2005年07月25日

ラーメンランチ

日曜のお昼にラーメンを食べに行った。
店内は混んでいて、夫が背の高い店員に声をかけて注文をした。
「え〜、と。ラーメン並みが4つにごはんひとつ、ホルモンひとつですね、辛さはどうしますか?」
「ふたつがバイカラ、ひとつはふつう、もうひとつは辛みぬきでお願いします」
と言ったけど、店員の顔は見てなかった。背が高くて見上げるのも面倒だったから。

「おかあさん、いまの、みっちゃんだったよ」
とナツミが言ったんでびっくりして見てみたら、たしかにみっちゃんだった。薄く剃った眉をつりあげて、みっちゃんが照れくさそうに笑っていた。
高校1年の夏、はじめてのバイトなんだろう。ずっと手持ちぶさたそうに立っている。だけど、テーブルの片づけだけは一生懸命やっている。まだ、できることが少ないんだな、と思った。

「お待たせしました〜」
店主らしき別の男性とみっちゃんがふたりでラーメンを運んできた。
「え〜っと、バイカラはどちら?」
とか言いながら丼を置いて、それから店主が伝票を確認する。ごはんとホルモンがまだなのに気づいた。
「おい、ごはんとホルモン、持ってきてないよ、先に持ってくるんだよ、お客さんすいませんね〜」
と言って、すぐに持ってきてくれた。

みっちゃんはわたしたちの前で怒られたから恥ずかしかっただろうか?
恥ずかしかったかもしれないけど、傷ついてはいないと思う。
みっちゃんが傷つくのは悪意のある言葉だけで、そんなものにはたくさん傷ついてきたけど、真面目な忠告はまっすぐに受け止められる子だからだ。

それからもみっちゃんは背筋をピンと伸ばして、自分のできる仕事が見つかるのを、じっと立ったまま待っていた。

「すいませんね〜、ごはんとホルモン、遅くなっちゃって」
と、支払いのときに店主が言った。
「あ〜、ぜんぜんかまわないです〜」
と答える。
ホルモンが遅くったってぜんぜん構わないです。その代わり、みっちゃんのことをよろしくお願いします。みっちゃんのご両親とかまわりの大人とかわたしとかが、教えられなかったことをいっぱい教えてやってください。ほんと眉毛ないけど真面目な子なんです、ただ傷つきやすくて回り道が多かっただけだから。
彼が自分が仕事したことを誇れるように。どうかよろしくお願いします。
と、心の中で店主にお願いしてきた。

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posted by noyuki at 22:26| 福岡 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

無数の小島が浮かぶ入り江

 最近、そういった場所をよくイメージする。
 夕日の浮かぶ入り江に大小の島がいくつも点在しているのだ。

 悲しみのことを考える。悲しさで頭がいっぱいなのに、喉が渇いてコップの水を飲み干していたりする。悲しみとはまったく関係のない音楽が頭の中に流れていたりもする。
 喜びのことも考える。嬉しいのに、この嬉しさと別のものも同時期に頭の中にある。あ、嬉しいけど、帰ってごはん食べなくっちゃとか。終電の時間に間に合わなくっちゃ、とか。もしくは明日の仕事は忙しいな、とか。
 いつもひとつのことが頭の中にあるようなのに、数分後には違うことを考えていたり。
 そういうふうに散乱している自分の頭が、面倒くさいと思っていた。

 最近、自分の頭の中は九十九島が点在する入り江のようなものだと思うようになった。
 たとえば、わたしはある島の浜辺でとても深い穴を掘っている。それは、だいたい懐疑とか憎しみに満ちた深い穴だ。
 だけども、ふと顔をあげれば、遠い空には夕日が輝いている。それをきれいだな、と思う瞬間、わたしは憎しみに満ちた深い穴をひととき忘れられる。
 穴を掘るのをやめて、小さな小舟を漕いで違う島に渡ることだってできるし。
 穴の中から這いだしたヤドカリにしばし心奪われることだってできる。

「とらわれない」ということをずいぶん長いこと意識していたけれど、頭の中でわかっていても「とらわれる」ことをずっと辞めることができなかった。
 この入り江を思い浮かべたとき、はじめて、「とらわれない自分」がイメージできたような気がした。
 
 散乱している感情は悪いことばかりではないと思う。
 ただ、空を見上げるだけで、スライドショーのように変わっていけた。
 頭の中の小宇宙は、こんなふうに点在している島の集合なのだと思う。

 悲しいとき、どうしたらいいかわからないときに思い浮かべる、無数の小島が浮かぶ入り江。
 そんな簡単な光景が、自分を救ってくれるなんて、思いもしなかった。

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posted by noyuki at 22:39| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月09日

クローゼットの片隅で

 クローゼットの片隅に、車に轢かれたブラが死んでいる。
 ツモリチサトのデザインで、白に薄紫とピンクの幾何学模様。コットン100%の質感がとってもお気に入りだった。

「着替えと財布と免許証はここね」
 そう言って、車のルーフの上にビニルポーチを置いた。正太郎はボディボードをふたつ、器用に車の中に収めながら、それに頷く。
「おれのトランクスとかも一緒に入れてる?」
「もちろん!」
 わたしたちは、今朝正太郎の家で待ち合わせて水着に着替えた。梅雨あけの空は湿り気を一掃してくれたし、それは心の中に残っていたわずかな湿り気すら忘れさせてくれた。
 何にも心配事がない瞬間。そんな瞬間はいつも無敵だった。

 手持ちのミネラルウォーターを飲みながら、ボディボードを楽しんで。そしてホットドッグを買おうと思ったとき、くだんのポーチが見つからないことに気づいた。スケルトンのピンク色のポーチは車の中のどこにも入ってない。
「あれ〜、どうしたんだろう、おかしいなあ」
 そう言って、車の中を探す正太郎。おかしいなあ〜、わたしもそう思いながら、記憶の片隅のひっかかりに気づく。
「・・・屋根のうえ・・・車の屋根の上から、おろした?」
「おろしてない〜〜」
 それからわたしたちはおなかを抱えて笑った。ふたりで肩をたたき合って、あほ〜、わたしたちって、ほんとあほだよな〜、と言いながら笑いころげた。

 それから車の窓を全開にして、シートをびしょびしょにして帰ったことも。免許証の住所から、警察の電話が入って、親にあきれらたことも。ひしゃげた免許証と一緒に、タイヤのカタチがついたままのツモリチサトのブラの持ち主を確認させられたことも。正太郎のモスグリーンのトランクスがついに見つからなかったことも、みんなみんな笑い話で。居酒屋でこの話題で盛り上がってみんなに笑われるたびに、わたしたちはどんなふうにしても生きていけるような気持ちになれたのだった。

 轢かれたブラは洗濯して、クローゼットの引き出しの奥にしまった。
 笑いがとまらなかった一日の記念にして。

 なくすことも忘れることもちっとも痛いと思わなかった。
 それはまだわたしが、大切なものをなくす痛みを知らなかったからだと思う。
 正太郎がいなくなって、それから家族とか友人とか、その人たちにまつわる大切なものとか、あるいは仕事に関わる大切な書類とか、もっとささいなポイントカードとかロッカーのキーとか、ずいぶんいろんなものをなくしてきたけれど、もうわたしは、あんなふうには笑いとばすことはなかった。

 ときおり思い出しては、轢かれたブラを取り出して眺めてみる。
 あの日、風に飛ばされてお気に入りのブラがなくなってたとしても、きっとどうってなかったにちがいない。
 だけど今は、なくさなくってよかった、このブラだけでも戻ってきてくれてよかったな、と思っている。

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posted by noyuki at 22:40| 福岡 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月01日

女の子

女の子になるのは痛い。

だいたい痛くなるのは心だ。
別に良心の呵責とかを感じるわけではないけれど、とてもネガティブになる。
どうしてあの人はわたしにあんな言い方をしたんだろうとか。
なんでこんなのが明日の予定に入っているんだろうとか。
ああもう何もしないでこのまま寝ていたいとか。
そんなことばかり考えて、泣きたくなったりぼんやりしたり。そうして質が悪いときは、周りの人たちをみんな悪者にしてしまったりもする。

おくすりを飲むと少しよくなる。

わたしはあなたとセックスをしてあなたの子供を産みたいなんてこれっぽっちも思っていない。
でもカラダはそういふうにはできていないから、そういうこともあるのよって。そういう矛盾を持ったカラダを抱えていることへの良心の呵責があって。それが心の痛さの元なんだったら、笑えると思う。そのくらいだったら、笑ってもいい。

この前、女の子になるのに、カラダがすごく痛かった。
おなかがすごく痛くって、冷や汗がでて、それが二日くらい続いた。水分を飲むとよけい痛くなるみたいで、いっぱい汗かくのにあまり飲めなかった。

おくすりを飲むとかなり良くなった。おくすりは偉大だ。カラダの矛盾をごまかしてくれる。

心が痛いのと、カラダが痛いのとは一緒にやってこない。
心が痛い日は心だけ、カラダが痛い日はカラダだけ。
きっと半分だけでいいって、神様が勘弁してくれてるんだろう。神様は少しだけ優しい。

わたしはうすうす気がついている。
わたしはもう大人だ。(女の子)っていう言い方はとても似合わない。
大人だから何でも自分で決めるし、誰かに弱い部分を見せて頼ったりはするけど、それで何かが解決できるなんて思ってもいない。
一番大切な人が、自分の闇を光り照らしてくれると思うのは女の子の特権なのだろうが。
ある日わたしは決意した。もう、そういうふうに思うまいと。誰かと痛みを分かち合い、誰かと光を分かち合うことができたとしても。誰かに助けてもらいたい存在ではなくなろうと。

決意したのに、そういう願望がまったくないわけではない。
だからわたしは(女の子)という服を着る。
纏う前に痛むカラダの矛盾を感じながら。
それでも(女の子)になると、わたしの痛みは嘘のように消え去る。

すごく不思議だと思う。

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posted by noyuki at 14:48| 福岡 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする