「タピオカ」 3・太郎
忌引きは一週間だと言われ、それから仕事に復帰したけれど、一週間で妻がいなくなってしまった心が癒えるわけはない。
僕は毎日仕事に行ったけれど、それは家に昼間ひとりでいることが耐えられなかったからだ。かといって仕事をばんばんこなしているわけでもなく、僕は会社にいても蝉の抜け殻みたいにからっぽでコンピューターの前に座ったままだった。
妻の事故死は、地方新聞のかたすみに掲載され、誰もが知るところとなっていた。
体内に微量のアルコール分が残っていたことももちろん掲載された。酩酊するほどの量ではないとも記載されていたが、その程度の量でもダメなことは僕が一番よく知っていた。
休日の夜に僕がワインを買ってくると、雪乃はかならず「味見をさせて」と言うのだが、味見が味見で終わったためしはない。それでも彼女が飲めるのはワイングラスに半分程度だ。
「あー、酔っぱらったみたい、なんだか気持ちいいよぉー」とか言いながら、そのまま雪乃はソファに倒れ込むのだ。首筋から耳の後ろまで真っ赤になってぐぉーぐぉー寝ている。
安上がりなヤツだな、と思うけれど、外で飲むことはほとんどないし、僕は夕食の洗い物を押しつけられながらもそのことを不快に思うことはなかった。
僕が、きちんと言っておけばよかったのだ。
出て行くときに、絶対に飲み過ぎるなと。
妻の両親、親戚、友人たち。いろんな人がいろんなことを悔いた。
なかでも一緒に飲んだカナミやフミやチエの悔いようは並大抵ではなかったし、酩酊してしまったカナミは、雪乃を止められなかった自分のせいだと膝を崩して立ち上がれないほどだった。
カナミのせいならば、カナミを責めればすむのか。だが、すでに死んだ人間がそれで戻ってくるなんてことはもちろんない。
初七日の法要のあとにみんなが帰ってしまい、また何をするでもなくぽつんといると、カナミがひとりでやってきた。
黒い喪服を、紫色のニットとジーンズに替えている。もう一度仏壇に手を合わせ、それから話があるという。
「あやまっても、すまされないことなんだけど、ほんとうにごめんなさい。太郎さんはわたしに言いたいことがいっぱいあると思う。まずはわたしに言いたいことを言って。言えばすむってわけじゃないけれど、まずは太郎さんの気持ちを......」
「いや、それはもういいんだ」そう言って僕はカナミの言葉を遮った。「やっちまったもんは仕方ない、雪乃だったらそう言うはずだから」
やっちまったもんは仕方ない? おいおい、僕はまだそんなふうに思ったことは一度だってないぞ、と思いながらも、どんどん言葉があふれてきた。
「たとえばさ、白か紫の車、どっちを買おうかって迷って迷って、それで決めたあとでも僕は、やっぱり白の方がよかったかなとか思ってしまうんだ。去年転職したときもそうだった。話があってから考えて考えて、それでやっと決めたのに、実際に新しい会社の上司にちょっとイヤなことを言われたりすると、ああ、転職は失敗だったかなとか、つい雪乃に愚痴ってしまっていた。すると雪乃は、やっちまったもんはそれまでよ、ぜったい元には戻らないんだから仕方ないでしょ、あれこれ言わないでよ、って、全然とりあってもくれないんだ。僕をなぐさめて言ってたわけじゃなくって。雪乃はそういうヤツなんだ。 自分でこのソファを衝動買いしてきて、それで思ってた場所には大きすぎて入らなかったんだけど、気に入って買ったからしょうがないじゃないって家具の配置を全部替えたりして。雪乃っておもいつきで行動するから失敗もいっぱいするけど、どんなに失敗しても、やっちまったもんはしょうがないって、それだけで済ませてしまうんだ」
気づいたら僕は泣きながら、嗚咽しながら喋っていた。
「僕は、僕はまだ、ぜんぜん、ほんとはそういうふうには思ってないんだ。カナミ、つらいよ、ほんとに悲しいよ、なのに雪乃はそうなんだ。雪乃がそう言ってるんだ。雪乃が僕にそう言わせてる。ぜんぜんカナミのせいじゃないよ、仕方ないじゃない、わたしが失敗したんだから、やっちまったもんはしょうがないじゃないって......」
ああ、ほんとに雪乃だ。
僕に雪乃が喋らせている。
彼女の意識はまだ生きているんだ。
そう思っても悲しみが癒えるわけじゃないけれど、僕にはわかった。
雪乃がそう思ってるんだってことが。
カナミにもそれがわかったんだと思う。
それでも僕たちには、なすすべもなく、僕たちは、雪乃がコスモス畑で笑っている遺影の前でずっとずっと、声を上げて泣いていた。
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2008年10月27日
2008年10月22日
「タピオカ」2
「タピオカ」 2・カナミ
そっか、やっぱり雪乃は帰るのか、と思った。
太郎がいるからね、昔みたいに泊まったりはしないんだろうな。
いっぱい飲んですごく気分よかったのに、帰ってきたら部屋が散らかってて、朝飲んだコーヒーカップもパンのお皿もテーブルにそのままだった。
おまけに帰ったとたんに気持ち悪くなって、トイレでゲーゲー吐いてしまった。
うすいグレーの上着にまでなんか汚いものがついてしまった。それを脱いで床に放って、ついでにシャワー浴びようと思って、下着まで全部脱いだのはいいけれど、またそこで具合悪くなって、床に倒れ込んだ。
しばらく意識消滅。
次に目が覚めたのは、仰向けのまま吐瀉物がどっかに詰まったせいだ。あわてて飛び起きて、中身を床にぶちまけて、咳してぶちまけて、まだ残っててゲーゲー言って、カラダはむちゃくちゃ冷たくてブルブル震えてた。
遠くで救急車のサイレンが聞こえた。
ああ、なんかヤバイ。わたしも救急車よびたいけど、こんな格好で呼んだら目も当てられない。
仕方なくってベッドまで移動して毛布をかぶった。
さむいさむいさむいさむい。早くカラダがあったまらないなあ。
両親は仕事をリタイアしてからは、ずっと山の方に家を買ってそこで暮らしていた。ここの家は便利だけど自然がなくてさびしい、カナミは結婚したらここでそのまま暮らしてもいいからって言ってわたしをひとり置いて言ったけど、そもそも結婚する相手すらままにならない。
ひとり暮らしって、好き勝手できて楽しいんだけど、こういうときは心細いなあ。
でも、とにかく寝なくっちゃ。
寝ればきっと酔いもさめて、あったかくなってくる。明日の朝、頭ガンガンするかも知れないけど、それでもきっと今日よりかマシなはずだ。
とにかく寝よう、寝ればなんとかなる。
そう思って目をつぶるけど、寒くてなかなか眠れない。
そうこうするウチに雪乃の声がこう言った気がした。
「カナミ。 お願い、約束を忘れないでね」
えーっと。
何の約束したっけ? さっき飲んでて何か約束したかな? ごめん、思い出せないよ、雪乃。
まあいいや。それも明日の朝になってからゆっくり考えよう。
今日はとにかく眠ることだ。
そう自分に言い聞かせて、無理矢理に目をつむって、毛布の中でカラダをまるめて、カナミは眠りについていった。
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そっか、やっぱり雪乃は帰るのか、と思った。
太郎がいるからね、昔みたいに泊まったりはしないんだろうな。
いっぱい飲んですごく気分よかったのに、帰ってきたら部屋が散らかってて、朝飲んだコーヒーカップもパンのお皿もテーブルにそのままだった。
おまけに帰ったとたんに気持ち悪くなって、トイレでゲーゲー吐いてしまった。
うすいグレーの上着にまでなんか汚いものがついてしまった。それを脱いで床に放って、ついでにシャワー浴びようと思って、下着まで全部脱いだのはいいけれど、またそこで具合悪くなって、床に倒れ込んだ。
しばらく意識消滅。
次に目が覚めたのは、仰向けのまま吐瀉物がどっかに詰まったせいだ。あわてて飛び起きて、中身を床にぶちまけて、咳してぶちまけて、まだ残っててゲーゲー言って、カラダはむちゃくちゃ冷たくてブルブル震えてた。
遠くで救急車のサイレンが聞こえた。
ああ、なんかヤバイ。わたしも救急車よびたいけど、こんな格好で呼んだら目も当てられない。
仕方なくってベッドまで移動して毛布をかぶった。
さむいさむいさむいさむい。早くカラダがあったまらないなあ。
両親は仕事をリタイアしてからは、ずっと山の方に家を買ってそこで暮らしていた。ここの家は便利だけど自然がなくてさびしい、カナミは結婚したらここでそのまま暮らしてもいいからって言ってわたしをひとり置いて言ったけど、そもそも結婚する相手すらままにならない。
ひとり暮らしって、好き勝手できて楽しいんだけど、こういうときは心細いなあ。
でも、とにかく寝なくっちゃ。
寝ればきっと酔いもさめて、あったかくなってくる。明日の朝、頭ガンガンするかも知れないけど、それでもきっと今日よりかマシなはずだ。
とにかく寝よう、寝ればなんとかなる。
そう思って目をつぶるけど、寒くてなかなか眠れない。
そうこうするウチに雪乃の声がこう言った気がした。
「カナミ。 お願い、約束を忘れないでね」
えーっと。
何の約束したっけ? さっき飲んでて何か約束したかな? ごめん、思い出せないよ、雪乃。
まあいいや。それも明日の朝になってからゆっくり考えよう。
今日はとにかく眠ることだ。
そう自分に言い聞かせて、無理矢理に目をつむって、毛布の中でカラダをまるめて、カナミは眠りについていった。
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2008年10月20日
タピオカ
「タピオカ」1・雪乃
ああ、またオットに怒られるなあ。
そう思ったけどオットは怒ってはいなくて、かわりに涙を流していた。
オットである太郎がひとりぼっちの部屋で正座して下を向いて泣いている。
涙はポトポト黒いズボンに水玉模様を作っていたし、鼻水もドボドボ出てて、下を向いているからわからないけど、とても見られた顔ではないと思う。
太郎が悲しんでいるのが悲しかった。
自分がバカなことしたからしょうがないんだけど、なによりも(太郎を悲しませるようなこと)をしてしまったことが悲しかった。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
何度もそうつぶやいたけど、その声さえも太郎には届かない。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
バカなことしてごめんなさい。
でも、ほんと、もう遅いよね。
******************
その日はチエとフミとカナミで飲みに行った。
ボンジョレーヌーボーの解禁日で、カナミの知っているお店でパーティをやることになっていたのだ。
「というわけで、金曜日の夜はいないから」
と言うと太郎はこう言った。
「いいな、遊ぶばっかで」
「そうね、遊んでくれる友達がいるから、わたし幸せだよ」
「ダメだって言ってもどうせ行くつもりだろ? 気をつけて帰ってこいよ」
毎回、遊びに行くたびにわたしたちが繰り返すのはこんな感じの会話だ。
カナミの家に車を置いて、そこから歩いて「うさぎ」っていう名前のお店までみんなで歩く。
わたしはほとんどお酒が飲めない。だけども仲のいい友達と騒ぐのは大好きだ。 カナミの家から歩いて5分ほどの小さな川に面したバーは、暗すぎないシックな造りでなかなかの雰囲気だった。
「ここさ、お料理もおいしいからおすすめなんだよね」ってフミが言った。
木製の床に心地よく靴が鳴るお店は、解禁日ということで満員だったけれど、フミが首尾よく予約してくれてたおかげでわたしたちは一番奥のテーブルにゆったりとくつろいぐことができた。
最初がカルパッチョで、それからサラダと、チーズとフランスパンの盛り合わせ、あとちょっと辛めのソースをつけた魚のフライ。どれもほんとにおいしかった。
乾杯用のグラスワインはひとくち飲んだ。お日様の味のする甘めのワインだった。
だいたいお酒はこれでストップ、とにかくすぐに酔ってしまうのだ、わたしの場合。
独身のフミとカナミの恋の話を聞いて、どちらもうまく行きそうなのになんで最後のとこでうまく行かないかなあとか思っていると、チエが最後の押しが弱いんだよと言い出して、みんなでそれにうなづいた。
「男の押しが弱いって言えばそれまでなんだけど、こっちはこっちで押さないとダメなのよ」
「へえ〜、どういうふうにチエは押したわけ?」
「え〜。具体的にどうってわけじゃないけど、う〜ん」などとチエが言うんでみんなでつついて色々聞きだそうとするけれど、なかなかうまくいかない。
「酒が足りないんだよ、今度はもっと甘くないのをもらおうよ」
フミがそう言ってワインを追加した。
わたしは烏龍茶にしたけれど、みんながおいしいおいしいと言うんでだんだん気になってしまって、チエのワインを一口もらったら、そのおいしいこと!
結局、チエのワインをグラス半分くらいは飲んだんじゃないかと思う。
結局いろんな男のうわさ話とかして、お互いの仕事場の悪口とかも少しして、わたしはこんな友達がいてほんとによかったなあと思った。
結婚してすぐの頃は、太郎がいるあいだくらい家にいないとと思ったけれど、わたしには無理だった。このメンバーの定期的な集まりは、独身の頃から続いていて、次の日にはすっきりといろんなうさが晴れてしまう、そんな集まりがわたしは楽しみで仕方なかったのだ。
カナミは帰る道すがら、大きな声で喋ってかなり酔っぱらっていた。わたしはあまり飲んでないしもちろん正気だったけれど機嫌はよかった。
「もう、泊まっていけばいいじゃ〜ん」とカナミに言われたけれど、車に乗って帰ることにした。
家までは車でも5分、しかもほとんど直線だ。心配するほどの距離ではない。
この前の太郎のボーナスを頭金にして買ったばかりの新しいパープルの車だ。まだちょっと運転には馴れてないけれど、カナミの家を出て大通りに出れば、あとは直線だ。
おっと、信号が赤になる。
ブレーキを踏んだけど、ちょっとブレーキが効くのが遅い気がした。
今になって考えると、ブレーキの効きが悪かったわけではなくて、わたしはあの程度のワインで酔っぱらってしまってたのかもしれない。
青になった。 ここは右折。でも対向車線の車の流れがなかなかとぎれない。
やっと反対側の信号が黄色に変わる頃に急いで右折したけれど、なぜかハンドルまで重たいような気がして、わたしはそのまま歩道の電柱に激突してしまった。
ああ。ヤバイなあ。
車、相当壊れてる。太郎、ぜったい怒るよ。口聞いてくれないだろうな、怒って。
すごく大事にしてたしなあ、新車。
などと運転席でわたしは思っていたけれど、なぜだか動けなくって、眠たくて、少し気持ちいいままで、わたしはそのままふわ〜っと意識がなくなってしまって。
どうやらわたしは、そのまま死んでしまったらしかった。
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ああ、またオットに怒られるなあ。
そう思ったけどオットは怒ってはいなくて、かわりに涙を流していた。
オットである太郎がひとりぼっちの部屋で正座して下を向いて泣いている。
涙はポトポト黒いズボンに水玉模様を作っていたし、鼻水もドボドボ出てて、下を向いているからわからないけど、とても見られた顔ではないと思う。
太郎が悲しんでいるのが悲しかった。
自分がバカなことしたからしょうがないんだけど、なによりも(太郎を悲しませるようなこと)をしてしまったことが悲しかった。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
何度もそうつぶやいたけど、その声さえも太郎には届かない。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
バカなことしてごめんなさい。
でも、ほんと、もう遅いよね。
******************
その日はチエとフミとカナミで飲みに行った。
ボンジョレーヌーボーの解禁日で、カナミの知っているお店でパーティをやることになっていたのだ。
「というわけで、金曜日の夜はいないから」
と言うと太郎はこう言った。
「いいな、遊ぶばっかで」
「そうね、遊んでくれる友達がいるから、わたし幸せだよ」
「ダメだって言ってもどうせ行くつもりだろ? 気をつけて帰ってこいよ」
毎回、遊びに行くたびにわたしたちが繰り返すのはこんな感じの会話だ。
カナミの家に車を置いて、そこから歩いて「うさぎ」っていう名前のお店までみんなで歩く。
わたしはほとんどお酒が飲めない。だけども仲のいい友達と騒ぐのは大好きだ。 カナミの家から歩いて5分ほどの小さな川に面したバーは、暗すぎないシックな造りでなかなかの雰囲気だった。
「ここさ、お料理もおいしいからおすすめなんだよね」ってフミが言った。
木製の床に心地よく靴が鳴るお店は、解禁日ということで満員だったけれど、フミが首尾よく予約してくれてたおかげでわたしたちは一番奥のテーブルにゆったりとくつろいぐことができた。
最初がカルパッチョで、それからサラダと、チーズとフランスパンの盛り合わせ、あとちょっと辛めのソースをつけた魚のフライ。どれもほんとにおいしかった。
乾杯用のグラスワインはひとくち飲んだ。お日様の味のする甘めのワインだった。
だいたいお酒はこれでストップ、とにかくすぐに酔ってしまうのだ、わたしの場合。
独身のフミとカナミの恋の話を聞いて、どちらもうまく行きそうなのになんで最後のとこでうまく行かないかなあとか思っていると、チエが最後の押しが弱いんだよと言い出して、みんなでそれにうなづいた。
「男の押しが弱いって言えばそれまでなんだけど、こっちはこっちで押さないとダメなのよ」
「へえ〜、どういうふうにチエは押したわけ?」
「え〜。具体的にどうってわけじゃないけど、う〜ん」などとチエが言うんでみんなでつついて色々聞きだそうとするけれど、なかなかうまくいかない。
「酒が足りないんだよ、今度はもっと甘くないのをもらおうよ」
フミがそう言ってワインを追加した。
わたしは烏龍茶にしたけれど、みんながおいしいおいしいと言うんでだんだん気になってしまって、チエのワインを一口もらったら、そのおいしいこと!
結局、チエのワインをグラス半分くらいは飲んだんじゃないかと思う。
結局いろんな男のうわさ話とかして、お互いの仕事場の悪口とかも少しして、わたしはこんな友達がいてほんとによかったなあと思った。
結婚してすぐの頃は、太郎がいるあいだくらい家にいないとと思ったけれど、わたしには無理だった。このメンバーの定期的な集まりは、独身の頃から続いていて、次の日にはすっきりといろんなうさが晴れてしまう、そんな集まりがわたしは楽しみで仕方なかったのだ。
カナミは帰る道すがら、大きな声で喋ってかなり酔っぱらっていた。わたしはあまり飲んでないしもちろん正気だったけれど機嫌はよかった。
「もう、泊まっていけばいいじゃ〜ん」とカナミに言われたけれど、車に乗って帰ることにした。
家までは車でも5分、しかもほとんど直線だ。心配するほどの距離ではない。
この前の太郎のボーナスを頭金にして買ったばかりの新しいパープルの車だ。まだちょっと運転には馴れてないけれど、カナミの家を出て大通りに出れば、あとは直線だ。
おっと、信号が赤になる。
ブレーキを踏んだけど、ちょっとブレーキが効くのが遅い気がした。
今になって考えると、ブレーキの効きが悪かったわけではなくて、わたしはあの程度のワインで酔っぱらってしまってたのかもしれない。
青になった。 ここは右折。でも対向車線の車の流れがなかなかとぎれない。
やっと反対側の信号が黄色に変わる頃に急いで右折したけれど、なぜかハンドルまで重たいような気がして、わたしはそのまま歩道の電柱に激突してしまった。
ああ。ヤバイなあ。
車、相当壊れてる。太郎、ぜったい怒るよ。口聞いてくれないだろうな、怒って。
すごく大事にしてたしなあ、新車。
などと運転席でわたしは思っていたけれど、なぜだか動けなくって、眠たくて、少し気持ちいいままで、わたしはそのままふわ〜っと意識がなくなってしまって。
どうやらわたしは、そのまま死んでしまったらしかった。
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2008年10月07日
伊坂幸太郎の備忘録 その4
そろそろ未読のものが少なくなってきた。こうなったらとりあえず全部読みたいと思う。こういうのを中毒っていうんだろうか? とりあえずは発刊された分はこれで全部(だと思う)。
そのあとは新刊が出るのを心待ちにする日々。それはそれで楽しいにちがいない。
グラスホッパー

著者お気に入りの作品とのこと。蝉、鯨、槿(あさがお)という闇の世界で生きる人物たちが登場する。ナイフ使い、自殺屋、押し屋など、人を殺すのを生業とする人物たちの描写が素晴らしい、ノワールな感じである。だましあい、展開、そして劇団などの登場で話がくるくると転がってゆく。
宮部みゆきはミステリーを描いても人物のまっとうさに救われる。
石田衣良の人物たちも芯の通った良心で作品が彩られる。
そして、伊坂幸太郎の主人公には「かろやかな正義」が見えない糸のように通っている。
ミステリーやハードボイルドに必要なのは「心の在る場所」なのかもしれない。
ラストのシーンで、その強さがホテルのバイキングの食のシーンとなって描かれる。
何度か読み返してみたい作品。そのたびに多面体のもうひとつの面が見えてくるのではないか。
陽気なギャングの日常と襲撃

「陽気なギャング」シリーズの面々の日常が描かれ、それがだんだんと事件に絡まってゆく。強盗現場で行われた「誘拐」から事件が広がってゆく。グラスホッパーに登場する「劇団」なども登場。
偶然が物語の中の必然にどんどんと変わってゆく痛快さ。
それが「陽気なギャング」シリーズにある楽しみだ。多重奏の音楽。
終末のフール

あと三年で世界が終わるという想定で描かれた短編集。
世界の終わりを宣言されたパニック、強奪、殺人、自殺、いろんなものがおさまったあとの世界で生きる人々のこと。
たとえば、商品がままならなくともスーパーマーケットを営む人もいて、それが無駄だと思っていてもボクシングのトレーニングをする人もいる。
「期間限定の生なんて何をやっても無駄なんじゃないか」と思う人もいるだろうが「もともと生きるってこと自体が期間限定なんじゃないか?」
そう思わせながらも、それが「無駄ではない」ことを強く感じさせる作品。
自分でよくわかる。こういう物語は、そのときは忘れてしまっても、のちの自分の人生にあとあと深く根付いているものなのだ。
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そのあとは新刊が出るのを心待ちにする日々。それはそれで楽しいにちがいない。
グラスホッパー

著者お気に入りの作品とのこと。蝉、鯨、槿(あさがお)という闇の世界で生きる人物たちが登場する。ナイフ使い、自殺屋、押し屋など、人を殺すのを生業とする人物たちの描写が素晴らしい、ノワールな感じである。だましあい、展開、そして劇団などの登場で話がくるくると転がってゆく。
宮部みゆきはミステリーを描いても人物のまっとうさに救われる。
石田衣良の人物たちも芯の通った良心で作品が彩られる。
そして、伊坂幸太郎の主人公には「かろやかな正義」が見えない糸のように通っている。
ミステリーやハードボイルドに必要なのは「心の在る場所」なのかもしれない。
ラストのシーンで、その強さがホテルのバイキングの食のシーンとなって描かれる。
何度か読み返してみたい作品。そのたびに多面体のもうひとつの面が見えてくるのではないか。
陽気なギャングの日常と襲撃

「陽気なギャング」シリーズの面々の日常が描かれ、それがだんだんと事件に絡まってゆく。強盗現場で行われた「誘拐」から事件が広がってゆく。グラスホッパーに登場する「劇団」なども登場。
偶然が物語の中の必然にどんどんと変わってゆく痛快さ。
それが「陽気なギャング」シリーズにある楽しみだ。多重奏の音楽。
終末のフール

あと三年で世界が終わるという想定で描かれた短編集。
世界の終わりを宣言されたパニック、強奪、殺人、自殺、いろんなものがおさまったあとの世界で生きる人々のこと。
たとえば、商品がままならなくともスーパーマーケットを営む人もいて、それが無駄だと思っていてもボクシングのトレーニングをする人もいる。
「期間限定の生なんて何をやっても無駄なんじゃないか」と思う人もいるだろうが「もともと生きるってこと自体が期間限定なんじゃないか?」
そう思わせながらも、それが「無駄ではない」ことを強く感じさせる作品。
自分でよくわかる。こういう物語は、そのときは忘れてしまっても、のちの自分の人生にあとあと深く根付いているものなのだ。
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