2006年10月25日

いつかは砂糖菓子に変わる。

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昔住んでいた町に降りた。
とりあえずふらふらと東口に行くと、いつも乗ってた62番のバスが止まっていた。
すごくさみしい気分になった。
大橋はさみしかった。
あの頃のわたしはまっすぐにさみしさを直視できるくらいに若くかったけれど、逆にいえばさみしさを他のものに転換する方法も知らなかった。
あれだけよく遊んで麻雀して、さみしいはないんじゃないかと思うけど、駅の降りるだけで思い出すくらい、どこか満たされないさみさしさがあったんだと思う。

あれからずいぶんだったけれど、いまだに満たされないさみしさとずっとつきあい続けている。
だけど、それを転換する方法だけは身につけたように思う。
さみしさや切なさは、ずっと噛みしめているうちに、とても甘い砂糖菓子のように口の中に広がってゆくのだ。
切なさを抱えるのは甘く心地よい。
それが広がってゆくのを感じながらあたたかい毛布をかぶる。
砂糖菓子のように口の中で転がしながら、まどろみに落ちてゆく。
むし歯にはならない。
それは、ただ身体が求めている甘味なのだから。

駅を横切る若者たちはみんな、あの頃のわたしみたいな顔をしていた。
誰かと歩いていても、ひとりぼっちでも、変わりなく絶対的なさみしさを抱えているように見えた。
その中にわたしはいないか、と、探してみる。
いたら、教えてあげたい。
抱えて生きよ。と。
それがいつか砂糖菓子のように甘くなって、ある意味心を支えるものになるのだと。
あの頃のわたしがここを通ったら教えてあげたいと思った。
だけども彼女はそれが、ある種の宗教の勧誘かなにかのように耳を塞いで通りすぎるだろう。
きっと、そうするに違いない。

それは、言われてわかることではない。
わたしというひとつの身体とずっとつきあい続けて、その中から生まれてくる感情なのだから。

たくさんの時間が通りすぎるまでは、けっして気づかないのだろう。



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posted by noyuki at 22:27| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月14日

ありふれた魔法・β

 みんなで飲みに行った帰り、月乃がまだ時間があるというのでシアトルズベストに寄った。
 川沿いのオープンカフェの夜はすでに肌寒い。月乃はホットコーヒー、茜はちょっと考えてからアイスティーを頼んだ。

「不倫はイカンよ、うん、不倫はイカン」
 先ほどから月乃は誰かに言い聞かせるかのようにそのことを繰り返している。少し酔っぱらっているのかもしれない。
 茜は自分のことを咎められたような気になってしまったが、どうもそうではないらしい。それはアルコールに緊張の糸を緩めた月乃自身の告白だということにそのうちに気が付いた。
「別居してるっていうし、つきあってる人も別にいたのよ。だから、わたしがつけいる隙なんてなかった、だけど、わたしの隙間につけ込まれてしまった。もう昔の話なんだけどね」
「月乃。わたしから見るとあなたは、つけいる隙間なんて1ミリもないような女なんだけどね」
 月乃自身は離婚したあとに、自分の専門の仕事で成功していて人望も厚い。厚く塗り固めた信頼の壁は、加減よく月乃を魅力的に見せていた。
「ふつうはみんなそう言うの。でもね、そういう男はね、直感で隙間を見つけるもんなの。いや、見つけるんじゃない。なにも考えずにそういう部分に入り込んでくるのね」
 そんな中途半端な男とくっついたばかりに、元からつきあっていた女友だちに恨まれ、泣き言を言われ、そうして自身も同様の泣き言を男に繰り返し続けた。ずいぶん苦しくてずいぶん悪いと思ったけれど時間がかかった。そうして最近やっと過去のことだと思えるようになったの。古くさい言い方なんだけどね、人には人の道ってもんがある、それに反しちゃいけないのよ。
 そう言って月乃は川面に向かってメンソールの煙草をふうっと吹いた。
 月乃とは何度か飲んだけど、煙草吸うのを見たのは多分これがはじめてだったように思う。

 昔つきあっていた男のことを茜は思い出した。
 独身の頃の話だ。男はすでに妻子がいて、二回だけ抱かれたことがあった。そのこと自体はすごく幸福な瞬間ではあったけれど、長くは続かなかった。ほんとにいろんな事情が絡みあって、必然のように別れるしかなかったのだけれど、そのことについては今でも思い出したくもないし、ましてや喋りたくもない。

 その後茜は結婚した。しばらくの遠距離のすえの結婚だった。
 待ち望んでいた幸せな生活だったし、もう茜は年の離れた男にまっすぐに惹かれるほど子供ではなかった。二人には築くべき生活があった。仕事の問題、子供をいつ作るか、自分たちの家をいつ買うべきか。それよりももっと単純な、いつまでたってもバリエーションの増えない夕食のこととか。そういうことをひとつひとつ片づけていくパートナーがいて、それは何よりも幸せなことだったし、その生活を愛しいと茜は思っていた。
 
 なのに。なぜ。
 1ミリの隙間にも月の光が差し込むような夜がやってくるのだろう。

 門司港のホテルで待ち合わせをした。
 知りあいの集まるパーティで知りあい、ふとしたきっかけでケイタイメールを交換することになった男が相手だった。古くさいジャズを好むところが茜と似ていて、心地よく押しの強い話し方は、今までつきあっていた誰とも似ていなかった。
 この町は狭すぎるから、ホテルの部屋を予約した。お互いに列車で移動してそこに一泊しよう、と男は言った。
 だけどもその日、男は来なかった。男の妻が夕刻に追突事故に遭い、深刻な状態ではなかったものの病院に向かわなければならなくなったからだ。
 ホテルにチェックインしたあとに知らせが入り、茜は広すぎるダブルベッドの上で、今、どうしてこんなところにいるんだろうとぼんやりと思いながら、浅くまどろんだ。

 数ヶ月後にもう一度、同じ門司港のホテルを今度は茜が予約した。
 だけども茜はそこには行けなかった。特急列車が事故に巻き込まれ、全線不通になってしまったのだ。
 2時間ものあいだ車内に閉じこめられ、結局、門司港に行くことは時間的に不可能になってしまった。代替バスに乗って、自宅のある町に帰るしか方法がなかった。一足先にホテルに到着していた男にメールを打ちながら、茜はバスの中で気づかれないように少し泣いた。

「だからね、一度も何もないのよ。不倫はいかん、って神様に言われたのかもしれない。いや、そんな言い方じゃなくって、人の道に反することをするとね、世界が少しずつズレていって、うまくいかないようになっているのかもしれない。ほんとのことはわからないけれど、何かが少しずつ少しずつ軋んで、そういうことが起こるのかもしれない。だから、月乃の言うことも根拠はないけれど正しいと思うのよ」
「わかるような気がする。人の道なんて信じないけれど、わたしもそういうふうに感じるもの」
「不思議ね。わたしのまわりには、近所の男とばんばん好き放題にやってる不倫のカップルやら、出会い系で遊んでいる女友だちだっていっぱいいるのにね。彼女たちには何も起こってないのに」

「茜は選ばれたのよ」
「罰を受けるように選ばれたってこと?」
 そう言って茜はカラカラと笑った。
「この世の理がわかるように、きちんとそれを感じられるように選ばれた人間だってこと。そういうふうに選ばれてない人が世の中にはやまほどいる。だけど、そのままで生きてゆけるもんなの。茜が不幸なんかじゃない。うまく言えないけれど、選ばれてそういうふうになってるの」

 ずいぶん辛気くさい選ばれ方だな、と茜は苦笑した。
 この前、ランチタイムのスターバックスで男とばったり会った。運良く満席だったので同僚の女の子が、同席を勧めてくれた。
 紹介したり会話をしたりしながら、男の膝がほのかに茜の膝に触れた。
 まるで女子高生のように、茜はありふれた魔法に感謝して、その男の体温を感じ続けた。
 たぶん、それだけ。それ以上は何事もなく、これからの人生は続いてゆくのだろう。

 長い会話のあいだにいつのまにか移動した満月が、カフェの前を流れる小さな川に映った。
 川のさざめきの中のモザイクのように優しく壊れた満月だと思った。


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posted by noyuki at 22:35| 福岡 | Comment(6) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月01日

イメージのうた

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日曜日の朝、目が覚めたら雨が降っていた。
ベッドのわきのカーテンを少し開けて、静かな雨の音を聞いていた。
だいじょうぶ。
まだ誰も死んでいない。
みんなちゃんと、この世界にいる。

それからわたしは、とてもとても小さな、わたしの世界にいる人たちのことを思った。
コビトの靴屋がトカトントンするみたいに、小さいけれど大切な自分の仕事に集中し。仕事明けの朝を迎えたり、飲み過ぎた朝を迎えたり、さみしさに負けそうな毛布を抱きしめて、そのままベッドにまどろんでいたりする人たちのことを。
世界全体のかたまりのように俯瞰して眺めてみた。

もちろんこんな朝ばかりじゃなくて。
誰かを失う朝もあって、新しい命を迎える朝もあるけれど。
そういう朝は失った命を思い出し。
生まれてくる命を喜べばいい。

ただ、それだけのこと。

だいじょうぶ。

小さな「イヤなもの」の塊をわたしは持っているけれど。
今日はその塊は、胸の中で静かにしているだけ。

だいじょうぶ。
小さくて静かな世界の人々は。
今日は会えなくても、ずっとここにいる。

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posted by noyuki at 21:48| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする