2014年02月04日

ゆいちゃん論

いつまでも、ユイちゃんのことばかり気になるので書いておく。
どうでもいいかもしれないけれど、なぜかずっとユイちゃんにシンパシーを感じていたかについて少し。

ユイちゃんちゃんはあきちゃんとは違う。
ユイちゃんはあんなにきれいで才能あるのに、あきちゃんが持っててユイちゃんが持ってないものがある。それをずっと感じていた。

それはとっても抽象的だけど「どこかにつながってる感覚」のようなものだと思う。

うん、とても説明がむつかしい。
母親とのつながりとか、家族とのつながり、とかで説明しちゃうと母性の話になっちゃうし。
それを言ってしまうと、春子さんだって、いつまでも繋がれなかった母親だし。
そう。春子さんだってずっと「つながれてなかった」人だったのだ。

思うに、生まれつきつながってたり何かのきっかけで世界と繋がれる人と、そうでない人っていると思うのだ。
けして家族とか環境だけの話ではない、本人の資質みたいなものもあるんだと思う。

自分自身もまた、どこにもつながれなかった人だったように思う。
思い出すのが嫌なくらいに、つながるべき場所がわからなかった。

愛し方のわからないことと、愛される自信のなさは表裏だ。ユイちゃんの場合それが「アイドルになりたいきれいな私」になってたのかもしれない。

端からみたら「イタイ」だけだが、本人はそれなりにつらい。世界のどこかに根っこをおろせないと、ふわふわしてて不安なのだ。大人になれば解消されるわけではない。
事実、大人になっても、どこまでも繋がれない人はいる。
技術や手法で乗り切れても、ほんとのところが解消されない。そのまま家族を持って、つながれないままという人だっている。
わたしのことだ。

春子さんのような大きなターニングポイントがあったわけではないが、本やネットで学びながら、なんとかわたしは生き延びたように思う。

時空を超えて紅白で歌えたことで、ユイちゃんは何かとつながれたのかな?
そうであればいいと心底思う。
だけど、人の心はそんなにシンプルではない。

10年後のユイちゃんに会えたら、そんなことを聞いてみたい。
「そうね、あれがきっかけだったのかもしれない」って言ってくれるかもしれないし、「あれからもいろんなことがあったよ、まだまだだよ」って目を伏せるかもしれない。

生き延びろ。

期限なんてないんだから。

最初っから持ってない人間がそうやってオトナになってきたのは私だけじゃないし、あなただけでもないんだから。
小さなことや大きなことの繰り返しで、どこかにつながれるように。
わたしは、この世界にいるたくさんのユイちゃんのことをずっと陰ながら応援していきたい。



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posted by noyuki at 21:46| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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