2005年12月24日

Merry Christmas to All

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 もうイヤだから別の学校に転校させてと花織が宣言した朝から、ずっとわたしの頭の中には黒い雲がたちこめていた。
 小さなトラブルがいくつも起こっている騒がしい教室で、紙のように軽く笑いながらうまくやっていると思っていた。こんなことあったのよ、わたしこんなふうに言い返してやった、バカだよね、あんなことして、そんなふうに喋っていた花織は、ある日そこにすっぱり別れを告げた。いじめとかそんなんじゃない、でも、もう行きたくないの。頑固な花織が決めたことを変更するわけがないのはわかっていのに、わたしだけがいつまでもそれを受け入れられなかった。

 転校の手続きに出向いた。前の学校やら市役所やら新しい学校やら。そのたびに世界を憎んだ。
 花織にそんなことをさせた世界を憎み、誰も責任を取れない世界を憎んだ。(たしかに花織はいじめられてはいなかった。だけど他の子へのいじめや陰湿な仲間はずれやケンカは当たり前だった)
 いや、正確に言った方がいい。花織のために憎んだのではない、それに伴う煩わしさやわたしは憎んだ。
 花織は何ひとつ憎まない。幼くてシンプルすぎる感情の中には、そんな複雑な恨み言は存在しなかったのだ。

「今年は誘う友達がいないんだ、わたしにはほんとうの友達なんていなかったから。お母さん、いっしょに行ってくれない?」
 そんなふうにして花織に教会に誘われた。毎年出かけていた子供向けの教会のクリスマス会だった。でも中学生と母親の組み合わせなんて不似合いではないか。そう言えば長いこと教会なんて行ってなかったな、賛美歌、まだ歌えるだろうか。
 キャンドルサービスが終わり、聖書の一節が朗読される。そうして子供たちに対して、そこに存在することのヨロコビが優しい口調で諭された。なんだか泣きそうになってしまった。
 あたりまえのように存在を喜ぶことができないのはわたしの方だった。
 何かが起こるたびに、その不具合を憎んでいたのはわたしの方だった。

 花織が生まれたとき、夫とわたしはその誕生を喜んだではないか。
 わたしが生まれたときもまた、両親や周りの人は、ただ、この世に生まれたことを喜んでくれたではなかったか。
 たとえば最初の人類が生まれたとき。大地はその誕生を喜んだのではないか?
 宇宙の片隅に地球という星が生まれ、水が流れ空気がとりまいたとき、その星の誕生は祝福されたのではないか?
 ここに存在するための、空気や水や風や木々の呼吸や酸素や二酸化炭素やその他もろもろの元素や結晶や分子たち。そういった目に見えないすべてのものが、わたしたちが生きることを赦してくれているのではないか? 
 神様は大きすぎて見えないし、そして、いろんな小さなところにいるから、だから見えないんですよ。教会の先生が優しい声でそう話された。
 ここのところずっと、いろんなものを憎んでいたのに・・なのに・・・

 クリスマス会が終わると、先生が玄関で見送ってくれた。
「花織ちゃん。新しい毎日がはじまるね。自分で決めたことだから大丈夫、がんばってね」
 事情を知る先生の言葉に、まっすぐに目をあけてうなづく花織の横顔が見えた。

 わたしは。明日また何かにたいして怒っているかもしれない。
 あさってまた、これまでのように世界を憎んでいるかもしれない。
 それでも今日だけは。
 Merry Christmas to All !

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posted by noyuki at 22:20| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月01日

「kumonosu」出版しました。

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小説を掲載させていただいているサイトで本を作りました。
わたしは小説を2編掲載しています。「びりり」「雨を待つ」双方とも出版にあたって、加筆しています。
出版社のサイトから申し込みできます。

http://www.yume1.net/library/kumonosu.htm

お値段は840円。よろしくお願いします〜。

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posted by noyuki at 22:09| 福岡 ☁| Comment(6) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする