あの日のあとから、あの子がいなくなったような気がする。
あの子は、いつもわたしの見えるところにいるわけじゃないんだけど、ふっと家の前の道を見てみると、そこが最初からの居場所であるかのようにちょこんと道路のすみっこに座っていた。
お互いの気分がうまく合う日には、やわらかい指のはらを触らせてくれたり。
気分が合わない日にはちょっと手を差し伸べただけで、遠くをめがけてかけだしていったり。
それでも同じ町に住んでいて、おたがいが「ここにいる」ことを知っていたし、特に言葉を交わさなくても、あたしたちは、かなりお互いをよく知っている知り合い同士だったと思っていた。
なのにあの子はいなくなってしまった。
いつからそうなのか、ずっと気づいてなかったけれど、いつのまにかあの子は、わたしの目の見える場所に姿をあらわすことがなくなっていた。
いや。
正確に言うと、わたしには「あの子」が見えなくなってしまったのだ。
何度か夕暮れの路地を探してみたけれど無駄だった。
夕日はあいかわらずの夕日だったし、夏らしく遠雷の続く夜もあったし、隣のおばさんは時間どおりに帰ってこない飼猫の名前をいつものように呼んでいたけれど、あの子は見えない子になって、最初からそこにいないかのように毎日はすぎていった。
あの子の残像を描いていこうと思った。
わたしは不思議なほどにあの子の記憶が薄れてしまっていて、いつのまにか、あの子の記憶が最初から何もないみたいに自分が生きていけるんじゃないかと思って、それがすごく不安になったりもしたから。
だから、残像を描いてこうと思ったのだ。
すごくあいまいな残像のデッサン。
いなくなってから、すごくよくわかる。
わたしはあの子のことを「物語」と呼んでいて、すごく愛していたのだ。
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