2005年03月29日

「ラストワルツ」はなんで「ラストワルツ」というタイトルなんだろう。by 盛田隆二・角川文庫

 飛行機で行くべき距離のところを、ぼんやりと本でも読んで過ごしたいと思い列車を選んだ。本を読んだり、車窓を眺めたりしながらどろどろに溶ける予定が、1冊の文庫に夢中になってしまった。泣きそうになったり、大声を上げそうになったりしながら一度も座席から動けずに読み続け、結局家に到着するまでに全部読んでしまった。
「ラストワルツ」だった。

「夜の果てまで」の盛田隆二さんの文庫。初出は1993年新潮社からの出版だが、そのベースとなる作品もあり、事実上の処女作だという。10年以上の年月を経てそれを読めたことはラッキーという他ない。
 家出した18才の少年が1973年の東京に生き、1985年(この物語では現在?)の自分の生活の中に、その頃の人々が現れてゆく。
 子供のいる年上の女性との危なげな関係、そして1985年に用意されていた「現在」の残酷さ、安穏さ、切なさ。小さかった子供「なっちゃん」の成長した姿、必死で生きてきた花菜子さんの傷だらけの姿。
 70年代と80年代はまったく違うものだ。そのふたつの時代を真摯に適応させて生きていく人間もいれば、80年代に失速してゆく人間もいる。ストーリーよりも、彼等の肉声に揺さぶられる。
 単なる不倫ものではない、妻は怒り涙するが結論はでない、自分自身も選ぶことに躊躇しているように思う。その曖昧さが「物語」のストーリーでは描ききれないものを描いているような気がした。

 昔、わたしたちは「さみしさ」と向かい合っていた。
 さみしさを補うために、人と繋がり、傷つけ、それでも補いきれない孤独に絶望した。
 現在わたしたちは、さみしさを「薄める」方法を知ったように思う。それはどこでも繋がれるケイタイだったりメールだったりインターネットだったり。
 さみしさを薄めることを知ったわたしたちは、さみしさの本質を見ないように生きているのかもしれない。だけども、どれだけ薄まったとしてもさみしさは決して消えてなくなりはしない。

 これは、薄めたはずのさみしさが濃度100パーセントになって襲ってくるような作品だ。

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2005年03月24日

あなたと毎朝ごはんが食べたい!

 信頼と懐疑。その繰り返しだなと思う。裕紀子の気持ちは、このふたつの間をずっと行ったり来たりしている。
 高志と逢って食事をしているときは楽しい。自分を大切に思ってくれていることが言葉のはしばしでわかる。ストレートな直球ではない。それでも裕紀子の心の中にはあたたかい空気が送りこまれる。だが長くは続かない。約束でも抱擁でもない抽象的なものを、なんで自分は信じていられるんだろう。しょせん、ただの遊び友達みたいなものじゃないかと、冷静に結論づけて結局は落胆してしまう。
 
「当たり前よ。離婚してやっと自由になれた男が、誰かに縛られたいわけないじゃない」
 寝たかったら、あんたみたいなのじゃなくてもっと後くされのない女を選ぶはずよ、と奈津子は言う。彼女自身、半年前に結婚生活に終止符を打ったばかりだ。男は目当てがはっきりしてる。カラダとか、仕事上の利益とか、はっきりした利益がなければ男は好きにはならないものなんだというのが奈津子の持論だ。反論したいけれど、裕紀子にはそれができない。2年間、映画を見たり食事をしたりしてるのに、カラダを求められたことなんて一度だってないのだ。

「春になったら、弘前城のさくらを見に行きたいな」
 さりげなく言ったつもりなのに裕紀子の唇は震えた。弘前は近くない、ゆっくりするなら泊まることだってあるだろう、自分の誘惑じみた言い方が恥ずかしくなって後悔に胸が疼いた。高志はそれに答えない。ずっと酒ばかりを飲んでいる。自分の浅ましさを見透かされたような気がした。
 帰りのタクシーの中で、高志は短く西新宿のホテルの名前を告げた。その場所で、いつもとは比べものにならないくらいの強引さで、裕紀子の唇が奪われた。ベッドにダイビングしながら、ブラウスのボタンが慌ただしく外され・・・そこで泥酔の果ての睡魔に高志は堕ちてしまった。

「高志さん、高志さん・・・」
 何度もその名前を呼ぶ。高志の重みが心地いい。けれど、いつまでもこのままでいるわけにはいかない。
「高志さん、風邪ひきますよ」
 そう言うと、裕紀子・・と、名前が呼ばれる。
「はい。ここにいますよ」
「きみと。きみと毎朝ごはんが食べたい・・・」
 胸に顔をうずめたまま、そう呟き、またも高志の意識はとぎれてしまった。

 西新宿の高層ビルが朝焼けにキラキラ反射していた。
 目を覚ました高志は昨夜の醜態を後悔しているかのようにうつむいたままだ。
「素敵でしたよ、昨日の高志さん」
 それは、裕紀子の最大限の敬意の言葉だった。行動する力もなくなるほどの泥酔の果てに残った、意識の奥底の言葉。おそらく大切な箱にしまわれ、何度も何度も取り出しては掌に乗せられていたであろう言葉。
 そんな言葉を高志が持っていたことへの、自分なりの最大限の敬意だった。

 大事なものをずっと抱えていられる人なんだと思う。なのに、まるで失恋したようなしょんぼりとした顔をしている高志。
「素敵でしたよ」
 という自分の言葉がイヤミに聞こえたのではないかと思うが、もう些細な誤解に傷つきあっている場合ではない。
 裕紀子は別れたばかりの高志に、今、ケイタイメールを送信したばかりだ。
 
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2005年03月23日

藪椿

HANA.jpg

 やぶ椿が好きだ。
 家の庭先にあるような花びらの大きな観賞用のものではなく、小さくラッパを吹くようなカタチのやぶ椿に心を奪われる。
 古くからの土地で昔からそこにあるような花。きれいに手入れされているわけでもなく、蔓が絡まっていても誰も取ろうとしないような野性の藪椿。
 たぶんそれは心象風景なのだろうと思う。
 心の奥底にある整理されていない自分の感情みたいな・・・混沌としているのに赤い・・・そんな心象風景。

 そのままのカタチで首をもがれるように地面に転がっている。
 半分朽ちて、半分そのままで。

 たぶん、わたしの中にもこんな部分があるに違いない。
 やぶ椿は、そう思わせるところのある花だ。

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2005年03月20日

地震雲

JISINGUMO.jpg

 昨日営業のとちゅうで地震雲を見たと夫が言い張る。一緒にまわっていた人も見たから間違いない、と。
 夫はスマトラのときも地震雲を見たと言い張った。わたしは地震雲というのをあまり信じていなかったんで、ふんふんと聞き流していた。

 今日、福岡西方地震のあと、また地震雲があったぞ、と犬の散歩のとちゅうで電話してきた。
 まったくなあ〜、なかなか電話が繋がらない状況なのに、こんなヒマな電話だけ繋がるもんな〜。

 などと思いながら、撮影してみました、地震雲。
 これは、ほんとにそうなんでしょうか?

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posted by noyuki at 21:34| 福岡 ☀| Comment(4) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地震がありました 震度5強だって

 朝パソコンつけて、コーヒー入れて、歯磨いているときに地震がありました。
 慌ててストーブ消して、本棚押さえたけど、ペーパーバックがパラパラ落ちてきたくらい。ウチは木造の1階なんで揺れを吸収するらしく、幸いたいした被害はないです。
 スギさんとこはマンションの1階で、やはり揺れたそうです。10階以上のところは、冷蔵庫が倒れたり、けっこうひどかったらしい。あと、なんかが壊れてて、排水もれがあるらしいんでマンションから今日は出れないとのことでした。とりあえず、命とか住居とかに重大な被害はありません。

 ただ、ケイタイもメールもなかなか通じないとです。
 171の災害伝言ダイヤルもまったく繋がらないなんて、意味ないやん!
 とりあえずは連絡取れなくても無事です。
 ご心配かけました。
posted by noyuki at 15:37| 福岡 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月19日

書けない日もあるとです

「キャッツ」を楽しんでいらっしゃるみなさん、すいません。
なかなか続きが書けません。いや、筆がどうの、ではないんですが、どうも日常生活が忙しくて、頭がエロまで行きつかんとです。

 日常の核。ごはんを食べる、生活する、子供を育てて、それに付随する行為を行う。
 それだけで生きていけるならいいのだけれど、その外側にあるものをいっぱい持っている方が豊かな気がして。
 でも、持ってなくても豊かな人だっていっぱいいるし、持ってるから豊かかなんて誰にもわかりません。

 とにかく、疲れてぼーっとしてます。
 ひとりになりたい、どっかいきたい。自分の言葉を信じていたい。
 もう・・・なんでもいいや。

 とにかく。うまく書けないとです。
posted by noyuki at 16:25| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月14日

佐藤正午「5」野性時代連載中

 「5」は読むとおもしろい。
 友達に勧めると、みんな読んでくれておもしろいと言ってくれる。わたしは野性時代の読者を微量だが増やしたと思う。
 だけども何がおもしろいかわからない。まだ、ストーリーもとちゅうだし、これからどうなるかなんて誰にもわからないのだから。どこがどうおもしろいか言い様がないとも言える。
 
 わたしの記憶が正しければ「ジャンプ」以来の初の長編小説だ。待ちにまった新作だ。
 いろんな女性が出てくる。とくに初回(エレベーターで乗り合わせた手袋の女)がミステリアスだ。彼女は最初から静かだが異色の存在で、停電したエレベーターの中で手袋の中の手がうっすらと光ったりする。
 彼女のあたたかい手のイメージがそのまま「5」のイメージだ。
 静かにメトロノームがかちかちと動くような、一貫したリズムの心地よい柔らかさ。登場人物がくるくると喋るなかに、そんな雰囲気があふれていて、今までにない不思議な雰囲気を感じさせてくれる。
 主人公の性格も相変わらずでいい。相変わらず、女が苛立つようなダメぶりで、そんな男がこれからどんな目にあって、どんなことを感じるのか、楽しみでしょうがない。

 とちゅうまでしか読んでいないものの書評なんて禁じ手もいいとこだろうが。とにかく「5」はいい。
 野性時代、読んでください。はじめから読みたい方は、バックナンバーを買ってください。
 あ、そろそろ4月号が出ますね。

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posted by noyuki at 22:46| 福岡 | Comment(6) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月10日

平熱 60パーセント希望

 またも近況報告。
 どうも、ゆっくりといろんなものを書く余裕がない。
 試験とか、年度末とか、カクテイシンコクとか会議とか支払いとか。

 少し気分がハイなんだろう、あまり眠れない。もっとぐるぐるいっぱい寝たいのに。
 今日、夢の中に「かみもとさくら」ちゃんが出てきた。彼女はわたしの短編小説の中で小説家だったはずだが、小さくて愛らしくて頭のいい子供になっていた。夢の中でいっぱいお話した。それから古い家屋をふたりで冒険した。ああ、夢は楽しい。
 現実は、どうなんだろう。

 緊張してると、いっぱい傷つけられた気分になる。自分の考えだけしか知らない人々には慣れっこのはずなのだが、彼女たちの言動にすぱっと皮膚が割れるような感触。もっと弛緩したわたしなら、そんな傷など気づかないでもすむのに。
 
 あらためて、ここのタイトル、なんで平熱日記なんだろうと考える。全然考えずにつけたタイトル。それが心の支えになったりもする。
 たぶん、ほんとは、微熱に浮かれるよりか、平熱でいたかったのだろう。

 ピアノ弾いたり夕日を見たり手のひらにハンドクリーム塗ったり。
 一生懸命生きている人の60パーセントくらい。
 頭の中に、羽とか小石とか、やぶ椿の赤い首が転がっているくらい。

 もう少ししたら、それくらいになっていよう。
 わたしは、あんまり一生懸命は似合わないと思う。

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2005年03月06日

感謝! びっくりトラックバック

 サタミシュウ氏のことについて前に書いたところ、連載中である「野性時代」の「スモールワールド」のブログからトラックバックをいただいた。びっくりである。ちょっとしたつぶやきではあったけど、読み拾ってくださった担当さんの「スモールワールド」という作品に対するこだわりを垣間見たような気がした。

 サタミシュウ氏の「スモールワールド」はひとことで言えばH小説。それもかなりハードな描写が連続する(それでもかなりカットされているらしい!)。わたしはSMという括りでいたけれど、3回の連載にわたって読んで、やはりそれだけではないものを感じた。
 関係を作るのはその根底にはやはり愛があるのだろう。男は執着させたいと思い、用意周到な理由や環境までそのために用意する。服の好みひとつ変えさせるだけのためのアリバイ工作。
 だが、どんないやらしいことも受け入れる女性を作り上げるまでの心情。そのあたりを読んで、想像だにできなかった男性の細やかな内面の描写が殊に素晴らしいと思った。

 作者は依然、謎のままだ。女性か男性がさえわからない。
 こんなに細やかな男性の心理を描けるのは男性でなければ無理のように思えるし、調教のすえの最後の行為のときに意外なほど優しくされてイッてしまうという願望は女性ならではのもののようにも思える。
 いずれにしても、異性の心情まで細やかに描ける一流の書き手であることには間違いない。
 だがTBでもそれには応えてくださらない。気になってとても悔しい。
 連載2回めあたりから、サタミシュウ氏を検索してこのブログを来られる方が増えた。毎日ひとり以上、多い日は3件ほど検索から来られている。これだけの人々がサタミシュウ氏の正体を探しているのだろう。

 今、わたしは自身がファンである某作家さんがサタミシュウ氏ではないかと勝手に決めている。
 雑誌のインタビューで「いままでのジャンルでいままでの人物を書くのはこの作品で終わり、これからしばらくは、別の人物を書いていきたい」と言われていたのを思い出して。
 だが、これは確証でもなんでもない推測にすぎない。
 読者はきっとこういうふうにして、いろんな作家を想像して楽しむのだろう。

「スモールワールド」ノーカット版が春には単行本で出版される。「リモート」という新作の新聞連載も決まっているらしい。
 もうしばらく、正体不明のサタミシュウ氏を追いかけてゆきたい。
 読みたいものがたくさんあるのは幸せだ。

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posted by noyuki at 22:36| 福岡 ☀| Comment(8) | TrackBack(1) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月04日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」24

「ほんとにそう思うの?」
 地味すぎるスーツ姿の女性と積極的なチャットの声が重なったわけではない。むしろ、あま
りにも正反対なことに惹かれたのだ。
「あのね、ねーさん」SARAは続けた。「わたし、エロって美意識なんだと思うの。だって、自
分の裸体とか自分のいやらしいとことか、そういうもんを好きになって認めるところが出発点じ
ゃん。だから、あの投稿写真になるわけよ。美意識がない人間にはあの写真は撮れない、そうし
たら女子大生の方だとわたしは思うの。でも、ねーさんの推理にも興味があるわ。わたしは想像
だにしなかったけど。ねーさんの意見も聞かせてみて」

 YUKIは困ってしまった。そもそも自分が調査したわけではないのだし、直感でしかないのだか
ら。それを言葉で言うのはむつかしい。だけどSARAは、わたしの意見を聞きたがっている。う
ーん、わたしはどうしてグレイの方だと思ったのだろう。
「・・・正反対だから、かな」
 そう言葉にしてはじめて、ああ、そうなのだ、とYUKIは思った。
「まったく、意図したみたいに正反対だからよ。女子大生のコートと写真のコスチュームは、同
じようだけど微妙に趣味が違う。だけどもグレイのスーツはまるで正反対。たしかに美意識のあ
る人間が選ぶような代物じゃない。スーツの素材とか、スカート丈ひとつひとつ取ってもそう思
うわ。わたしもSARAみたいにおしゃれじゃないけど、あのスーツはとても選ばない。でも。カ
リンが、意識的に自分の美意識と正反対のものを選んでいるとしたら?  職場でそういう趣味を
見せる必要もなくて、むしろ隠すために正反対のものを選ぶとしたら? 似ていて微妙に違うって
いうよりか、まったく逆だとね、なんかそういう意図を感じるわけよ」
「なるほどね、さすが怪盗」SARAはそう言ってにやりと笑った。「でも、ねーさんの意見を信
じたわけじゃない、わたしがこの足で調査したんだからね。とにかくあのアパートに行ってみよ
うよ。女子大生は今日はバイトだから、明日にしようか。ふたりとも7時すぎには帰ってくると思
う。車止められるから、わたしの車でパソコン見ながら」
「カリンとチャットで遭遇する可能性はほとんどないと思うよ」
「初もの食いなんだって、カリンは。ファンクラブのページで調べたのよ。チャット初体験、と
いう書き込みに弱いんだって。だからいま(はじめてです)って書き込みが殺到してるらしいから、
確率は低いけど」

 確率の低い仕事なんて自分ならやらない。YUKIは心でそう思い、いや、仕事じゃないんだから
と思い直した。
 カリンという女性が、近くにいる。あの淫靡なチャットの主が、実在している。
 彼女に会ってみたいという衝動を抑える理由なんてどこにもなかった。

 明日の夕刻の6時すぎに、楽しみね、と言いながらSARAは部屋を出ていった。

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posted by noyuki at 13:15| 福岡 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月02日

ふたりの関係(正午さんと隆二さんの場合)

 某ページで、佐藤正午さんと盛田隆二さんは仲がいいのか、という話題が出た。
 当人ではないのでわからないが、交流があることはたしかである。これも当人ではないのでわからないが、尊敬しあっている関係と言っていいかもしれない。

 佐藤正午著「夏の情婦」(集英社文庫)のあとがきに、盛田隆二さんがその出会いを書いていらっしゃる。以下、要約。
 91年の冬に「放蕩記」を読んだ盛田隆二さんは、ぜひとも感動を伝えたいと思い、住所を調べて手紙を書く。失礼なことをしたかもしれないと思い後悔したが、まもなく便せん4枚にわたる返信が届く。曰く、動物病院の待合室に女性向けの雑誌があり、そこで盛田隆二氏の短編を興奮して読みふけってしまったとのこと。その当人から、思いもかけず葉書が届いたのは思いもかけず嬉しかったとそこには記されていた。

 たぶん事実だろう。同じく佐藤正午著の「おんなについて」のあとがき(吉田伸子さん)にも同様のエピソードが出てくる。ここでは作家のMが、と書かれているが、これが盛田隆二さんのことらしい。

 また、盛田隆二著「夜の果てまで」(角川文庫)は、解説が佐藤正午さん。帯も佐藤正午さんが書かれているが、これが素晴らしい。
(切なくて、苦しくて、でも懐かしい  誰もがここに描かれた恋愛に  身に覚えがある)
 
**************

 という文章を書くために、いろいろ佐藤正午さんの文庫を探してみたら、「あとがき」いろいろありました。
 主なものをここに紹介します。

 「カップルズ」佐藤正午著 集英社文庫・・・解説、奥田英郎。これが素晴らしくて、奥田さんの作品を読みふけった。その後、奥田さんが直木賞を受賞。喜びもひとしおだった。

 「スペインの雨」佐藤正午著 光文社文庫 ・・・解説、竹下昌男さん。2001年出版のこの文庫で、竹下さんは「ジャンプ」の映画監督をされることを告白されている。「ジャンプ」は映画化され、現在DVDにもなっている。

 「きみは誤解している」佐藤正午著 集英社文庫 ・・・解説、坂本政謙。「きみ誤」はもともと岩波書店の単行本。そこで、岩波の編集者の坂本さんが解説をされている。ふたりの出会いのエピソードを描く、佐藤さん坂本さん、両者のズレが素晴らしい。
 坂本編集者のもとに「ありのすさび」「象を洗う」「豚を盗む」のエッセイ3部作が出版されたのはご存じの方も多いはず。

 おまけ。「わたしの犬まで愛してほしい」集英社文庫。エッセイ3部作以前のエッセイが読めるのがここ。

************

 佐藤正午さんのファンと盛田隆二さんのファン。
 作風や文体の好みなどもあるだろうが、共通のファンという方も多い。
 佐藤正午さんの公式ページに盛田隆二さんが書き込みをされ、そこから著書のファンとなった方も多い。佐藤正午さんはあまり自分のHPには登場されない。秘書の「てりやき」さんが近況を教えてくださる。
 盛田隆二さんは、てりやきさんを「テリー」と呼ぶ。やはり、仲良し?

 おふたりの公式HPは右のリンクから読めます。


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posted by noyuki at 22:38| 福岡 | Comment(1) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年03月01日

恋を失うたびに列車に乗った

 若い頃、失恋するたびに汽車に乗った。
 数え切れないほど多くはない。それでも、どうしようもない気分になって汽車に乗ったことが何度かあった。

 失ったもののことを考えるときは自分の部屋でさえも居たくなかった。テーブルの上の汚れたコーヒーカップも。電話機でさえも投げ出したくなった。
 まだその人の番号を記憶している指が間違えた衝動に暴走しそうになったり、何も知らない友人が呑気な近況報告をしてきそうな電話は忌むべきもので。そんなものがない場所に行きたかった。誰にも会わない場所、何も見ないですむ場所に行きたかった。

 長い旅路であったり、短い距離であったりしたが、とにかく車窓だけを見ていたかった。
 ときおり涙がながれたり嗚咽が漏れたりするのを知られたくなかった。空いた自由席の窓際で、暗闇の中を、知らないあたたかい灯りが飛んでゆくのだけを見ていたかった。
 だから夜汽車を選んだ。夜を走る寝台列車。窓を見るのに飽きて、週刊誌の記事も流し読みするだけで、早い時間にベッドのカーテンを引いた。
 揺られながら泣いた。泣いても叫んでも戻らないものがあるのだと思いながら、それでも揺られながら存分に泣いた。

 早くに眠りについて、そうしてしばらくして目が覚めた。
 目の前のベッドに腰掛けた男性が、わたしの週刊誌を読んでいた。
「あ。すいません、置いてあったものだから、つい」
 男性はバツが悪そうにそう行った。出張らしきスーツを着たサラリーマンだった。
「いえ、全然かまわないです。わたし、寝てたし」
「お向かいは、男性だとばかり思ってました」
 向かい合わせの寝台で、異性と向かい合わせになるのは初めてのことだった。相手もそうだったのかもしれない。それからわたしたちは少し世間話をした。
 寝台列車が好きなのだと男は言った。飛行機で行くとか目的地のホテルに泊まるという方法もあるのだが、出張旅費を使って必ず寝台に乗るのだと言った。わたしも寝台車が好きだと言った。
 列車好きは、どうして列車が好きなのかを語らない。語るとすればどういう列車のどういうところが好きか、というあたりだ。
 だからわたしは寝台車に乗った理由を言う必要もなく。完全な孤独を望んでいたにも関わらず、共通項を持つ他人に安堵して、それからカーテンを閉めて深い眠りについた。

「さくら」も「あさかぜ」もなくなるのだと言う。
 この次、恋を失うときがあるとすれば、わたしはどの列車に乗るのだろうか。
 失恋する人々は、いつだってやまほどいるに違いない。彼等のうちの何人かは、やはりひとりで列車に乗りたいと思うのだろうか。
 自分を癒す方法はみんなそれぞれなのだろう。携帯の電源を切ったり、知らない川面を眺めたり、夜の都市高速をドライブしたり、部屋で音楽を聴いたりして。
 今日のこの夜だって、誰かが、カラダの細胞の一部になった相手の記憶が剥がれおちてゆく痛みに、じっと耐えているのかもしれない。

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posted by noyuki at 22:46| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする