2012年05月21日

好きなように生きればいい



いろんなところで講座を受けたりして、少し忙しい毎日。
でも、ときどき、こんなふうに授業風景を落書きしてみたり(笑)。

種々の考え方を学ぶと、そういうふうに考えればいいのかと毎回目からぽろぽろウロコが落ちる。
これは理屈抜きに楽しい。
そして現実の世界に戻ると、さいしょっからそこにある元々の考えみたいなものがあって、重たい石のように動かなかったりもする。
現実は机の上からも本の中からも遠く離れた場所にある。

それでもときどき本に近づいたり、まったくそういうものと関係なく動いていたりするのだけど。
いつか、こんなふうに教室で学んだ日々を懐かしく思うのかな?

思うように世界を変えようなんて思わないことだ。
みんな好きなように生きればいい。
そしてわたしも好きなように生きればいい。

最近は、小さな挫折を繰り返すたびにそうつぶやくようにしている。


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2012年05月05日

ハナミズキ

蕾をあげよう


「薄紅色のかわいい君のね」とハナミズキを見ると口ずさんでしまうのだけど、ほんとうは白いハナミズキが好きだ。
青々と晴れわたった空に顔を向けるようにしてキラキラと光っているのが、すごく好きだ。

ずっと胸の奥でぼんやり思っていたことを、言葉にして伝えようと思った。
言葉にしてみて、それから口の中で繰り返してみた。
真っ青な空の下を車を走らせながら、ハンドルを握りしめて何度も何度も練習した。
台本を読み上げるように、何度も何度も。

なのに、その人を前にしたら言えなくなっていた。
なんていうか、日常ってのはそんなふうにはできていない。
いっそメールにでも書いてみるか。
そう思っているうちに、ハナミズキの花が終わってしまった。

たぶん、このままずっと、言わないままでいるんだろうな。
それは全然不都合じゃない。
わたしの中には、言えなかった言葉がたくさん詰まっているけれど、わたしはそんなものをたくさん抱えていることがきらいじゃないからだ。

それにしても、ハナミズキの花は。
季節のあいだだけ、隅っこの薄暗い場所までも照らしてしまうくらいにキラキラ光り輝いているんだろうな。


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2012年04月25日

新しいカラダ


少し前の話だ。
夕方からカラダがだるくてすごく寝たけれど、次の日の昼間も眠たくて、夜もまたすごく寝て、それでも翌日もまた眠たくて、結局3日間くらいずっと寝続けたことがあった。
風邪をひいたわけでもなく、とりたてて体調が悪いというわけでもない。
ただただ眠たかった。
そして、泥の沼に横たわって沈んでいくように、わたしは眠り続けていた。

「スピではね。それって守護霊が変わるときだって言うんだよ(笑)」

仲のよい友人にメールでそのことを話したときに、返事にそう書かれていた。
(笑)という文字は、そのスピリチュアルな考え方を押し付けはしないけれどね、というメッセージだったのだと思う。けれど少しばかり心にひっかかるところがあって、しばらくそのことについて考えた。

なくなった父と義母がわたしのカラダからいなくなってしまったのだ、と、それからふいに気づいた。
うまく言えないけれど、二人がわたしの精神的な拠り所だったのだ。
その二人がわたしから離れてしまった。
思い当たることはあった。小さい頃に病弱で精神的にもひ弱だった子供が成長して独立していった 矢先だった。もう見守ってもらう時期は終わってしまったのだ。
もう何年も、カラダの中にいた存在がいなくなってしまったことを、カラダの空虚さが気づいていた。
空っぽな感じで、なんだか物事に集中できない。簡単なことも覚えられず、手から砂がこぼれていくように、いろんなものがカラダから溢れていった。
さみしくて空虚で、たまらなくなって、くだんの友人に電話した。

「そうなのかもね、そしてまた、新しい(なにか)が、あなたを守ってくれるようになるんだよ」

それが何なのか、彼女もわたしも説明することはできない。
そもそも「目に見えない事象を説明すること」はすごくむつかしい、そういう言葉をわたしは持たない。

「だったらね、新しい何かがきちんと入ってきてくれるように心をひらいて待っておくことだよね」
「そうだよ、まさにそのとおり!」彼女がわたしの言葉を受け止めてくれた。

それから何が起こったのか、今も説明できない。
別の言葉で言うと「OSの入れ替え」みたいなことが数日あったような気がする。少々の不具合があったり、また砂がこぼれ落ちたりして、そういうふうに数日がすぎて、だんだんとセカイがクリアになっていったような感触があった。

そうして咲き始めた赤いツツジが、いつになく鮮やかに見えたある日の夕暮れ。
新しいカラダを受け入れつつある自分に唐突に気づいた。
何もラジカルには変わらない。相変わらずのイヤなところもわたしにはあるし、相変わらずのずるい部分もわたしにはそのまま残っている。
ただ、少しばかりクリアなだけだ。

新しいカラダで何ができるようになったのか、今もわたしにはわからない。
わかるのは、きっと何年も先のことなのだろう。
カラダはわたし自身のものであり、そして何ものかが自由に行き来できる容れ物なのだ。
新しいカラダの中に、嫌なものが沈殿していかないように。
よどみなく水が流れるように開かれたカラダを、頭の中で思い描いていこうと思う。


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2012年03月24日

ぐるなびの貼付け(ぺたぐる)なるものをやってみた

佐藤正午のファンの一部で「聖地巡礼」と呼ばれる行事がある。
佐世保の町を歩いて「ニチレイ通り」を探してみたり、四ヶ町商店街のアーケードの付近で、コーヒーのおかわりのできるモスバーガーや空き地のような公園や文房具屋を見つけてみたり、そんな些細な散策をしながら「なんとなくな小説の空気を味わう」行事だ。

毎年多数の人がこの聖地巡礼のためにひっきりなしに佐世保を訪れている、というわけではないけれど、それなりに複数の人が「読者としての襟をただす」ために聖地巡礼をおこなっているのは間違いない。

かくいう私もそのひとりで、遠方からの巡礼者と同じホテルをとって夜更けまで語りあったり、地元の支援者のみなさんと近況を語り合ったり、定期的に佐世保を訪れるのをとても楽しみにしている。

そして、そのさいに必ずお世話になるのがこのお店。

というわけで、ここでペタぐるの登場です。
前回の聖地巡礼のさいに撮ったメニュー写真を掲載していただきました。
見るたびに嬉しい。

日々は忙しくすぎて、年度末の慌ただしさでなにひとつ書き記せないけれど、それでも、いつかまた、行きたいね。
この写真を見るたびにそう思ってニヤニヤしています。

ジャズバー&レストラン フラットファイブ
[バー]
ジャズバー&レストラン フラットファイブ
松浦鉄道西九州線中佐世保駅 徒歩1分
〒857-0805 長崎県佐世保市光月町2-3 新京パーキング2F(地図
ぐるなびで ジャズバー&レストラン フラットファイブ の詳細情報を見る
※2012年3月24日現在の情報です
ぐるなびぐるなび




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2012年03月04日

「のゆき書店」プチリニューアル

近況。毎日、某講座に通って勉強をしています。
全部で3ヶ月の予定で、やっと3週間終ったところ。
いろんな「考えかた」を学ぶのは本当に楽しい。
あたまの中にある「一度も入ったことにない小部屋」の扉が、ひとつひとつ開いてゆく感じです。

エキサイティングだった毎日を、やっと土曜日曜でクールダウンして、前からちょっと変えたかった「のゆき書店」の「今すぐに買う本」をリニューアルしました。

のゆき書店はこちらからどうぞ

書店はこのブログの右サイドバーからも行けます。
新しい本を入れていって、そして、盛田隆二さんの「ストリートチルドレン」を個人的に読み返したくて追加しました。
転がるように、人を求め、人が育ってきた、そんな新宿とニッポンの300年を味わいたかったから、

実はのゆき書店はもう一軒あって、こちらは「佐藤正午のBookstore」と言います。

佐藤正午のBooksoreはこちらからどうぞ

「きみは誤解している」が小学館より3/6に発売予定、今日時点で予約受付中になっています。

ちなみに「のゆき書店」は、アマゾンの系列店で、24時間営業、年中無休で営業しています。




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2012年02月12日

イイネボタン

seesaaのブログにはそういえばfacebookのイイネボタンがついてないなあ、とふと思い、それでボタンをつけてみようと思った次第。
これはそのテスト投稿です。

昨夜読んだ本は文藝春秋で田中慎弥さんの「共食い」。
淡麗な文章で緊張感もあり、おもしろかったと思う。描写もぐいぐい引きこまれました。
ただ「おもしろかった」と「好き」は別問題で、別に暴力の話だから好きじゃないというわけじゃなくて、川の流れる古い地方都市の話ってところに自分との共通点を見いだせなかったってことで。あ、でも、どこかで、西原理恵子さんなんかを思い出してみたりして。
それでも、新しい作品が出たら、また読んでみるかもしれません、こういう感じの文章のリズム、すごい好きだから。

そして余談ですが、文藝春秋の選評で今回手を叩いて笑ったのは「山田詠美さんの選評」でした。
ああ、もう、ほんとに大笑い!







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2012年02月03日

小さな比喩にクスリと笑う。(佐藤正午・鳩の撃退法)

佐藤正午さんの「鳩の撃退法」を読んでいます。「きらら」での連載で現在第7回。
これからどう転ぶかわからない津田伸一の物語をワクワク読んでいる最中で、ネタバレを書く段階でもなんでもないんですが、ちょっとクスリと笑った表現があったので、備忘録がわりに、ここに記録しておきます。

* これではまるで陰謀に巻き込まれたもおなじだ。聞いてすぐの印象としては、教科書会社で働いていた男が昼休みに大統領を撃ったみたいな話だ。いや撃ったのはおまえだったみたいな話だ。(以下略) 子供でもわかる話だ、大統領を撃ったのは僕かもしれない。
小学館「きらら」2012年2月号より引用。

なんとなく、どこかで聞いた話だなと思って、伊坂幸太郎さんの「ラッシュライフ」を読み返してみました。
主人公は宅配便で働いていて、教科書会社ではないのですが、狙撃するラジコンが発射されたのが教科書会社の倉庫から。
大統領ではないけれど、狙撃されたのは首相でした。

繋がっているとも思え、いや、関係ないだろうとも思える、微妙な表現。
でも、そのときに思い出したのは「身の上話」(光文社文庫)の解説でした。
その中で池上冬樹さんが「どうしてこれが賞(日本推理作家協会賞)を取れないのか」伊坂幸太郎氏も赤川次郎氏も佐々木譲氏もこんなに絶賛してるのに、という悔しさを熱っぽく語られている。
伊坂幸太郎さんは、佐藤正午さんを尊敬されていて、それで自分が審査員として強く押したけれども賞が取れなかったのが残念だったらしいです。

まるで、その「解説」のくだりに対するお礼のような、ちょっとした表現。
なんだか、読んでいてとても嬉しくなりました。
「鳩の撃退法」、どんどんとんでもないことが起こって、続きが楽しみな連載であります。



そして自分の近況。
「キャッツ探偵事務所」をまた再開したいなあとずっと思っています。
とりあえずとちゅうまでアップしていた「nowhere girl」を削除して、一から、このストリーをお届けしたいと思っています。
まだまだ長くかかりそうですが、よろしくおつきあいください。

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2011年11月30日

新聞が言葉狩りをするような社会は最低だと思う

どうしてもニュースの意味がわからない。
居酒屋で懇親会をしていて「これから犯しますよ」と言ったことによって田中防衛局長が更迭されたというところ。
その前後のこと、沖縄県民の感情のこと、「発言の有無は否定せざるを得ない」という文章の意味。

文脈の背後関係というのがまったくわからないから、これは政治的なこととか沖縄県民の感情に背後関係があるのかもしれないけれど、「非公式の懇親会で言葉狩りをされて更迭された」という印象だけがわたしの中に残っている。
とてもこわいことだと思う。

言葉は完璧ではない。
言葉は心のすべてを言わない。心にそって、よく似たかたちの言葉を選ぶけれども、それでも言葉は心のすべてではない。
なによりも言葉は多かれ少なかれ「選びまちがえる」。

居酒屋だから酒も入っていたのかもしれないし、これは公式の発言ではない。
そういう場所で、選び間違えた言葉がピックアップされて、報道されて、更迭される。
それが報道機関によって行われている。
こわいことではないか?
わたしはこわい。
「言論統制だってできるんだぞ」って言われているようでこわい。

「ひどい発言をした人間は辞めさせられて当然」という社会の雰囲気もとってもこわい。
「ちょっと今のひどいよ、撤回してよ」「ああ、そうだねごめん」みたいなやりとりのない社会にいるように思える。
人はみな、言い間違えて人を傷つけたりする隙間を持っていると思う。
その隙間があるから、埋めるために「やりとり」をするんだ。

どんなに不適切な発言であってとしても、言葉狩りは言葉狩りである。
誰もがそういうことができると思っている社会は不自由だと思う。
これでは「言い間違える自由」がないではないかっ!

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posted by noyuki at 21:58| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年09月15日

雲の切れ間のダイヤモンド

インターネットに出会うまでは孤独だった。
自分を理解してくれる人なんていない、ずっとそう思っていた。
夫の転勤を機に引っ越してきた町には友達もいなくて、接続時間が長くなりすぎないように用心しながらパソコンをつけるのが唯一の楽しみだった。

少しずつ世界が広がっていって、ああ、広い世界の中にはわたしと似たような人がいるのだなと初めて思えたときのときめきを今も覚えている。
似ている人も似てない人もいて、まったく違う感性が魅力的である人もそこにはいた。

友達がほしい、とはじめて思った。
出会えた人を大事にしよう、とはじめて思った。
やみくもに数を増やすことはない、ゆっくりと、少しだけ貪欲に、同心円状に広がる友達という輪を、大事に心の内に抱きしめた。

その喜びのひとつひとつや、誤解の涙や、サプライズの数々を、振り返って語るほどわたしはまだ年老いてはいない。
今はまだその途上にいて、わたしはまだ、新しい出会いを求めている最中だ。

ところがある日唐突に気づいた。
出会いの数だけ別れがあるのなら、わたしはたくさんの人に出会えた分、たくさんの人に別れないといけないのだと。

そして別れもまた唐突にやってきた。

毎朝、タイムラインの途中に名前を見つけるFさんが自転車の事故でなくなった。
トレーニング中の心拍数のグラフをネットにアップする彼とはよく心拍数について話した。
最高時に160までアップする鋼の心臓のグラフをもう見る事はできない。

そして今日、ATさんの訃報を耳にする。
腹痛で病院にかけこんで、膵臓がんの手術、退院したものの術後の経過も思わしくなく、日記の更新が滞ってからしばらくしてからの訃報だった。

メールアドレスをたよりにお姉様がお知らせくださった訃報を、友人の日記で知った。
メールや掲示板にてそのことを知らせるのがとてもつらかった。

わたしたちはみな、バーチャルというとても微妙な位置で繋がっている。
だけどバーチャルという世界の向こう側にはリアルがあって、まるで朝のホームで同じ駅の同じ場所に並ぶようにして「おはよう」と言ったり、ときには「今日はさんざんだったよ」「どんまい、元気出してね」なんて言葉をかわすのだ。

この前までの書き込みもこのままなのに、アイコンも消えてないのに、そうか、君はもうここにはいないんだね。

あれからずっと月が明るい。

出会いの数と同じだけ別れがあって、これからもいろいろな人と別れなければならなかったとしても、わたしは出会えない不自由を選びはしないだろう。
いつ、どんなカタチで別れが来るとしても、出会えてよかったと思うだろう。

ATさんの好きだったキヨシローさんの歌のフレーズを、空を見ながら口ずさんだ。

「ああ、雲の切れ間にちりばめたダイヤモンド」

みんなそうだ。
出会えた友達はみんな、雲の切れ間に輝く無数のダイヤモンド。
出会えてくれて、ありがとう。



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2011年07月19日

嘘をつくろう

震災からしばらくのあいだ、なんだか祈るような気持ちで小さい文章をけっこう書いた。
祈りたかったんだと思う。
「祈ること」は、言葉を創ることとどこか繋がっていた。

それから、原発のこととかいろいろ出てきて、今度はわたしは「ほんとうのこと」を探した。
「ほんとうのこと」は「事実」とは繋がっていて、いまだにそういうものを追い続けているのだけど、ほんとうのことはわたしの言葉と少し繋がっていた。

だんだん嘘が恋しくなってきた。
「嘘をつくること」はわたしにとっては「物語をつくる」ことだ。
物語は、本当でもいいし嘘でもよくって、実生活とは別の自由がある。
そういったものが恋しくなってきて、いくつか「嘘」をつくろうとしてきたけれど、どれもうまく行かなくって、いろいろ消した。

本当の中にずっといるのは、けっこう不自由な感じ。
嘘の方が自由だったりもする。
だけど、じょうずに嘘をつけなくなってしまっていた。

しょうがないなあ。

途中までアップしてたものを消したりして、また書きなおしてみようかなと思っていて、少しブログのコンテンツがごたごたするかもしれませんが、よろしくおつきあいください。

少しずつ、わたしは「自由な嘘」の中に戻っていきたいと思っています。

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2011年04月28日

九州新幹線(日記より加筆修正)


京都のホテルにチェックインして、しばらくして清水五条駅のあたりへ向かった。
バスの路線がわからない。目の前にあったおみやげやさんで地図をいただき、バスの行き先と見比べながら乗ってみた。
そして四条でマクドナルドに入り、無線LANで場所チェック。ここからはたぶん京阪電車でひと駅だ。

今年に入り、わたしの家の玄関からは新しくできた新幹線が見えるようになった。
何度も試運転を繰り返す頃から薄いブルーの新幹線を何度も眺めていた。
夜の新幹線はとりわけ美しい。まるで光の矢のようにまっすぐに延びてゆく。
駅舎は新しくなり、ステンドグラスの明るい天井からは柔らかな光が幸せの象徴のように降り注いだ。
開業の日にはたくさんの人がこの駅にも降り立つだろう。駅前のステージでは一日中音楽やダンスが鳴り響き、地元の自慢料理の出店が並ぶ。
その日はもう目前だった。

だけども約束された未来が必ずやってくるとはかぎらない。
前日に311の大震災が起こり、イベントは中止になった。
小さな未来よりも、もっと大きな現実に押しつぶされ、わたしたちは涙し、途方にくれ、そして混乱した。
それでも九州新幹線は静かにダイヤ通りに駅にすべり込んだ。
経験したことのない大きな現実に混乱することなく、いや、混乱の中に一本のまっすぐな線を引くような確固とした意志を持って、九州新幹線は走りだした。
いつかは新幹線に乗って遠くの町に行こう。
それはわたしの、ごく個人的な小さな希望になった。

清水五条の駅を降り、地図で曲がり角のビルの名前をたしかめて、お目当てのお店に入る。
小さなお店のベリーダンスのショー。たまたま京都に行こうと思い立った日に、そこで知り合いの熊澤洋子さんがバイオリンの演奏をすることを知り、お店に電話してチケットを予約したのだ。

妖しくも楽しいベリーダンスを堪能したあとの休憩時間、「バイオリンの方、お知り合いなんですか?」と、隣の女の子が熊澤さんのバイオリンにいたく感激してた様子で話しかけてきた。
九州から出てくるのに、ちょうどイベントで聞けてよかったって言ってたら、「九州から?」って前にいた女の子も振り向いて、休憩時間中4人でわいわい盛り上がる。
誰の知り合いだとか、誰に習っているのだとか、ここに勤めてるのだとか、ガールズトークに混ぜていただいて、わたしは嬉しくて嬉しくて。 その日の後半のショーを楽しむときは、わたしたちはまるで最初からの知り合いのようにいろいろつぶやきながらショーを楽しんだ。

最初に声かけてくれた女の子がホテルのとちゅうまで道が一緒だからと送ってくれることになった。
パン屋さんで働いていること。
もうひとりの人は朝4時半からパンを作っていること。
そんな彼女に、こんな顔があるなんてほんとびっくり、とか。
そんなことをいろいろ話しながら夜の道をえんえんと歩いた。

列車に乗ること、いろんな不可思議なものを見ること、ふらふら道に迷うこと。
どれも好きだけど、ああ、人に会いたかったんだなと思う。
生きて、手に触れられるくらいの距離の人にたくさん会いたかったんだなと思う。
生存にたいする感覚が鋭敏になっている時期なのだろう。
そういうときはきっと、人に会いたくなるものなのだと気づいた。

たくさんの人に出会い、いろんなモノを見ておいしいものをいただき、そして列車の旅を堪能したのち、わたしはまた、これまでに経験したことのない日常を生きている。

被災地のこと。原発のこと。これからのこの国のこと。自分の意志。
誰もがいままでに経験しなかったことを前にして、一丸となったり、優しくなったり、怒ったりする毎日。
これらの日常はこれからわたしたちの未来を形作っていくのだろうけれど、それが形になるまでのあいだ、たくさんの時間を要するのだろう。経験したことのないものを前にして、人は皆、ちがうことを感じ、ときには暗たんとした気持ちになって、誰かを責めないではいられないこともある。未来はそうやって繋がっていくことに、やっと今頃になって気づいた。

そうした中で、九州新幹線のCMが話題になってることを知った。
開業前、特別な新幹線が走るので、みんなで手を振ろうという企画があることは伝え聞いていた。
駅は満員で定員に達していたが近くにも撮影スポットがあるという。地の利からその場所を見つけて、わたしも出かけていったのだ。
50人ほどの人が集まっていた。
カメラを持つ人もいたが、近所の人がわらわらとやってきた感じのその場所で。
みんなで手を振りながら、アイフォンでその新幹線を撮影した。





ちょっと手ぶれがあるけれど、これがそのラッピング新幹線。

なんだか不思議な気持ちだ。
いろんなイベントが中止になっても、みんなが手を振ったCMでこんなに感動できるなんて。

手を振って誰かが元気になれるんだったら、いつでも手を振るよ。
もう少し、未来のはっきりとした形が見えるまで。

そしてこちらが、その九州新幹線のCMです。残念ながらわたしは映っていません。




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2011年04月08日

日記「軽やかさ」

これも個人的な日記より。


「軽やかさ」

盛田隆二さんの「きみがつらいのは、まだあきらめてないから」という短編の中で、奥さんがダンナさんに「もしかしてあなた、頑張れって励まされると、逆にしんどくなる病気?」って聞くくだりがあって、(夫はうつ病かもしれない、うつ病だったら大変だろうなあ)と思いながら、用心深く、深刻にならないように尋ねる奥さんの軽やかさが好きです。

実際はその背景はすごく重たいものなのだけど。

重たいものを抱えたときに深刻になってしまうのは当然のことで、希望や頑張ろうって言葉が世の中にあふれることも当然のことなのだけど、その中にいて斉藤和義さんの軽やかさはいいなあと思いました。

怒りも、希望も、すこしばかり自分から距離を置いた場所にあった方がいい。
それは自分の外側で。
内側にはもうちょっと大事なものを置いておきたいから。






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posted by noyuki at 08:25| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日記「ハートカクテルその後」

最近いろいろ日記を書いている。SNSを利用してではあるけれど。
日常が揺らいでいて、なんだか書いていないとどこかへ流されてしまいそうな気がするのだ。
無駄だったり、感情を吐き出すだけのものも多いけれど、今、自分が感じていることをブログで記録しててもいいなと思った。
わたしは今、こんな状況の中でこんなことを感じているってことを。
以下、その日記です。




「ハートカクテルその後」

「ハートカクテル」だと思うけれど、都電に乗っていたら、あ、春がきたって思う場面があって、その絵がとても素敵で、嬉しくて男友達に電話もしたら彼もそう思っていて、電話でしばらく話したってことがあった。

昨日、電車に乗っていて、唐突に「ハートカクテル」のその場面を思い出した。
ああ、春が来るときって、こんなふうに柔らかい光が電車の中に降り注ぐんだよね。

わたしは買い物したいというムスメと一緒に電車に乗っている。

あれからわたしは結婚して二人の子どもを育てて、二人ともまだ少々の援助を必要とする年頃である。
そのときのボーイフレンドも同じくらいに結婚して、短いメッセージつきの年賀状だけのやりとりは続いているのだが、最近の彼の住所は仙台のどこかの駅前らしきマンションだった。

安否を確認するほどの仲ではないので連絡はしないが少々心配はしている。

その頃「ハートカクテル」はモーニングにはオールカラーでついていて。
わたしたちは、あまりたくさんのものを背負っていなくて、身軽で幸せだった。
今は少々荷物が重すぎて、ときどき、都電の春や、潮風の心地良さなどを忘れてしまっている。

男友達も「ハートカクテルの主人公」のように感受性豊かなままでは生きていけなかったにちがいないと思う。
今会って話したら、もっとタフな印象を持つような気がする。

わたしたちは、そういうふうにたくさんの荷物を持って、心の中には「ハートカクテル」にも描けないような、複雑なほころびをたくさん持っているけれど。
それでも、都電の春の一日のシーンを思い出すような日がある。

そんなもんだよな、もう、それだけでいいかな、と、昨日電車の中で思った。




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posted by noyuki at 08:19| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年03月13日

できること



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できることを考える。
物質的ないくつかのことをのぞいて、できることは、あまりないかもしれない。


日本というおなじ国で繋がっているのに、今日のキューシューは「すべて世はこともなし」とでも言いたげな青空が広がっていた。
この、静かな青空が、かの地にも広がっていればいいのにと思う。

被災した人、余震に怯える人。
その人たちの気持ちになりかわることはできないけれど、その人たちのことを思う。

あなたの不安や悲しみが、少しずつ薄れていきますように。
あなたの声と、どこかでつながれますように。
そう祈る。

当たり前なのに。
あまりにも当たり前すぎて、なにも思ってなかったのに。
死の淵から見上げる「生きている世界」は、きらきらと美しく輝いているにちがいないと、最近は思うようになった。

いくつもの夜をすごして、いくつもの再構築を試みて。
また同じ本を読んで、同じ音楽を聞こう。
そしてきれいな絵を描いて、みんなが撮った美しい写真を見よう。
同じような服やバッグや着物を買って、素敵ね、それ、って言い合おう。
また、ときどき愚痴りたくなって、ときには嫌なことも言い合おう。

そのとき、わたしたちは、少しだけ、以前のわたしたちとは変わっているのだ。

当たり前のことは当たり前じゃなくて。
乗り越えられないと思っていたことは乗り越えられていて。
町は新しく生まれ変わっていて。

そのとき、わたしたちは、少しだけ、以前のわたしたちとは変わっているにちがいないはずだ。

いつか、必ずやってくるその日を思って生きていこう。



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2011年02月13日

また明日



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今日もまたやり損なってしまった、しょうがないか、また明日、と何度も何度もつぶやいているのだけど、この明日というのはいつまで続くのだろうか、とふと思う。

最近やることが多かったり、日常がざわざわしててなんだか宙ぶらりん。

こんな時期もあるだろう、あせってみてもしょうがない。
そう思いながら、延ばしていってることを、どれだけこのあとに出来るのだろうか?

なのに今日はやらず、冬のあけない曇り空を見上げているばかり。

明日になれば、うまく言えなかった言葉を心の奥から搾りだして、もういちど繋がりなおそうと思っている人と、ほんとに繋がりなおせるのだろうか?
それすらも自信なくて。

そもそも「また明日」の明日は、いつまで当たり前のように私の前に居続けてくれるのだろうか?

それでも終わりなき日々のように、明日やるべきことを夢みてる毎日。

ブログを60日更新していないということで広告が入りました。
忘れていたわけではないんだけれど。



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posted by noyuki at 22:04| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年12月13日

2010年 私的読書ベストテン

今年読んだ本の中で心にのこる本を10冊あげてみました。
明確に順位をつけるのもはばかられるのだけれど、心に染み込んだ濃度の濃い順に上から書いています。



* 二人静(盛田隆二)
やはり、今年の一番はこれ。介護やDVなどのリアルな問題を扱いながら、小説の持つ「ファンタジックな物語の力」を感じさせる作品。生きるに大切な感情を教えてもらったように思う。

* ダンスホール(佐藤正午)
雑誌「小説宝石」に2回にわけて掲載。複雑でこれほど格闘した小説は過去になかった。「きらら」の「ロングインタビュー」をあわせ読むと、佐藤正午氏という作家が目指しているものの方向性が見える。不明瞭な箇所はまだまだあるものの、読み解く楽しみをいくらでも味わえる「ジグソー小説」。そしてやはり文章の魔力。

* ロック母(角田光代)
ガツンをやられた。「二人静」の対局にあるような、考えて世界を組み立てることを放棄したような物語の中の強烈なメッセージにやられた。

* バイバイブラックバード(伊坂幸太郎)
設定も物語もおもしろかったけれど、装丁や企画を含んだ「愛」を感じる本。手元におきて、ときおりぱらりとめくりたくなる本。電子本を否定するわけではないが、電子ではけして表せないものがあると思う。物語自身も愛に溢れていてとてもいい。

* 3月のライオン(羽海野チカ)
5巻が今年発売の漫画。最初から、激しい感情の嵐に何度も震えた。そして5巻にいたっては徹頭徹尾涙が止まらない。感情をぎゅっと凝縮した濃度にやられてしまう。

*1Q84(3巻)(村上春樹)
続編が発行される喜びを存分に味わえた。とくに後半部分の高まりはよかった。引き続き読んでいきたい。「ふかえり」の物語はまださまよっている。

* マリアビートル(伊坂幸太郎)
新幹線が舞台となった小説。テンポもよく登場人物も魅力的。極上のエンターティメント作品。トリックも多く複雑なのであと数回は読み返して楽しめると思う。

* 小暮荘物語(三浦しをん)
「めぞん一刻もの」というくくりにしてしまえばそれまでなのだが、人物の持つ魅力と感性がとてもわたし好みである。しをんさんは、こういうラフな設定でのびのび描いてくださるものが楽しい。エロチックな視点もとてもいいと思う。

* ストリーセラー(有川浩)
多作となられてなかなか追いつかなくなってしまったが、これは心に残った。物語を作る人は、一度は自分の死ぬ場面を描く機会があるような気がする。それが現実の感情と入り交じっていてとてもリアル。前半がとても感情的でよかった。

* 小暮写真館(宮部みゆき)
宮部みゆきさんの作品には、不条理な悪人が出てこない分、とても安心して読める。大作であるが、ゆったりした音楽を聞くように楽しめた。

* 告白(湊かなえ)
映画を見る前にと読んでみたのだが、最初から文章の迫力に引きこまれた。すごい筆力だと思う。後味の悪いという人もいるが、わたしはスカっとしたタイプ。

あれ? 11作品になっちゃいました。

今年もたくさんの物語に支えられて、現実の世界を泳いでいけたように思う。
後悔も未決の問題もまだまだある。
とにかく私は、こういうふうにして2010年を泳いだ。



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posted by noyuki at 22:28| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月03日

先生からの手紙

高校時代の恩師から年賀状が届いた。
去年は年賀状の返信もなかったので気にかかっていたのだった。

ご無沙汰していますがお元気ですか?
創作はしていますか?
わたしは地元の文化会を辞めてしまったので、住所がすっかりわからなくなってしまってました。
ちゃんと書いていますか?
わたしは一生懸命創作しています。

油絵の個展を手伝いに行ってから、年賀状のやりとりをするようになった。
私自身の活字になった本をプレゼントしたらとても喜んでくれて、それ以来、創作について話をしてくださるようになった。
時間の作り方とか、作品との向き合い方とか、そういう話だ。
自ら恩師という枠を取り外して、「創作仲間」という立場で、いろんなことを話してくれてたように思う。

町でばったり会うことも最近ではなくなっていて、もしかしたら、という悪い予感もしていたので、万年筆の走り書きの文章がとても嬉しかった。
数年前までは、自作の油絵を印刷した立派なお年賀だったのだけれど。

先生、お元気そうでなによりです。
どんなときでも、書くことは、ずっとわたしの支えになってくれています。
先生も、これからも素晴らしいものを描き続けてください。

あれから何度も先生の文章を読み返している。
短い文章の中で、わたしが書いているのかというくだりが二回も出てくる。
それはおそらく、「継続すること」のむつかしさを身にしみてご存知だからなのだろう。

今年も一年間。恩師の問いかけに嘘をつかずに答えられる自分でいたい。
年頭にあたってそう思った。

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posted by noyuki at 22:02| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月29日

本のせかい

本の中にはたばこが好きでお話の上手なおじいさんもいるし
知らない人とセックスばかりしてるおねいさんもいるし
死ぬことばかり考えてるおにいさんもいるし
やさしそうな顔をしてるのにほんとはいじわるなことばかり考えてるおばさんもいます

ほんとはふつうの世界にももっとふくざつな人はいっぱいいるんだけど
そんな人たちはけっして自分のこころの中を語ろうとしない

ものがたりの中の人たちは、こどもにもおとなにも等しく、自分のこころの中をしょうじきにかたってくれるのです。

あなたのまわりに一元的な価値観しかなかったとしても
ものがたりの中には、不滅のたくさんの価値観があります
エロもグロもさつじんも、ものがたりは「やれ!」とはいいません
ただ、そこにあることを、ゆるしています

そこにあることが ものがたりの中でゆるされているからこそ
現実世界は、「見えないそれら」を包括したゆたかなものに向かえるのです


******

福音館書店の「たくさんのふしぎ」の「おじいちゃんのカラクリ江戸物語」が発売中止になったというニュースを受けて書いたものです。

冷静に思うと、読んでもいない本のことを擁護するのは、ひいきもいいとこだとは思いましたが、つらつらと書いた「自分の思い」というものが、なんだか自分にとってとても大切なことのように思えてあえて掲載しました。

すべての人が、本に対してこういう感情を持つわけもなく、悪いものを排除しようという気持ちがある人もいることは認めます。

だけどもわたしはこういうふうに考えているのです。
ただ、それだけ。


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posted by noyuki at 21:35| 福岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月31日

ごあいさつ

長々と時間がかかってしまいましたが、「タピオカ」はこれにて完結です。
ご愛読ありがとうござました。

これから加筆修正して、まとめ読みに追加したいと思います。

どうぞ、また、よろしくお願いします。


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posted by noyuki at 21:51| 福岡 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月24日

「Four dishes story」をまとめ読みに追加

お知らせ

「Four dishes story」を左バーの「まとめ読み」のコーナーに追加しました。
短編ですが、とても気に入っている作品です。
また、自分自身の転機になった記念すべき作品でもあります。

Four dishes story 


↑ こちらからもどうぞ!
posted by noyuki at 22:27| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする