2011年07月26日

なるだけ短めの物語 1

1・野良猫

あの日のあとから、あの子がいなくなったような気がする。
あの子は、いつもわたしの見えるところにいるわけじゃないんだけど、ふっと家の前の道を見てみると、そこが最初からの居場所であるかのようにちょこんと道路のすみっこに座っていた。
お互いの気分がうまく合う日には、やわらかい指のはらを触らせてくれたり。
気分が合わない日にはちょっと手を差し伸べただけで、遠くをめがけてかけだしていったり。
それでも同じ町に住んでいて、おたがいが「ここにいる」ことを知っていたし、特に言葉を交わさなくても、あたしたちは、かなりお互いをよく知っている知り合い同士だったと思っていた。

なのにあの子はいなくなってしまった。

いつからそうなのか、ずっと気づいてなかったけれど、いつのまにかあの子は、わたしの目の見える場所に姿をあらわすことがなくなっていた。

いや。
正確に言うと、わたしには「あの子」が見えなくなってしまったのだ。

何度か夕暮れの路地を探してみたけれど無駄だった。
夕日はあいかわらずの夕日だったし、夏らしく遠雷の続く夜もあったし、隣のおばさんは時間どおりに帰ってこない飼猫の名前をいつものように呼んでいたけれど、あの子は見えない子になって、最初からそこにいないかのように毎日はすぎていった。

あの子の残像を描いていこうと思った。

わたしは不思議なほどにあの子の記憶が薄れてしまっていて、いつのまにか、あの子の記憶が最初から何もないみたいに自分が生きていけるんじゃないかと思って、それがすごく不安になったりもしたから。

だから、残像を描いてこうと思ったのだ。
すごくあいまいな残像のデッサン。

いなくなってから、すごくよくわかる。
わたしはあの子のことを「物語」と呼んでいて、すごく愛していたのだ。

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posted by noyuki at 22:12| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | なるだけ短めの物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月19日

嘘をつくろう

震災からしばらくのあいだ、なんだか祈るような気持ちで小さい文章をけっこう書いた。
祈りたかったんだと思う。
「祈ること」は、言葉を創ることとどこか繋がっていた。

それから、原発のこととかいろいろ出てきて、今度はわたしは「ほんとうのこと」を探した。
「ほんとうのこと」は「事実」とは繋がっていて、いまだにそういうものを追い続けているのだけど、ほんとうのことはわたしの言葉と少し繋がっていた。

だんだん嘘が恋しくなってきた。
「嘘をつくること」はわたしにとっては「物語をつくる」ことだ。
物語は、本当でもいいし嘘でもよくって、実生活とは別の自由がある。
そういったものが恋しくなってきて、いくつか「嘘」をつくろうとしてきたけれど、どれもうまく行かなくって、いろいろ消した。

本当の中にずっといるのは、けっこう不自由な感じ。
嘘の方が自由だったりもする。
だけど、じょうずに嘘をつけなくなってしまっていた。

しょうがないなあ。

途中までアップしてたものを消したりして、また書きなおしてみようかなと思っていて、少しブログのコンテンツがごたごたするかもしれませんが、よろしくおつきあいください。

少しずつ、わたしは「自由な嘘」の中に戻っていきたいと思っています。

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posted by noyuki at 21:19| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

「身も心も」盛田隆二 光文社 「テーマ競作小説 死様」




恋をしたい。
ずっと先まで年齢を重ねたときに、こんなふうに誰かのために生きたいと思うような恋をしたいと思った。

もっともそんなに悠長な話ではなくて、満身創痍で、いつ明日がなくなるやもしれない「カウントダウン」状態で、(このまま会えなくなってしまうのではないのか)と不幸な結果が頭をよぎる場面もあるわけなので、この感想は全く悠長としか言いようがないのだけど、それでも読後に、「こんなふうに恋をしたい」と思えるような小説だった。

礼二郎75才。幸子64才。
妻をなくした男と複雑な人生を送った女が、絵画教室がきっかけで出会う。
過去を後悔することも多い。若いカップルのような未来があるわけでもなく、あの頃に支配されていた獣のような衝動があるわけでもない。
それでも、しがらみも何もない恋は中学生のように純粋で、そうか、「恋」というものは、静かにまっすぐに見つめていくとこんな姿をしているのだな、と思えてくる。
なんだかうらやましくなってしまった。

物語は本当も嘘も仮定形の未来も見せてくれる。
だから、わたし自身がこういう未来にたどり着けるかどうかは、まったく定かではないのだけど。
加齢は悪いことではないし、むしろ、その年にならないとわからないこともあるのだから「楽しみに待っていなさい」と言ってくれているように思える。

直面する数々の現実がとても克明に、そして時には悲惨に痛々しく描かれているのだけど、そのリアルな描写の世界を超えて、「恋をするときのやさしい気持ち」がしみじみと感じられるような小説だった。


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posted by noyuki at 21:38| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする