2012年10月18日

角田光代「紙の月」 角川春樹事務所

(少しネタバレ注意)




「どうしてこの小説は(紙の月)というタイトルなんだろう?」
そう思いながら、本のカバーイラストを見つめていたら、物語の持っている恐ろしさがじわじわと心に広がっていった。

銀行員の女性が、顧客の書類を偽造して、横領する話。
それまでの心の動きがすごく綿密に描かれている。

すごく綿密に描かれているのに、主人公の最初に感じた「夫への違和感」は、すごく小さくて、彼女の見栄はほんとに些細なものだ。
「恋人によく見られ、ゴージャスなひとときをすごしたい」
主人公の動機をひとことで言うなら、それくらいのシンプルなものなんじゃないか?

要するに、切羽詰まったやり場のないものがあるわけではない。
横領をしなければどうにもならないほどのものでもない。
その夫婦生活でさえも、それほどの閉塞感があるものではない。

「ほんのちょっとの見栄とぜいたく」にしか見えないから、やっかいだ。
やっかいだし、すごくおそろしい。
なぜなら、ほんのちょっとの見栄なんて、このわたしにだってもちろんあるし、そこらの女性は多かれ少なかれみんな持っているからだ。

ということは、わたしだって、あなただって、ちょっと気の利いた小細工さえできれば、これくらいやってしまうのだろうか?
だんだん自分がそういうことをやれそうな気がして、読み進むうちに「自分はうっかりそういう人生を送っているんだ、まさに今」って気分になってしまう。

この小説の恐ろしさはそれだ。

わたしたちは、不幸でなくても、切羽詰まってなくても誰だって犯罪者になれる。
振り返って計算するのがおそろしいくらいの金額を横領することだってできる。
キラキラした欲望はいつだって、手を伸ばせば届きそうなところにあるのに。
ただ、たまたまやってないだけなのだ。

ピンク色の空に光る紙のような月の表紙を見ながら、うすっぺらなくせに、いくつもうすっぺらな紙を重ねられるような人生を思い浮かべた。
これは、もしかしたら、わたしの物語なのかもしれないとさえ思ってしまった。

「早く私を見つけて!」



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posted by noyuki at 22:11| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月03日

言葉の神様


加筆


最近「自分はどうやって自分の感情っていうものを獲得していったんだろうか?」ってよく考えるんです。
感情なんてふつーに生活していれば身につくものだって思うでしょ? ところが、わたしにとってはそんなに簡単なものじゃなかった。

小学校の頃、友達の冗談や冷やかしがわからなくて感情的にエスカレートしたり、オトナになっても、そういう細かいところが全然わからなくて、そうそう、恋愛はできたつもりだったんだけど、でもそれも「好き」っていう感情の処理の仕方がすごくむつかしくって、でも、若いころは性欲みたいなものもあるから、なんとなくそれなりだった。
でも、ほんとのところはよくわかってなかったし、今でもよくわかってないのかもしれない。

誰でもそうなのかな?

自分の内側にはたしかな塊があるんだよ。
でも、それがどういうもので、どういうふうにそれを出していいかはわからない。
それを教えてくれたのが本とか言葉だったの。
教えてくれなかったら、わたしはまだ、ずっと「生きづらさを感じたままの子供」だったのかもしれない。

本はいろんな感情を言葉に替えて教えてくれた。
ああ、心のあのあたりにあった塊はこういうことだったんだな、とか。
そういうことをたくさんたくさん言葉に変換してくれた。
最初は本で、それからはネットで仲のいい友だちができて、文字で表しながらふつーの話とか、感情のやりとりをすることを覚えて、そういうふうにしてだんだん「感情」というものがどういう言葉をしているかがやっと私はわかってきたような気がするんです。
なんでも文字に替えていくことで、やっとわかってきたって感じ。

だからわたしはすごく言葉を愛してる。
自分の言葉が誠実に自分の心を表してくれることを切実に望んでいる。
それはもちろん「誰かとつながるため」なんだけど。
そのためにもすごく「きちんと言葉が表してくれること」を望んでるんです。

言葉の神様に愛されたいんです。
いつもそんなふうに思ってる。
思っているから、嘘のない言葉で、どんな小さいことでも書き続けていきたいって、いつもわたしは思ってるんです。

そうそう、あなたの話だったね。

わたしの「それ」が言葉であるように。
あなたも、何かの神様に愛されたいと思っているんだなあって思う。
あなたの創るものを見ていると、いつもそういうふうに思ってしまう。

神様の前に差し出すとき、わたしたちは、嘘のない純粋なものを造ろうと思うんだよね。

「カッコイイ」と人に見えるように、とはちがう。
嘘のない。純粋なもの。

あなたが創るものに、ずっとそういうものを感じているから。
だから、あなたの創るものが好きなんだよね、きっと。


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posted by noyuki at 21:48| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする