「タピオカ」15 タロウ
「クルミ〜。おつかれさま〜」
カヲルの声に振り返ると、細面の地味な顔立ちをした女性が革ジャンにジーンズで立っていた。
化粧を落としたせいか、その顔は青白くも見える。けれど、僕はそれでもステージで見たクルミよりかはるかに親近感を感じていた。
「まずは乾杯だよね。再会を祝して、そして、私たちを引き会わせてくれた天国の雪乃にも!」
物静かに喋るカヲルが饒舌になっていたのは、たぶん酒のせいなのだろう。
「乾杯」
クルミは小さな声でそう答えて、僕たちをグラスを鳴らした。
カヲルは僕がクルミを探してくれたのだと言った。ちょっとうわずった声で、それでまた会えたからよかったと言って、それから言葉がだんだんあやふやになっていって...... そしてそのまま「ひどいよね〜。クルミってば、いつのまにかいなくなっちゃって、びっくりしたよ〜」と言いながら、カウンターにうつぶせてしまった。
「バカだよね、カヲルってばお酒に弱いんだよ」クルミが言った。「それに天国の雪乃に乾杯、なんて、不謹慎もいいとこ。ごめんね。いつもはもうちょっと分別のある子なんだけど」
「いいんです。もう雪乃がなくなって三ヶ月もたってるし。そろそろ僕もそう思わなきゃいけない頃だ」
「おくやみにも行けなくて......ていうか、まだ信じられなくて」
「信じられないのは僕も同じですよ。 でも、それでもそれを受け入れなきゃいけない。ほんと、もうそういう時期なんです」
そう言って、モスコーミュールを飲み込む。ちくちくした炭酸の感触が喉を刺激した。
「タロウさんの事、雪乃から聞いたことあった。一回会いにきてくれたとき。ダンナさんは留守番とかさせて大丈夫なの?って言ったら、優しくて、けっこう自由にさせてくれるからありがたいって言ってた」
「ははは、ふつうの男ですよ。僕だって正直、妻がひとりで遊び回るのを快くは思っていなかった。でも、それでも好き勝手に自分のやりたいことをやるのが雪乃なんだ。そっか......優しいって思ってくれてたんだな。だったら、一度でも。面と向かってそう言ってくれればよかったのにな」
鼻の奥のあたりがツンとしてきて、僕は自分が泣きそうになっていることに気付く。
慌てて話題を変えることにした。
「SMって。はじめて見ました。いや、もちろん、週刊誌やDVDでは知ってたけど、実際のショーなんてはじめてで」
「はまりそう?」
僕は正直に考える。僕はショーを楽しめただろうか? 痛みを与えたり、苦痛を受けたり、こういうふうになってみたいって思っただろうか?と。
そうして熟考したのちに、僕はNoという答えを出した。
「みんながSMを好きになるわけがないわ。それってぜんぜんふつーよ」
「雪乃は? 雪乃にはそういうシュミがあったんでしょうか?」
僕は、これを一番クルミに聞きたかったのだと思った。
いたって普通のセックスにしか興味がないと思っていた雪乃。その雪乃が、SMのためにこんなに遠くまでやってきて、そしてクルミと会っていた理由を僕は知りたかったのだ。
今度はクルミが考えた。
そうしてしばらく考えたすえに彼女は、わからない、と答えた。
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2009年05月13日
2009年05月07日
「タピオカ」 14
「タピオカ」14 クルミ
ステージは一日に二回。
だけどもその日の二回目のステージのことをあたしはほとんど記憶していない。
一度目のステージが終わったあとにカヲルの見えるテーブルに行き、短く再会を喜び合い、連れの男を紹介してもらい、それから、事の顛末を知ってしまったからだ。
雪乃が死んだ?
たしかに雪乃との連絡は途絶えていた。
いや、ふらりとこの町に来たばかりに、わたしはほとんどの友人との連絡が途絶えきっている。
それをさみしいと思うことはなかった。
携帯の電話帳にはいつだってアドレスも番号もあったし、時が来て、会いたい人ができればいつだって連絡できるって思っていたからだ。
とりあえず今すぐに居場所なんて知らせなくても、どこにだって友達はいるんだから。
ずっと、そう思っていたのだ。
二回目のステージでは、言葉で男を罵倒しながら、その背中に鞭をふるった。
皮の鞭の力加減をすることが出来ず、思いのほか男が顔をゆがめたので、またもそれを罵倒しながら、涙が流れそうになった。
悲しみはいつも、強い怒りと深いところで繋がっているように思える。
閉店後の待ち合わせに、お店のはす向かいにあるバーを指定した。
だんだんあたしは力がなくなって脱力してゆく。ジーンズに皮のジャンバーを羽織って外に出る頃には、地面にカラダが吸い込まれそうになってしまった。
雪乃。
あたしの携帯には今も雪乃のアドレスがあるのに。
ほんとにあんたはここにいないの?
浴衣姿のカヲルと雪乃の夫は、カウンターのスツールの上で背中を丸めて何かを飲んでいた。
どちらも薄暗い証明の中では茶色く見える液体。
だが微妙な濃淡からいくと、違う種類のカクテルなのだろう。
カヲルが手を挙げて、それから太郎を改めて紹介し、太郎の隣の空いているスツールにわたしを座らせた。
背の高い、少しばかりそげ落ちた頬が精悍な男だ。
「ウォッカを」
これから聞く話を、あたしはウォッカで乗り越えようとしている。
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ステージは一日に二回。
だけどもその日の二回目のステージのことをあたしはほとんど記憶していない。
一度目のステージが終わったあとにカヲルの見えるテーブルに行き、短く再会を喜び合い、連れの男を紹介してもらい、それから、事の顛末を知ってしまったからだ。
雪乃が死んだ?
たしかに雪乃との連絡は途絶えていた。
いや、ふらりとこの町に来たばかりに、わたしはほとんどの友人との連絡が途絶えきっている。
それをさみしいと思うことはなかった。
携帯の電話帳にはいつだってアドレスも番号もあったし、時が来て、会いたい人ができればいつだって連絡できるって思っていたからだ。
とりあえず今すぐに居場所なんて知らせなくても、どこにだって友達はいるんだから。
ずっと、そう思っていたのだ。
二回目のステージでは、言葉で男を罵倒しながら、その背中に鞭をふるった。
皮の鞭の力加減をすることが出来ず、思いのほか男が顔をゆがめたので、またもそれを罵倒しながら、涙が流れそうになった。
悲しみはいつも、強い怒りと深いところで繋がっているように思える。
閉店後の待ち合わせに、お店のはす向かいにあるバーを指定した。
だんだんあたしは力がなくなって脱力してゆく。ジーンズに皮のジャンバーを羽織って外に出る頃には、地面にカラダが吸い込まれそうになってしまった。
雪乃。
あたしの携帯には今も雪乃のアドレスがあるのに。
ほんとにあんたはここにいないの?
浴衣姿のカヲルと雪乃の夫は、カウンターのスツールの上で背中を丸めて何かを飲んでいた。
どちらも薄暗い証明の中では茶色く見える液体。
だが微妙な濃淡からいくと、違う種類のカクテルなのだろう。
カヲルが手を挙げて、それから太郎を改めて紹介し、太郎の隣の空いているスツールにわたしを座らせた。
背の高い、少しばかりそげ落ちた頬が精悍な男だ。
「ウォッカを」
これから聞く話を、あたしはウォッカで乗り越えようとしている。
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