2017年11月05日

「焼け跡のハイヒール」盛田隆二 祥伝社




焦土と化した東京で、父親と母親が出会う。
母親は赤いハイヒールを履いている。
そんな色鮮やかなシーンを、以前筆者の文章で読んだ。
そして「この話をもっと長い物語で読みたいな」と思ったけれど、予想以上の波乱万丈さと壮大さにびっくり!引き込まれるように読んでしまった。

14歳で看護師になるのを夢見て単身上京した美代子を待っていたものは、爆撃により焼け野原になった東京だった。美代子は、座学を学ぶ時間もろくに取れないままに看護の助手をしながら、強い気持ちで多くの傷病者を助ける。
一方当時の隆作は、通信講習所を卒業したのち通信兵として中国大陸で過酷な日々を送っている。無線通信の業務を行いながら難聴を患い、仲間の死を乗り越えて終戦を迎え復員できる日を待っている。

そんな2人の生い立ちから出会いへと続くファミリーヒストリーが物語の元になっている。
貧乏、苦労、戦時下の恐怖、戦争というもの、たくさんの人が死ぬということ。
そんなファミリーヒストリーがどの家庭にもあるものなのに、経験したものは「多くは語らず」、そして戦争を知らないわたしたちは「あえて尋ねず」というスタンスでなぜかやってきたような気がする。
この本には、ファミリーヒストリーであり、日本の生き生きとした歴史がリアルに描かれていて、ほんとうにおもしろかった。戦争を生きてきた人のタフな「希望」が、ああ、なんかすごいなあと思った。

70年以上のときを経て、あのとき出会ったふたりはもうこの世にはいない。
だけども、そのリアルな「2人の、生きるための道のり」がこの本の中にある。
悲しい出来事と、悲惨なできごとと同じくらいに、希望や驚きや素敵な出来事もたくさんあったんだなあと思う。そうして敗戦後の絶望の中でもそういうものを胸に抱いていきてきた人たちの思いがたくさん書き留められている、宝物のような本だと思う。
ビビッドで力強くて、そして、なかなか出会わない2人がやっと出会うまでの道のりが長くて険しくて、ドキドキしながら読みました。


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2017年09月18日

2017年9月17日 くまざわ書店佐世保店 「佐藤正午サイン会」




というわけで、「月の満ち欠け」直木賞受賞記念の「くまざわ書店佐世保店」のサイン会イベントに行ってまいりました。
以下、そのレポートです。

*  *  *

前回のサイン会でも100人くらいは集まったと思うので、書店には前もって予約の電話を入れておいた。
友人たちにもそうアドバイスした。
実際、当日前に、100人の予約は締め切りになったとのこと。

ところが、である。当日は大型台風が九州にやってくるというではないか。
日帰りを予定してたけれど、慌ててホテルを予約し、前日のJRに飛び乗った。
やはり日帰りを予定していた友人は断念した。
そして、当日の飛行機は欠航というので、新幹線と佐世保線を乗り継いで前日入りしたという人もいた!
(新聞によると、長崎メトロ書店には、直木賞受賞を聞いて「いてもたってもいられず」家族の赴任地のフィンランドから駆けつけたという人もいたそうです)

インターネットの普及で、「日本国内のいろんな場所からサイン会に集まってくれる時代になった」と、言われていたが、気づいたら「世界中から集まってくれる時代」になっていた。そう思うと感慨深い。

当日。整理券に受付順に番号シールが貼られる。
その番号順に並ぶように言われる。
そして時間どおりご本人登場!
サインを書き、希望があれば記念撮影にも応じてくださっていた。
年齢層は、小学生のお嬢さんに2ショット写真を撮ってもらっている若いお母さんから、ご年配までいろいろ。
「昔から読んでいた」「一緒に写真を撮りたかったから」と終了まで待たれる年配のご婦人。
ごく自然に地元の小説家をあたたかく愛してくれている。そんな土地なんだと思った。

サイン会は1時間以上に及んだ。
佐藤正午せんせい、とちゅうでジャケットを脱ぎ、半袖の白シャツ姿になる。
ときどき「あっ!」という声が漏れる。
サインの書き間違いがあったらしい。
「書き間違い本っていうのも貴重なんですけどね」と、くまざわ書店の方がにこやかに笑った。

小さい声で言いますが、書き間違いは3冊はあったように思いますw

サイン会終わり、佐藤正午せんせいは膨大な手土産の数々を抱えられる。
持ちきれないほどの量なので、お店の方が大きな袋を持ってきてくださったようだ。

カジュアルなショルダーバッグ。紺色のジャケットにベージュのチノパン、白の半袖シャツ。
「60すぎて、あんなサラサラな髪、かつらじゃないのか?」という声もあるけれど、ほんとにお若いなと思う。
後ろ姿は、地元の県立大学生と言ってもぜんぜん大丈夫な感じ?

先生を見送り、わたしは、帰りのJRも運休だったので、払い戻して高速バスに乗って帰った。

*   *   *

今朝は台風一過の青空を、雲が、遠くの白鯨のようにゆっくりと通り過ぎていった。
「たのしいこと」があると、見える景色まで違ってくるね。

何年か先。
また、新しい作品を携えて、この町にみんなで集まるのかもしれない。
人生はときに退屈だったり単調だったり、悲しかったりムカついたりもするけれど、
それでも大好きな佐藤正午せんせいの「新しい本が出るのを待ちながら」生きていくのは、かなり楽しいものである。


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2017年05月26日

「書くインタビュー 3」 佐藤正午 小学館の本気

書くインタビュー 3 (小学館文庫) -

佐藤正午氏と東根ユミさんのメールによるインタビューはもうずいぶん長いこと雑誌「きらら」に掲載されている。
とちゅうで「鳩の撃退法」の連載が「きらら」ではじまって、終了してからまた再開されたと記憶している。

長いよね。

書き下ろし作品「月の満ち欠け」の執筆中が、この「書くインタビュー3」の真っ最中だったわけだ。
今読んでみると、「ああ、最初はこういうアプローチだったんだな」とか、書くことに対する信念やこだわりまでがとてもリアルに感じられる。
あと、真夏のポケモンGO!とか、お父様の葬式の日の憤然!たるエピソードとか、文章という芸で読ませ、笑わせてくれるところも見逃せない。

でも、最大に見逃せないのは、この「書くインタビュー」自体が、全力で、佐藤正午氏の新作書き下ろしを、待ちわびているところだ。
帯を見ていただければわかる(すみません、上手に貼れなくて)

本書の最終章は「タイトルと発売月」が発表されるところまでだ。
いや、もう、雑誌連載中の胸の高鳴りがありありと思い出せた。





他社の作品であるとか、まったく関係ない。
これは、「月の満ち欠け」が傑作であることを信じ、たくさんの人の目に触れ琴線に触れることを信じている人が作った帯だ。

「月の満ち欠け」で胸熱になって、そして、他にも「胸熱な人たち」がたくさんいることにまた胸熱になってしまう。

作品をまちわびる時間も。
作品を読む時間も。
そして、読後の思いを交わす時間も。
ほんとうにどの時間も幸せだよね。


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2017年04月22日

「月の満ち欠け」 佐藤正午 岩波書店 (ネタバレ注意)








若い頃「前世」の夢を見たことがある。
わたしは23歳くらいの女性で、戦時中の空襲で防空壕で亡くなった。
やけに生々しい夢だった。
ただ、わたしの記憶はそれだけ。
彼女はそれ以上のメッセージを託さなかった。

人には二通りの死に方があるという。
樹木のように死んで種子を残す道と、月のように、死んでも何回も生まれ変わる道。

「月の満ち欠け」は、月の満ち欠けのように、生と死を繰り返すことを選んだ「瑠璃」という女性の物語だ。

既婚でありながら、三角アキヒコという男性を好きになり、そして鉄道事故(自殺?)でなくなった瑠璃。
瑠璃は何度も生まれ変わり、アキヒコの元に行こうとする。

「ラブストリーなの?」「ミステリーなの?」「SFなの?」という問いかけには、「その全部!」と答えるしかない。

三角くんの目線で描かれる「瑠璃」は、髪の分け目から、たよりない短い線のような唇、そして会話のひとつひとつまで、とても愛しく美しく描かれていてジンとなってしまうし。
生まれ変わった「瑠璃」たちも、まっすぐに一本の芯を持って、7歳や8歳になると三角くんとの記憶や出会った場所を求めてゆく。
「純愛」という言葉が、わたしのカラダの中の冷えた鉄パイプだとしたら、そこに温かいものが流れはじめ、パイプそのものが温かくなっていくような感じの、あたたかい「純愛」を感じました。

ところがこの「月の満ち欠け」のような生まれ変わりが、一筋縄ではいかないのが佐藤正午作品。

「満ち欠ける」のは瑠璃だけではない。
小山内堅(コヤマウチツヨシ)の妻である梢。
そして瑠璃の夫の「正木」の先輩に当たる人も、「月のように満ち欠ける人」なのだと思う。(先輩は、ちょっと死んでみると言って自殺した)。
そのあたりの顛末はぜひ、本書でたしかめていただきたいもの。

ちなみに「正木の先輩もぜったいどこかで生まれ変わってるはずなんだよね」って言ったわたしに、「あ、ほら、最後東京駅で!」と友人が推理したけれど。それもまた、本書の中で。

🌙 追記 🌑🌓🌔🌕
とりとめもなく書きたいこと、追記にします。

なんだか、ふとした表現に泣いてしまいます。特に初代「瑠璃」とアキヒコくんとの会話。
そして、生意気な緑坂瑠璃の台詞。
強がりとせつなさが表裏する文章の迫力がすごくて、思わず、何度も泣きました。

文章の力がカメラワークのように、1シーン1シーン読ませてくれるのですが、これ、映画で見るならぜったいアニメで!と思う。
幼い瑠璃の、憑依した言葉や記憶する言葉は、ああ、アニメで見たらすごいだろうなあ。
本気で妄想しています。


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2017年03月19日

佐藤正午 書き下ろし新作 2017年4/5 岩波書店より発売



月の満ち欠け -
月の満ち欠け -

ひさしぶりの佐藤正午新作です。
嬉しくて嬉しくてリンクを貼りました。

タイトルは「月の満ち欠け」です。





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2016年08月31日

「蜜と唾」光文社 盛田隆二


蜜と唾 -
蜜と唾 -


ひとことで言うと怖かった。
誰が悪人なのか、どういう意図でいろんなことが起こるのか、最後までわからない。
原因はわからないけれど、なにかが起こり続けている。
その「怖さ」の正体を知りたくて一気に読んでしまった。

亮平はノンフィクションライター。というと、聞こえはいいが、ほとんどの収入はweb記事や書き起こし原稿。単価の安い仕事を大量にこなし、次の取材費もままならない。
そんな亮平のもとに、昔家庭教師をしていた拓海の母美帆子から「雑誌で名前を見つけた」との電話が入り、そこから、不可解な物語がはじまり、美帆子の夫は謎の死をとげる。

「雪の華」のママ美帆子、手伝いをするシングルマザーの早紀、二人をとりまく男たち。そして亮平。
みんなみんな悪意が見えないのに、なんだか変だ。

この「いびつなカタチで疾走している今」を読むゾワゾワ感がとても楽しかった。

紐解けばそれは「弱者がうけるDV」であったり「お金に対する嗅覚」であったり、華やかな中にいるのに「不況や貧困の匂い」がつきまとってることであったりするのだけど。
その匂いがまさに「今」そのもので、ほんとにリアルな現代が描けてる犯罪ミステリーだと思った。

とくに亮平くん!
「ブラック企業で働いた体験」から、今はライターとして生活しているけれど、その単価の安さと寝る間を惜しむ生活は、今でも十分ブラックではないか。
いつもいつも締め切りと時間に追われ、日常を絡めとられ、大切なものを逃してしまう。
これが、物語の展開の要にもなるのだけど、ほんとに、何度も何度もドキドキさせられため息をついた。

不穏でいびつな匂いのする作品。
その一貫した「匂い」を存分に楽しめました。


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2016年05月07日

「父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌」盛田隆二 双葉社

父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -
父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -

こう見えても介護職だもの。
ムカつくことだってあるし、愚痴りたいことだっていっぱいある。
傲慢な家族だっているし、お手伝いさんみたいに思ってる人もいるし。
理不尽に怒鳴られることだってある。
個人情報の守秘義務があるから言わないけど。

本書には、母親の死から、父親の認知症、病気の妹を介護していく過程が克明に描かれている。
これから介護をする方にとっては「参考書」になる部分もたくさんあると思う。
(↑ というと、この本に描かれている時代からまったく変わってないのか? と思われるとアレなんですが、改善されている部分ももちろんあります)

ところで、ムカつくこともたくさんあると言いながら、なぜこの仕事を続けているかというと、やっぱり楽しいからだ。
認知症の人が喋る(わたしと違って見えている世界)の話を聞くのが大好きだ。
精神の病のある人の繊細な世界と考え方を聞くのも大好きだ。
わたしとはちがった世界の見える人たちが語る(その世界から発信する話)。
不謹慎かもしれないけれど、それは小説のようにわくわくしておもしろい。
そして、「ああ、こういうふうに世界が見える人たちがふつうに暮らせるにはどうしたらいいんだろう?」とも考える。

そしてこの本の中にも、介護が必要な方々の感性がいきいきと描かれている。

お父さんに煙草をあげたときの反応。
介護職員「乾あかりさん」との心の交流。
戦後、奥様と出会ったころの昔話をするときの表情。
最後の「エピローグ」で判明する、とてもせつない話。
ひとりひとりの人生が「物語のように」いきいきと描かれていて、とても読み応えがある。

本書での家族の介護は「シャレにならないくらいに大変だったんだな」と思うし、まだまだ改善の余地はたくさんあるだろうけれど。
それを含めて「悪いところ」も、「わるくないなと思うところ」も描かれている作品です。




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2016年02月26日

「小説家の四季」 佐藤正午 岩波書店



本日到着して、パラパラとページをめくっただけで興奮が収まらず、こうしてブログに書いている。
いやはや、よくぞここまで、そう思うほどに編集者の「愛」があふれている。

佐藤正午という小説家の書いた文章なら、レシートの裏の走り書きから、ネットの文章、新聞に書いた短い文章まで、なにひとつ漏らさずファイルし、ひとつひとつアイロンをかけて揃えて丁寧に製本したといった印象。

現在は岩波書店のホームページでの連載となっている「小説家の四季」から、直近では伊坂幸太郎氏の「残り全部バケーション」のあとがき、山田風太郎賞受賞のさいに西日本新聞に書かれた文章まで、そして、伝説の名作「盛田隆二氏の(夜の果てまで)のあとがき」まで!
ほんとうに、「全て」が入っているのである。

どんなに好きな文章であれ、わたしたちは読んでは消費していくのだ。
何度も読むのに、それでも「名文」は本棚の片隅や新聞の切れ端として、消費されてしまうのだ。

それを消費されて消えていかないようにと大事に留める人がこの世の中にいる。
おかげで、わたしは、一度消費して、頭のすみっこに追いやった大事なものを思い出せる。

本を手にとった瞬間「作り手の愛」の重さを掌に感じるような、そんな本です。



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2016年01月21日

「幸福な朝食 幸福な就寝」



午前中、仕事までの時間つぶしに本屋に入った。
現場まで近いので5分で動ける、ゆっくりいろんな本を見てまわった。

伊坂幸太郎の「残り全部バケーション」が集英社文庫で出ていた。
読んではいたのだが、なんとなく手に取ってみる。
「ああ、これ、すごく好きだったんだよね」
そう思いながらじっと表紙を見ていたら「解説 佐藤正午」って書いたあった!
慌ててレジでお金を払い、本屋の駐車場で貪り読んだ。

もう、ほんとに、解説で笑いました!



仕事が終わり片付けも終わり夜になって、「残り全部バケーション」をもう一度読もうと思った。
わたしはほどよくストーリーを忘れてしまっているし、これは会話も楽しめる本なので、二度目も十分に楽しめた。

そして、眠る前にもう一度、佐藤正午氏の解説を読み返す。

「伊坂幸太郎氏があるところでこのようなことを書いているのだが」というようなことが第一センテンスで書かれていた。
そして解説の内容は、おおまかに言うとそれに対するリプライだった。

「伊坂幸太郎氏があるところで書いていた文章」に既視感があった。
ここ半年以内に読んだ文章のような気がする。
そう思って慌てて書棚をひっくり返し、佐藤正午氏の「アンダーリポート/ブルー」(小学館文庫)を引っ張りだしたら、ビンゴだった。
「アンダーリポート/ブルー」の解説が伊坂幸太郎氏。
それに対するリプライが「残り全部バケーション」の解説。
なんというステキなやりとり!



ああ、神様ありがとう。
とても幸せな気分で眠れた1日を本当にありがとう。


追記。Twitterでフォローしている「残り全部バケーション」の溝口&岡田のbotもお気に入りです。ここをクリックするとご覧いただけます。





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2015年09月27日

「アンダーリポート/ブルー」佐藤正午 小学館文庫



何度か読んだはずなのに、詳細を忘れてしまっている。
「交換殺人」の話だったはずなのに、誰と誰がどういう理由で交換されたのかを忘れてしまっている。

おそらくひとつは、ストリーが複雑なのと、記憶の経年劣化がおきているためだ。
あと「文体」とか「仕掛け」とか「時系列」とか「雰囲気」とか、追いかけるものが多すぎて、とてもストリーだけに集中してはいられないかったからにちがいない。

そのことについては、伊坂幸太郎さんが「解説」で書かれてる。

というわけで、三度目なのにガツンとやられてしまった。
「アンダーリポート/ブルー」
いや、正確には、「アンダーリポート」と短編「ブルー」は別々に何度か読んでたのだが、同じ本に収録されていなかったため、同時に読む機会がなかった。
今回はじめて同時に読めた。
すごかった。
なにが?
裏切りがすごい。驚きがすごい。「ブルー」を読んではじめてわかることがある。そのことに愕然とくる。

メビウスの輪のように「閉じた小宇宙」の中で、ふたりの女性が「殺してやりたい男」を思い描き、交換殺人を犯す話だ。
ざっくり言ってしまうとそうなのだが、少しずつ登場人物の立ち位置がわかってくる。
そして、完璧に「閉じた小宇宙」だと思い込んでいたはずなのに、いきなりドアがこじ開けられる。
それが「ブルー」だ。

「ブルー」の初出は、「正午派」という本のカバーの裏側に書かれた短編だった。
それを「人をくったような意外性」だけでおもしろがっていたが、ここにきて「アンダーリポート」と続けて読むと、作者の用意した「びっくりするような着地点」がようやくわかりました。



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2015年06月20日

「書くインタビュー 1」佐藤正午 小学館文庫



メール形式のインタビュー。
その「1」では、「身の上話」とそれ以前の作品、インタビュー中に描かれた「ダンスホール」の解説、これから書く予定の「鳩の撃退法」のことが、メールの質問に答えるというカタチで書かれている。

ただの作品解説と思いきや一筋縄ではいかない。最初のインタビュアーはあまりの噛み合わなさに失踪するし、二度目のインタビュアーも作家の機嫌を害して、秘書の照屋氏の代筆、口述筆記の返事をもらったり(笑)
偏屈で気分屋の作家の本音を聞き出すまでの過程がおかしくて、笑いがこみあげてくるメール形式のロングインタビュー。

作家にはいろんな顔がある。執筆する作家、プロットを考える作家、リアルに生活している作家、喋る形式でインタビューを受ける作家。
先日サイン会までおしかけて佐藤正午氏と短い会話をする機会を得た私だが、印象は物静かに喋る方という印象だった。それは「喋るよりも書く方が性に合っている作家」のひとつの顔なのかもしれない。

「書くインタビュー」の作家は全然違う。偏屈で(失礼!)、きつい冗談も、嘘もはぐらかしも筆なめらかに連発してくれる。
そして、翻弄されながらも食らいつくインタビュアーが、作品の構造を聞き出してゆく。

「心の病」にかかっていた時期やそのときの行動、それが「ダンスホール」という作品にどういうふうに反映されているか、などは「喋るインタビュー」では辿り着けない領域だと思う。
インタビューを受ける作家のイメージを楽しむにも、少々難解な「ダンスホール」の解説を読むにも貴重な一冊です。

「書くインタビュー 2」については、また別の機会に。

*****

個人的ネタバレ感想。

210ページ。「ではこの(ダンスホールの)偏執狂的な文体に気づいた鋭い読者の方や優秀な編集者がじっさい正午さんの周りにいましたか?」というインタビュアーの質問について。

わたし自身は「しかけはわからなかったけれど、感じてはいました」。
「なんか変な文章だな、いつもの軽やかさがないな、もしかして、心の病という話も聞いてたけれど、まだ全快されてないのかな?」と勝手に心配していたほどです。
そしてそう感じたことなど誰にも言えず悶々としていました。

ああ、そういうことだったのか! とほんとにびっくり。
こうして翻弄されるのが正午ファンの醍醐味なのだと再確認しました。
それがどういう「しかけ」だったのかは、ぜひ、このインタビューでお確かめください。


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2014年12月29日

鳩のゆくえ 「鳩の撃退法」佐藤正午

B 鳩のゆくえ


「鳩」という比喩で、飛び出していったものの行方をメモしています。
ネタバレが多く含まれてますので、読了後に読まれることをおすすめします。

ケンジロウ が3万円 の封筒を持っている
下矢印1︎

スピンの金庫 幸地ヒデヨシに預かってもらう
下矢印1︎ 

スピンの女性従業員 佐野 前借りのお金とまちがって、持ち出す

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遊び人の大学生に渡す
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大学生、女優倶楽部で女を買う 高峰秀子に渡す

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高峰秀子、津田伸一に借金返済 3万円
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津田伸一、手持ちのピーターパンにはさむ
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津田伸一と奥平みなみさん、ガストで会う

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奥平みなみさんの子供 ピーターパンを3万円はさんだままで持っていく
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奥平さん、房州老人にピーターパンを返す
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房州老人 1万円は ホテルの支払いに 残りはトランクへ
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房州老人 のトランクは死後 津田伸一へ
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トランクの端数の3万円を津田伸一は生活費へ

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うち1万円でとこやのまえだで支払い
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それをパチンコ屋で女性が使い、偽札発覚

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本通り裏の追っ手
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津田伸一 まりこさんの家に泊まる

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大河内よっちゃん lolのチンピラに見つかる
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倉田ケンジロウに連絡をとってもらう。

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ピーターパンの本とトランクの入ったロッカーの鍵をわたす
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ケンジロウに3302万円。 網谷ちさ、こっそり100万持ち出し
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3301万円は堀之内元に寄付
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1万円だけが偽札


3万円の偽札のまとめ

1万円は房州老人がホテルで支払い
1万円は津田伸一がとこやのまえだで支払い
1万円だけトランクに残っていた。



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それぞれの2/28日「鳩の撃退法」佐藤正午

時系列がわかりづらいところを自分用に整理してみました。
ネタバレが含まれていますので、読了後に確認されることをおすすめします。
2/28日はそれぞれ、いろんなことが起こっていて、とても大切な一日のようです。

@ 幸地ヒデヨシの2/28日

午前3時半     読書をしていた幸地ヒデヨシ 、津田伸一と ミスタードーナッツで言葉を交わす
下矢印1
朝  幸地ヒデヨシ 幼稚園 へ子供を送る  慎改美弥子 が夕方から子供を預かる約束
下矢印1︎ 
(妻)幸地奈々美が  妊娠を告白する
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倉田ケンジロウから電話。「スピンで封筒を預かってほしい」 右矢印1︎    前借り佐野が勘違いして持ち出す
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幸地ヒデヨシ 慌ててスピンへ出勤
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幸地奈々美 、晴山青年 とかけおちをくわだてる。
下矢印1︎ 
追っ手
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追手の多々良、岡野につかまる
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止めようとして幸地ヒデヨシ 手に怪我
下矢印1︎ 
その後一家 神隠し(冒頭シーン)




A 津田伸一の2/28日

午前3時 幸地ヒデヨシとミスタードーナッツで会う
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午後6時 ドライバーのしごと
下矢印1
午後9時 房州老人とハンバーガーショップ
下矢印1
山下、lolのチンピラにやられる。( 慎改の夫のさしがね?)
下矢印1
慎改美弥子に物件を紹介してもらう約束をする。 房州老人とドーナッツショップ
下矢印1
アカプルコからドーナッツショップ へ。網谷もいる 子供連れて、前借りするところ
下矢印1︎ 
高峰秀子の家
下矢印1︎ 
頼まれてそこから晴山青年を送る  方向替えて無人駅に
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ベンツのワゴンタイプ 幸地奈々美が晴山と合流するのを見る。
下矢印1
 ガスト 奥平さんの面接  友達に車をとられた網谷ちさがいる
下矢印1
ふたりを送る
下矢印1
網谷ちさの家に泊まる


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2014年12月17日

「鳩の撃退法」 小学館 佐藤正午

ざっくり言うと、消えた偽札の行方と、消えた家族の行方を追う小説。
小説家津田伸一は、そのどちらにも浅からぬ関わりを持っていて、絡まった複雑な人間模様が描かれている。

3年間「きらら」での連載で読んでて、とちゅうわからなくなってしまったことも多かったので、単行本の発売が待ち遠しくってしかたなかった。
で、最初っから通しで読んでみたら、全体も見渡せて、やっぱりすごく面白かった。
 
だから、あなたがこの分厚い小説を読もうかどうしようか迷ってるとしたら、「おもしろいからぜひ、読んでみたらいい」と言いたいですexclamation

なんにちもなんにちも、どんなブックレビュー書いたら伝わるかなと悩んでたんだけど、やっぱり言いたいことはただひとつ。
「鳩の撃退法」おもしろいです。こんなにおもしろい小説を読めて幸せ、そう思える小説です。


さて。
以下はネタバレもあります、ご注意ください。



津田伸一は、今はデリヘルの送迎ドライバー。
小説の世界から完全に干された彼は、パソコンもないままに、ノートに鉛筆で小説を書いている。

その小説の虚構と、事実が絶妙に入り混じる。
それは、多重で少し複雑なセカイではあるけれど、登場人物がみんな魅力的で、映画に例えるなら「いい役者が揃っていて、いい雰囲気のフィルムがまわっている」感じ。

本通りの裏の倉田ケンジロウの言葉少なく比喩に富んだセリフは、大物らしくて重厚。

ドーナツ屋の女性店員ぬもとは憎まれ口ばかりなのに、津田伸一を見捨てておけなくなっている。
「一回くらいぬもとと呼べ」という、彼女のセリフは、愛の告白にも聞こえる。カッコよすぎて、ジンジンきてしまった。

 チキチキのまりこさんのなげやりな奔放さも、ラストシーンの網谷千沙の困ってもひとりで踏ん張る健気さも、みんなみんな、人生がリアルで、生きている言葉で描かれていて、どんどん動いている。
てか、どんだけ登場人物がいて、どこでどれだけ繋がってるんだ?

そしてわたしは、出版社に勤める鳥飼なほみが一番好き。
出版業界から追放された状態の津田伸一の、この小説を、ただ出版したいがために、彼女はオリビアに通い続ける。
なのに生身の津田伸一のさそいを断り、「津田伸一の書いた小説の方にわたしは惹かれる」という。

で。この本が無事に出版されたのは、この小説によると鳥飼なほみのおかげということになるわけだから、鳥飼の大ファンのわたしとしては、ラストちらっとでもそこに触れてほしかった。
だけどそんなことはひとことも書かれてなかった!
そのことだけが不満といえば不満なんだけれど。
でも津田伸一だったら、ぜったいこう言うだろう。

「それはTMIだ」って。

TMI?
too much information。

これだけのボリュームなのに、読み終えたら、また読み返したくなる。
わたしの知らない謎やしかけが、まだ、この本にはたくさんあるような気がします。

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2014年11月01日

「身も心も」盛田隆二 光文社文庫




単行本版の感想はこちら

中江有里さんの解説がすばらしいと聞いて再読。解説も必読です。


仕事柄、いろんな高齢者の方に接し、「ああ、幸せじゃないんだなあ」と思うことがよくある。

できることができなくなったり。
健康でなくなったり。
自分の記憶があやふやになったり。
それを「不幸なこと」と言う方はとても多い。

長く生きることは不自由なことだとすれば、高齢化社会は不幸の吹き溜まりではないのか?
そして私はそれを打ち消す言葉を持たない。わたしには想像不可能な「不自由さ」だからだ。

絵画教室をきっかけに出会った、礼次郎と幸子は、愛を育んでゆく。
幸子は若い頃の後遺症から持病があり、礼次郎は脳梗塞で2度倒れる。
今年の桜をふたりで見たいと思うこと、車椅子を幸子に押してもらっての散歩。
いつ、死に別れるかもしれない二人が、お互いのために生きようと思う姿を見ると、ああ、老後は不幸なことばかりではないのだ。気の持ちようかもしれないけれど、幸せなことだってきっとあるはずなんだ、と思いたくなる。

そして、「自分は不幸だ」と訴える高齢者のみなさんに「きっと素敵なこともありますよ」と言いたくなってしまう。おそらく「実のないはげまし」は何の役にもたたないだろうけれど。
それでも「きっといいこともありますように」と、心の声を投げかけてくる。
恋じゃなくてもいいから。

そして自分はどうだ?
最近集中力も若いほどではなくなり、できない事が増えてきた自分をどんどん許してる。
そのくせそれを「ふがいない」と感じている。
いつかそれを「ふがいない」じゃなくて、「自由になっている」と考えられるようになれればいいのかもしれない。

そういう気持にさせてくれる「身も心も」という物語を心に持って、わたしはこれから先を生きていければいいな。
これは、そう思わせてくれる作品。



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posted by noyuki at 15:29| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月17日

「いつの日も泉は湧いている」 盛田隆二 日本経済新聞出版社



「ストリートチルドレン」は一冊で新宿300年。
そしてこの「いつの日も泉は湧いている」には、同世代の人々の40年あまりが一冊に一気に描かれている。
人の一生は一冊の本にまとめられるほどに短い。
なのに、登場人物にとっての一生は、長く切なく悲しくもあり、そして日々の喜びに満ち溢れたものだ。

学生運動盛んだった時代。高校に入学した守田青年は新宿に反戦フォークを聞きに行く。
そして同世代の新聞部の仲間と高校の改革を目指す。討論会、生徒総会、ハンスト。
ひとりひとりが違うものを考えている中でひとつの考えを貫くことはむつかしい。人を説得するのはむつかしい。
かつてそういう時代があった、と、過去の回想をしているわけではない。

何かを変えたい思いを持つ人は今もここにいる。
原発反対のデモに参加している人々の中に、高校生のままの守田青年がいるような気分にさえなる。
これは回顧ではない、現代の物語だ。

高校時代からの同志である写真家真生子のその後に、守田は浅く深く関わり続ける。同時に年老いた親たちの問題。
真生子の健康の問題。他の仲間たちのその後。
そういったものに忙殺されながらも、若い頃のあの気持はそのまま自分の一生を貫いている。

現在の真生子との章になると、緊張感とある種の冷静さに、思わず読むスピードが止まった。
溢れすぎる感情がそぎ落としてもそぎ落としても行間からあふれるような文章に、ラストはもう茫然自失だった。

回顧ではない、そこから人生は続いてゆく。

「いつの日も泉は湧いている」

その言葉は、死の淵に立った瞬間に見える風景なのだろうか?
エピローグでのその描写がとてもステキなので、ぜひ本書で味わっていただきたいものです。


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posted by noyuki at 22:21| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月17日

「身の上話」光文社文庫 佐藤正午




ハードカバー版の感想はこちらどうぞ。
http://noyuki.seesaa.net/article/130869259.html
そして、以下は文庫版になってからの感想。

ハードカバーが文庫になるとき、「時間もたったしそろそろ文庫で」というようなスタンスを感じるものももちろんあるのだが、この「身の上話」に関しては、「こんなにおもしろいのに! すごいよ! 読んでみてよ!」みたいなオーラが文庫本全体から溢れているので、なんだか嬉しくなって、表紙を見て「ミチル!」と叫んで思わず手にとってしまった次第。

そうそう。ミチルはまさしく表紙の写真のような女性だ。
一人で何時間もベンチに座っていられる。
少しズレたところもあるのだが、自分の頭でけっこう考えて判断するし、それと同時に感情の赴くままに行動する部分も持ちあわせている。それでいて「土手の柳は風まかせ」と評されるような女性。

ミチルの人生が変わったのは、離れたくない男とともに衝動的にいっしょの飛行機に乗ってしまったから。そして手に持っていた宝くじが当たっていたから。
それがこんなことになるなんて、というようなことが次々に起こって、ほんとに、最後はこんなことになるなんて、だ。

池上冬樹さんの解説が圧巻だ。
「どうしてこれが賞(日本推理作家協会賞)を取れないのか」伊坂幸太郎氏も赤川次郎氏も佐々木譲氏もこんなに絶賛してるのに、という悔しさを熱っぽく語られている。
苦笑するくらいに熱っぽくw

表紙や解説がすべて「おもしろいんだよ、読んでみてよ!」と叫んでいる。
作者の作品年譜までついている。
ほぼ同時期に発売された小学館文庫の「事の次第」と「愛の深さを競っている」ようで嬉しい。
こんなに愛されて出版された本は幸せだなあと思う。
ほんとに嬉しくなるくらいにそう思う。





余談その1。

「宝くじが当たらなかった」短編があります。
「人の物語」に収録された「愛の力を敬え」という短編です。
ここでも女性が、別れがたい男性と共に東京行きの飛行機に乗るのですが、宝くじは当たらず、女性は郷里に帰ります。
男性は小説家に尋ねます。「この話は小説になりますか?」
小説家は「宝くじが当たっていたとしたら小説になるかもしれない」と物語の中で答えます。
とても好きな作品だったけれど「宝くじが当たってたらどんな小説になるんだろう」と、ちらりと思いながら、まったく想像できませんでした。
まさか何年もたって、ほんとに宝くじの当たる小説を読むなんて!

余談 その2。

「ダンスホール」の中で「金は必要ない」というフレーズが出てきます。なのに主人公は大金を手に入れる。
「身の上話」も大金を手に入れて、運命が変わる話です。
現在「きらら」で連載中の「鳩の撃退法」でも主人公は大金を手に入れます。
大金を手にいれたとき、人はどうなるのか?
「物語のカタチは違うけれど、一貫したテーマで続いてるよね」と先日友人と話しました。
「鳩の撃退法」で大金を手に入れた主人公の行動が楽しみであります。


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2011年11月13日

「きみがつらいのは、まだあきらめてないから 」角川文庫 盛田隆二




1991年から2011年までにわたる7つの物語からなる短篇集。
登場人物も、かけおちする大学生、フィリピン人の娼婦、恋人へDVを繰り返す女性、うつ病を患う銀行員と多岐にわたる。

「舞い降りて重なる木の葉」が収録されていたことが嬉しかった。
「夜の果てまで」の原型となる短編で、マリクレールに掲載されていたものの、その後20年間「まぼろしの名作」となっていたものである。(夜の果てまでの文庫あとがきで、その存在が明かされています)
「夜の果てまで」が映画ならば、「舞い降りて重なる木の葉」は一枚の写真のような作品だと思う。どこにもいけない「今」がぎゅっと凝縮されていて、その密度の濃さに息を飲んでしまう。「その瞬間」とか「その衝動」が、二十年後の今も炎を放っていた。

表題である「きみがつらいのは、まだあきらめてないから」。
人は風邪を引くように鬱を患うことがある。だけど人は、そのときのことを「振り返りたくもない」と思うかもしれない。あるいは断片的にそのときの状況を思い出して語るかもしれない。ここには、物語というかたちで、その心理状況が克明に記録されている。読む人によっては苦しい作品かもしれない。描くことはもっと苦しい行為だったかもしれない。それでも、この作品にすがりつきたくなる瞬間を持つ人も多いと思う。上質の物語であると同時に、これは患った人間にしか描けない「心の記録」だと思う。

作者が年齢を重ねるにつれて「ダイブ小説」と評された時代から、「市井の人の暮らしを克明に描く時代」へと作風は変わっていったように思っていた。
だけど、こうして年代を追って読んでいくと、「変わっていない一本の線」がしっかりと見えてきた。
そのことについては、解説の中江有里さんの文章があまりにも的確で素晴らしいので、ぜひ解説で読んでいただきたいと思う。まるで解説までふくめて、短編の連なりがひとつの物語になってるような気がした。

人は弱い。弱いくせに、自分を守ることだけを考えることはできない。弱いくせに、もっと弱い誰かを守りたいと思ってしまう。
現実世界は、ときどき正論でそんなわたしを叱咤激励してしまったりもするけれど。
少なくともこの短編集の中の人々は、それでもそんなふうに生きているんだと思って、なんだかとても嬉しくなってしまった。

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2011年10月31日

「事の次第」 小学館文庫 佐藤正午






注・ この文章には少々のネタバレが含まれていますので、これから読まれる方はご注意ください。




最近の佐藤正午さんの文章は複雑な構成が多い、と、書こうとしたけれど、コレは最近のではなくて1997年に「バニシングポイント」の題名で発表された作品だった。
大昔に読んだ記憶を紐解いてみると、短編が不思議なつながり方をしていて、その雰囲気が好きだった作品。
今、読んでみると、おおまかに言えば「ダンスホール」に繋がっているような、登場人物のつながりが物語を作り上げている独特の手法。
構造の話をすればきりがないが、町のうわさ話のように人の物語が流れてゆく感じがとても佐藤正午さんらしい作品だと思う。

たとえば飛び降り自殺をした女性の話。
彼女は脇役としてしか登場しない。タクシーに乗り込んできて財布を忘れた女性。近所の放火事件を心配する妻の口から発せられる「犯人」。そして、主人公のひとりと曖昧な恋愛関係にあった女性。
三方面の「語り」の中に、生きているひとりの女性の姿が浮かび上がる。
どの顔もまったく別の顔だ。
そして、いくつもの別の顔の中から、彼女という物語が浮かび上がってくる。

また、どうしてもわからなかった男の過去が、この短編の別の物語で語られていたり。
一見関連のないように見える物語が、人物を通して繋がっていったり。
本当の話と噂話が組み合わさってできあがったものは、外面と内面と両方から突き詰められていくような重厚さと緻密さを兼ね備えているように思える。

ひとつひとつの短編をとっても佐藤正午さんらしい物語を楽しめるが、時間をかけて連作の中に出てくる人物を追ってみても夢中になれる作品。
描かれている事だけではない何かが、圧倒的な筆力の中で浮かび上がってくるとき、読みながらぱっと脈があがり興奮していくのが自分でもわかる。
それが最近の佐藤正午さんの醍醐味だ。

余談 1。

解説の東根ユミさんは、小学館の「きらら」にて佐藤正午さんのロングインタビューをメールのやりとりで行った女性。彼女の解説は素晴らしいけれど、実は東根ユミさん、謎の女性のように思います。

彼女の名前を検索すると「ロングインタビュー」に関わる記事以外に何も出てこないし、フェイスブックにもTwitterにもいらっしゃらない。ライターという職業上、それもまた不思議。偽名か、あるいはまったく予想もしていない方がインタビューされてるんじゃないかと思っています。

余談2。

個人的に「事の次第」の人物相関図を書いてみています。
まちがいもあるかもしれません。

http://shogofan.bbs.fc2.com/?act=reply&tid=3571830





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posted by noyuki at 15:15| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年07月14日

「身も心も」盛田隆二 光文社 「テーマ競作小説 死様」




恋をしたい。
ずっと先まで年齢を重ねたときに、こんなふうに誰かのために生きたいと思うような恋をしたいと思った。

もっともそんなに悠長な話ではなくて、満身創痍で、いつ明日がなくなるやもしれない「カウントダウン」状態で、(このまま会えなくなってしまうのではないのか)と不幸な結果が頭をよぎる場面もあるわけなので、この感想は全く悠長としか言いようがないのだけど、それでも読後に、「こんなふうに恋をしたい」と思えるような小説だった。

礼二郎75才。幸子64才。
妻をなくした男と複雑な人生を送った女が、絵画教室がきっかけで出会う。
過去を後悔することも多い。若いカップルのような未来があるわけでもなく、あの頃に支配されていた獣のような衝動があるわけでもない。
それでも、しがらみも何もない恋は中学生のように純粋で、そうか、「恋」というものは、静かにまっすぐに見つめていくとこんな姿をしているのだな、と思えてくる。
なんだかうらやましくなってしまった。

物語は本当も嘘も仮定形の未来も見せてくれる。
だから、わたし自身がこういう未来にたどり着けるかどうかは、まったく定かではないのだけど。
加齢は悪いことではないし、むしろ、その年にならないとわからないこともあるのだから「楽しみに待っていなさい」と言ってくれているように思える。

直面する数々の現実がとても克明に、そして時には悲惨に痛々しく描かれているのだけど、そのリアルな描写の世界を超えて、「恋をするときのやさしい気持ち」がしみじみと感じられるような小説だった。


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posted by noyuki at 21:38| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする