2005年02月27日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」23

「202号も203号も見える風景は同じ、同じように電柱とかの障害物もない。だからどっちにも
可能性があるわけ。こっちがね202号室の20代の女の子。短大の英文科に通っている」
 SARAはそう言って写真を指さした。
 襟元にファーがついたコートを着て、髪はくるんと巻いている。いまどきらしい女子大生だ。
「身なりにお金をかけるタイプね。でもそんなにリッチじゃないことはアパートから見ても一目
瞭然。食事はコンビニ弁当が多いし、夜は週に2回スナックでバイトしてる。あまり・・・高級な
感じのお店じゃないけど。でも身持ちは堅い方だと思う。部屋に入ってくるような男はいないわ」
「友達関係はどうなのかな?」
「お嬢さん大学なのよ。まわりに派手な子がいっぱいいるような。その中で、地味にまとまって
る方のグループだと思った。帰りにドトールで友達とレポートまとめてるのを見てたの。勉強は
できて頼りにされてるみたい。でも部屋には呼んでくれないのね、って言われてた。すごく散ら
かってるからって笑ってごまかしてたけど、あのアパートを見せたくないんだと思った。もちろ
ん夜のバイトのことなんて完璧に内緒」
 派手な生活と、その裏返しのコンプレックス。それをどこで発散させるのかは誰も知らない。

「203はこの女性よ」
 こっちは、まったく正反対の外見だった。グレイのスーツに銀縁のめがね、髪はひとつにまと
めている。ほとんど化粧っ気のない顔だ。たとえば同じグレイでも濃いめのチャコールグレイの
趣味のいいものならばもっと印象が違うだろう。薄いグレイにペンシルストライプ。まるで漫画
に出てくるような地味な身なりだ。
「彼女はつつましいわ。ほとんど7時前には家に帰るけど、買い物はスーパーで済ませる。自炊な
のね」
 ひとり暮らしが長いと、自分ひとり分くらい作るのは苦にもなくなるのだろう。YUKI自身、あ
まり外出が好きではないので、自然と簡単な食事くらいは作るようになっていた。
「趣味は貯金と読書、だと思う」
「ちょっと待って。読書は尾行すればわかるけど。貯金が趣味なんてどうしてわかるの?」
「給料日の昼休み、銀行でお金を引き出していた。それを待合いの椅子で仕分けて、別の通帳に
入れるの。同じ通帳だと、定期にしてても使ってしまうから、わざわざ別の通帳にしてるような
感じだった」
「そういうオーラだったんだ」
「あ、そうそう、ねーさん、うまいこと言うねえ」
 長く怪盗という仕事に関わっていると、お金にルーズな人間と厳しい人間みたいなものがわか
るようになる。それは行動とか言動でもあるけれど、やはりその人間の持つオーラだ。お金に細
かい人間のオーラ、みたいなものはたしかにある。

「どっちも、可能性なさそうな生活。でも、ネットって、リアルな印象と違うことなんてよくあ
るから。二人のウチのどちらでも驚かないと思う」
 それにしてもよく調べたものだ。ただの道楽でここまでやるなんて。いや、ただの道楽だから
やれる、それがSARAなのだ。

「ねーさん、どっちだと思う。二人でいっしょに指さそうか?」
 と、SARAが言った。どっちだろう。自分とチャットした、あの色気たっぷりの女性は・・・

「せーの!」
 というSARAのかけ声でふたりで写真を指さした。
 SARAは20代の巻き髪を。YUKIは30代のグレイのスーツを指さしていた。

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2005年02月26日

こんな感じの毎日

IMG_0317.JPG

 美容院に行く。美容院には犬が3匹いる。犬はわたしが大好きでしっぽをばんばん振りまわす。可愛い。
 可愛いから写真を撮ってあげた。これはマリンちゃん。

 築40年を超える木造の我が家、寒くてたまらなかった風呂場をリフォームしてから生活が一変した。あったかい風呂はいい。防水ラジオを聞く、本を読む、アロマオイルをぬる、温熱マッサージをする、半身浴をする。入浴時間が倍増。ゆったりとぬるいお湯に入るのは副交感神経にいいらしい。

 副交感神経にいいことをしているから、いつも心の状態がいいわけではない。不安はいっぱいだ、てゆうか、仕事がいっぱいだ。カクテイシンコクのために3日間、年度変わりの名簿と計算のためにまる1日、引きこもりをした。
 それでもまだまだ終わらない、夕飯にカレーの出前とかホカ弁とか・・・そんな感じ。

 行方不明になった友達の消息を聞く。感受性豊かで頭のよかった彼女の行く末にいろいろ感じるものがある。人間にはいろんな側面がある。ひとつの印象だけで見ていて幸せならば、その人のダークサイドなんて見る必要はない。誰にでもダークサイドはあるのだし。
 サニーサイドとダークサイド。昼と夜が繰り返しやってくるように、そのふたつが同居して、矛盾しないように暮らしていきたい。

 昔のことを考える。
 両親が死んでこの家に来た日のこととか・・・それから子供部屋を作ったときに、子供が選んだ壁紙のこととか。あのとき、好きな壁紙を選んであげてよかったな、電気を消すたびに星の光る部屋に子供が歓声をあげた。
 飼っていた犬が子供を生んで狼狽したこと・・・だけど、小さな生命をみんなで抱き上げられた。いまでも写真を見て、貰われていった子犬がなつかしくなる。

 毎日楽しいわけではないのに、過去の中にはきらきらしたものがたくさん混じっている。
 なのに新しい出来事にはいつも足がすくんでいる。臆病なのかもしれない。今も足がすくみっぱなしだ。
 失望も不安も、いつも別のものに変わってゆける。
 変わってゆけるのだから、変わってゆける心さえ持っていれば、何も恐れることなんてない。

 そう自分に言い聞かせながら、とても遠くの島まで海を泳いでいるような毎日。
 そろそろキャッツも更新したいなあ。

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posted by noyuki at 22:37| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月25日

佐藤正午「豚を盗む」を読む

 まわりに、少しだけ年上の人がいること、憧れる人生の先輩がいることはとても幸せなことだと思う。
 そろそろ下り坂にさしかかる人生をどう生きるのか、少しだけ想像することができる。そういうふうに生きられればいいなと思う。
 佐藤正午さんの「豚を盗む」はそんな気持ちにさせてくれるエッセイだ。

「ありのすさび」「象を洗う」に続く動物タイトルシリーズエッセイの第3弾。(すいません、嘘です、ありは「在り」なんで動物ではありません)
 いろんな雑誌やWEB上に書かれた既読のエッセイであるが、ひとつひとつにとてもいい味わいがある。特に前書きにあたる「転居」と、あと書きがすばらしい。

 若い頃、関川夏央さんのエッセイを読んでこんな中年になってみたいと思っていた。
 今は、佐藤正午さんみたいな中年になりたいものだと思っている。
 不惑の年齢になることは、「自分の考え方が固定すること」だと以前は思っていた。だけどこの本を読んでいると、そうではないような気になってくる。「固定する」ことではない、思考も出来事も人の心もすべて「繰り返し同じようであって、移り変わるものである」ことを受け入れることだと思えてくる。
 作者はいろんなことを不思議に思う。「両手でおつりを渡す店員」「ジーンズの名前の由来」そうして自慢のスパゲッティのレシピもまた、発明者の手によって進化していったことを知る。
 変わらないことなど何ひとつもない、常識という固定観念を軟化させて、疑問を持ち、受け入れ、そしてただひとつを自分のものせずに、流れるように受け入れてゆく。
 とてもいいな、と思う。
 
 今日、ホカ弁の女の子は両手でわたしの手を包み込むようにしてお釣りを渡してくれた。
「きちんと接客したい気持ち」のアンバランスさが、真っ赤な髪の女の子をとても魅力的な子にしてくれた。
 生きることの大半は繰り返し、だけど、流れる中につかの間光るものを見つめる目があれば、それはそんなに退屈なものではないのかもしれない。
 そういう気持ちにさせてくれる極上のエッセイだと思う。

 なお、表題の「豚を盗む」については、この本のあと書きをぜひ読んでください。

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posted by noyuki at 22:43| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月23日

夜のドライブ 3

 青信号を突ききろうとしたら黄色に変わったので、修一は慌ててブレーキを踏んだ。
 ちょっとスピードを出しすぎていたかもしれない、そう思ってふうっと息を吐き、気持ちを落ち着ける。
 となりで信号待ちしているCRVの運転席に女性が座っているのが見えた。車高が修一のオデッセイとほぼ同じ高さだ。それでなんとなく彼女の方を見ることになった。

 車が通るたびに、ライトに横顔が映し出される。彼女は化粧をしていないように見えた。
 もちろん夜の信号待ちで化粧云々がわかるはずもない。だけど不似合いなくらいに剃りすぎた眉で、修一はそう思う。まったく。女性はどうしてあんなに化粧を落とすと眉が薄いんだろう。結婚した妻の素顔をまじまじと見て、まず最初に思ったのがそれだった。素顔と化粧した顔とどっちがいいとも思わない。だけどもあの眉には正直衝撃を受けた。

 CRVの女性はパジャマの上にジャケットをはおっているように見えた。こんな時間にどこに行くのだろう。いったいどんな目的で・・
 ああ、そうだ、ビールを買いに行くのに違いない、と修一は合点する。風呂あがりにビールを飲もうとしたら冷蔵庫にビールがない。そこで近隣の安売りのリカーショップまで車で行っているのだろう。信号を左折したところにリカーショップはある。彼女はおそらくここを左折するに違いない。
 
 だが修一の予想に反し、信号が青になると彼女はそのまま直進していった。一気にスピードを上げたらしい、ふてぶてしい横顔はあっというまに視界から消え去った。
 夜にパジャマに素顔で、少しふてぶてしい顔をして車を運転する女。
 ただ、ドライブを楽しんでいるだけなのか、 彼女はひとり暮らしなのか、いや、彼女は結婚しているに違いない。うまく言えないが、彼女の表情がそれを語っているように見えた。

 修一が高校生の頃、結婚していた姉が一時期里帰りしてきたことがあった。関係の修復を待つための一時避難。どんな関係を修復したかったのか、当時の修一には知る由もなかった。
 姉は、風呂あがりにあんなふうにコートを羽織り、近所の自販機まで煙草を買いに行った。それから食卓で、ああ、ひさしぶりでおいしい、と言いながら煙草をふかした。少しふてぶてしく、あきらめやら、あきらめから来る心地よさみたいなものを発散させながら煙草を吸っていた姉。それから義兄が迎えにきて、そうして姉は戻っていった。
 姉がひとりで煙草をふかしていた食卓。修一は自分が結婚した今になって、あのときの姉の表情を時々思い出すようになった。

 次の交差点を左に曲がる。T字路の行き止まりに修一のマンションが見える。
 修一は高校を卒業してから結婚するまでのあいだ、何年もひとりで夕食を食べていた。出来合いの惣菜でもなんでも、食べたいものばかりを食卓に並べる瞬間はいつだって楽しかったものだ。
 だけども今、妻は食卓にたくさんのお皿を並べて修一が帰るのを待っている。もちろんそんな食卓が待ち遠しくないわけがない。結婚して半年たらずの妻は、どんなに空腹でもそうするものだと思っているのかもしれない。
 修一は思う。ずっと自宅で両親に囲まれていた妻も、いつかはひとりで夕食を食べることを覚えるのだろうか。あるいは修一の夕食をテーブルに並べてそのまま友人と飲みに行ったり、あるいはパジャマにコートをはおってビールを買いに行ったり、夜のドライブを楽しんだりするようになるのだろうか。その頃、妻は、諦念にも似たふてぶてしさを漂わせているのだろうか。
 そのとき自分は、妻のことを今と変わらない気持ちで見ているのだろうか。

 時がたつにつれ、いろんなものが少しずつ変化してゆく。
 だけどもそれは、鉛筆画に色がついて本物のリアルさに近づいていくようなもので、そんなに悪いものではないんじゃないだろうか。
 そんなことを考えながら、修一は注意深くバックでオデッセイを駐車スペースに入れた。
 
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posted by noyuki at 22:32| 福岡 | Comment(5) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月19日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」22

「ほら、このアパート」
 そう言ってSARAは、A4に大きくプリントアウトした写真を取り出した。
 木造の2階だてのアパートだ。一枚は外観、そうしてもう一枚は、玄関を映し出していた。共同
の玄関に長い廊下、その一部屋一部屋が住まいとなっているらしい。手前に見えるのは、共同ト
イレのようだ。
「SARA,このアパートってもしかして・・」
「そう。カリンの住まい。マンションもいくつも回ったわ。でも、あの角度で外観が見えるのは
ここしかないの」
「東京にもまだ、こんなとこがあるんだ・・・」
「地方出身の学生やお年寄りとか、東京は賃貸料が高い分需要も多いのよ。でも、正直信じられ
なかった、カリンとどうしても繋がらなくって」
「わたしも・・・」
 ネットでは誰でも別人格になれる。だけど、あまりにもギャップがありすぎる。
「地方出身で、女性の給料でひとり暮らし。仕事にもよるし、お金をかける割合にもよるけど。
ルームシェアでもしないかぎり、こういうアパートにいる可能性ももちろんあるはずよ」
 そういうものなのだろう。YUKI自身若い頃、食費を削り衣服を我慢した時代がたしかにあった。
ドラマに出てくる女の子たちとはかけ離れすぎていた、あの頃の生活。

「アパートの住人も調べてみたのよ。1階は中年の男女ひとりずつに、年金生活している大家さん。
でも1階の可能性はないと思う。2階のひとりは若い大学院生の男。それと20代らしき女の子、3
0代の独身女性」
「みんな可能性があるわね」
「わたしもそう思った。とくに一番怪しいと思ったのは大学院生の男性。すごいオタクって感じ
だったの。女性二人はパソコンを自宅に持っているようにさえ見えなかったから」
「それで、男性を尾行した」
「ビンゴ!」
「秋葉原のイベントによく行ってた。そこでハンドルネームで友人に呼ばれていてね、検索かけ
たらブログを見つけた。売れる前のアイドル歌手を探すのが趣味で、仲間ウチではかなり信頼さ
れている存在みたい。でもね、毎回すごい詳しいイベントレポートを書くし、仲間のコメントに
も素早くレスするの。一晩かけてこのレポ書きました、なんてね。パソコンには親しいけど、住
む世界が違うと思う。彼は女性に化ける必要もないし、なによりも大人の女というものが視界に
入っていないと思うの」

「じゃあ、残りの二人?」
「わたしにはわからない。とにかくその二人の写真を見て」
 そう言ってSARAは、望遠で撮ったらしき二人の写真を見せた。

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posted by noyuki at 22:42| 福岡 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月17日

夜のドライブ2

 たまたま僕のオデッセイと、隣のCRVの車高は同じくらいだった。
 だから信号待ちで並んだとき、なんとなく彼女の方を見ることになった。

 通行量の多い交差点なので、車が通るたびにライトの加減でその横顔が浮かび上がる。化粧をしていないのだな、と思った。
 夜の信号待ちで化粧云々がわかるはずもないのだが、不似合いなくらいに剃りすぎた眉で僕はそのことに気づく。まったく。女性はどうしてあんなに化粧を落とすと眉が薄いんだろう。結婚した妻の素顔をまじまじと見て、まず最初に思ったのがそれだった。素顔と化粧した顔とどっちがいいとも思わない。だけどもあの眉には正直衝撃を受けた。

 よく見ると、彼女が着ているのはパジャマの上にジャケットのようだ。こんな時間にどこに行くのだろう。いったいどんな目的で・・
 ああ、そうだ、ビールを買いに行くのに違いない、と僕は勝手に合点した。風呂あがりにビールを飲もうとしたら冷蔵庫にビールがない。そこで近隣の安売りのリカーショップまで車で行っているのだ。
 信号を左折したところにリカーショップはある。彼女はおそらくここを左折するはずだ。
 
 だが信号が青になると彼女はそのまま直進した。一気にスピードを上げたらしく、ふてぶてしい横顔はあっというまに視界から消えていった。
 夜にパジャマに素顔で、少しふてぶてしい顔をしながら車を運転する女。
 ただ、ドライブを楽しんでいるだけなのか? 彼女はひとり暮らしなのか? いや、結婚はしている。なんとなくそう確信した。

 高校生の頃、結婚していた姉が一時期里帰りしてきた。関係の修復を待つための一時避難。どんな関係を修復したかったのか、当時の僕には知る由もなかった。
 姉は、風呂あがりにやはりあんなふうにコートを羽織って、近所の自販機まで煙草を買いに行った。それから食卓で、ああ、ひさしぶりでおいしい、と言いながら煙草をおいしそうにふかした。少しふてぶてしく、あきらめやら、あきらめから来る心地よさみたいなものを発散させながら煙草を吸っていた姉。それから義兄が迎えにきて、そうして帰って行った姉。
 僕はあの日の食卓で、結婚に伴う、幻想ではない何か確実なものがあることを知った。

 時計は9時を少しまわったところだ。僕のマンションにもうすぐ到着する。
 妻は食卓にお皿をたくさん並べて僕を待っているだろう。遅くなる日は食べていていいよ、と言うと妻はいつも、ひとりで食べたっておもしろくないから、と言う。
 僕は結婚するまでのあいだ、何年も自分ひとりで夕食を食べていた。ひとりで食べるのだって楽しい。今日、食べたいものばかりを食卓に並べる瞬間はいつも楽しい。だけども僕たちはまだ結婚して半年たらずで、妻はあるいは僕に遠慮しているのかもしれない。
 だけども僕は知っている。妻は自分の家から会社に通っていて、ひとりで喫茶店に入った経験すらないのだ。そういう人生もあるのだと思うと羨ましくもある。だけども、それが妻と僕との決定的な違いのようにも思えることもある。

 月日がたつにつれ、妻はひとりで夕食を食べることを覚えるのだろうか。
 あるいは僕の夕食をテーブルに並べてそのまま友人と飲みに行ったり、あるいはパジャマにコートをはおってビールを買いに行ったり、夜のドライブを楽しんだりするようになるのだろうか。
 その頃、妻は、諦念にも似たふてぶてしさを漂わせているかもしれない。
 僕は、そのとき、妻のことを今と変わらない気持ちで見ているのだろうか。
 それとも・・・・・。

 マンションが見えてきた。僕は左折して、オデッセイを注意深くバックで駐車場に入れた。

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posted by noyuki at 22:18| 福岡 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜のドライブ1

 パソコンのサイトをうろうろしながら時間を確認して、そろそろ出かけなければいけないと思う。もうすぐ午後9時だ。
 お風呂に入りパジャマに着替えていたものを、上はパジャマの上にジャケットをはおり、下はジーンズに履き替える。
 これから、短いけれど面倒な夜のドライブがはじまる。

 車のキーと免許証、それに携帯電話だけを持ってブルーのCRVに乗り込んだ。
 子供が通っているダンススタジオは、車ならば5分ほどの距離。男の子ならそろそろ自転車で通わせたいところだが、小学生の女の子なのでそういうわけにはいかない。上手ではないが大好きなダンス、他の習い事もないので、これくらいの送り迎えが苦痛なんていうのはやはり贅沢なのだろう。
 
 大通りに出て、テールランプの流れに沿って走る。
 最初は歓楽街だ。両脇に客待ちのタクシーが並んでいる。一番苦手な箇所だ。右側に車線を変更してスピードも落とす。酔客が通りを横切ったりもする。この時間は歓楽街はすでに華やぎの時間だ。
 次は大手塾の前を通る。ここにもお迎えの車が並んでいる。反対車線にはタクシーの列。中学生らしき私服の少女たちが信号を渡り、走りながらタクシーに乗り込んでいった。
 それから駅のガードをくぐり抜ける。この時間なのに、制服姿の高校生が自転車に乗っている。男子だけではない、女子も多い。制服の種類も違うし、だいたいが単独。こちらも塾帰りなのだろう。クラブ活動が終わってそのまま塾だったのか。彼女たちは夕飯をどこで食べたのだろうか。

 スタジオの裏手に車を止めたが、まだレッスンは終わっていなかった。
 すでにお迎えの車は10台以上、こんなに止まっていて近所は迷惑に違いない。エンジンを切って、無音の車でふうっとため息をついた。
 わたしの前の車には小さなテレビがついている。それを見ながら待っている女性、あれは誰のお母さんなのか。知り合いだったら、降りて雑談でもしたいところだが、終わったらすみやかに発車しないと迷惑になる。車の中でじっとしているだけのこの時間はたまらなく長い。

 ひまつぶしに携帯電話を取り出してみる。暗い車内にディスプレイの画面がぽっと浮かび上がる。だからといって、するべきこともない。携帯メールを打つのもおっくうだし、何よりもそうまでして繋がりたい相手が思い当たらない。
 着信履歴をひとつひとつ眺めてみた。これも仕事、これも仕事、そしてこれは夫、そしてまた仕事。味気ない履歴だ。2〜3日分スクロールしてやっと、その人からの着信を見つけた。
 ああ、そうだ。仕事中でそのまま無視して、あとでかけなおしたのだった。だけども時間がたちすぎて繋がらなかった。たいした用事でもなかったのだろう。だが、たいした用もなくただ話したいだけの相手の名前がここにあることが嬉しかった。家族のいる夜間には電話はしない。その人はいまどんな夜を家族とともに過ごしているのだろう。

「おかあさーん」
 娘と近所の友人がドアを叩いた。ふたりとも、ダンスシューズの入った大きなリュックをかけている。
 今日先生が怒ったこと、ふりつけがわからなかったこと、そんなことを二人で後部座席で話しはじめている。娘の友人を送り届け、それから家路に向かった。
「さ、はやくお風呂に入ったら、ワンナイ見れるかな」
 娘がひとりごとのように呟いた。

 アメリカの専業主婦事情というのをいつか読んだことがあった。
 子供の送り迎えと夫の送り迎えで、一日に何度も車を出すのだという。治安が悪い、交通の便が悪いなど、日本と同じような理由なのだろうが。個々が独立して自立しているというイメージのアメリカの主婦もまた同じことをしているのが妙に不思議だった。

 遠い国の彼女たちもまた、こんな退屈なことばっかりやってられない、なんて思っているのだろうか。
 さあ、早くウチに帰ってパジャマに戻り、パソコンの前に戻りたいと思いながら、わたしは家に入る最後のカーブを左折した。

***

 練習曲。ひとつの文章を1人称で書き、それを3人称で書き直すという練習です。
 3人称の分はのちほどアップします。

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posted by noyuki at 12:48| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」21

 
 いつも仕事しているわけではない。
 だから時間の使い方は自由だ。
 怪盗YUKIは、その大部分の時間を自分ひとりのために使う。えー、退屈しないの? と、SARA
は不思議に思うらしい。だが、もう何年もそういう生活を続けている。
 依頼人から連絡のあることもあるし、もちろん買い物や食事にも行くので外出しないわけでも
ない。
 だが、ここ最近、外に出る機会がめっきり減ってしまった。
 チャットに入り込んでしまったのだ。いや、正確に言うとチャットそのものに入り込んだわけ
ではない。いろんなサイトが巧妙に繋がっている世界そのものに興味を覚えたのだ。
 たとえば女性がひとりでやっているブログのエロサイトを見る。とても素人の作品とは思えな
い動画に夢中になりバナーをクリックすると、そこは商用サイトの羅列だったりする。
 迷惑メールも必ずクリックするようになった。そこからもいくつものバナーが並んでいる世界
が広がってゆく。メールの伝言情報もひとつひとつ読んでみた。みんな同じように見える。身長
や体重、写真の顔さえ自分には同じに見える。チャットのメッセージもそうだ。年齢を除けば、
みんな自分には同じに見えるのに。他の人はどのようにして、この中から相手を選ぶのか?

 今日、久しぶりにSARAがやってきた。
 羅列するバナーを前にぼんやりしているYUKIをみて、へえー、ねえさん、こんなことやってん
だーってため息をついた。
「でも、SARA。あんただって、昔はチャットはまってたって言ってたでしょ? こういうことや
ってたんじゃないの?」
「あのね、ねーさん、チャットって2ショットだけじゃないのよ。みんなで集まるようなとことか、
メッセンジャーとかあってね、なんていうか違う感じのとこだったの。わたしはね、女王様だっ
たなあ・・・50人くらいわたしを待っててね。ああ、あの頃は楽しかったなあ」
「今は、そういうことやってないんだ」
「そうね・・・なんでもそうだけど、おもしろいときとおもしろくないときがあるもんなのよ。
時代に合わせてね。チャットと言えば、エロ、出会いってわけでもなかったし。もっと言葉の遊
びとかもあってね。だからわたしにしてみれば、今のこんなときに2ショットやってるカリンの方
が不思議なのよ」
「たしかに。こんなメッセージの羅列を見て、どれを選んでいいかすらわたしにはわからない」
「最初っから、重たい話題とか趣味のこととか書かないもんなの、メールだってそう。相手がど
んな人かわからないウチはね。だって、変な人にメアドとか住まいとかアブナイじゃない? だか
ら、親しくなってから、そういうことをおいおいするもんなのよ」
「そっか。すぐに親しくなれるわけじゃないんだ、けっこう時間がかかるのね」
「ねーさん、人間同士がそんなに出会ってすぐピーンとくるわけないじゃない。甘い甘い。とく
に相手は無名なんだから、ストーカーにだってアラシにだってなれるもんなのよ」

 YUKIは最初のチャットでカリンと遭遇したことを話した。
 それから何度かアクセスしたことも。だけども、カリンとは2度と会えない。他の女性との話は
それほど心に残らなかった。何らかの期待もそこにあるのはわかっているのだが、顔なのか、金
なのか、さみしさを癒す言葉なのかすらもわからなかった。そもそも、さみしいって言葉で彼女
たちが訴えていることが具体的に理解できなかったのだ。夫がいてもさみしい、友達がいても心
が開けない。少なくとも、他の人は自分よりも毎日たくさんの人と接して生活していることだけ
はわかった。だけども、多くの人間と接していてもさみしさはなくならないものなのだろう。
 それならば、ほとんど人と喋らずに生活している自分の方が、よほどさみしくなかった。
 さみしさとは言わない。自分は、しんとしていて整頓された世界に居心地く座っているだけな
のだから。

「ふーん、とにかく、カリンだけはねーさんにとっても魅力的だったわけね」
「そう思う、そうね。あっというまにリードされて、カリンワールドに引きずり込まれてしまっ
たわ」

「そうそう、今日はわたしの調査報告を持ってきたわ」
 と言って、SARAは大きな封筒をバーキンらしきバッグから取り出した。

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posted by noyuki at 11:45| 福岡 ☔| Comment(9) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」20

 カリンはほぼ毎日スギのところに入室してくる。
 時間はいつも決まった時間だ、待っているに違いない。彼女の警戒心が日ごとに薄れ、スギを
信頼しているのがわかった。
 それは女性だから? 
 あるいは彼女は、知らない男性ばかりを相手することに疲れていたのかもしれない。あるいは
何か強烈な力に身を預けたかっただけなのかもしれない。
 ではなぜ、それは女性の自分だったのだろうか?  そういう男性に出会えなかったということ
なのだろうか?

 昨日は、ローターを入れて外出させてみた。
 近くに自販機はある? と尋ねると、家の前にあるというんで、躊躇するのを無理矢理に缶コー
ヒーを買いにいかせた。落ちないように下着だけはつけさせてくださいと言うので許してあげる
と、時間をかけて装着したようだった。
 このまま待っておくからと言って時間を計ると、苦しくてとても長かったと言うわりには5分も
かからなかった。マンションならば1階か2階、一軒家かもしれない。
 ブラをはずした胸を押しつけて窓に立つように言ってみたこともあった。自転車に乗った男の
子がこっちを見たようで恥ずかしいと言った。やはり住まいは高層ビルではないらしい。
 だけども、そんな些細な情報ではとても歯がたたない。
 実際にわたしに会って、もっといやらしいことをしてみせなさいと言うと、それだけはできま
せん、と許しを請う。
 彼女は会うことをまったく考慮に入れていない、それだけは確かだった。

 必ず入室するだけでも進歩ではある。だけどもそれだけでは調査はできない。
 野田は昼間にも一度カリンとチャットしたと言っていた。
 ためしに昼間に入室してみた。
 カリンはすぐに入ってきた。
「スギ様。こんな時間にお会いできるなんて・・」
 カリンは喜びを隠さずにそう言った。
 自分が昼間いないあいだでもずっと彼女は繋ぎ続けている。そんな時間は別の男性を相手にし
ているのかもしれない。あるいは、自分と別れたあとの時間にも・・・
 一日中、繋ぎっぱなしにしているチャットジャンキーなのか? 自分はその相手のひとりにすぎ
ないのか?
 そんなことを考えているあいだに、カリンのキーボードが素早く走った。

「申し訳ありません、スギ様。会社の者が誰か戻ってきたようです。すぐに画面を戻さないとい
けません。せっかくお会いできたのに残念です。今日の夜、もう一度、このカリンをかわいがっ
てください」
 そう言ってカリンはそのまま落ちた。

 仕事をしている女性、昼間ひとりでオフィスにいる女性。
 経理担当、あるいは電話番といったところか? 外出する営業社員がいるのだとしても、それほ
ど大きな事務所ではないのではないか。
 そんな会社は都内にはやまほどある。
 やまほどある中で、けっして顔を見せないカリン。
 スギは、投稿写真のカリントウをもう一度凝視してみた。
 なで肩のラインがはかなげだ。胸はDカップはあるだろう、くびれたウエストから流れる桃のよ
うなヒップライン。
 写真だから正確なサイズはわからないが、このラインの女性を街頭で見たら案外わかるような
気がした。以前の仕事のせいか一度見た女性のラインは忘れない、実像で見たらサイズだってき
ちんとわかる。

 だけど、街頭でカリンを見かけることなんてあるのだろうか?
 そもそも彼女が都内に住んでいるという保証すらないのに。
 カリンがカリントウであるということすら確実な情報ではないのに。

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posted by noyuki at 22:41| 福岡 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月13日

キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」19



「で、どんな子だったの?」
 昨夜カリンと遭遇したことをミケ子所長に報告すると、さっそくそう聞かれた。
 どんな子だったのだろう?  ひとことでは言えない。たぶん、いろんな人に向けていろんな人
格を見せてるだろうし、とにかくひとことでは言えないと思う。
「でも・・・やっぱりどっか魅力的ね。妖艶ってのじゃなくって。そう、野田さんが言ってたよ
うな感じがよくわかるっていうか・・・そう、人間臭さが見え隠れしてるって感じ」
「そっか・・・また、会えると思う?」
「いちおう、仕掛けはしてるけど、ちょっと自信ないな」
 スギはそう答えた。

 また会いたいなんて言葉は、約束にはならない。それは、別れ際の(see you again)と一緒だ。
 それを本気にして待とうと無名の人間同士が思えるのなら、それは奇跡に近いかもしれない。
そう思いながらも、その日の夜も同じ時間にアクセスしてみた。

 カリンは待ちかまえていたかのようにすぐに入室してきた。
 今日一日下着をつけなかったことを、嬉々として報告してくる。信頼してくれたということな
のか? スギにはまだ信じられない。ひとりの相手とは一度だけ、と野田は言っていたのに。
 もしかしたら、わたしが女性だから特別なのか?

「ご褒美をあげるわ。わたしを存分に舐めつくしなさい」
 その言葉にカリンは素直に応じてきた。舌を堅くして中の中まで押し込んで、そして愛液を嬉
しそうに絡み取り、突起したクリトリスをいとおしげな言葉で褒めながらゆっくりと舐めあげて
ゆく。
 そうして、よつんばいになってスギの前に跪きながら、自分の手によって自分を刺激して、感
極まって彼女はイッてしまう。
「スギ様だけです。わたしがこんなふうに、自分を預けられるのは・・・」
 同性愛者なのか? だが、そんなふうにも見えない。
 では、自分に対する安心はいったいどこから来るのか?

 今日は峻は来なかった。だから昨夜よりかはチャットに集中できた。
 それでもスギは自分を触りながら、キーボードを打つことはできない。だが、カリンは本気で
それをやってのける。
 スギは自分が後ろめたくなり、その後ろめたさを隠すかのように、カリンにまたも命令を下し
てしまった。
 ローターを手に入れること。軽い刺激を与え続けるバタフライ型の下着のような器具を手に入
れること。
「それがどういうものなのか、ネットで確認してみるといいわ。でも、通販で買ってはダメ。あ
なたは自分の足でそういう店に出向いて、そうして自分ひとりでそれを買うの」
「わかりました、スギ様。わたしのただひとつのバイブは通販のサイトで購入しました。そうい
う店にはまだ入ったこともありません。女性ひとりで行っても大丈夫なのでしょうか」
「平気よ、あなたは羞恥しながらそこに入って、それを購入するの、近くにそういうお店はある?」
「職場の隣の駅の歓楽街に看板を見つけたことはあります。明日、そこに入ってみます」
「梱包をはずして、明日、同じ時間にわたしを待ちなさい。それまでに自分で試してはダメ。わ
たしに調教されながら、あなたはそれを使うの」
「ああ、スギ様、明日が楽しみです」
 カリンはそれから、おやすみなさい、と言って落ちた。

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2005年02月11日

村上春樹「偶然の恋人」新潮3号を読む

 短い小説なので、このまま立ち読みしようと思って、紀伊国屋でつらつらと読んでいた。
 とちゅうで、おい! 立ち読みしてる場合じゃないぞ、これは買ってじっくり読んで、何度も読み返すような作品だ、と、頭の中でアラームが鳴り出して、そのままレジに向かっていった。

「偶然の恋人」はおおまかに分けると恋愛小説と言っていいかもしれない。
 だけど、恋愛とは心が通いあってカラダを合わせることだけなのだろうか。ゲイの主人公が偶然の重なり合いによって、ひとりの女性から誘われる。心は通っても、通わせられないものがある。
 そこから偶然は偶然を呼び、また別の出来事と繋がる。

「好き」が繋がり合うことは、ある意味偶然だと思う。
 だけど、繋がり合わない偶然によって、ひとりのひとりの人生が浮かび上がる。

 そのことについて、ここで深く語ることはフェアではないだろうし、語る度量もわたしにはない。
 だけど、語れないほどのものがたくさんあって、それは村上春樹さんの、けっしておごり高ぶっていない一番シンプルな感情のようで。
 悲しい物語でもないのに、うちふるえて涙がぼろぼろでてきた。

 こんな物語を作れる人がいるのだ。
 とても及ばない。
 及ばないほどのすごい作品が、ほんとうに淡々と流れている。それは嫉妬すらできないほどの出会いで。ここで、こうして読めたことに感謝するしかない。
 出会えた喜びだけで満ち足りていった。
 読んでよかった!

***

 東京奇譚集1、連作、ということになっていますが、連作っていうのは、次回は別の作家さんが書かれるってことなのかな?
「新潮」さん、教えて!
 ああ、また次号が気になる雑誌がひとつ増えました。
posted by noyuki at 22:48| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月08日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」18


「峻ちゃん・・・」
 相手に聞こえるはずもないのに、スギは声を潜めて言った。
「あ・・・ついに、きましたね」
「どうしたらいいだろう・・・」
「とにかく、打ってください。お得意の女王様でいきましょう」
「あ・・・・うん」

 男性に扮することばかり考えていた。そうだ、わたしは元SMの女王。自分の土俵に持ち込めば
いいんだ。そう思いなおすと、驚くほどなめらかにキーボードがすべり出していった。

「はじめに言っておくけど、わたしは女よ。レズってわけじゃないけど、あなたのカラダには興
味があるわ。どう? わたしに言葉嬲りされたい?」
 少し間が空いた。落ちたのか? それとも・・
「お願いします。誰かにそういうふうにされてみたかった。お願い、わたしを嬲ってください。
男の人はこわい。女の人に・・・そうされたら嬉しい・・・」
「言葉遣いに気をつけなさい。ここでは、あなたはわたしの奴隷よ」
「スギ女王様。承知しました」

 役割を楽しんでいるのか? いや、それだけじゃない。彼女のメッセージには、本当のカリンが
見え隠れしているような気がした。

 命令口調でカリンの下着をはぎ取った。そうしてその秘部を鏡に映すように強要した。ひとつ
ひとつのメッセージは、間を置いて現れてくる。恥ずかしそうに、そして従順に。それは、キー
ボードのお遊びでもなんでもなく、カリンが本気でそうしていることの証に違いない。

「ちゃんと大きく脚を開いている?  自分の中がどんなふうに見えているのか、わたしに教えな
さい」
「ぱっくりと、赤い肉襞が・・・なかまで・・いやらしいです。白い液体が、いっぱい・・いっ
ぱい出てます・・・」
「いやらしい・・・これだけで濡れてしまうなんて、はしたないわ。指ですくい取って、その指
を舐めなさい」
「ああ・・・そんな・・・」
「命令よ。わたしの命令が聞けないのなら、プレイはおしまいよ」
「   いま  舐めました。 自分のを舐めたのははじめてです。ああ・・・こんな、ことし
てるわたしを、ちゃんと見ていただけてますか?」
「ちゃんと、見てるわ。はしたないカリンを。バイブを持ってきなさい。バイブくらい持ってる
でしょう?」
「持ってます。でも・・・」
「持ってきて、入れてみせなさい」
 またしばらく間があいた。カリンはバイブを持ってきたのだと言った。
「でも、女王様。バイブは痛いし、苦手です。それよりか・・わたしのクリトリスを・・・」
「何度言わせるの? 言うとおりにできない子は嫌いよ。直径何センチのバイブ?」
「3.5センチです。突起があって、クリトリスを刺激できるようになっています」
「入るところまで、それを入れなさい。一番奥まで」

 またしばらく間が空いた。この間が、とてつもなく想像力を駆り立てるのだ。
 峻も隣で、ディスプレイを凝視している。
「ああ・・いっぱいに入って・・・苦しい・・苦しいくらい・・・」
「ちゃんと、奥まで入れた?」
「   入り ました。ああ・・ああ・・もう・・・」
「ダメ。スィッチを入れなさい、一番強くして、スィッチを入れて。浅くしちゃダメ。一番奥を、
自分でかきまわしなさい」
「   ああ・・・  きつい・・・ 苦しい・・・ああ。ああ、あ・・・あ・・」

 不思議な感触をスギは味わっていた。
 だが、それと同時に、矛盾を感じないではいられない。
 直径3.5センチならば、別に大きすぎるというわけでもない、初心者が手を出すくらいの標準的
なサイズだ。これが苦しいとは、いったいどういう訳だ?

「イキそうです。スギ様。イッてもよろしいでしょうか?」
「まだ、ダメよ。もういっかい、鏡に映った姿を見せなさい」
「黒い  くろいバイブが  まわりに 透明の液が  いっぱい・・・ ああ・・  ああ」
「まだ ダメ そのままよ。我慢しなさい」
「ああ・・・ 勘弁してください。女王さま・・」
「堪えきれないのね・・・」
 無音。
「イキたいの?」
「・・・イカせてください・・」
「イキなさい。恥ずかしい声をいっぱいにあげて。外まで聞こえるくらいの声をあげて。歩いて
る人に聞こえるくらいの声で。イキなさい」
 またも無音。

「ああああ。イカせていただきました。ほんとに大きな声で。恥ずかしい声を出してしまいまし
た」
「チャットしながらイケるなんて。あなた、はしたないわ。でも、わたしの奴隷には、ふさわし
い」
「光栄です。そう言っていただけて。また。ここで会っていただけますか?」
「それは、あなたの心がけしだいよ。いいこと。明日は一日下着を脱いで過ごしなさい。それが
できたら、またね」
「仕事中も、ですか?」
「もちろんよ。ノーパンでストッキングをはきなさい。ガーターベルトで止めて。あなたの濡れ
やすい、いやらしい部分は、吹きさらしで過ごすの。それができたら、また、明日ね」
「承知しました。さっそく朝、ガーターベルトつきのストッキングを買ってまいります。スギ様、
ほんとうにありがとうございました」

 そうして、長いチャットからカリンは落ちた。
「すごいですね、スギさん」
 峻は、汗ばんだ気色でそれを見ていた。
 スギは呆然としていた。
 たかが、チャット。しょせん、文字のお遊びだと思っていたのに。
 それを・・カリンは・・・

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posted by noyuki at 13:28| 福岡 ☁| Comment(15) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月07日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」17

 野田が帰ったあとミケ子も雅子も帰り、峻とスギだけがマシンに向かっていた。
「野田さん、いい人ですね」
 峻がそう言った。あんたもいい人だよ、とスギは心の中で呟く。まったく、男ってどうしてこ
うも純情なんだろう。もっと女性たちの方がかけひきに長けているに違いない。それに振り回さ
れて、あるいはまっすぐに信じて・・・
 スギにしたって野田のことをなんとかしてあげたいとは思っている。だけども、カリンが何を
考えているのかわからないうちは、カリンもまたまっすぐに純情な女性なのだと断定するわけに
はいかない。調査するうちに、想像だにしなかったことがどんどん露呈してゆくことだってある
のだから・・・

「あ、そっか」スギはふっと思いついた。「はじめての相手しかチャットしないって言ってたよ
ね、じゃあ、カリンさん、待ってます、なんてメッセージ入れてもダメなんだ。あと、名前だっ
てどんどん変えていった方が確率高いんだ」
「そういうことですね」
 
 しばらく考えてから、スギは、実名sugi で入室してみた。この名前は一度も使ったことがない。
「はじめてです、言葉嬲りで・・」
 つかの間の刺激だけが欲しいのならば、刺激的な場所を好むだろう。だけどもチャットに手慣
れた男はイヤなのかもしれない。相反するふたつのキーワードにかかってくれれば、という気持
ちを込めたメッセージだった。

 今日は入室待ちの男性でほぼ満室状態だ。
 時間は週末の午後11時。野田のリストによると、カリンとのチャットを経験した時間帯である。
もっともカリンは、昼夜関わらず出没しているらしいから、この時間だけがキーワードになるこ
とはない。
 だけど、今週末もカリンは家にいる。そして入室待ちの画面をじっと眺めている。野田の話を
聞いたあと、なんだかそんな確信めいたものをスギは感じていた。
 
「言葉嬲り、したいの? それとも、されたいの?」
 突然そんなメッセージが飛び込んできた。
「はじめまして。カリンと言います」

 ついに来た! スギのキーボードを打つ手が震えた。
posted by noyuki at 21:35| 福岡 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月05日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」16

「ほんとにそれでいいんですか!」峻は顔を真っ赤にして言った。「ただのエロな女の子に会って
みたいというんなら僕は引き下がります。だけども、野田さんはそうじゃない。カリンの魂を求
めているんじゃないですか。今の話を聞いて、カリンも野田さんに出会うべきだって僕は思いま
した。魂が惹かれあうのは誰も邪魔できない。いや、出会うべきなんです。文字だけの会話でそ
れを感じられるなんて、そんな人にはめったに出会えるもんじゃない」
「・・・わたしもそう思う」スギが言った。「いろんな人とチャットして、人間は無名になると
こんなに本性が出るものかと思った。その本性が、そんなふうに通じあえるなんてめったにない
ことだと思う。もちろん、会ったらその通りの人だったって保証はできないけれど。でも、野田
さんはカリンに会うべきだと思う」

 野田は、無言のまま頷いた。それは受け入れられたことに対する安堵のようでもあった。
「ファンクラブの書き込みは無視しましょう。ちょっとしたイタズラで、名前を公開するような
ことはないと思います。それよりか、カリンのことをもっと知りたい、出会った時間帯とか、わ
かりますか?」
 そう言って峻は、いつのまにか野田と二人で話しこんでいる。
 野田は安心したようだった。顔に血色もいくらか戻ってきたようだった。きっちりしたスーツ
を着こなした一流企業のサラリーマン、なのに自分の正直な感情にさえ自信の持てない男。
 そんな人間がこの世には山ほどいるのかもしれない。

「熱いんだね、峻ちゃん」ミケ子がそう囁いた。「おかげでキャンセルされないで済んだわ」
「よかったよかった」
 スギはそう言ってお茶をすすった。会ったこともない人間と心が通じるなんていうのもまた幻
想なのかもしれない。ネットの上の「顔」のない人間が顔を持った瞬間、魅力を失たという話だ
ってたくさん知っている。
 だけど、この二人には出会って欲しい、結果がどうであろうとも。
 スギの心にはだんだんとそういう気持ちが芽生えてきていた。

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posted by noyuki at 21:34| 福岡 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」15


 野田はお茶を一口飲んでから、ふうっとため息をついた。
「そんなに苦労したことなかったんです。勉強にしろ試験にしろ。おまけに家で本やマンガ読ん
だりするのが好きで、ひとりでいて幸せなタイプだった。だから、友達がいないから不自由とか
孤独とか思ったこともなかったし。苛められることもなく、なんなくやってきた人間なんです。
 それが異常なことだと知ったのは就職してからです。上司や同僚と飲んだり、取引先を接待し
た時、僕は何がおもしろいことで、何でみんなが笑っているのかわからなくなるんです。それで、
おまえ、ズレてるな、なんて言われる。無理に合わせようとしても、滑ってしまう。
 それでも最近は、同僚とメールのやりとりもするようになったし、チャットも教えてもらいま
した。だけど、何がおもしろいのかわからないままでした。
 おもしろいと思ったのはカリンと話した瞬間だけです。ちょっとした世間話でも、まるで、ふ
たりで将棋を指しているかのようにぴしっと決まる。そんな感触ははじめてでした。エッチな会
話に導いてくれるカリンも好きだけど、けっしてそれだけじゃないんです。彼女は僕と似ている。
現実の世界でうまくやれなかったり、ズレていたりして、それに自分で気づいていて少し困惑し
ている。そうして、それに気づかれないように、エッチなことを言ったりする。僕はそんなカリ
ンに惹かれていたんです。
 でも。もう、いいです。僕はカリンにとって特別な人間でもなんでもない。なにしろ彼女は、
一度チャットした人間のところには二度とやってこないし。僕はそれに気づいてから、何度も名
前を変えました。だから、彼女にとっては、僕はただひとりの人間ではないんです。
 とにかく、ご迷惑をおかけしました。これ以上やって、それでカリンにも迷惑をかけるのも忍
びない。今までの費用はお払いします。が、ここで、調査は中止してください」

 依頼人がそう言うなら中止するしかないのだろう、もともと糸口すら見つかってないのだし、
とスギもミケ子も思った。残念だけど仕方ない、依頼人が中止するというのなら、そうするしか
ないのだ。
 だが峻だけはそう思っていなかった。

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posted by noyuki at 21:56| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする