2006年06月06日

引っかかりの多い崖

ウツは嫌いだ。
ウツ状態の自分が嫌いなので、なるべくならないように気をつけている。
ウツになったらとことん落ちこんで、それでまた上がればいいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、なかなかそういうふうに思えない。

ウツは記憶として残る。
自暴自棄になった記憶。他人を意味もなく憎んでしまった記憶。
どんなにいい状態に戻ったとしても、記憶を消すことはできない。
あのときわたしはあんなふうに思ったんだという記憶が、自分の人間性も揺るがせる。
いい子すぎなのかもしれない。
でも、できれば、意味なく誰かを憎むことなくすごしていたい。

その日は仕事の段取りがうまくいかずにあせっていた。
帰ったらクスリを飲みたいと思ったけれど、まだまだやるべきことが残っていた。
所用で高層ビルの一階に入った。そのときに襲われてしまった。
このビルの屋上から飛び降りるイメージに。
イメージがどんどん頭の中に広がってゆく。
紙のようにふんわりと、そこから身を投げるイメージ。
「そうしなければいけない」というわけではないが、そのイメージにだんだん自分自身が重なっていくのがわかった。
飛び降りてはいけない。
これは、心の中の黒い塊が見せる妄想なんだ。
そう思って、エレベーター脇の手すりを握りしめた。
ぎゅっと握りしめて泣いた。
こわくて泣いた。

かよこさん・・・
かよこさん、助けて、と心の中で呼んだ。
かよこさんは年が少し上の知り合いだ。
わたしが落ちこんだときにやさしい言葉を何度かかけてくれた。
かよこさんに帰ったら、このことをメールしよう。そうしたらきっと、わたしに一番ぴったりの言葉をかけてくれる。
そう言い聞かせて残りの仕事に没頭した。
家に帰ってかよこさんにそのことを話すと、やっぱりいつもどおりに安心させてくれる魔法の言葉を当たり前のようにかよこさんがくれた。
もとの命が戻ってきた。

数日後、また別の知り合いのその日のことを話した。
「踏切や高層ビルでそういうイメージにとらわれることは多いんだよね。珍しいことじゃない」
精神疾患に詳しいその人は言った。
「自己破壊衝動って言うんだよ。ムラカミハルキの小説を読むと僕は、いつもそのことを思い出すよ」
「村上春樹? たとえばどの作品に?」
「うーん、今、どの作品ということは思いつかないけれど。一貫して、そういうものを感じるんだ」
帰ったらムラカミハルキを読み返してみようと思った。
そうだ帰ったらもムラカミハルキを読もう。そう思って読むべき作品をそれからずっと頭の中に並べ続けている。

ある日、ただの平らな野原がとつぜん途切れ、切り立った崖が現れる。
落ちる・・・
そう思っていても、わたしの崖はでこぼこで、けっして真下まで落下できないようになっているのだ。
そうイメージしようと思った。
かよこさん。
ムラカミハルキ。
あと・・家族とか・・・週末の約束とか・・・昔の思い出・・・楽しかった記憶・・・ただ当たり前にやってくる未来が連れてくるもの。

生きて生活しているかぎりわたしには、自分の服をひょいと掴んでくれる、いろんな「ひっかかり」があるんじゃないか?
もちろん、運悪くどこにも引っかからないときもあるかもしれないけれど。
わたしの崖には引っかかりが多い。

これからは、そういうふうにイメージしようと思った。


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posted by noyuki at 12:06| 福岡 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする