2006年09月08日

絶対の孤独

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旅の途上にいた。
ホテルのベッドで目覚めた気分で行き先を決めた。
今日は電車に乗って遠出をしよう、すぐにでもカラダが動きそうだ。

一時間弱の電車に揺られて、知らない町についた。
博物館に行くことにする。
ここ数年わたしを惹きつけるものは、偶像神、埋葬のための装飾品、人型、装飾を施した墓、ミイラ、そんなものばかりだ。
今回博物館で最初に惹きつけられたのは掌に入りそうなちいさく光る誕生仏だった。それから大小の神、異国の神々、仏様。説明を丹念に読み、仏の手の置き方ひとつに意味があることを知った。
死後の世界を信じているわけでもないし、手厚い埋葬で来世のシアワセが保証されると思っているわけでもないけれど。人間がそういうものに思いを馳せる存在であることを確認したかったのかもしれない。

死んだあとのことはわからない。
そもそもなぜ、ここに偶然の時間と空間が存在しているかもわからない。
そのことを考えると胸の奥がチリチリと焼けるような不安が襲ってくる。
それなのに誰ひとりとして真実を知らない。
そういう意味で人間は、ひとりひとりがけっして答えの出ない絶対の孤独を抱えているのだと思う。だから真実を求めるのだ。
来世の安らぎを信じる手厚い美術品を見ていると、絶対の孤独を共通の認識に替えてゆく人々の壮大な思いに触れるような気がした。

けっしてわからない人の気持ちやら、けっして埋まらない当面のささやかな寂しさ。
そういったものをいくつも抱えてわたしはひとりとぼとぼと歩いていた。
たくさんの人のあたたかさに囲まれてそのことを忘れている分、せめてひとりで歩いている今日のこの日だけは絶対の孤独と向き合っていよう。
そう思いながら博物館の庭を歩いていると、バッグの中からメールの着信音が聞こえた。
いま、どこ?
何気ない友人からのメールだった。
立ち止まって返信メールを打ちながら、自然と笑いがこぼれた。

ケイタイのある世界には絶対の孤独なんてあり得ないのかもしれないな。
いや、そうじゃないだろう、たぶん。
絶対の孤独は、絶対のものとしてひとりひとりのココロの中にずっとあるままだ。
それを薄める方向に、太古の昔から人間の気持ちは向いているだけなんだろう。

神というカタチを作り上げて来世を作り上げてきた人類の手厚い思いも、この小さくてうるさい電子機器も。
ずっと奥の方では繋がっているんだろうな、きっと。

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2006年07月10日

その空が言った

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一生答えの出ないものを抱えて生きてゆけ と
その空が言った

生きているのは何のため とか
どういうふうに生きればいい とか
この世界には 
おまえのための理由などない

自分の中の混沌を説明できないのと おなじく
他のものたちの混沌を 説明できるわけがない
それを 思い悩むのが 
おまえの傲慢だ と 

その空が言った

季節がめぐり 赤い花が背高く 伸びるのも
雲に覆われて 雨が地面をぬらすのも
見上げている 空が青いのも
ただ そこにあるだけ

当たり前としてあるものに 理由なんてない
偶然としてできあがった世界に 意志なんてない
それを神の意志を呼びたいのなら 勝手にそうすればいい
自分が存在することに感謝したいのなら 勝手にそうすればいい

だけども おまえ自身が存在していることに 理由なんてない
理由を探すのが おまえの傲慢だ

一生答えの出ないものを抱えて生きてゆけ と
その空が言った
なにひとつ答えのない世界を そのまま抱えて生きてゆけ と
その空が言った

空は たしかにそう言った




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2006年06月06日

引っかかりの多い崖

ウツは嫌いだ。
ウツ状態の自分が嫌いなので、なるべくならないように気をつけている。
ウツになったらとことん落ちこんで、それでまた上がればいいじゃないかと思う人もいるかもしれないが、なかなかそういうふうに思えない。

ウツは記憶として残る。
自暴自棄になった記憶。他人を意味もなく憎んでしまった記憶。
どんなにいい状態に戻ったとしても、記憶を消すことはできない。
あのときわたしはあんなふうに思ったんだという記憶が、自分の人間性も揺るがせる。
いい子すぎなのかもしれない。
でも、できれば、意味なく誰かを憎むことなくすごしていたい。

その日は仕事の段取りがうまくいかずにあせっていた。
帰ったらクスリを飲みたいと思ったけれど、まだまだやるべきことが残っていた。
所用で高層ビルの一階に入った。そのときに襲われてしまった。
このビルの屋上から飛び降りるイメージに。
イメージがどんどん頭の中に広がってゆく。
紙のようにふんわりと、そこから身を投げるイメージ。
「そうしなければいけない」というわけではないが、そのイメージにだんだん自分自身が重なっていくのがわかった。
飛び降りてはいけない。
これは、心の中の黒い塊が見せる妄想なんだ。
そう思って、エレベーター脇の手すりを握りしめた。
ぎゅっと握りしめて泣いた。
こわくて泣いた。

かよこさん・・・
かよこさん、助けて、と心の中で呼んだ。
かよこさんは年が少し上の知り合いだ。
わたしが落ちこんだときにやさしい言葉を何度かかけてくれた。
かよこさんに帰ったら、このことをメールしよう。そうしたらきっと、わたしに一番ぴったりの言葉をかけてくれる。
そう言い聞かせて残りの仕事に没頭した。
家に帰ってかよこさんにそのことを話すと、やっぱりいつもどおりに安心させてくれる魔法の言葉を当たり前のようにかよこさんがくれた。
もとの命が戻ってきた。

数日後、また別の知り合いのその日のことを話した。
「踏切や高層ビルでそういうイメージにとらわれることは多いんだよね。珍しいことじゃない」
精神疾患に詳しいその人は言った。
「自己破壊衝動って言うんだよ。ムラカミハルキの小説を読むと僕は、いつもそのことを思い出すよ」
「村上春樹? たとえばどの作品に?」
「うーん、今、どの作品ということは思いつかないけれど。一貫して、そういうものを感じるんだ」
帰ったらムラカミハルキを読み返してみようと思った。
そうだ帰ったらもムラカミハルキを読もう。そう思って読むべき作品をそれからずっと頭の中に並べ続けている。

ある日、ただの平らな野原がとつぜん途切れ、切り立った崖が現れる。
落ちる・・・
そう思っていても、わたしの崖はでこぼこで、けっして真下まで落下できないようになっているのだ。
そうイメージしようと思った。
かよこさん。
ムラカミハルキ。
あと・・家族とか・・・週末の約束とか・・・昔の思い出・・・楽しかった記憶・・・ただ当たり前にやってくる未来が連れてくるもの。

生きて生活しているかぎりわたしには、自分の服をひょいと掴んでくれる、いろんな「ひっかかり」があるんじゃないか?
もちろん、運悪くどこにも引っかからないときもあるかもしれないけれど。
わたしの崖には引っかかりが多い。

これからは、そういうふうにイメージしようと思った。


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2006年05月12日

近況

経営悪化のため失業して、長いお休みを過ごしている。
カキモノ、ときどき職探し、ときどき面接、ときどき断られ、ときどき断り。

このままずっと休んでていいよ、って誰かが言ってくれないかな。
そう思うけれど、経済状態がそう言ってくれない。

新芽が芽吹き、花が咲いた。
少し、あせる。
それでもこのままで、と思う。

ひとつだけ気づいたこと。
ひとりで一日家にいたって平気なくせに。
夕刻に外に出てみると。日差しのあたたかさが身にしみる。
誰かを会って話してみると、人のあたたかさが身にしみる。

孤独は嫌いじゃない。
だけども、ひとりでは生きていけないんだと。
物理的に大丈夫でも、心はひとりじゃ生きていけないんだと。

そんな単純なことに、はじめて気づいた。

長い長い、夏休み。
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2006年04月30日

おいしい水

ペットボトルの水を飲む。
ゆっくりと、冷たすぎないものが。
からだのすみずみに染みわたるように。
わたしをつき動かすための、命の一部になるように。

くつしたを脱ぐ。
裸のままの足を眺める。
わたしの指は、外側に反り返っている。
男はそれを見るたびに笑うから、なんだか今日が心許ない。
明日はペディキュアを塗ってみようか。

ひとつひとつを脱ぎ捨てたとしても。
わたしは命を削りはしない。
また別のものを纏ったとしても。
命を武装したりはしない。

細く、目に見えない、蜘蛛の糸のような、命の芯が。
今、見えなかったとしても。
なにかを忘れてなにかを捨ててなにかを脱いだとしても。
それはたしかにあるのだと、繰り返し言い聞かせる。

変わりゆく季節のために、わたしの外側が変わるだけ。

物語を書き続ける。
長い長い、わたし自身の物語を。
あの「おいしい水」のような物語を。
わたしが、どのように作り上げてゆくのか。

絶望することなく。
飽きもせずに、粘土をこねるようにして。
物語を書き続けていこう。

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2006年03月19日

夢を見た

なにも言わずに唇だけをよせてきた。
5センチほどの至近距離に、その唇が静止していた。
磁力に引かれるように、わたしから合わせた。
唇はざらついていた。
ざらつきのみょうにリアルな触感に躊躇した。
それから、自分の身体の上にわたしを乗せた。
両腕で身体を支えたわたしは、上空10センチのところに浮遊していた。
「やろうよ」
不敵な顔つきがわたしを見つめた。
わたしが自らの意志でベルトをはずしジッパーに手をかけてジーンズを脱がすのを待っているのだ。
ずるい。
そんなふうにしたくてたまらないわたしを、たしかめたいのだ。

時計を見たら11時だった。
夜なのか、朝なのか。明るくなりすぎた春の光が、カーテンの向こうに透けていた。
誰かが気軽にノックしそうな気配。
「だから、ダメ」
とわたしは言った。
わたしの夢の中はいつも白夜だ。
薄明るい夜に、たくさんの人々が窓の外をカーニバルのように歩いている。
この場所には闇がないので、わたしはなにひとつ置いてゆけやしない。

目覚めたのは7時すぎだった。
ああ、まだ、こんな時間だし、日曜日だから。
もっとゆっくりと楽しめばよかった。

淫夢はみんな記憶しておきたいと思っている。
深層心理はほんとうにわたしのものなのか、それが今日の一日のいちばんの問題。


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2006年03月18日

自分に自信のない夜は

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自分に自信のない夜は、どんなにしたら過ぎますか?
理由とか原因を考えたり。
なにもしないでベッドに潜り込んだり。
辛口のワインを飲み過ぎてみたり。
飲み過ぎたいきおいで電話をかけてみたり。
それから。
それから、ただ、自分のためだけに泣いたり。

もうずっと前から気づいてはいるのです。
誰かに愛されたり抱かれたり。
言質をとるみたいに、ささやかな言葉を宝物にできたとしても。
そんなことは、何も解消しないって。

自分のなかの塊は。
わたしに直視され。
わたしの手に触れられることだけを。
待って、いるのに。

エンジンを止めた車の中。
ミラーの雨粒。

その、ずっと向こうなのに・・・

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2006年03月12日

猫の爪

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白い木蓮のつぼみは猫の爪に似ていた。
そう思ったわたしは、だれかに傷つけてほしかったのかもしれない。
肌にやわらかく爪をたてるみたいにして。
その傷あとが深く心の底にまで残ることを望んでいたのかもしれない。

そう思って空を見上げていたら、どんどんあたたかい陽の光が降り注いでいって。
猫の爪は、やわらかく丸めた白い毛糸玉のように膨らんでいった。

お互いを傷つけぬようにと、ようやく丸いやさしさを手に入れたのに。
それでも、傷つきたくなるんだろうな。
むきだしのきもちが。ときにはほしくなるんだろうな。


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2006年02月07日

練習曲

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 列車に乗って何か食べてコーヒー飲んで車窓を眺めてキオスクで買った雑誌読んで、それから少しまどろんで、持ってきた文庫本読んでまた車窓を眺めて。それを長い時間繰り返していくと、だんだん気持ちの高低がなくなっていった。それは平坦というよりも、マーブルのように絵の具が交じった状態に近いと思う。そうして、そのときにいつも、わたしはなにかに出会うのだ。

 その「なにか」に出会うために、わたしは長時間の移動を好んでいるのだと思っている。
 それは邂逅でもなんでもない、いつもは思いもしないような、些細でいて、ただちょっと風変わりなことだ。

 わたしは今、いつか死に旅立つための練習をしているのではないだろうか?

 わたしはそんなことを考えていた。
 短い旅に出ているあいだ、夫も子供たちもわたしがいない日常をこなしていた。
 そもそもわたしは「いないと困る」人間ではない。
 もちろんいないと困るのが日常なのだけど、それが永遠には続かない。
 わたしは永遠にいないと困る人間ではいられないのだ。
 
 一方でわたしはいつか、地図も持たずに知らないところにひとりで行かなければならない。
 そのときに、走る列車あるいは長い川をくだってゆく小舟に身を任せなければならない。
 慌てても泣き叫んでも、そうして身を任せることしかできないのだ。
 旅は、その日のための練習曲を奏でる作業なのような気がしていた。

 それが悲しい作業だとは思わなかった。
 だんだんそういうふうにして、必然である死を少しずつ自分の中に取り込んでゆくことが必要になってきたのだろう。

 おみやげを抱えて家に帰ると、子供たちは無邪気にその包みを開けて、柿の葉でくるんだお寿司の個数を数えながら、小さな口に放り込んでいった。
 夫が作ったおにぎりの具のなかでいちばんおいしかったシーチキンマヨネーズの味を延々を喋り続けていた。
 
 ほら、彼らは、こんなふうに、わたしのいない日常を生きていけるではないか。
 自分を過信しない方がいい。
 いつか取り戻せない喪失のあとでも、彼らがこんなふうに生きていけるようにと、ちいさく願った。
 
 もちろん、わたしはいつまでもこのままでいたいけれど。
 家族の誰ひとりも欠けることを望んでいないけれど。
 それでも、昨日誰にも言わずに、ひとりで練習曲を奏でてみた。

 今日からもうしばらくは、その練習曲は奏でない。


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2005年12月24日

Merry Christmas to All

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 もうイヤだから別の学校に転校させてと花織が宣言した朝から、ずっとわたしの頭の中には黒い雲がたちこめていた。
 小さなトラブルがいくつも起こっている騒がしい教室で、紙のように軽く笑いながらうまくやっていると思っていた。こんなことあったのよ、わたしこんなふうに言い返してやった、バカだよね、あんなことして、そんなふうに喋っていた花織は、ある日そこにすっぱり別れを告げた。いじめとかそんなんじゃない、でも、もう行きたくないの。頑固な花織が決めたことを変更するわけがないのはわかっていのに、わたしだけがいつまでもそれを受け入れられなかった。

 転校の手続きに出向いた。前の学校やら市役所やら新しい学校やら。そのたびに世界を憎んだ。
 花織にそんなことをさせた世界を憎み、誰も責任を取れない世界を憎んだ。(たしかに花織はいじめられてはいなかった。だけど他の子へのいじめや陰湿な仲間はずれやケンカは当たり前だった)
 いや、正確に言った方がいい。花織のために憎んだのではない、それに伴う煩わしさやわたしは憎んだ。
 花織は何ひとつ憎まない。幼くてシンプルすぎる感情の中には、そんな複雑な恨み言は存在しなかったのだ。

「今年は誘う友達がいないんだ、わたしにはほんとうの友達なんていなかったから。お母さん、いっしょに行ってくれない?」
 そんなふうにして花織に教会に誘われた。毎年出かけていた子供向けの教会のクリスマス会だった。でも中学生と母親の組み合わせなんて不似合いではないか。そう言えば長いこと教会なんて行ってなかったな、賛美歌、まだ歌えるだろうか。
 キャンドルサービスが終わり、聖書の一節が朗読される。そうして子供たちに対して、そこに存在することのヨロコビが優しい口調で諭された。なんだか泣きそうになってしまった。
 あたりまえのように存在を喜ぶことができないのはわたしの方だった。
 何かが起こるたびに、その不具合を憎んでいたのはわたしの方だった。

 花織が生まれたとき、夫とわたしはその誕生を喜んだではないか。
 わたしが生まれたときもまた、両親や周りの人は、ただ、この世に生まれたことを喜んでくれたではなかったか。
 たとえば最初の人類が生まれたとき。大地はその誕生を喜んだのではないか?
 宇宙の片隅に地球という星が生まれ、水が流れ空気がとりまいたとき、その星の誕生は祝福されたのではないか?
 ここに存在するための、空気や水や風や木々の呼吸や酸素や二酸化炭素やその他もろもろの元素や結晶や分子たち。そういった目に見えないすべてのものが、わたしたちが生きることを赦してくれているのではないか? 
 神様は大きすぎて見えないし、そして、いろんな小さなところにいるから、だから見えないんですよ。教会の先生が優しい声でそう話された。
 ここのところずっと、いろんなものを憎んでいたのに・・なのに・・・

 クリスマス会が終わると、先生が玄関で見送ってくれた。
「花織ちゃん。新しい毎日がはじまるね。自分で決めたことだから大丈夫、がんばってね」
 事情を知る先生の言葉に、まっすぐに目をあけてうなづく花織の横顔が見えた。

 わたしは。明日また何かにたいして怒っているかもしれない。
 あさってまた、これまでのように世界を憎んでいるかもしれない。
 それでも今日だけは。
 Merry Christmas to All !

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2005年12月01日

「kumonosu」出版しました。

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小説を掲載させていただいているサイトで本を作りました。
わたしは小説を2編掲載しています。「びりり」「雨を待つ」双方とも出版にあたって、加筆しています。
出版社のサイトから申し込みできます。

http://www.yume1.net/library/kumonosu.htm

お値段は840円。よろしくお願いします〜。

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2005年11月21日

天国への階段

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コンサートに行く人たちを見ていると、天国への階段を上っているような気持ちになる。その群れに交じっていっしょにのぼってゆくのはとても幸せな行為だ。

最近、わたしの頭の中に、天国に行くためのショートカットキーが頭の中にインプットされたように思う。
メンバーが歩いてステージの真ん中に登場する。
拍手をしながら誰もが静かに椅子から立ち上がる。
それを予定調和とは思わない。
経験値や期待値から来るショートカットなのだ、たぶん。

コンサートにかぎったことではない。
繰り返し楽しい経験を重ねることによって、いくつものショートカットキーが頭の中に生まれたような気がする。

頭の中はクリームチーズだ。
そこにあなたの指が柔らかく動いてゆく。
泣きたいような気持ちは、姉のようになぐさめられ。
どしゃぶりの雨にどろどろになった夜には、土色の地面にチョコレートコーティング。
虹が海をわたる雨上がりには、寄り添ってそれを見つめている。

何度も何度もそんな心地よさを味わうたびに、クリームチーズからとろとろの脳内物質があふれ出てくる。
ショートカットキーだ。
いくつもの気持ちよさを知るごとに、たどり着くための道のりが生まれる。

電車の中で狂ったようにメールを打っていた。
天国への階段をのぼった夜。

ねえ。わたしがトロトロになっているよ。
そこに指を入れてすくい上げて、それを舐めてみて。
メイプルシロップの味がするから。

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2005年11月15日

湯ぶね

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湯ぶねに足を伸ばして、ゆったりあったまっていたら、涙がでてきていっぱい泣いた。
そっか。わたしはもっと早く泣かなくちゃいけなかったのだ。

自分の書いてるモノがダメダメで落ち込んでいて、それから、友達が書いたものを読んだらすごく素敵で。
悔しかった。
なんであの人の頭の中にはこんなにすごい物語が詰まってるんだろう、そう思ったらすごく悔しかった。
悩んでいる友達が、わたしのケイタイに長いメールを入れてくる。
メールボックスは、どこにも行けない(邪悪)を放り込むためのゴミ箱みたいだ。
わたしはどろどろに濡れた紙くずをそこから取り出して両手で伸ばしてみるけれど、クシャクシャの紙くずは元に戻らない。
小さなケイタイのボタンは、言葉をちっちゃく硬質にしてしまうから。誰かを柔らかく抱きしめたりはしてくれない。
「正直言ってガッカリでした」
とメールが帰ってきた。
自分が放り投げたゴミくずを、誰かに再生して欲しかったの?
論争を挑む人は、わたしを変えたいと思っているのだろうか。
最悪わたしが変わったとしても、真実は変わらないのに。

なのにどうして、電車の座席に座った人たちは一様にケイタイの画面を眺めているのだろう。

お風呂の中で思い出したのは、彼女がくれたメールだった。
わたしを好きだと言ってくれた。子供のようにまっすぐに傷ついてしまうわたしが、好きなのだと言ってくれた。
その言葉を思い出したら、少し涙がでてきて、それから湯ぶねに顔をつけて号泣した。
嗚咽が気泡にかわって、そのまま逃げていった。

悲しかったり悔しかったりしたときに、もっと泣けばよかったんだ。
そのとき泣けなかった分を取り戻すみたいにいっぱい泣いた。

きっと誰もがこういう言葉が欲しかったんだろう。
誰にもあげられなかった言葉を、今日、もらえた。

今度はきっと、誰かにあげよう。
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2005年11月03日

夢をみた


こんな夢を見た。
その男の顔をわたしは見ていた。
哀しそうな顔をしていた。
「この感覚とか感情とかを、僕はうまく言うことができないんだ」
と、男は言った。
わたしは男の手を掴んで、わたしの頬を触らせた。
「一生わからなくていいよ。ずっと、わからないままでいよう。わからなかったら、たぶん、こうしていられるから」
そう言って、男の中指を口に含んで軽く噛んだ。

なのにその朝、指先に痛みを感じて目をさました。
痛かったのはわたしの方だった。
いや。
あの男はわたしだったのかもしれない。


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2005年10月11日

夜の空・夜の道

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 君と夜の道を歩いていると、とつぜんふたりで井戸に落ちてしまった。
 そう思ったくらいに、その日の秋の夕暮れは短かったんだ。
 まあ、いいさ、落ちちまったもんは仕方ない、ハンバーガーでも食べようかと、ふたりで紙の包みをカシャカシャやったのさ。
 望遠鏡のような筒状の井戸の向こうに、月が見えていた。
 少し欠けた半月、上弦の月。ぷくっとしてて、まるで膨れたほっぺみたいだった。
 それからふたりで短い話をいっぱいした。
 いや、話しているのは君ばかりで、ずっとそれに頷いていただけ。
 それからだんだん眠たくなってきた。
 いや、話がつまんなかったんじゃなくって、すごく気持ちがよかったんだ。
 心地よい声のくすぐりが、脳の中をとろとろにして、君の声にはたぶん、わたしを眠たくする脳内物質が含まれてるんだろう。
 移動する月が、井戸の端から逃げていった。足の速いうさぎだ。
 シャツごしに触れる二の腕の感触をこのまま味わっていたいけれど。
 ああ、もう、どうでもいい。気持ち、いい。ねむたいねむたい。
 ここから出られるのかな?
 どうやったら出られるのかな?
 いま、君はそう言っているんだね、たぶん。
 ほんとにそう思ってるかどうかわかんないようにしか聞こえないよ。
 夜が明けるまでの暗い道に戻れば。また夢中で歩くうちに、離ればなれになってゆくんだろう。
 わたしたちはブラウン運動を繰り返すコウモリだから。
 一瞬の井戸の記憶さえも、そのうちに薄れてゆくのだから。
 
 ああ、もう、どうでもいいよ、ねむたいねむたい。
 少しだけ、目をとじて、もたれかかってもいいかな?

 目覚めたときに誰もいなくったって。
 つかのまの、夢の記憶を恨んだりはしないから。


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2005年09月20日

一瞬の夕焼け

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時間があったのでどこかへ行こうという話になった。
「わたし、弓張岳に登ったことがない」
そう言うと、山頂に雲がかかっているから何も見えないのではないか、と言われる。
男女4人のグループで車は一台。まるで大学生の頃のようだと思う。
当時、時間だけはたくさん余っていて、誰かが車を持っていた。わたしたちのグループはよくドライブをした。
だけどそれは、車の中で音楽を聴いたりおしゃべりをしたりするためだったような気がする。

その当時のごとく、幸運な時間がちょうど転がっていた。
少しの晴れ間が見えて、結局登ってみようということになる。

だが、山道の途中から雲がかかってきた。
思いのほか、高い山なのだろう。
頂上の展望台に着いたときは、わたしたちは雲の中だった。

とりあえず、景色の見えない展望台でおしゃべりをする。それだけで十分だった。
空も海も夕日も、いつも変わらずにこの世界にある。
今日、うまいこと出会えなかったとしても、わたしたちはそういうものを失うわけではない。

ところが。
風が吹いて、一瞬の光が海を照らした。
海に浮かぶ島々。それを輝かせる夕日。
慌ててシャッターを押した。
そうして、10秒もしないうちに、また雲に閉ざされていった。

頂上で最初から最後までこの風景を堪能するという至福もあるのかもしれない。
だけど。
一瞬だから至福だった。

たった10秒間の至福。
そんなものがいくつも、この世界にはあるのかもしれない。

これからもっと、もっと、出会おう。


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2005年09月17日

家路

image/noyuki-2005-09-17T06:05:35-1.jpg
信号をわたって
ひとつめのかどをまがりしばらくあるいてゆくとこんなふうだ

生い茂る草と
イキモノたちのにおい
スナック菓子の断片を
アリが運んでゆく気配

ああ
わたしの家が近い

誰もが持っているはずのとうめいなコートを
失くしていらい

わたしはいつもずぶぬれだ

おかえりとも言わず
そそくさと逃げるものたちよ

それでも満ち足りる
わたしのことがわかるか?
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2005年08月24日

元気です

image/noyuki-2005-08-24T14:21:16-1.jpg生い茂る夏草のように
力の限りに鳴きつくす蝉のように
元気です

ひとすじの飛行機雲のように
夕焼けの一番最後のやわらかいオレンジのように元気です

無理をしたり
泣き言を言ったりできるくらいに
元気、と言っていいのかもしれません

秋の風にかわりました。
もうひとつの旅も
まもなく終わります
posted by noyuki at 14:21| 福岡 ☁| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月25日

ラーメンランチ

日曜のお昼にラーメンを食べに行った。
店内は混んでいて、夫が背の高い店員に声をかけて注文をした。
「え〜、と。ラーメン並みが4つにごはんひとつ、ホルモンひとつですね、辛さはどうしますか?」
「ふたつがバイカラ、ひとつはふつう、もうひとつは辛みぬきでお願いします」
と言ったけど、店員の顔は見てなかった。背が高くて見上げるのも面倒だったから。

「おかあさん、いまの、みっちゃんだったよ」
とナツミが言ったんでびっくりして見てみたら、たしかにみっちゃんだった。薄く剃った眉をつりあげて、みっちゃんが照れくさそうに笑っていた。
高校1年の夏、はじめてのバイトなんだろう。ずっと手持ちぶさたそうに立っている。だけど、テーブルの片づけだけは一生懸命やっている。まだ、できることが少ないんだな、と思った。

「お待たせしました〜」
店主らしき別の男性とみっちゃんがふたりでラーメンを運んできた。
「え〜っと、バイカラはどちら?」
とか言いながら丼を置いて、それから店主が伝票を確認する。ごはんとホルモンがまだなのに気づいた。
「おい、ごはんとホルモン、持ってきてないよ、先に持ってくるんだよ、お客さんすいませんね〜」
と言って、すぐに持ってきてくれた。

みっちゃんはわたしたちの前で怒られたから恥ずかしかっただろうか?
恥ずかしかったかもしれないけど、傷ついてはいないと思う。
みっちゃんが傷つくのは悪意のある言葉だけで、そんなものにはたくさん傷ついてきたけど、真面目な忠告はまっすぐに受け止められる子だからだ。

それからもみっちゃんは背筋をピンと伸ばして、自分のできる仕事が見つかるのを、じっと立ったまま待っていた。

「すいませんね〜、ごはんとホルモン、遅くなっちゃって」
と、支払いのときに店主が言った。
「あ〜、ぜんぜんかまわないです〜」
と答える。
ホルモンが遅くったってぜんぜん構わないです。その代わり、みっちゃんのことをよろしくお願いします。みっちゃんのご両親とかまわりの大人とかわたしとかが、教えられなかったことをいっぱい教えてやってください。ほんと眉毛ないけど真面目な子なんです、ただ傷つきやすくて回り道が多かっただけだから。
彼が自分が仕事したことを誇れるように。どうかよろしくお願いします。
と、心の中で店主にお願いしてきた。

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posted by noyuki at 22:26| 福岡 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年07月19日

無数の小島が浮かぶ入り江

 最近、そういった場所をよくイメージする。
 夕日の浮かぶ入り江に大小の島がいくつも点在しているのだ。

 悲しみのことを考える。悲しさで頭がいっぱいなのに、喉が渇いてコップの水を飲み干していたりする。悲しみとはまったく関係のない音楽が頭の中に流れていたりもする。
 喜びのことも考える。嬉しいのに、この嬉しさと別のものも同時期に頭の中にある。あ、嬉しいけど、帰ってごはん食べなくっちゃとか。終電の時間に間に合わなくっちゃ、とか。もしくは明日の仕事は忙しいな、とか。
 いつもひとつのことが頭の中にあるようなのに、数分後には違うことを考えていたり。
 そういうふうに散乱している自分の頭が、面倒くさいと思っていた。

 最近、自分の頭の中は九十九島が点在する入り江のようなものだと思うようになった。
 たとえば、わたしはある島の浜辺でとても深い穴を掘っている。それは、だいたい懐疑とか憎しみに満ちた深い穴だ。
 だけども、ふと顔をあげれば、遠い空には夕日が輝いている。それをきれいだな、と思う瞬間、わたしは憎しみに満ちた深い穴をひととき忘れられる。
 穴を掘るのをやめて、小さな小舟を漕いで違う島に渡ることだってできるし。
 穴の中から這いだしたヤドカリにしばし心奪われることだってできる。

「とらわれない」ということをずいぶん長いこと意識していたけれど、頭の中でわかっていても「とらわれる」ことをずっと辞めることができなかった。
 この入り江を思い浮かべたとき、はじめて、「とらわれない自分」がイメージできたような気がした。
 
 散乱している感情は悪いことばかりではないと思う。
 ただ、空を見上げるだけで、スライドショーのように変わっていけた。
 頭の中の小宇宙は、こんなふうに点在している島の集合なのだと思う。

 悲しいとき、どうしたらいいかわからないときに思い浮かべる、無数の小島が浮かぶ入り江。
 そんな簡単な光景が、自分を救ってくれるなんて、思いもしなかった。

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posted by noyuki at 22:39| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする