみたコロッケはどれもパサパサの失敗作だった。どれだけ愛情注いでも手間とか時間をかけても、うまくいかない時もある。
 二人はデパチカのコロッケこそがごちそうだと思っている。
 主婦だからコロッケくらいは手作りで、とずっと思っていたけれど、作れなくったってそんなに困らないか。


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「4.ラーメンランチ 」



 こういうのは、やはり引きこもりって言うんだろうか? とユミは思う。
 高校に入ってからリョウはまったく外出しなくなった。いや、高校だけは毎日通っている。だが帰宅すると一歩も外に出ない。コンビニにも立ち寄らず、家の二軒隣の自販機までも行かないのだ。長い夏休みでさえもきっぱりと家の中にいる。ユミにジュースや雑誌を頼む日もあったが、部屋に閉じこもるばかりで会話もめっきり減ってしまった。
 確実と言われていた志望高校に落ちた。滑り止めの高校には同じ中学のみっちゃんがいたけれど、質実剛健の男子校に馴染めなかった彼は早々に中退してしまった。
 思春期だもの、気のすむまで悩めばいいんだよ、とショウタに言われ、見守ろうとは思うものの、家の空気がリョウの分だけ重かった。

 日曜のお昼にショウタと二人でラーメンを食べに行く。リョウにはコンビニの弁当を買って与えた。とにかく外食がしたかった。

 混んでいる店内で、ショウタが背の高い店員に注文をした。
「えっと。ラーメン大盛りと並みがひとつずつに、ご飯がひとつ、ホルモンひとつですね」
 金髪にピアスをした眉毛のない店員がたどたどしく 繰り返す。
「おい。もしかして、みっちゃんじゃないか」
 ショウタがそう囁いたので見上げると、みっちゃんが照れくさそうに笑っていた。

 はじめてのバイトなんだろう。ずっと手持ちぶさたで立っている。それからテーブルの片づけに呼ばれ、どんぶりを片付け、ていねいに台ふきで拭きあげた。きっとまだ、できることが少ないのだろう。

「お待たせしました」
 店主らしき別の男性とみっちゃんがふたりでラーメンを運んできた。
「えっと、大盛りはどちら?」 とか言いながらどんぶりを置いて、それから店主が伝票を確認する。ご飯とホルモンがまだなのに気づいた。
「おい、ご飯とホルモン、持ってきてないよ、これを先に持ってくるんだよ、お客さんすいませんね」
 それから別の店員がご飯とホルモンを持ってきた。

 みっちゃんはわたしたちの前で怒られたから恥ずかしかっただろうか?
 恥ずかしくても傷ついてはいないと思う。 みっちゃんが傷つくのは悪意のある言葉だけで、そんなものにたくさん傷ついてきたけど、真面目な忠告はまっすぐに受け止められる子だったからだ。そうだ。中学生活がうなくいかなかったみっちゃんは、いつもウチに寄っては、他愛もない話をしながらリョウとゲームをしていた。

 それからもみっちゃんは背筋をピンと伸ばして、自分のできる仕事が見つかるのを、じっと立ったまま待っていた。 少し緊張した顔がまぶしかった。
「すいませんね、ごはんとホルモン、遅くなっちゃって」
支払いのときに店主が言った。
「あ、ぜんぜんかまわないです」
と答える。
 ホルモンが遅くったってぜんぜん構わないです。その代わり、みっちゃんのことをお願いします。みっちゃんのご両親とかまわりの大人とかが、教えられなかったことをいっぱい教えてやってください。ほんと眉毛ないけど真面目な子なんです、ただ傷つきやすくて回り道が多かっただけだから。 彼が自分を誇れるように。どうかよろしくお願いします。
 ユミは心の中で深々と店主に頭をさげた。

 リョウもいつか......とユミは思う。巣箱の中で守られる時間はそんなに長くはないだろう。リョウもいつか、家族以外の誰かを頼れる日が来ますように。誰かのあたたかい言葉、誰かの親身な言葉に出会えて、いつか、わたしたちの外側に広がる限りない世界と繋がっていけますように。




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2008年08月15日

伊坂幸太郎の備忘録 その3

死に神

まだまだ伊坂幸太郎ばかり読んでいる。この調子だと全部読んでしまうまで止まらないに違いない。短期間のあいだにたくさんの作品が発表されているのが救いだ。

「死神の精度」。音楽を聴くのが好きな死神が、ターゲットになった人物が「死」に適するかどうかを判断する。短編である。
天性の声を持つ女性、極道、そして推理小説のような山荘に集まる人々。クールな死神ではあるが、見え隠れする人生への「やさしさ」を感じられる。
最後の「死神対老女」が逸品。バラバラの糸をひとつにつなげる、死神の仕事に関係の深い老女。彼女の鋭い感覚、人間に対するやさしい目線がとてもいい。 老女が経営する美容室にお客を連れてきてくれというエピソードは、伊坂幸太郎のやさしさの真骨頂だと思う。



魔王2


「魔王」。前半「魔王」は超能力を持つ兄の物語。そして後半の「呼吸」はそれを引き継いだ(?)弟の物語。兄の物語は救いなく暗いイメージがして、弟の物語も大事な部分とストーリーは裏に隠されているようで、正直構成のバランスが悪いように思う。
しかし、裏に隠された首相に関するストーリーと「考えろ考えろ」というキーワードに魅せられる。現代という大きな潮流に流されることなく立っていることはむつかしい。「考える」だけでもむつかしい。しかし、「愛と優しさ」を持って考えることによって、読者はなにかの「芽」をつかむことができる。
だから夢中になれるのだろう。小説を読んで、なにかがわき上がる感覚。
それが欲しくて、こんなに読み続けるのだと思う。


砂漠2



大学時代の仲間という牧歌的なテーマではあるが、ストーリーはけして牧歌的ではない。
若さゆえの無鉄砲が、仲間の片腕を失わさせる。 どちらかというと、ひどい、悲惨な大学時代だ。 いつだって、伊坂幸太郎の作品は残酷だ。
だが残酷な現実を乗り越える「なにか」がそこにある。
乗り越えられるような気がする。なにか、とてもひどいことが起こったとしても。そのときに、小説に出てくる「仲間たち」を思い出せば、「仲間たちの考えとかやさしさ」を思い出せば、乗り越えられるような気持ちになれるのだ。






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2008年07月07日

伊坂幸太郎の備忘録 その2

* ラッシュライフ
 
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 これを先に読むべきだったのだとあとから気づいた。発表作品順に読んだ方が「いいことがある」と言われたのは、これだったのか。
 五通りの人生が同時進行。重厚かつ複雑な小説ではあるが、どれも読み応えのある話でどんどん読み進める。
 そうして、自分がどうしてこれだけ伊坂幸太郎を読み続けるかなんとなくわかった。

 わたしは「その視点」が欲しかったのだ。
 「その視点を常備していたい」と思っていたのだ。

 伊坂幸太郎の視点には愛がある。単純に主人公をすべて愛しているのとは違う。優秀なカウンセラーが愚か者に見えてしまう愛。新興宗教に翻弄される主人公の背後の人生に対する愛。自暴自棄になってしまう失業者に、最後にプライドのあるひとことを吐かせてしまう愛。
 そうして、まるでおとぎ話のようなエンディングを主人公に与えてしまう愛。
 それが伊坂幸太郎の物語の力だ。

 なんだか嬉しくなる小説。
 そういう視点で、このひどい現実世界を見つめていたいと思わせる小説。

* 陽気なギャングが地球を回す

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 四人組の強盗のクールな仕事があり、それを邪魔する強盗がまたいるというちょっとファンキーな話。
 こういう軽さの中に「かっこよさ」が出るんだと思う。個人的には、この四人の出会いを描いたエピソードがお気に入り。偶然の中にも、お互いの絆、指向性を一発で見分けるような出会い。カッコイイ!
 あと雪子が自分の元夫のダメさ加減を吐き捨てるように言うセリフもキレてる、すごくいい。
 もちろんバラバラに見える事件は巧妙に繋がっている。
 騙しあいも、もちろんおもしろい。
 シリーズものでどれだけでも読んでみたいと思う。


 伊坂幸太郎の小説には、まるで一定数そこにいることが当然であるかのように、障害を持った人々が登場する。目が言えないなどの身体の障害から自閉症などまで様々だ。
 彼らはけして同情されるような存在ではない。
 障害というひとつの特性を尊ばれてそこにいる。
 繰り返し、言いたい。 
 そういうことまでふくめて、わたしは「伊坂幸太郎の視点」をいつまでも欲しいと思ってしまうのだ。


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2008年06月19日

伊坂幸太郎の備忘録 その1

一冊読んでみたらあまりにおもしろいのですぐに次を読んでみた。
そしてまたすぐに次を読むので、だんだんどれがどれだかわからなくなる。
歌うような文章にずっと浸っていたくて、またも次の作品に手を出してしまう。

困った。

これではどれがどれだかわからない。
そういうわけでこれは、記憶も感想も追いつかないスピードで読んでしまう自分のための備忘録。


* 人物のイメージ
 文章がとてつもなくうまい。少しシニカル。だけど音楽が流れている。
 時系列とストリーが複雑、重層のなかから何かが生まれるような感覚。
 ハンディキャップト、何らかの障害、出生の問題、トラウマのある人が好き。そんな人たちの感覚の鋭さと特殊な能力、わたしたちと違う世界の見え方を愛している。
 反面、悪を憎んでいる。なのに、あまりに巨大な悪、悪意は物語を叩きつぶそうとする。
 立ち向かう、無力、立ち向かう、傷つく、それでも立ち向かう。その中になにかが生まれたり壊れたりする。
 ひとことで言えば、おもしろくて魅力的。


* 重力ピエロ

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 レイプされた母親から生まれた弟の春と、その家族の物語。
 母親はすでに亡くなっているが、家族の絆は強い。
 それでも、遺伝子の違いというのは家族に深い影を落としている。春の巧妙な復讐。それに荷担させられる兄。予感しながらも心配することしかできない末期癌の父親。
 平穏な毎日を送るのが困難なくらいに重たいものを背負って生まれる者たちが生きている。 
 その世界にはもちろん絶望が漂っている。
 だけども伊坂作品では、絶望が強ければ強いほど、登場人物は強い絆を人と結びあっている。(これはどの作品にも共通しているように思う)

* アヒルと鴨のコインロッカー

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 あらすじだけ思い返してみると絶望するしかないくらいに、主要な人物は死んでいる。
 巧妙な時系列の変化と、おどけた文章とあたたかいやりとりに救われているが、救いようがないくらいに暗い死の影が見える作品。
 ブータンからの留学生、HIVキャリア、ペット殺し、そして犯罪に巻き込まれる女子大生。
 どうしてこんな重荷をみんな背負っているのかと思ってしまうが、その中で、淡い恋をしたり愛すべき人物であったりすることの「当たり前であることのすごさ」がにじみ出ている。
 現代が巨大な悪意でしかないならば、わたしたちは「伊坂の物語の人物のように」生きることを指針にしてもいいかもしれない。

* ゴールデンスランバー

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 ケネディ大統領の暗殺をモチーフにした、日本の首相暗殺事件。その「犯人」の濡れ衣を着せられた青年の逃亡劇。
 昔の友人も同僚も、誰を信じていいか分からない、どこにトラップがあるかわからない状況の中を逃げる。 
 そのとちゅうで知り合った人々を信用し、ときには偽の情報をつかまされ、それでも逃げる。
 それでも誰かを信じ、それでも誰かを頼り、青柳雅春は逃げる。
 いくつもの伏線やどんでん返し以外にも楽しめる要素はたくさんある。
 すごくおもしろいエンタティメント。だけど、痛快さだけではない。
 どんなに無力になるしかない状況であっても、現代という世界がそういうふうにしか見えなくても、登場人物たちは「すごくまとも」だ。「狂うしかない状況でも、すごくまともに生きてゆく」伊坂幸太郎のファンは、そういうまっすぐに通った芯を、同時代の自分に重ね合わせる幸せを共有しているように思う。

   

                     (伊坂幸太郎の備忘録その2につづく・someday)
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2008年05月23日

プロット

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 人を好きになるとすごくあたたかい気持ちになるのに。
 誰かを手にいれたいと思う気持ちはすごく暴力的だ。

 いっかい人格を壊してみる。
 きっとそこから始まれる。

 人を好きになるとすごくあたたかい気持ちになるのに。
 誰かを手にいれたいと思う気持ちはすごく暴力的だ。

 それはすごく矛盾している。

 この矛盾を言葉にしたくて、何度も何度も書いては消すのに。
 それでもそれを言葉にできない。

 君と話しているといつも、その世界だけがすべてだと思うのに。
 手に入れたいと思うとき、その世界すらも壊してしまいそうになるのだ。
 まるで意志とは関係なく、降りしきる、暴風雨みたいだ。

 きっといくつもある人格だもの。
 ここにある世界だって、わたしのココロの中の小さな部屋にすぎないのだし。
 わたしはここから出て、またふつうの日常にだって戻れるのだから。
 君の前にいるわたしのひとつくらい、人格が壊れてたってどうってことないって。

 わたしは、とっさに自分に、そう言い聞かせるのだ。


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2008年05月08日

芯のないリンゴ

佐藤正午の小説「ジャンプ」で、恋人が失踪したとき、主人公は自分の気持ちのあやふやさを「まるで芯のないリンゴのようだった」と表現した。
この比喩のリアリティが好きでいつまでも覚えていたけれど、昨日「自分だって芯のないリンゴみたいだったんじゃないか」とふと思った。

けっして恋人が失踪したわけではない。
ただ単に忙しさに忙殺されていたのだ。
自分がやるべき大仕事がいくつか重なり、次から次に片付けることばかりに半年ほど追われていた。

本を読むこともほとんどなくなり、寝る前に頁をめくることなくベッドに倒れ込んだ。
夜にゆっくりとパソコンに向かって自分の言葉を紡ぐということすらできなくなってしまっていた。
はたから見たら「活動的に仕事をこなしている」ようにしか見えなくても、まるで芯のないリンゴになってしまったような感覚がずっと離れなかった。

もともとそういうふうにはできていなかったのだ。
自分にとってはスキマと空白だらけの時間と、そこに漂う夢想やら空想の方が必需品であって、それ以外のことを完璧にこなせても、それはそれでしかなかったのだ。

コンクリートの壁のようにソリッドな世界が終わるとまた、少しずつ、そのすきまから吹いてくる風が見えるようになってきた。

なんだ。
空白はむなしさでもなんでもないじゃないか。

頭の中の野原には風が吹き渡った。
本を何冊か読んで、そのひとつひとつに涙を流した。
ああ、なんて世界がここにあるんだ。その居心地のよさとクリアさに涙した。
それから言葉を紡ごうと思った。
まだ、ぎいこちない。
うまく書きたいことが見つからない。
そうして、カタチを失ったあいまいさを、まだ言葉にできない。

芯のないリンゴじゃなくて。
わたしは芯のあることを忘れてしまったリンゴだったのかもしれない。

あらためて、自分というリンゴには芯があってよかったと思った。
もちろんそれは自分自身の芯という意味ではなくて、寄りかかるべき「大切なもの」だった。
他者の紡ぐ物語。
自分で紡ぎたいと思う言葉のかけら。

そういうものが、きちんとカタチを変えずにここにあったことにまず感謝した。
まずは、そこからだ。

時間ばかりが立ってしまって、もちろんわたしもまた昔のわたしのままではないのだけれど。
まずはそこから始めよう。
そう思ってキーボードに向かった。

まだここには何もない。
だけども。
まずはそこからだ。



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2008年05月07日

八日目の蝉 角田光代 中央公論新書

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七日間しか生きられないせみの中で、たった一匹だけ八日だけ生きるせみがいるとしたら・・・

出生後に誘拐されて数奇の運命を生きてきた主人公とともに、この問いかけに、ひとつの答えが出される、そんな小説だ。

浮気相手の子供を誘拐した希和子は、あやしげな宗教団体、ラブホテルの住み込み、小豆島の小さな店を転々をしながらも、子供が四歳になるまでおだやかな生活を続ける。
だが、新聞に載ったスナップ写真が原因でふたりは引き離される。
第二章では成長した子供、恵理菜の口からその後の人生が語られる。家族との関係をはじめとして、彼女の人生はけして順風ではない。そうして、まわりも、もちろん生傷のけして癒えない生活を続けている。

誰も背負っていない過去を背負っているという意味で恵理菜は八日目の蝉だ。
知らなくていい、余計なことを抱えている人生。
そのことはもちろん恵理菜に重くのしかかっている。

八日目の蝉であることはどういうことか?
ふとしたことから知り合った千種の口から語られた言葉にその答えがある。
その答えに号泣してしまった。

人間はどこかしら八日目の蝉の部分を持っていて、それを持てあましたり呪ったり、誰をなぞることもできない自分だけの人生にたたずむことがあるのかもしれない。
それを受け入れる何気ないひとことを待っていたのは恵理菜だけではないはずだ。

この作品にはそういう人間の業を受け入れるものがある。
受け入れられることによって、わたしたちはその先の人生を思うことができる。

そういう本に出会うことで、わたしもまた、ひとつの答えの先を思い描けた。


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2008年04月08日

「タイマ」嶽本のばら 小学館

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自粛なんてしたらダメだ。
作家は描くことでしか、その場所から逃れられない。

嶽本のばらが大麻所持で逮捕されてからの第一作め。
反省でもエクスキューズでもない、現実を内包した純粋な小説として発表された、その名も「タイマ」。
自分が「異物」であることが事件を通して、少しばかりユーモラスに描かれている。
そうして、同時進行するラブストリーが現実にまじりあってくる。塀の外の恋人は、ゴスロリでロッカーでストリッパー。かっこよすぎる!

自分が異物であることを認められるのは自分の作品以外にない。
そうして、くそったれな世の中につばを吐くことはできても、それを抱きしめることは作品を通してしかできない。
犯罪を犯したことの罪もフィクションの中でクリアになり、ラストの恋人の言葉には「とりかえしのつかないもの」と「それでも続く人生」の深さに涙してしまいそうになる。

そういう作家の作品に出会えると本当に生きててよかったなと思う。
自分の作家人生はおしまいだと思う小説家に、次の作品を期待して弁護士をたてる出版社と、その気持ちに打たれて、至上のフィクションを描く作家に出会えて。ほんとによかったなと思う。

というような事前情報をすべて取り除いても、純粋に楽しんで欲しい作品であります。

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2008年04月03日

桜は上を向いている

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下から見上げると、下を向いてにっこりと笑っているように見えるのに。
ちょっと離れてみると桜は上を向いてるんだな。

なんだか不思議だ。

八方美人とかそういうんじゃなくて、好き勝手にいろんなところ向いてたって、さまになってるって言うか、それはそれでいいんだって言うか。

わたしは。
いつから歩きだそうかと思いながらじっと立ち止まっている。

桜の木の下で足踏みしているみたいだ。

ああ、あったかい。
日差しってこんなにやわらかくってあったかいんだな。

いつから。
どこに歩きだそうか。



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posted by noyuki at 21:37| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする