2012年07月24日

「きみはいい子」中脇初枝





敬愛する瀧井朝世さんが週刊ブックレビューでこの本を紹介した際に涙目になっていたとネットで知った。
涙目になりながら伝えられる本なんてどんな本なんだろう? という好奇心から読み始めたら、やっぱり泣いてしまった。

かわいそうとか悲しいとかとはちがう。
そういうものをすべて包もうとしている物語だったからだとおもう。

小説の中に市井の人たちが生活している。
モンスターパーレントに翻弄される先生、認知症、発達障害、貧困、虐待。
そのキーワードに押しつぶされそうになりながら、押しつぶされないように市井の一個人として生活している。
そして、ほころびる。
小説を書いている作者が、遠くから、そのほころびに静かに言葉をかけてくれる。
そんな小説だ。

だけど、それだけではない。
泣きそうになってしまうのは、わたしたちが、それが現実だって知っているからだ。
あえて、そのことを直視しているわけでもないくせに、この国にはそういうことがたくさんあって、声をあげる手段もなく、手を貸す手段もないままになっていることを知っているからだ。

小説は現実を救えない。
だけども寄り添う。
だけども描く。
そして、神は手をくださないけれど、それでもこの世界を見守るように。
作者がその現実をあたたかい言葉で見つめている。

そんな感じの小説だと思った。
おもしろかったデス。




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posted by noyuki at 21:34| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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