2004年11月03日

ボンジョレーヌーボーに怖れおののく

 祝日でもなんでもないのに一気に盛り上がるイベントというものがある。
 バレンタインもそうだけど、最近のボンジョレーヌーボー解禁日もそんな感じだ。

「今年ももうすぐですね。またパーティがあるんでご招待しますよ」
 と、今日、言われた。うわー。やっぱり行くのか、と由美ちゃんと二人で怖れおののいた。
 忘れもしない、去年の解禁日。わたしたちは5人でこのパーティに赴き、うち3人が記憶をなくすという事態に陥ってしまったのだ。
 パーティは、いくつかのワインが飲み比べできるようになっていた。全部を飲むにはそのたびにグラスを空けなければいけない。最後は瓶ごとテーブルに持ってきた。それが災いした。
 財布をなくす者あり、道路で奇声を発する者あり。「酔っぱらってるわたしに、こわいものなんてないのよー」と啖呵を切る者あり。
 あまり飲めない故に記憶をなくすことができなかったわたしは、数々の人に言えない打ち明け話を後々まで覚えていて悩んでしまったくらいだ。

 友人のひとりは、家に帰り、トイレで吐瀉物をぶちまけたまま寝入ってしまったという。
 ダンナがそれを発見して、吐瀉物を片づけながら、おまえは動くな、と言った。
 友人はなぜか、その場で服を脱いで裸になって床を拭いたが、酔っぱらっていたものだから居間の床までドロドロにしてしまったという。

「今年も行くなんて・・・絶対にダンナに言えない・・・」
 と、その友人は言った。そりゃ、そうだろう。わたしはいいけど。
「あ。でも、空き腹だったからだよね、ちゃんと食べていったら大丈夫だよね」
 と、その後、友人は自分を納得させるように言った。
 いいのか? ほんとに行っていいのか? また、大変なことになってしまわないのか? > 由美ちゃん!

 まあ、いい。
 人生にはハレとケが必要なのだ。
 ハレというのは単にみんなで集まって騒ぐのではない。参加することに意義ありとでもいうかのように真面目に音楽を演奏する市民のお祭りでもない。
 ハレというのは、ある種のトランス状態になれる連帯感のある空気なのだ、たぶん。
 繰り返し続いてゆく日常、どんなにがんばっても果てしなく続く仕事。ときどき投げ出してしまいたくなるけれど、投げ出すわけにもいかないなら。
 ある日、それを忘れて心地よいトランス状態になるのもいいのだ、たぶん。

 それがなぜボンジョレーヌーボーであるか、なんて理由はどうでもいいのだけど。
 とにかく、ボンジョレーヌーボーはハレの日なのである。
 
 
posted by noyuki at 22:02| 福岡 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
時には記憶もなくしてもいいかもですね。
わたしは記憶をなくすことはほとんどなかったんですけれど(普通あまり飲まないから)先日飲んだ後、目覚めたら記憶が1部欠けてました。自分でやったはずのことをかなり覚えてませんでした。ちょっと自己嫌悪。
Posted by かてりな at 2004年11月05日 09:02
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック