2011年12月30日

私的読書ベストテン 2011

大変な一年だった。しばらく本が読めなかった(気持ちの問題で)。
そして、たしかにいい作品だったのに一年を通して振り返ると、それほど心に残っていない本もあった(これも気持ちの問題です)。
人間は現実が大変なときは本も読めなくなるのかもしれない。
物語の世界に戻るまでとても時間がかかった。
新しい作家の方との出会いが少なかった。
同じ本を2度も3度も繰り返し読むことがなぜか多かった。
そんな2011年だったけれど、それでも振り返ってみると、こんなにたくさんの出会いがありました。

10 「くちびるに歌を」中田永一
五島列島の合唱部の話。どす黒いところがなくて、こまやかな部分も見られて楽しかったです。

9 「仏果を得ず」文庫 三浦しをん
三浦しをんさんをたくさん読んだ一年だったが、文楽を描いたこの作品には新しい出会いがありました。求道のヨロコビというものが溢れている作品だと思います。

8「スローハイツの神様」辻村深月
辻村深月さんにはじめて出会う。セリフがキレがよく心地よかった。また何か読んでみようと思っているがまだ叶っていません。

7 「焼け跡のハイヒール」盛田隆二
いや、「きみがつらいのは、まだあきらめてないから」を入れるべきだろうと思ったけれど、とてもこの作品が好きだったので、ムック本(大人婚)に掲載の分だけど、あえてこちらを。主人公の強い生き方が物語全体をひっぱっていて、とても嬉しくなった物語。そして泣きました。本になるのを楽しみにしています。

6 「困っている人」大野更紗
友人の中で大ブームになった本。闘病ものであるけれど、楽しく、そして、人を想う気持ちの強さが物語をひっぱって行く様子に感動しました。彼女の人生に幸多かれと祈ります。

5 「偉大なるしゅららぼん」万城目学
相変わらずの壮大なほら話。そして、情景のひとつひとつが目にうかぶ細やかな描写が楽しかったです。まったくテンションが落ちてないのがすごいと思います。

4「事の次第」文庫版 佐藤正午
単行本「バニシングポイント」でかなり前に読んでいる。しかし、昨今の佐藤正午さんの作品に通じるものがあって、今回読み返してみて、その手法のすごさに改めて感心させられた。クールな文章がほんっっとカッコイイ作品でした。

3 「モダンタイムス」文庫版 伊坂幸太郎
今回上下巻の文庫。しかも、文庫化にあたって、こんなに結末が変わっていたのが驚きだった。現代には現代にそぐう作品がある。そういうものを完成させるためにこれだけの加筆修正は賞賛したい。ハードカバーのストリーも文庫のストリーも、選べないほどどちらも好きでした。

2 「身も心も」 盛田隆二
高齢者の恋愛にドキドキさせられた。純粋な美しい気持ちが浮かび上がり、好きな人のために生き延びたいという欲求に、生きることの意味を考えさせられた。とてもいい作品です。梶芽衣子さんで映画化、というのがほんとに実現したらいいなと思っています。

1 「舟を編む」 三浦しをん 光文社
この本に出会えて(幸せだった感)が一番だった作品。辞書を作る、という目標のために集う人の人生が長いスパンで描かれている。どの人も、実現させたいもののためにキラキラしている。「職業もの」というわけでもなく、その職業に関わる人の「深さと真摯さ」がすごく克明かつ楽しく描かれていた。
読んで幸せになれる本、という点で2011年に出会えた最高の本でした。



おまけ。「3月のライオン」「テルマエ・ロマエ」「ヒストリエ」など、コミックの新刊に楽しい作品の多い年でした。小説では「きらら」に連載中の佐藤正午さんの「鳩の撃退法」がどうなるかわくわくどきどき。
これらは未完の作品ですが、今年読んだ中で幸せだった本としてぜひ、名前をあげておきたいと思いました。

今年1年出会えた本に感謝をこめて。そして来年出会える本を心待ちにして。
今年1年を締めくくります。
来年もまたよろしくお願いします。

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posted by noyuki at 22:16| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月28日

なるだけ短めの物語 4

一期一会


結局あたしはライ麦畑の番人をやめた。
そもそもパートタイムの番人だったわけだし、一生ライ麦畑の番人をやるつもりなんてなかった。でも思い返してみると、けっこう楽しんでいたように思う。
日本の狭い社会にありがちな職場のトラブルに疲弊してして、心病んで、あたしはここを離れる。
楽しかったのにな、と心の中でつぶやいてみる、戻れる自信なんてまったくないから、楽しかったなんて言っちゃいけないんだけど。

あの日、りょうちゃんと二人で砂浜で歌った日のことを、あたしは今でもよく思い出した。
太陽のまわりがまぶしいくらいの金色で、波もまた金色にキラキラしていた。
あたしたちは無人島でふたりきりで、次の船が来るのをすごーく心静かに待った。

「ゆうこさん、かわいっ!」
そう言いながら、りょうちゃんが膝をつついてくる。「りょうちゃんもかわいっ!」そう言ってあたしも膝をつつき返す。
大きな音が苦手で、先の予測ができないのが苦手なあたしたちだったが、次の船を静かに待つことはまったく苦痛じゃなくって、なぜだかとても幸せな気分に満ち溢れていた。
船は必ずやってくる、そしてこの場所にはかぎりなく静かにゆっくりとした風が吹いていた。

遠くから小さなエンジン音が聞こえて、それがだんだんおおきくなってきて、ひとりの女性がまず降りてきた。
「りょうさん?」
「はいっ」
「待たせてしまってごめんなさいね、さみしかったでしょ?」
「はいっ」そう答えながら、りょうちゃんはとてもニコニコしていた。

同じスーツを着てるからたぶん同じ旅行社の人だろう。年配で、短めのタイトスカートがピチピチな田原さんという女性は、うっすら汗をかいてるのにアイラインはまったくにじんでいない。
「嵐が好きなの?」田原さんはりょうちゃんが腕にしている嵐のリストバンドを見つけてたずねた。「嵐はわたしも好き。りょうちゃんは誰が好き?」
「にのくん」
「そう、わたしは松潤が大好きなのよ!」

それから次々に降りてきた初老の女性や男性がりょうちゃんのまわりを取り囲んだ。腰が曲がった分だけ小柄に見える、笑ったカタチのままに皺が刻まれていったような人ばかりだった。
「まあ、こんなかわいいお嬢さんを、置いてったのね。こわくなかった?」
「かわいいねえ。ウチのひ孫よりかちょっとおねえさんなのかねえ」
「暑くなかったかい?」
みんながりょうちゃんの手を握ったり肩を叩いたりしながら、取り囲む。
またパニックにならないかとどぎまぎしたけれど、りょうちゃんはあたしの心配をよそにニコニコしていた。
近隣の町の老人会の団体の方で、これからみんなでホテルに行って一泊するらしい。
「わたしたちといっしょに船に乗るけんね、ぜんぜんこわくないよ。船からバスに乗ったら、すぐにホテルたい」
30人ほどの団体は、ちょっとおざなりにまわりを散歩したりしながら、喉かわいてない?ってりょうちゃんにペットボトルの水をくれたりしている。なにしろかわいくて仕方ないって感じだった。
りょうちゃんはずっとニコニコしてた。初対面の人は苦手なはずなのに。

時間がくるとりょうちゃんは、団体の中の比較的がっしりした男性の背中におんぶされて船に乗った。
「ぐらぐら揺れるとこわいだろうから、おんぶで行くね?」って言われて、そのままカラダを預けたのだ。
そして船の一番まえの席に座って、田原さんの説明にひとつひとつ返事する。
りょうちゃんはまったくこわがってなかった。
「はいっ」「はいっ」そして時には「へええええ〜」って。
誰もがニコニコしていた。りょうちゃんの言葉を聞いて笑ったりしながら。
バスに乗る頃には、もうみんなに打ち解けていて、りょうちゃんは得意の嵐の歌のサビを口ずさんだりして、そのたびに誰かが拍手をしたり笑ったりしてくれた。

これはいったい何の魔法なんだろう? 初対面の人は苦手なはずなのに。

大きなリゾートホテルが見えてきて、ゆっくりと車寄せにバスが入ってくる。
心配そうに待っているスタッフの顔が玄関に見えた。

「さあ、お待ちかねのホテルにつきました」田原さんが言った。「日頃は、移動時間はみなさんゆったりされていて、わたしの説明を子守唄にお昼寝される方も多いのです。だけど今日はりょうさんが元気よく返事してくれて、説明する方もとても楽しかったです。そして短い時間でしたが、笑い声がいっぱいの移動時間でした。これもりょうさんのおかげでした。ほんとにりょうさん、ありがとう、またどこかでお会いしましょうね」
みんなが拍手をしてくれた。
そうそう、りょうちゃん、楽しかったよ、という声がたくさん聞こえた。
「ありがとうございました〜」りょうちゃんがすごく大きな声でお礼を言った。

ああ。
自分だけがライ麦畑の番人をしていて、いろんな人やモノから彼女を守りたいと思ったいた自分はただの傲慢なヤツだ。
りょうちゃんの世界はそんなふうにはできてはいなかったのだ。
りょうちゃんの心はずっと外に出たがっていた。

あの日をさかいにりょうちゃんは変わった。
先の予定がわからないとパニックになったり、知らない場所でへたりこんでしまうのは相変わらずだったけれど、それでも、何かわからないけれど何かが変わった。
「いつか、わたしはこわくなくなるんだ」って心の中で思っているような気がした。
そして実際、パニックが落ち着くと、誰の前でも天真爛漫にふるまうのだ。
彼女のふるまいは、いつも笑いを誘ったり拍手をもらったりした。そんなとき彼女は、とてもうれしそうに笑った。

あれは一期一会っていうんだろうな。
たった一回会うだけの人たち。その、一度きりの優しさ。

だけどもみんな、その一度の中で、自分の胸の中にある光る石を手渡してくれるんだ。
自分たちがその場所から消えても、けして色褪せない光る石。
そしてりょうちゃんも。自分の中の光る石をお返しに手渡せるってことを、彼女は心のどこかでちゃんと知ってたんだ。

長いスパンだったけれど、あたしとりょうちゃんだって一期一会だったんだろう。
あたしはりょうちゃんに、たくさんの光る石をもらったような気がする。
それは、宝物にしてぜんぶ並べておきたいくらいの綺麗な光る石ばかりだった。
あたしはりょうちゃんに、あたしの胸の中の光る石をちゃんと渡せただろうか?

さよなら、りょうちゃん。
今度はまた、今はまだ出会ってない誰かが、あたしとは違う石を手渡してくれるはずだよ。

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posted by noyuki at 22:30| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | なるだけ短めの物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月17日

「身の上話」光文社文庫 佐藤正午




ハードカバー版の感想はこちらどうぞ。
http://noyuki.seesaa.net/article/130869259.html
そして、以下は文庫版になってからの感想。

ハードカバーが文庫になるとき、「時間もたったしそろそろ文庫で」というようなスタンスを感じるものももちろんあるのだが、この「身の上話」に関しては、「こんなにおもしろいのに! すごいよ! 読んでみてよ!」みたいなオーラが文庫本全体から溢れているので、なんだか嬉しくなって、表紙を見て「ミチル!」と叫んで思わず手にとってしまった次第。

そうそう。ミチルはまさしく表紙の写真のような女性だ。
一人で何時間もベンチに座っていられる。
少しズレたところもあるのだが、自分の頭でけっこう考えて判断するし、それと同時に感情の赴くままに行動する部分も持ちあわせている。それでいて「土手の柳は風まかせ」と評されるような女性。

ミチルの人生が変わったのは、離れたくない男とともに衝動的にいっしょの飛行機に乗ってしまったから。そして手に持っていた宝くじが当たっていたから。
それがこんなことになるなんて、というようなことが次々に起こって、ほんとに、最後はこんなことになるなんて、だ。

池上冬樹さんの解説が圧巻だ。
「どうしてこれが賞(日本推理作家協会賞)を取れないのか」伊坂幸太郎氏も赤川次郎氏も佐々木譲氏もこんなに絶賛してるのに、という悔しさを熱っぽく語られている。
苦笑するくらいに熱っぽくw

表紙や解説がすべて「おもしろいんだよ、読んでみてよ!」と叫んでいる。
作者の作品年譜までついている。
ほぼ同時期に発売された小学館文庫の「事の次第」と「愛の深さを競っている」ようで嬉しい。
こんなに愛されて出版された本は幸せだなあと思う。
ほんとに嬉しくなるくらいにそう思う。





余談その1。

「宝くじが当たらなかった」短編があります。
「人の物語」に収録された「愛の力を敬え」という短編です。
ここでも女性が、別れがたい男性と共に東京行きの飛行機に乗るのですが、宝くじは当たらず、女性は郷里に帰ります。
男性は小説家に尋ねます。「この話は小説になりますか?」
小説家は「宝くじが当たっていたとしたら小説になるかもしれない」と物語の中で答えます。
とても好きな作品だったけれど「宝くじが当たってたらどんな小説になるんだろう」と、ちらりと思いながら、まったく想像できませんでした。
まさか何年もたって、ほんとに宝くじの当たる小説を読むなんて!

余談 その2。

「ダンスホール」の中で「金は必要ない」というフレーズが出てきます。なのに主人公は大金を手に入れる。
「身の上話」も大金を手に入れて、運命が変わる話です。
現在「きらら」で連載中の「鳩の撃退法」でも主人公は大金を手に入れます。
大金を手にいれたとき、人はどうなるのか?
「物語のカタチは違うけれど、一貫したテーマで続いてるよね」と先日友人と話しました。
「鳩の撃退法」で大金を手に入れた主人公の行動が楽しみであります。


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posted by noyuki at 22:22| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする