2009年07月28日

「タピオカ」 19

「タピオカ」19 カヲル


 わたしはなにひとつわかってない。
 わたしは自分のことなんてなにひとつわからないのです。

 わたしはたしかにヘンなシュミだったけど、その中には、男性に対する思慕なんてなにひとつなくて、むしろ、男っぽさの残る自分の体つきさえも嫌いなくらいで。
 なのに、はじめて会ったときから、太郎さんはいいなあと思っていた。
 なにがいいのか分からないけれど、適度にしなやかでたくましい腕とか、雪乃のことを思い出すときのちょっとうつむきかげんの感じとか。
 
 ああ、わかるよ、雪乃。あなたがなんで太郎さんを好きでいたのか。それだけは手に取るようにわかるよ。
 タロウさんと話すたびに、わたしは心の中で雪乃にそう語りかけていました。

 まるで静かに立っている一本のまっすぐな木のように、太郎さんは心のブレない人だったのです。悲しみも、何もかも、揺れることなく、静かにその肢体の中にたたえてた。
 その静かな心に、雪乃はきっと、誰よりも安心して何もかもを預けていたに違いない。

 そう思いながら太郎さんを見つめていると、いつのまにかわたしは雪乃になってしまったような気がして、懐かしさと溢れる気持ちで心がいっぱいになってしまうような錯覚に陥ってしまった。
 太郎さんのシャツから覗き見える腕の動きとか。
 そんなものを離したくないと思うようになってしまった。

 クルミを待っている間、ふたりでバーのカウンターにいるときに、別になにを話したわけでもないのに、わたしは確信したのです。

 雪乃になって、この人に抱かれたいと思っている気持ちに。

 今、わたしの背中には太郎さんの両腕がきつく絡まっています。
 しわくちゃになったシーツの海の中にぽっかりと二人だけで浮かんでいます。
 わたしたちは絡まったまま、ホテルのベッドでほのかに震え続けているのです。
 彼がまたカヲルという人間に同じ感情を抱いてくれているなんて、そんな虫のいいことを考えるほど、わたしは脳天気な人間ではありません。
 
 彼が望んでいるのは、悲しみの共有だったり、雪乃の不在の共有だったりして。
 わたしたちは、まったく違うものを抱えながら、こうして一緒にいるだけのこと。

 それでもわたしは、触れられていたかったのです。
 太郎さんが、わたし以上にこのわけのわからない行動にとまどっているのも知っていたけれど。
 それでも、わたしは太郎さんの腕と、とぎれとぎれの息づかいや、太郎さんのとめどもない涙を。
 こんなふうに繋がりながら、感じていたかったのです。

 ごめん。
 わたしは、悲しい気持といっしょに織りなす糸が、太郎さんに絡まってゆくのを求めている。
 それは不在の替わりでも、悲しみに替わるものでもなくって。
 でも、そういうのも全部いっしょで。
 
 雪乃がわたしたちを見ていました。
 ベッドの傍らに座って、ちょっとだけ悲しそうだけど、それでも安堵した顔で笑っていました。 

 今、雪乃は同じことを思いながら、わたしたちの傍らにいる。
 それでも笑いながら、わたしたちの傍らには、雪乃がたしかに座っていたのです。


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posted by noyuki at 22:16| 福岡 ☔| Comment(1) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月06日

「タピオカ」 18

「タピオカ」18 タロウ


 足取りもおぼつかないカヲルを、ホテルの部屋までなんとか歩かせた。
 青ざめた顔をしている。なんだか、こみあげてきそうだ。
 トイレを抱えてしゃがみこんだカヲルの背中をさすった。
 筋肉がごつごつしてなくて、しなやかで柔らかい背中。その感触に錯覚しそうになってしまった。


「バカですよね〜、わたしも。クルミに会えるかと思うと、なんだかすごく嬉しくて。ほとんど飲めないお酒までもおいしく感じてしまって。タロウさん、ほんとにごめんなさい」
 そう、心底後悔したような声でカヲルがビジネスホテルの狭いシャワールームのトイレに座り込んでいる。唾液のような吐瀉物が口元を汚し、僕は濡らしたタオルをカヲルに差し出した。
 カヲルは心底すまなそうな顔をして、その長いまつげを伏せた。

「気にしないで。僕はカヲルに感謝してもしたりないくらなんだから」
 そう言ってカヲルの脇の下を抱えて、ベッドまでまた歩かせた。
 派手な柄の着物の足下がはだけたままの格好で、カヲルがベッドに倒れ込む。むだ毛のひとつもないつるんとした足は天性のものなんだろうか? それとも手入れのたまものか?
 そんなことをぼんやりと考えていると、カヲルはしきりに浴衣の帯のあたりを指で探りはじめる。

「帯が苦しくて、でも、結び目が見つからなくて。タロウさん、見てくださいますか?」
 僕は浴衣なんてわからないし、困ってしまってたけれど、それでもカヲルの指さすあたりを探ってみると、なるほど、結び目のある太めの紐を見つけることができた。
「ごめんなさい、これをほどいてくださいますか?  そうすれば、帯もほどけるんです」
 きつく結ばれた紐。僕はその結び方をどういうふうにすればカヲルが解放されるのかわからなかったけれど、悪戦苦闘するうちになんとかほどくことができた。
「ああ、ありがとうございます」
 そう言ってカヲルが後ろ手で帯を触ってゆくうちに、浴衣の帯はするりとベッドの中を泳ぎだした。
「ああ。 ほんとにありがとう。ずいぶん楽に......」

 カヲルの薄くて透明なくらいに白い胸板があらわれた。
 つるんとした陶器のようなやわらかな胸。
 女性のようなふくらみもない胸に僕の目が一瞬のうちにくぎづけになってしまう。
 そして、目をそらす、けれど、そんな僕の狼狽ぶりはカヲルの目にはどう映っていたんだろうか?

「すみません、ちょっとのあいだでいいから......おねがい」
 そう言って僕の腕の中にカヲルがなだれこんでくる。
 瞬間、火花が飛んだ。
 頭の中に。
 小さな爆発。
 そのとき細い糸が切れた。

 カヲルを強く抱きしめる。
 なにがなんだかわからない。
 わからないままに両腕が震えた。
 震えながら、その腕の中のカヲルが壊れないようにぎゅっと抱きしめて。

  
 気がつくと僕は、カヲルをベッドの上で抱きしめながら、声を殺して泣き続けていた。



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posted by noyuki at 22:11| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タピオカ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする