「タピオカ」22 太郎
新しくて小さな仏壇に手を合わせたカナミに小さなクッキーを差し出すと、その顔がほころんだように見えた。
「ずいぶん遠くまで行ってきたのね、旅行?」
カナミが尋ねる。
観光地の名前入りのクッキーだ。そうか、これを差し出すと説明が省けるわけなんだな、と僕は思う。
「雪乃の友達がSNSにメッセージをくれたんだ。それで、結局会いに行ってしまった」
本当はそれまでのやりとりがいろいろあったんだけど、とりあえず説明は省いてみる。カナミは一体どこまで知っているんだろうか?
「カヲルという男性とクルミという女性。カナミはこの二人のことは知ってる?」
カナミは首をかしげてしばらく考える。
「カヲルというHNの人は、雪乃のSNSで見かけたことがあるような気がする。でも、クルミって名前は覚えがない。雪乃はいろんなページにいろんな知りあいがいたみたいだから、そっちの方じゃないのかな? わたしは、他のページのことはよくは知らないの。とにかく、いろんなところに顔だしてたみたいだし」
「正解」
僕はそう言って、心の中で少しだけ微笑む。
だってさ、雪乃。僕だけが知らなくてカナミが知ってたら、僕は自分だけが仲間はずれにされたみたいで、ちょっと落ち込んでしまうじゃないか。だから、カナミは納得いかなくても、知らなくて正解。きみの「ひみつのシュミ」はほんとにほんとに秘密だったんだな。
「ブログとかよそのページの繋がりで、雪乃が知り合った友達らしいんだ。それで、迷惑だと思いながら、つい、遠出してしまった」
「いろんなことがわかった?」
「わかったこともあれば、わからないことも。でも、僕にとっては新鮮だったよ。インターネットの世界でどこを切り取っても、雪乃はどこまでも嘘のない雪乃だった。そうして、そんな雪乃を好きでいてくれた人がいたことも。ごめん、たいしたことじゃないんだ。ただ、僕の中ではいろんな驚きの繰り返しで。でも、ほんとに、会いに行けてよかったと思っている」
「そう。なんだか安心した。太郎さんが、そう思える人に出会えて、ほんとによかったなあと思うよ、わたし」
上品な白檀の香りが部屋中に充満していく。
僕たちは薄手の半袖姿だが、それでも汗ばむほどではない。
エアコンを入れるほどではない。今年は夏が遅いのかもしれない。
「ねえ、カナミ」僕は最後にひとつだけ疑問に思っていたことをカナミに尋ねようと思った。
「どうして雪乃は僕と結婚したんだろうね? 僕たちは、ケンカもよくしたけれど、そんなに仲の悪い夫婦じゃなかった。でも、僕と雪乃はぜんぜん違う。性格も行動もいろんなシュミも。夫婦であること以外に接点はないんじゃないかと思うくらいに接点と呼べるものがないんだ。振り返ってみて、もっと別の人でもよかったんじゃないかと思うこともあるし。あるいは、そうだったら違う人生だったのかもって......」
「人間は自分にはない遺伝子を本能で求めるものなの。太郎さんは、雪乃が持っていないものを持っていた。そういうものを人間は求めるものなの。同じような人間ばかりで群れてたって、同じように間違えて同じように滅びてしまうかもしれない。だけど、自分と違うアプローチができる人間と一緒にいれば危険回避できることだってある」
カナミがまる暗記したかのようにスラスラとそう答える。
そうして、そう答えたあとに、カナミは目を見開き沈黙する。まるで怒っているような顔だ。
それから、カナミは天井の方を見上げて、こう叫んだ。
「雪乃! いちばん大切なことを、いつもそうやって適当にはぐらかすの、あんたの悪い癖だよ。もう、いいかげんに、そういう言い方やめようよ。昔、わたしに話してくれたじゃない。太郎さんは、自分が持ってないものを持っているところが好きだって。それがすごく羨ましくて、安心するって。あんなふうにはなれないだろうけれど、ときどき、それを真似てみようと思うって、そういうのってちゃんと言わないと伝わらないものなんだよ!」
「ありがとう、十分に伝わったよ」
僕はそう言うので精一杯だった。
白檀のお線香の煙が、ふわりと方向を変えて、僕の耳のうしろあたりをするりと撫でた。
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posted by noyuki at 21:41| 福岡 ☁|
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