
川越のサッカー少年が「高二時代」の懸賞小説で一位になり、それがきっかけで、サラリーマンを辞めて小説家となる。
その小説家の16歳の処女作から53歳の作品までが一冊の本に収められた、時代を経た短編集。
どれも、その時代のその作家にしか描けない作品であり、題材もいろいろで読み応えのある作品。
冒頭の「ひらひら」は会社を辞めた翌日からはじまる短編。
主人公が「あなた」という名称で語られるが、この「あなた」の一日が最初さわやかで、少しとまどっていて、とまどいからいろんな場面に転がっていく様がとてもいい。
新しいセカイが広がるときの清々しさ。一歩を踏み出すことによって物語が嵐のように押し寄せてくる感触。
そういうふうにして物語ははじまる。
リアルに「小説というものがどういうふうにはじまってゆくのか」の原点が描かれているようで、この作品はわたしの大好きな一編だ。
そして文庫になってからの収録となった「泣くかもしれない」。
大ヒット作「夜の果てまで」の題材となった作品。(もう一編、「舞い降りて重なる木の葉」も、「夜の果てまで」の題材となっているのだが、残念ながらこちらは未収録)
「夜の果てまで」を読んだ読者には、サイドストーリーとしてもとても楽しめる。
というか、あの作品の登場人物たちはこういうふうにして、(事件)を受け入れていったのかと、とても物語が深くなっていく感じ。
なかでも76ページの正太のセリフには思わず涙がこぼれそうになった。
「夜の果てまで」の読者にはぜひ読んでほしい一冊。
そのほか、官能小説の色合いをおびた「我々の美しい妻」など、読み応え充分の短編7作品。
年月を経て題材は変わり、そして幅広く深くなってゆく。
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