2014年05月07日

書いてみた

テーマ「わたしが大人になったとき」
* (某所でのエッセイのテーマです。ぜんぜん関係ないけれど、書いてみました)

「取り立て屋を使ってみたらどう?」
不動産屋の女性がそう言った。
「うちに名刺を置いていったところがあるの。礼儀正しいしちゃんとしてた。うちはまだ使ったことないんだけど、料金もきちんと書いてあるし、悪い感じじゃなかったよ」
義父母の遺した四階だてのワンルームマンションが、健康なニワトリが毎朝卵を産むようにきちんと収益をあげたのは10年ほどだった。
老朽化もだが、家賃の滞納が悩みの種。
景気も悪いし、世の中も変わったんだろう、何度催促しても約束しても何ヶ月も滞納する人が増えた。
同年代の気心のしれた不動産屋の女性と、マンションの売却を画策していたのだが、春先に景気が上向きになり、とんとん拍子に買い手がついた。
それで、一番悪質な入居者だけは退出してもらうことを決めたのだった。

「取り立て屋」は家賃の取り立ても、追い出しも一定の手数料を払えばやってくれるのだという。
意を決して名刺の番号に電話すると、ガタイのいいダークスーツの男性が、上等な会社案内のパンフレットを持ってやってきた。
「私共は違法なことや悪質なことはけしていたしません」と、物腰柔らかに説明する。
だけども、その柔らかな言葉の裏に硬質なものが見え隠れして緊張した。
わたしは契約書にサインした。手数料を差し引けばたいした収入ではない。
だけども、これから先にマイナスを増やしていくよりかはいいと思った。

「いつもお世話になってます。入居している平田です。実はさきほどあなたの代理人と名乗る男から電話があったのですが」
入居者から電話があった。さっそくアクションがあったのだろう。
「私はこれは詐欺ではないかと思いまして。その人の言うことがどうしても信じられないものですから、大家さんと直接お話ししたいと思いまして」
いつになく丁寧な口調でだった。
「ええ、そうです、すべて任せました。これからは、お金のことはすべて彼と話してください」
空白がおとずれる。かなり長めの空白だった。
「これまで、困っているときも、とてもよくしていただきましたのに…」
今まで家賃を待ってもらったことにはとても感謝している、自分は本当に行くところがない、お金はなんとかして用立てるから、どうかそのままおいてもらえないだろうか? というようなことを本当に平身低頭の口調で彼は訴えた。
狭い町の中で入居者がどういう生活をしてきたかなんてすぐにわかる。
タクシー会社の配車係としてきちんと働いてきた頃は、共用階段の掃除などもみずからやってくれていた。
だがそこを辞め、いくつかのタクシー会社を渡り歩くうちに彼は変わってしまった。ギャンブルに手をだしているという噂も聞いた。家賃は何ヶ月も滞納するようになった。
そのあと「取り立て屋」からも電話がはいった。
「お金は払うが退出はかんべんしてくれと言われますがどうしましょうか?」
「だめです。退出させてください」
その後のふたりのやりとりをわたしは知らない。
仕事はほどなく完了し、手数料を支払った。
一度も入居者に会わずに、すべては終わった。

わたしはいつオトナになれたのかと思うとき、この一連のやりとりを思い出すのだ。
自分の生活のために、人の人生を踏みにじることだってわたしはできたのだ。
このときかぎりではない。
わたしはその後も、やむをえず他人の大切なものを奪った。
一度経験してしまえば、二度目もあるのだ。
大人として金や情報を使って、手段を手に入れるのは、プロメテウスの火を手に入れることに少し似ていると思った。
一度手に入れたからには、もっと謙虚に用心深く生きなければならない。



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posted by noyuki at 21:50| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする