2005年05月14日

キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」総集編です。

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」

総集編をアップしました。レイアウトも一新、写真も追加して、加筆修正しています。どうぞ、お楽しみください。

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それと、この場をお借りしてキャッツ探偵事務所にご協力いただいた方々のお名前を紹介させていただきます。

取材・資料協力  峻さん(峻クリーニング)
         まのまのさん
         saraちゃん
         INDEXLOVEさん
         すぎさん
写真       saraちゃん(モデル)
         INDEXLOVEさん(撮影)
レイアウト、デザイン 峻さん(峻のいけない本棚)

 チャットという題材を扱うことで、いろんな方々にお話を伺いました。あと、ロケーションについてもアドバイスありがとうございます。写真撮影についても、いろいろ要求を聞いていただきました。

 そして、とちゅうで挫折しそうになったとき、このページでコメントで励ましてくださった読者のみなさん!
 ほんとにありがとうございました。

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2005年04月26日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」エピローグ

「しかし、怪盗YUKIもよっぽどヒマだったんだね、金にもならないことに、こんなに時間かけてさ」
 スギが、SARAのワーゲンゴルフに乗り込みながらそう言った。
「失礼ね、今回勝手に調査をしたのはSARA。わたしはぜんぜん関係ないわ」
「何言ってるの、YUKI、あんただってカリンとチャットしたんでしょ」
 YUKI の顔を赤くなった。
「せっかく送ってあげるって、SARAが言うから乗せてあげたのに、スギ。あんた、そこらへんで降ろすわよ!」
「まあまあまあ」
 SARAがそれをなだめる。

 野田をカリンの家に置いたまま、3人はこれから家に帰るところだ。二人の遠慮がちな会話を聞きながら、もう、何の心配もないと思った。
 帰ると言ったら、カリンはまた会いましょう、こんどみんなでゆっくりご飯でも食べましょうと言ってくれた。
 
 長い一日だった、とスギは思う。
 昼間、カリンをオフィスビルで見つけてから、夕刻から深夜まで。
 カリンが変貌してゆくのを見続けた、ほんとうに長い一日だった。
 だけど、YUKI、そしてSARAがいなければ自分だけで説得できた自信はない。宿敵であるのに朋友。それが自分たちの関係なのだと思う。

「怪盗の仕事もご無沙汰みたいね、あんたと対決できなくて寂しいわ」
「失礼ね!  いつかまた、あんたをぎゃふんと言わせてやるわ」
「それにしても、SARAはすごいわね。あなた、YUKI なんかにくっついてることないわ。今度から探偵事務所の方に顔出しなさい」
「え? いいの? じゃあ、遠慮なく。わたし、場所読むのうまいし、きっと役に立ちますよー」
「この、恩知らず!  あんたが探偵事務所に行くときは、わたしのスパイに行くときだけよ!」

 YUKIがそう言うとSARAがはははと大声で笑う。
 YUKI はそれを見て、この子の天真爛漫さはいつもわたしを救ってくれると思った。孤独に馴れていった分だけ、人のあたたかさを大事に思えるようになるのかもしれない。カリンもまた、今まさにそういう気持ちなのかもしれない、と思った。

「明日は請求書書きだね、わたしは。いくら請求したらいいかしら、野田に。それにしても、あんたたちはいいわね、請求書書く手間がなくって」
「SARA〜。いますぐ車止めて、スギをほっぽり出しなさい!」
 またしてもSARAが大声で笑う、渋滞していない都市高速をそれからスピードを上げる。

 東の空が薄墨色にほんのりしているような気がした。
 夏が近づいてきた。足の早い朝日は、もう、すぐそこまでやってきているのだろう。

                  了

 ご愛読ありがとうございました。
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キャッツ探偵事務所3「カリントウ」32

「あ〜、もう、じれったい! カリン、さっさとその人に会っちゃいなさい!」
 SARAが言った。
「会って嫌いだったら、その後会わなきゃいいの。イメージと違うって去っていかれたら、そんな男なんだって思えばそれでおしまい。何の問題もないのよ。あなたは、その人のイメージを崩さないために生きてるわけじゃないし。イメージが崩れたって、どうってことないわ。
 そもそもね、チャットで話している人と会うときって、大なり小なりイメージと違うもんなの。
 だってそうでしょ? 一度も会ったことないけど、言葉を交わした分だけ、みんなそれなりのイメージを作ってるんだから。でも、想像と現実はぜったい違う。だから、会ってうまく通じないことももちろんあるけど、それはそれだけのことなの。
 それにね、相手の外見が多少違っていても、話してるうちに、ああ、やっぱりこの人だぁ〜って思えてくるの、気持ちの通じる人だったら特にね。そうすると、現実のその人の像ってやつがね、会っているあいだにどんどん再構築されていくの。その感動っていったら、もう、何にも代え難い、すごいもんなのよ。
 引っ込み思案になってちゃダメ。傷つくとこばっか想像してもダメ。せっかくチャットの世界のおもしろさを知ったあなただもの、その先に何があるか知るべきだわ。
 スギ、今すぐ野田って男に電話しなさい。こわいんだったら、私たちが居てあげる。ジャージーはやめて服着替えて、今すぐ、その人に会うのよ」

 さすがはチャットの女王だ。言うことが的を得ている。
 今日、会うかどうかは別にして、とにかく電話してみようとスギが言うと、カリンは小さく頷いた。

 すぐにでも会いたいと野田は興奮した口調で懇願した。
 ケイタイ電話を手で押さえて、ここに来てもらっていい? とスギが尋ねる。みなさんが居てくださるんなら・・・とカリンは小声で答えた。
 止まっていた空気が、ものすごい早さで動き出した。

「タクシー飛ばしてくるから30分だって。SARA、あんた、カリンの服選んで、お化粧もしてあげて。ケバケバしくしなくていいわ。肌の白さが目立つくらいの清楚な感じで。大丈夫、カリン、心配することないわ。SARAのセンスだったら間違いない」
「お化粧なんて。ファンデーションと口紅以外、持ってないです」
 まかせて、とSARAは自分のバーキンを開いて、大きなポーチを取り出した。それから慣れた手つきで明るいチークを入れ、マスカラと細いアイラインで目を浮き立たせる。素材がいいんだから、手を抜いちゃダメなのよ、と言いつつ、淡い色の口紅をリップブラシでていねいに塗り上げていった。
 あっという間の早業。仕上がりの具合を鏡で確かめながら、カリンの唇がうっすらとほころんでいくのがわかった。

「こんなに素敵になれるなんて。ありがとう、SARAさん。わたし、こんなになれるなんて、信じられない・・・」
「これからはずっと、そうするの。カリン、あんたは魅力的なんだから」
「会えて、よかった・・・・スギさんとかみなさんに。考えてみればネットの人に会うのってスギさんがはじめてなんですね。こういう感じかもしれない。すごいわ。こんなふうにして会えるなんて。こんなすごい出会いがあるなんて・・・わたし、ほんと、すごいなって思います。ほんとは、野田さんと会うのはまだ不安だけど。でも、こんなすごいことかもしれない・・・」

 タクシーが玄関に着く気配がした。
 早足で廊下を歩く足音。
 野田は以前のスーツではなく、ブルーのチェックのシャツにジーンズという出で立ちだった。
 テーブルに案内して、カリンを紹介する。
 カリンの頬が紅潮して赤く輝いてくる。
 その輝きを受けて、野田の照れたような微笑みが満面に広がっていった。

 この顔だ。カリンのこんな顔を、ずっとチャットのあいだ思い浮かべていたのだ。
 その通りの顔に出会えた。
 ほんものの、その顔に出会えた。

 きっと今、野田も同じように思っているに違いない。
 そう思いながらスギは、紅潮して見つめ合う野田とカリンの顔を交互に見比べていった。

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」31

「でも、男性はこわいし、野田と会う気もないのね」
 スギがそう言った。カリンは下を向いたまま答える。
「ああいった場所で出会ったわたしに何を求めてるかは、わかります。わたしはそれに応えられない。会っても失望されるだけです。わたしはもう、そういう傷つき方はしたくないんです」
 とても理にかなっていると思った。でも、そうじゃない、会ってもいいんだ、カリンは会うべきだと思う。けれど、説得する言葉が見つからない。
「ねえ・・・野田は、あんたのことをどういうふうに言ったと思う?」
 カリンは何も言わずに首を振った。
「あんたは自分に似ている。現実の世界でうまくやれなくって、困惑している。そうして、それに気づかれないように、エッチなことを言ったりしてる。そんなカリンに惹かれるんだって。野田はそう言ってたんだ。どうしてだろう? ただ、ふたりでいやらしい言葉を並べていただけなのに、なんで野田はそう思ったんだろう?」
「それがチャットなのよ」SARAが言った。「言葉が並んでいるだけなのに、それ以上のものが伝わるの。文章で言うと行間みたいなものよね。間のあき方とか、ためらった様子とか、オチるときの様子とか。そんな微妙なものが乱暴だったり繊細だったりして、なんとなく、なんとなくなんだけど、いろんなものが伝わるのよ。野田さんて人はカリンに、いろんなものを感じたんだと思うの」
「そう。わたしもあなたと一度だけチャットしたことがあるよ。すごく魅力的だと思った。いやらしいんだけど、いやらしいだけじゃなく魅力的なんだ。だから、あんたのファンクラブまであるのもうなづけたもの。わたし、もう一度チャットしたくて何度もアクセスしたのよ」
 YUKIがそう言った。
「ファンクラブ?  わたしのファンクラブがあるんですか?」
 まったく・・・カリンはそういう面では無欲だ。有名になりたいわけでも、誰かを跪かせたいわけでもないのだ。
「ファンクラブのみんなは、あんたとチャットしたがっていろんな情報を交換しあっている、ただエッチなだけの女にそこまですると思う? あんたが作り出したあんたの世界はとても魅力的なんだよ」
「でも、それと、現実のわたしは違います」
 ああ、なんという頑固者・・・

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posted by noyuki at 10:38| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月22日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」30

 男性がこわい? 男を手玉に取っているようにしか見えないカリンが?
 3人はあんぐりと口をあけて驚いた。

「わたし、ほとんど処女みたいなものなんです。男性との性体験はいままで一度しかありません。最悪のセックスでした。だから、わたし、一生男の人と性交渉なんてしようとは思っていません」
 意外としかいいようがなかった。手練手管のカリンからこんな告白をされるなんて。たしかにネット上で自分以外の自分になれる人は多いかもしれない。だけど。実際にはセックスしたくないって思っていたなんて・・・
 カリンは告白を続けた。
「大学のコンパのあとに部屋まで送ってくれた先輩が相手でした。その人に少なからず好意を抱いていたのも事実です。だけど、酔っぱらっていたせいか・・・とても乱暴で・・・わたしが痛がっても止めてくれませんでした。でも・・・それよりもショックだったのは・・・イヤがるなよ、ブスのくせに、ってそのときに言われたことでした。そりゃ、自分の容姿のことくらい自分でもわかっています。でも、普段は親切に接してくれてましたから、だんだん顔のことなんてそんなに気にしなくていいのかも、って思っていた矢先でした。次の日には、サークルもやめました。あまりにショックで、もう顔を見る勇気もなかったんです。それからは勉学にいそしみ、いろんな資格を取りました。だんだん女友達も離れていきました。でも、それはわたしのせいです。きれいなだけの女性がイヤで、だんだん距離を置くようになったのですから。
 顔がこんなだと就職も不利でした。でも、能力を買われて今の会社に入れて、そりゃ、一生懸命にがんばりました。でも、誘ってもらったり、そんなことはもちろんありません、だから、わたしの趣味は貯金とパソコンだけなんです」
 カリンはとつとつと話を続けた。確かに地味な顔立ちではある、一重まぶたの小さな目は冷徹な感じでもある。けれど、彼女はあくまで10人並みというとことではないか。
「最初は会社の資料を調べたりするためのパソコンでした。でも迷惑メールがきっかけで、いやらしいサイトを覗くようになりました。人間って、不思議ですね。男性とセックスする気がなくったって性欲みたいなものはちゃんとあるんですもの。そういうサイトの体験を読んで、自分で自分を慰める方法も知りました。オナニーって、男性だけがするもんだと思ってた。でも、そうじゃないんですね。クリトリスの場所を知って、はじめてそこを刺激してみたときはびっくりしました。自分のカラダの中にこんな気持ちいいところがあったなんて・・・ほんと、いままで損してたわって思ったくらいです・・・チャットに入ったのは、メールアドレスを書かなくていいところもあるってわかったからです。これなら絶対に正体がバレない。そう思えると、大胆なことだっていっぱい書けたし。ほんと、ただの耳年増だったけど、そんなこと誰も気づかないんです。どんどん、こわいくらい大胆になっていきました。ある日、チャットセックスマニアの人に出会って、自分で触ってごらん、とか言われて、それで初めてチャットしながらオナニーしたんです。左手でキーボード打ちながら右手で自分を触って。相手の方もリードがうまかったんでしょうね。どんどんノセられて、いやらしいことをいっぱい言わされて、もう今までオナニーのたびに想像してたフェラチオする場面とかが滝のように口から流れだしていきました。それでも右手でずっと触ってて・・・そうしてはじめて、その人の前でわたし、イッてしまったんです。いま、イキました、すごく感じましたって言ったら、その人すごく喜んでくれました。もう、茫然自失っていうか・・・世界が変わったみたいな気がしました。これを性交渉って呼ぶことができるのなら、わたしだって男の人の前でエクスタシーを感じることだってできる。もう、一生男の人と性的なことができないままのわたしじゃないんだって・・・わたし、そういう意味では自分をずっと否定し続けていた人間なんで、はじめて自分で自分を肯定できたような気がしました。それからはもう、ご存知の通りです。SARA さんが場所を割り出した投稿写真だって、セルフタイマーで自分で撮ったし。初めての人を狙ってチャットセックスに持ち込んだりして・・・でも、お世辞じゃなくて一番楽しかったのは、スギさんとのチャットでした。女の人だとわかって、こわい気持ちも全然なくって、安心してカラダを預けられました。もう、ほんと、わたしの知らないわたしの快感をいっぱい教えてもらって。毎日夢中にでした」

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2005年04月21日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」29

 カリンの部屋で今、スギ、YUKI、SARAはテーブルを囲んでコーヒーを飲んでいる。
 長い時間をかけた長いやりとりの果てにカリンが煎れてくれたコーヒーだった。
 ドアを開けさせる時間、中に入れてもらう時間、そうしてすべてを説明するための時間。ひとつひとつの課程で、カリンの頑なさが何度も壁になった。彼女は否定し、拒否し、そして黙りこむ。だけども、そのまま引き下がるわけにもいかない。スギは、根気よく説明し、やっと今、野田という依頼者に会ってくれないだろうか、というところまで話をこぎつけたところだ。

「スギさんのことはよくわかりました」カリンはコーヒーをひとくち飲んで言った。「そして、YUKIさんやSARAさんのことも。みなさんに出会ってよかったって今は思ってます。だって、(カリン)には、友達と呼べる人なんてネットの上でもひとりもいなかったんだから。スギさんにいろんなこと教えていただいて嬉しかったのも事実。これを縁にみなさんとのおつきあいができればいいなって、今は思っています」
 化粧を落としたカリンの素顔はものすごく地味だった。ジャージーに銀縁めがねといういでたちに違和感はぬぐえない。だけども丁寧で響きのいい言葉遣いから想像するに、かなりしっかりした女性なのだと思えた。
「でも、その依頼をしてくださった野田さんという方にはどうしてもお会いすることはできません」
 きっぱりした口調。あらかじめ決まっていたことを告げているように冷淡だ。
「どうして? 会ってみればいいじゃない。イヤなら会って断ればいいんだし」
 SARAが口を挟む。
「いいえ。わたしが断るまでもなく、その方はわたしを見て失望されると思います。見てください、この地味なわたしを。一重まぶたの小さな目で、コンタクトをする勇気もないくらいです。鼻だってぶかっこうに上を向いていて、こんなわたしがカリンだと知ったら、その方はがっかりされるだけ。調査費まで払って、そんな失望をさせるなんてとてもできない。スギさんから断ってください」
 たしかに地味な顔立ちではあると思う。だが、透き通るような色白の肌をしている。手入れを怠っているようには見えない。自分がメイクアップしてあげることだってできる、何よりもカリンの言葉はすごく魅力的なんだから、とスギが言うと、カリンは頑なにかぶりを振った。

「ダメです。絶対ダメ。それに、わたし・・・男の人が恐いんです」

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posted by noyuki at 22:24| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月19日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」28

「スギ! あんた、どうしてこんなところにいるのよ?」
 驚いて振り返ると、駐車しているグレイのワーゲンゴルフからYUKIが身を乗り出していた。そして、運転席にいるのは、ああ、そうだ、SARAだ。たしかYUKIの仲間だった。
「あんたたちこそ、どうして?」
「カリンを尾行してここに来たのね。じゃあ、やっぱり、さっきの女がカリン?」
「YUKI。ここがカリンの住まいなの?」
「そう、SARAの調査によるとね。でも、もうひとりカリン候補がいて。どっちがカリンかわからなかったの」
 スギは今日の一日の出来事を話した。会社からカリンを尾行してきたこと。だけど、それでも確信が持てないでここまで尾行してきたこと。
「間違いないわね。わたしたちはこの家からカリンを割り出した。そうしてスギは会社から。ふたつの共通項を持っている彼女がカリンに違いないわ」
 SARAが断言する。言われるまでもなく、それはわかっている。だけどもスギは、このあとどんな行動をすればいいのか、わからなくなってしまっていた。

 躊躇するスギを不審に思うYUKIに尋ねられ、スギはつい、とまどいを口にしてしまう。
「何言ってるの? 仕事なんでしょ、そういうふうに言えばいいのよ」
「彼女は・・・日常をカリンとして生きてない。それにこれがわたしの仕事だってことも知らない。そんなとこに無理矢理踏みこんでいいのかなって・・・自信がなくなってしまうのよ。そもそも、どんなに会おうって言ったって、彼女はけっして会おうとしなかったのに・・・」
 SARAはしばらく目をつむって考えこんでいた。そうして、決意したようにこう言った。
「会いにいこうよ、みんなで! みんなでノリで行っちゃおう。そりゃ最初はイヤかもしれない。マシンの中の人と会わないって決めてるんだったら余計イヤだと思う。でもね、そう決めても、ほんとに心が通ったのなら、会いたいって気持ちをどこかで持っているもんなのよ。理由がわかってがっかりされたっていいじゃない。わたし。ずっとチャットしててさ、オフで会ったりすると印象が全然違ったりする人もいっぱいいたんだよね。でも、わたし。それでも会ってよかったっていつも思うんだ。もう不思議で不思議で、言葉しかしらない人が実在するのが不思議で、会うとほんとに嬉しいもんなの。何よりもスギさん、仕事なんでしょ。余計な心配するより、まずは会って話すのが先よ」
 その言葉に押され、スギとYUKIとSARAはカリンの部屋のドアをノックした。

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2005年04月17日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」27

 夕方5時すぎから、スギはオフィスビルの前で待ち伏せした。
 5時30分前にカリンは現れた。さきほどの白いブラウスは会社の制服だったのだろう。今カリンが来ているのはグレイのニットのアンサンブルに紺色のタイトスカートだ。
 声をかけるのがためらわれた。というより、声をかけられない雰囲気がカリンにはあった。
 無地のグレイと紺の組み合わせはあまりにも地味すぎて、さきほどよりも10才は老けて見える。
 この女性が、服の下に真っ赤なブラジャーをつけて、身をよじらせて胸をガラス窓にこすりつけていたなんて誰が信じるだろう? 下着をつけずガーターベルトだけで仕事時間を過ごさせたこともあった。だけどそんなこと、誰が信じるだろう?
 かなりの近視なのかもしれない、銀縁の眼鏡は分厚く、ひっつめ髪の表情はあまりにも固い。
 カリンは今、あのチャットとは別の世界に生きている。
 何の了解も取らず、いきなり声をかけても彼女は否定するに違いない。いや、きっと否定するはずだ。あるいは今、目の前を歩いている女性は、カリンとは違う人間かもしれない。たしかにカラダつきは間違いないのに。サイズが同じ別の女性を自分は選んでしまったのか?

 声をかけることもできず、結局はその女性を尾行するカタチになってしまった。
 電車で駅ふたつ分移動して、彼女は駅構内のスーパーに立ち寄る。買ったものは、フカネギと木綿豆腐だけ。500円玉を出して、お釣りを丁寧に小銭入れにしまい込んだ。小銭入れにはきちんと折りたたんだレシートも一緒に入れていた。

 自分が突然現れて、万一本当にカリンだったとしても、傷つけることしかできないかもしれない。なにしろ調査のことなどカリンは何も知らないのだ。
 そうだ。もともとは野田の依頼でカリンを探し出すのが自分の仕事。カリンの所在を明らかにさせたいがために、いろいろの手を使って手なずけてしまっただけだ。なのにカリンはそんなこと知らずに自分を信頼してくれている。
 そうしてまた自分も・・・予想外にカリンと心情をともにしていたのかもしれない。

 女性はスーパーの袋をさげたまま、木造のアパートに入っていった。
 ここか・・・この、どこかの部屋で彼女はカリンに変わるのだろうか。繋ぎっぱなしのパソコンがあることすら想像できないほどの和風建築物。
 逡巡しながらその建物をじっと眺める。

 そのとき、背後から聞き覚えのある声が聞こえた。

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2005年04月16日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」26

 なで肩・・・
 カリン(と推測されている)、カリントウの投稿写真もなで肩だった。写真なのでサイズまではわからないが、肩からウエストまでのラインがとても似ている気がする。
 スギはSMクラブで働いていたときから、カラダのサイズを覚えるのが得意だった。荒縄をかけたりすると相手の女性のカラダの特徴がよくわかる。肌の弾力性、胸の上向き加減、そして肩やヒップのライン。荒縄にかかるとカラダの特徴が、あぶり出しのように鮮明に浮かび上がってゆく。それがおもしろくて亀甲縛りに夢中になったものだ。
 今でも女性のカラダを見る目は変わらない。みな様々なカラダなのに、それぞれの味わいがあるものだ。

 偶然なんて信じない。こんな偶然なんて・・
 でも、ヒントは意外なところにあるものなのよ、とミケ子は言う。
 わずかな可能性でもあれば、たしかめない手はない・・・スギはチャットルームに入室した。

 ほどなくカリンが現れた。
「スギ様・・・」
「仕事中じゃないの?」
「いえ、今大丈夫なんです。嬉しい・・・こんな時間に会ってくださるなんて」
「いやらしいこと、考えてたの?」
「昨日のスギ様のことを考えてました。バイブなんて苦手だったわたしが、あんなにバイブで感じるなんて・・・わたし、奥のつきあたりの方があんなに気持ちよくなったのは初めてで、そればかりを・・・」
「下着に手を入れてみなさい」
「はい・・・   すごく濡れてます   」
 あいかわらず、本気で触っているようだ。窓ごしの女子事務員の動きをを確かめてみようと思うが、下半身の動きまで、遠い窓の向こうからはわからない。
「カリンは乳首が感じるのだったわね」
「・・・先の方が、ピンとたってしまいます。ああ・・・今も」
「今日はどんなブラを?」
「赤いフロントホックです」
「・・・じゃあ、すぐにそのブラをはずしなさい」
「  勘弁してください・・でも、ブラウスだけなら・・・」
「いいわ、ブラウスだけで、ボタンを全部はずしなさい」
「・・・はい・・・  」
「外した?」
「はずしました。ブラがはだけて見えます。ああ・・・でも。誰か、来たら・・・・ 恥ずかしい・・・」
「恥ずかしいことが好きなんでしょ? カリンは。自分に正直になりなさい。あなたは恥ずかしいことをしたくてたまらないのよ」
「ああ・・そうです。恥ずかしいことが、いっぱいしたくて・・・スギ様に、それを教えていただきました」
「じゃあ、ちゃんと言うことを聞くのよ。いいこと? その、ブラウスをはだけたまんまで窓のところに立ちなさい。赤いブラジャーをしてるあなたを、外の人たちに見せてやりなさい」
「え・・・でも」
「カリンは聞き分けが悪い。ほんとはやりたいことがいっぱいあるのに、あなたはそれを拒絶する。でも、それじゃあ、調教のしようがないわ。ほんとにやりたいことを押さえこむことしか考えられないのなら、もう調教はおしまいよ」
 いつになくきつい口調になったものだと、スギは苦笑した。
 だけどチャンスはこれ一回。それに、今のカリンなら、こんな命令ですぐにオチたりはしないはずだ。
「わかりました。知らない男たちに、この胸をさらします。今から、窓のところまで行きます、ちょっと待っててくださいますか?」
「いいわ」

 スギはパソコンから離れ、窓際に立った。
 向こうのビルの4階のフロアを見てみる。
 女子事務員が席を立った。そうして窓の方に歩いてくる。まだまだだ。偶然かもしれない。
 もっと近づいてくる。
 スギは窓に目を凝らす。
 女子事務員は、白いブラウスの間から真っ赤なブラジャーをあらわにしていた。
 
 ビンゴだ!

 恥ずかしげにも、カリンはそのままの格好で胸をガラス窓に押しつけ、自分の乳首を感じさせるかのように、そのままカラダを上下させていた。本気としか思えない、とてつもなく淫らなカリンが、今、自分の目の前にいる。銀縁の眼鏡をかけた、ひっつめ髪のカリン。そのアンバランスが淫靡さを加速させているように見える。
 じっと窓ごしにカリンを見つめる、目が合ったような気がした。
 それからカリンは目を伏せ、そうして自分のデスクに戻った。

「してきました。・・・スギ様・・・カリンは、すごく感じました。恥ずかしくて恥ずかしくて。とても感じました」
「誰か、そんなあなたを見てくれたの?」
「向かいのビルの女性と目が合ったような気がしました。知らない女性に見られてしまいました」
「合格よ、カリン。あなたは素敵な女性だわ。今夜、あなたにご褒美をあげるわ、待ってなさい」

 そうしてスギとカリンはチャットからオチた。
 緊張していたのだろう、スギが自分の手を触ると、汗が滲んでいた。

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2005年04月15日

キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」25

mienaidesyou.JPG


 スギは苛立っていた。
 オフィスで煙草を吸いながら、パソコンの画面を見つめている。
「まだ、カリン、みつからないの?」とミケ子所長が言う。「まあ、ヒントは意外なところにあるもんだから、あせることなんてないけどね」
 あせっているわけではない。現に自分は毎夜カリンとチャットしている。どんないやらしいことにも応じる素直で従順な奴隷。半分カリンは自分の手中にあるようなものだ。
 だけど、残り半分が手に入らない。彼女はどんなに命令しても勘弁してくださいというばかりで、所在すら明かそうとしないのだ。
 わたしのこの手をあなたのいやらしいところに差し込んで、ぐちゃぐちゃにしてほしくないの?わたしの指を味わいたくないと言うの? と言うと、そうしてくださるのなら、そうしてほしい、でも、ダメなんです、勘弁してくださいと言うばかりだ。
 絶対に会いたくないのだろう、だんだん心を許してきているのはわかるのに、それとこれとは別だとでも言うのか?
 あるいは、許しているように見せるだけで、それでも心を許してくれてないのか?

「まあ、コーヒーでも飲んで落ち着いてね。それとスギ、煙草の吸いすぎは猫ちゃんが可愛そうだわ」
 と雅子がコーヒーをくれた。
 ふっと顔をあげて見ると、猫たちは部屋のすみっこに非難している。煙がこわいのか、火がいやなのか。ああ、やっぱりわたし煮詰まってるんだと思い、スギは煙草を消して窓辺に立った。
 天気のいい春の午後だった。ビルの林立するこの街の、いくつもの窓の中にいくつものオフィスが入居している。20メートルほど先のオフィスビルがちょうど真正面に見え、そのひとつひとつのフロアで静かに動いている人たちが見えた。
 3階より上から10階くらいまで。どのフロアの人々も机に座って仕事をしている。彼等もわたしのように煮詰まったりするんだろうか? 声の届かない余所のオフィスはどこも静かで、粛々と仕事が行われているようにしか思えなかった。

 4階のフロアには女性がひとりでいるのが見えた。机の上のパソコンのキーボードを操作している。おそらく他の社員は外回りにでも出かけているのだろう。事務服を着た女性は、さぼっていてもよさそうなものなのに、淡々とキーボードに向かっている。顔をあげようともしない。窓際の席で、仕事をしている女性。背筋をピンとたてて凛とした女子事務員。
 そのなで肩気味のラインを見たとき、スギにはなにか、ひっかかるものを感じた。

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2005年03月04日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」24

「ほんとにそう思うの?」
 地味すぎるスーツ姿の女性と積極的なチャットの声が重なったわけではない。むしろ、あま
りにも正反対なことに惹かれたのだ。
「あのね、ねーさん」SARAは続けた。「わたし、エロって美意識なんだと思うの。だって、自
分の裸体とか自分のいやらしいとことか、そういうもんを好きになって認めるところが出発点じ
ゃん。だから、あの投稿写真になるわけよ。美意識がない人間にはあの写真は撮れない、そうし
たら女子大生の方だとわたしは思うの。でも、ねーさんの推理にも興味があるわ。わたしは想像
だにしなかったけど。ねーさんの意見も聞かせてみて」

 YUKIは困ってしまった。そもそも自分が調査したわけではないのだし、直感でしかないのだか
ら。それを言葉で言うのはむつかしい。だけどSARAは、わたしの意見を聞きたがっている。う
ーん、わたしはどうしてグレイの方だと思ったのだろう。
「・・・正反対だから、かな」
 そう言葉にしてはじめて、ああ、そうなのだ、とYUKIは思った。
「まったく、意図したみたいに正反対だからよ。女子大生のコートと写真のコスチュームは、同
じようだけど微妙に趣味が違う。だけどもグレイのスーツはまるで正反対。たしかに美意識のあ
る人間が選ぶような代物じゃない。スーツの素材とか、スカート丈ひとつひとつ取ってもそう思
うわ。わたしもSARAみたいにおしゃれじゃないけど、あのスーツはとても選ばない。でも。カ
リンが、意識的に自分の美意識と正反対のものを選んでいるとしたら?  職場でそういう趣味を
見せる必要もなくて、むしろ隠すために正反対のものを選ぶとしたら? 似ていて微妙に違うって
いうよりか、まったく逆だとね、なんかそういう意図を感じるわけよ」
「なるほどね、さすが怪盗」SARAはそう言ってにやりと笑った。「でも、ねーさんの意見を信
じたわけじゃない、わたしがこの足で調査したんだからね。とにかくあのアパートに行ってみよ
うよ。女子大生は今日はバイトだから、明日にしようか。ふたりとも7時すぎには帰ってくると思
う。車止められるから、わたしの車でパソコン見ながら」
「カリンとチャットで遭遇する可能性はほとんどないと思うよ」
「初もの食いなんだって、カリンは。ファンクラブのページで調べたのよ。チャット初体験、と
いう書き込みに弱いんだって。だからいま(はじめてです)って書き込みが殺到してるらしいから、
確率は低いけど」

 確率の低い仕事なんて自分ならやらない。YUKIは心でそう思い、いや、仕事じゃないんだから
と思い直した。
 カリンという女性が、近くにいる。あの淫靡なチャットの主が、実在している。
 彼女に会ってみたいという衝動を抑える理由なんてどこにもなかった。

 明日の夕刻の6時すぎに、楽しみね、と言いながらSARAは部屋を出ていった。

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posted by noyuki at 13:15| 福岡 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月27日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」23

「202号も203号も見える風景は同じ、同じように電柱とかの障害物もない。だからどっちにも
可能性があるわけ。こっちがね202号室の20代の女の子。短大の英文科に通っている」
 SARAはそう言って写真を指さした。
 襟元にファーがついたコートを着て、髪はくるんと巻いている。いまどきらしい女子大生だ。
「身なりにお金をかけるタイプね。でもそんなにリッチじゃないことはアパートから見ても一目
瞭然。食事はコンビニ弁当が多いし、夜は週に2回スナックでバイトしてる。あまり・・・高級な
感じのお店じゃないけど。でも身持ちは堅い方だと思う。部屋に入ってくるような男はいないわ」
「友達関係はどうなのかな?」
「お嬢さん大学なのよ。まわりに派手な子がいっぱいいるような。その中で、地味にまとまって
る方のグループだと思った。帰りにドトールで友達とレポートまとめてるのを見てたの。勉強は
できて頼りにされてるみたい。でも部屋には呼んでくれないのね、って言われてた。すごく散ら
かってるからって笑ってごまかしてたけど、あのアパートを見せたくないんだと思った。もちろ
ん夜のバイトのことなんて完璧に内緒」
 派手な生活と、その裏返しのコンプレックス。それをどこで発散させるのかは誰も知らない。

「203はこの女性よ」
 こっちは、まったく正反対の外見だった。グレイのスーツに銀縁のめがね、髪はひとつにまと
めている。ほとんど化粧っ気のない顔だ。たとえば同じグレイでも濃いめのチャコールグレイの
趣味のいいものならばもっと印象が違うだろう。薄いグレイにペンシルストライプ。まるで漫画
に出てくるような地味な身なりだ。
「彼女はつつましいわ。ほとんど7時前には家に帰るけど、買い物はスーパーで済ませる。自炊な
のね」
 ひとり暮らしが長いと、自分ひとり分くらい作るのは苦にもなくなるのだろう。YUKI自身、あ
まり外出が好きではないので、自然と簡単な食事くらいは作るようになっていた。
「趣味は貯金と読書、だと思う」
「ちょっと待って。読書は尾行すればわかるけど。貯金が趣味なんてどうしてわかるの?」
「給料日の昼休み、銀行でお金を引き出していた。それを待合いの椅子で仕分けて、別の通帳に
入れるの。同じ通帳だと、定期にしてても使ってしまうから、わざわざ別の通帳にしてるような
感じだった」
「そういうオーラだったんだ」
「あ、そうそう、ねーさん、うまいこと言うねえ」
 長く怪盗という仕事に関わっていると、お金にルーズな人間と厳しい人間みたいなものがわか
るようになる。それは行動とか言動でもあるけれど、やはりその人間の持つオーラだ。お金に細
かい人間のオーラ、みたいなものはたしかにある。

「どっちも、可能性なさそうな生活。でも、ネットって、リアルな印象と違うことなんてよくあ
るから。二人のウチのどちらでも驚かないと思う」
 それにしてもよく調べたものだ。ただの道楽でここまでやるなんて。いや、ただの道楽だから
やれる、それがSARAなのだ。

「ねーさん、どっちだと思う。二人でいっしょに指さそうか?」
 と、SARAが言った。どっちだろう。自分とチャットした、あの色気たっぷりの女性は・・・

「せーの!」
 というSARAのかけ声でふたりで写真を指さした。
 SARAは20代の巻き髪を。YUKIは30代のグレイのスーツを指さしていた。

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2005年02月19日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」22

「ほら、このアパート」
 そう言ってSARAは、A4に大きくプリントアウトした写真を取り出した。
 木造の2階だてのアパートだ。一枚は外観、そうしてもう一枚は、玄関を映し出していた。共同
の玄関に長い廊下、その一部屋一部屋が住まいとなっているらしい。手前に見えるのは、共同ト
イレのようだ。
「SARA,このアパートってもしかして・・」
「そう。カリンの住まい。マンションもいくつも回ったわ。でも、あの角度で外観が見えるのは
ここしかないの」
「東京にもまだ、こんなとこがあるんだ・・・」
「地方出身の学生やお年寄りとか、東京は賃貸料が高い分需要も多いのよ。でも、正直信じられ
なかった、カリンとどうしても繋がらなくって」
「わたしも・・・」
 ネットでは誰でも別人格になれる。だけど、あまりにもギャップがありすぎる。
「地方出身で、女性の給料でひとり暮らし。仕事にもよるし、お金をかける割合にもよるけど。
ルームシェアでもしないかぎり、こういうアパートにいる可能性ももちろんあるはずよ」
 そういうものなのだろう。YUKI自身若い頃、食費を削り衣服を我慢した時代がたしかにあった。
ドラマに出てくる女の子たちとはかけ離れすぎていた、あの頃の生活。

「アパートの住人も調べてみたのよ。1階は中年の男女ひとりずつに、年金生活している大家さん。
でも1階の可能性はないと思う。2階のひとりは若い大学院生の男。それと20代らしき女の子、3
0代の独身女性」
「みんな可能性があるわね」
「わたしもそう思った。とくに一番怪しいと思ったのは大学院生の男性。すごいオタクって感じ
だったの。女性二人はパソコンを自宅に持っているようにさえ見えなかったから」
「それで、男性を尾行した」
「ビンゴ!」
「秋葉原のイベントによく行ってた。そこでハンドルネームで友人に呼ばれていてね、検索かけ
たらブログを見つけた。売れる前のアイドル歌手を探すのが趣味で、仲間ウチではかなり信頼さ
れている存在みたい。でもね、毎回すごい詳しいイベントレポートを書くし、仲間のコメントに
も素早くレスするの。一晩かけてこのレポ書きました、なんてね。パソコンには親しいけど、住
む世界が違うと思う。彼は女性に化ける必要もないし、なによりも大人の女というものが視界に
入っていないと思うの」

「じゃあ、残りの二人?」
「わたしにはわからない。とにかくその二人の写真を見て」
 そう言ってSARAは、望遠で撮ったらしき二人の写真を見せた。

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posted by noyuki at 22:42| 福岡 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月17日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」21

 
 いつも仕事しているわけではない。
 だから時間の使い方は自由だ。
 怪盗YUKIは、その大部分の時間を自分ひとりのために使う。えー、退屈しないの? と、SARA
は不思議に思うらしい。だが、もう何年もそういう生活を続けている。
 依頼人から連絡のあることもあるし、もちろん買い物や食事にも行くので外出しないわけでも
ない。
 だが、ここ最近、外に出る機会がめっきり減ってしまった。
 チャットに入り込んでしまったのだ。いや、正確に言うとチャットそのものに入り込んだわけ
ではない。いろんなサイトが巧妙に繋がっている世界そのものに興味を覚えたのだ。
 たとえば女性がひとりでやっているブログのエロサイトを見る。とても素人の作品とは思えな
い動画に夢中になりバナーをクリックすると、そこは商用サイトの羅列だったりする。
 迷惑メールも必ずクリックするようになった。そこからもいくつものバナーが並んでいる世界
が広がってゆく。メールの伝言情報もひとつひとつ読んでみた。みんな同じように見える。身長
や体重、写真の顔さえ自分には同じに見える。チャットのメッセージもそうだ。年齢を除けば、
みんな自分には同じに見えるのに。他の人はどのようにして、この中から相手を選ぶのか?

 今日、久しぶりにSARAがやってきた。
 羅列するバナーを前にぼんやりしているYUKIをみて、へえー、ねえさん、こんなことやってん
だーってため息をついた。
「でも、SARA。あんただって、昔はチャットはまってたって言ってたでしょ? こういうことや
ってたんじゃないの?」
「あのね、ねーさん、チャットって2ショットだけじゃないのよ。みんなで集まるようなとことか、
メッセンジャーとかあってね、なんていうか違う感じのとこだったの。わたしはね、女王様だっ
たなあ・・・50人くらいわたしを待っててね。ああ、あの頃は楽しかったなあ」
「今は、そういうことやってないんだ」
「そうね・・・なんでもそうだけど、おもしろいときとおもしろくないときがあるもんなのよ。
時代に合わせてね。チャットと言えば、エロ、出会いってわけでもなかったし。もっと言葉の遊
びとかもあってね。だからわたしにしてみれば、今のこんなときに2ショットやってるカリンの方
が不思議なのよ」
「たしかに。こんなメッセージの羅列を見て、どれを選んでいいかすらわたしにはわからない」
「最初っから、重たい話題とか趣味のこととか書かないもんなの、メールだってそう。相手がど
んな人かわからないウチはね。だって、変な人にメアドとか住まいとかアブナイじゃない? だか
ら、親しくなってから、そういうことをおいおいするもんなのよ」
「そっか。すぐに親しくなれるわけじゃないんだ、けっこう時間がかかるのね」
「ねーさん、人間同士がそんなに出会ってすぐピーンとくるわけないじゃない。甘い甘い。とく
に相手は無名なんだから、ストーカーにだってアラシにだってなれるもんなのよ」

 YUKIは最初のチャットでカリンと遭遇したことを話した。
 それから何度かアクセスしたことも。だけども、カリンとは2度と会えない。他の女性との話は
それほど心に残らなかった。何らかの期待もそこにあるのはわかっているのだが、顔なのか、金
なのか、さみしさを癒す言葉なのかすらもわからなかった。そもそも、さみしいって言葉で彼女
たちが訴えていることが具体的に理解できなかったのだ。夫がいてもさみしい、友達がいても心
が開けない。少なくとも、他の人は自分よりも毎日たくさんの人と接して生活していることだけ
はわかった。だけども、多くの人間と接していてもさみしさはなくならないものなのだろう。
 それならば、ほとんど人と喋らずに生活している自分の方が、よほどさみしくなかった。
 さみしさとは言わない。自分は、しんとしていて整頓された世界に居心地く座っているだけな
のだから。

「ふーん、とにかく、カリンだけはねーさんにとっても魅力的だったわけね」
「そう思う、そうね。あっというまにリードされて、カリンワールドに引きずり込まれてしまっ
たわ」

「そうそう、今日はわたしの調査報告を持ってきたわ」
 と言って、SARAは大きな封筒をバーキンらしきバッグから取り出した。

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posted by noyuki at 11:45| 福岡 ☔| Comment(9) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月16日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」20

 カリンはほぼ毎日スギのところに入室してくる。
 時間はいつも決まった時間だ、待っているに違いない。彼女の警戒心が日ごとに薄れ、スギを
信頼しているのがわかった。
 それは女性だから? 
 あるいは彼女は、知らない男性ばかりを相手することに疲れていたのかもしれない。あるいは
何か強烈な力に身を預けたかっただけなのかもしれない。
 ではなぜ、それは女性の自分だったのだろうか?  そういう男性に出会えなかったということ
なのだろうか?

 昨日は、ローターを入れて外出させてみた。
 近くに自販機はある? と尋ねると、家の前にあるというんで、躊躇するのを無理矢理に缶コー
ヒーを買いにいかせた。落ちないように下着だけはつけさせてくださいと言うので許してあげる
と、時間をかけて装着したようだった。
 このまま待っておくからと言って時間を計ると、苦しくてとても長かったと言うわりには5分も
かからなかった。マンションならば1階か2階、一軒家かもしれない。
 ブラをはずした胸を押しつけて窓に立つように言ってみたこともあった。自転車に乗った男の
子がこっちを見たようで恥ずかしいと言った。やはり住まいは高層ビルではないらしい。
 だけども、そんな些細な情報ではとても歯がたたない。
 実際にわたしに会って、もっといやらしいことをしてみせなさいと言うと、それだけはできま
せん、と許しを請う。
 彼女は会うことをまったく考慮に入れていない、それだけは確かだった。

 必ず入室するだけでも進歩ではある。だけどもそれだけでは調査はできない。
 野田は昼間にも一度カリンとチャットしたと言っていた。
 ためしに昼間に入室してみた。
 カリンはすぐに入ってきた。
「スギ様。こんな時間にお会いできるなんて・・」
 カリンは喜びを隠さずにそう言った。
 自分が昼間いないあいだでもずっと彼女は繋ぎ続けている。そんな時間は別の男性を相手にし
ているのかもしれない。あるいは、自分と別れたあとの時間にも・・・
 一日中、繋ぎっぱなしにしているチャットジャンキーなのか? 自分はその相手のひとりにすぎ
ないのか?
 そんなことを考えているあいだに、カリンのキーボードが素早く走った。

「申し訳ありません、スギ様。会社の者が誰か戻ってきたようです。すぐに画面を戻さないとい
けません。せっかくお会いできたのに残念です。今日の夜、もう一度、このカリンをかわいがっ
てください」
 そう言ってカリンはそのまま落ちた。

 仕事をしている女性、昼間ひとりでオフィスにいる女性。
 経理担当、あるいは電話番といったところか? 外出する営業社員がいるのだとしても、それほ
ど大きな事務所ではないのではないか。
 そんな会社は都内にはやまほどある。
 やまほどある中で、けっして顔を見せないカリン。
 スギは、投稿写真のカリントウをもう一度凝視してみた。
 なで肩のラインがはかなげだ。胸はDカップはあるだろう、くびれたウエストから流れる桃のよ
うなヒップライン。
 写真だから正確なサイズはわからないが、このラインの女性を街頭で見たら案外わかるような
気がした。以前の仕事のせいか一度見た女性のラインは忘れない、実像で見たらサイズだってき
ちんとわかる。

 だけど、街頭でカリンを見かけることなんてあるのだろうか?
 そもそも彼女が都内に住んでいるという保証すらないのに。
 カリンがカリントウであるということすら確実な情報ではないのに。

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posted by noyuki at 22:41| 福岡 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月13日

キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」19



「で、どんな子だったの?」
 昨夜カリンと遭遇したことをミケ子所長に報告すると、さっそくそう聞かれた。
 どんな子だったのだろう?  ひとことでは言えない。たぶん、いろんな人に向けていろんな人
格を見せてるだろうし、とにかくひとことでは言えないと思う。
「でも・・・やっぱりどっか魅力的ね。妖艶ってのじゃなくって。そう、野田さんが言ってたよ
うな感じがよくわかるっていうか・・・そう、人間臭さが見え隠れしてるって感じ」
「そっか・・・また、会えると思う?」
「いちおう、仕掛けはしてるけど、ちょっと自信ないな」
 スギはそう答えた。

 また会いたいなんて言葉は、約束にはならない。それは、別れ際の(see you again)と一緒だ。
 それを本気にして待とうと無名の人間同士が思えるのなら、それは奇跡に近いかもしれない。
そう思いながらも、その日の夜も同じ時間にアクセスしてみた。

 カリンは待ちかまえていたかのようにすぐに入室してきた。
 今日一日下着をつけなかったことを、嬉々として報告してくる。信頼してくれたということな
のか? スギにはまだ信じられない。ひとりの相手とは一度だけ、と野田は言っていたのに。
 もしかしたら、わたしが女性だから特別なのか?

「ご褒美をあげるわ。わたしを存分に舐めつくしなさい」
 その言葉にカリンは素直に応じてきた。舌を堅くして中の中まで押し込んで、そして愛液を嬉
しそうに絡み取り、突起したクリトリスをいとおしげな言葉で褒めながらゆっくりと舐めあげて
ゆく。
 そうして、よつんばいになってスギの前に跪きながら、自分の手によって自分を刺激して、感
極まって彼女はイッてしまう。
「スギ様だけです。わたしがこんなふうに、自分を預けられるのは・・・」
 同性愛者なのか? だが、そんなふうにも見えない。
 では、自分に対する安心はいったいどこから来るのか?

 今日は峻は来なかった。だから昨夜よりかはチャットに集中できた。
 それでもスギは自分を触りながら、キーボードを打つことはできない。だが、カリンは本気で
それをやってのける。
 スギは自分が後ろめたくなり、その後ろめたさを隠すかのように、カリンにまたも命令を下し
てしまった。
 ローターを手に入れること。軽い刺激を与え続けるバタフライ型の下着のような器具を手に入
れること。
「それがどういうものなのか、ネットで確認してみるといいわ。でも、通販で買ってはダメ。あ
なたは自分の足でそういう店に出向いて、そうして自分ひとりでそれを買うの」
「わかりました、スギ様。わたしのただひとつのバイブは通販のサイトで購入しました。そうい
う店にはまだ入ったこともありません。女性ひとりで行っても大丈夫なのでしょうか」
「平気よ、あなたは羞恥しながらそこに入って、それを購入するの、近くにそういうお店はある?」
「職場の隣の駅の歓楽街に看板を見つけたことはあります。明日、そこに入ってみます」
「梱包をはずして、明日、同じ時間にわたしを待ちなさい。それまでに自分で試してはダメ。わ
たしに調教されながら、あなたはそれを使うの」
「ああ、スギ様、明日が楽しみです」
 カリンはそれから、おやすみなさい、と言って落ちた。

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2005年02月08日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」18


「峻ちゃん・・・」
 相手に聞こえるはずもないのに、スギは声を潜めて言った。
「あ・・・ついに、きましたね」
「どうしたらいいだろう・・・」
「とにかく、打ってください。お得意の女王様でいきましょう」
「あ・・・・うん」

 男性に扮することばかり考えていた。そうだ、わたしは元SMの女王。自分の土俵に持ち込めば
いいんだ。そう思いなおすと、驚くほどなめらかにキーボードがすべり出していった。

「はじめに言っておくけど、わたしは女よ。レズってわけじゃないけど、あなたのカラダには興
味があるわ。どう? わたしに言葉嬲りされたい?」
 少し間が空いた。落ちたのか? それとも・・
「お願いします。誰かにそういうふうにされてみたかった。お願い、わたしを嬲ってください。
男の人はこわい。女の人に・・・そうされたら嬉しい・・・」
「言葉遣いに気をつけなさい。ここでは、あなたはわたしの奴隷よ」
「スギ女王様。承知しました」

 役割を楽しんでいるのか? いや、それだけじゃない。彼女のメッセージには、本当のカリンが
見え隠れしているような気がした。

 命令口調でカリンの下着をはぎ取った。そうしてその秘部を鏡に映すように強要した。ひとつ
ひとつのメッセージは、間を置いて現れてくる。恥ずかしそうに、そして従順に。それは、キー
ボードのお遊びでもなんでもなく、カリンが本気でそうしていることの証に違いない。

「ちゃんと大きく脚を開いている?  自分の中がどんなふうに見えているのか、わたしに教えな
さい」
「ぱっくりと、赤い肉襞が・・・なかまで・・いやらしいです。白い液体が、いっぱい・・いっ
ぱい出てます・・・」
「いやらしい・・・これだけで濡れてしまうなんて、はしたないわ。指ですくい取って、その指
を舐めなさい」
「ああ・・・そんな・・・」
「命令よ。わたしの命令が聞けないのなら、プレイはおしまいよ」
「   いま  舐めました。 自分のを舐めたのははじめてです。ああ・・・こんな、ことし
てるわたしを、ちゃんと見ていただけてますか?」
「ちゃんと、見てるわ。はしたないカリンを。バイブを持ってきなさい。バイブくらい持ってる
でしょう?」
「持ってます。でも・・・」
「持ってきて、入れてみせなさい」
 またしばらく間があいた。カリンはバイブを持ってきたのだと言った。
「でも、女王様。バイブは痛いし、苦手です。それよりか・・わたしのクリトリスを・・・」
「何度言わせるの? 言うとおりにできない子は嫌いよ。直径何センチのバイブ?」
「3.5センチです。突起があって、クリトリスを刺激できるようになっています」
「入るところまで、それを入れなさい。一番奥まで」

 またしばらく間が空いた。この間が、とてつもなく想像力を駆り立てるのだ。
 峻も隣で、ディスプレイを凝視している。
「ああ・・いっぱいに入って・・・苦しい・・苦しいくらい・・・」
「ちゃんと、奥まで入れた?」
「   入り ました。ああ・・ああ・・もう・・・」
「ダメ。スィッチを入れなさい、一番強くして、スィッチを入れて。浅くしちゃダメ。一番奥を、
自分でかきまわしなさい」
「   ああ・・・  きつい・・・ 苦しい・・・ああ。ああ、あ・・・あ・・」

 不思議な感触をスギは味わっていた。
 だが、それと同時に、矛盾を感じないではいられない。
 直径3.5センチならば、別に大きすぎるというわけでもない、初心者が手を出すくらいの標準的
なサイズだ。これが苦しいとは、いったいどういう訳だ?

「イキそうです。スギ様。イッてもよろしいでしょうか?」
「まだ、ダメよ。もういっかい、鏡に映った姿を見せなさい」
「黒い  くろいバイブが  まわりに 透明の液が  いっぱい・・・ ああ・・  ああ」
「まだ ダメ そのままよ。我慢しなさい」
「ああ・・・ 勘弁してください。女王さま・・」
「堪えきれないのね・・・」
 無音。
「イキたいの?」
「・・・イカせてください・・」
「イキなさい。恥ずかしい声をいっぱいにあげて。外まで聞こえるくらいの声をあげて。歩いて
る人に聞こえるくらいの声で。イキなさい」
 またも無音。

「ああああ。イカせていただきました。ほんとに大きな声で。恥ずかしい声を出してしまいまし
た」
「チャットしながらイケるなんて。あなた、はしたないわ。でも、わたしの奴隷には、ふさわし
い」
「光栄です。そう言っていただけて。また。ここで会っていただけますか?」
「それは、あなたの心がけしだいよ。いいこと。明日は一日下着を脱いで過ごしなさい。それが
できたら、またね」
「仕事中も、ですか?」
「もちろんよ。ノーパンでストッキングをはきなさい。ガーターベルトで止めて。あなたの濡れ
やすい、いやらしい部分は、吹きさらしで過ごすの。それができたら、また、明日ね」
「承知しました。さっそく朝、ガーターベルトつきのストッキングを買ってまいります。スギ様、
ほんとうにありがとうございました」

 そうして、長いチャットからカリンは落ちた。
「すごいですね、スギさん」
 峻は、汗ばんだ気色でそれを見ていた。
 スギは呆然としていた。
 たかが、チャット。しょせん、文字のお遊びだと思っていたのに。
 それを・・カリンは・・・

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posted by noyuki at 13:28| 福岡 ☁| Comment(15) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月07日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」17

 野田が帰ったあとミケ子も雅子も帰り、峻とスギだけがマシンに向かっていた。
「野田さん、いい人ですね」
 峻がそう言った。あんたもいい人だよ、とスギは心の中で呟く。まったく、男ってどうしてこ
うも純情なんだろう。もっと女性たちの方がかけひきに長けているに違いない。それに振り回さ
れて、あるいはまっすぐに信じて・・・
 スギにしたって野田のことをなんとかしてあげたいとは思っている。だけども、カリンが何を
考えているのかわからないうちは、カリンもまたまっすぐに純情な女性なのだと断定するわけに
はいかない。調査するうちに、想像だにしなかったことがどんどん露呈してゆくことだってある
のだから・・・

「あ、そっか」スギはふっと思いついた。「はじめての相手しかチャットしないって言ってたよ
ね、じゃあ、カリンさん、待ってます、なんてメッセージ入れてもダメなんだ。あと、名前だっ
てどんどん変えていった方が確率高いんだ」
「そういうことですね」
 
 しばらく考えてから、スギは、実名sugi で入室してみた。この名前は一度も使ったことがない。
「はじめてです、言葉嬲りで・・」
 つかの間の刺激だけが欲しいのならば、刺激的な場所を好むだろう。だけどもチャットに手慣
れた男はイヤなのかもしれない。相反するふたつのキーワードにかかってくれれば、という気持
ちを込めたメッセージだった。

 今日は入室待ちの男性でほぼ満室状態だ。
 時間は週末の午後11時。野田のリストによると、カリンとのチャットを経験した時間帯である。
もっともカリンは、昼夜関わらず出没しているらしいから、この時間だけがキーワードになるこ
とはない。
 だけど、今週末もカリンは家にいる。そして入室待ちの画面をじっと眺めている。野田の話を
聞いたあと、なんだかそんな確信めいたものをスギは感じていた。
 
「言葉嬲り、したいの? それとも、されたいの?」
 突然そんなメッセージが飛び込んできた。
「はじめまして。カリンと言います」

 ついに来た! スギのキーボードを打つ手が震えた。
posted by noyuki at 21:35| 福岡 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月05日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」16

「ほんとにそれでいいんですか!」峻は顔を真っ赤にして言った。「ただのエロな女の子に会って
みたいというんなら僕は引き下がります。だけども、野田さんはそうじゃない。カリンの魂を求
めているんじゃないですか。今の話を聞いて、カリンも野田さんに出会うべきだって僕は思いま
した。魂が惹かれあうのは誰も邪魔できない。いや、出会うべきなんです。文字だけの会話でそ
れを感じられるなんて、そんな人にはめったに出会えるもんじゃない」
「・・・わたしもそう思う」スギが言った。「いろんな人とチャットして、人間は無名になると
こんなに本性が出るものかと思った。その本性が、そんなふうに通じあえるなんてめったにない
ことだと思う。もちろん、会ったらその通りの人だったって保証はできないけれど。でも、野田
さんはカリンに会うべきだと思う」

 野田は、無言のまま頷いた。それは受け入れられたことに対する安堵のようでもあった。
「ファンクラブの書き込みは無視しましょう。ちょっとしたイタズラで、名前を公開するような
ことはないと思います。それよりか、カリンのことをもっと知りたい、出会った時間帯とか、わ
かりますか?」
 そう言って峻は、いつのまにか野田と二人で話しこんでいる。
 野田は安心したようだった。顔に血色もいくらか戻ってきたようだった。きっちりしたスーツ
を着こなした一流企業のサラリーマン、なのに自分の正直な感情にさえ自信の持てない男。
 そんな人間がこの世には山ほどいるのかもしれない。

「熱いんだね、峻ちゃん」ミケ子がそう囁いた。「おかげでキャンセルされないで済んだわ」
「よかったよかった」
 スギはそう言ってお茶をすすった。会ったこともない人間と心が通じるなんていうのもまた幻
想なのかもしれない。ネットの上の「顔」のない人間が顔を持った瞬間、魅力を失たという話だ
ってたくさん知っている。
 だけど、この二人には出会って欲しい、結果がどうであろうとも。
 スギの心にはだんだんとそういう気持ちが芽生えてきていた。

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posted by noyuki at 21:34| 福岡 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月01日

キャッツ探偵事務所3「カリントウ」15


 野田はお茶を一口飲んでから、ふうっとため息をついた。
「そんなに苦労したことなかったんです。勉強にしろ試験にしろ。おまけに家で本やマンガ読ん
だりするのが好きで、ひとりでいて幸せなタイプだった。だから、友達がいないから不自由とか
孤独とか思ったこともなかったし。苛められることもなく、なんなくやってきた人間なんです。
 それが異常なことだと知ったのは就職してからです。上司や同僚と飲んだり、取引先を接待し
た時、僕は何がおもしろいことで、何でみんなが笑っているのかわからなくなるんです。それで、
おまえ、ズレてるな、なんて言われる。無理に合わせようとしても、滑ってしまう。
 それでも最近は、同僚とメールのやりとりもするようになったし、チャットも教えてもらいま
した。だけど、何がおもしろいのかわからないままでした。
 おもしろいと思ったのはカリンと話した瞬間だけです。ちょっとした世間話でも、まるで、ふ
たりで将棋を指しているかのようにぴしっと決まる。そんな感触ははじめてでした。エッチな会
話に導いてくれるカリンも好きだけど、けっしてそれだけじゃないんです。彼女は僕と似ている。
現実の世界でうまくやれなかったり、ズレていたりして、それに自分で気づいていて少し困惑し
ている。そうして、それに気づかれないように、エッチなことを言ったりする。僕はそんなカリ
ンに惹かれていたんです。
 でも。もう、いいです。僕はカリンにとって特別な人間でもなんでもない。なにしろ彼女は、
一度チャットした人間のところには二度とやってこないし。僕はそれに気づいてから、何度も名
前を変えました。だから、彼女にとっては、僕はただひとりの人間ではないんです。
 とにかく、ご迷惑をおかけしました。これ以上やって、それでカリンにも迷惑をかけるのも忍
びない。今までの費用はお払いします。が、ここで、調査は中止してください」

 依頼人がそう言うなら中止するしかないのだろう、もともと糸口すら見つかってないのだし、
とスギもミケ子も思った。残念だけど仕方ない、依頼人が中止するというのなら、そうするしか
ないのだ。
 だが峻だけはそう思っていなかった。

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posted by noyuki at 21:56| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | キャッツ探偵事務所3 「カリントウ」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする