2011年09月15日

雲の切れ間のダイヤモンド

インターネットに出会うまでは孤独だった。
自分を理解してくれる人なんていない、ずっとそう思っていた。
夫の転勤を機に引っ越してきた町には友達もいなくて、接続時間が長くなりすぎないように用心しながらパソコンをつけるのが唯一の楽しみだった。

少しずつ世界が広がっていって、ああ、広い世界の中にはわたしと似たような人がいるのだなと初めて思えたときのときめきを今も覚えている。
似ている人も似てない人もいて、まったく違う感性が魅力的である人もそこにはいた。

友達がほしい、とはじめて思った。
出会えた人を大事にしよう、とはじめて思った。
やみくもに数を増やすことはない、ゆっくりと、少しだけ貪欲に、同心円状に広がる友達という輪を、大事に心の内に抱きしめた。

その喜びのひとつひとつや、誤解の涙や、サプライズの数々を、振り返って語るほどわたしはまだ年老いてはいない。
今はまだその途上にいて、わたしはまだ、新しい出会いを求めている最中だ。

ところがある日唐突に気づいた。
出会いの数だけ別れがあるのなら、わたしはたくさんの人に出会えた分、たくさんの人に別れないといけないのだと。

そして別れもまた唐突にやってきた。

毎朝、タイムラインの途中に名前を見つけるFさんが自転車の事故でなくなった。
トレーニング中の心拍数のグラフをネットにアップする彼とはよく心拍数について話した。
最高時に160までアップする鋼の心臓のグラフをもう見る事はできない。

そして今日、ATさんの訃報を耳にする。
腹痛で病院にかけこんで、膵臓がんの手術、退院したものの術後の経過も思わしくなく、日記の更新が滞ってからしばらくしてからの訃報だった。

メールアドレスをたよりにお姉様がお知らせくださった訃報を、友人の日記で知った。
メールや掲示板にてそのことを知らせるのがとてもつらかった。

わたしたちはみな、バーチャルというとても微妙な位置で繋がっている。
だけどバーチャルという世界の向こう側にはリアルがあって、まるで朝のホームで同じ駅の同じ場所に並ぶようにして「おはよう」と言ったり、ときには「今日はさんざんだったよ」「どんまい、元気出してね」なんて言葉をかわすのだ。

この前までの書き込みもこのままなのに、アイコンも消えてないのに、そうか、君はもうここにはいないんだね。

あれからずっと月が明るい。

出会いの数と同じだけ別れがあって、これからもいろいろな人と別れなければならなかったとしても、わたしは出会えない不自由を選びはしないだろう。
いつ、どんなカタチで別れが来るとしても、出会えてよかったと思うだろう。

ATさんの好きだったキヨシローさんの歌のフレーズを、空を見ながら口ずさんだ。

「ああ、雲の切れ間にちりばめたダイヤモンド」

みんなそうだ。
出会えた友達はみんな、雲の切れ間に輝く無数のダイヤモンド。
出会えてくれて、ありがとう。



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posted by noyuki at 22:15| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする