2009年06月30日

「タピオカ」 17

「タピオカ」17 タロウ



「あたしたちにとって、雪乃は申し分のない観察者だったわ。あたしには、彼女自身がカテゴライズされてないものを求めているように見えたの。彼女はこう言ったの。それは、探せばどこかのサイトに書いてあるようなことなのかもしれない。だけど、自分にとってはゼロなんだって。何もないところからクルミの物語を書くことが、ゼロから自分の物語を作ることなんだって。自分だけの物語を作るってすごく楽しいって言ってたわ。
 雪乃を呼んで、3人でホテルにこもってプレイをしたこともあったわ。
 彼女はデジカメを持ってわたしたちのプレイを見てくれた。あたしたちが二人でやっていることをひとつひとつカメラにおさめていくの。ほとんど無言で、デジカメのシャッター音が聞こえる中で、あたしたちはいつものように痛みを検証していくの。ときどき、顔をこっちに向けて、とか、脚を広げて、とか、そのままの格好で窓辺に立って、とか。リクエストしながら、彼女はたくさんの写真を撮ってくれた。 撮られることで、あたしたちは証明されたの。そのあとシャワールームで、あたしたちはがまんできなくなって激しいセックスしたの。さすがにそこまでは写真には撮らなかったけれど。雪乃はシャワールームのドアからそれをじっと見てくれてた。
 そうして、そのあとに雪乃の小説を読んで、あたしたちは気付いたの。
 彼女が撮ったのは、絵ではなくて、言葉に変換できる(なにか)だったんだって。
 あたしたちの物語は、言葉になることによってクリアになってきた。あたしとパートナーは夢中で雪乃の小説を読みふけったわ。そうそう、こんな感じ、そうか、こう思ってたんだ!って。そうしてあたしたちはエスカレートしていった。時間も遠慮も忘れて、新しいプレイのことばかり考えて、1日に何度も携帯でやりとりするようになって、結局、それでバレて自爆してしまったんだけどね」

「雪乃が、悪いことをしてしまった」
 僕は、なんて言っていいかわからずにそう答える。

「とんでもない! わたしが今、こういう職業を選んでいるのも雪乃のおかげ。わたしはそれを後悔したことなんて一度もなくって、むしろ感謝してるくらい。だから、わたしがカヲルを紹介したの。いつかカヲルの物語を書いてほしいって。カヲルは雪乃とメールのやりとりをするようになって、それがすごく楽しいって言ってたわ。言葉で説明するってすごい、雪乃が言葉にしてくれるってすごいって、いつも嬉しそうだった。さっきカヲルが言ってた。カヲルの物語にとりかかることなく雪乃は死んでしまったんだって。残念だけど、残念じゃないこともあるって。出会えたこと。話せたこと。自分にアイデンティティを与えられたこと。今でもそのことに感謝してるって」

 酔って眠っているカヲルの細い指を僕は静かに触ってみる。
 外から見たら自信たっぷりに奇異な格好を楽しんでいるカヲルの、繊細なその指をしみじみとぼくは感じていた。

 「僕はクルミに会えてよかった。 雪乃はへんな小説を書いているわけのわからない妻だったけれど。それでも、誰かにそう言ってもらえてよかった。今更だけど、そんな雪乃を知れて、僕はほんとうによかったと思っている」

 そう言って僕はクルミと固く握手して、それからカヲルの肩をゆすって起こした。
 
 さあ、カヲル、そろそろホテルに帰ろうか。


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posted by noyuki at 10:29| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月13日

「タピオカ」 16

「タピオカ」16 タロウ

 
「ごめん。わからないってのも変よね。言い方を変えると......説明できないってことなのかな?」
 クルミがウォッカを飲み干した。飲みっぷりがいい。
 彼女は白い頬にかかる前髪を指先で払い、それから話を続けた。
「あたしたちは、観察者が欲しかったのかもしれない。あたしたちのプレイを見てくれる人が。それはとてもシンプルな欲求だった」
 ウォッカ、おかわりね、そう言ってまたクルミは話を続けた。彼女はとてつもなく酒が強いらしい。

「あたしのパートナーは痛みに興味を持っていた。 精神的な痛みや物理的な痛み。彼は、歯科医師という職業柄それをコントロールするすべも知っていた。そうして仕事として彼は、自分の感じる痛みの沸点の手前で、すべての痛みを抹殺していったの。
 彼は言ったわ。自分は痛みが沸点に達する前に痛みを抹殺ししてしまう。だからその先を夢想しないではいられないのだと。
 あたしはそれを聞いた時、その痛みを味わってみたいと思った。あたしならそれができると思ったし、あたししかできないような気がした。いや、むしろそれはあたしでなきゃいけない、あたしは真剣にそう思ったの。
 実際に彼が与えたのは物質的な痛みというよりも羞恥だったりもするんだけど、それでも、発端にはいつも、(痛むことへの執着)みたいなものがあったような気がする。
 あたしたちはいろんなことを試したわ。そういうたぐいのお店で、拘束具やバイブレーターを買ってきて。蝋燭を肌に落とす一秒前にどんな恐怖がカラダに走るかも体験した。絶頂を過ぎたあとのバイブレーターが、快感と痛みをどんなふうにミックスさせるかも。そしてその瞬間に手足の自由を奪う拘束具の中で身をよじる感覚がどんなものなのかも。
 パートナーはあたしの痛みをコントロールしながら観察をしていた。ときには言葉でそれがどんな痛みなのか口にさせた。あたしの痛みはいつもパートナーの手中にあった。それを先延ばしすることも爆発させることも、すべてパートナーの意思にゆだねられていた。そうして、その中で強く繋がっていくことが、あたしたちの関係だったの。
 でもね。二人で深いところに行けば行くほど、いろんなことがわからなくなってしまうの。SMの雑誌にもDVDにもいろんな情報があった。それでも、あたしたちは、自分たちが正しい場所にいるのかさえわからなくなってしまうの。
 そりゃ、世間的に言うとそれはSMよね。でも、ひとつひとつの欲求はもっと複雑な心の動きでできあがっている。それをあたしたちは、はっきり説明する言葉を持たなくて。あたしたちは、その欲求がどこに向かっているのかすらわからなくなって、わけのわからない迷路に迷い込んでしまったの。
 そんなとき、BL系のブログを書いている雪乃のことを知った。あたしには、聞いて欲しいことがやまほどあったんだと思う。それで雪乃にメールしたの。そして何度かやりとりするうちに、雪乃があたしたちに興味を持ってくれた。
 あたしは雪乃の書く文章が好きだったし、できれば書いて欲しかったの。
 雪乃の目に映るあたしたちはどうなのか。あたしそれが知りたくてたまらなかった」


 カヲルはすでに意識なく自分の腕をまくらにして眠っている。天然木らしき厚みのあるカウンターの木の柔らかさに、彼はすべてを預けている。

「雪乃は。BL?やおい?ヲタク? ダンナさんの目から見たら一体どうだったの?」
「わからないんだ」 僕は敗北感にまみれてそう答える。「雪乃はそのことに関して、何も話してくれなかった。僕は、雪乃がいなくなってしまうまで、そのことを知らなかったんだ」

「......そうなの」
 クルミは新しく受け取ったウォッカに口をつけた。

  
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posted by noyuki at 15:51| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月10日

「1Q84」とイリアス・オデッセイア

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読み終えたあとに思わず「イリアスとオデッセイア」とつぶやいてみた。
ホメロスの壮大な叙事詩となにが共通するのかわからないし、トロイ戦争についても何も知らないのだけど、歌曲や叙事詩を思わせる作品だと思った。

現代社会は戦争や争いのない社会でもないし、不条理な性的虐待のない社会でもない。
憎むべき対象がカタチを変えて見えづらいだけで、必ず「それ」はあるのだ。
そうして、武器を持っていれば敵に対抗できるわけでもないし、一致団結した良心で「それ」を排除することができるわけでもない。
そういう複雑な「それ」に対抗するための軌跡が、壮大な叙事詩のように描かれているように思えた。

初期の頃の村上春樹の世界では、カップルは汗のにおいひとつしない心地よいセックスをしていた。気分のいいバーでジャズを聴きながら、自分のまわりに起こる悲しい出来事に静かに胸を痛めていた。

作風が変わったとも、メッセージが変わったとも思わない。
描いている世界が壮大なのだと思う。

あらすじを書くのは避けるが、それでも、読後の印象をいくつか覚え書きしておきたいと思う。(ネタバレと呼ばれるたぐいのモノなので、望まない方は読まないでください)

* ある種のテロを含む新興宗教や性的虐待を作者は憎んでいる。憎んでいるからこそ、それがきっちりと描かれている。「それ」を描かないことには、物語が成り立たないからだ。

* 健康的な性欲に関しては、憎んでもいないし否定もしていない。しかし、それも「もっと原始的で自然な愛」に対比するものであることには変わりない。

* それでは「原始的な欲求からあふれる愛」はすべてに対抗できる存在であるのか? そうではないかもしれないけれど、少なくとも、この物語の中では対抗するものであるような気がする。

* 今後の展開にもよるが、青豆と天吾は別の世界で出会うような気がする。

* 青豆には出会うべき人がいる。だから青豆は死んでいない。もっと強い引力が今後きっと起こる。

* タマルは魅力的な人物だ。今後もこの物語に深く関わってくるだろう。だけども彼にはどこか死の影がつきまとっているように思う。

村上春樹の作品は難解で、難解ゆえに謎解きをしたい欲求に駆られる。そうして、多くの未完の作品がそうであるように、今後の展開を予想したくなるのも否めない。

しかしもちろんそれがすべてではない。物語を読んでいるあいだ中、夢中でその世界に浸っていられる幸せをずっと感じていた。
そんな素晴らしい作品にリアルタイムで出会えた事に、やはり言いようのない至福を感じた作品だった。


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posted by noyuki at 22:38| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする