2015年05月21日

西へむかう帰路

今日みたいに黄砂か多い日は舌がしびれるんですよ、びりびり。


タカダが死んだと聞いて、そのことがずっとアタマの片隅にひっかかったままだ。

毎年タカダ夫妻からは年賀状が届く。
だけどその年は違った。
12月のはじめの頃に、印刷した欠礼はがきが奥さんのユウコの名前で届いたのだ。

5月にタカダが急逝した、と印刷の文字が無機質に伝えていた。

タカダとユウコが結婚して、別の土地に住むまでは、わたしたちのグループはいつも一緒だった。木田くんや美香もいた。他にも何人もわたしたちのシェアハウスに出入りしてた。
びみょうと言えばびみょうだったのは、最初、タカダとわたしがつきあいはじめたのに、いつのまにかユウコと結婚することになったことだ。

それはすごく悲しいことだったし、詳しく書きたくもない。ただ、幸運にもわたしたちは友だちでいつづけられた。
タカダとユウコの結婚式のあとに、タカダはわたしの手を取って泣いた。
オレが言うことじゃないけど、ナオミにはぜったい幸せになってほしい、本気でそう祈ってる、わたしたちは手を握りあって泣いた。
そして、今、思い出した。
二次会のパーティで、タカダの先輩とわたしがいい感じになったとき、タカダは、「先輩、結婚してるのにナオミに手を出さないでください」ってマジに怒ったのだった。
今考えても失笑ものだ。
以前から憧れてたタカダの先輩に言い寄られて、悪い気はしてなかったのに。
そう。
タカダはそんな純粋なヤツだから、憎んだり恨んだりできなかったのだ。

なのにユウコは半年以上もタカダの死をわたしに伝えなかった。
電話をしてみようと思ったけれど、それもできなかった。
一時期シェアハウスで同居してたくらいだもの、ユウコの性格はよくわかっている。言いたくないことはぜったいに言わないのだ。自分の弱みも悩みも、なにひとつ言わない。
彼女がはじめて告白するのはいつも、自分の中ですべてを片付けたあとだ。
わたしは、ユウコの中でいろんなことが片付くのを待った。

そしてわたしはよくないことばかりを考えた。
タカダがなんで死んだかってことだ。
賭け事好きのタカダは莫大な借金を作って自殺したんじゃないか?
あるいは誰かの保証人になって、あるいはよくない所から借金して。

ストリーはいつも違うけれど、だいたい、そんな結末ばかりだった。

タカダの死についても夫に伝えた。遅れてきたハガキ1枚で、葬儀にも出れなかったことも。そして、夫の意見もわたしと同様だった。
「なんらかの事情があったのだろう、触れてほしくない事に触れないほうがいい」

その後はユウコとの年賀状のやりとりも途絶えたままになった。
ひとりで車を運転してるとき、それが夕暮れだったりすると、わたしはタカダのことを考えた。
彼はどんな人生だったんだろう?
ユウコとの結婚生活はどうだったんだろう?
そうしてなぜ、自殺しなければいけなかったんだろう?
落日はいつも死とつながっていた。
その時刻はいつも、タカダのことを思い出すための時間だった。

三年がたち、以前ユウコと一緒に勤めていた会社のパーティで、私はユウコに再会することになる。

彼女は相応に年を取っていたけれど、ラインのきれいな革の茶色いブーツに黒のワンピースを着ていた。大きなターコイズの短めの首飾り、相変わらずの華やかさだった。
わたしは自分から「その話題」を出すことはできなかった。

そして同僚数人のグループで近況を話していたとき、ユウコは言った。
「夫は三年前になくなったの。雪の日の車の中で、彼は死んでいたの」と。

ひとりで故郷の家に帰っていたらしい、帰路に吹雪に巻き込まれ、車を停め、そこでなくなっているのが発見されたらしかった。
「ナオミにも話してなかったっけ?」ってユウコは、取り繕うように軽く笑った。
けっして弱い部分を見せない彼女の性格を思い出し、ああ、そんなふうにしか言えなかったんだなとわたしは思った。
自分の中で収拾のつかなくなったことを言葉にするのはむつかしい。
それでも、彼女が話してくれたことでわたしは少しほっとした。
「今はあたらしいボーイフレンドもできて」という言葉には少なからず苛ついたけれど、タカダのことを喋るためには「あたらしいボーイフレンド」も必要だったのかもしれないと言い聞かせた。

仕事場から家に向かう道はまっすぐに西にのびている。
落ちてゆく夕日を追いかけながらタカダのことを思い出す回数は、少しずつ減っていった。
借金のすえに自殺をした筋書きも消えてしまったが、吹雪の車中でタカダはどんなだったのだろうと考えることはあった。
彼は実家で好物のビールを飲んだのだ、そして、車が動かなくなったタイミングで酔いを覚まそうとしたのだ。彼は、ほろよいの夢うつつの中で消えてしまったのだ。
死に方に幸せも不幸せもない。だけど、わたしの想像は少しずつ軽くなっていった。

そうしてもう二年がたった。
タカダのことを思い出すことはぐんと減った。
わたしの「記憶のタカダ」もだんだん小さくなっていき、そして、ときおりそのことに抵抗するように、タカダという名前がふっと頭に浮かんだりもした。

逢魔が時の薄暗がりは、ときおりちがうものを見せてくれる。
その日、わたしはまたタカダのことを思い出していた。

あのとき、タカダがユウコと結婚してなくて、わたしと結婚してたらどうだろう?
そうしたら、タカダはまだ生きているんじゃないか?
タカダと結婚したかったわけじゃない。
でも、そうしたら、何かが違ってたんじゃないか?

「ユウコ、あんたなんかと結婚したから、タカダは死んだんだよ!」
赤信号で待ってるとき、わたしの口からとつぜんドロドロが言葉が飛び出した。
びっくりした!
なんなの? そんなこと思ったこともなかったのに。
ふつうに考えてもそれは違うのに。
交差点での風景は、広がっていく言葉に覆われて真っ黒になって、わたしは、夕闇に浮かび上がる赤信号をたよりにやっと家路についた。

家で降りたら外は漆黒の闇に変わっていた。

ちいさなちいさな恨みや後悔を、手に取ることは無駄だと言い聞かせてきた。
そのことに鬱屈すら感じたことはなかった。
だけどもある瞬間に、ザラザラとした砂が波にさらわれないままに残っていることに気づくのだ。

車のドアをあけると、いちだんと冷えた夜の空気にアタマがクリアになってくる。

ユウコの中にも、同じ海の砂が、同じように残っていたのかもしれない。
わたしがその存在に気づく前に、ユウコはその砂を、悲しみの中で掌に握りしめていたのかもしれない。

そう思ったとき、ユウコに対する無意識の不満が、スルスルと消えていくのがわかった。

ねえ、ユウコ。

わだかまりと思わないくらいのわだかまりも、この世界の中にはずっと流れているのかもしれないね。
誰も気づかなくても、そんなものがわたしたちの知らない浜辺にじっと溜まり続けていくんだろうね。


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2014年05月07日

書いてみた

テーマ「わたしが大人になったとき」
* (某所でのエッセイのテーマです。ぜんぜん関係ないけれど、書いてみました)

「取り立て屋を使ってみたらどう?」
不動産屋の女性がそう言った。
「うちに名刺を置いていったところがあるの。礼儀正しいしちゃんとしてた。うちはまだ使ったことないんだけど、料金もきちんと書いてあるし、悪い感じじゃなかったよ」
義父母の遺した四階だてのワンルームマンションが、健康なニワトリが毎朝卵を産むようにきちんと収益をあげたのは10年ほどだった。
老朽化もだが、家賃の滞納が悩みの種。
景気も悪いし、世の中も変わったんだろう、何度催促しても約束しても何ヶ月も滞納する人が増えた。
同年代の気心のしれた不動産屋の女性と、マンションの売却を画策していたのだが、春先に景気が上向きになり、とんとん拍子に買い手がついた。
それで、一番悪質な入居者だけは退出してもらうことを決めたのだった。

「取り立て屋」は家賃の取り立ても、追い出しも一定の手数料を払えばやってくれるのだという。
意を決して名刺の番号に電話すると、ガタイのいいダークスーツの男性が、上等な会社案内のパンフレットを持ってやってきた。
「私共は違法なことや悪質なことはけしていたしません」と、物腰柔らかに説明する。
だけども、その柔らかな言葉の裏に硬質なものが見え隠れして緊張した。
わたしは契約書にサインした。手数料を差し引けばたいした収入ではない。
だけども、これから先にマイナスを増やしていくよりかはいいと思った。

「いつもお世話になってます。入居している平田です。実はさきほどあなたの代理人と名乗る男から電話があったのですが」
入居者から電話があった。さっそくアクションがあったのだろう。
「私はこれは詐欺ではないかと思いまして。その人の言うことがどうしても信じられないものですから、大家さんと直接お話ししたいと思いまして」
いつになく丁寧な口調でだった。
「ええ、そうです、すべて任せました。これからは、お金のことはすべて彼と話してください」
空白がおとずれる。かなり長めの空白だった。
「これまで、困っているときも、とてもよくしていただきましたのに…」
今まで家賃を待ってもらったことにはとても感謝している、自分は本当に行くところがない、お金はなんとかして用立てるから、どうかそのままおいてもらえないだろうか? というようなことを本当に平身低頭の口調で彼は訴えた。
狭い町の中で入居者がどういう生活をしてきたかなんてすぐにわかる。
タクシー会社の配車係としてきちんと働いてきた頃は、共用階段の掃除などもみずからやってくれていた。
だがそこを辞め、いくつかのタクシー会社を渡り歩くうちに彼は変わってしまった。ギャンブルに手をだしているという噂も聞いた。家賃は何ヶ月も滞納するようになった。
そのあと「取り立て屋」からも電話がはいった。
「お金は払うが退出はかんべんしてくれと言われますがどうしましょうか?」
「だめです。退出させてください」
その後のふたりのやりとりをわたしは知らない。
仕事はほどなく完了し、手数料を支払った。
一度も入居者に会わずに、すべては終わった。

わたしはいつオトナになれたのかと思うとき、この一連のやりとりを思い出すのだ。
自分の生活のために、人の人生を踏みにじることだってわたしはできたのだ。
このときかぎりではない。
わたしはその後も、やむをえず他人の大切なものを奪った。
一度経験してしまえば、二度目もあるのだ。
大人として金や情報を使って、手段を手に入れるのは、プロメテウスの火を手に入れることに少し似ていると思った。
一度手に入れたからには、もっと謙虚に用心深く生きなければならない。



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2014年02月26日

セカイは言葉でできていない



歩きながらイルミネーション撮ったらこうなった





逆説的な言い回しに聞こえるけれど セカイはやっぱり言葉でできてはいないのだ
だからときどき 扉のずれた部屋にいたり
ゆらゆらゆれる海の底にいるみたいな気分になってしまうのだ

私だけの勝手な言葉をつなぎあわせて じぶんのちいさな橋をつくるのだ

ほんとうかもしれないし 嘘かもしれないけど
ちいさな毛糸をつなぎ合わせて そうしてそれを つなぐのだ

出会うたびに 出会う人ごとに
やっぱり扉はずれたままで
だからそのたびに ひとつひとつに言葉をつなげていく

あなたのことを放り出さなくてすんだ

ズレている場所を埋めていくのは けっこう楽しい
今は わたしはそう思ってる

そういうふうにすることが きらいじゃないってわかったから

だから もう それで いいのだ

わたしはどんなにズレた場所にいても
セカイのことが好きだし
あなたのことだって大好きだ


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2010年11月30日

言葉が散乱していって戻ってこない


元気ですか?
こちらはひとつの言葉が浮かんでは、「あ、これ」と思い、思っているうちにいつのまにか消えてしまうような毎日です。
そのときはたしかだと思うのに、案外そうではないようにも思えてくるのです。
つまりは元気でもあるし、元気ではないのかもしれない。
どちらがほんとうかわからないから、どちらもありなのでしょうが。
色とりどりの紙吹雪のように掌から風に飛んでいってしまうような感じでもあります。

この時期になると家の窓から見えていた白い山茶花の木がなくなりました。
かわりに新しい大きな建物の工事がはじまっています。

それから小菊がたくさん玄関に咲きました。
何年も咲いてなかったけれど、菊は辛抱強くそこにあったらしいのです。
まるで遠くの世界から誰かがいたずらをしてるような気分です。

そうそう。
最初に書こうと思ったタイトルはそういえば「世界は暗示に満ちている」でした。

少しずつなにかが変わっていく空気は、そういえば「世界は暗示に満ちている」という感じでもありました。
ところが何の暗示かもわからないうちに違う言葉がやってきました。

つぎの言葉は「奥歯をくいしばれ」でした。
サザンオールスターズの歌の名前です。別れた彼女に「嫌われ女になるからよせよ」っていう歌です。
作者は彼女と別れて悔しくて奥歯をくいしばっているのです。
悲しいと悔しいは、少し似ているけれど違います。後悔も似ているけれど違います。
そうこう思っているうちにその言葉も風に吹かれて飛んでいってしまいました。

人を傷つけた感触と、人とつながった感触はどちらが深く心にのこるのでしょうか?
度合いにも状況にもよるので、どちらとも言えないから愚問だと思います。
この問いもしばらく心に残っていたのだけれど、そして愚問という言葉に片付けられ、今はなくなってしまいました。

さきほども車を運転しながら、なにかの言葉がやってきて、激しくわたしを包んだのだけど、その言葉に至ってはどういう言葉なのかさえも思い出せません。

そういうわけで、今日も言葉をつかみ損ねました。
つかみ損ねたままに毎日が過ぎていきます。

言葉にならない怒りや喜びは、それでも世界中でやりとりされているような気がします。
遠い世界の戦争の話も、今すれちがった小さな子どものほほえみも。
明確な意志を持たずにそれは、大気の中を流れています。
それに感化されるのがわたしたちで、意志はすべてが意志というわけではないのかもしれません。

とりとめもなくなってしまいました。
何度もつかみそこねたすえに、いいわけじみた言葉を並べ立ててしまいました。

いつかまた、会える日があるとしたら。
その日までわたしは「つながる言葉」を探し続けていたいと思っています。
今度は言葉をつかみそこねないように。しっかりと。


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posted by noyuki at 15:25| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

モモ・クロニクル

君のことを忘れないようにちゃんと書き留めておきたいと思うのに、思い出すのがつらくて先へ先へと延ばしてしまうよ。
だけども、あまり伸ばしすぎるわけにもいかない。わたしの記憶力にはかぎりがあって、大切なことやかけがえのないまでもどんどん色あせてしまうからだ。
たくさんのことを、君はわたしたちにくれたはずなのに。



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posted by noyuki at 17:02| 福岡 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

「オレンジ」



 膝をついた格好で直立している。
 膝と膝の間には男の胸板がほどよく収まっており、その身体をもっと足元の方まで辿ってゆくと、身体と身体が直角に近いカタチで繋がっている。
 だけど、あたしの視界からはそういうふうには見えない。
 目をつむっている男の顔が、あたしのゆるやかな振動を受けて、ピントのぼやけた画面のようにブレている感じ。
 もっとも視力はすでに集中力を失っていて、意識は下腹部の奥の方の、小さな波が寄せては返すもどかしさ、もっと大きな波がまもなくやってくるであろう確信に満ちた予感の方に集まっている。
 そうして予想通りの大波がやってきて、のみ込まれる。
 きゅん、きゅん、きゅーんとした身体の震えに、意識が一箇所に集まって、力が抜ける。 
 あたしの外側は何ひとつなくなってしまう。
 男の身体も、腰骨を支えている男の両腕も、ベッドのきしみも。
 浮かびあがる球体が大きく膨らんで、それが粉々に分散して、波が引いていくのを待つだけの時間。
 その一瞬、あたしの外側は何ひとつなくなってしまう。

 つぎに気づいたときのあたしは、男の胸板に重なるように倒れ込んでいる。
 息がまだ荒いあたしを、男の両腕が支えていてくれていた。

*     *     *

「もう、こういうことはしない方がいいと思っているんだ」
 うん。しないにこしたことはないと思う。
 でも、正確に言うとあたしにはその逡巡はわからない。

 それなら最初から会わなければいいんだ。あたしに誘われるままにお酒を飲みすぎたりしてはいけないし、ホテルに誘われてもそのまま帰らなければいけない。
 ジーンズのベルトにあたしの手がかかろうと、けっして反応しないくらいの強い意志がれば、あたしだってそんなことはしない。

 男は、あたしの強い欲望を待っている。
 言い訳したり、自信がなかったり、覚悟がなかったりしながら、あたしがその場所へ連れていってくれるのを待っている。
 
 あたしは連れていかないよ。
 さっさとそう言ってしまいたいところだが、男の心の中にある、待ちの余白をあたしは見逃すことができない。
 
 見逃すことのできないあたしの暴力的な欲望に、男もあたしもしがみついているのだ。

*     *     *

 あたしたちが気の合う友達のままでいたら、何度も長電話したりいっしょにごはんを食べたり、もっと屈託なくできたに違いない。
 気の合う友達という位置はいつだって最適だ。
 そこにいるかぎり、けっして暴風雨が吹き荒れる日もこないし。
 わけのわからないものに翻弄されることもない。

 だから、最初にそう決めておくべきだったのだ。

 結局あたしたちはコイビトになることはできなかった。
 長い時間つきあってみて、それがわかった。
 コイビトという言葉の持つゆらぎとか、引き受けるべきものは重すぎて、とっくに放り投げてしまっていたし、放り投げることによってある程度傷つけあうこともあたしたちは十分に味わっていた。

 だけども、それで関係を断ってしまうほどの強さも持ち合わせていなかった。

 おそらくそういうカップルは世界中に、掃いて捨てる場所がないくらいに、たくさんいるような気がする。
 
 関係というのは、紙に書かれて定義されるような契約書のようにクリアじゃなくって、すごーくあいまいなものなのだと思う。

*     *     *

「ナオちゃんとはセックスしたんだよね?」

 あたしは、男の上に重なったまま、話のついでのふりをして尋ねる。
 
「やってないよ」 男は目をつむる。「家も近いし、共通の友達も多いからね。飲みに行ったりカラオケに行ったりすることはあるから、チャンスがないわけでもないではないけれど。でもね、やってないんだ」
 ウソかもしれない。ほんとかもしれない。
 あたしは、注意深く、接合した部分に意識を集中する。男が動揺していれば、屹立したものはそこにはなくなっていくはずだ。

 あたしのそういう集中を見透かした男は、やはり下半身に意識を集中する。
 だから、結局はそれを見極められない。

 あたしはことばを信じることにする。
 本当でもウソでもいい。ことばというカタチを持つものは、男の気持ちだから。気持ちの部分だけでも信じることができればいいからだ。

*     *     *

 朝まで飲んでいたという男が電話をしてきた。
 もう、大丈夫、お酒は抜けたから。
 お昼すぎにそうやって電話してきたのに、男は少し酔っている。

 なんでわかるかっていうと。
 彼は今、酔ってなければけしてできないような話をあたしにしているからだ。

「あのとき、ナオちゃんとやったかってどうして聞いたの? たしかにやったよ。でも、誰もそのことを知らないんだ。どうしてそう思ったんだ?」
 直感みたいなものだ。
 直感としか言いようがない。
 その直感を導き出した細部ももちろんあるのだけど、それについては言わない。
 その細部は何度もあたしに、わけのわからない感情をつきつけてきたのだから。

「ユウコと知り合う前の話だよ。ほんとに何度も何度もやったのは。今はもうしないんだ」

 かつてコイビトを目指していたあたしたちは、それをうまくやり通すことができずに一時期疎遠になっていた。
 ナオちゃんと飲みに行くようになったのはたぶんその頃だから、あたしと知り合う前というのは記憶ちがい、もしくはウソだ。
 あたしたちには共通の友人も多いし、どのグループで飲みに行くことが多いのかなんて情報を、あたしは意外と間違わない。

「ほんとに。知り合いの誰も知らないことなんだ。なんでユウコにわかったのか。正直びっくりしたよ」
 あたしと別れたからつきあったなんて都合のいいことは思わない。
 男はほんとになおちゃんが好きなのだと思う。
 だから、秘密にしておけなかったのだ。
 誰かに言いたくてたまらなかったのだ。
 そして同時に。
 あたしに秘密にしておけなかったのだ。

 何もかもあらいざらいにぶちまけてしまいたい衝動。
 そんな波はなにかの機会に、音もなくやってくるものだ。

 よくわかる。
 あたしはよくその衝動を感じていた。
 このまま、夫に洗いざらいぶちまけて、泣きながら許しを乞いたい衝動。

*     *     *

 それからあたしは夢を見る。
 
 男となおちゃんが腕を組んで歩いている夢。
 何度も何度も同じ夢を見る。

*     *     *

 本気で誰かを所有したい人間は恋愛なんてしちゃいけない。
 
 だから、そういう人間になるまい、男の前ではそういう人間ではいまい、と思いながらも、あたしは、自分のそういう部分に目を閉じることができない。

 バカだなあと思う。
 あたしはあと何度か、あの嫌な夢を見るのだろう。
 なおちゃんは、長い髪をなびかせて、それじゃあねって、あたしに言って、それから男と腕を組んで帰ってゆく。
 そんな感じの夢だ。

「ごはんだよ」
 子供の声が電話口の向こうで男にそう告げていた。
 そうして男は電話を切る。

 ほら。

 あたしたちはたくさんの現実を持っているじゃないか。
 いつまでも、モラトリアムの大学生じゃないんだから。

 あたしも夕飯を作ろう。
 窓の外には大きなオレンジ色の夕日の球体。

 落ちるまぎわの夕日がエクスタシーの瞬間の色に見えた。
 カーテンを閉めよう。
 夕飯はなににしよう。

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posted by noyuki at 16:28| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

ベランダの恋人

 ベランダの恋人との逢瀬はいつもベランダだ。
 携帯電話の着信音が聞こえる、わたしはそれを持ってベランダの戸を開ける。
「今、いい?」とベランダの恋人が尋ねる。「いいよぉ」わたしはそう答え、ベランダに置いた椅子に座る。

 南西を向いた広いベランダからは、公園に隣接したテニスコートが見える。制服を着た女子高生がスカートを翻しながらラケットを振っている。その向こうにはマンションが林立している。そのマンションの隙間を、箒に乗った魔女のように風が通り抜ける。

 わたしたち夫婦は、カナミが幼稚園の年中の頃にこの中古マンションを買った。
 13階建てのマンションの7階。そろそろ小学校を視野に入れて家を探したのだが、ベランダの広さに一目惚れした。
「ここに椅子とテーブルを置いてビールを飲むといいね」と夫が言って、ベランダ用の白い椅子と小さなテーブルを購入した。
 夏の夕暮れなど、そこでビールを飲む日ももちろんあるのだが、それ以外の日はわたしの専用のようなものだ。

 夕方、子供が帰ってくる前くらいの時間に、ベランダの恋人と電話で話したりする。
 今日の天気のこととか、地下鉄で読んだ本の話とか、たわいものない話をしながら、わたしは洗濯物を取り込んでテーブルの上に放ってゆく。
 冬の日の太陽がマンションのすきまに沈んでゆく。少しずつ軌道をずらしながらも、同じように沈んでゆく。
 退屈で昨日と今日の区別もつかないような一日も、言葉にすることで、ある種特別な一日になることを知った。
 言葉に変えることは、わたしたちのあいだで実体を持つことなのだ。ひとつひとつの出来事が言葉に変わってゆくのは楽しい。

 ベランダの恋人は遠いところに住んでいるのでめったには会えない。
 半年に一度とか一年に一度会えないことはないのだが、会っているときは楽しくて、そのあとは会えないのがさみしくなる。
 
 ベランダの恋人にはセックスが不似合いだ。
 めくるめく瞬間と、日常とのギャップで、わたしは帰るべき場所を失う。名前を持たないセックスは暴力的に日常を壊してしまった。ひとたび壊してしまったあとで、それがわたしたちの望みではないことにようやく気づいた。それからわたしたちは、もっともっと、穏やかに長らえることを選んだ。
 選べるまでに、とてつもなく長いぎくしゃくとした時間が流れた。それでもわたしたちがそれを選んだのは、けして間違いではなかったと思っている。

 ある日、わたしはその男のことを「ベランダの恋人」と名前をつけた。ベランダの恋人はその日から、夕暮れの空を通して繋がれるようになった。少しだけわかった。すべての関係には名前と適切な距離が必要なのだ。

 ここのところ一ヶ月ほど、ベランダの恋人からの音沙汰がない。
 メールを打っても返信さえもない。わたしは毎日、夕方ごとに携帯電話を持ってベランダに出た。携帯の電源は切れているようにも思えた。
 最後に話したのはどういう内容だったのか? 
 職場の検診でひっかかって、再検査に行かなければいけない、何事もないといいんだけどね。たぶん何もないよ。すごく元気そうな声だもの。でも、安心するために再検査するのは悪いことじゃないよ、そういうやりとりだったと思う。

 あれから何がどうなったのか? ベランダの恋人は病気だったのか? それともなにか別のトラブルを抱えたのか? それとも、もう、こんな関係はやめようとある朝ふっと思い立ち、わたしの携帯を着信拒否にしたのか?
 不自由な想像力は、悪い方向に走りだそうとするばかりだった。
 そうだ。いつもそうだ。
 わたしは悪いことばかりを想像する臆病な人間だったのだ。
 そうじゃないのは、ベランダの恋人がオプティミストだったからだ。
 わたしは、毎日家族の夕飯を作り、夫とビールを飲んだ。なのに、たったひとつの不安で、すべての景色が色褪せてしまっていた。夜になってベランダに鍵をかけてカーテンを閉めてしまう。するとそれだけでベランダの恋人の記憶をすべてを置き去りにしてしまうような気がした。    わたしのまったく知らないところで、ベランダの恋人は別の日常を生きている。それがどんなことであろうとも私は知らないままでいるしかない。今、もし、ベランダの恋人が遠い町で死に絶えていたとしても、わたしはそれすらも確認できないのだ。そう思うと、心の中に小さな黒い毛糸玉のようなモヤモヤがいくつも転がっていった。

 クリスマス休暇に入った。
 よけいにベランダの恋人は遠くなった。なにがあったとしても家族がベランダの恋人を支えてくれるだろうし、あるいは彼が家族を支えていることだってあるのだろう。
 そうしてわたしもまた、わたしの家族にそうすることが必要だった。

「今日はみんなでアイスクリームを食べに行こうか」と、その日夫が言って、わたしたち家族は流行のアイスクリームショップに並んだ。
「食べ終わったら、みんなのクリスマスプレゼントを選ぼう」
 日常ではないイベントにカナミが喜んだ。
 アイスクリームショップは長蛇の列だった、いろんな種類のアイスクリームの色鮮やかなメニューを見つめながらカナミも辛抱強く並んだ。
 そしてわたしたちの番がやってくる。
「今日はおまたせしてすみません。クリスマスだから、うたをうたいながら作りましょうね」
 小さなカナミにそう言って、ショップスタッフがみんなで声を上げてうたいながらアイスクリームをアレンジしていった。
I wish you a merry ice-cream! I wish you a merry ice-cream!

 カナミがぎゅっとわたしの手を握った。驚きと喜びの鼓動がその手がら伝わってきた。夫がその様子を笑いながら見ていた。
 クリスマスの魔法の粉を振りかけたアイスクリームにカナミが目を丸くして喜んだ。

 あたたかい歌声だった。
 そうだ、こんなふうに祈ればいいのだ。
 祈るのだ。悪いことを考える前に、いいことに変わるように祈るのだ。
 祈ればいい。
 悪いことを想像する前に、いいことに変わるようにと祈ればいいのだ。
 それだけで、世界の景色は、こんなにも簡単に変わってゆくのに。

 下を向いて、甘いアイスクリームをつつきながら、少しだけ泣いた。
 涙でアイスが塩味にとけるのを悟られないように、静かに、わたしは自分の中のペシミストのわたしを溶かしていった。

 夫にはトミーヒルフィガーのマフラーを選ぼう、カナミはなにが欲しいのだろうか、なんでも欲しがりだから時間がかかるかもしれない。彼女ができるまで、ゆっくりと時間をかけて選んでゆけばいい。
 それから、家に帰ったら、ちょっとの時間をかけてベランダでメールを打とう。

 届いても届かなくてもいい。
 届かない気持ちのやりとりで、世界がくるくるとその風景を変えてゆくなら。
 わたしは、ベランダの恋人のための、わたしたちの世界の風景を作っていけばいい。

 I wish you a merry Christmas!

 わたしたちの家族がその瞬間を楽しんでいるのと同じように。
 ベランダの恋人にもその気持が届きますように。



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2008年08月30日

Four dishes story

IMG_2140.JPG



「1.カレーライスクロニクル」

 カレーを煮込むのに半日かかったらしく、ショウタからの電話が入ったのは夕方の4時すぎだった。
「ケーキでも買って行こうか」と言ったが断られた。
「駅までバイクで迎えに行くから、ケーキをぶらさげて後ろに乗るのは無理だよ。あ、バイク、平気?」
「はじめてだけど、楽しみにしてる!」
 ユミはふわふわのスカートをあわててジーンズに替えた。
 はじめて行ったショウタの家で、手作りのカレーを食べた。スパイシーで手の込んだカレーだった。
「カイエンペッパーを入れすぎた、ごめんね、辛すぎるね」
「平気、辛いの大好きだから」
 結局二人はそのあとで、炎のようにぴりぴりしたお互いの唇をからめあうことになる。
 それが長い時間の始まりだった。

 子供のリョウが生まれてからは、ユミが甘いカレーを作った。
 ホットガラムマサラをバリバリかけながら食べる。辛口の二人にはもちろん物足りなかった。だが別の鍋にもうひと種類カレーを作る余裕もなく、リョウをお風呂に入れたりするのに手一杯だった。

 カレーが中辛になる頃には、三人揃って食べることが少なくなった。
 中学に入ったリョウは部活で遅かったし、本社勤務になったショウタは終電ぎりぎりに帰ることが多くなった。
 そんなとき、鍋の中にはとりあえずのカレーがあった。各自があたためて各自で食べる。
 カレーはバラバラの家族をつなげる基地のようなものだった。

 大学が決まってリョウが家を出た。
「はやく家を出たい」とも「まだ独立なんかしたくない」とも言わず、当たり前のように入学式に合わせて引っ越した。ショウタは軽トラをレンタルして引っ越しを手伝った。
「ほっとした」とも「さみしくなるな」とも誰も言わない。男たちは概して無口だ。
 子供が大きくなるのなんてあっというまよ。いろんな人にそう言われていたのに、実際の子育ての時間は無限のように長かった。ほっとできない、うっすらとした緊張感がずっとあった。
 それがいきなりすとん、と消えた。

 このまえ暇を持てあました日曜日に、二人でグリーンカレーを作った。
 ショウタがタマネギを飴色にした。ユミがチキンの大きさを整え、ココナッツミルクの缶を開けて丹念に濃さを調整した。
 香辛料を入れすぎた。あの日のショウタのカレーみたいにグリーンカレーは辛かった。
「やっぱり辛いカレーはおいしいね」
 ふうふう汗をかきながら、ショウタが言った。
「カレーじゃなくても辛いものはなんでも好きだね。私、寒いのが嫌いだから老後は物価の安い暑い国にでも住みたいな」
「おれはイヤだ。辛いものは好きだけど、暑いのは嫌いだ。エアコンがないと生きていけない。どうせおれの方が先に死ぬんだから、そのあとにユミは暑い国に行きなよ」
「わかんないよ。いきなり病気にかかって、わたしの方が先に死んだりして」
「それはないよ。死ぬのはぜったいおれが先だ」

 結婚した時、これでずっと一緒にいられると思ったけれど、それが幻想であるとすぐに気づいた。 死という別れが来ることが、ずっとユミの頭から離れなかった。
 だけどもずっと一緒にいたおかげなのか、今は、薄いベールのようなおたがいの死の影を、少し受け入れられた気がしている。
 独りで暑い国に住処を探すユミと、このキッチンで変わらずにカレーを作るショウタ。その両方を想像してみる。避けられないこととはいえ、どちらもさみしいに違いない。

 でもこればっかりはどうなるかわからないんだから。
 いろいろ考えないでのんきにカレーでも食べているのがいいのかも。
 結局は二人でそんなことを話して、 冷たい水をぐぐぐと飲み干した。


********************************************


「2.メモリーズ オブ パエリア」




「ヨシオって弟がいてさ、一回ユミを会わせたいんだ」
 ある日ショウタがそう言った。

 ヨシオ君は自閉症で、グループホームという所に住んでいて、昼間は軽作業の仕事をしているのだそうだ。
 ショウタがヨシオ君を家に連れてきた。
「ユミさん、はじめまして、よろしくお願いします」
 短く髪を切りそろえた痩せて色白のヨシオ君は、中学生のように幼くみえた。
 ユミはパエリアを用意した。その鍋をテーブルに置いたもののヨシオ君は全く手をつけない。ショウタが気づいて、それを皿につぎわけた。
「てきとーに分けるってことが、ヨシオにはむつかしいんだ。けれど、生活にはそれほど困らない」
 ヨシオ君は封筒に冊子を入れる仕事のことや、自分でやれる家事のことを話してくれた。話をしているうちに、ユミはヨシオ君のことが好きになった。ひとつひとつの言葉を自分の引き出しから取り出すように喋る姿が、とてもおだやかだったからだ。

「その印象のとおりだよ」ヨシオ君を送り届けてからショウタは言った。「感じるよりか、自分の引き出しのパターンを使って会話するのがヨシオなんだ。だけど、小さい頃は友達とのやりとりができなくて小学校をドロップアウトした。 今でもヨシオは曖昧な指示や考え方を求められると困ってしまうんだ。 だけど職場の人はヨシオの特性を理解して、できる仕事をたくさん任せてくれる。自分の居場所を与えられて生き生きしてるヨシオが今は僕の誇りなんだ」とショウタは言った。

 その年の冬にヨシオ君は肺炎をこじらせてあっけなくこの世を去った。22歳だった。
 ショウタは気づけなかった自分を責めた。両親の落胆も並大抵ではなかった。
 春に控えていた結婚式を辞めようとしたが、両親はヨシオ君が楽しみにしていたからと言って列席してくれた。

 二年生になった子供のリョウが、食卓のテーブルで宿題をしている。
「新しい」という漢字を三回続けて書いていた。しばらくして「漢字は覚えたかな?」とショウタが尋ね、リョウは当たり前のように「新しい」と鉛筆で書いた。ショウタはちらりと複雑な顔をした。
「漢字を覚えられなかったんだ、おれ。ノートに1ページ書いても覚えられない。集中してないんだって親に怒られたけれど、集中しても覚えられなかった。算数も理科も得意だったのに、漢字だけがどうしてもダメだったんだ」ショウタは言った。「でもきっと、そんなふうに、本当は誰だってバランスが悪いんだよ。それを少しずつ修正しながら社会というサークルの中に入っていけただけなんだ。不幸にもヨシオはたまたまバランスがもう少し悪くて、それでよけいな苦労をしたんだろうな」
 遺伝子のことを考えていたんだとショウタは言った。自閉症は遺伝子に関係があるのだそうだ。リョウがヨシオのようだったらと悩んでいたのだという。ヨシオのことを誇りに思っているのに、それでもリョウはどうなんだろう心配してしまう自分がとてもイヤなんだとショウタは告白した。

 休日の夜、リョウが寝たあとに二人でビールを飲んでいる時、ショウタはよくヨシオ君の話をする。
 忘れたくない記憶をたぐるような些細な話ばかりだ。幼い頃、苛立って冷たくしたことや、苛められるとかばっていたこと、オトナになってからの成長の記憶。小さなエピソードをショウタは光る石のように拾い上げる。 
 ユミはパエリアの日しか知らなかったのに、どんどん記憶が増えていった。
 ヨシオ君をまんなかにしてビールを飲む夜は、ヨシオ君も一緒に笑っているみたいだ。
 今ここにいなくても、ヨシオ君はだんだん近しい家族になってきた。



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「3.デパチカ・カニクリームコロッケ」



 休日の北天神のカフェでひさしぶりにナツコと会った。ナツコのストレートの猫っ毛は昔とちっとも変わらない。それから身体のラインのわかる黒のニットのワンピース。これは自分にはとても無理だとユミは思う。
 会社の同僚だったナツコは今も独身で、あの頃よりもずっと責任のある仕事をしている。

 最近はふたりで会話の小道を歩いていて、うっかり地雷を踏んでしまうことが多くなった。それが何なのか踏んでしまうまでわからない。だから用心のしようもない。
 
 その日ユミは、小学校や地域のボランティア活動のことを喋っていた。ボランティアというのは名ばかりの強制で、バザーや校内の夏休みの清掃に行かされる。おまけに同じ母親なのに言ってることの理屈がまるでわからない。そんなことを延々を話してしまったけれど、それはナツコにしてみれば海の向こうの小さな紛争のようなものだったのだろう。
「それでもユミみたいな扶養家族は税金とか控除がいっぱいあるのよね。税制は独身女にはもっと冷たいものなのよ。国は、あなたたちのことをタダで使える自分の奥さんくらいに思ってるんじゃないの?」とナツコは言った。
 それが税制に対する不満なのか、仕事をしないユミのふがいなさへの不満なのか、自分の立場への不満なのかわからなかったけど、紛争の当事者には少々的外れで残酷な手触りのものだったのはたしかだった。
 
 そういえば同期のヒロシがこの前突然メールをくれた。ナツコと三人で毎週末遊び回っていた仲間だった。
「ユミもなかなか外に出れない? ときにはみんなで飲みに行こう」という内容だった。
 思い出してヒロシの近況を尋ねてみた。
「二人めがもうすぐ生まれるらしいよ。 奥さんは今、子供を連れて実家に里帰りだって。今はさえないおじさんよ」
 これまたばっさりやられてしまった。

 ずっと友達でずっと同じ場所にいると思ってるのに、本当はすごく離れた場所にいるんだなあとユミは思う。だからわたしたちは、会うとすごくちぐはぐなのだ。わたしもヒロシもいつだって、その場所に戻れるように錯覚してるのに。

 家族という仕事は夜になっても終わらない。家族は仕事じゃないけれど、終わらない残業しているような気分になるときだってある。食べたくないのに夕飯を作らなきゃいけない日もあるし、子供は表計算みたいに入力すれば結果が出るってわけにはいかない。自分で産んだ子供なんだから、って言われればそれまでだけど、 そんな言葉でさえも、わたしたちをあっさり檻の中に隔離してしまうのだ。

 ねえ、想像力があればわかるなんて嘘だよね。 おたがい立場が違うだけでわからないことだっていっぱいある。想像してわかることがあるとすれば、自分の世界の外側には想像してもわからないことがたくさんあるってことだけだよね。
 そんなことを心でつぶやきながらユミは、今朝テレビで見た戦争の中継画像を思い出した。
  
 話が盛り上がらないままにナツコは「まだ買い物があるから」と言って、唐突に席を立つ。
 ああ、とか思うけれど、また時間がたって一緒にお茶でも飲めればいいなとユミは思う。

 そろそろショウタもリョウもおなかをすかせている頃だろう。デパチカでカニクリームを買って帰ろうか。
 何度か作ってみたコロッケはどれもパサパサの失敗作だった。どれだけ愛情注いでも手間とか時間をかけても、うまくいかない時もある。
 二人はデパチカのコロッケこそがごちそうだと思っている。
 主婦だからコロッケくらいは手作りで、とずっと思っていたけれど、作れなくったってそんなに困らないか。


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「4.ラーメンランチ 」



 こういうのは、やはり引きこもりって言うんだろうか? とユミは思う。
 高校に入ってからリョウはまったく外出しなくなった。いや、高校だけは毎日通っている。だが帰宅すると一歩も外に出ない。コンビニにも立ち寄らず、家の二軒隣の自販機までも行かないのだ。長い夏休みでさえもきっぱりと家の中にいる。ユミにジュースや雑誌を頼む日もあったが、部屋に閉じこもるばかりで会話もめっきり減ってしまった。
 確実と言われていた志望高校に落ちた。滑り止めの高校には同じ中学のみっちゃんがいたけれど、質実剛健の男子校に馴染めなかった彼は早々に中退してしまった。
 思春期だもの、気のすむまで悩めばいいんだよ、とショウタに言われ、見守ろうとは思うものの、家の空気がリョウの分だけ重かった。

 日曜のお昼にショウタと二人でラーメンを食べに行く。リョウにはコンビニの弁当を買って与えた。とにかく外食がしたかった。

 混んでいる店内で、ショウタが背の高い店員に注文をした。
「えっと。ラーメン大盛りと並みがひとつずつに、ご飯がひとつ、ホルモンひとつですね」
 金髪にピアスをした眉毛のない店員がたどたどしく 繰り返す。
「おい。もしかして、みっちゃんじゃないか」
 ショウタがそう囁いたので見上げると、みっちゃんが照れくさそうに笑っていた。

 はじめてのバイトなんだろう。ずっと手持ちぶさたで立っている。それからテーブルの片づけに呼ばれ、どんぶりを片付け、ていねいに台ふきで拭きあげた。きっとまだ、できることが少ないのだろう。

「お待たせしました」
 店主らしき別の男性とみっちゃんがふたりでラーメンを運んできた。
「えっと、大盛りはどちら?」 とか言いながらどんぶりを置いて、それから店主が伝票を確認する。ご飯とホルモンがまだなのに気づいた。
「おい、ご飯とホルモン、持ってきてないよ、これを先に持ってくるんだよ、お客さんすいませんね」
 それから別の店員がご飯とホルモンを持ってきた。

 みっちゃんはわたしたちの前で怒られたから恥ずかしかっただろうか?
 恥ずかしくても傷ついてはいないと思う。 みっちゃんが傷つくのは悪意のある言葉だけで、そんなものにたくさん傷ついてきたけど、真面目な忠告はまっすぐに受け止められる子だったからだ。そうだ。中学生活がうなくいかなかったみっちゃんは、いつもウチに寄っては、他愛もない話をしながらリョウとゲームをしていた。

 それからもみっちゃんは背筋をピンと伸ばして、自分のできる仕事が見つかるのを、じっと立ったまま待っていた。 少し緊張した顔がまぶしかった。
「すいませんね、ごはんとホルモン、遅くなっちゃって」
支払いのときに店主が言った。
「あ、ぜんぜんかまわないです」
と答える。
 ホルモンが遅くったってぜんぜん構わないです。その代わり、みっちゃんのことをお願いします。みっちゃんのご両親とかまわりの大人とかが、教えられなかったことをいっぱい教えてやってください。ほんと眉毛ないけど真面目な子なんです、ただ傷つきやすくて回り道が多かっただけだから。 彼が自分を誇れるように。どうかよろしくお願いします。
 ユミは心の中で深々と店主に頭をさげた。

 リョウもいつか......とユミは思う。巣箱の中で守られる時間はそんなに長くはないだろう。リョウもいつか、家族以外の誰かを頼れる日が来ますように。誰かのあたたかい言葉、誰かの親身な言葉に出会えて、いつか、わたしたちの外側に広がる限りない世界と繋がっていけますように。




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2008年05月23日

プロット

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 人を好きになるとすごくあたたかい気持ちになるのに。
 誰かを手にいれたいと思う気持ちはすごく暴力的だ。

 いっかい人格を壊してみる。
 きっとそこから始まれる。

 人を好きになるとすごくあたたかい気持ちになるのに。
 誰かを手にいれたいと思う気持ちはすごく暴力的だ。

 それはすごく矛盾している。

 この矛盾を言葉にしたくて、何度も何度も書いては消すのに。
 それでもそれを言葉にできない。

 君と話しているといつも、その世界だけがすべてだと思うのに。
 手に入れたいと思うとき、その世界すらも壊してしまいそうになるのだ。
 まるで意志とは関係なく、降りしきる、暴風雨みたいだ。

 きっといくつもある人格だもの。
 ここにある世界だって、わたしのココロの中の小さな部屋にすぎないのだし。
 わたしはここから出て、またふつうの日常にだって戻れるのだから。
 君の前にいるわたしのひとつくらい、人格が壊れてたってどうってことないって。

 わたしは、とっさに自分に、そう言い聞かせるのだ。


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2007年12月22日

幸福日和 β-1

 ずっと昔、テレビのワイドショーで見たニュースおぼろげながら覚えている。
 好きだった歌手が離婚して若い芸能人と再婚したニュースだった。無名の頃からそのロックシンガーを支えてきた妻は「糟糠の妻」という古い言葉で表現され、ちょっとセクシーなアイドルだった若い妻が略奪したような扱いだったと思う。
 そのときわたしは「糟糠の妻」に不思議な共感を感じた。いつかわたしはこんなふうに捨てられ、夫は若い女とどこか遠くに行ってしまうのではないだろうか。そのときわたしはこの「糟糠の妻」と同じようなことを感じるのではないだろうか。ただ漠然とそんな予感がしたのだ。

 当時の夫は出版社に入社して数年目で何の役職もなく忙しいばかりで、人はいいけれどモテるタイプではなかった。だから、その妄想はただの不安感に違いないと片づけた。
 わたしは結婚を期に仕事を辞めて妊娠したばかりだったし、いわゆるマタニティブルーのせいで、わけのわからない不安がときどき波のように襲ってきていたからだ。

 結果として夫は別の女と再婚することはなかった。
 夫は末期癌のすえに亡くなり、最期を看取ったのはわたしだったからだ。

 現役のサラリーマンから休職、そして入退院を繰り返し、薬の副作用に苦しみ、やせ細る夫を見るのは並大抵のつらさではなかった。最期はホスピスに入ったもののモルヒネだけですべてが収まるわけではない。もういい、こんなに苦しむなら楽にしてあげたい、そう思うことも幾度となくあった。
 だけども今になって思う。
 あの入院期間のあいだにわたしは、夫のゆるやかな死を少しずつ受け入れてきたのだと。
 もし、これが突然の死だったらもっと取り乱していただろう。だけども、少なくとも長い時間をかけてわたしは夫の死を受け入れてこられた。永遠に続くとも思えた長い闘病にも寄り添ってあげられた。
 娘の果菜がミュージカルをやっていたので、かけもちが大変な時期もあったが、それでもわたしは、夫というパートナーの死をただひとり全身で受け止めてあげられたと思っている。
 
 喪失感は今もなくならない。
 大切な人を失った生活は今もモノクロの世界にわたしをとどまらせている。
 
 それでもわたしには、最期まで夫に寄り添ってあげられたという自負だけがあった。
 それがこんなカタチで崩れるなんて思いもしなかった。
 
********************************

「お子様が生まれたのはご主人がなくなる二日前でした。そのお子様の認知と遺産の分与をご主人が望まれています」

 何を言っているのだろうか、この弁護士は。
 誰かがわたしを騙そうと悪意で連れてきた偽者ではないのか? こんな唐突な話を信じられるわけがない。
 なのにその弁護士が携えてきたのは、紛れもなく夫の筆跡の長い手紙だった。

 手紙は詫び状と言っていいような内容だった。わたし以外にもう一人愛する女性がいて、彼女が子供を産むことになった。その子供を認知したいこと、ある程度の金銭を渡したいこと。そうして、生前に何度も言おうとして言えなかったこと、とても傷つけてすまないということ、それからわたしと果菜を変わりなく愛していることが綴られていた。

 亡くなる二日前に子供が生まれたってどういうことなんだろう。
 受胎の時期は、夫は入退院を繰り返していた頃だ。体調だってよくなかった。わたしは果菜に付き添う日を除いてはほとんど夫と一緒だったのだし、そういうタイミングがいつあったのだろうか?
 わたしのいない日を見計らったっていうこと? そうしてその日に...一体どこで...?
 いや、それ以前に、夫の子供だっていう証拠がどこにあるのだろうか?

 弁護士が帰ったあとも放心したままで涙すら出なかった。
 そもそも、癌で先のない人間を彼女はどうして愛そうと思ったのだろうか。なんの打算? なんの独占欲? あるいは同情心?
 夫の遺言書が法的効力があることを述べて、弁護士はすべてのことをとどこおりなくやってのけた。
 わたしがどれだけショックを受けようが泣きわめこうが、そういうことは自分の仕事にはまったく関係がないとでもいうように。
 
 そういうふうにして、身体がすでに消えてしまった夫の心を、わたしはもう一度失ってしまった。

**********************

 覚悟はしていたけれど、夫のいない日は毎日がどんよりとした曇り空だった。
 誰かに声をかけられるのもイヤで外出もしなかった。早すぎる死を悼んでくれるのはわかるが、わたしの友人たちの夫はほぼ健在だ。そのことが否応なく押し寄せてくる瞬間がつらかった。
 果菜もミュージカルのレッスンを辞めてしまった。申し訳ないけれどそれもありがたかった。どんな慰めの言葉も届かなかったし、わたしはわたしの中の「夫とその女」との関係を自問するのにいっぱいいっぱいだったからだ。

 そのうち果菜は近所の女友だちを家に招くようになった。
 離婚していて父親がいないらしい。詳しい内容はわからないが「あんなひどい言い合いする親をみないで済んだ分は、果菜ちゃんの方がいいかも」と、言ってるのが部屋のドア越しに聞こえた。
 どんなケンカをしても、死んでいなくなるよりもマシではないかとわたしは思うのだが、父親のいないさみしさを抱えているのが自分だけではないと思えただけでも果菜にとってはよかったようだ。
 どちらかというと口数の少ないおとなしい友だちと、果菜は部屋でふたりで話す日々が増えた。
 金曜日は夕食に招きたいと言いだして、それから毎週金曜日にウチで食事をするようになった。
 母親は恐縮して電話を入れてくれた。こちらも娘がふさぎ込んでいたのでありがたいと言ったら、「実はウチもそうだったんです」と言われた。
 悲しみは、誰かと分け合うことで、少しずつ薄められてゆく。少なくとも果菜は、そういう相手を見つけられた。
 
 わたしは。
 見つけられない。
 夫の死よりも受け入れがたい事実を、わたしは誰にも告白することができない。誰にも言えない分、わだかまりだけが真っ黒い毛糸のように胸の中で大きくなってゆくばかりだった。
 
********************

 どこにも行かない毎日に夫の遺品の整理ばかりをして過ごした。
 会社の方が持ってきてくれた夫の私物。それから、コートや手帳。そういうものをひとつひとつ眺めてはしまっていった。
 夫は病で倒れるまではかなり忙しい毎日だったのだろう。会議や人と会う時間が小刻みに手帳には記されていた。だけどもその女と会った日はどこにも証拠が残されていなかった。
 手帳には書けない関係だと自分でもわかっていたのだろうか。

 それから大事なものを忘れていたことに気づいた。夫の携帯電話だ。ずっと病室に持っていたので、退院の荷物の中に入っていたはずなのにすっかり失念していた。
 慌てて充電して画面が現れると、その待ち受け画面の中で果菜とわたしが笑っていた。
 仕事が不規則な夫が電話をかけてくることは少なかったし、わたしからかけることもなかったけれど、用事があるときはいつでも読めるようにメールに入れておくことが多かった。

 いつも電話口に出られないとしても、夫は必ずメールは読んでくれていた。その感覚は今でも変わらない。
 天国にでさえも、メールを送ればいつかは読んでくれるのではないだろうか?
 携帯ならばどこにいたっていつかは連絡がつく。わたしはそう思っているのに、夫は携帯の届かない場所に行ってしまった。
 携帯の届かない場所。
 今時そんな場所なんてあるのだろうか。

 そうだ。ここにならあるだろうか。その女との履歴が。
 夫の携帯を盗み見るなんて考えたこともなかったし、今だって罪悪感は変わらない。だけども、わたしはそれを知らなければどこへも行けない。
 そう思って着信発信履歴を見てみたがどれが誰なのかよくわからない。会社、取引先、サカモト、ああ、これは一度お見舞いに来てくださった方だ。会社の女性が一緒だった。
 彼女、なのだろうか?

 メールの送信リストもひとつひとつ眺めてみた。
 ( ^ ^ )
 このマークだけのメールが並んでいた。
 果菜が心配しないで学校に行けるように、そしてわたしが安心して朝目覚められるように。長いメールは無理だけど、これを毎朝送ります、と言って、夫は毎朝このメールを送ってくれていたのだった。
 
 しかし。それは我が家にだけではなかった。

 園田という宛先に、毎朝我が家と同時にこのメールが送られていた。
 園田。きっとそれが彼女の名前なのだろう。彼女にも安否を知らせるメールは届いていたのだ。
 わたしたちだけが夫に気遣われていたと思っていたのに。彼女にも......

 やはり裏切られたような悲しい気持。選ばれていたと思っていた自分が選ばれてなかったという気持。わたしよりも愛されていた人がいたのだという気持がこみあげた。
 長く夫婦をやっていると愛情は薄れるものなのだろうか。わたしは果菜の稽古事にかまけすぎて夫をおろそかにしている所があったのかもしれない。だけども、いつ帰ってくるとも知れない不規則な夫を二人で待つことなんてできない。夫は夫の、わたしたちはわたしたちのやるべきことをしていて、それでもわたしたちは夫婦だったはずだ。

 全部で200通の送信が記録されていて、わたしはそのひとつひとつを読んでいった。
 最初の頃には会社への業務の連絡や休業の手続きの依頼などもあった。取引相手へのエクスキューズもあった。園田という女性へ近況を知らせるメールもあった。そして。だんだんと( ^ ^ )だけになってゆく。

 その数をひとつひとつ数えてゆく。
 洗濯物や欲しい本のことなどわたしに書いたメールが全部で87通。園田さんへも87通だった。
 87勝87敗。引き分け。
 
 なんてフェアな人なんだ。
 どちらが大切かなんて絶対に決めさせない。完璧なフェアプレイ。これが夫だ。
 ずるい、ずるすぎる。両天秤の答えを天国まで持っていってしまうなんて。
 するすぎるフェアプレイだ。

*******************

「分骨の件、承知していただいたと解釈してよろしいんですね」
 夫の雇った弁護士は、同情も何も覗かせないクールなところが苦手だったが、よく考えてみたら、こういう案件だからこそ、そういう対応が一番いいのだろう。
 実際に覚悟を決めて弁護士事務所を訪れたわたしには、その事務的な物言いに少しばかりの安堵すら覚えた。

「奥様が了解してくださるのなら、園田花織さんに白石さんの遺骨を分けてほしいという内容でしたね。こちらでお預かりするというカタチでよろしいでしょうか? 」
 
 弁護士は上着を脱いで白地にペンシルストライプのシャツだけだ。彼に委託するのが本来のやり方なのだろうか。だけど、わたしはそのときは心を決めていた。
「いえ。大事なものなので、できれば直接園田さんにお渡しするつもりです」

 弁護士はしばらく考えた。片肘をついて、手を耳にあてて何かを考えている。しばらく考えてから、彼は言った。
「それではそういうことでお願いします。遺言書にはそのことに関する詳しい希望もなかったし。ただ......」
「ただ?」
「園田さんは、当初、遺産の分与をのぞんでおられませんでした。自分で決めたことで白石さんの家族に迷惑かけたくないということでした。認知も、戸籍に記載されることを心配されていました。なんていうか.......奥様にも忸怩としたものがあるのはご理解できますが......」
「わたしが、園田さんを責めるのではないかと心配されてるのですね」
「白石さんはそれを望んでおられません」
「わたしもそれは同じです。彼女を責めても、もう、絶対にわからないことを置いて彼は逝ってしまったんです。責めてどうなるわけでもない。正直そのことは、今でもわたしを苦しめています。でも、もう一生わからないことなんです。夫にとって園田さんは大切な人だったのでしょう。そういう意味では一度お会いしてみたいとは思っています。だけども彼は家族も同様に愛していたと信じたい。そのことを素直に認めて謝った白石の意志を尊重したいだけです」

「わかりました。それではこの件は奥様にお任せします。まだ、おさみしいことも多いと思いますが。ご健闘をお祈りします」

 弁護士に頭を下げて事務所を出た。
 さわやかでも憂鬱でもなかった。
 わたしが言った言葉は嘘だらけだった。だけども、ほんとうの気持ちもほんとうの言葉も、わたしにはわからなかった。

***************************

 園田花織は外出中だった。しばらく考えたすえに管理人さんに待たせてもらうことにした。「ご健闘をお祈りします」という弁護士の言葉が今更ながらに身にしみた。認めたくない人に会うのはなんと勇気のいることだろう。

 そういう意味では園田花織にとってのわたしも認めたくない人だったのかもしれない。
 なぜだかもっと目鼻立ちのはきりした大柄な女性を想像していたのに、彼女はもっと平凡で恐縮のあまりに縮こまってしまいそうな顔をしていた。とても迷惑をかけたことを詫び、家の中が散らかっていることを詫び、赤ん坊がむずかって泣くたびに席を立つことを恐縮した。
 彼女はわたしのイメージの中の園田花織とはかけ離れていた。もっと押しの強く意志のはっきりした女性を想像していた。なのに誠実すぎて迷惑をかけた自分を責めるようなところさえ見せる。
 だから。だから夫が惹かれたのかもしれないし。だから夫に惹かれたのかもしれない。
「ほんとうに奥様にはご迷惑をかけてしまって」と下を向く、わたしよりもずっと若く肌のつややかな女性。なのに、愛する人を失った悲しさのせいか、その肌はあふれるような若さを消し去って何も主張しなくなっていた。
 
 そうか。
 白石を失った悲しみを彼女も抱えているんだ。
 わたしと同じ悲しみ。
 自分と同じように愛されていた人がもうひとり目の前にいるという、複雑な空虚さ。
 わたしが、誰とも分かち合えないと思っていた悲しみ。 

 赤ん坊が泣いていた。
 寝むずがっている子供を前に、園田花織は恐縮した。手足が意に反して動いてなかなか眠れないのだろう。そういうものなのよ、と言って手を握ると、子供はすやすやと寝息をたてはじめた。
 夫の血を引いた子供だが、夫に似ているようには思えない。園田花織の方によく似ているような気がした。だけども成長していくうちに子供の顔はどんどん変わってゆく。もう少し大きくなったら、この子は夫と同じような笑い方をするようになるのだろうか?
 それでもこの子は.......わたしの子供ではないのだ。

 彼女は、わたしが果菜に夫のおもかげを求めるように、この子を忘れ形見として育てていくのだろう。
 わたしには関われない場所で。わたしと同じ人を失った悲しみを抱えながら。
 「もう、どうでもよくなりました」
 そういうのが精一杯でわたしは涙があふれそうになって、それからこの場所を一刻も早く去ろうと席を立った。

 園田花織と手を取り合って、大切な人を失った悲しみに抱き合って号泣したい衝動に駆られていた。
 ふたりで白石を思いながら、わたしたちにしかわからない喪失感にふたりで泣きわめきたかった。
 だけど、そうしてどうなる。
 それと引き換えにわたしは、その悲しみが自分だけのものではないことに、このあと何年も苦しむにちがいないのだ。

 それだけでいい。誰にもわからないと思っていた悲しみを、わたしは園田花織とふたりで抱えていることを知り得た。
 それだけでいい。あとは、何も考えてはいけない。
 それだけでいい。園田花織親子は、そのままわたしの知らない場所で生きるべきだ。
 わたしはそれ以上のことに関わってはいけないのだ。
 
 そう決めたのがわたしなのか、それとも、死後もずっと息づいている夫の意志なのかわたしにはわからない。わたしはそれ以上のことを何も求めてはいけないと強く感じて、彼女のマンションから走り去った。

*************

 歩道を歩きながら、どんどんどんどん涙がとめどなく溢れていた。
 夫は誠実な人だった。
 だけど生きているかぎり、誰かを好きになる日もあるのだろう。
 その理由なんて、今となってはなにもわからないし。これから先、どんなに考えてもわからないにちがいない。

 もう、本当にどうでもいい。
 わからないことはわからない。
 わかることはひとつだけ、園田花織の中に、わたしが誰とも分かち合えなかった同質のものがあったということ、ただ、それだけだ。
 一生わからないことを抱えて、わたしは生きていくだけだ。
 一生わからないことを抱えていたって、きっと、生きていけるはずだ。

 もう一生会わないだろうけど、狭い東京の空の下で、わたしと園田花織はいつか出会うのかもしれない。
 そのとき、あの男の子の成長した姿を見て、もう一度手を握ってみたいけれど、そんな日もいつかはあるんだろうか。

 遠い未来のその日のことを想像してみた。
 見上げると涙にかすんだ狭い東京の空が、どこまでも高く青く澄んでいるように見えた。





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posted by noyuki at 22:08| 福岡 ☔| Comment(6) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年05月21日

彼女の地雷 わたしの地雷

IMG_0825.JPG


 北天神のカフェの二人がけの椅子に座ってアイスティーを飲みながら、ひさしぶりに長い時間をかけて話をした。
 彼女のストレートの猫っ毛は自然な感じの栗色で、昔とちっとも変わらない。
 それからわたしはときどき彼女の地雷を踏んでしまう。これも相変わらずのパターンだ。
 それが何なのかは、踏んでしまうまでわからないものだから、わたしには用心しようがない。
 
 一緒の職場にしばらくいてから、わたしは結婚して仕事を離れ、彼女はステップアップして別の会社でもっと責任のある仕事をしている。
 たとえば、何気なく噂した昔の同僚が彼女と今絶好状態にあることを知らなかったり。聞かれるままに自分の子供の成長を喋っているうちに、彼女自身がなんとなく不安な気持ちになってしまっていたりして。
 それで地雷を踏んでしまったことにわたしが気づくのだ。

 彼女は無意識に地雷を踏んでしまったわたしを責めないけれど、どんどん話のトーンが落ちてゆくのがわかる。そうして弱々しく笑って「まだ買い物があるから」とか言って席を立つ。
 わたしは何度かそういう場面に遭遇しては、ああ、とか思うけれど、それ以上心配することも最近はなくなって、また時間がたって一緒にお茶でも飲めればいいなと思って、しばらくそのまま椅子に座っている。
 
 休日が終わりに近づいた薄闇の中で彼女はどんなことを考えるのだろうか、と思う。
 
 それでもそんな彼女がわたしは好きなのだ。
 いつまでたってもハガネのように無神経になれない彼女が好きなのだ。
 きっと何年たってもそのことを彼女は説明しないだろうし、説明されたってわかりっこないだろう。
 地雷は不幸にもたまたま、わたしが歩いた場所にあっただけ。だから、恨みはしないって思ってくれてるような気がして。それでまた、いつかの日曜日に会いたいなと思ってしまうのだ。

 ねえ。

 わたしたちはたぶん、かつて同じ人を好きだったんだよね。
 時期は違うかもしれないけれど、わたしたちはある時期、同じ人を好きだったんだよね。
 それは、のちのわたしの結婚相手とも違うし、彼女が結婚しようと思っていてぎりぎりに破談にしてしまって大騒ぎになった相手とも違う。
 お互いに、すごく微妙な時期にわたしたちは彼に惹かれていたのかもしれない。あるいはそれは「好き」というよりももっと微妙な惹かれ方だったのかもしれない。
 彼女はそれを尋ねることが、わたしの地雷だと思って用心深くそのことを避けてるのかもしれない。
 あるいは、それもまた、彼女自身の地雷かもしれない。
 だから、わたしたちは、けっしてそのことを口にしない。
 たぶん、一生、わたしたちは、そのことを話さないにちがいない。

 だけど。
 その人に惹かれたことを含めて、わたしは彼女のことが好きなのだろうと思っている。

 アイスティーの氷が溶けてしまって、グラスが汗をかきはじめた。
 そろそろわたしも席を立って、自分の家に帰ることにしよう。

 推測は永遠に推測のまま。
 謎は永遠に謎のまま。

 

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2006年01月19日

君のような月

20051205200941.jpg


夜に車を運転してると、左前方に大きな満月がありました。
東に向かうメインストリートの両はじの景色はどんどん変わるけど。
デパートが郵便局になってイタリアンレストランの看板が教会の入り口になろうとも、信号が青に変わって急発進させてみようとも。
ずっと視界のすみっこの満月だけはいっしょに走ってゆくのです。

君のような月だと思いました。

カタチが変わっていろんな印象に見えるところも気分の塞ぐ雨の日にはけっして見えないところもずっとそこにあるはずなのにうっかり存在を忘れてしまうところも。

みんな含めて、君のような月だと思いました。

いつかは消える存在であることは君もわたしも変わりなく、長い年月をのぼってゆけばその月もまた存在しなくなるものかもしれません。
今だって、この信号が変われば今度は右折して、すぐに月は見えなくなってしまうのです。

しかし、君のような月だと思った記憶は。
つぎに月を見る日も何年も先に月を見る夜も月の見えない夜にも。
永遠のように脳細胞の片隅に残ってくれるような気が今はしているのです。


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2005年07月09日

クローゼットの片隅で

 クローゼットの片隅に、車に轢かれたブラが死んでいる。
 ツモリチサトのデザインで、白に薄紫とピンクの幾何学模様。コットン100%の質感がとってもお気に入りだった。

「着替えと財布と免許証はここね」
 そう言って、車のルーフの上にビニルポーチを置いた。正太郎はボディボードをふたつ、器用に車の中に収めながら、それに頷く。
「おれのトランクスとかも一緒に入れてる?」
「もちろん!」
 わたしたちは、今朝正太郎の家で待ち合わせて水着に着替えた。梅雨あけの空は湿り気を一掃してくれたし、それは心の中に残っていたわずかな湿り気すら忘れさせてくれた。
 何にも心配事がない瞬間。そんな瞬間はいつも無敵だった。

 手持ちのミネラルウォーターを飲みながら、ボディボードを楽しんで。そしてホットドッグを買おうと思ったとき、くだんのポーチが見つからないことに気づいた。スケルトンのピンク色のポーチは車の中のどこにも入ってない。
「あれ〜、どうしたんだろう、おかしいなあ」
 そう言って、車の中を探す正太郎。おかしいなあ〜、わたしもそう思いながら、記憶の片隅のひっかかりに気づく。
「・・・屋根のうえ・・・車の屋根の上から、おろした?」
「おろしてない〜〜」
 それからわたしたちはおなかを抱えて笑った。ふたりで肩をたたき合って、あほ〜、わたしたちって、ほんとあほだよな〜、と言いながら笑いころげた。

 それから車の窓を全開にして、シートをびしょびしょにして帰ったことも。免許証の住所から、警察の電話が入って、親にあきれらたことも。ひしゃげた免許証と一緒に、タイヤのカタチがついたままのツモリチサトのブラの持ち主を確認させられたことも。正太郎のモスグリーンのトランクスがついに見つからなかったことも、みんなみんな笑い話で。居酒屋でこの話題で盛り上がってみんなに笑われるたびに、わたしたちはどんなふうにしても生きていけるような気持ちになれたのだった。

 轢かれたブラは洗濯して、クローゼットの引き出しの奥にしまった。
 笑いがとまらなかった一日の記念にして。

 なくすことも忘れることもちっとも痛いと思わなかった。
 それはまだわたしが、大切なものをなくす痛みを知らなかったからだと思う。
 正太郎がいなくなって、それから家族とか友人とか、その人たちにまつわる大切なものとか、あるいは仕事に関わる大切な書類とか、もっとささいなポイントカードとかロッカーのキーとか、ずいぶんいろんなものをなくしてきたけれど、もうわたしは、あんなふうには笑いとばすことはなかった。

 ときおり思い出しては、轢かれたブラを取り出して眺めてみる。
 あの日、風に飛ばされてお気に入りのブラがなくなってたとしても、きっとどうってなかったにちがいない。
 だけど今は、なくさなくってよかった、このブラだけでも戻ってきてくれてよかったな、と思っている。

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2005年06月14日

撮り忘れ

歩いてきた道のとちゅう
大切なものはみんな撮り忘れてきた。
たまたま誰かが写真に残してくれたものは
みんなどこかへ行ってしまった。
大事にしてないわけではないのに。
神様が隠したみたいに消えてしまう。
もう、いいでしょ? って。

ふたりで見つけた、地面のつなぎ目。
ほら、ここまでがわたしの過去。ここから先が未来。
そのつなぎ目を、ふたりで用心深く渡ったつもりなのに。
海をわたるバスに乗ったあと、道がふたつに分かれてたなんて気づかなかった。

ライカが撮ったモノクロのわたしたち。
あの微笑みを永遠にしまいこまなくてよかった。
あなたにあげたあの写真は、新しいあの人がもう処分してくれた?
それともまだ、懐かしい部屋の片隅で埃かぶっている?

テーブルの目の前、わたしの携帯電話を弄ぶ君。
着信に並ぶ君の名は、すぐに消えてしまう宝物。
いま、ここでふざけて一枚撮ることだってできるし。
現像しない気安さで、フェラしてる自分の顔を残すことだってできるのに。

そのときはいつも忘れてしまうんだ。
この空気を、両手ですくい上げることに夢中で。
何ひとつ、とどめてはおけない。

だけど。
写真だって記憶だって、たぶん、いっしょ。

ゆるやかに希釈する水槽を眺め。
潰れる泡のような、いくつもの小さな死を。
確認し続けるという意味において。

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2005年05月05日

線分図

 そのネックレスは、繋がったビーズが虹色に光っていて、とりわけお気に入りだった。
 だれか大人の人のおみやげ、さりげなく手渡された宝物。
 大事に首にかけたり掌に花のように丸めたりしてるうちに、とても魅力的な遊びを見つける。
 はじっこを持ってくるくるとまわす、すると、虹色の花火ができるのだ。
 くるくるくるくる。
 まわしているうちに、ネックレスが飛んでいった。
 冷たく横たわる冷蔵庫の裏の、埃の中に。
「取れないわよ、あきらめなさい」
 という母の言葉。宝物は二度とわたしの手には戻らなかった。

 簡単な言葉に傷つくくせに、傷つけたことには気づかない。
 もう一度、あのときに戻って聞いてみたいことがあった。
 だけど、聞けなかったことは、ずっとわからないまま。
 柔らかく肌を這うあの唇の感触と同じく。
 離れていったものは、なにひとつ戻らない。
 なのに、記憶だけは「在る」ままだ。
 線分図の中に記された、小さな輝き。

 二度と戻らないところへ、いつか行きます。
 行ってしまった人が戻らないのと同じく。わたしもここへは戻らないでしょう。

 戻りたいと思うだろうか。
 取りもどしたいと思うだろうか。
 小さないくつもの輝きに彩られた、わたしだけの線分図。

 線分図の持ち主であるわたしの記憶が、いつかとぎれたとしても。
 それは、たしかに、この世界に存在していたことを。
 わたしは受け入れて、そうして、手放してゆけるだろうか。

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2005年04月07日

にび色とうす桃色

IMG_0397.JPG

 サクラの枝はうす桃色に呼吸している。
 まだ花も咲き初めず、蕾さえもついていない頃より、枝が発している。
 目くらましのような、うす桃色の大気。

 小学校の老木は、ささやくほどに垂れ下がる枝。
 何も言ってくれない。ただ、うす桃色の大気を発するのみ。
 耳を傾ければ、彼女の言葉は響くのかもしれないけれど、ここのところ、耳を塞ぐということに気持ちを集中させてきたもので。
 わたしはサクラの言葉がわからない。

 にび色とは。いったいどんな色なんだろう。
 わたしはにび色になって、サクラの下を通りすぎる。

 サクラは青空が嫌いかもしれない。
 わたしの中はにび色の混沌、もう、言葉を忘れて、混沌だけのわたし。

 交わす言葉も見あたらない。

 でも、サクラの大気は、気配を隠して歩くわたしに、雨のようにやわらかく降り注ぐ。

 彼女はいつも、わたしに言っていた。
 ふふふ。あなたってあいかわらずね。
 それも聞こえない。けれど、今も。たぶん。

 聞こえないだけで。
 
 
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2005年03月01日

恋を失うたびに列車に乗った

 若い頃、失恋するたびに汽車に乗った。
 数え切れないほど多くはない。それでも、どうしようもない気分になって汽車に乗ったことが何度かあった。

 失ったもののことを考えるときは自分の部屋でさえも居たくなかった。テーブルの上の汚れたコーヒーカップも。電話機でさえも投げ出したくなった。
 まだその人の番号を記憶している指が間違えた衝動に暴走しそうになったり、何も知らない友人が呑気な近況報告をしてきそうな電話は忌むべきもので。そんなものがない場所に行きたかった。誰にも会わない場所、何も見ないですむ場所に行きたかった。

 長い旅路であったり、短い距離であったりしたが、とにかく車窓だけを見ていたかった。
 ときおり涙がながれたり嗚咽が漏れたりするのを知られたくなかった。空いた自由席の窓際で、暗闇の中を、知らないあたたかい灯りが飛んでゆくのだけを見ていたかった。
 だから夜汽車を選んだ。夜を走る寝台列車。窓を見るのに飽きて、週刊誌の記事も流し読みするだけで、早い時間にベッドのカーテンを引いた。
 揺られながら泣いた。泣いても叫んでも戻らないものがあるのだと思いながら、それでも揺られながら存分に泣いた。

 早くに眠りについて、そうしてしばらくして目が覚めた。
 目の前のベッドに腰掛けた男性が、わたしの週刊誌を読んでいた。
「あ。すいません、置いてあったものだから、つい」
 男性はバツが悪そうにそう行った。出張らしきスーツを着たサラリーマンだった。
「いえ、全然かまわないです。わたし、寝てたし」
「お向かいは、男性だとばかり思ってました」
 向かい合わせの寝台で、異性と向かい合わせになるのは初めてのことだった。相手もそうだったのかもしれない。それからわたしたちは少し世間話をした。
 寝台列車が好きなのだと男は言った。飛行機で行くとか目的地のホテルに泊まるという方法もあるのだが、出張旅費を使って必ず寝台に乗るのだと言った。わたしも寝台車が好きだと言った。
 列車好きは、どうして列車が好きなのかを語らない。語るとすればどういう列車のどういうところが好きか、というあたりだ。
 だからわたしは寝台車に乗った理由を言う必要もなく。完全な孤独を望んでいたにも関わらず、共通項を持つ他人に安堵して、それからカーテンを閉めて深い眠りについた。

「さくら」も「あさかぜ」もなくなるのだと言う。
 この次、恋を失うときがあるとすれば、わたしはどの列車に乗るのだろうか。
 失恋する人々は、いつだってやまほどいるに違いない。彼等のうちの何人かは、やはりひとりで列車に乗りたいと思うのだろうか。
 自分を癒す方法はみんなそれぞれなのだろう。携帯の電源を切ったり、知らない川面を眺めたり、夜の都市高速をドライブしたり、部屋で音楽を聴いたりして。
 今日のこの夜だって、誰かが、カラダの細胞の一部になった相手の記憶が剥がれおちてゆく痛みに、じっと耐えているのかもしれない。

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posted by noyuki at 22:46| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月23日

夜のドライブ 3

 青信号を突ききろうとしたら黄色に変わったので、修一は慌ててブレーキを踏んだ。
 ちょっとスピードを出しすぎていたかもしれない、そう思ってふうっと息を吐き、気持ちを落ち着ける。
 となりで信号待ちしているCRVの運転席に女性が座っているのが見えた。車高が修一のオデッセイとほぼ同じ高さだ。それでなんとなく彼女の方を見ることになった。

 車が通るたびに、ライトに横顔が映し出される。彼女は化粧をしていないように見えた。
 もちろん夜の信号待ちで化粧云々がわかるはずもない。だけど不似合いなくらいに剃りすぎた眉で、修一はそう思う。まったく。女性はどうしてあんなに化粧を落とすと眉が薄いんだろう。結婚した妻の素顔をまじまじと見て、まず最初に思ったのがそれだった。素顔と化粧した顔とどっちがいいとも思わない。だけどもあの眉には正直衝撃を受けた。

 CRVの女性はパジャマの上にジャケットをはおっているように見えた。こんな時間にどこに行くのだろう。いったいどんな目的で・・
 ああ、そうだ、ビールを買いに行くのに違いない、と修一は合点する。風呂あがりにビールを飲もうとしたら冷蔵庫にビールがない。そこで近隣の安売りのリカーショップまで車で行っているのだろう。信号を左折したところにリカーショップはある。彼女はおそらくここを左折するに違いない。
 
 だが修一の予想に反し、信号が青になると彼女はそのまま直進していった。一気にスピードを上げたらしい、ふてぶてしい横顔はあっというまに視界から消え去った。
 夜にパジャマに素顔で、少しふてぶてしい顔をして車を運転する女。
 ただ、ドライブを楽しんでいるだけなのか、 彼女はひとり暮らしなのか、いや、彼女は結婚しているに違いない。うまく言えないが、彼女の表情がそれを語っているように見えた。

 修一が高校生の頃、結婚していた姉が一時期里帰りしてきたことがあった。関係の修復を待つための一時避難。どんな関係を修復したかったのか、当時の修一には知る由もなかった。
 姉は、風呂あがりにあんなふうにコートを羽織り、近所の自販機まで煙草を買いに行った。それから食卓で、ああ、ひさしぶりでおいしい、と言いながら煙草をふかした。少しふてぶてしく、あきらめやら、あきらめから来る心地よさみたいなものを発散させながら煙草を吸っていた姉。それから義兄が迎えにきて、そうして姉は戻っていった。
 姉がひとりで煙草をふかしていた食卓。修一は自分が結婚した今になって、あのときの姉の表情を時々思い出すようになった。

 次の交差点を左に曲がる。T字路の行き止まりに修一のマンションが見える。
 修一は高校を卒業してから結婚するまでのあいだ、何年もひとりで夕食を食べていた。出来合いの惣菜でもなんでも、食べたいものばかりを食卓に並べる瞬間はいつだって楽しかったものだ。
 だけども今、妻は食卓にたくさんのお皿を並べて修一が帰るのを待っている。もちろんそんな食卓が待ち遠しくないわけがない。結婚して半年たらずの妻は、どんなに空腹でもそうするものだと思っているのかもしれない。
 修一は思う。ずっと自宅で両親に囲まれていた妻も、いつかはひとりで夕食を食べることを覚えるのだろうか。あるいは修一の夕食をテーブルに並べてそのまま友人と飲みに行ったり、あるいはパジャマにコートをはおってビールを買いに行ったり、夜のドライブを楽しんだりするようになるのだろうか。その頃、妻は、諦念にも似たふてぶてしさを漂わせているのだろうか。
 そのとき自分は、妻のことを今と変わらない気持ちで見ているのだろうか。

 時がたつにつれ、いろんなものが少しずつ変化してゆく。
 だけどもそれは、鉛筆画に色がついて本物のリアルさに近づいていくようなもので、そんなに悪いものではないんじゃないだろうか。
 そんなことを考えながら、修一は注意深くバックでオデッセイを駐車スペースに入れた。
 
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posted by noyuki at 22:32| 福岡 | Comment(5) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年02月17日

夜のドライブ2

 たまたま僕のオデッセイと、隣のCRVの車高は同じくらいだった。
 だから信号待ちで並んだとき、なんとなく彼女の方を見ることになった。

 通行量の多い交差点なので、車が通るたびにライトの加減でその横顔が浮かび上がる。化粧をしていないのだな、と思った。
 夜の信号待ちで化粧云々がわかるはずもないのだが、不似合いなくらいに剃りすぎた眉で僕はそのことに気づく。まったく。女性はどうしてあんなに化粧を落とすと眉が薄いんだろう。結婚した妻の素顔をまじまじと見て、まず最初に思ったのがそれだった。素顔と化粧した顔とどっちがいいとも思わない。だけどもあの眉には正直衝撃を受けた。

 よく見ると、彼女が着ているのはパジャマの上にジャケットのようだ。こんな時間にどこに行くのだろう。いったいどんな目的で・・
 ああ、そうだ、ビールを買いに行くのに違いない、と僕は勝手に合点した。風呂あがりにビールを飲もうとしたら冷蔵庫にビールがない。そこで近隣の安売りのリカーショップまで車で行っているのだ。
 信号を左折したところにリカーショップはある。彼女はおそらくここを左折するはずだ。
 
 だが信号が青になると彼女はそのまま直進した。一気にスピードを上げたらしく、ふてぶてしい横顔はあっというまに視界から消えていった。
 夜にパジャマに素顔で、少しふてぶてしい顔をしながら車を運転する女。
 ただ、ドライブを楽しんでいるだけなのか? 彼女はひとり暮らしなのか? いや、結婚はしている。なんとなくそう確信した。

 高校生の頃、結婚していた姉が一時期里帰りしてきた。関係の修復を待つための一時避難。どんな関係を修復したかったのか、当時の僕には知る由もなかった。
 姉は、風呂あがりにやはりあんなふうにコートを羽織って、近所の自販機まで煙草を買いに行った。それから食卓で、ああ、ひさしぶりでおいしい、と言いながら煙草をおいしそうにふかした。少しふてぶてしく、あきらめやら、あきらめから来る心地よさみたいなものを発散させながら煙草を吸っていた姉。それから義兄が迎えにきて、そうして帰って行った姉。
 僕はあの日の食卓で、結婚に伴う、幻想ではない何か確実なものがあることを知った。

 時計は9時を少しまわったところだ。僕のマンションにもうすぐ到着する。
 妻は食卓にお皿をたくさん並べて僕を待っているだろう。遅くなる日は食べていていいよ、と言うと妻はいつも、ひとりで食べたっておもしろくないから、と言う。
 僕は結婚するまでのあいだ、何年も自分ひとりで夕食を食べていた。ひとりで食べるのだって楽しい。今日、食べたいものばかりを食卓に並べる瞬間はいつも楽しい。だけども僕たちはまだ結婚して半年たらずで、妻はあるいは僕に遠慮しているのかもしれない。
 だけども僕は知っている。妻は自分の家から会社に通っていて、ひとりで喫茶店に入った経験すらないのだ。そういう人生もあるのだと思うと羨ましくもある。だけども、それが妻と僕との決定的な違いのようにも思えることもある。

 月日がたつにつれ、妻はひとりで夕食を食べることを覚えるのだろうか。
 あるいは僕の夕食をテーブルに並べてそのまま友人と飲みに行ったり、あるいはパジャマにコートをはおってビールを買いに行ったり、夜のドライブを楽しんだりするようになるのだろうか。
 その頃、妻は、諦念にも似たふてぶてしさを漂わせているかもしれない。
 僕は、そのとき、妻のことを今と変わらない気持ちで見ているのだろうか。
 それとも・・・・・。

 マンションが見えてきた。僕は左折して、オデッセイを注意深くバックで駐車場に入れた。

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posted by noyuki at 22:18| 福岡 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜のドライブ1

 パソコンのサイトをうろうろしながら時間を確認して、そろそろ出かけなければいけないと思う。もうすぐ午後9時だ。
 お風呂に入りパジャマに着替えていたものを、上はパジャマの上にジャケットをはおり、下はジーンズに履き替える。
 これから、短いけれど面倒な夜のドライブがはじまる。

 車のキーと免許証、それに携帯電話だけを持ってブルーのCRVに乗り込んだ。
 子供が通っているダンススタジオは、車ならば5分ほどの距離。男の子ならそろそろ自転車で通わせたいところだが、小学生の女の子なのでそういうわけにはいかない。上手ではないが大好きなダンス、他の習い事もないので、これくらいの送り迎えが苦痛なんていうのはやはり贅沢なのだろう。
 
 大通りに出て、テールランプの流れに沿って走る。
 最初は歓楽街だ。両脇に客待ちのタクシーが並んでいる。一番苦手な箇所だ。右側に車線を変更してスピードも落とす。酔客が通りを横切ったりもする。この時間は歓楽街はすでに華やぎの時間だ。
 次は大手塾の前を通る。ここにもお迎えの車が並んでいる。反対車線にはタクシーの列。中学生らしき私服の少女たちが信号を渡り、走りながらタクシーに乗り込んでいった。
 それから駅のガードをくぐり抜ける。この時間なのに、制服姿の高校生が自転車に乗っている。男子だけではない、女子も多い。制服の種類も違うし、だいたいが単独。こちらも塾帰りなのだろう。クラブ活動が終わってそのまま塾だったのか。彼女たちは夕飯をどこで食べたのだろうか。

 スタジオの裏手に車を止めたが、まだレッスンは終わっていなかった。
 すでにお迎えの車は10台以上、こんなに止まっていて近所は迷惑に違いない。エンジンを切って、無音の車でふうっとため息をついた。
 わたしの前の車には小さなテレビがついている。それを見ながら待っている女性、あれは誰のお母さんなのか。知り合いだったら、降りて雑談でもしたいところだが、終わったらすみやかに発車しないと迷惑になる。車の中でじっとしているだけのこの時間はたまらなく長い。

 ひまつぶしに携帯電話を取り出してみる。暗い車内にディスプレイの画面がぽっと浮かび上がる。だからといって、するべきこともない。携帯メールを打つのもおっくうだし、何よりもそうまでして繋がりたい相手が思い当たらない。
 着信履歴をひとつひとつ眺めてみた。これも仕事、これも仕事、そしてこれは夫、そしてまた仕事。味気ない履歴だ。2〜3日分スクロールしてやっと、その人からの着信を見つけた。
 ああ、そうだ。仕事中でそのまま無視して、あとでかけなおしたのだった。だけども時間がたちすぎて繋がらなかった。たいした用事でもなかったのだろう。だが、たいした用もなくただ話したいだけの相手の名前がここにあることが嬉しかった。家族のいる夜間には電話はしない。その人はいまどんな夜を家族とともに過ごしているのだろう。

「おかあさーん」
 娘と近所の友人がドアを叩いた。ふたりとも、ダンスシューズの入った大きなリュックをかけている。
 今日先生が怒ったこと、ふりつけがわからなかったこと、そんなことを二人で後部座席で話しはじめている。娘の友人を送り届け、それから家路に向かった。
「さ、はやくお風呂に入ったら、ワンナイ見れるかな」
 娘がひとりごとのように呟いた。

 アメリカの専業主婦事情というのをいつか読んだことがあった。
 子供の送り迎えと夫の送り迎えで、一日に何度も車を出すのだという。治安が悪い、交通の便が悪いなど、日本と同じような理由なのだろうが。個々が独立して自立しているというイメージのアメリカの主婦もまた同じことをしているのが妙に不思議だった。

 遠い国の彼女たちもまた、こんな退屈なことばっかりやってられない、なんて思っているのだろうか。
 さあ、早くウチに帰ってパジャマに戻り、パソコンの前に戻りたいと思いながら、わたしは家に入る最後のカーブを左折した。

***

 練習曲。ひとつの文章を1人称で書き、それを3人称で書き直すという練習です。
 3人称の分はのちほどアップします。

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posted by noyuki at 12:48| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする