2014年09月20日

「ミドリの森」5 サトミ 2

わたしは、何を与えられて、何を与えられなかったのだろうか?
ときどきそのことについて考える。

 ミドリさんは話術の天才だ。すてきな話し言葉でお客さまをいい気分にさせてくれる。
奈津子さんはアートの天才。ちょっとした大胆なデザインで人を魅了する。
ふたりとも「ネイルサロンドルチェ」にはなくてはならない人たちだ。

だけどわたしはどうだろう?
そのどちらの技術があるとも思えない。いつも失敗しないようにドキドキしてる。
顔は地味だし、おしゃべりもできないから、いつまでたっても存在感がない。
あからさまに不満を言う人こそいないけれど、満足度は一番低いんじゃないかと思う。
「まだまだ若いんだから、ていねいに仕事することだけを心掛ければいいのよ」とミドリ先輩は言うけれど。彼女の本音はいつも深い森の中だ。

中学までは勉强だけはできた。そして高校は進学校に入ったのに、ついてゆくのもおぼつかなくなってしまった。
環境は残酷だ。だんだん疎外されていくようで、誰とも口を聞けなくなってしまった。両親は、せめて辞めないで卒業してくれればいいと願った。
卒業できる出席日数を計算しながら、仮病を使ったり、学校で石のように座ったままだったりを繰り返すのは苦行だったけれど、転校や退学は、もっと気の遠くなるような労力を必要としている気がした。
同級生たちはほとんど県外か近くの都市の大学に行った。わたしは冬にひどい気管支炎を起こして受験もままならなかった。もっとも、気管支炎でなくったって、行けるところなんてなかっただろう。
両親は、それでいいじゃない、専門学校にでも行って、近くで働ける技術があればそれで十分だわ、と言った。
巣立ちのできないひなのままでいて欲しいのだ。両親の中ではわたしはまだ、社会にうまく適応できなくて取り残された娘で、わたしはずっとそれに甘んじている。
高校を卒業したとたん頭の中がクリアになって、それなりに友だちもできたけれど、それでもわたしには、仕事の帰りにいっしょにお茶を飲む友だちなんて誰ひとりいないのだ。

わたしは二人に比べていろんなものを持っていない。
そのことがときどきイヤになってしまう。
「家に帰ればごはんができてるなんて羨ましい」って奈津子さんは言うけれど、ごはんと家族以外に何もない人生を、奈津子さんには想像できるだろうか?

お客様の途切れた昼下がり、そんなことを考えていると、奈津子さんの彼がお店の前を通った。180センチ以上のスーツ姿の端正な顔だちが、ちらりと中を覗いて会釈した。歯磨きのコマーシャルに出てくるようなきれいな白い歯。
今日は奈津子さんは非番でいない。平日にミドリ先輩とわたしがいるってことは、奈津子さんは休みなのだ。
すぐにそのことに気づいたらしく、そのまま彼はだだっ広いフードコートの方に歩いていった。

しばらくしてから、ミドリ先輩が席を立つ。
「ちょうど人も途切れたし、早いけれど食事してくるわ。ああ、おなかすいちゃった」
そう言って、お財布だけ持ってそそくさと店を出ていった。

そのときふいに、最近ミドリ先輩と奈津子さんの会話がないことにあたりがついた。

備品を揃えるふりして少し顔を出してみると、テーブルに座っている彼に挨拶しながら、「SUBWAY」のトレイを持って隣に座るミドリ先輩が遠くに見えた。
静かに凛とした佇まいの、いつものミドリ先輩はそこにはいない。
獲物を狙うカメレオン。静かに巻きつく白い蛇。彼の二の腕に漆黒のネイルアートの指が魔女のように突き刺して、ケラケラと笑っている。
嫌悪感のかけらもなく彼もまた笑っている。
そうか。彼はもう、たぶん、ずっと前から巻きつかれてしまっていたのだ。

最近ミドリ先輩と奈津子さんははよそよそしい。
奈津子さんが遅番の日に備品の片付けができてないって、ミドリ先輩はわたしにこぼすのに、本人には何も言わない。
土日に全員出勤したって、なんとなく会話が弾まない。

わたしの知らないところで何かが起こってるのだ。

そうしてわたしは「ごはんと家族以外のなにか」に飢えてるわたしが、ひそかに心踊らせていることに気づいてしまう。


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posted by noyuki at 14:07| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ミドリの森 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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