2014年08月06日

8月6日の空を見上げる

Pray for peace looking on a sky .6th August for Hiroshima #Hiroshima


8月6日朝の空はこんな感じです。
昨日までは大雨、今日は曇空で、南の海上には台風もあります。

友人のげんたのさんが毎年「原爆の日の空」を撮ってアップしてくれてたので、いつしか、サイレンの鳴る時間に空を見上げる習慣ができました。

小さな一瞬ですが、忘れないようにしたいと思います。

核兵器が人の命を奪うために使われませんように。
世界のどこかで、殺しあうほどの憎しみが起こりませんように。
正義という言葉の中に、小さな嘘がまじりませんように。


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2014年08月03日

幸せは薄手のTシャツ

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朝起きて、早めの朝日を浴びて、今日のTシャツを選べるような日が幸せ。
もくもくの入道雲を映し込めるような薄手のペラペラのTシャツだったらなおさらだ。

好きな服を着ればいい。

自分の選ぶことに自信がなくなったときは、そうつぶやくようにしている。

自分の着たい服は、他の人が着たい服とも違うし。
似合っているとも限らない。
わたしらしくないと誰かが思っているかもしれない。
でも、違っているように思えたら、また着替えればいいだけのこと。

今日のTシャツを選ぶように、自分の気分にフィットすることを選べばいいだけのことなのだ。

いや、オトナなのでときどき世間のドレスコードに合わせることもある。
けれど、それでもわたしは変わらず選び続ける。
選び続けないと、迷子になってしまう気がして。

ときどき、それが気に食わなくて、自分の着る服を押し付けようとする人もいて。
それが続くと、沈黙したり野良犬になったりするけれど。
基本、わたしはずっと選び続ける。
空の眩しさで迷子にならないように。

あなたが何を着ていようと、何を脱ぎ捨てようとわたしはかまわない。
みんな着たい服を着ればいい。

夏のうすっぺらい服が大好きだ。
さて、今日はどのTシャツにしようか。



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2014年07月25日

そういえばこないだうどん屋で 備忘録

市内のはずれの県境に近いところに小さなうどん屋があって、休みの日とかときどき食べに行く。
おろしうどんがおいしい。大根おろしがすごく辛くてピリっとしてる。
初夏の夕暮れのおろしうどん、ほんとうに幸せだ。

そして、うどん屋には手垢のついた少し前の週刊誌があって、6/15日号でなんとかポストだったと思うんだけど、それをパラパラとめくってて、ひとつ気になる読み物があって、ちらっと読んだらかなりおもしろくて、結局うどんが来るまでのあいだ夢中で読んだ。

佐世保で以前小学校の同級生に殺された女児の兄へのインタビュー記事だった。
筆者は新聞局の支所に住んでた被害者の父親の部下。ときおり二階の自宅で食事に呼ばれていたという。
事件当初、支局にはたくさんの記者が詰めかけ、若かった彼にはなすすべもなかった。
そして年月がたち、彼は被害女児の兄をインタビューすることになる。
聞いていいものかという怖れもあったが、兄は誰も聞いてくれなかったといい、彼に自分の思いを語る。

自分はふつうに生きたい。だから加害者に対しても、と、彼は言う。
それは宗教的な赦しともちがうし、もっとフラットでシンプルな感覚なのかもしれないと思った。
「気持ちの奥底にあるほんとうの感覚」に出会うのはむつかしい。心の中をきちんと見据えた、とてもすごい文章に触れた気がした。

その日は回転の早いうどん屋をあとにして、その記事のことがずっと頭にあって、ネットでググったら、一冊の本として発売されてることを知った。

もう一度、全部をゆっくり味わって読みたいと思いました。

謝るなら、いつでもおいで -
謝るなら、いつでもおいで -


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2014年07月06日

ひとり浜辺に打ち上げられて


ラブya!


書くことがなかったり、感じることが平坦だったり、何も溢れてこなかったり、そういうことがすごく怖くなったりもする。
それが今のあたしだ。

たとえば、切ないって言葉を咀嚼しすぎると、切なさは味を失うんだろうか?
たぶん、そういうことじゃないんだと思う。

胸の奥のマグマに触れることができないんだ。
何も溢れてこなくって。
そこに静かにあるだけで。

そこはもう、誰にも触れない場所になってしまっている。
自分なのに触れられないもどかしさ。

「気がついたら、ひとりで知らない浜辺に佇んでいたような気分なんだよ」
おんな友達がそう言った。
たぶん似た感じなんだろうと思う。

いろんな人と繋がっていろんなセカイに影響を受けながら生きているから。
他者なしの自分はあり得ない。
ここ数年は、そういうことばかり考えていた。

だけど、そればかりじゃ生きられないことにもそろそろ気づいている。

胸の奥にあるマグマに届かないんだ。
そこを何度もこの手で触っては持て余していたし。
誰かに触られると、奇跡にように溶岩が流れ出た。

でも、そうだったのは、もう遠い昔のことみたいだよね。

恋とか、憎しみとか、喜びとか、怒りとか、みんな自然に泉のように溢れていて、蓋をするすべさえわからなかった。
そんなふうに当たり前のように触れていたものに、いつのまにか触れなくなったしまったんだよ。
胸の奥底にまだあるのは知っているのに。
遠すぎて、誰にも届かず、届かない分だけ、ひとりぼっちになっていった。

もう自然な放熱をしなくなったわたしたちは、おのおのひとりで佇んでいる。

「のゆきちゃんはわたしより若いし。これからもっとそういうのを感じていくんだと思うよ」
前述のおんな友達がそう言った。

そうかもしれないね。
これから、もっと何も流れ出さない、別の人生が待ってるんだろう。

だけど、流れだそうと、胸の奥にただじっととどまっていようと。
それはいつだってやっかいなものだ。
やっかいさの質が変わってゆくだけで。
わたしはまだ、繋がることで解消されない、自分にも届かない自分を静かに愛している。

そして、それと同時に、誰かわたしをこじ開けてと、もうひとりの私は都合よくも待ち続けてるんだ。

わたしを開けて!


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2014年02月04日

ゆいちゃん論

いつまでも、ユイちゃんのことばかり気になるので書いておく。
どうでもいいかもしれないけれど、なぜかずっとユイちゃんにシンパシーを感じていたかについて少し。

ユイちゃんちゃんはあきちゃんとは違う。
ユイちゃんはあんなにきれいで才能あるのに、あきちゃんが持っててユイちゃんが持ってないものがある。それをずっと感じていた。

それはとっても抽象的だけど「どこかにつながってる感覚」のようなものだと思う。

うん、とても説明がむつかしい。
母親とのつながりとか、家族とのつながり、とかで説明しちゃうと母性の話になっちゃうし。
それを言ってしまうと、春子さんだって、いつまでも繋がれなかった母親だし。
そう。春子さんだってずっと「つながれてなかった」人だったのだ。

思うに、生まれつきつながってたり何かのきっかけで世界と繋がれる人と、そうでない人っていると思うのだ。
けして家族とか環境だけの話ではない、本人の資質みたいなものもあるんだと思う。

自分自身もまた、どこにもつながれなかった人だったように思う。
思い出すのが嫌なくらいに、つながるべき場所がわからなかった。

愛し方のわからないことと、愛される自信のなさは表裏だ。ユイちゃんの場合それが「アイドルになりたいきれいな私」になってたのかもしれない。

端からみたら「イタイ」だけだが、本人はそれなりにつらい。世界のどこかに根っこをおろせないと、ふわふわしてて不安なのだ。大人になれば解消されるわけではない。
事実、大人になっても、どこまでも繋がれない人はいる。
技術や手法で乗り切れても、ほんとのところが解消されない。そのまま家族を持って、つながれないままという人だっている。
わたしのことだ。

春子さんのような大きなターニングポイントがあったわけではないが、本やネットで学びながら、なんとかわたしは生き延びたように思う。

時空を超えて紅白で歌えたことで、ユイちゃんは何かとつながれたのかな?
そうであればいいと心底思う。
だけど、人の心はそんなにシンプルではない。

10年後のユイちゃんに会えたら、そんなことを聞いてみたい。
「そうね、あれがきっかけだったのかもしれない」って言ってくれるかもしれないし、「あれからもいろんなことがあったよ、まだまだだよ」って目を伏せるかもしれない。

生き延びろ。

期限なんてないんだから。

最初っから持ってない人間がそうやってオトナになってきたのは私だけじゃないし、あなただけでもないんだから。
小さなことや大きなことの繰り返しで、どこかにつながれるように。
わたしは、この世界にいるたくさんのユイちゃんのことをずっと陰ながら応援していきたい。



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2013年10月30日

気持ちの備忘録

きれいな和三盆


むかしコミュニケーションの授業でアサーションってヤツを習って。
ああ、これで、他人とちがう意見を言うときに、憎しみとか逆ギレとかしなくて済むんだって思ったんだよ。
アサーションっていうのは、なんていうか、「悪意なく、他人に反対してもまったく問題ない」みたいな話で。

でも、そう思いはじめてしばらくしたら、なんだかすごく感情が平坦になってしまったようで、すごくさみしくなってしまった。

今でも、仕事で人と違う意見を言うことももちろんあって、いや、ほんとは仕事とかそういう話じゃなくて、違和感をきちんと表さないと自分が気持ちわるくって。
それで、こちらがふつうに言っても、人はいやだなあと思ったり、自分自身の状況がそれによって浮き上がってしまったりする「空気」がわかるんです。

でも、自分が主体だから自分が言おうと思うことは言っていいや、っていうのと同時に。
なんていうか、そのウエットな感じとか、少しの後悔も含めてすごく好きなんだと思う。
それは、ずっと小さいときに植え付けられた、すごく保守的な感情で、今では自分の中でオールリセットできたと思ってるんだけど、それでも愛してるっていうことなんだと思う。

あと、人を想うときに、他人だからどうにもならないこともあるんだけど、その、「どうにもならない感情」とかも。
ずっと若い頃にすごく愛していた感情なんだと思う。
ずっと引きずってはいない。
でも、そういうマイナス感情をなくしてしまったと思っていても。
なんていうか、ときどき顔を出して見える、甘くせつなく気持ちがなつかしくなってしまうんだ。

もう、昔の自分とは違うけれど、昔の行き場のわからなかった自分のことも、最近はけっこう愛してるんだなって、今はそういうふうに思うことにしています。



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2013年09月28日

自分を楽しませる 自分をかわいがる 自分を世界の中心に置く

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空を見上げると、雲はくるりと空を囲んでいる。
自分をまんなかにして。
そのまわりを雲は流れているのだ。

それで気づいた。

わたしの世界の中心はわたしなんだって。
わたしという目線から見た景色が、ゆがみのない世界なんだって。

そんな当たり前のことに気づくのにどれだけかかってしまったんだろう?

「自分を楽しませる 自分をかわいがる 自分を世界の中心に置く」

みっつのことを決めた。背骨みたいなものだ。
そこが、くにゃっと曲がらないようにしようと思う。

空のきれいな秋の日。


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2013年09月14日

あんもダゴ汁の作り方

「まめぶ汁」が人気であるが、残念ながら食したことがない。
ただ、まめぶを見ると「甘いものの入った汁物」という点でこれを思い出してしまうのだ。

「あんもダゴ汁」

熊本市内の北部に住んでいた頃、よく近所の人からいただいた。
大きなぎょうざのような団子の中にサツマイモの餡が入っている。
それを味噌汁に入れて食べるのだ。
少々手間がかかるため、多めに作っておすそわけしてくれる。
むかしは、芋のあんこを包むのは子供の仕事だったと聞いた。

たしかにあの地域では「あんもダゴ汁」と言ってたのだけど、残念ながら、ネットでその名前は見つからない。
「あんもちダゴ汁」という名前でいくつか出てきたが、多分同じもの。

以下は、思い出しながら作ってみたレシピです。

* いもあんを作る。

中程度のさつまいも2個に砂糖大さじ1と1/2,塩少々を入れて、水分を入れてレンジでチンして潰します。

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* それを包む

固めにこねた小麦粉で、餃子の皮のようなものを作る。好みもあるでしょうが、ふつうの餃子よりもひとまわりほど大きなものになってしまいます。

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* できあがった団子。中にさつまいもの餡が入ってます。一人分で2個ほどでしょうか?

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* ふつうのダゴ汁のように野菜をゆでる。
鶏肉、ごぼう、大根、人参、玉ねぎ、たけのこ、南関あげが入ってます。

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* みそを溶いてできあがり。
食べるときに、団子を入れてあたためます。

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最初に食べたときは、ぎょぎょぎょ!でした。
でも、あんこの甘さと味噌汁のしょっぱさがなかなかのハーモニーです。



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2013年08月31日

あまだち


「あまちゃん」が好きで、ときどきあまちゃんのこととか書いてたら、「あまだち」ができた。
あまちゃん友だち、あまだち。うれしい。

最初から熱心に見てたわけではなくて、「クドカンだからおもしろいかな?」くらいで時々見るくらいで。
でも、ツイッターで「あま絵」を描く漫画家さんがいっぱいいて、もっとよく見るようになった。
だんだんミズタクの良さとかもわかってきた。実を言うと「まほろ駅前多田便利軒」の頃から松田龍平を毛嫌いしていた。すまなかった。
ベンさんネタも好きだし、ストーブさんの情けなさも大好き。
もちろんユイちゃんも春子さんも夏バッパも。

でも、9月の第一週には、もう一度わたしたちは、あの悲しい出来事を直視しなければいけないね。
電車に乗ったユイちゃんとか、自宅で寝ている夏バッパの心配もしてしまうね。

でも、そんなことさえも、書けていいなあと思う。

本とかドラマを見てて、受け取るってのは、ただ受け取って感じるだけのことではない。
受け取って感じたエネルギーを発信できるってことなんだって気づいた。
気持ちを描いたり、絵を描いたり、ツイッターでなにかしら言ってみたり。
いろんな人がそうするのを見てたら、受け手の中の「気持ち」みたいなのがどんどん大きなものになっていくのが見えてとても嬉しかった。

きっとミクちゃんとかもそうなんだろうね。

ネットが好きだ。
どんどん、言うことが増えてきて、どんどん気持ちが自由になっていける。
あまだちもいっぱいできたよ。


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2013年08月08日

それは世界との約束ではなくて、ともだちとの約束

世界に向かってなにかを言うのはむつかしい。
立ち位置とかいろんなものが邪魔をして、 なかなか素直に言えないものです。

けれど、これは、ともだちとの約束。

ネットの知り合いであるげんたのさんが、毎年原爆の日に空を見上げて写真を撮るのを繰り返しておられ、わたしもいつか、同じ空をげんちゃんと同じ時間に撮りたいと思っていたのでした。



8月6日8時15分。久留米の空です。

わたしの庭から見上げたいつもの空。
いつまでもこの空の景色を、思い煩うことなく愛しつづけられますように。


そして、明日の長崎原爆忌にも、一緒に空を見あげましょうってげんたのさんからお誘いをいただきました。

「明日8月9日 午前11時02分 長崎忌に今年もそれぞれの場所で空を撮ります お時間の都合のつく方、思い思いの場所で空を繋げませんか?」

ともだちや知り合いとの小さな約束。
大きな言葉につい耳を塞いでしまう懐疑的なわたしにも。
心に響いてくる小さな言葉があるのが嬉しいものです。



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2013年07月10日

オーケストラの空

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オーケストラの空

なんでだろう?
訃報を聞いた日は必ず空を見上げる。
だから、悲しい知らせの日は空の色を覚えていたりする。
なんでだろう?
みんなみんな、空の色とともに記録されてく。

彼がなくなったことを知ったのは夜だったから。
わたしは空を見上げなかった。
かわりに、デスクトップに貼り付けてる、この空の写真を見ていた。
だから、これが彼の記憶の写真である。

数年前、旅先の沖縄で見た朝焼けの空。
わたしはこの写真を「オーケストラの空」と呼んでいる。
いろんな雲がちがう音色を奏でているように見えるから。
多重奏の音楽が聞こえるような気がするのだ。

悲しい音色の多重奏の中にも、心にのこるフルートの音色があったりするだろう。

たったひとりで、わたしよりもずっと若く空を渡っていった彼の人生をわたしは知らないけれど。
共有した瞬間は、どれもこれもとても幸せな瞬間だったことを。
この空を色とともに覚えておきたいと思ている。


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2013年05月29日

梅雨日記

まだあげそめし前髪の、って感じ。


「まだ挙げ初めし前髪の」の続きは何だったんだろう?
なぜか樋口一葉だと思い込んでいて、よく見てみたら、島崎藤村の「初恋」だった。

色づきはじめのあじさいは柔らかくてきれいだ。
そして、大きくひらく頃には色濃くなって、悲しいことに私のあじさいは、下品な感じの色になってしまう。

これは、加齢とか、月日の過ぎ去ることへの比喩ではない。
ただの事象である。

「哲学はいらない」

悲しいこととかむつかしいことに遭遇するたびに、最近はそうつぶやいている。
「法則」として何かを考えるよりも、ひとつひとつ、感じた方が気持ちいいような気がする。

ももクロの「宙とぶお座敷列車」とか口ずさみながら、隣に座るあの人のためにキャンディの包みを開けるみたいにして。
出会いは喜び、楽しくやろう!

あなたとの出会いに理由はない。
そこが、はじまりだ。



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2013年05月13日

乾いたシャツが心地よすぎて海の底にはもう戻れない

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さらりとした5月の風が吹いている。
そして最近の気分はそんな感じ。

あの、深く湿った海の底にはもう戻れない。

なんだかすごく遠くなってしまって、海の底で探していたものの事はもういいや、って。
思っている自分にちょっとびっくりするものの、それはそれでしかたないか、って。

せつなさを咀嚼するかわりに、現実を咀嚼することに罪の意識はない。
むしろ、現実には、こんなにもたくさんのコンテンツがあったのかと驚いてる。

さらりと乾燥した風に吹かれて、5月のシャツはすぐに乾く。
乾いたシャツが心地よすぎて海の底にはもう戻れなくて。

白いシャツが臆病者のハンガーに揺られている。


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2013年03月19日

その日まで、これを楽しみに生きていける




好きな作家さんの新作がでるのは楽しい。
その日までは、これを楽しみに生きていけると思える。
そしてその日をさかいに、一度も読んだことのないページを夢中で繰る、もっと幸せな日々がやってくるのだ。

小説は一朝一夕でできあがるものではないから。
著者が自分の持つ世界を表現するための時間がぎっしり詰まっているから。
好きな小説を待つあいだの時間は、一年に数度しかないけれど、それでも、どんな作品だろう、楽しみ、ワクワク、あとどれくらい? そんなことを考えながら、信号待ちのあいだでさえも、少し心が温かくなっているのがわかる。

4月12日の発売まで、もう一ヶ月を切りました。
予約受付中、ほんと楽しみです。
アマゾンで予約できます。
村上春樹 「色彩をもたない多崎つくると、彼の巡礼の年」



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2013年02月22日

空はいつも暗い





(PM2,5の備忘録として)

ここ数年、空は煙った日が多くて、近くの山も遠くの山も見えない日が多いのだけど、今年のスモッグは特に重たい感じがする。
地上にただよっている感じで、ふつうに道を走っていると、500メートルほど先のビルがかすんで見える。

川の向こう岸にあるマンションもかすんで見えている。
そして空はいつも暗い。
雨の降る日はいっそう暗い。

もちろん晴れた日もある。
でも、晴れた日でも地平線あたりはかすんだドブネズミ色をしている。
青い空が見えるのは、真上だけだ。
つまり、ドーム型の球場の中にいて、ドームの天井がぽっかり開いて、そこから空が見えている感じだ。

喉が痛いのもアタマイタイのもイヤだ。
だけども、もっとイヤなのは、生まれたときからずっと慣れ親しんでいた、青い空が遠くなってしまったこと。

ずっといっしょだと思ってたのに。
空が遠くなってしまったのがすごくイヤだ。


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2013年01月22日

空ばかり眺めてる




新年のご挨拶もしないうちに、1月も中旬をすぎてしまいました。
わたしは空ばかり眺めています。

すごく暇でぼーっとしてるわけじゃなくて、むしろその逆でけっこう忙しくって。
なくしてしまった自信とか、見捨ててしまった人のこととか、久しぶりに会った人のこととか、そういうことを考えたりしながら、言葉にするすべもなく、朝な夕なの仕事の行き帰りに、空ばかりを眺めています。

そうしたら、この前「あ、わたしはさみしかったんだ」ってふっと思った。

世界に横たわる大きな鏡のような空が、そんなわたしを映しだしていた。

それはただ、映像のように映しだされただけのもので、わたしは言葉が見つからないままで。
きっとまた、それが、どういうものなのか、時間をかけて言葉に変えていくんだろうなあって思っている、まだとちゅうの場所。

ここを読みにきてくださるみなさん、いつもありがとうございます。
そして、今年も、よろしくおつきあいください。


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2012年12月13日

ひさしぶりに10度を超えた日

#weather #sky #instaweather #instaweatherpro #outdoors #nature #久留米市 #kurumeshi # #japan #day #autumn #clear #skypainters #fukuokaprefecture ハツモノ



暑い季節に生まれたから冬が苦手なんだろうか?
冬に生まれた人は、暑いのは苦手なんだろうか?
そんなふうによく考える。

昼間の温度が10度を切ると気持ちがすさむ。
そんな日がずっと、続いて、今日はやっと暖かかった。
そして明日は雨だってさ。

ああ、冬はきらいだ。カラダがこわばっている感じがする。
それなのに。冬のいちごも冬の刺身も、身がしまっていておいしいと思ってしまうのだ。


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2012年11月04日

それはもう叶わぬこと


薄紅のコスモスが秋の日に




それは、もう叶わぬこと。
そう思うことがいくつかある。

はっきりとわかっていることもあるし、うすうすわかっているけれど知らないふりしていることだってある。もちろん認めたくなくって目をつぶっていることもある。

叶わぬことは確実にある。

透明なピンク色の羽根をつけている時は短かったな。
でも、そんなものなくしても、まだこうして風に吹かれていられる。
それならそれでいいか。


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2012年10月03日

言葉の神様


加筆


最近「自分はどうやって自分の感情っていうものを獲得していったんだろうか?」ってよく考えるんです。
感情なんてふつーに生活していれば身につくものだって思うでしょ? ところが、わたしにとってはそんなに簡単なものじゃなかった。

小学校の頃、友達の冗談や冷やかしがわからなくて感情的にエスカレートしたり、オトナになっても、そういう細かいところが全然わからなくて、そうそう、恋愛はできたつもりだったんだけど、でもそれも「好き」っていう感情の処理の仕方がすごくむつかしくって、でも、若いころは性欲みたいなものもあるから、なんとなくそれなりだった。
でも、ほんとのところはよくわかってなかったし、今でもよくわかってないのかもしれない。

誰でもそうなのかな?

自分の内側にはたしかな塊があるんだよ。
でも、それがどういうもので、どういうふうにそれを出していいかはわからない。
それを教えてくれたのが本とか言葉だったの。
教えてくれなかったら、わたしはまだ、ずっと「生きづらさを感じたままの子供」だったのかもしれない。

本はいろんな感情を言葉に替えて教えてくれた。
ああ、心のあのあたりにあった塊はこういうことだったんだな、とか。
そういうことをたくさんたくさん言葉に変換してくれた。
最初は本で、それからはネットで仲のいい友だちができて、文字で表しながらふつーの話とか、感情のやりとりをすることを覚えて、そういうふうにしてだんだん「感情」というものがどういう言葉をしているかがやっと私はわかってきたような気がするんです。
なんでも文字に替えていくことで、やっとわかってきたって感じ。

だからわたしはすごく言葉を愛してる。
自分の言葉が誠実に自分の心を表してくれることを切実に望んでいる。
それはもちろん「誰かとつながるため」なんだけど。
そのためにもすごく「きちんと言葉が表してくれること」を望んでるんです。

言葉の神様に愛されたいんです。
いつもそんなふうに思ってる。
思っているから、嘘のない言葉で、どんな小さいことでも書き続けていきたいって、いつもわたしは思ってるんです。

そうそう、あなたの話だったね。

わたしの「それ」が言葉であるように。
あなたも、何かの神様に愛されたいと思っているんだなあって思う。
あなたの創るものを見ていると、いつもそういうふうに思ってしまう。

神様の前に差し出すとき、わたしたちは、嘘のない純粋なものを造ろうと思うんだよね。

「カッコイイ」と人に見えるように、とはちがう。
嘘のない。純粋なもの。

あなたが創るものに、ずっとそういうものを感じているから。
だから、あなたの創るものが好きなんだよね、きっと。


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2012年09月22日

冷たい雨とさわがしい雨


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どちらも心象風景に見えるから不思議。
自分の心がいちばん一筋縄ではいかない。


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