2018年06月15日

「彼女について知ることのすべて」と三浦誠己と笹峰愛

もともとテレビはふわっとかかってるだけのことが多い。
朝などは、少し賑やかな方が目覚めもいい。

日曜の朝に「ぼくらの時代」を見ていたら、三浦誠己さんという方が出てて、「どこかで見たことあるな、この人どこかで見たことあるな」とずっと考えていて「彼女について知ることのすべて」に出てた俳優さんじゃないか?と思い至った。

「彼女について知ることのすべて」。
佐藤正午せんせいの原作、井土紀州監督の映画である。
わたしは夜の最終上映を映画館でみた。
エロスノワールとのことで、まわりは全員男性で少し恥ずかしかったが、映画自体もとても佐藤正午テイストの強い作品で嬉しくなった。

まじめな主人公は、思いもよらぬことで道をふみはずす。
とくに「ああいう感じの女性」が相手となるとあぶない。
女のわたしから見たら「どうみたって、危険シグナルが点滅してるような女性」に、どうして男は惹かれてしまうのだろう? と長年不思議だったのだが、最近はなんとなくわかってきた。
後ろ手にナイフを隠している女でも、男には正面からしか見えてないのだ。
「だから男はかわいそう」とは思わない。そのファンタジーを大事にしたいのが男なのだと、最近は思っている。

そういうふうに映画のことを思い出しながらテレビを見ていたら、三浦誠己さんの奥様が笹峰愛さんだと知って心底驚いた。
そうか、メイはもう、後ろ手のナイフを捨てて、鵜川せんせいのもとに行くことができたんだね。
事実は映画よりももっと複雑。

いやはやいやはや。もう、びっくり仰天であります。

映画「彼女につて知ることのすべて」の感想はこちらです









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2018年05月17日

みんなうそつき

ミモザ。今日はA4くらい。


なかなか更新しないブログも月イチくらいは更新したいもの、と思っている。
けれど忙しいとやっぱり更新してない、でも生きてます。

昔のブログを少し整理しようと思ってたら、いきなり「アップルCARE」という画面が一面に出て来た。
「ウィルスに感染しています、今すぐスキャンしてください」と書いてある。
2分以内にスキャンとのことでストップウォッチの秒数がどんどん減っていく。
え〜!どうしよう!
今年になって一度パソコン壊れて、まっさらにしたので写真を少々なくしてしまったし。また壊れるのか?
と思ってよくよく考えたら「わたし、アップルCARE」なんて入ってないんじゃないか?とやっと思い出した。
落ち着いて表示されているアドレスを見る。
画面はすべてアップルと一緒だけど、どうもアドレスは違うような気がする。
画面を削除してクロウズしました。

「有名な楽天カード」にも騙されそうになったクチ。
メールで届いたけれど、買い物に覚えがない。
おかしいな? とクリックしそうになったけれど。
わたし、楽天カードも持ってなかった!
そして、楽天のページを見てみると、やはりアドレスが少し違っていた。

知らないところから「買い物完了」のメール。
それもメールを怖くてクリックできなかったので、そのサイトを直接訪問したら「偽メールがたくさん届いています」と注意があった。
メールはクリックしちゃいけないね。
サイトも。

みんな嘘つきだなあ。

それでも嘘つきだらけのインターネットで、活字を読んだり書いたりする毎日にいつのまにかなっている。
小さな小さな知り合いだけの世界で生きていたときよりも、嘘も多いけれど、呼吸は深くなったと思う。


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2018年03月01日

春は偉いね


玄関に置いてた梅が咲きました。


冬眠してたように思う。
いちおう目覚めて仕事はしてたんだけど、すごくぼんやりして焦点が定まらなくて。なんだか、なにも心に触れないままにバラけてしまっていた。
もう一生このままバラけたままなのかもしれないと思っていたら、ずっとずっと玄関に放置してて蕾のままだった白梅が、雪のように真っ白な花を咲かせてきた。

春は偉いね。

ほんとにえらいね。

部屋を片付けよう。本を読もう。外を歩こう。
いままでそんなこともできてなかったくらい今年の冬は厳しかったんだよ。
春は、佐藤正午さんの短編「水曜日の愛人」みたいに、ほどけた自分をきゅっと結びなおしてくれる。
おにぎりを握るみたいに、バラけた自分のカタチを(たぶんこれから)整えてくれる。
春の歌を聴かせてくれる。

春は偉いね。
やっと冬眠の半目が開いてきたところです。


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2018年02月05日

今年もtwitter文学賞が始まりました

備忘録。twitter文学賞のページからの引用です。





この言葉の通りだと思います。
たくさんの文学の中でてっぺんを選ぶことも意味のあることだけど、「わたしの心に届いたのはこれだよ」と声に出して言えるよろこび。この一年間でそういう作品に出会えたよろこび、それを自分のツイートに込められるって、ほんとに素敵なことだと思います。

どれに投票するつもりなのか? は、選挙と一緒でひ・み・つ。
と言っても、twitterだからすぐにわかりますねw
締め切りは2月12日まで。



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2017年12月28日

忙しく、そして幸せだった1年を振り返る



今年の読書予定は、年頭から忙しく、そして幸せで奇跡の連続だった。
「こんな年はめったにないだろう」と言ってしまいそうだが、1年限りのバブルではない可能性もある。
加速度的にもっとすごいが起こるのかもしれない。

* 村上春樹の「騎士団長殺し」上下巻が発売されるというので、年頭から未読の本がたまらないように調整して読んだ。とても楽しめた。騎士団長は魅力的で、重すぎもせず、楽しめた。

* だがしかしゆっくり楽しむわけにもいかない。4月には佐藤正午の「月の満ち欠け」が発売になるのがわかっていたので、またもや調整。「月の満ち欠け」は、あまりのおもしろさに3度読んだ。

* 佐藤正午の文章には中毒性がある。ずるずると何度も読み返し、他の本に移行することができない。それで「えいやっ」と伊坂幸太郎の「AX」に移行したら、けっこうショッキングなどんでん返しでこれもまた名作だった。
そうこうするうちに同氏の「ホワイトラビット」も刊行になり。これには翻弄させられた。

* その間に盛田隆二の「焼け跡のハイヒール」発売される。なかなか出会わないふたりにヤキモキしながらも、戦中戦後の「心の記憶」「町の記憶」が見てきたかのようにビビッドに描かれていて、すごいリアリティに唸った。戦争は悲惨だ、戦争はいろんなものを奪う。そのことを深く感じた。

* なんといっても、長年応援してきた佐藤正午の「直木賞受賞」は感慨深い。候補にあがってのドキドキから発表の瞬間まで、待ち望む幸せを味わった。そして受賞。多くの人が佐藤正午を知って、そして読んでみようと思ってくれた。見たこともない景色が広がった。

* という「最強ラインアップ」で今年の読書は終わるはずだったが、暮れになって、またとんでもなくおもしろい本を読んでしまった。東山彰良「女の子のことばかり考えていたら、1年が経っていた」である。




有象くん無象くんの1年間の大学生活を描く「某、博多の大学」の物語である。
「かわいらしい博多弁を操りながら」好き勝手に男を翻弄する女子大生たち。男もバカだが、女もビッチだ。
もう、大笑い!ビッチちゃんとか、抜け目なっちゃんとか、ほら、あそこの大学におるやん!まさに! 

織田作之助賞を取った「僕が殺した人と僕を殺した人」(文芸春秋)の方を読む予定がうっかりおもしろい回り道をしてしまった。

そして2018年も! のっけから忙しそうだ。

*「月の満ち欠けリボーン」新装幀、岩波書店より著者コメントつきの発売。

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キャンペーンサイトはこちら

* それから、2018年1/4 小学館より「鳩の撃退法」文庫。糸井重里氏の解説で発売。
* 2018年1/6 KADOKAWAより「ダ・ヴィンチ」2月号佐藤正午特集号発売。

またまた楽しい1年がはじまるにちがいない。



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2017年12月17日

伊坂幸太郎の備忘録「ホワイトラビット」 新潮社



今年は伊坂幸太郎の新作を二作(AX)と(ホワイトラビット)を読めた幸運な年だった。
だが、どっちがいいか?と言われたら選ぶのに困るだろうなと思う。
ドンデン返しもあったが、どちらかというとわかりやすい筋だったのが「AX」。
ドンデン返しどころか、時系列返し、空間返し、登場人物返しと、いくつものひねり技があって「あれれ?」の連続だったのが「ホワイトラビット」。
とちゅうで翻弄されすぎて、読み戻ることも何度もあった。

「誘拐業」(誘拐犯の下請け)をなりわいとする兎田孝則は、ボスから妻の「綿子ちゃん」を誘拐され、交換条件として「経理の女をかどわかした裏切り者のコンサルタント、オリオオリオ」を探し出して差し出すことを要求される。
オリオオリオを追っているうちにいつしか、それは「立てこもり事件」へと発展。父母と子供を人質にした立てこもり事件...のはずが。
金庫破りの黒澤グループ、そして警察の夏の目課長、テレビ中継まではじまり、この壮大さの中で、複雑なストーリーの展開に何度も何度も翻弄され...

作者はあとがきにこう書いている。

> 無事に出来上がるかどうか不安で仕方がなく、おそらく無事にはできあがっていないのですが、それでもこうして完成したことにはほっとしています。

要するに作者が不安に思うくらいの仕掛けがたくさんあったっていうことです。
そしてわたしは、その仕掛けに右往左往するのが楽しくてしかたなかった。

読者がすっきりとわかる作品よりも、翻弄され、何度も読んでしまう作品の方が楽しい、と最近は思っている。
ただし「ただ複雑」なだけでは翻弄されないのだ。
立ち止まるべき「台詞」があり、愛着を持たずにはいられない「魅力的な登場人物」がいるから、何度も立ち戻ったり、読み返したりできるのだ。
そういう翻弄文学は奥が深い。「ついれこれるか?」と、言われているようで、ほんとに夢中で読んでしまう。

そう、完成された何かを受け取って評価したいわけではないのだ。
複雑な迷宮を作者といっしょに走り回るのがたまらなく楽しい、これはそんな作品だと思う。


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2017年08月09日

8月9日の空を見上げる

8月9日の空を見上げる


もう何年も前から変わりなく、長崎出身の友人げんたのさんは8/6日と8/9日の空を見上げ、その日の空の風景を写真でアップしてくれてた。

わたしはすぐに忘れてしまう。
空はいつでもわたしの上にあって、見上げようと思えばいつでも見上げられるものなのに。

わたしは「平和」も同じようなものだと思ってしまってるのかもしれない。
あることさえも当たり前のもの。

当たり前のものが当たり前にあることの幸せを忘れないように。
今年も空を見上げます。

大きな雨粒が降ってきました。


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2017年07月29日

「佐藤正午氏の(月の満ち欠け)直木賞を待ちながら」


ブログも更新せず、気がついたら一ヶ月もたってたからびっくりした次第。
いったい何をしていたんだろう?
と考えていたら、佐藤正午せんせいの「月の満ち欠け」が直木賞候補になって、受賞してという一ヶ月だった。

{直木賞の結果を待つなんてことは、めったにない経験なので、時系列で記録しておきます}

2017年6月20日:直木賞候補者の一覧が配信される。候補者5名。なかには「読もうと思って買っていた本」と「買いたいなと思ってた本」の作者もいらっしゃる。ここは願掛けにて「読まない」を選択。

2017年同日:候補になったからとできることはあまりない。とりあえずスマホの待受を「佐藤正午氏の近影」に変更する。

2017年6月22日:直木賞「大衆選考会」のページを、ファンの友人に教えられる。「選考には関係ないかも」と思いながらもはやる気持ちを抑えられず書き込む。あとで聞くところによると、この大衆選考会で1位2位の作者が直木賞を受賞することが多いとのこと。

ちなみに、こういう情報が自然にずるずる入ってきたわけではない。
Twitterはじめ、いろんな記事、下馬評の検索にかなりの時間を費やしてしまっている。
なにもできないので、こういうことをやってしまうのだ。

2019年7月:ニコニコ動画で生中継があることを知る。当日の仕事のスケジュールを確認。

2019年7月19日:夕方6時すぎから、ニコニコ生放送を見る。解説の方の話を聞きながら選考結果を待つ。
19時くらいに発表予定とのことだったが、なかなか結果を入って来ない。時間がかかっているのかとヤキモキ。

2019年7月19日:19時20分。会場にカメラが切り替わる。女性がひとり入ってきて、壁に紙を貼る。
まずは芥川賞。そして、直木賞。間違いなく「佐藤正午 月の満ち欠け」と書いてある。
生放送を見れなかった友人に電話する約束をしていたので、すぐに電話して喜び合う(ここで感極まって泣きました)。

それからあっという間に「人多すぎ」になって、プレミアム会員でないので視聴できなくなる。
LINEで友人とあれこれ探して、記者会見が見れるネットを探してやっと視聴。

それから、ネットに書きこんだり、自分のことではないのにお祝いのメールが来たり、と、お祭りのような喜びの日々を過ごした。やり残したことはあるものの、とりあえず今は放心。
生きているとほんと、予想もしないことがたくさんあるなあ、と改めて思いました。
佐藤正午さん「月の満ち欠け」直木賞 おめでとうございます!

月の満ち欠けの書評はこちら

「月の満ち欠け」からの二次創作「戦場のパーティ」

「月の満ち欠け」を読んで、「意図せずに生まれ変わる人もいるとしたら、自分も、もしかしたら生まれ変わりを信じられるかもしれない」と言った友人に向けて書きました。


そして、電話による受賞会見のもよう




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2017年02月02日

あけましておめでとうございます

ジャンポールエヴァン


旧暦、というわけでじはないんですが(笑)。

毎年、1月をなんとか持ちこたえて、2月になるとセロトニン切れのような気がする。
太陽の光が足りない。
あたたかさがたりない。
下手したら、1日、こたつから動かなかったり。
シゴトのある日以外はそんなふうに過ごしている。

でも、そんな時間が嫌いじゃない。
時間泥棒が1日分まるごと時間を持っていって、冷蔵庫のペリエになったみたいにして。
そういう自分のダメダメなところを思いっきり出して、約1ヶ月も過ごすこともできるんだな、と。
毎年今の季節に確認しているわけです。

今年は2月に村上春樹さんの新刊。
4月に佐藤正午さんの新刊。

未読の本を調整しながら、春を待ちます。
というわけで、ほんとに更新のないブログですが、よろしくおつきあいください。


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2016年11月29日

ミドリの森 7 ナコ3

久しぶりの実家はなんだかとても落ち着かなかった。

幼い頃に母と引っ越してきた古びたアパートの2階の1DK 。何年もここで布団を並べて寝ていたはずなのに。懐かしさも何も感じない。
絵を描いてたテーブルは今も健在だった。
ぺらぺらの落書き帳とクレヨンを広げていたテーブル。母の帰りを待つ時間に、わたしが熱中していた小さな宇宙。最後は書き込みすぎて、くしゃくしゃになるか、紙が破れてしまってたけれど、それでも大事に使っていた落書き帳。
今、そのテーブルの上には、酒瓶やペットボトルやお惣菜が入ってたプラスチックや茶渋で真っ黒になったコップが山のように積み上げられいる。

そして、その脇には柩があって、母は今そこで眠っていた。

家財道具の少なかったガランとした1DKは、いつのまにか見事なゴミ屋敷になってた。
近くのコンビニでゴミ袋を買ってきたけれど、手のつけようがない。
飲みかけのペットボトルや酒瓶を、シンクに捨ててまとめようにも、洗い物がいっぱいでどうにも動かしようがなかった。底辺が見えない。いや、少し見えているかも。そこには真黒いものが分厚くこびりついてていた。
コンビニのゴミ袋のままの食べかす。服。冬のこたつ布団。破った包み紙。ダンボールから半分顔を出している服。
母は神経質なくらいきれい好きじゃなかったのか?

あの日、携帯が25回鳴った。

仕事を終え、ロッカールームを出たばかりの時間だ。
同じ市内番号から始まるナンバーディスプレイには見覚えがなかった。だから出るのをずいぶん躊躇して、ショッピングモールの通用門でわたしは携帯を長いこと見つめていた。

「ああ、よかった、繋がって」女性の声で、わたしは民生委員をしているものだと言った。
「覚えてる? ほら、中学で一緒だった田中ミホコの母よ。あなたのお母さんちによく伺わせてもらってるんだけど、昨日も今日もドアを開けてくれないの。いままでそんなことなかったのに」
ミホコのことは覚えていた。わたしの絵をいつも褒めてくれてた子だ。あなたのようにうまくなりたいって言っていた彼女は、地元の美大に合格したと聞いた。
「不動産屋は、家族の了承があれば開けてくれるっていうし。何だかとても心配なの。なにごともなければいいんだけど。ミホコのツテであなたの番号を聞いてもらったの。これから、ここに来てくれない?」
「もう関係ありませんから」そう言いたくて、拳を握りしめて力を込めた。でも、勢いに負けて言えなかった。
母親の一大事に娘が断るなんて選択肢は、向こう岸にはこれっぽっちもなかったからだ。

電車とバスを乗り継ぎ自宅のある町に帰った。
不動産屋が鍵をあけるとそこには、遊園地のお化け屋敷みたいな真っ暗い闇が広がっていた。
そして吐瀉物の甘酸っぱい匂いの中で、母が真っ白い顔をして死んでいた。

警察が来て検死が終わり、今母は狭い部屋の中で柩に横たわっている。
火葬はあさって。それまでこのままだ。
正直いって気が滅入る。

民生委員の田中さんが、何をしていいかわからない私に代わって葬儀屋を呼んでくれた。
柩を用意してあとは火葬だけというプランがあったので、わたしは「それでお願いします」と言った。
「でも、ほんとにお葬式もしないの? 親戚とか、知らせるひとはいないの?」と田中さんは言う。
母の兄は昔から行方不明と聞いていた。会ったこともない。わたしは、別れた父も、別れた恋人も連絡先を知らない。
遅番で店にいるスタッフのミドリさん以外に、連絡するところなんてどこも思いつかないのだ。

お湯の出ない風呂場で化粧を落とし、浴槽にゴミを追いやって、毛羽立った畳に腰を下ろす。
乱雑なタンスの引き出しから、預金通帳と現金を見つけた。どうやら数ヶ月前まではなんとか仕事してたらしい。振り込み先は近所にあるスーパーの名前。給料日に全額引き出し、タンスに突っ込んでいたんだろう。
おかげで火葬くらいはできそうだ。あとはゴミ処理を頼んで部屋を解約しよう。わたしはもうここへは戻らない。

おかあさん。

少しずつ人間は死んでいくんだね。わたしがまだここにいた頃から、おかあさんはもう、死に向かっていたよね。
だから、ずいぶんゆっくりだったよね。
今はホッとしてる? わたしはホッとしてる。苦しいのにずっとこうしていたってどうしようもなかったでしょう?
ときにはわたしに向けた恨みごとの、何千倍もの恨みつらみが、病巣のように蝕んでいたのは知ってる。けれど、わたしにはどうにもできなかった。

田中さんは、少しわたしを責めたよ。
親子なのにって。
でも、親子だって別の人間だよ。
わたしはそれを分けあったり癒したりできない人間だった。

タオルケットをかぶって、横になったけれど、どれだけ洗濯してなかったの?
おかげでなかなか眠れずに、わたしは母の顔を覗き込む。
あんなに苦しそうに見えたのに、今は。
少しだけ、少しだけ、笑っているように見えるよ、おかあさん。

身体からも。病巣からも自由になった母の魂が、少しだけ軽くなって、部屋の中をふわふわ漂っていた。




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2016年10月29日

福岡天神RerhinkBooksのイベント(10/24 月曜日)に行ってきました




岡野雄一氏、盛田隆二氏の介護対談に行った。
慣れ親しんだ天神の明治通りの一角、水鏡天満宮のお向かいあたりで、こんなイベントにふらりと行けるなんて、想像もしてなかった。
すごくフラットに書店の一角でテーブルを囲んで、ビールを飲みながら対談、なんて豪華!

介護の本もいろいろあるけれど、小説やエッセイの中では少しだけ現実とは違った世界が広がってゆく。
そこに至るまでの、経過や葛藤、笑い、いろんなトークを楽しませていただいた。

ペコロスのいつか母ちゃんにありがとう: 介護げなげな話 -
ペコロスのいつか母ちゃんにありがとう: 介護げなげな話 -

父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -
父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -

本にはお二人からサインをしていただきました。

「情報なんていくらでも手に入る」って思いながらも、目の前にいる人の言葉のリアルさに熱くなった。
来てる人、ひとりひとりの言葉が生き生きとテーブルを行き交って、ああ、ネットとはちがう、現実ってすごいんだなあと逆にびっくりしてしまう自分がいた。

Rethink Bookにまた行きたい。
陽が短くなったら、本を読みながらここで待ち合わせて、天神に繰り出したいです。


(Rethink book ホームページはこちら)


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2016年10月05日

嵐の日には好きな人の話でもしよう (佐藤正午 「永遠の1/2」小学館文庫)


以前の職場の先輩とひさしぶりに電話で話したことがあった。
「引っ越したときに気づいたんだけど、のゆきちゃんから借りっぱなしの本があったんだよね」
聞いてみると、佐藤正午氏のデビュー作「永遠の1/2」のハードカバーだった。
すっかり忘れていて、どういう経緯で貸したのかも思い出せなかった。
「じゃあ、今度会うときに忘れないように持っていくね」と先輩は言ってくれたが、その後疎遠になってしまい、結局、その本はわたしの手元にはない。

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2016年10月6日発売 「永遠の1/2」小学館文庫

今回、文庫化された新刊をもう一度読むことになる。
このデビュー作を読んで、今のわたしはどんなふうに感じるのだろうか?

それから現在執筆中という新作はいつ完成するのだろうか?
そういうことを想像するだけでワクワクしてしまう。

そんなわたしに「ファンクラブ会報誌」のごとく著者近況を教えてくれるのは、小学館「きらら」の「ロングインタビュー(小説の作り方)」だ。
ポケモンGOがレベル22だったりカビゴン追っかけたり、父親の葬儀の最中に競輪場にいてしまったり、そんな話に笑いながらも「ロングインタビュー」は10月号で51回めを迎えた。

煙に巻かれながらも、ときどき胸の奥が熱くなる。
「きらら」を閉じて、ため息をついて、なんだかとても嬉しくなってしまう。

わたしの生きている世界も、著者の生きている世界もけして混じり合いはしないけれど。
世界は多重構造だ。
多重構造の中のひとつの世界で。
わたしたちは、同じ物語の中にいられる。


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2016年08月09日

8/9の空を見上げる





8/9 の空を見上げる#Pray for peace



8/9日 今日は空を見上げて祈る。
友人の習慣に倣ったものだ。

そのたびに思う。
戦争は「見たこともないことなのだ」と。

戦争はテレビや伝聞でしか知らない
なのにこわくて悲惨なものだと知っている。
そういうことを伝えている「人の言葉の力」を、信じてみたい今日の空。


*   *   *


「見たこともないものを」どれくらい信じればいいのだろう?

わたしの幼少の記憶では、お盆には、死んだおじいちゃんが裏木戸から入ってきて「ただいま」と言った。
病気の日には、まるでわたしが死んでしまったかのように、障子の向こうにたくさんの人影が集まった。

こないだ、朝起きたら、自分の「中の人」が変わったような気がした。
友人に話したら「8/2日にそういうことが起こりやすいのだそうだ」と言われ心底びっくりした。
そうか。立春の半年後なんだ、
わたしは毎回立春のあたりに「中の人」がそわそわする。
そしてまたそれを別の知り合いに言ったら、「立春よりか、新月、満月の関係じゃないか?」」と言われた。

ときどき雲を眺めていたら「地震雲」だと思うことがあって、これは信じない人が多いけれど、やはりタイミングよく地震が起こってしまう。
「雲」は関係なしに地震がわかる人がいて、それはたぶん磁場とかで感じるんだろう。



*   *   *



言葉で説明できるものをすべて信じられるわけでもないし。
言葉で説明できないものはよけい怪しげだ。

だけでも有形無形の物事が世界には起こり続けている。

「自分にとって嘘にならないもの」を少しだけ信じておこうと思う。
そして誰に対しても、それが真実だと声高に叫ばずに、しずかに「自分の信じるもの」として取っておこう。


*   *   *


そして。

8/6と8/9に空を見上げるという友人の習慣は。
それはやっぱり倣っていこうと思っている。





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2016年07月13日

インディゴの記憶

トートバッグにこんな子が!


インディゴの記憶

今よりもずっと、生きるのがつまらない頃があって、「あの頃の感覚をすべて忘れてしまうのはちょっと切ないなあ」と思って、ときどき思い出してみようとしている。
断片は出てくるけれど、クリアではない。
わたしはもう孤独の中にはいないし、同じ感覚を思い出すことはできないのだ。

あの頃、わたしのまわりにいる人はみな、悪意の塊だった。
わたしがやろうとすることを、止める、邪魔する、非難する、そういう悪意だ。

わたしの小さなあぜ道がまっすぐにのびていた。
その脇には大きな木がそよぎ、それはおだやかなものではない、むしろ荒涼の風景だった。
さみしくはなかった。
誰もがこんな一本道にいると思っていた。
野原はけして居心地よくはなかったが、それでもそこは自分の場所だった。

困ったのは、その道をわけのわからないものが横切り、行く手を阻むことだった。
それが、わたしの言う悪意だった。

実は他の人には、わたしの道が見えてないと気づいたのはずっとあとだった。
そのことにわたしは長い間気づいてなかった。
それは自分の理屈をすべて完備した道ではあるけれど、(当たり前だけど)誰にも見えないし、誰が評価しようもなかったのだ。

一方で、オトナになってから、人の物語を聞くのが好きになった。
本を読むように「人」という物語を聞いた。
不躾なこともいっぱい聞いた。
そして「見えている風景」のちがいみたいなものにようやく気づいた次第だ。

幸せになれたのは、なにかを自分で作れたことだった。
小さな文章のひとつを自分で書くこと。
意外にも、これが1番自分を孤独から遠ざけた。

そのことが誰にとっても無意味であっても、自分にとっては意味があった。

なによりもこの道を誰かが遮って邪魔することがなかった。
わたしは人に同意を求めずに、自分の大事なものを隠し持つことを覚えた。

だんだん、そういうことが当たり前になってくる。
当たり前になってくる一方で、当たり前すぎて忘れてしまうときもある。

そうして不穏なものがいくつも道を遮る夜になるとわたしは、あの頃の呪文をつぶやくのだ。
「書くことだけが自分を助けてくれるんだ」と。
「ゼロから作り出せる文章だけが、誰を救わずとも、自分の拠り所になれるのだ」と。


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2016年04月13日

夢をみた


できた!#origami



夢をみた。
こんな夢だった。

わたしはどこかの椅子にひとり腰掛けて短編小説を読んでいた。
コンクリート壁にはりついた木製のベンチだ。背もたれはない。

その短編小説は「ジェットコースターのようなめくるめくストリー」ではなかったが、かなり夢中になれる出来だった。
特に着想に感心した。
「そうか、こういう書き方をすればいいんだ。この方法だと、わたしの伝えたいことが十分に伝わるにちがいない」

それから、わたしはもうひとつのことに気づいた。

わたしは今、自分の夢の中でこの本を読んでいるのだ。
ということは、他の誰もこの本を読んではいない。
わたしが「着想」をちょうだいして、自分の文章で書いたとしても、バレることなどないのだ。

これはけして盗作ではない。
そう言い聞かせながら、わたしは夢の中で「この本のあらすじや構成」を頭にまとめた。
簡単なものだった。
あとは、起きてこれを再現するだけ。

そういう夢だったはずなのに。
目覚めてみるとその「本の内容」だけがどうしても思い出せないでいるのだ。

脳も記憶も、すべて自分の中にあるものなのに、いつもせつないくらいに、わたしを裏切るなあ。
最近だんだんそう思うようになってきた。


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2016年03月31日

ことしのさくら



わたしの1番好きな、お花見公園。
「ああ、わたしがあちらの場所に行ったあとに(現世)で思い出すのは、きっとこの場所なんだろうな」と毎年思う。

でも、リトルオーブンのモンブランを食べてるときは「ああ、きっと、思い出すのはこのケーキなんだろうな」って思うし。
自分の部屋で眠りにつくまでのあいだ本を読んでいるときは「ああ、きっと、この時間を思うんだろうな」って思う。

嫌もムカつくもなじめないも、あいかわらずたくさんあるけれど。
こういう「好き」を少しずつ増やしていけるようになりました。


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2015年11月27日

見た夢を覚えている時期と、覚えていない時期がある、そして今は毎朝覚えている時期

見た夢を覚えている時期と、覚えていない時期がある。
覚えている時期はすごく覚えているので、できるだけ書いておくことにしている。

今朝の夢はこんな夢だった。

ネットで、「大喜利的なもの」をしていた。
あまりそういう遊びはしないのだが、「佐藤正午の小説にでてくる朝ごはんをあげよう!」というお題だったので、つい、参加してしまった。
誰かが、「りんごをスライスしたトースト」と言った。
わたしも、なにかしら答えた。
どんな答えか思い出せない、でも、なにかしらをTwitterに書いた。
そしたら、それがなぜかエネッチケーの「朝イチ」でリアルタイムで読まれてしまい、とてもうれしくてうれしくて、みんなに知らせようと思った夢だった。

どうしてこんな夢を見たのか、よくわかる。

そうだ、今日は佐藤正午せんせいの「山田風太郎賞」の授賞式なのだ。
昨夜から、熱心なファン同士のLINEの会話がはずんだ。

何年も連絡しなくても平気なのに、このときばかりはと連絡してくる仲間がいて、ほんとにすごいなあと思う。
「好き」のおかげで、こんなステキな人たちと知り合えた。
「好き」は妬まない、ほんとにすごいなあと思える。

そういうわけで、こんなブログの片隅で、本日の授賞式をお祝いさせていただきます。
佐藤正午せんせい、山田風太郎賞受賞、おめでとうございます。

角川書店 山田風太郎賞のサイトはこちら


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posted by noyuki at 13:03| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年08月06日

8/6の空を見上げる

8/6日の空を見上げる

長崎出身の友人が毎年やっていること。
原爆の日に空を見上げ、平和を祈ること。
簡単なことなので、これならできると、いつのまにか、自分でもできるようになりました。

耳納連山が遠くにかすんで見えています。
これからも、この静かな空が、ゆるぎなくわたしの頭の上にあり続けられますように。

8/6の空をみあげる。#hiroshima



世の中にはいろんな立場の人がいて、いろんな考え方の人がいるから。
「ひとつのきまりごと」を作っても、それで良い人と良くない人はもちろんいると思う。

良くない人は良くないと、自分の思っていることを言えばいい。

問題は、自分とちがう考え方の人を誹謗中傷する人がいること。
それと、最初からの「意見」が誹謗中傷である人がいることだ。

あなたは、あなたの中で間違っていないことを言えばいい。
それによって誰かに訂正されたり貶められたり、誹謗中傷されることはない、はずだ。
時がたてば、きっとほんとうのことが残る。

話を戻そう。

空を見上げよう。
この空に、嘘や悪口や貶め傷つける言葉や行為が、なにひとつ混じらないように。


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posted by noyuki at 13:51| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月11日

ゆめを見た

休日なのに早朝に目覚めてしまいがっかりした。
だんだん夜明けが早くなって、もう外には小鳥の声が聞こえていた。

しかたないので、ベッドでアイパッドを繰る。
スクロールしながら、記事や読み物で覚醒していくのが最近の習慣だ。

ああ、それにしても眠りが浅いなあ。せっかくの休みだからもっとぐっすり眠りたかったなあ。
そう思っていると、友人が枕元にやってきていた。
姉のように慕っている年上の友人だ。

「そういうときはこれを食べるといいわよ」
小さなお皿に、茹でた青菜のようなものがちょこんと載っていた。
その上に檸檬をたっぷりたらしてくれた。
おおぶりで、あまりすっぱくない、わたしの好きな檸檬だ。

わたしはそれを食べた。
檸檬のすっぱさ以外の食感はなかった。
それくらい青菜はやわらかく茹でてあるんだと思った。
味のくせのない、ふわっとした青菜。

次に気がついたときは、近くの工場の8時のサイレンが鳴っていた。
ああ、ちょっと目を瞑っただけだと思ってたのに、すごくぐっすり眠ってしまってたのだ。

あの青菜檸檬のおかげだろうか?

それにしても味がなかった。
夢の中で食べるものはだいたい味がない。
だけど、匂いやふわっとした食感はある。

そしてわたしは夢の中でそれを、なぜか「おいしい」と思って食べている。

冬の公園。夕日がきれい。



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posted by noyuki at 19:15| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月28日

夢をみた

夢をみた。
こんな夢だった。

わたしは占い師の前に座っている。
お金を払って、占ってもらったわけではない。
たまたま、高名な占い師という人と話す機会があって、そこで「手相をみましょう」という話になったのだ。

そもそも、運命を定められるのはきらいだ。
限定されたり、避けるべきものを教えられるのは、にがてなのだ。

でも、その人はなんだかいい感じで、ああ、この人のはなしだったら聞いてみたいって思っていた。

「うん、健康だし、これからも、いい感じですよ」
ふさふさしたショートボブにベールをかぶった、目の大きな占い師は言った。
「いい人に出会っていくでしょう」
「いい手相です。これからも、大きな苦労もないでしょう」

手相をみていた占い師はそれから顔をあげて言った。

「あとひとつ、アドバイスがあります。デイサービスには言った方がいいですよ」

デイサービス?

わたしはわけがわからなかった。

わたしはデイサービスに行くような年齢ではないのに。
ないのに....

そう思いながら、夢の中でわたしは気づいた。

わたしはいつのまにか、おばあちゃんになっていたのだ。
年月がたって、おばあちゃんになっていたのに、自分はそのことに気づかないで、いつまでも若い気持でいただけだったのだ。

わたしは。
いま、いくつで。
これまで、どんな人生をすごしてきたのだろう?

それをずっとずっと考えた。

考えていたら、目がさめた。

ああ、びっくりした。


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posted by noyuki at 20:36| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする