「タピオカ」13 クルミ
ステージからのあたしの視線に気づいたらしく、カヲルは口角を上げて小さく微笑んだ。
連れの男の方はただじっとあたしを見ている。嫌悪するでもなく、値踏みするでもなく、ただ、あたしを、静物のように見ていた。
その視線があたしを残虐にしてゆく。
あたしは、メグミを荒縄で縛りながらその胸をわしづかんでぎゅっとねじる。
予想していなかった行動に、メグミの顔が赤らんだ。困惑を帯びた赤い熱。
加虐も被虐も、ステージも日常も、予定調和なんて何ひとつない。何かが何かに感染して、世界は少しずつカタチを変えてゆく、そういうふうにできている。
いつもより高く、縛った足を高く上げると、薄くまとわれた場所があらわになった。
その場所をあたしは赤いピンヒールのつま先で突き上げていった。
ぐいぐいと。
予定外の痛みにメグミの顔が美しく歪んでゆくのが見える。
カヲルの顔が泣きそうになっていった。
そうだ。カヲルは、そういうのって苦手、SMって痛そうだから、私にはとても無理.....って言ってたんだ。
連れの男の顔は少し顔を赤らめながらこちらを見ている。
この男は今まで自分の指向性と、このように向きあったことがないのだろう。受け入れるべきか受け入れられないままなのか、その境界線のあたりに立っている。
それはもちろんあたしが決めることではない。
感じるっていうのは、あくまでひとりひとりの胸の中の小さな噴火のようなものだからだ。
男の濃いグレーの無地のシャツのあたりを、カヲルがぎゅっと握りしめた。
男はどうしていいか分からず、目の前のビールひとくちで口を湿らせた。
ほら。
赤いエナメルのジンクスだ。
わたしは、熱を帯びてきた男の顔をじっと見据えた。
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2009年04月29日
2009年04月13日
「タピオカ」 12
「タピオカ」12 クルミ
「今日は赤いエナメルのボンデージにしよう」
クルミは鏡に向かって赤茶けた髪の毛をスプレーで逆立てながらそう思った。
今日、あたしは誰か運命の人に出会う。あたしのひそかなジンクスだ。あたしはそういう日は決まって、この赤いボンテージを着ている。
その昔パートナーだった歯科医師から最初に買ってもらったコスチュームだった。
パートナーに施されてお店で試着したが、カラダにぴったりすぎて動きもままならない。ことに腰回りはあまりにもぴちぴちで、ハイレッグのラインがめくりあがり、後ろから見るとお尻の下半分がきれいに見える状態になってしまう。
「恥ずかしいです。お尻がまるみえです」
「いや。それくらいでいい。クルミの尻はいやらしくていい。それが見えなければ何の意味もないんだ」
パートナーはその日、赤い首輪とそれに繋げる鎖も買ってくれた。
慌ただしい引っ越しのすえに、その首輪と鎖はどこにあるか分からなくなった。 だが、ちょっと古びたエナメルのボンデージは今も健在だ。
はじめて雪乃と会った日も、あたしはこの赤いボンデージを着ていた。
あの日雪乃はパートナーと二人であたしの写真を撮ってくれた。
下からヒップラインを強調して撮るアイディアは雪乃が出したものだったけれど、パートナーはそのアングルのよさに歓喜した。
あとは人形のようにだらりを両足を広げて座るポーズ。
「放心したように、顎を上にあげて、唇を半開きにするの」
雪乃がそう、イメージを伝えた。
それから高級ホテルのベッドのシーツを波のように打たせて、その上に仰向けになったり。四つんばいになって尻を高く上げて、それを下から撮ったり。
雪乃の頭にあるイメージはパートナーをすごく喜ばせた。
インターネットのサイトで知り合い、メールのやりとりのすえ、撮影をしたいと雪乃が言ったこと。パートナーがそれを喜び、3人でホテルで撮影に熱中したこと。 絡みの写真は撮らないという約束だったけれど、パートナーの要望でわたしたちは雪乃の前でいつになく激しいセックスに興じてしまったこと。
あの頃のあたしたちは、なにひとつ閉じてなかった。
いろんな指向性の人々が、あたしを見て感じることに今よりも何倍も喜びを感じていた。
そのあと、やはりネットで、同じ街に住むカヲルと出会い、カヲルの恥じらった浴衣姿を雪乃ならどう撮るのだろうか、いつか二人にも会ってほしい......などと妄想したり。
だけども、いつしか状況が変わり、今あたしはこうして知らない街でSMバーのショータイムをやっている。
誰かを恨んだり後悔したりはしない。こうしてなにもかも、水のように流れていくものなのだと思っている。
それでもあたしは気付いた、この世界にいるあたしの方がずっとあたしだってことに。
そのために何かを犠牲にしたつもりなんてない。
ただ、ときどき、ここにいることの心地よさに夢中だった牧歌的な時代を、ふっと懐かしく思い出してしまうだけだ。
ボンデージの衣装はあれから何着も増えていった。
皮素材のものの方が柔らかくカラダに馴染むことも知ったし、黒いものの方が肌の色を際だたせることも知った。編み上げのコルセットはヒップラインを際だたせるのに最適だった。
それでも、これは、あたしの小さなジンクスだ。
今日は「なにか」があたしを待っている。
そういう日にあたしは赤いエナメルを身につける。
一回目のショータイムを知らせるMCが聞こえる。
新人のメグミを荒縄で縛りあげ、彼女の片足を持ち上げて滑車につるし上げてゆく。
そのプレイ自体はじめてのものではなく、あたしはそれを難なくこなすだろう。
それでもあたしは昂ぶってゆく。カラダが熱を帯びたように火照ってゆく。メグミの顔をステージに見つけ、切り刻まれたように心が尖ってむき出しになってゆく。
スポットライトに目が慣れてくると客席が見えてきた。
浴衣を着たカヲルが隣の見知らぬ男性の腕をつかみ、あたしを見つけて何か言っているのが、遠くにはっきりと見えてきた。
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「今日は赤いエナメルのボンデージにしよう」
クルミは鏡に向かって赤茶けた髪の毛をスプレーで逆立てながらそう思った。
今日、あたしは誰か運命の人に出会う。あたしのひそかなジンクスだ。あたしはそういう日は決まって、この赤いボンテージを着ている。
その昔パートナーだった歯科医師から最初に買ってもらったコスチュームだった。
パートナーに施されてお店で試着したが、カラダにぴったりすぎて動きもままならない。ことに腰回りはあまりにもぴちぴちで、ハイレッグのラインがめくりあがり、後ろから見るとお尻の下半分がきれいに見える状態になってしまう。
「恥ずかしいです。お尻がまるみえです」
「いや。それくらいでいい。クルミの尻はいやらしくていい。それが見えなければ何の意味もないんだ」
パートナーはその日、赤い首輪とそれに繋げる鎖も買ってくれた。
慌ただしい引っ越しのすえに、その首輪と鎖はどこにあるか分からなくなった。 だが、ちょっと古びたエナメルのボンデージは今も健在だ。
はじめて雪乃と会った日も、あたしはこの赤いボンデージを着ていた。
あの日雪乃はパートナーと二人であたしの写真を撮ってくれた。
下からヒップラインを強調して撮るアイディアは雪乃が出したものだったけれど、パートナーはそのアングルのよさに歓喜した。
あとは人形のようにだらりを両足を広げて座るポーズ。
「放心したように、顎を上にあげて、唇を半開きにするの」
雪乃がそう、イメージを伝えた。
それから高級ホテルのベッドのシーツを波のように打たせて、その上に仰向けになったり。四つんばいになって尻を高く上げて、それを下から撮ったり。
雪乃の頭にあるイメージはパートナーをすごく喜ばせた。
インターネットのサイトで知り合い、メールのやりとりのすえ、撮影をしたいと雪乃が言ったこと。パートナーがそれを喜び、3人でホテルで撮影に熱中したこと。 絡みの写真は撮らないという約束だったけれど、パートナーの要望でわたしたちは雪乃の前でいつになく激しいセックスに興じてしまったこと。
あの頃のあたしたちは、なにひとつ閉じてなかった。
いろんな指向性の人々が、あたしを見て感じることに今よりも何倍も喜びを感じていた。
そのあと、やはりネットで、同じ街に住むカヲルと出会い、カヲルの恥じらった浴衣姿を雪乃ならどう撮るのだろうか、いつか二人にも会ってほしい......などと妄想したり。
だけども、いつしか状況が変わり、今あたしはこうして知らない街でSMバーのショータイムをやっている。
誰かを恨んだり後悔したりはしない。こうしてなにもかも、水のように流れていくものなのだと思っている。
それでもあたしは気付いた、この世界にいるあたしの方がずっとあたしだってことに。
そのために何かを犠牲にしたつもりなんてない。
ただ、ときどき、ここにいることの心地よさに夢中だった牧歌的な時代を、ふっと懐かしく思い出してしまうだけだ。
ボンデージの衣装はあれから何着も増えていった。
皮素材のものの方が柔らかくカラダに馴染むことも知ったし、黒いものの方が肌の色を際だたせることも知った。編み上げのコルセットはヒップラインを際だたせるのに最適だった。
それでも、これは、あたしの小さなジンクスだ。
今日は「なにか」があたしを待っている。
そういう日にあたしは赤いエナメルを身につける。
一回目のショータイムを知らせるMCが聞こえる。
新人のメグミを荒縄で縛りあげ、彼女の片足を持ち上げて滑車につるし上げてゆく。
そのプレイ自体はじめてのものではなく、あたしはそれを難なくこなすだろう。
それでもあたしは昂ぶってゆく。カラダが熱を帯びたように火照ってゆく。メグミの顔をステージに見つけ、切り刻まれたように心が尖ってむき出しになってゆく。
スポットライトに目が慣れてくると客席が見えてきた。
浴衣を着たカヲルが隣の見知らぬ男性の腕をつかみ、あたしを見つけて何か言っているのが、遠くにはっきりと見えてきた。
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