2010年11月30日

言葉が散乱していって戻ってこない


元気ですか?
こちらはひとつの言葉が浮かんでは、「あ、これ」と思い、思っているうちにいつのまにか消えてしまうような毎日です。
そのときはたしかだと思うのに、案外そうではないようにも思えてくるのです。
つまりは元気でもあるし、元気ではないのかもしれない。
どちらがほんとうかわからないから、どちらもありなのでしょうが。
色とりどりの紙吹雪のように掌から風に飛んでいってしまうような感じでもあります。

この時期になると家の窓から見えていた白い山茶花の木がなくなりました。
かわりに新しい大きな建物の工事がはじまっています。

それから小菊がたくさん玄関に咲きました。
何年も咲いてなかったけれど、菊は辛抱強くそこにあったらしいのです。
まるで遠くの世界から誰かがいたずらをしてるような気分です。

そうそう。
最初に書こうと思ったタイトルはそういえば「世界は暗示に満ちている」でした。

少しずつなにかが変わっていく空気は、そういえば「世界は暗示に満ちている」という感じでもありました。
ところが何の暗示かもわからないうちに違う言葉がやってきました。

つぎの言葉は「奥歯をくいしばれ」でした。
サザンオールスターズの歌の名前です。別れた彼女に「嫌われ女になるからよせよ」っていう歌です。
作者は彼女と別れて悔しくて奥歯をくいしばっているのです。
悲しいと悔しいは、少し似ているけれど違います。後悔も似ているけれど違います。
そうこう思っているうちにその言葉も風に吹かれて飛んでいってしまいました。

人を傷つけた感触と、人とつながった感触はどちらが深く心にのこるのでしょうか?
度合いにも状況にもよるので、どちらとも言えないから愚問だと思います。
この問いもしばらく心に残っていたのだけれど、そして愚問という言葉に片付けられ、今はなくなってしまいました。

さきほども車を運転しながら、なにかの言葉がやってきて、激しくわたしを包んだのだけど、その言葉に至ってはどういう言葉なのかさえも思い出せません。

そういうわけで、今日も言葉をつかみ損ねました。
つかみ損ねたままに毎日が過ぎていきます。

言葉にならない怒りや喜びは、それでも世界中でやりとりされているような気がします。
遠い世界の戦争の話も、今すれちがった小さな子どものほほえみも。
明確な意志を持たずにそれは、大気の中を流れています。
それに感化されるのがわたしたちで、意志はすべてが意志というわけではないのかもしれません。

とりとめもなくなってしまいました。
何度もつかみそこねたすえに、いいわけじみた言葉を並べ立ててしまいました。

いつかまた、会える日があるとしたら。
その日までわたしは「つながる言葉」を探し続けていたいと思っています。
今度は言葉をつかみそこねないように。しっかりと。


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posted by noyuki at 15:25| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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