2005年10月23日

物語の中を歩いた

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佐世保市図書館にある「郷土出身の作家」のコーナー。佐藤正午さんの生原稿もあります。


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ゆるやかな坂のとちゅうにある「モスバーガー」。「愛の力を敬え」の中でのやりとりの舞台はこんな感じ?



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スペインの雨(光文社文庫)より 「いつもの朝に」
不倫の果てに同僚の女教師を殺した男と、大学生に妊娠させられた女子高校生が出会う。島への連絡船が出る桟橋。



 だいたい年に一度くらい佐世保の町に行く。佐藤正午ラヴァーの友人と集まり、酒を飲んだり小説について語ったりするためだ。全員が近郊に住んでいるわけではない、飛行機を使ってホテルを取って集まる友人も多い。
 佐世保バーガーや海軍カレーだけでなく「佐藤正午氏の小説にでてくる佐世保」も観光スポットになればいいのにとも思うのだが、残念ながらそれほどの集客は望めないのかもしれない。
 「ジャンプ」の舞台は東京。現在野性時代に連載中の「5」も舞台は東京とその近郊。
 だけど正午さんの小説には佐世保の町らしき場所がたくさん登場する。長いアーケードやバスセンター。そういった場所を歩きながら、ああ、この店であの人たちは出会ったんだろうなどと想像するのが好きだ。小説の現場に立ち会ったようなリアルな感覚。それがたまらない。
 もちろん小説家は、その舞台を緻密に正確に伝えることが仕事ではないし、佐世保の駅もその裏の海の風景も年月を経てずいぶん様変わりしている。だから、そこがまさに小説の現場、と言い切ることはできない。
 それでも、もう何年も、小さな旅行バッグに「おんなについて」とか「スペインの雨」とかの文庫本をしのばせて、わたしは長崎本線に乗る。肥前山口で、長崎行きと佐世保行きに列車は別れる。有田に着く頃には「ジャンプ」の「みはる」の面影を無意識に探している。

 ささやかだけど、それはもうわたしの一年のローテーションの一部だ。
 そういえば、ここのところ佐世保を舞台にした新作を読んでいない。
 短編でもエッセイでもいいから出ればいいのに、と思う。
 そうすればまた、新しい物語の中を歩きに行けるのに。

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posted by noyuki at 22:16| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月11日

夜の空・夜の道

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 君と夜の道を歩いていると、とつぜんふたりで井戸に落ちてしまった。
 そう思ったくらいに、その日の秋の夕暮れは短かったんだ。
 まあ、いいさ、落ちちまったもんは仕方ない、ハンバーガーでも食べようかと、ふたりで紙の包みをカシャカシャやったのさ。
 望遠鏡のような筒状の井戸の向こうに、月が見えていた。
 少し欠けた半月、上弦の月。ぷくっとしてて、まるで膨れたほっぺみたいだった。
 それからふたりで短い話をいっぱいした。
 いや、話しているのは君ばかりで、ずっとそれに頷いていただけ。
 それからだんだん眠たくなってきた。
 いや、話がつまんなかったんじゃなくって、すごく気持ちがよかったんだ。
 心地よい声のくすぐりが、脳の中をとろとろにして、君の声にはたぶん、わたしを眠たくする脳内物質が含まれてるんだろう。
 移動する月が、井戸の端から逃げていった。足の速いうさぎだ。
 シャツごしに触れる二の腕の感触をこのまま味わっていたいけれど。
 ああ、もう、どうでもいい。気持ち、いい。ねむたいねむたい。
 ここから出られるのかな?
 どうやったら出られるのかな?
 いま、君はそう言っているんだね、たぶん。
 ほんとにそう思ってるかどうかわかんないようにしか聞こえないよ。
 夜が明けるまでの暗い道に戻れば。また夢中で歩くうちに、離ればなれになってゆくんだろう。
 わたしたちはブラウン運動を繰り返すコウモリだから。
 一瞬の井戸の記憶さえも、そのうちに薄れてゆくのだから。
 
 ああ、もう、どうでもいいよ、ねむたいねむたい。
 少しだけ、目をとじて、もたれかかってもいいかな?

 目覚めたときに誰もいなくったって。
 つかのまの、夢の記憶を恨んだりはしないから。


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posted by noyuki at 14:58| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年10月03日

盛田隆二「ニッポンの狩猟期」角川文庫

作者だけに見える世界がある。
作者の目には、現在のニッポン(正確に言えば近未来)はこういうふうに見えている。
だから、これはフィクションではない。

孤児や在留外国人やホームレス、それを取り締まる新宿浄化団。都内には少数民族の自治区。
現在わたしたちは少しばかりおしゃれして、財布に幾らかの紙幣とクレジットカードを入れ、新宿西口の駅で降りて都庁や公園まで安全に歩いてゆくことだってできる。
一枚のフィルターを通した新宿。だが、そのフィルターをはずした姿があることだってうすうす気づいている。うすうす気づいているが、そこに目を向けようとしない。
フィルターのないニッポンがここに描かれている。

荒んだ子供たちの世界なのに、それにうんざりしないのはなぜだろう?
彼等が生きているから。生きてはいけないほどの環境の中で、生きているからだと思う。
とりわけ魅力的なのはカズだ。彼があらゆる手段を使って生き延び、そしてぼろぼろになった「心の姉」リーと再会するとき、涙せずにはいられない。

混沌や腐敗を描くことによって浮き立った「生」が、この物語の中には一貫してあるように思う。

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posted by noyuki at 22:26| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする