2013年12月09日

「ミドリの森」 3 ナコ

早川奈津子という自分の名前が嫌いなわけじゃない。
だけど、ナコと呼ばれるのが一番好きだ。
幼稚園の頃に母と別れた父はいつもわたしの事をそう呼んでくれていた。

男を好きになるのに時間はかからなかった。
「どう呼んだらいいの?」と尋ねてくれたから。おかげでわたしは「ナコ」という名をもう一度手に入れられた。

母が仕事で遅く帰ってくるまでのあいだ、絵を描いてすごした。太陽の絵、花の絵、キラキラ光る虹の絵。その下に広がる平原。日没のあとに少しずつ忍び込む薄紫色の闇。
それからわたしは絵を繋げて、おはなしを作る。ここから先は紙もクレヨンもいらない。わたしの頭の中の世界との対話だ。
わたしはどこにでも行けたし、何にでもなれた。魔法使いの少女だって、小鳥だって、いじわるな魔女にだって。

小さなキッチンの孤独に押しつぶされそうな夕暮れでも、集中すれば世界はキラキラといつまでも広がっていた。

母は、わたしの絵を一回でも見たことがあっただろうか?

仕事と家事に追われていたヒステリックな母が、ときおり夜遅くに声を潜ませて誰かと電話で話している。それに気づいたのは中学生の頃だ。

低く透き通った、艶やかな笑い声。

わたしが卒業して働くようになったら、母はその人と一緒になれるのかもしれない。そんなハッピーエンドを想像していた。

高校卒業後にネイルの学校で学び、わたしは今のお店に入ることができた。
だけどもハッピーエンドは来なかった。その頃には、長年の不倫の果てに、母は相手の家族からの嫌がらせに追われることになり、酒量ばかりが増えていった。

同じ町のこんなに近くに住んでいるのに、保証人の印鑑を押してもらったあとはすっかり足が遠のいた。住んでいたアパートに今もいるのかどうかわからない。最初の数回電話を無視しただけで、もう携帯に着信が入ることもなくなった。

幻覚や妄想や虚言に翻弄されていた母は、わたしの中で静かに死に向かっていく途上にいる。
もう、いいんだよ、と思う。
苦しい思いを引き摺って、彼女の心は治せない。何度も自傷を止めて悪かった。
そんなに苦しいなら、終わらせていいんだと思う。

捨てられることには慣れている。あんなにかわいがってくれた父さえ私を捨てたんだもの。
母親は家を出ていくときに私を見捨てるのか?って叫んだけれど、それはまったく違う。

あんたの方が、ずっと先にわたしを見捨ててたじゃないか。

(続く)



人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。



posted by noyuki at 22:11| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ミドリの森 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/382290353
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック