改札出口の丸の内南口と中央口を取り違え、いちど駅舎の外まで出て交番で訊ねたあげくのことだった。風呂敷包みを小脇にかかえたおのぼりさんの応対にあたった警官は、そのホテルはほら、そこだよ、と彼の背後を指さしてみせた。 (月の満ち欠けより)
冒頭のこの部分を読んで「丸の内南口、丸の内南口」とつぶやきながら、それでもやはり少々迷ってしまった。
いや、小山内さんと同じように迷ってみたかったと思っていた。
待ち合わせの時間には少々あったので、行幸通りを皇居の方に歩いてみる。
そっか。今まで八重洲口からしか出たことがなかったんだね。
シックな駅舎。とても素敵でした。
東京ステーションホテルのエレベーターを二階に上がると、お店の前にちょっとした椅子がありそこで待たせてもらう。
友人から「ちょっと迷ってる」のLINE。わたしは「丸の内南口」と打ち返す。今朝から100回くらいつぶやいた「丸の内南口」。100回つぶやかないといけないくらい東京駅は複雑に思えていたのです。
そしてtorayaカフェの前で友人と再会。
いただいたのは、吹き寄せ御膳と、栗の和菓子とお茶。残念ながら「どらやき」はなかったけれど、季節によっていろいろメニューがかわるようです。
窓際の席で外を眺めながらいただきました。
ジャズが流れる店内で、ほとんど聞こえない話声に耳をこらして、ここに瑠璃と小山内さんがいるような気分になってみたり。
ショップでお菓子やステーションホテル限定の羊羹を買ってみたり。
こんなふうに小説の舞台を歩いてみるのもまた楽しいものです。
新幹線乗り場の改札口を見つめながら、「さよなら小山内さん」とつぶやく。
わたしは、この先小山内さんがどうなったかなんて知りたくないし、瑠璃のつかの間の幸せがこれからどうなるかなんて知りたくもない。
わたしの想像する範囲では、その先にあるのは修羅だ。
世代を超えた生まれ変わりの恋人の存在を認める代償はあまりに大きい。家族の関係も、好奇の目も、愛のたしかめ様も。乗り越える物が多すぎる。
その修羅と葛藤しながら、ふたりの愛が月のように欠けていきませんように。
物語がいつまでもそこなわれず、そのまま物語でいられますように。
わたしは東京駅丸の内南口に小さな祈りをたくして帰路についた。

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