2015年05月21日

西へむかう帰路

今日みたいに黄砂か多い日は舌がしびれるんですよ、びりびり。


タカダが死んだと聞いて、そのことがずっとアタマの片隅にひっかかったままだ。

毎年タカダ夫妻からは年賀状が届く。
だけどその年は違った。
12月のはじめの頃に、印刷した欠礼はがきが奥さんのユウコの名前で届いたのだ。

5月にタカダが急逝した、と印刷の文字が無機質に伝えていた。

タカダとユウコが結婚して、別の土地に住むまでは、わたしたちのグループはいつも一緒だった。木田くんや美香もいた。他にも何人もわたしたちのシェアハウスに出入りしてた。
びみょうと言えばびみょうだったのは、最初、タカダとわたしがつきあいはじめたのに、いつのまにかユウコと結婚することになったことだ。

それはすごく悲しいことだったし、詳しく書きたくもない。ただ、幸運にもわたしたちは友だちでいつづけられた。
タカダとユウコの結婚式のあとに、タカダはわたしの手を取って泣いた。
オレが言うことじゃないけど、ナオミにはぜったい幸せになってほしい、本気でそう祈ってる、わたしたちは手を握りあって泣いた。
そして、今、思い出した。
二次会のパーティで、タカダの先輩とわたしがいい感じになったとき、タカダは、「先輩、結婚してるのにナオミに手を出さないでください」ってマジに怒ったのだった。
今考えても失笑ものだ。
以前から憧れてたタカダの先輩に言い寄られて、悪い気はしてなかったのに。
そう。
タカダはそんな純粋なヤツだから、憎んだり恨んだりできなかったのだ。

なのにユウコは半年以上もタカダの死をわたしに伝えなかった。
電話をしてみようと思ったけれど、それもできなかった。
一時期シェアハウスで同居してたくらいだもの、ユウコの性格はよくわかっている。言いたくないことはぜったいに言わないのだ。自分の弱みも悩みも、なにひとつ言わない。
彼女がはじめて告白するのはいつも、自分の中ですべてを片付けたあとだ。
わたしは、ユウコの中でいろんなことが片付くのを待った。

そしてわたしはよくないことばかりを考えた。
タカダがなんで死んだかってことだ。
賭け事好きのタカダは莫大な借金を作って自殺したんじゃないか?
あるいは誰かの保証人になって、あるいはよくない所から借金して。

ストリーはいつも違うけれど、だいたい、そんな結末ばかりだった。

タカダの死についても夫に伝えた。遅れてきたハガキ1枚で、葬儀にも出れなかったことも。そして、夫の意見もわたしと同様だった。
「なんらかの事情があったのだろう、触れてほしくない事に触れないほうがいい」

その後はユウコとの年賀状のやりとりも途絶えたままになった。
ひとりで車を運転してるとき、それが夕暮れだったりすると、わたしはタカダのことを考えた。
彼はどんな人生だったんだろう?
ユウコとの結婚生活はどうだったんだろう?
そうしてなぜ、自殺しなければいけなかったんだろう?
落日はいつも死とつながっていた。
その時刻はいつも、タカダのことを思い出すための時間だった。

三年がたち、以前ユウコと一緒に勤めていた会社のパーティで、私はユウコに再会することになる。

彼女は相応に年を取っていたけれど、ラインのきれいな革の茶色いブーツに黒のワンピースを着ていた。大きなターコイズの短めの首飾り、相変わらずの華やかさだった。
わたしは自分から「その話題」を出すことはできなかった。

そして同僚数人のグループで近況を話していたとき、ユウコは言った。
「夫は三年前になくなったの。雪の日の車の中で、彼は死んでいたの」と。

ひとりで故郷の家に帰っていたらしい、帰路に吹雪に巻き込まれ、車を停め、そこでなくなっているのが発見されたらしかった。
「ナオミにも話してなかったっけ?」ってユウコは、取り繕うように軽く笑った。
けっして弱い部分を見せない彼女の性格を思い出し、ああ、そんなふうにしか言えなかったんだなとわたしは思った。
自分の中で収拾のつかなくなったことを言葉にするのはむつかしい。
それでも、彼女が話してくれたことでわたしは少しほっとした。
「今はあたらしいボーイフレンドもできて」という言葉には少なからず苛ついたけれど、タカダのことを喋るためには「あたらしいボーイフレンド」も必要だったのかもしれないと言い聞かせた。

仕事場から家に向かう道はまっすぐに西にのびている。
落ちてゆく夕日を追いかけながらタカダのことを思い出す回数は、少しずつ減っていった。
借金のすえに自殺をした筋書きも消えてしまったが、吹雪の車中でタカダはどんなだったのだろうと考えることはあった。
彼は実家で好物のビールを飲んだのだ、そして、車が動かなくなったタイミングで酔いを覚まそうとしたのだ。彼は、ほろよいの夢うつつの中で消えてしまったのだ。
死に方に幸せも不幸せもない。だけど、わたしの想像は少しずつ軽くなっていった。

そうしてもう二年がたった。
タカダのことを思い出すことはぐんと減った。
わたしの「記憶のタカダ」もだんだん小さくなっていき、そして、ときおりそのことに抵抗するように、タカダという名前がふっと頭に浮かんだりもした。

逢魔が時の薄暗がりは、ときおりちがうものを見せてくれる。
その日、わたしはまたタカダのことを思い出していた。

あのとき、タカダがユウコと結婚してなくて、わたしと結婚してたらどうだろう?
そうしたら、タカダはまだ生きているんじゃないか?
タカダと結婚したかったわけじゃない。
でも、そうしたら、何かが違ってたんじゃないか?

「ユウコ、あんたなんかと結婚したから、タカダは死んだんだよ!」
赤信号で待ってるとき、わたしの口からとつぜんドロドロが言葉が飛び出した。
びっくりした!
なんなの? そんなこと思ったこともなかったのに。
ふつうに考えてもそれは違うのに。
交差点での風景は、広がっていく言葉に覆われて真っ黒になって、わたしは、夕闇に浮かび上がる赤信号をたよりにやっと家路についた。

家で降りたら外は漆黒の闇に変わっていた。

ちいさなちいさな恨みや後悔を、手に取ることは無駄だと言い聞かせてきた。
そのことに鬱屈すら感じたことはなかった。
だけどもある瞬間に、ザラザラとした砂が波にさらわれないままに残っていることに気づくのだ。

車のドアをあけると、いちだんと冷えた夜の空気にアタマがクリアになってくる。

ユウコの中にも、同じ海の砂が、同じように残っていたのかもしれない。
わたしがその存在に気づく前に、ユウコはその砂を、悲しみの中で掌に握りしめていたのかもしれない。

そう思ったとき、ユウコに対する無意識の不満が、スルスルと消えていくのがわかった。

ねえ、ユウコ。

わだかまりと思わないくらいのわだかまりも、この世界の中にはずっと流れているのかもしれないね。
誰も気づかなくても、そんなものがわたしたちの知らない浜辺にじっと溜まり続けていくんだろうね。


人気ブログランキングへブログランキングに参加しています。

















posted by noyuki at 22:57| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック