2009年11月17日

それはたぶんたいしたことじゃない 3

ミキティース」3

「口に出さないでなんでもこっそりフォローするんだよね」
 幹子の部屋でコーヒーを飲みながらショウタがそう言った。
「部長の書いた文書の変換ミス、会議室が懐疑室だったのをこっそりなおしてたでしょ」
「あれはたまたま気づいたけど、プリントアウトする前だったから」
「会議室のお茶の片づけ。自分が参加してなくてもやってくれてた」
「女子社員がするものと思ってる人たちばかりだもの」
「忍者みたいな先輩だなあって思ってたんだ」
「忍者はひどいと思う」
「そういう人がいるから潤滑になんでもできてるんだなあって感心したんだ」

 それは人を好きになる理由になるのだろうか、と幹子はちらりと思う。

「そういうところに気づくってことは、社員のダメなところをいっぱい知ってるわけでしょ。でも、愚痴は言わない」
「言う機会も相手もいなかっただけ」
「嘘だよ。女子同士で悪口言ってても参加してなかった」
「愚痴のピンスポットがズレてたからよ」

 そこでショウタの両腕が、向かい合った幹子の肩に置かれた。

「じゃあ、今、ここで言って。僕たちはたぶん、おなじ事で苛立って、おなじ事をスルーしてきたような気がするんだ」
 そう言われてもすぐには思いつかない.....と思いながらも、くだんの部長の変換ミスのひどさに辟易してて、それでこっそりチェックするようになったことを告白した。
 ショウタは声をあげて笑った。
「あの人、約束の時間にもよく遅れてるでしょ。それも、ときどき教えてあげてる」
「得意先からよく電話受けてたのよ、まだ来ないって」

 ショウタの腕が、幹子の背中をぎゅっと抱きしめる。
 
「幹子さんはほんといい仕事してたよね。ああ、また幹子さんと仕事したいなあ」

 好きになるきっかけってそういうものでいいのか? 
 そういう理由でキスをして、そういう理由でわたしの胸の白さをたしかめ、そういう理由でわたしの中に入ってきて、そうしてわたしのカラダの中に張られていた一本の線がゆるんでいって、わたしがこらえきれずに声をあげる。
 そういうことでいいのか?

 それはこじつけのようにも思えたけれど、それでもショウタには邪気のない愛情があることだけはわかった。

 たぶん、そういうことに慣れてないんだ。
 これからわたしは慣れていけるだろうか?
 生まれつき持っていないものを、わたしはこの人を真似るようにして、手に入れることができるのだろうか?
 
 幹子は、自分の横でつかのま寝息を立てるショウタの顔を見つめながらそんなことを考えていた。

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posted by noyuki at 15:54| 福岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | それはたぶんたいしたことじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

それはたぶんたいしたことじゃない 2

「ミキティース」2

 ショウタは以前は同じ会社の同じ部署にいたけれど、つきあうようになったのは、家業を継ぐために退職してからだった。

 地元の不動産会社だという。新卒で数年間社会勉強のカタチで幹子の会社に入社したが、社長が引き受けた縁故採用だったらしい。

 ふつうの若者。髪は染めてないものの、きちんとしたサロンでカットして、服の趣味もこぎれい。背がひょろりと高いことをのぞけば目立つところもなかった。
 ふつうに宴会の幹事をまかされたり、取引先で失敗して怒鳴られたりもしていた。
 そつなくなんでもこなすタイプではなかった。ポカも多かった。
 それでもまわりに可愛がられていたのは、その人柄の良さゆえだと思う。

 辞めることになったときに、送別会を開くことになり、その幹事は順番制で幹子が引き受けた。
 オレンジのガーベラをベースにして、黄色や赤色の明るい色の混じった花束を作ってもらう。
 いつもまわりを元気にしてくれる「すこやかな」印象に対するお礼のつもりだったのだ。

 送別会の二次会が終わり、電車の時間を気にしながら足早に帰っていると、ショウタが追っかけてきた。
「花束の色が嬉しかった。つきあってくださいっ」
 一期下の職場の男性を恋愛の対象と見たことなんてなかったので、いきなりの攻撃に幹子は驚く。
「あ、ごめん、花束がなんて言ったらびっくりしますよね。えっとー、そうじゃなくて、前から先輩の心遣いがいいなあっていつも思ってて、でも、会社辞めたら、もう連絡もできないのさみしいし。メル友から、はじめてもらったら嬉しいな、って思って......」

 勢いで言おうと思ってたことが、だんだん尻すぼみになっていく。その様子がおかしくて吹き出してしまった。

 メールはいつか電話になり、外で会ったり、幹子の部屋で会うようになるのに、それほどの時間はかからなかった。
 
 それでも幹子は、特定の男性と懇意になることの意味がよくわからなかった。どういうことを話せばいいのか、どういうことをすればいいのか、なにもかもがピンとこない。
 聞かれるままに職場の近況を話したり、愚痴を言ったり、その会話すらも手探りだったように思う。

 ただ、いっしょにいるだけで楽しい、というのは、人を愛する感情が、ごく自然に身に付いている人が感じることなのだ、たぶん。


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posted by noyuki at 11:10| 福岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | それはたぶんたいしたことじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月04日

それはたぶんたいしたことじゃない 1

「ミキティース」1

「それは、多分たいしたことじゃないんだ」というのがショウタの口癖だった。
 仕事で女同士の中傷に巻き込まれたり、下着泥棒を警察に届けたばかりにマンションの管理人に興味本位の質問をされた時、幹子はずいぶんその言葉に救われたものだ。

「嫌なことって、普通に生活してるだけでやまほど起きるものなんだ。でも、そんなときに僕はいつもこう思うことにしてる。それは、たぶんたいしたことなんじゃないって。だってさ。そんなことがあったって、夜には好きな本を読んだりごはんを食べたり、幹子とこうして電話で話したりしてるだろ? そういうことができるのが大切なことで、あとはそんなにたいしたことじゃないんだ。たいしたことじゃないことは、いつか心の中から消えさってゆく。自然に消えていくのを待っていればいいんだよ」
 
 そんなショウタと別れた。
 幹子は夜ごとにその言葉をつぶやくようになった。
「これは多分、わたしにとって、全然たいしたことじゃない」
 一日に何回も、呪文のようにつぶやいた。つぶやくごとに、ショウタの顔やそれを言うときの癖のあるイントネーションを思い出した。大声をあげて泣きたくもなった。

「それでも、たいしたことじゃないことは、いつか心の中から消えさってゆくんだ」
 ショウタは確かにそう言った。だからこのこともまた、いつか消え去っていくのだろう。
 消え去ってほしいのかどうかは、自分でもわからないのだけど。


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posted by noyuki at 13:24| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | それはたぶんたいしたことじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする