2009年01月19日

のゆき書店 




こういうのは、本好きの願望なのかもしれない。
ブログで紹介した本、時間を経て何度も何度も読み返した本。
そんな本を、ひとつひとつ並べて、いろんな人に見て欲しいと思った。

京都一乗寺のけいぶん社に行ったら、その思いはよけいに強くなった。
ああ、こんな本屋が作りたい。

ありがたいことに、WEBはかぎりなく自由なカタチでわたしの願いをかなえてくれた。
休日を1日かけて、好きな本を並べていった。
まだ、本の数は少ない。
それでも、愛着のある本だけのある、わたしの本屋がここにできた。





そうして完成したのが、こちらの「のゆき書店」です。
クリックすると画面が広くなります。
一階にはおすすめの本を並べています。
二階には新旧とりまぜた、わたしの中でけして色褪せない小説。
三階にはコミックス。

これからも、一冊一冊吟味しながら、本棚を増やしていきたいと思います。

右のサイドバーからも行けます。
ご愛顧ください。

もちろん購入もできます。




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posted by noyuki at 22:26| 福岡 | Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月08日

パーツを替えてゆく

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新しい年もよろしくお願いします。




ときには放置して、ときには忙しさにかまけていているのに、それでも自分のブログがあることが、拠り所になってる。
去年の前半は多忙でほとんど更新できなかった。
後半は「さあ、やろう」と思ったのに、どれも中途半端な状態。

「思うこと」も「感じること」も「書くこと」も、案外筋力に似ているかもしれないと最近は思う。
人はどこまでも鈍感になれる。生きるために意識して鈍感になることだってできる。
それと同様に、人はどこまでも「深く」感じられるものなのかもしれない。

ここは「深く感じる場所」でありたいな。
そう思って、いくつかのパーツを替えた。
自分のあばら骨をいっぽん取り出してきれいに磨くみたいな感じだ。
今年はこんなふうにして、「深く感じるために」ひとつずつ磨いていきたいと思っている。

写真は、新しく入れたブログパーツ「携帯百景」の一枚目。



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posted by noyuki at 09:10| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月12日

雑踏

小さなパソコンを買ってドラゴンと名前をつけた。
名前のわりには野太いところがなく、どちらかといえばひ弱な感じである。
キーボードが軽くていきなり画面が移動したり、まだまだ扱いづらかったりもする。

公衆無線ランを使ってみようと、ドラゴン片手にマクドナルドに移動し、一店めはうまくいかなかったものの、二店めでやっと接続に成功した。

雑踏の中にいると、自然とキーボードが軽やかになった。
となりの大学生は試験前らしきノートをめくっているし、お向かいの女の子の二人連れはケイタイのスケジュールを見ながらランチの日にちを決めている。さっきまでは二歳くらいの男の子が片言のおしゃべりをしながら母親とポテトを食べていた。向こうの席の女の子はヨーロッパ旅行を計画しているのだという。飛行機は高いけどねって。
人のささやき声は重なり合うオーケストラみたいだ。

そうだ、最初に音楽を聴きながら電車に乗ったときもこうだった。
揺れる川面も電車のアナウンスも子供の泣き声もみんな交じり合い、音楽がいきなり立体になって踊りだした。
あの感じにすごく似ていた。

当たり前すぎてとりたてて愛することもなくなった市井のものたちが、歌いだす感じがすごくてたまらないけれど。
ああ、バッテリーが少なくなってきた。

雨がひどくならないうちに家に帰らなくちゃ。



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2008年05月08日

芯のないリンゴ

佐藤正午の小説「ジャンプ」で、恋人が失踪したとき、主人公は自分の気持ちのあやふやさを「まるで芯のないリンゴのようだった」と表現した。
この比喩のリアリティが好きでいつまでも覚えていたけれど、昨日「自分だって芯のないリンゴみたいだったんじゃないか」とふと思った。

けっして恋人が失踪したわけではない。
ただ単に忙しさに忙殺されていたのだ。
自分がやるべき大仕事がいくつか重なり、次から次に片付けることばかりに半年ほど追われていた。

本を読むこともほとんどなくなり、寝る前に頁をめくることなくベッドに倒れ込んだ。
夜にゆっくりとパソコンに向かって自分の言葉を紡ぐということすらできなくなってしまっていた。
はたから見たら「活動的に仕事をこなしている」ようにしか見えなくても、まるで芯のないリンゴになってしまったような感覚がずっと離れなかった。

もともとそういうふうにはできていなかったのだ。
自分にとってはスキマと空白だらけの時間と、そこに漂う夢想やら空想の方が必需品であって、それ以外のことを完璧にこなせても、それはそれでしかなかったのだ。

コンクリートの壁のようにソリッドな世界が終わるとまた、少しずつ、そのすきまから吹いてくる風が見えるようになってきた。

なんだ。
空白はむなしさでもなんでもないじゃないか。

頭の中の野原には風が吹き渡った。
本を何冊か読んで、そのひとつひとつに涙を流した。
ああ、なんて世界がここにあるんだ。その居心地のよさとクリアさに涙した。
それから言葉を紡ごうと思った。
まだ、ぎいこちない。
うまく書きたいことが見つからない。
そうして、カタチを失ったあいまいさを、まだ言葉にできない。

芯のないリンゴじゃなくて。
わたしは芯のあることを忘れてしまったリンゴだったのかもしれない。

あらためて、自分というリンゴには芯があってよかったと思った。
もちろんそれは自分自身の芯という意味ではなくて、寄りかかるべき「大切なもの」だった。
他者の紡ぐ物語。
自分で紡ぎたいと思う言葉のかけら。

そういうものが、きちんとカタチを変えずにここにあったことにまず感謝した。
まずは、そこからだ。

時間ばかりが立ってしまって、もちろんわたしもまた昔のわたしのままではないのだけれど。
まずはそこから始めよう。
そう思ってキーボードに向かった。

まだここには何もない。
だけども。
まずはそこからだ。



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posted by noyuki at 22:19| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年04月03日

桜は上を向いている

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下から見上げると、下を向いてにっこりと笑っているように見えるのに。
ちょっと離れてみると桜は上を向いてるんだな。

なんだか不思議だ。

八方美人とかそういうんじゃなくて、好き勝手にいろんなところ向いてたって、さまになってるって言うか、それはそれでいいんだって言うか。

わたしは。
いつから歩きだそうかと思いながらじっと立ち止まっている。

桜の木の下で足踏みしているみたいだ。

ああ、あったかい。
日差しってこんなにやわらかくってあったかいんだな。

いつから。
どこに歩きだそうか。



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posted by noyuki at 21:37| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月26日

侮ることなく世間を渡れ

滞納の多い店子さんがいよいよ半年分も家賃をためてしまった。
そのつど請求はしているし、保証人にも電話してるのに口ばっかりだ。

簡易裁判か少額訴訟をしようと思って裁判所に行ったら、まずは「内容証明郵便」をと勧められた。ところがその内容証明を受け取らない。留守(または居留守)で不在通知も無視されて、とうとう我が家に返送されてしまった。

滞納者の人たちは、こういう場合の乗り切り方の知識はとても豊富なようだ。
この調子だと裁判にしても出廷しないのではないか、とかいろいろ考えて結局「取り立て屋」を雇うことにした。

仕事で取引のあるところに紹介してもらったが、「あくまでコンサルティングであって、強制的な取り立てはしない」という。
その物腰の柔らかさが逆に威圧的にさえ思えた。

一週間もたたぬうちに、家賃の精算と、月末退去を約束させた。
その早さにはびっくりだった。

家賃のトラブルは「退去までしてもらう」か「家賃の精算だけをのぞむ」かで対応が違う。
「それを一番にきめなければいけない」と言われれて困ってしまったが、今回は、もう退去してもらおうと決めていた。

先月の請求に「なんらかの返答がない場合は退去をお願いします」と書いていたのだ。
書いたことは実行する。

「私どもが今まで相手にしてきた方たちに比べれば、ずっと常識もあり、ちゃんとした方でした」と、取り立て屋は言った。「数日中に必ず払う、たぶん保証人の方が出すんですようが、そう約束してもらいました」
それから「退去だけは勘弁してもらえないだろうか」と何度も何度もお願いされたのだと言う。
しかし、そういう約束なので、出てもらわなければ困ると言ったら、「分かりました、こういう状態だったのに、長いこと居させていただいてありがとうございましたと伝えてください」と言われたのだそうだ。

生活が傾くまでは、とてもちゃんとした人だった。
よく共用部分の掃除をしてくれていた。お礼を言うと、「ずっときれいにしておけば誰もよごさないから」と言ってくれていた。
だから、少々苦しい時があっても、がんばって払ってくれると信じて待っていたい部分もあった。

ひとりの人間の生活の場を自分の判断で取り上げるということで、ほんとに昨晩はいろんなことを考えた。

たとえば、請求書に書いた番号に電話して、あやまってくれたらどうだったろう?
今月は1万円しか払えないからそれだけでも、とか言ってくれたらどうだったろう?
交差点で会ったときコートのフードで顔を隠して逃げなかったらどうだったろう?
今月中にはと言われて待っていて結局払わなかった月がなかったらどうだったろう?

「そういうこともあるんで、ほんとに払うのか、退去するのか最後まで気が抜けないんですよ」と取り立て屋は言った。

とりあえず、わたしはひとりの人の生活の場を取り上げたけれど、それはやはり、世間とかわたし自身を侮っていたのだから仕方ないことなのだと思いたい。
その人自身を恨む気持ちももうないし。
これからは「侮ることなく世間をわたっていってください」と思っている。

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2008年02月07日

ノーヒットノーラン

わたしは野球のことはよくわからないけれど、打率3割だったらけっこういい成績なんじゃないか。

人生とか生活において、ついつい10割打者を目指してしまうのが、わたしたちのいけないところだ。

たぶん、10割以下でもぜんぜん問題ないにちがいない。
バンプの「ノーヒットノーラン」を聞きながらふっとそう思った。

3割でも3割以下でもいい。
忙しさにかまけて、打席に立つことすら逃げているくせに。

誰にもわからない改心の一撃が空に白い弧を描くところを、そんな毎日の中でもずっと夢見ている。


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posted by noyuki at 21:59| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月01日

言葉のない世界

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言葉はどこにだってあるのに、忙しかったり余裕がなかったりすると、言葉のない世界に生きているような気分になってしまう。
そこでだってちゃんと言葉は交わされているのに。

そのうち、わたしの言う「言葉」は、「わたしの書く言葉」のことだということに気づいた。
そうか。
自分の言葉を一番必要としているのは、いつだって自分自身なんだ。

自分の心臓とかココロとか。
最近は「まりも」のようなふわっとした丸いものを想像している。

そこをほんとうに柔らかく包み込むように触れるのが、「自分」であり、「自分の言葉」なのだと思う。

誰かが包み込んでくれるところばかりを想像していた。
だけど、そこは遠くて深すぎて、誰の掌も届かない。
海の底に太陽の光がさすように、誰かはわたしの水中を照らしたり、酸素を送り込んだりしてくれることもあるだろうけれど。

水の中にぽかんと浮かんでいる「まりも」に届くのはわたしの手だけだ。

それは孤独なことでもなんでもない。
まりもの宇宙は外見からわからないけれども意外に複雑だし、そこまで届く他者の手を望んでいるわけではないからだ。

だけど、自分だけは「まりも」の複雑な宇宙を知っていられる。
それが手に負えないほど複雑で、誰かに触られたら微妙な手触りのちがいで意味なく傷ついてしまうほど複雑なものだってことも知っている。

自分でなら触れることも知っている。

自分だけが、自分の掌で「まりも」を包みこめる。
それがわたしの言う「自分の言葉」なのだと、あらためて思い返した次第。

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2007年10月02日

No title

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たぶん脳みその中にはいろんな感情が転がっているんだろう。
それは浜辺の貝殻のように無数だったり、夜空に輝く星のようだったり、きらめいたり曖昧にしか見えなかったり、手に取って眺められたり、片隅で忘れ去られてしまったりしているものなんだと思う。

ひとりで列車に乗ってココロをブランクな状態にしていると、ぐじゃぐじゃに散らばっていたその感情の石ころの中からたったひとつのものが見えてきた。

わたしは泣きたかったんだと思った。
泣くというのは悲しいのとは違う。
うち震えるような激しい感情に近い感じ。

どこかにある絶対的な暗黒。
傍らにあるはずなのに、薄めてしか向き合うことのできない絶対の孤独。
そういうものを前にしたときの言いようのない無力さを受け入れ、子供のように泣きたかんだと思った。

どこにやってしまってたんだろう? わたし。それを。みたいなものを再確認して。
愕然としたり、複雑だと思ったり。とまどったり。
そうしてひとりで宿に帰ったら号泣しようなどと思っているうちに、取り紛れて落ち着いて。
家に帰るとまた忙しさに取り紛れて、それは抜け落ちてしまった。

だけどもそれを思い出したことだけは、幸運にも忘れないでいられた。

わたしの中には、今ここの生活している中では必要とされてない、いろんな感情が詰まっていること。

一生露呈しないもの。
ずっと格闘しながらも、おそらく一生答えの出ないもの。
そういうものが確実にある、自分の「中身」みたいなものが、たぶんわたしは嫌いではないのだろうと思うことにした。

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2007年06月10日

たいくつ

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え〜っと、なにをやっているかと問われれば、退屈をしています。
横になって読みかけの本を読んだり、衣替えをしたり、梅雨の前で少しばかり音色がしっとり聞こえるようなピアノを弾いてみたり。

だけども。
それでも退屈なのです。

ひとつの小説を書き終えたとき、いつもこんな感覚を経験します。
最初は、もうなにも考えなくていい、自分の好きなことだけ考えようと思うのだけれど。
結局考えることなんてなにひとつないことに気づくのです。

わたしが誰かの心のうちを想像したり思いやったりしなくても、人の心は自由きままに移動したりとどまったりするものなのだし。
季節の移りかわりに気づかなくても、自然のきまりごととして、季節は移ろうものなのだし。
犬のももは今日も、庭で煙草を吸うわたしの1メートルとなりで、月の光をカラダに浴びているだけだし。

なにひとつ、わたしの干渉を必要とするものなどなく。
わたしの残されているのは、ただ、そのものを感じることだけなのです。
だけども、わたしはなにも感じていない。
怒りも。
ヨロコビも。
なにひとつ。

そのことはいつも、わたしを少しだけ不安にして。
もう、このまま何も感じずに年をとるだけなのだろうかというような、あせりすらも時に感じたりします。

ここを過ぎてどこに行くのかなんてわかりません。

翌日の日差しがまた、なにかを感じさせてくれるのを、もうどれだけか、今は待っているだけなのです。

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2007年05月31日

血を流すこと

わたしの書くものを読んで、「これは、ちゃんと血を流しているね」と評する人がいる。もちろんいつもではなくて、「これは血を流していない」と言われることもある。

そういうふうに言われるととても不思議な気持になる。

自分自身が、左手の手首を空に掲げてすっぱりとナイフで切ってみせて、そこから真紅の血がひとすじ流れているところを思いうかべてみる。
痛いとは思わない。
たぶん、今そこに流れている血を、わたしもまた、見てほしいと思っているんだろう。

見てくれてますか?
からだの中に流れている血の色を、ちゃんと見てくれてますか?

そう思いながら。
乾いた草の上に倒れ込んでみる。
呼吸をしながら、流れている血が乾くまでのあいだ、空をゆっくりと移動してゆく雲を見ている。

ああ。呼吸をするように書いてゆきたい。
血を流して。笑って。激怒して。
それを当たり前のこととして、書いてゆきたい。

全部が全部を、わたしの日常として。




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2007年05月23日

mortal

 最近どお? と聞かれたら、コップの水ギリギリかなあって状態。
 実はちょっと前からそうなんだけど、そういうことに気づくのはずっと後で、なんでこんなに仕事溜まってるんだろうとか、なんで送ろうと思っていたメールのことを忘れているんだろうとか、いつもそんなところから、ほつれがはじまってゆくんだ。

 そんなときわたしは、ドーム型の天空の向こう側が透けてみえような気がする。
 この向こう側には「生きていない世界」があって「生きていない時間」があって。とりあえずわたしは今ドームの中にいるんだけど、その向こう側が透けて見えてて、うざったくってしょうがないって感じ。

 もちろんわたしは、向こう側に行ってみたいなんて思っていない。
 
 だから必死になって「メメント・モリ」の反対は何だったっけって考えるんだ。
 死を忘れよ、いつか死ぬことを忘れよ、大切な人が死ぬこと、大切なものを失うことを忘れよって。
 
 夜空に向かって煙草の煙を吐きかけて。
 犬のモモが、なにかを察するようにその様子をじっと見つめてくれている。
 
 生きることは、その向こう側にあるはずの死を思うことじゃなくって。
 
 彼女が必死に怒って真理を求めてることを羨ましくなって応援してみたり、いっぱいになってしまったコップの水がわたしの中から溢れてゆくのをじっと眺めていたり、意味のないくらいにただなんとなく、人を好きになってみたりしながら。

 それがいつかは終わるものであることを、強い意志で忘れ続けてゆくことなんだと思う。
 今日はそんなふうに思いたい夜。
 
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2007年03月27日

プラスチックの空

IMG_1570.JPG

毎日見上げる夜空がだんだんプラスチックのように見えてくるようになった。
そう。
つい最近まで、空はもっと深かった。
時空の果ての恐ろしさをたたえていて、それでいて優しくて、月は赤い毛糸のようにふんわり浮かんでいた。

それがいつのまにか深みのないプラスチックの箱の天井のようになってしまったんだ。

どうしよう、とか、助けて、とか言ってみたけれど、そういう問題じゃないことにすでに気づいていた。

word horic なんだ。

言葉に代えていかないと、空さえもプラスチックになってしまうんだ。
あなたの声も、喋っている内容も、石畳の坂道も、マクドナルドの朝マックも、毎朝自転車で走る道にこぼれて落ちる藪椿も。咲き始めた桜も。
みんな絵はがきのように平面に変わってしまう。

アクリル絵の具の景色。プラスチックの空。

そんなに働いて何になる。
そんなに時間を塗りつぶして何になる。
わたしは今日も働いている。

こぼれ落ちた言葉が砂のように床に散らばっている。

いつか、時間をかけて、この砂をぜんぶ拾っていこうと、わたしは大きく息を吐いた。

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posted by noyuki at 22:18| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月07日

GIFT

200701091210000.jpg


「川沿いの道をさんぽしてみない?」って、みさ子に誘われたのは12月になってすぐのことだった。「大きな川の河川敷にサイクリングロードがあるじゃない、あそこをどんどん上流の方に行ってみるの。いいと思わない?」
 正直あまりいいアイディアとは思わなかった。12月の河川敷なんてどれだけ寒いか想像するだけで憂鬱だ。
 わたしたちはどこかへ行くときは大体シュウヘイの小さな軽自動車で三人で出かけていたし、わたしの自転車なんてすごいポンコツでどこまで行けるかわからない。
 みさ子はバイト先のお給料で、最近近所のスーパーで赤い自転車を買ったばかりだった。1万円を切る自転車ってどれくらい持つんだろうね? 長距離はきついだろうけど、ま、近所だけでもあったら便利だからいいか、そう言ってみさ子は茶封筒から一万円札を出してお金を払い、防犯登録をしても25円のおつりが来たよって笑った。
 
 もうシュウヘイはいないから、わたしたちはシュウヘイのクリーム色の軽自動車をアテにするわけにはいかないのだ。

 大学が別々のわたしたち3人は、小さな居酒屋のバイトで知り合った。週に二日、わたしたちは土日のメンバーだ。
 美大で絵を描いているみさ子は手先が器用で盛りつけがきれい。シュウヘイは洗い物が手早い。そうしてわたしはもっぱらお運び専門で、あとに時間は洗い終えた食器をせっせと拭いているだけだったのだけど。40代前半の髭の店主も「チームワーク抜群だ」と褒めてくれた。もっと曜日を増やしてもいいのに、と言ってくれるけれど、みさ子は課題が忙しくてこれ以上は無理だと言うし、シュウヘイは平日はバスケットの愛好会に夢中だった。

 仕事が終わるとシュウヘイが軽自動車でわたしたちを送ってくれる。道順でわたしが最初に降りて、それからみさ子を送る。
 わたしは、シュウヘイのことが好きだったけれど、結局シュウヘイはみさ子とくっついてしまった。シュウヘイのくったくのない太陽のようなところに憧れていたけれど、そのことをみさ子に言わなくてよかったと思った。
 言わなかったおかげで、わたしたちはずっとそのまま3人でいられた。
 3人でバイトの帰りに夜中のドライブをしては笑い、24時間のファミレスで延々と好きな映画の話をしては盛り上がり、みさ子のスケッチブックを見て同じ感情に浸ったりもした。
「不思議だよな。ただの、エンピツの青空なのに、みさ子の絵って、すごく、祝福されたみたいに光り輝いてるんだ」
「うん、わたしもそう思う。キラキラしててすごくきれいな感じ」
「ありがとう。そう言ってくれて。自分の感じたものを人が感じてくれたらいいなと念じながら描いたの。感じてくれて、ほんと嬉しい!」
「おまえ、いい絵描きになれるよ」
「うん、なれたらいいなと思っている」
 そう言って、みさ子はつやつやのストレートの黒髪を揺らして笑った。
 自分の中にある小さな所有欲をのぞけば、世界はすごく楽しかった。楽しい日々の風景が、みさ子のスケッチブックに加えられてゆく。わたしは何も創作できなかったけれど、それでもなにかが生まれる瞬間に立ち会えるのは、なにものにも変えられないくらいに楽しかった。

 わたしが就職の職種に悩みはじめた3年生の秋に、シュウヘイは突然海外に行くと突然告白した。留年覚悟で、海外をまわるんだという。
 手始めはまずタイ。そこまでは決めてるけど、そのあとはわからない。だけども今、行かないとずっとそのままな気がするんだ。おれはみさ子みたいに何かを描けるわけじゃないけど、それでも知らない場所で何かを感じてみたいんだ。
 シュウヘイが、いつものファミレスでそう言ったときに、みさ子は両手を口に当てて目を見開いて大きな涙をぽろぽろとこぼした。
 わたしは。泣くわけにはいかないと思って、かすかに痙攣する下まぶたにぎゅっと力をこめた。

「あのあとさ、実はすごい悲惨だったんだよ、わたしたち。てか、わたしがひとりでシュウヘイを責めてしまったんだけどね。あんな大事な話、3人でいるときじゃなくてね、前もって相談してほしかったの。シュウヘイのおうちに2人でいる時間だっていっぱいあったわけだし。それがすごくショックだったんだ。えっと、逆な言い方をしたらね。なんで英子も一緒のときじゃないといけないの?って思ったの」
 河川敷で自転車を併走させながら、みさ子は言った。
「だから、泣きながら何度もシュウヘイを責めたの、あのあと。で、もうバイトも辞めるし別れよう。いつ帰ってくるかわかんないし、って言われて、もうそれっきり。自分からメールする勇気もなくなっちゃった。それでバイト行く気力もなくなって投げやりになってすぐ辞めちゃったの」
 わたしは、ふたりは示し合わせて辞めたのだと思っていた。だからずっとふたりに置いて行かれたような気になっていた。辞めると生活に困るから辞めなかったけど、それでもわたしは置いてけぼりの捨て犬みたいだった。
「出発の日すら知らなかったの。で、先月、空港からメールもらって、それで、ああ、もう行くんだなあってやっとわかった。ひどいよね。こんな別れ方。今になって後悔してる」
「言えなかったんだと思うよ。みさ子がショック受けると思って。シュウヘイってそんなとこあるよね」
「うん。でも。いくらわたしがショックだからって、自分のやりたいことは変わらないんだから、ちゃんと言わなきゃいけなかったんだ、そういうとこ、ずるいし、子供だよね」
「まだ、恨んでる?」
「ううん、もう、そこまでない。帰ってきたら、何年先でもいいから会いたいなと思ってる」

 みさ子の計画によると、サイクリングは片道10キロほどの行程だった。
 河川敷には、サッカー場があって小学生やら社会人らしきチームが激しい試合を繰り広げていた。そうして傍らには、ベンチコートを着た女性が、どのチームにも声を上げて応援していた。
 そこを通り抜けて単調なサイクリングロードを通り、上流の河原でサンドイッチを食べて帰る。そういう計画だったはずだ。
 なのにわたしの自転車がいきなりパンクしてしまった。結局は3キロも走らないうちにサンドイッチを食べて、それからわたしたちはふたりで自転車を押して河川敷をとぼとぼと歩いて帰ることになった。

 わたしは申し訳なさで胸がいっぱいになってしまってたのに、「ああ、小春日和だねえ」とみさ子は嬉しそうに言って空を見上げた。「空って神様からの贈り物みたいだよね」
 みさ子は自転車を押しながらそう言って、ずっと上を向いていた。
「神様は、人間のために創ったわけじゃないって言うかもしれないけど、それでも贈り物みたいな空だわ。ずっと落ちこんでたけど、課題があったから何か描かないわけにはいかなかったの。で、すごい暗い夕暮れの風景を描いたの。正直に自分の心を描くしかないと思って。でもね、描いてみたら、その夕暮れのピンクオレンジがすごいなつかしいような色に見えて。夏にバイトのお店の看板出すときに見上げた空みたいで。ああ、シュウヘイが看板ごろごろひっぱってる、電気繋いであげようって慌てて外に出たこととか。英子がその路地の向こうから手を振って走ってきたところとか、いろんなこと思い出したの。自分の絵にこんなに自分が救われるなんて思いもしなかった。わたし。自分の描くものが自分にこんなにぴったりと寄り添ってくれるなんて知らなかった」
 そう言いながら、上を向いたみさ子の目から、透明な朝つゆのような涙がぽろぽろと流れているのをわたしはじっと眺めていた。
「こうして英子と歩いているのも、神様からの贈り物。あのちっちゃいシュウヘイの軽自動車じゃない世界が世の中にはいろいろあって。わたし、これから、それをいっぱい見ていくんだ。シュウヘイが海外で見る風景に負けないくらいいろんなものをたくさん。わたし、今日、英子とこうして自転車ひいて歩いたこともぜったい忘れない。英子もシュウヘイが好きだったんだよね、シュウヘイはどっちでもよかったのかもしれない、わたしが独占欲が強すぎてふたりに迷惑かけてたんだよね。ごめんね。悪いことしちゃった」
「悪いなんて思ってないよ。それに三人でいるのはすごく楽しかった」
「ありがとう。そう言ってくれてよかった! ずっといろんなことを後悔して仕方なかったのに、今はいろんなものがわたしに寄り添って見えるの。英子も、あの絵も」
 サッカーを応援する歓声が聞こえた。転がってきて自転車にぶつかりそうになるボールも。それを笑いながら蹴り返すみさ子も。
 そうして、あとで見せてもらったあの夕焼けの絵も。
 いまだにみさ子が言った「神様からの贈り物」という言葉といっしょに、わたしの心の中で光り輝いている。

******************

 7年間勤めた会社を辞めて一週間がたった。
 小さなタウン誌のなかでの不倫で、奥様が会社に怒鳴り込んで以来、わたしの立場はみるみる悪くなってしまった。みんなの前で、ホテルの名前まで名指しで言われたら、もう言い訳のしようもなくて俯くしかなかった。まわりの同僚は、ああ、噂はほんとうだったんだっていうような、否定もしない納得した顔で遠巻きにわたしを見ているだけだった。
 手癖の悪い編集長はそのままでも、わたしは居場所がなくなって辞表を出す以外になかった。
 外に出るのもおっくうで買い置きのバランス栄養食だけで生活していたら、ますます動きたくなくなって、わたしはベッドの上でずっと横になっていた。

 今日、なぜかとつぜんあの頃のことを思い出してしまった。
 みさ子はシュウヘイの予言どおり、立派なイラストレーターになって活躍している。シュウヘイは結局あちらで仕事を見つけ、ときどきしか帰国しなくなってしまった。
  
 そうだ、小説を書いてみよう。
 会社ではずっとなんかの文章を書いていたけれど、そうじゃないわたしだけの物語を書いてみたい。突然そう思った。悲しくて答えの出ない恋の物語じゃなくてもいいから。なにかを自分の言葉で書いてみたい。
 みさ子があのとき「神様の贈り物」と言ったみたいに。
 なにかがわたしに寄り添ってくれるだろうか。
 なにか、そんな大切なものが、わたしの中にもあるだろうか。
 あるのかもしれないし、ないのかもしれない。
 だけども、そうしたくて仕方のないような気持ちがどんどんとこみ上げてきた。

 ベッドから起きあがり、とりあえずカーテンを開き、窓を思いっきり開いた。
 あの日、自転車でみさ子と見上げたのと同じように澄んだ青い空が、突風を受けて窓から飛び込んできた。

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2006年11月12日

HERSHEY'S

なぜか真夜中に目覚めてしまったから
夜があけてしまう前にチョコレートを食べよう

ビターとかクラッシュとか
そういうのは毎日の中にやまほど抱えているからいらない

小さなタマネギのようなハーシーズは
銀色の薄衣に包まれている

爪をたてずにゆっくりと
それをはぎ取って

言葉はいらないから
静かにわたしの口に入れて
舌を絡めるようにそれを溶かしていって
チョコレート色のしるしを
たくさんわたしの肌に残していって
溶けてゆく
その舌のあたたかさの中で
転がるように溶けてゆく
チョコレートのわたし
記憶以外は あとかたもなくなるまで
わたしのかたちがなくなってしまうまで
チョコレートのわたしを溶かしていって

ビターとかクラッシュとか
今宵はそういうのはなしで
夜があけるまでのあいだに

白日の光の中ではいつも固くなっている
わたしの甘すぎる妄想を
時間をかけて 
ぜんぶ溶かしていって



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2006年11月05日

トカゲのしっぽ

ああ、そうか、いつも見えているアレは、トカゲのしっぽだったんだなあと、今日やっと気づいた。
青くてテラテラ光っている。
アスファルトの暗がりの中でも、ほんのりとそこにいる。
そこに見えないときも、ずっとずっとそこにある。

トカゲのしっぽが思い出させるのはいつも、わたしが生きているってことだ。
たまたまわたしがこの時間に生きていて、それがずっと続いて、誰かと別れ、誰かと出会い、それを繰り返しながら、いつかこの身体がなくなってしまい、そのあとも、ここにあるわたしの居場所とか月の光をうけて立つ柿の老木とかが、なにもなかったように続いてゆく、というようなことだ。

生きてるってことはもっと当たり前のことなのに。

トカゲのしっぽは、当たり前のことを当たり前と思わせてくれなくて。
わたしとかわたしのいる世界を俯瞰した場所まで・・・
そんな場所になんていたくないのに。

明け方の夢の中ではみんないなくなっていた。
わたしと、遠い場所にいる友だけが生き残って、わたしは家を離れてそこでふたりで暮らすことにした。
待てよ。
ほんとにみんな死んでしまったの? どうしてわたしとあの子だけが残ったの?
どうしてわたしは知らない町で暮らすの?

トカゲのしっぽはいつも、わたしの大切なものたちが、いずれは消えてしまう存在だってことをずっとずっと忘れるなって言うのだ。

わたしはそれが大きらいだ。
もっと当たり前のように、みんなと一緒にいたいのだ。

夢から覚めるとき、トカゲのしっぽが左右に揺れた。
ちょうどバイバイするみたいに。
ああ、やっといなくなってくれた。
トカゲのしっぽが見えるのはいつもこの時期だけだ。
なのに、その時間はいつも永遠のように思えるのだ。

わたしはこれから、トカゲの記憶を洗い流すために血を流すのだ。
子宮をふり絞って。
記憶を洗い流すのだ。

トカゲのしっぽの見えない世界では。
もっとなにもかもが、当たり前のように動いていてくれる。

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2006年10月25日

いつかは砂糖菓子に変わる。

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昔住んでいた町に降りた。
とりあえずふらふらと東口に行くと、いつも乗ってた62番のバスが止まっていた。
すごくさみしい気分になった。
大橋はさみしかった。
あの頃のわたしはまっすぐにさみしさを直視できるくらいに若くかったけれど、逆にいえばさみしさを他のものに転換する方法も知らなかった。
あれだけよく遊んで麻雀して、さみしいはないんじゃないかと思うけど、駅の降りるだけで思い出すくらい、どこか満たされないさみさしさがあったんだと思う。

あれからずいぶんだったけれど、いまだに満たされないさみしさとずっとつきあい続けている。
だけど、それを転換する方法だけは身につけたように思う。
さみしさや切なさは、ずっと噛みしめているうちに、とても甘い砂糖菓子のように口の中に広がってゆくのだ。
切なさを抱えるのは甘く心地よい。
それが広がってゆくのを感じながらあたたかい毛布をかぶる。
砂糖菓子のように口の中で転がしながら、まどろみに落ちてゆく。
むし歯にはならない。
それは、ただ身体が求めている甘味なのだから。

駅を横切る若者たちはみんな、あの頃のわたしみたいな顔をしていた。
誰かと歩いていても、ひとりぼっちでも、変わりなく絶対的なさみしさを抱えているように見えた。
その中にわたしはいないか、と、探してみる。
いたら、教えてあげたい。
抱えて生きよ。と。
それがいつか砂糖菓子のように甘くなって、ある意味心を支えるものになるのだと。
あの頃のわたしがここを通ったら教えてあげたいと思った。
だけども彼女はそれが、ある種の宗教の勧誘かなにかのように耳を塞いで通りすぎるだろう。
きっと、そうするに違いない。

それは、言われてわかることではない。
わたしというひとつの身体とずっとつきあい続けて、その中から生まれてくる感情なのだから。

たくさんの時間が通りすぎるまでは、けっして気づかないのだろう。



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2006年10月14日

ありふれた魔法・β

 みんなで飲みに行った帰り、月乃がまだ時間があるというのでシアトルズベストに寄った。
 川沿いのオープンカフェの夜はすでに肌寒い。月乃はホットコーヒー、茜はちょっと考えてからアイスティーを頼んだ。

「不倫はイカンよ、うん、不倫はイカン」
 先ほどから月乃は誰かに言い聞かせるかのようにそのことを繰り返している。少し酔っぱらっているのかもしれない。
 茜は自分のことを咎められたような気になってしまったが、どうもそうではないらしい。それはアルコールに緊張の糸を緩めた月乃自身の告白だということにそのうちに気が付いた。
「別居してるっていうし、つきあってる人も別にいたのよ。だから、わたしがつけいる隙なんてなかった、だけど、わたしの隙間につけ込まれてしまった。もう昔の話なんだけどね」
「月乃。わたしから見るとあなたは、つけいる隙間なんて1ミリもないような女なんだけどね」
 月乃自身は離婚したあとに、自分の専門の仕事で成功していて人望も厚い。厚く塗り固めた信頼の壁は、加減よく月乃を魅力的に見せていた。
「ふつうはみんなそう言うの。でもね、そういう男はね、直感で隙間を見つけるもんなの。いや、見つけるんじゃない。なにも考えずにそういう部分に入り込んでくるのね」
 そんな中途半端な男とくっついたばかりに、元からつきあっていた女友だちに恨まれ、泣き言を言われ、そうして自身も同様の泣き言を男に繰り返し続けた。ずいぶん苦しくてずいぶん悪いと思ったけれど時間がかかった。そうして最近やっと過去のことだと思えるようになったの。古くさい言い方なんだけどね、人には人の道ってもんがある、それに反しちゃいけないのよ。
 そう言って月乃は川面に向かってメンソールの煙草をふうっと吹いた。
 月乃とは何度か飲んだけど、煙草吸うのを見たのは多分これがはじめてだったように思う。

 昔つきあっていた男のことを茜は思い出した。
 独身の頃の話だ。男はすでに妻子がいて、二回だけ抱かれたことがあった。そのこと自体はすごく幸福な瞬間ではあったけれど、長くは続かなかった。ほんとにいろんな事情が絡みあって、必然のように別れるしかなかったのだけれど、そのことについては今でも思い出したくもないし、ましてや喋りたくもない。

 その後茜は結婚した。しばらくの遠距離のすえの結婚だった。
 待ち望んでいた幸せな生活だったし、もう茜は年の離れた男にまっすぐに惹かれるほど子供ではなかった。二人には築くべき生活があった。仕事の問題、子供をいつ作るか、自分たちの家をいつ買うべきか。それよりももっと単純な、いつまでたってもバリエーションの増えない夕食のこととか。そういうことをひとつひとつ片づけていくパートナーがいて、それは何よりも幸せなことだったし、その生活を愛しいと茜は思っていた。
 
 なのに。なぜ。
 1ミリの隙間にも月の光が差し込むような夜がやってくるのだろう。

 門司港のホテルで待ち合わせをした。
 知りあいの集まるパーティで知りあい、ふとしたきっかけでケイタイメールを交換することになった男が相手だった。古くさいジャズを好むところが茜と似ていて、心地よく押しの強い話し方は、今までつきあっていた誰とも似ていなかった。
 この町は狭すぎるから、ホテルの部屋を予約した。お互いに列車で移動してそこに一泊しよう、と男は言った。
 だけどもその日、男は来なかった。男の妻が夕刻に追突事故に遭い、深刻な状態ではなかったものの病院に向かわなければならなくなったからだ。
 ホテルにチェックインしたあとに知らせが入り、茜は広すぎるダブルベッドの上で、今、どうしてこんなところにいるんだろうとぼんやりと思いながら、浅くまどろんだ。

 数ヶ月後にもう一度、同じ門司港のホテルを今度は茜が予約した。
 だけども茜はそこには行けなかった。特急列車が事故に巻き込まれ、全線不通になってしまったのだ。
 2時間ものあいだ車内に閉じこめられ、結局、門司港に行くことは時間的に不可能になってしまった。代替バスに乗って、自宅のある町に帰るしか方法がなかった。一足先にホテルに到着していた男にメールを打ちながら、茜はバスの中で気づかれないように少し泣いた。

「だからね、一度も何もないのよ。不倫はいかん、って神様に言われたのかもしれない。いや、そんな言い方じゃなくって、人の道に反することをするとね、世界が少しずつズレていって、うまくいかないようになっているのかもしれない。ほんとのことはわからないけれど、何かが少しずつ少しずつ軋んで、そういうことが起こるのかもしれない。だから、月乃の言うことも根拠はないけれど正しいと思うのよ」
「わかるような気がする。人の道なんて信じないけれど、わたしもそういうふうに感じるもの」
「不思議ね。わたしのまわりには、近所の男とばんばん好き放題にやってる不倫のカップルやら、出会い系で遊んでいる女友だちだっていっぱいいるのにね。彼女たちには何も起こってないのに」

「茜は選ばれたのよ」
「罰を受けるように選ばれたってこと?」
 そう言って茜はカラカラと笑った。
「この世の理がわかるように、きちんとそれを感じられるように選ばれた人間だってこと。そういうふうに選ばれてない人が世の中にはやまほどいる。だけど、そのままで生きてゆけるもんなの。茜が不幸なんかじゃない。うまく言えないけれど、選ばれてそういうふうになってるの」

 ずいぶん辛気くさい選ばれ方だな、と茜は苦笑した。
 この前、ランチタイムのスターバックスで男とばったり会った。運良く満席だったので同僚の女の子が、同席を勧めてくれた。
 紹介したり会話をしたりしながら、男の膝がほのかに茜の膝に触れた。
 まるで女子高生のように、茜はありふれた魔法に感謝して、その男の体温を感じ続けた。
 たぶん、それだけ。それ以上は何事もなく、これからの人生は続いてゆくのだろう。

 長い会話のあいだにいつのまにか移動した満月が、カフェの前を流れる小さな川に映った。
 川のさざめきの中のモザイクのように優しく壊れた満月だと思った。


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2006年09月08日

絶対の孤独

20060901155502.jpg


旅の途上にいた。
ホテルのベッドで目覚めた気分で行き先を決めた。
今日は電車に乗って遠出をしよう、すぐにでもカラダが動きそうだ。

一時間弱の電車に揺られて、知らない町についた。
博物館に行くことにする。
ここ数年わたしを惹きつけるものは、偶像神、埋葬のための装飾品、人型、装飾を施した墓、ミイラ、そんなものばかりだ。
今回博物館で最初に惹きつけられたのは掌に入りそうなちいさく光る誕生仏だった。それから大小の神、異国の神々、仏様。説明を丹念に読み、仏の手の置き方ひとつに意味があることを知った。
死後の世界を信じているわけでもないし、手厚い埋葬で来世のシアワセが保証されると思っているわけでもないけれど。人間がそういうものに思いを馳せる存在であることを確認したかったのかもしれない。

死んだあとのことはわからない。
そもそもなぜ、ここに偶然の時間と空間が存在しているかもわからない。
そのことを考えると胸の奥がチリチリと焼けるような不安が襲ってくる。
それなのに誰ひとりとして真実を知らない。
そういう意味で人間は、ひとりひとりがけっして答えの出ない絶対の孤独を抱えているのだと思う。だから真実を求めるのだ。
来世の安らぎを信じる手厚い美術品を見ていると、絶対の孤独を共通の認識に替えてゆく人々の壮大な思いに触れるような気がした。

けっしてわからない人の気持ちやら、けっして埋まらない当面のささやかな寂しさ。
そういったものをいくつも抱えてわたしはひとりとぼとぼと歩いていた。
たくさんの人のあたたかさに囲まれてそのことを忘れている分、せめてひとりで歩いている今日のこの日だけは絶対の孤独と向き合っていよう。
そう思いながら博物館の庭を歩いていると、バッグの中からメールの着信音が聞こえた。
いま、どこ?
何気ない友人からのメールだった。
立ち止まって返信メールを打ちながら、自然と笑いがこぼれた。

ケイタイのある世界には絶対の孤独なんてあり得ないのかもしれないな。
いや、そうじゃないだろう、たぶん。
絶対の孤独は、絶対のものとしてひとりひとりのココロの中にずっとあるままだ。
それを薄める方向に、太古の昔から人間の気持ちは向いているだけなんだろう。

神というカタチを作り上げて来世を作り上げてきた人類の手厚い思いも、この小さくてうるさい電子機器も。
ずっと奥の方では繋がっているんだろうな、きっと。

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posted by noyuki at 22:31| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月10日

その空が言った

20060709124439.jpg


一生答えの出ないものを抱えて生きてゆけ と
その空が言った

生きているのは何のため とか
どういうふうに生きればいい とか
この世界には 
おまえのための理由などない

自分の中の混沌を説明できないのと おなじく
他のものたちの混沌を 説明できるわけがない
それを 思い悩むのが 
おまえの傲慢だ と 

その空が言った

季節がめぐり 赤い花が背高く 伸びるのも
雲に覆われて 雨が地面をぬらすのも
見上げている 空が青いのも
ただ そこにあるだけ

当たり前としてあるものに 理由なんてない
偶然としてできあがった世界に 意志なんてない
それを神の意志を呼びたいのなら 勝手にそうすればいい
自分が存在することに感謝したいのなら 勝手にそうすればいい

だけども おまえ自身が存在していることに 理由なんてない
理由を探すのが おまえの傲慢だ

一生答えの出ないものを抱えて生きてゆけ と
その空が言った
なにひとつ答えのない世界を そのまま抱えて生きてゆけ と
その空が言った

空は たしかにそう言った




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posted by noyuki at 13:57| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする