金が高くなったので、18金のペンダントを売りに行った。
これまで、母の遺品で使わないものなど、かなり田中貴金属に持ち込んだのだけれど「気に入っていたもの」と「さすがに捨てられないもの」だけは自分で持っていた。
それを、高値のタイミングで売り払おうと思った。
「気に入っていたもの」は、母の遺品の細めの18金をネックレス。特に特徴もなく、結局一回もつけなかったので「もう、いいか」と思った。
「さすがに捨てられない」と思っていたのは、独身の頃母に買ってもらっていた「アクアマリンのペンダント」である。
自分が買ってほしいと言ったわけではない。母がつきあいのある宝石店で真珠かなにか買い物をした際に、顔見知りゆえにけっこう値引きをしてくれた。それで値引きの金額分で娘になにか買おうと思ったらしいのだ。
アクアマリンの石は綺麗だったが、縁取りの金は波を打ったような変なデザインでまったくセンスがなかった。
「ちゃんとしたところに行くときに便利よ」と母は言ったが、それに似合う服も持ってなかったし、なによりも独身の頃のわたしは、おしゃれよりも、シンプルなTシャツとジーンズが好きだった(これは今も変わりない)。
母はわたしに高価なものを幾度となく買ってくれた。
おもに着物が多かったが、正直着たいと思うものは1着もなかった。
付き合いのあるお茶の先生と着物を見にいき、ワイワイ言いながら、「これは、あかつきに似合うかもね」ということになって買うらしいのだ。
たしかに初釜やお茶会に着物は必要だ。
でも、わたしがそういう場所に行くときに着るのは、自分が母に同行して選んだサーモンピンクの絞りが入った着物だけだった。
考えてもみてもほしい。「モダン柄は若い人にいいわよ」と言われても、そんな変な着物は素人には着こなせない。趣味も全然違う。
それでも母は、わたしに相談もせず、お茶の先生たちとワイワイ言いながら「これ、あかつきにいいわよね」と選んでしまうのだ。
あれはどういう心理なのだろう? と今更ながらに考えてみる。
繰り返し言うが、わたしはフリフリしたものは苦手で、ほんとうに、Tシャツとジーンズさえこぎれいならなんでもよかった。
そういうわたしを知っているのに、なぜか母は「いらないものを買い続ける」。
母とわたしはかなり性格も違い、それゆえの諍いも多かった。だが高校を卒業する頃には諍いもなくなった。そしてその頃から母はなぜか、わたしに「身につけてほしいもの」を買うようになったのだ。
わたしも、母親になったので、そういう心理はわからぬでもない。
それでも、それでも、わたしは用心深く娘が自己決定することを確認するように努めていたのに、母は時代が違うからなのか、まったくそう言う感覚がなかった。
案外母は、自分の買い物欲をそうやって満たしていたのかもしれない。
あるいは、わたしに、ほんとうに「こういうものを身につけてほしい」と心底思っていたのかもしれない。
そうしてわたしは「もったいないからやめて」とも「こんなものはいらない」とも言えずに、母の購入欲を粛々と満たしていたのだ。
結婚してすぐの頃に、夫にくだんのアクアマリンのペンダントを見せた。
自分は本当はこんなものは好きじゃない、でも母が買ってくれたのだと言って見せた。
「立派なペンダントだよ。いつかつけるかもしれないから大事に持っていたらいいよ」
そう言われて、そのまま持っていた。
それから「これは本当につけないから売り払おう」と自分で思うまでに、なんという時間を要したのだろう。
プレゼントも、愛も、悪意のない呪いだ。
悪意がないゆえにずるずると許してしまう。
「こういうあなたになってほしい」という呪い。
もちろん、些細なものに関しては、そこまで考えないのだが。
ペンダントの呪いは長かった。
「18金かどうか確認できないんですよね」
と田中貴金属の女性スタッフがルーペで探した。
「裏側に刻印があるんです、でも、少しつぶれています」
「確認できました。あとは機械で成分見れるので大丈夫です」
とのことですんなり換金できた。
最初に相場を調べていたので、思うよりも少し高いくらいの金額だった。
封筒に換金したお金をいれる。
「今月は夫と旅行に行くので、その宿泊費用にしよう。そして端数は貯金しよう」
そう思ってたのに、帰りにデパートに寄って、好きなお店に入ったら、すんなりとトップスを2着買ってしまった。
わたしらしいくすみカラーのTシャツと、貝ボタンがきれいなシンプルなブルーのシャツ。
どちらか1着買おうと思っていたのに、結局両方買ってしまった。
端数は気持ちよく、なくなった。
うん、これでいいよね。
なんとなく好きでなかったものが、わたしらしい服に変身した。
わたしはこれからも、こういうふうに自分の好きなものを選んでいくのだ。
たった1本のペンダントを売って、好きなものを手にいれるのに、どれだけ長い時間を要してしまったのだろう。

