2010年01月20日

それはたぶんたいしたことじゃない 5

「ミキティース」5

 
 あれから8年がたって、幹子は今もあの頃のままの2DKに部屋に住んでいる。
 仕事は一度変わった。
 同じようなオフィスワークだけど、運がいいのか転職した先はけっこういい会社で、待遇はよくなり、ストレスは軽減された。
 
 職場の同年代の女性と気が合うようになり、帰りにエスニックのレストランに入ったり、ときには休日に車で郊外の観光地までドライブする機会もできた。
 同年代の独身女性はあまりいないので、グループになる必要なんてない。気に入った個人同士でつきあえるようになった分、気が楽になったのだろう。

「それで、今までに一度も男の人とつきあったことないの?」
 今夜、ふたりで飲みに行った会社帰りのバーで、お酒で饒舌になった同僚からそう尋ねられた。それで久しぶりにショウタのことを思い出した。誰にも話せなかったその頃のことを手短かに話した。

 
「そうなんだ。そういうのって、ほんとに好きじゃなかったのかもね」
 彼女がそう言うのであいまいに頷いた。けれど、違う、わからなかっただけで、ほんとは好きだったのかもしれないと、そのときちらりと思った。

 その日は口当たりのいいワインのおかげで倒れこむように眠れた。なのに夜中にぱちりと目覚めてしまい、今、幹子はそのことについて、ベッドの上でぼんやりと考えているのだ。
 週末は長い。考える時間はどれだけだってある。

 いつしか幹子は小学校にはいる前の引っ越し前夜のことを思い出していた。 
「新しいマンションから、新しい小学校に通うようになるの。新しいおとうさんと一緒にみんなで楽しく暮らしていくのよ」
 ものごころついたときに母は離婚していたから、お父さんというのがどういうものなのかぴんとこなかったけれど、いつもケーキを買ってきては楽しく遊んでくれるこの人が一緒に住んでくれると思うと、きっと楽しいにちがいないと幹子の心は華やいだ。
 実際に楽しかったのかもしれない。
 ぎくしゃく遠慮していたのは自分の方だ。
 しばらくすると、母親を二人っきりで寄りそうように生きていた頃を懐かしく思うようになってきた。
 思春期に、着替えも洗濯も不必要なくらいに神経質になったのは自分の方だ。
 そんな空気を感じながらも、気持ちのやさしい父親は遠慮がちにやさしく接してくれた。誕生日には、趣味の合わない高価なダッフルコートを選んでくれた。
「こういうのはあまり好きじゃないの」と言えなかったのは自分の方だ。

 今は離れて暮らしているせいで父母とも穏やかな関係を続けていられる。父親は優しくて今でも遠慮がちだ。おだやかで人のいい父親。帰省するたびに「なにかの足しにするといい」と小遣いをくれる。
 
 このまま、この部屋でずっとこうしていられたらいいのにと思う。
 誰も、わたしを「新しい場所へ」なんて連れていって欲しくない。
 ほかの幸せがあるのかもしれないけれど、こうやって、夜中に降り始めた雨の音をひとりで聞いている時間の方が自分はたぶん好きなのだ。

 いつかは、そうじゃない環境にとびこむことだってできるのだろうか?
 できるときがくるのなら、そうしたっていいと思う。
 その時がくれば、それはきっとたいしたことじゃないのだと自分に言い聞かせよう。
 この言葉はとても好きだ。ショウタが残してくれた一番幸せな言葉だ。

 すっかり目が覚めてしまった。
 いいや。起き上がろう。
 そうしてこれからミキティースになろう。


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posted by noyuki at 21:40| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | それはたぶんたいしたことじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月18日

それはたぶんたいしたことじゃない 4

「ミキティース」4

 自宅暮らしのショウタは週末にはよく部屋にやってきたし、待ち合わせてレストランに行ったり、近くの居酒屋で夕飯を食べる回数も増えた。
 金曜日の夜に終電で帰ることもなく朝までショウタがいたり、化粧もしないで近所にふたりでできたてのフランスパンを買いにいったりもした。
 
「一緒に暮らしたいんだ」ある日ショウタがそう言った。
「ここに?」
「いや。マンションを買おうかと思って。中古だけど、すごくいいのを仕事先で見つけた。幹子と結婚して、そこで暮らしたいって部屋を見たとたんに思った。南向きの7階で白木のフローリングのリビングで、そこからの眺めがすごく幸せそうだった。だから、ああ、この場所に幹子といっしょにいれたらいいなあと思ったんだ。幹子さん、僕と結婚してください」

 この日当たりの悪い7,5畳の部屋ぜんたいに太陽の光が降り注いだような気がした。もし、外を歩いていたのなら、嬉しさのあまり車道まで一気に走り出してしまうに違いない。坂道だったら、くるくるとボールになって坂を転げまわってゆけるだろう。そうして軽くなったカラダは、空までロケットみたいに飛んでいけるかもしれない。
 それくらいに、心臓がバクバクと音をたててダンスした。

 なのに、次に幹子の心の中に浮かんだのは、喜びのあまりに車道に飛び出した自分が、大型トラックに轢かれて即死してしまう光景だった。

 なぜ?

 けっきょく幹子は返事を引き伸ばした末に、メールで申し出を断り、もう会わないでいたいと書いた。
 理由もないメールにショウタは怒ったけれど、携帯を着信拒否にしてしまった。
 夜中に部屋をノックする音が何度かしたけれど、そんな夜は静かに照明をオフにした。

 なぜ?

 他人の心の中なんて絶対にわからない。
 自分の一番深いもののことを言葉にできないから。
 言葉にできない、ただのあいまいなモノを説明することなんてできないからだ。

 たぶん。

 
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posted by noyuki at 13:11| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | それはたぶんたいしたことじゃない | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

伊坂幸太郎の備忘録6 「SOSの猿」中央公論新社

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読売新聞の連載小説だったらしい。その頃から「難解な小説」という前評判だったけれど、なるほど、こまぎれに読むと複雑だろうと思う。
もちろん、一気に読み進めても、主人公が変わったり、時系列が戻ったりと複雑な所が多いのだが、それでも物語のピースがすこしずつ繋がっていくのがとても楽しい。

いろんな主人公のいくつかの物語が並行するが、わたし自身にとってこれは「救急車のサイレンを聞くと、どこかで誰かが、痛い痛い、って泣いていると思ってしまう人」のための物語のように思えた。

主人公のひとりである二郎くん(悪魔祓いの仕事をしている)は、まさにそんな人だ。
そして、ヒキコモリの眞人も、もしかしたらそういうタイプの人間なのかもしれない。
二郎くんが眞人に関わり、そしてその他にもいろんな主人公が別の物語を演じている。

「誰かが困っている、ならば助けてあげたい」
そう思う気持ちがあるとしても、ある人はそれを偽善と思うかもしれないし、誰かが困ることで誰かが助かることだってある。一見困っているように見えてもうまく行くことがあるのかもしれない。

物語の力、因果関係、そういう言葉で、「助けたいと思うシンプルな心」を沈めたり、深くしたりするのだが、それは「助けたいと思う心が不遜なものである」ことへのジレンマのように思える。

それでも、追求して、物語が進むうちに、救われる人もいるのだ。
そういう物語に自分自身がとても救われてゆく。

告白すると、伊坂幸太郎の作品の中で、二郎くんは一番シンパシーを感じる主人公だ。
誤解をおそれずに言うならば、わたし自身が「誰か困っている人を助けたい」と思う不遜な人間だからだ。
不遜さだけで世の中をわたっていけないことも、そこにある種の偽善が含まれていることも知っている。
二郎くんはもっとクリアに痛切にそのことを知っている。
この物語はそのことに自問し、ひとつの物語として完結している。

それが物語の力だ、読み終えたあとに、痛切にそう思った。
あと何度か読み返してみたい作品。

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posted by noyuki at 21:43| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

先生からの手紙

高校時代の恩師から年賀状が届いた。
去年は年賀状の返信もなかったので気にかかっていたのだった。

ご無沙汰していますがお元気ですか?
創作はしていますか?
わたしは地元の文化会を辞めてしまったので、住所がすっかりわからなくなってしまってました。
ちゃんと書いていますか?
わたしは一生懸命創作しています。

油絵の個展を手伝いに行ってから、年賀状のやりとりをするようになった。
私自身の活字になった本をプレゼントしたらとても喜んでくれて、それ以来、創作について話をしてくださるようになった。
時間の作り方とか、作品との向き合い方とか、そういう話だ。
自ら恩師という枠を取り外して、「創作仲間」という立場で、いろんなことを話してくれてたように思う。

町でばったり会うことも最近ではなくなっていて、もしかしたら、という悪い予感もしていたので、万年筆の走り書きの文章がとても嬉しかった。
数年前までは、自作の油絵を印刷した立派なお年賀だったのだけれど。

先生、お元気そうでなによりです。
どんなときでも、書くことは、ずっとわたしの支えになってくれています。
先生も、これからも素晴らしいものを描き続けてください。

あれから何度も先生の文章を読み返している。
短い文章の中で、わたしが書いているのかというくだりが二回も出てくる。
それはおそらく、「継続すること」のむつかしさを身にしみてご存知だからなのだろう。

今年も一年間。恩師の問いかけに嘘をつかずに答えられる自分でいたい。
年頭にあたってそう思った。

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posted by noyuki at 22:02| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする