2025年11月29日

004 Gardenia

 その香りにふたたび出会って思った。
 「ああ、わたしは生まれ変わっても、どこかで道を間違えても、きっとこの人と一緒になるのだ」

 デパートの片隅にあるボディソープコーナー。
 そのブランドの液体ボディソープをいつか買おうと思っていたわたしは、暇にまかせてゆっくりといくつもの香りを味わっていた。
 どれも淡い香りで、なかなか見分けがつかない。
 ショップスタッフも不在で、遮る人もいないものだから、時間に任せて何度も何度も香りを味わい、そして最終的にひとつのボディソープを選んだ。

 落ち着く香りだ。
 若いときはも柑橘系やウッド系の香りを選んでいたのに、最近はとても甘い香りを選んでしまう。
 どうしても甘い香りを選んでしまうのはなぜだろう?
 甘やかしてほしいのか?
 
 ボディソープの香りは他のどれも、よい香りだった。
 きっと他の香りも同じようにわたしに合うにちがいない。
 次回はまた別の香りを選ぼうと思った。

 そして次にデパートに行ったとき、コンディショナーが切れそうなことを思い出した。
 使いつけをそろそろ変えていいタイミングなのかもしれない。
 ボディソープと同じシリーズから選ぼうと思った。

 今度はショップスタッフが応対してくれた。
 「どれも良い香りです、自分もいろいろ愛用している」
 と話してくれた。
 わたしと同じくらいの年代の、清潔な陶器のような肌の女性だ。
 前にどれを買ったのか覚えていない。けれど、他の香りも試してみたいと言うと「ゆっくりと、存分に選んでくださいね」と言って、いったん下がってくれた。
 おそらく、わたし同様、じっくりと選ぶ人も多いのかもしれない。

 コンディショナーの香りを、またも時間をかけて選んだ。

 最終的に2つほどに絞り込んで、何度も2つを味わったが、最後のひとつの方が「なんとなくいい香り」に思えて、そちらに決めた。
 「お決まりになりましたか?」
 ショップスタッフが、他の製品など紹介しながら簡単に包装してくれた。

 家に帰り、バスルームにコンディショナーを置く。
 その日の夜にさっそく髪を洗う。
 いい香りだ。親しみのあるいい香り。
 と。ここで、ボディソープの瓶を確認し驚いた。
 選んだのはまったく同じ香りだったのだ!!!

 同じ過程でなんども全てを試す。
 そして同じ過程で丁寧にひとつのものを選ぶ。
 そういう行程を経て。
 ちがうものを選ぼうと思っているのに。
 わたしはそれでも同じものを選ぶのだ。

 きっときっと。わたしは生まれ変わってもこの人を選ぶのだろう。
 日常の些細な習慣をどれだけたっても同化できなくて、毎朝歯ブラシホルダーの場所をずらしたとしても。
 休日のランチのチョイスが毎回気に食わなくて、ときにはひとりで外食したとしても。
 性格のすり合わせができなくて、微妙な食い違いを罵り合っても。
 罵り合って、いやになって、他の人に気持ちを揺らしても。
 ときには嘘をつき、ときには裏切って放置しても。
 それがお互いさまだったとしても。
 
 それでもわたしはこの人を選ぶだ。

 Gardeniaの香りが教えてくれた。

 それでもわたしは無意識に。きっとかならずこの人を選ぶのだ。




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2025年11月16日

わたしの繋ぎとめ方について



 感覚を言語化できるようになったのはずいぶん大人になってからだが、その感覚自体はずいぶん幼い頃からあったように思う。

 連れてってもらった映画館で怪獣映画をみているときには、外でなにか災害が起きているような気がして気もそぞろだったし。
 海水浴に行っても、帰りの電車が気になって楽しめなかったし。
 キャンプに行っても自然のなにが楽しいのかわたしにはわからなかった。

 もうずっと前から。現実世界にきちんと足を踏みしめていることができないのだ。

 わたしは、自分がいなくなったあとも永遠に続く時間の果てしなさとか、どこまで行っても切れることのない宇宙の距離にうちのめされて。
 ただただ、今自分のいる場所がどこなのかわからなくてすごく怖かった。
 その頃はうまく言えなかったけれど、それがすべての不安感のもとだったように思う。

 なにかに熱中できる感覚はずっとなかった。学問も友人も音楽も、ましてやスポーツも、わたしを現実に繋ぎ止めることができなかった。
 なにものにも繋がれずにこの場所にいるものだから、わたしはいつも不機嫌だった。
 すこしずつ、それも大人になってから、本や漫画を読んで、他人の感情を真似してみるようなった。
 気の合う友人を作ったり、おいしいものを一緒に食べたたり、まるで幼児がひとつひとつの感覚を獲得するように覚えていったような気がする。
 それを獲得できて本当によかったと心底思っている。
 
 それでも、わたしの座標のわからなさに対する不安感はあいかわらずだし、いまだに「そちらの感覚」の方に自分が堕ちていくのがよくわかる。

 それは、なにかに熱中したからといって消えるものでもない。

 隙間を埋めるように仕事に熱中したって、携帯ゲームも編み物も延々と見続けていられるInstagramでさえも、わたしを現実世界に繋ぎ止めてくれないことはよくわかっている。
 バスに乗って窓の外を眺めながら、「あ、また少し地面の下に堕ちているんだな」とか思う自分もいる。

 それは、さみしさとかストレスとかでもなんでもない。
 わたしはふつうに立っていたら、少しずつ堕ちていく人間なのだ。
 そうとしか言い様がない。

 そして、このからだと長年つきあってきて、それを回避することができるものがひとつだけあることにも気づいている。

 書き続けることだ。
 言葉にならない感覚を言語化すること。
 見知らぬ主人公を仕立て上げ、自分のよんどころのない感情を喋ってもらうこと。
 ただただ日々の夕焼けの色や空の雲を比喩してみること。
 わたしの頭のなかにある、言葉になるまえのスライムのような感情
を取り出して、そのひとつひとつに時間をかけて言葉を与えてゆくこと。

 それだけがなぜか。

 わたしが、わたしを離れて堕ちていかないようにするための方法だと思っている。



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2025年10月18日

愛は少しだけ呪い



 金が高くなったので、18金のペンダントを売りに行った。
 これまで、母の遺品で使わないものなど、かなり田中貴金属に持ち込んだのだけれど「気に入っていたもの」と「さすがに捨てられないもの」だけは自分で持っていた。
 それを、高値のタイミングで売り払おうと思った。
 「気に入っていたもの」は、母の遺品の細めの18金をネックレス。特に特徴もなく、結局一回もつけなかったので「もう、いいか」と思った。
 「さすがに捨てられない」と思っていたのは、独身の頃母に買ってもらっていた「アクアマリンのペンダント」である。
 自分が買ってほしいと言ったわけではない。母がつきあいのある宝石店で真珠かなにか買い物をした際に、顔見知りゆえにけっこう値引きをしてくれた。それで値引きの金額分で娘になにか買おうと思ったらしいのだ。
 アクアマリンの石は綺麗だったが、縁取りの金は波を打ったような変なデザインでまったくセンスがなかった。
 「ちゃんとしたところに行くときに便利よ」と母は言ったが、それに似合う服も持ってなかったし、なによりも独身の頃のわたしは、おしゃれよりも、シンプルなTシャツとジーンズが好きだった(これは今も変わりない)。

 母はわたしに高価なものを幾度となく買ってくれた。
 おもに着物が多かったが、正直着たいと思うものは1着もなかった。
 付き合いのあるお茶の先生と着物を見にいき、ワイワイ言いながら、「これは、あかつきに似合うかもね」ということになって買うらしいのだ。
 たしかに初釜やお茶会に着物は必要だ。
 でも、わたしがそういう場所に行くときに着るのは、自分が母に同行して選んだサーモンピンクの絞りが入った着物だけだった。
 考えてもみてもほしい。「モダン柄は若い人にいいわよ」と言われても、そんな変な着物は素人には着こなせない。趣味も全然違う。
 それでも母は、わたしに相談もせず、お茶の先生たちとワイワイ言いながら「これ、あかつきにいいわよね」と選んでしまうのだ。

 あれはどういう心理なのだろう? と今更ながらに考えてみる。
 繰り返し言うが、わたしはフリフリしたものは苦手で、ほんとうに、Tシャツとジーンズさえこぎれいならなんでもよかった。
 そういうわたしを知っているのに、なぜか母は「いらないものを買い続ける」。

 母とわたしはかなり性格も違い、それゆえの諍いも多かった。だが高校を卒業する頃には諍いもなくなった。そしてその頃から母はなぜか、わたしに「身につけてほしいもの」を買うようになったのだ。
 わたしも、母親になったので、そういう心理はわからぬでもない。
 それでも、それでも、わたしは用心深く娘が自己決定することを確認するように努めていたのに、母は時代が違うからなのか、まったくそう言う感覚がなかった。
 案外母は、自分の買い物欲をそうやって満たしていたのかもしれない。
 あるいは、わたしに、ほんとうに「こういうものを身につけてほしい」と心底思っていたのかもしれない。
 そうしてわたしは「もったいないからやめて」とも「こんなものはいらない」とも言えずに、母の購入欲を粛々と満たしていたのだ。

 結婚してすぐの頃に、夫にくだんのアクアマリンのペンダントを見せた。
 自分は本当はこんなものは好きじゃない、でも母が買ってくれたのだと言って見せた。
 「立派なペンダントだよ。いつかつけるかもしれないから大事に持っていたらいいよ」
 そう言われて、そのまま持っていた。

 それから「これは本当につけないから売り払おう」と自分で思うまでに、なんという時間を要したのだろう。
 プレゼントも、愛も、悪意のない呪いだ。
 悪意がないゆえにずるずると許してしまう。
 「こういうあなたになってほしい」という呪い。
 もちろん、些細なものに関しては、そこまで考えないのだが。
 ペンダントの呪いは長かった。

 「18金かどうか確認できないんですよね」
 と田中貴金属の女性スタッフがルーペで探した。
 「裏側に刻印があるんです、でも、少しつぶれています」
 「確認できました。あとは機械で成分見れるので大丈夫です」
 とのことですんなり換金できた。
 最初に相場を調べていたので、思うよりも少し高いくらいの金額だった。

 封筒に換金したお金をいれる。
 「今月は夫と旅行に行くので、その宿泊費用にしよう。そして端数は貯金しよう」
 そう思ってたのに、帰りにデパートに寄って、好きなお店に入ったら、すんなりとトップスを2着買ってしまった。
 わたしらしいくすみカラーのTシャツと、貝ボタンがきれいなシンプルなブルーのシャツ。
 どちらか1着買おうと思っていたのに、結局両方買ってしまった。
 端数は気持ちよく、なくなった。

 うん、これでいいよね。
 なんとなく好きでなかったものが、わたしらしい服に変身した。
 わたしはこれからも、こういうふうに自分の好きなものを選んでいくのだ。

 たった1本のペンダントを売って、好きなものを手にいれるのに、どれだけ長い時間を要してしまったのだろう。



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2025年06月22日

Family History



 朝ドラ「あんぱん」で戦争の場面を見るにつけ、我が家の「口伝」で聞いていた「戦争」を思い出します。
 ドラマ「あんぱん」の中では、戦時中に生きる人が、ときに少しばかりの疑問を抱えて生きているようにも見えますが、実際に我が家の年長者がそうだったというわけではありません。
 むしろそれは「言語化できないもの」として、長年家族が抱えたままになっているもののように思えます。
 言語化できぬまま年長者たちは亡くなり、わたし自身にはそれを伝える意思もありませんでした。このままわたしが口を閉ざしていれば、その些細な物語は永遠に伝えられないままなのでしょう。
 それでこの機会に、断片的な物語を記していくことにしました。
 書いてみなければわかりません。「ただの伝え聞いた家族の物語」が伝えるに値するものなのか、そうでないのか、わたしにはわかりません。
 ですが、取るに足りないものであっても、わたし自身がそれを伝えたいと思えばそれは伝えるに値するものなのかもしれないとも思っています。
 それでは、いきます。
 

*     *     *


長男:慶太郎

 一家の長男の慶太郎は出征して亡くなった。
 家の仏壇には色がくすんだ「靖国神社の写真」が掲げられていたが、敢えて誰かがそれについて説明することはなかった。
 慶太郎の名前が出るのは、仏壇とも戦争とも切り離された場面のみだった。
 
 「慶太郎は勉強も運動もどちらもよくできていた」
  大祖母は時々そう話した。
 慶太郎は歴史ある進学校に通っていたが、勉強は常にトップクラスであった。次男である進次郎は、学校で慶太郎と比べられて閉口していたという。
 当時中学生だった進次郎は食べ物の好き嫌いも激しく、集中力もなかった。後述するが「ものごとをとちゅうで放棄する」ことに長けていた。そういう言葉があれば「発達障害」に分類されていたのかもしれない。
 「おまえは本当に慶太郎の弟なのか?」
 教師は進次郎になんどもそう尋ねたという。

 その長兄の慶太郎が出征することになった。
 出征は夜の行軍からはじまるという。夜間に宿泊所から汽車の駅まで歩き、そこから汽車に乗る。
 大祖母は「本日の夜に行軍が行われる」との情報をどこからか入手し「あの日は一緒に歩いた」とわたしに話してくれた。
 本当に一緒に歩けたのか、それとも後ろからただついていったのかはわからない。大祖母は華奢で質素な身なりで性格も前に出るところがない人だった。
 だから、夜中に「出かけて一緒に歩いていった」という記憶は少し違和感もあったのだ。
 それでも彼女は歩きたかったのだろう。出征する息子と一緒に。
 彼の帰りをもちろん大祖母は待っていたはずなのだが、そのあたりの話はない。
 
 そうして、冒頭の「靖国神社の写真」となるのである。

 大祖母はわたしにお手玉を教えるときに軍歌を歌った。
  ここは、お国の何百里 
  離れて遠き満州の
  赤い夕日に照らされて
  戦友は野末の石の下

 わたしは「お手玉の歌」の意味を考えることもなかった。
 大祖母はいろいろ思うことはあったのかもしれない。
 それでもわたしたちはそのことについては何も話さなかった。

 それは「言語化できない物語」であって、それをどういうふうに伝えればいいのか、大祖母は知らなかったのかもしれない。
 そしてわたしはその「言語化できない物語」を咀嚼するにはまだ幼すぎた。

 
 
 

次男:進次郎


 進次郎は大祖母の次男。その下に光三郎という三男がいた。娘もひとりいたらしいのだが幼少期に亡くなっており、娘の記録はない。
 進次郎と光三郎は戦後の時代を生き抜いて、平成の時代に寿命を迎えて亡くなった。

 進次郎は兵役にはつかなかった。
 飛行機乗りに憧れて、試験を受けたが合格できなかったのだという。
 ひどい蓄膿症が原因だったとのことだが、もしかしたら蓄膿症だけが原因ではなかったのかもしれない。

 戦後、進次郎は、大学に行く機会に恵まれた。
 語学に長けた進次郎は、熊本の大学の「中国語学科」に入学し、そこも飽きてしまい3ヶ月で下宿を引き払って帰ってきた。
 「下宿のおばさんが、なんで荷造りしよらすと?て聞いたから、もう辞めて家に帰りますと言ったらすごくびっくりされたよ」
 進次郎はまるで武勇伝のようにその日の話をするが、まわりにとって青天の霹靂だったに違いない。
 大祖父も大祖母も厳しく叱責することはなく、進次郎は福岡の「予備校」なるところに通い、彼は翌年外国語専門学校に入学した。
 偏食でなんでも長続きしない進次郎であったが、英語を学ぶことはそんなに苦ではなかったらしい。戦後に、英語が必要な場面はいくらでもあった。
 
 就職時、進次郎は学校の推薦により地元の一流企業の試験を受けることとなる。
 ところがここでも進次郎はやらかしてしまった。
 試験はむつかしく、午前中が終わった時点で嫌になってしまったのだという。なにも言わずに進次郎は帰宅し、試験会場はちょっとした騒ぎとなったらしい。
 
 そういうわけで進次郎は就職はせずに、結果家業を継ぐことになった。
 
 ほんとうに進次郎がなにをしたかったのかはわからない。
 慶太郎が亡くなったことで、実家を継がなければと思ったのか。それともなにも考えずに風に吹かれるように生きてきたのか。
 今となってはわからないが。
 彼は「少しだけ自由に、少しだけ自分の思うままにやった方がいい」という空気を常に備えていたように思う。



忠霊塔(チュウレイトウ)


 「チューレイトー」という言葉は幼い頃から何度も耳にしていた。
 母がよく「今年もチューレイトーに行く」と言っていたからだ。
 忠霊塔は市内の小高い山の中腹にあった。
 交通の便はよくないが、おそらく臨時のバスが出ていたのだと思う。

 毎年母は忠霊塔に行き、「慰霊祭」というものに参加していた。この家に嫁に来た母にとっては、まったく面識のない慶太郎のための慰霊祭だったのだと思う。
 慰霊祭では「おおきなおまんじゅう」がふたつお土産として配られていた。紅白饅頭ではない。ミントグリーンみたいな色の大きなおまんじゅうだった。

 母もまた「忠霊塔」についても「慰霊祭」についてもわたしに語らなかった。
 教えてくれればよかったのに、とも思うが。母にとってもそれは「誰かのかわりの仕事」であって、伝えるべきことはなかったのかもしれない。

 戦争についても、その当時のことについても、誰も積極的に伝えようとはしていなかった。それは市井の人にとっては忘れたいことであり「伝えるべき歴史」ではなかったのだと思う。


 

進次郎とわたし


 進次郎は映画が好きで、お正月には2館かけもちで一日中出かけているような人だった。
 テレビの洋画のロードショーもほとんど見ていたと思う。彼が好きなのはアメリカの洋画で、わたしは「洋画の音楽のレコード」をもらった記憶がある。
 コダックのカメラや最新型のステレオ。
 進次郎はそういった最新型のものを愛した。
 60代後半には妻とふたりでヨーロッパ旅行に行き、フランスの蚤の市では一生懸命価格交渉し、まったく通じなかったらしい。イギリスでも英語を使ったが、進次郎の日本式の英語はやはり通じなかったという。
 添乗員つきのツアーでそれほどの不自由もなく、買い物を夫婦で楽しみ帰国し。
 その後に癌が見つかり2年の闘病ののちに進次郎は亡くなった。

 一族の中に「お花さん」と呼ばれる、進次郎よりも年上の女性がいた。
 どういう親戚であるかもわからないが、お花さんは堂々としていて、いつも言いたいことをずけずけと言った。わたしは彼女が苦手だった。
 お花さんの家は城下町の中でも「帯刀を許されていた」ひとかどの職人であったらしい。お花さんには子供がなく、気のいい養女が婿を取り、家を継いだ。
 
 進次郎はよくわたしにこう言った。

 「あかつきは、お花さんに似ているなあ、性格がよく似ているよ」
 わたしはそう言われるのが嫌いだった。
 気が強い醜女のお花さん。彼女のずけずけには毒があった。
 あの、お花さんにわたしが似ているなんて。
 進次郎にわたしはああいうふうに見えているのか。
 そう思うととても嫌だった。
 
 また進次郎はこうも言った。
 「あかつきが自分くらいの年になったところを見てみたいなあ。
 でも、その頃には自分はこの世にはいないだろうなあ。残念だなあ、ああ、残念だけど、見てみたいなあ」
 
 進次郎の亡くなってから、もうずいぶん時が経った。
 わたしは今は「進次郎が想像していたあかつき」になれたのではないかと思っている。

 財を成したとか、性格が成熟したとかではない。
 わたしは「好きなことを言い、好きなやり方を選ぶ術」を身につけた。
 それは、進次郎が、自分にもわたしにも、ずっと望んでいたこと。
 
 わたしはこれを、進次郎から受け継いだとても大事なことだと今は思っている。




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posted by noyuki at 20:04| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月13日

短歌note

誘われて短歌の会に行くのも批評したりされたりも結局無理だったけれど、思いついてスマホの「ジャーナル」に短歌を書くという、ちょっとした楽しみだけは残りました。
自由に思いつきで書いた分。
そんなのが少し溜まってきたので、書いておきます。

以前アップしたり、見たことあるのが出てくるのは「本人がどれをアップしたか覚えてない」のと、「てにをは」をあとで変えたりしたからです。

では、いきます。


********


仕事終え夕餉を食べて風呂すましTikTokのホストクラブへ

迷ったら両方買うのと友が言うそうだね後悔よりも贅沢

けしけしの山の紅葉が赤く燃ゆあの人の骨はそこにあるのか

今生のあかしをスマホにおさめよとささやく桜と共に映ろう

ロゴスへと変わるパトスも見当たらぬおだやかすぎるわが胸の凪

天空を三日月の爪でひっかいて赤き血も流さぬ薄墨の空

水仙のラッパがファンファーレを鳴らし今この庭に春が来たかも

なごなしに逝かないかんて思うけんいつものとおりの日々を生きよう

ひとりにて豪奢なランチを食べる日は亡き母天より料理をのぞく

ネットではガチ勢日々の推し活を誰にも喋らず仕事にいそしむ

庭仕舞い今年こそはと見上げると斬られてなるかと木蓮の花咲く

あの山のハゲ散らかしてるところにはきっと桜の花があるはず

菜の花の蛍光色でいっぱいの彼岸の土手より友が手を振る

厳寒の夜に靴下履き眠り朝の布団に残骸さがす

帰社時間五感と真摯に向き合いて食べたいものを身体に尋ねる

へたれるとモノクロームになってゆく心の冬あけ世界が色づく

寝ながらに楽にテレビが見れるねと介護ベッドにはじめて寝る君



けっこういろいろ溜まってました。
きれいな空をインスタにアップするのと似ています。
また溜まったら、ここに書きます。



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posted by noyuki at 17:20| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月29日

サイゼリアのミラノ風ドリア

 人は、他の人と関係を持ちながら生きているので、死ぬと、自分の意志と関係なく理不尽にその関係性が終わってしまう。
 その、理不尽さや唐突さになんとか理由をつけて納得しようと思うのだが、理由をつけてもさみしいものはさみしい。
 そしてそのさみしさはだんだん小さくなっていくように見えて、ある日唐突に、嵐のようにやってきてしまうのだ。

 母が亡くなってしばらくして、ひとりでサイゼリヤに行った日に、恥ずかしいほどに泣いてしまった。
 外食が好きな母は「サイゼリヤのミラノ風ドリアを食べたい」「わたしはドリアが大好き」とよく言っていた。
 時間の余裕があれば連れていくし、面倒で他のお店を提案することもあった。
 サイゼリヤはショッピングモールの2階にあるので、駐車場からの移動など足の悪い母を連れていくには、けっこう神経使ったからだ。

 そもそも子供連れが多いショッピングモールがわたしは苦手だ。
 だが今日は、どうしても額装したいポスターがあってニトリの額縁を見に行きたかった。複数のポスター並べるために、色合いや大きさを見て、おおまかなレイアウトを決めた。
 もう一度家に帰ってポスターの配置を決めよう。
 そこまで決めて、ショッピングモールの用事は終わった。

 そしてランチ。せっかく来たんだからサイゼリヤに入ることにした。
 「あ、母も来たかっただろうな」
 そう思ったら、注文紙を手渡したあとに涙が出てしまった。
 「こんなに安いのにすごいね、おいしいね。せっかくだからデザートもいっぱい食べよう! のゆきは若いからデザートふたつ食べるといいよ」
 食べることに貪欲で、いつも目を輝かせていた母を思い出した。

 ドリアではなくてハンバーグとフォカッチャを注文したけれど。
 おかしいんじゃないんだろうか?
 悲しいとか、そういう感情もなくただただ、涙があふれてくるのだ。
 なぜだかわからない。
 食べながらも涙があふれてくる。
 足の悪い母にペースをあわせることに神経使っていたのに。
 もう、そうじゃなくて、ひとりで好きに歩いていいのだと思っても、なぜだか涙があふれてくる。
 当然だが、泣きながら食べても、おいしくはなかった。

 となりの席には小さな赤ん坊を連れた夫婦がいて、夫婦は8ヶ月くらいの小さな女の子を交代で抱っこしながら食事をしていた。
 ときに女の子はぐずり、ご主人が外に連れていってるあいだに奥さんが食べたり。大変そうだなあ、でも外食はしたい。その気持ちはなんとなくわかった。
 
 わたしはもともと外食はひとりが多いので、母以外の誰かとサイゼリアに行くことなんてないのかもしれない。
 
 そんなことを考えながら、家族連れの中の女の子を見たら、ふっと目があった。
 小さく笑いかけると、その女の子は、手をバタバタさせて笑いかえしてくれた。
 びっくり!
 「すごい! おりこうさんね!」
 隣から声をかけると、また、その言葉に反応して、手をバタバタさせて笑いかけた。
 抱っこしていたお父さんが「ああ、ありがとうございます」と言ってくれたので、調子に乗って何度も笑いかけると、女の子はなんども笑い返してくれた。
 「すごいね、感動してしまう!」
 この子は何を知って、何を伝えるために、こんなに笑い返してくれるんだろうか?

 お母さんは女の子の機嫌のいい時間ができてほっとしたように見えた。その時間に、少しゆったりした気分で外食を楽しめた様子だった。

 「ねえ。ドリアくらいなら、食べさせても大丈夫かな?」
 とお母さん。
 「柔らかいから大丈夫と思うよ」
 お父さんが答える。
 言葉の意味がわかるんだろうか?
 女の子が、テーブルの方に身を乗り出す。
 お母さんが、もう熱くないはずのドリアを、スプーン3分の1くらい女の子の口に入れてくれた。
 目を丸くして、また両手をバタバタした!
 よほどおいしかったんだろう。
 ふたくち目をねだって、ずっと両手をバタバタさせている。
 また口に入れてもらって、何度も何度もおねだりして。

 そうして女の子は、誇らしげにわたしの方に笑いかけた。

 世界がどんなふうに成り立って、どういう理由でこういうことが起こるのか、わたしにはわからない。わたしはミラノ風ドリアは注文しないし。輪廻も憑依も信じない。
 それでも、世界には物語が溢れている。

 わたしは、理由もわからずそれを書き記し、そして書き記すことで、このさみしさを、少しずつ忘れていけるんだろう。

 おかげで、ひとりでメソメソしていたわたしもすっかり泣き止んで。

 さて、と、デザートのティラミスのために、注文ボタンを押した。
 



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posted by noyuki at 19:52| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月18日

西の魔女との毎日

「西の魔女」が不自由な身体から脱出して、タマシイがわたしのまわりをふわふわしているのは知っていた。
「知っていた」というのも変だが、ペンやメモ帳など「いつも使い慣れているものがなくなってしったり、ポトリと落ちてしまうから。ああ、いたずらしてんだな」と思っていた。
「わたし、どこにも行ってないよ、ここにいるよ」
それが西の魔女のメッセージを受け止めていたし、怖いとか悲しいとかもなかった。そして、なによりも、後悔もなかった。
西の魔女は、今はわたしの近くにいてくれる、そう思うのは、ちょっとした安心感でもあったけれど、きっと誰も信じてくれないので、兄にも誰にも教えてあげなかった。

西の魔女の姉妹がいうには「魔女は、ここ数年は性格が変わったように楽しく生きていた」そうだ。
「悪い人じゃなかったけれど、ぴしっとしてたよね。でも。だんだんそうじゃなくなってきた。ここ2年くらいはすごく楽しそうだったよね」。
家の近くに「デイサービス」なるものができて、自費利用でそこに通っていた。
そこはギャルメイクの女の子や、髪をポニーテールにした男の子がスタッフで、運動をしたり、みんなでドライブに行ったり、友達を作ったりしてた。
「ぴしゃっとしていなくて心地よくって、いい具合のバラけてる世界」を西の魔女が愛していたんだなと思った。

その日の夜、わたしは「ふっと思いついて」 ムスメとふたりで夜に山道に蛍を見に行った。
何度か道に迷った。真っ暗な狭い山道をなんどかUターンした。そしてようやく蛍のいる公園。真っ暗な川の中洲の木々にたどり着いた。
木々には蛍が点滅してた。天然のクリスマスツリー。
ああ、きれいだなあ、そう言ったら、遠くで「ほんと、きれいよね」と聞こえたような気がした。

わたしは、毎日車をドライブしていろんなところに行った。
知らないお店で高いシュークリームを買ってみたり。
魔女とよく通ったカフェに「いつものメニュー」を食べに行ったり。
山沿いの雑貨ショップで無駄買いしてみたり。
家にいるのがもったいないみたいに、ほんとにいろんなところにドライブをした。
おいしいものを食べること、知らないところをドライブしてみること。
西の魔女が大好きだったことを「ねえ、もっとやろうよ」と袖をひっぱられるようにして、わたしは続けた。

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山奥のお寺まで紫陽花も見にいった。
以前に西の魔女と来たことがあるけれど、足の悪い魔女は傾斜を歩くことができず、そのときは駐車場から全景を眺めたのみだった。

不自由な身体から自由になった西の魔女は、山奥も蛍の里もどんどん自由に飛び回る。
そして喜ぶ。
わたしは改めて、身体以上に自由だった、西の魔女のタマシイを感じている。




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※ 6月8日。それまで元気だったハハが急逝しました。わたしはとくに後悔することもなく、今もまだハハの魂と遊んでいる気分です。
posted by noyuki at 16:21| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年12月27日

わたしにはノワールがある


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仕事で定期的に話す人がいて、いつもわたしにこう言ってくれる。
「会うといつも笑顔くれるよね、人にあげすぎて、なくならない?」
仕事なんだから少々のことでなくならない、と思ってたけれど、ある日、ふっとこう思った。
元気とか笑顔とかソトヅラとか、意外となくならない。
「わたしにはノワールがあるから」。

振り返ると厨ニ病が長かった。
もう、今となれば説明するのもむつかしいんだけど、他人との距離感がわからないし、いろんなことに傷ついた。
自己肯定力むっちゃ低くて、そういう女友達4人とネットでつるんでいた。
こういう考え方は間違えているとか、こういう理屈で動くと人は嫌な方向に行くとか、こういう人のこういう考えによって自分は傷つくとかそういうことばかり話してた。毎晩のように。
そして、そういうことに傷つくグループには、もちろん共通点があった。
自分が認められないという経験をなんらかの形でしているということ。
腑に落ちないひどい人生経験があったり、本人にしかわからない疎外感やトラウマがあったり。もっと遡って小さい頃の孤独感が強かったり感情的な成長がいびつだったり遅かったり。

家庭環境もあっただろうし、環境だけでは説明のつかない「生まれついてのもの」もあったのかもしれない。
そのときに夜ごとに並べ立てた絶対的な孤独と不条理を、わたしたちは、いつのまにか乗り越えられた。
約4年間の毎夜の繰り言を経て、もう語らなくても、生きていけるような気持ちになった。
「もういつ死んでもいいと思ってたのに、わたしはもう大丈夫」と遅い結婚を決めた友人が書き込んだときは、ディスプレイに向かって号泣したくらいだ。

あのときの、ノワールをいつまでも大事にしている。
あのときの真っ黒いわたしたちを記憶しておきたくて、ちっとも進まないノワール小説をずっと描いている。
ちっとも進まないけれど、少しずつ、何年も連作短編で書いている。
書いていないときも、頭の中でプロットを少しだけ積み上げている。
わたしの中に時々現れる「真っ黒い感情とやりきれないもの」は、自動的に「頭の中のノワールの小箱」にどんどん放り込まれる。

小箱にあるのは「真っ黒い感情」だけではなくって。
エロとか、セックスやエロい感情が引き起こす、まちがったパワーバランスとか、過剰に被虐的なものとか露出とか羞恥シチュエーションとか。
あ、そのほかにも「加齢でなくしていったもの」とか「彼岸に渡った友人との答えのでないやりとり」とか、とりあえず黒いものがどんどん入っていく。

ある日気づいた。
ノワールの小箱があるから生きていける。
ここに、愛してるものがたくさん入っている。
誰から見ても、うっとおしくてヤバくて、日々の生活の中で口にだすこともないけれど。

心の中のノワールを大事にしていると、案外「なにごともないようにふつうに」生きていけるものだ。


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2020年04月30日

#メシモノガタリ


水彩色鉛筆。あいかわらず、ちょっと強めに描くところの加減がわかりません。




外食のことばかり考えている。
ずっとずっと外食をしていない。
自宅時間が長いので、家では時間をかけたものを食べることもできる。
今日はアヒージョを作った。でも、それとこれとは別。外食が恋しくてたまらない。いつも「そろそろおいしいものを食べたいなあ」という頃合いで「彼女」が電話やショートメッセージをくれたのだが。

なんで、彼女は最近誘ってくれないんだろう?

「彼女」は語学スクールの先生をしていて、第5週は授業が休みになった。
わたしは金曜日が定休日なので、第5週の金曜日がある月にわたしたちは集まるのだ。「5金(ゴキンの会)」と名付け、数人の友人を誘って、ゆったりしたレストランを彼女が選んだ。
坂と木に囲まれたイタリア料理だったり、隠れ家のような古いマンションの一室にのお店だったり、石窯のあるピザ店だったり。
どこからこんなおいしいお店見つけてくるんだろう?というような素敵な店を見つける才覚は、わたしたちのグループの中には彼女にしかなかった。

不要不急の外出はできないとはいえ「落ち着いたら○○にご一緒しませんか?」的なメールが来ればいいなとずっとずっと思っている。

4種類のチーズの上に蜂蜜をかけるピザ「クアトロフォルマッジ」がずっと頭から離れない。

その店は、駅から降りて10分ほど歩いたところにあった。
生ハムやオリーブの実やサラダやローストしたお肉、数種類のピザをさんざん食べつくす。
そして最後注文するのがクアトロフォルマッジだった。
焼き上がるとわたしたちは歓声をあげる。
本当に!夢のように素敵な味!とろけたチーズに甘いはちみつが絡まる。
石窯で焼いたばかりの生地はほかほかしてて、本当に幸せな気分にさせてくれた。
お互いの仕事の愚痴をほどよく吐きながら、政治的なスタンスをほどよく告白しながら、わたしたちの外食は、完璧に完璧で、まるで夢のようだった。
たくさん笑って、たくさんおいしいものを食べて。
人生の折り目折り目に、そういう時間はぜったいに必要なのだとわたしは信じていた。

なのに。Googlemapを探してみても、あのピザ店の名前が思い出せない。

少し複雑な路地だった。彼女が先導してくれて、わたしは場所もはっきり覚えてなくて。もう一度行こうと思っても、どうしても思い出せなくなってしまっていた。
彼女がピザのお店まであちらに持っていってしまったのだろうか?

彼女はもういない。
旅行中の不慮の事故でなくなった。妹さんがバタバタで手続きして、すべてが終わったあとに、最後にメールを交わした友人のところに連絡が入った。
私はつい、そのことを忘れてしまう。
あまりにも現実感のない話。
本当にあった話じゃなくて、何らかの事情で嘘をつかれてるんじゃないかとさえ思ってしまう。
それでも彼女はやはりもういないのだ。
ショートメッセージは二度と来ない。
いつまでも彼女が瀟洒なお店を教えてくれるわけじゃない。
楽しい時間を過ごしたければ、わたしが自分で探して、自分で計画しなければいけなくなってしまったのだ。

菜の花の黄色一色に染まった、河沿いの道を車で走りながら、向こう岸にいる彼女のことを思い出す。
彼女はいつも言ってってくれる。

「元気? いつかまた会えたら、おいしいものをごいっしょしましょう」


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2019年06月16日

LoveHotel


仕事でよく訪問する事務所がラブホテル街の中にある。ほぼ毎週のように車で向かう。
そして、ほぼ毎回、ホテルから出てくる車とすれちがう。

いろんなホテルがあるけれど、いろんな人が利用してるんだな。車で入れるモーテルタイプの中をのぞいてみると、車がたくさん停まっているではないか。
そして、車の運転が乱暴でも恥ずかしげでもなく、ふつうに人の出入りがあるということも小さな驚きだった。道路が片側工事中だったら、こちらが通りすぎるまで待っててくれるし。

平日の昼間のラブホは意外にも年齢の高いカップルが多い。50台前後? 
車の中に見えるカップルをチラ見して、そうか、そうなんだなと納得する。

わたしは、10年以上前のライブハウスの夜のことを思い出していた。

その夜、彼の住む町の小さな店で音楽ライブを聞いた。ギターとバイオリンのアンサンブル。スピーディな演奏に心が気持ちよく踊った。
隣の席にいたのは、わたしたちよりも10歳〜20歳は年上の中年の男女。とても頃合いよくこちらに話しかけてくれる。
「飲み物、注文した?」とか「あ、もうすぐ始まるよね」とか「すごいね、いい曲ね!」とか。小さな店内に似合うフラットな雰囲気が心地よく広がり、ライブの最中もわたしたちはお互いに演奏の心地よさを喜びあったり歓声をあげたりして一緒に過ごした。

ところが、この2人はアンコールに入るタイミングで時計を見てそそくさと店内を出ていった。
「またね」スマートにそう言いながらも時間を急ぐ。マダムというわけではないがこぎれいな「働く奥さん」的な女性と、やはり高級はないもののこぎれいなスーツの男性。終電にはまだずいぶん早い。

「これからラブホに行って、それからお互いの家に帰るんだな」なんとなくだけどわたしはそう思った。

ライブのアンコールまで聞いて、わたしと彼は遅い電車に乗った。かなりの雨が降った夜だった。雨粒の滴ったビニル傘が彼とわたしの膝がくっつくのを邪魔していた。

わたしたちはあと10年たっても、あの2人のように恋人でいられるだろうか? ライブのアンコールを省いて、時間を気にしながらもセックスに夢中になれるだろうか? 
そうなれればいい。この人とそういうふうになれたらいい。わたしは電車の中の振動で身体をくっつけながらそういうふうに思っていた。そのときわたしはそれくらいに彼のことが好きだったのだ。

10年後のわたしたちはそうはならなかった。

決定的な何かがあったわけでじゃないし、まったく連絡の取れない場所にいるわけではなく、ただただ疎遠になっていった。
いや、自分が意識的に疎遠にしていったという自覚はある。もう、話さなくていい、会わなくていい、電話で話す必要もない。

誰が悪いわけではない。わたしの中のいろんなものが抜け落ちていったのだ。

愛情だけではない。身体の中から湧き上がるものとか、受け入れるものとか、そういうものがすべてストンとなくなってしまったのだ。
「容れ物」それ自体がなくなってしまって、もうそこに「彼」の入る場所がなくなってしまった。

自分でも驚きだった。もう、愕然とするほど、自分のコンテンツがなくなってしまったことを「彼」によってわたしは知った。
時間がたつとはこういうことだ。年齢を重ねるということはそういうことだ。
わたしはこれからこういうふうに「容れ物のない自分」を生きていくのだ。そう実感した。

それは自分にとってはすごく衝撃的な出来事あったけれど、今になっては「それも悪いことじゃないな」とは思っている。「自分の容れ物がない」ということは「人を自分の中に入れなくてもいい」ということである。
それによって受け取る「甘美」もないが、受けとる「傷」もないのだ。

最近、わたしは「人を憎むことが少なくなってきた」ような気がしている。


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posted by noyuki at 11:40| 福岡 ☁| Comment(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月09日

彼岸のさくら

IMG_3326.jpg


「春がきらいな人って、死ぬのがこわい人なんだよねー」

彼女がそう言った。
「まるで占いのように、信ぴょう性のない言葉だ」とわたしは思う。
でもそんな彼女の言い方が嫌というわけではなく、いつもと同じようにふんわりしてて「ああ、なつかしいな」とも思った。

わたしは昔から春がきらいだった。

空気の悪そうな春霞も、つぎつぎに花粉を撒き散らす木々も、年度末や春休みや環境の変化で慌ただしくなる道路事情も、若い頃からずっと嫌いだった。
入学式に胸踊る子供ではなかったということもあるのかもしれない。
そしてもちろん小さい頃から「死ぬのがこわい」子供だった。
でも、そんなのは血液型占いと同じくらいの確率で誰に対してもあてはまる言葉だと思う。

「春の花って光って見えるんだよねー」彼女は続けた。
「桜もでしょ、菜の花もよ、それからつつじも藤もハナミズキも、みーんな、川の向こうから光ってみえるんだよ。のゆきさん。ほんとにこちらからみーんな見えてるの。春ってほんとにきれいだよー」

彼岸に旅立って数年たつのに、彼女のそんな話し方がなつかしくなって、時々さみしくなることがある。
彼女がそう言った気がして、わたしは花の下に立ち止まった。

そうか。見てくれてるんだね、みんな。
先に行って待っててくれる人たちがたくさんいるようになったから。
わたしは最近、そこまで怖がりじゃなくなった。

のいちゃんの見てる「ひかるさくら」をいつかいっしょに見ようとおもうよ。


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2017年06月28日

戦場のパーティ


夢の中で、わたしの家はいつもここだ。

大通りから横道に入り、大きな川の堤防へと向かう。アップダウンの激しい人家の少ない畦道だ。堤防にぶつかる。左方向に曲がる。今度は急な上り坂が続く。両側には背丈ほどの紫陽花。荒々しい坂道だ。
その坂の中腹に、わたしの住む2階建ての木造の家はあった。

わたしは27才。
父母はすでに存命していなかった。大きな木造の家にいるのはわたしひとりだ。
わたしには仕事があったのだと思う。わたしは毎日坂を歩いていたからだ。でも、どういう仕事だったのかは詳しくは思い出せない。
簡単な事務作業だったのだろう。大きな口ひげ男が「今日はこういう書類を作ってくれ」とか「これをまとめてくれ」とか指示して別の部屋に行く。わたしはそのあと一日中閉じこもってひとりでその仕事をしていた。
当時は戦時中で、どこか落ち着かなかった。
さみしいとか心細いという感情の行き場所がなかった。
わたしは、なすべきことをこなしてはいたけれど、ぼんやりと生きていた。

わたしはふわふわしていた。
感情というものを自分の中に育てることができない。
戦争のせいかもしれない。
あるいは、持って生まれたものだったのかもしれない。
さみしくもなかったけれど、楽しくもなかった。
生きていくというのは、夜が明けて朝がきて、食べるものがあって、それ以外になにがあるのか?
わたしは何も知らないままに死んでしまったような気がする。

そのあたりの記憶はあいまいだ。

ある日、家に帰ってくると、夕暮れに玄関を叩く人がいた。
若い男性だ。めずらしい、と思った。若い人はみんな戦争に行ったと思ってたのに、まだ、こんなところにいたんだ。

「数日中に家を出てください」目のくりんとした坊主頭の少年は言った。白い開襟シャツを着ていた。
「空襲が激しくなっています。ここは飛行機工場の裏手になるから爆撃を受けたらいっぺんに燃え移ってしまう。そうなる前に退去してください。どこか身を寄せる場所はありますか?」
「はい。親戚に疎開します」とわたしは言った。
嘘だ。田舎なんてないし、身を寄せる家なんてない。正直にそう言って、そのあとのやり取りをするのが面倒だった。

「残念ですが、この家は壊すことになると思います。延焼を防ぐためにです」
「そうなんですね」
「景色のいい家ですね。坂のとちゅうの紫陽花がここからは広くに点在してみえる」
「そう、縁側から見るとね、海の中に白い波が見えるみたいに、明るい色の紫陽花がそこらじゅうに見えるんです。まるで、船上でパーティしてるみたいに」
「戦場のパーティ?」

わたしは言葉の意味が上手に伝わらなかったことを後悔した。
わたしは喋らなさすぎたり、喋りすぎたりしてしまう。
そして、だいたい正確には伝わらない。

「外来語をむやみに使うと叱られます。でも。自分はそのパーティというものをいつか楽しんでみたい。どうか、安全に避難してください」
坊主頭の少年はそう言った。

「いつか」?
「楽しんでみたい」?

いつか、先のことなんて考えたことあっただろうか? そしてそれが「楽しんでみたいこと」だったことなんてあっただろうか?
そういう未来があるのか? 
そう思いながら、少年の目を見た。漆黒のビー玉のような目だった。

その目を見たときに、今まで感じたこともないなにかを感じたことを覚えている。
ぽっと。ろうそくの火が灯るような感覚だった。
何も変わりはしなかった。ただ、ろうそくの炎の分だけ、世界が明るくなったような感じがして。
そして、炎はすぐ消えた。

わたしという月は急速に欠けていって、それから先のことはおぼろげに覚えているが、痛みもなにもそこにはなかった。
勧告にも従わず、行く場所もなかったわたしは、炎に包まれて、この家の中で朽ち果てた。
悔しさも後悔もなかった。
わたしは死ぬ前にずっと欠け続けて、新月になってしまっていたのだ。
わたしはふわふわのまま死んでいった。

******


27歳をすぎてはじめて、いつも夢に出てくる家が、わたしの昔の家だったことに気づいた。
前の世界のわたしは27でなくなったのだ。わたしはその後の人生を生きてみようと思った。

わたしはあいかわらずふわふわしていた。

それでも恋もしたし28歳で結婚した。少し強引なところのある人で、わたしを孤独な世界から外へと連れ出してくれた。
ふつうの結婚、そして夫の帰りを待つこと。夫はわたしの作る食事はどれもおいしい、と言ってよく笑ってくれた。
そんなことが自分にあるなんて思いもしなかったので、とても驚いた。
なのに結婚生活は長くは続かなかった。
夫は職場に好きな人ができて、ある日、わたしにあやまる長いメールを送って、そのまま帰ってこなくなってしまった。
メールも携帯電話もその日をさかいに通じなくなった。

どうして、腕の肉が削ぎ落とされるように痛いんだろう?
どうして、内蔵をひとつ掴みにされたみたいにカラダが苦しいんだろう?
どこか身体の一部分を持っていかれたようだった。
またわたしは欠けていきつつあった。生きていく感覚は急速になくなっていった。

そういう時間を長く長くやりすごして、それでもなぜかわたしは生き続けた。

わたしはまだ2回しか生きてないから、いろんな感情をうまく処理できないのだろうか?
とすれば、まわりの人は、もう何度も生まれ変わった人ばかりなのだろうか?
苦しいことから順番に覚えていった。
苦しいときは、こんなに身を削がれるってことから覚えていった。
だけど、不思議なもので、苦しいことがあれば、相対的に楽しいことがわかってくるってことにも気づいた。

そんなわたしのことを心配して一緒に夕飯を食べてくれる女友達ができたり。
給料日には男女いっしょのグループで居酒屋に行って大騒ぎをしたり。
そして。酔っ払った男が私の家に泊まったり。
それでもつきあうことはなかったけれど。
ささいなことがどんなに楽しいのかわたしには少しずつわかってきて。
「でもさ、生きていると楽しいこともあるよね」
そんなことをやっと言えるようになってきた。

働いている福祉施設のデイサービスで、わたしは昼休みに外に出ようとする男性の見守りをする。
玄関の椅子に座って、井本さんは杖を自分の脇に置き、入道雲の様子を見ながら、今日の天気の予想をしたりした。
「出たらどこに行くかわからないから、出ないように気をつけて」と言われるけれど、井本さんは外には出ない。
この椅子から外を見ながら、いろんな話をしてくれるだけだ。
そして、その話を聞くのが、わたしはとても好きだった。

「ほんとは飛行機乗りになるつもりだったんだよ」
ある日井本さんは言った。
「飛行機に乗るための試験を受けに行ったんだけど、そのとき蓄膿症がひどくてね、不合格になってしまったんだ。まわりがみんな行ってしまって、自分が乗れないのはつらかった。けど、それでも自分はこの年まで生きているね」
井本さんは少しばかり記憶があやふやだけど、昔のことはよく覚えている。
「坂の下町のあたりにいたんだよ」
「ここから10キロほどのところですね」
「ああ。もう工場が空襲でやられるだろうってことで、まわりの人を疎開させるためにずっと説得して歩いてたんだよ。坂のとちゅうの家に住んでたお嬢さん。どうなったんだろうかって時々思うんだ。わたしが訪問した日の夜に空襲があって、あのあたりは焼け野原になったからね。疎開するって言ってたんだけど、ちゃんとすぐに出られなかっただろうなあとか。いまだに心配になるんだよ」

それはわたしだ。
生まれ変わる前のわたしだ。
わたしは逃げなかった。
そして、新月のように真っ暗なわたしになって、記憶をなくして、消えていったのだ。

「井本さん。そのひとはきっと今も生きてますよ。わたしにはわかります」
「そうかなあ、そうだといいなあ。そうだ、お嬢さん、あなたにちょっと似た感じの人だったよね」
「きっと幸せに生きてますよ」

そうだね。この年まで生きたんだもの。幸せでいてほしいよね。
井本さんはそう言いながら、入道雲の空を見上げた。

面影のある顔。ビー玉のような丸い眼球。
そうだ。あのとき、わたしはろうそくの火がぽっと灯るような気持ちになったのだった。

あの気持ちをなんと言うのか、今のわたしにはよくわかる。
よくわかるようになるまで今度は生きられて、ほんとうによかった。





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2017年04月30日

月尾島(ゲツビトウ)のさくら




ソメイヨシノはまだ。



「さくらはやっぱり月尾島(ゲツビトウ)よ。島のぐるりにさくらが植えてあってとてもきれいなのよ」
ベッドの上で麻子さんが言った。

「そこは仁川(ジンセン)から近いのですか?」
わたしは尋ねる。
わたしにとっては仁川は(インチョン)なんだけど、麻子さんは日本語風に(ジンセン)という。

「近いね。島だけど、歩いて渡っていける。その島のぐるりに桜を植えてあって、すごくきれいよ。みんなでそこに行って花見をするのよ」
「日本人も韓国人も?」
「そう。うちにいた韓国人もみんな。韓国人のお菓子とか持ってきてた」
「トックとか? 」
「名前はわからないけど、どれもおいしかったよ」

麻子さんの家は商売をやっていて、いろんな人が働いていた。
主人である麻子さんの父親に褒められるよう、雨が降ると小学校まで迎えにきてくれた。
チョンシギとかカクチョギとかそういう名前だったと思う。
ひとりは傘を持ち、もうひとりがおんぶしてくれた。
麻子さんは満鉄の駅の名前を順番に言える。
仁川、京城、とそらで。

わたしはスマホでウィキペディアを見る。

軍の基地があったようですね。そしてロシアもいて領土争いもあった。
もしかして桜は、日本であることを主張していたのかもしれないですね。

そうかもしれないけれど。それでも花見は楽しかったよ。

わたしは慰安婦問題まで持ち出す。そんなことはないよ、と麻子さんはきっぱりと言う。
どこかではあったのかもしれないけれど。

終戦になり、麻子さん近所の人の船で慌しく帰国する。
そのあたりで話はだんだん、もうあいまいになる。

大正生まれの麻子さんの記憶は、どこまでもクリアというわけではない。
だけど、わたしは、麻子さんから聞く韓国の話が好きだ。

仁川にあった柳の木や、可愛がられた記憶。
時代を見てきた人の話が好きだ。
資料や主張の中にある事実と違うかもしれないけれど。
幸せな記憶を麻子さんが何度も繰り返す、その話がとても好きだ。


ちなみに現在の月尾島(ウォルミド)のようすはこちらです(soulnaviより)



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2015年05月21日

西へむかう帰路

今日みたいに黄砂か多い日は舌がしびれるんですよ、びりびり。


タカダが死んだと聞いて、そのことがずっとアタマの片隅にひっかかったままだ。

毎年タカダ夫妻からは年賀状が届く。
だけどその年は違った。
12月のはじめの頃に、印刷した欠礼はがきが奥さんのユウコの名前で届いたのだ。

5月にタカダが急逝した、と印刷の文字が無機質に伝えていた。

タカダとユウコが結婚して、別の土地に住むまでは、わたしたちのグループはいつも一緒だった。木田くんや美香もいた。他にも何人もわたしたちのシェアハウスに出入りしてた。
びみょうと言えばびみょうだったのは、最初、タカダとわたしがつきあいはじめたのに、いつのまにかユウコと結婚することになったことだ。

それはすごく悲しいことだったし、詳しく書きたくもない。ただ、幸運にもわたしたちは友だちでいつづけられた。
タカダとユウコの結婚式のあとに、タカダはわたしの手を取って泣いた。
オレが言うことじゃないけど、ナオミにはぜったい幸せになってほしい、本気でそう祈ってる、わたしたちは手を握りあって泣いた。
そして、今、思い出した。
二次会のパーティで、タカダの先輩とわたしがいい感じになったとき、タカダは、「先輩、結婚してるのにナオミに手を出さないでください」ってマジに怒ったのだった。
今考えても失笑ものだ。
以前から憧れてたタカダの先輩に言い寄られて、悪い気はしてなかったのに。
そう。
タカダはそんな純粋なヤツだから、憎んだり恨んだりできなかったのだ。

なのにユウコは半年以上もタカダの死をわたしに伝えなかった。
電話をしてみようと思ったけれど、それもできなかった。
一時期シェアハウスで同居してたくらいだもの、ユウコの性格はよくわかっている。言いたくないことはぜったいに言わないのだ。自分の弱みも悩みも、なにひとつ言わない。
彼女がはじめて告白するのはいつも、自分の中ですべてを片付けたあとだ。
わたしは、ユウコの中でいろんなことが片付くのを待った。

そしてわたしはよくないことばかりを考えた。
タカダがなんで死んだかってことだ。
賭け事好きのタカダは莫大な借金を作って自殺したんじゃないか?
あるいは誰かの保証人になって、あるいはよくない所から借金して。

ストリーはいつも違うけれど、だいたい、そんな結末ばかりだった。

タカダの死についても夫に伝えた。遅れてきたハガキ1枚で、葬儀にも出れなかったことも。そして、夫の意見もわたしと同様だった。
「なんらかの事情があったのだろう、触れてほしくない事に触れないほうがいい」

その後はユウコとの年賀状のやりとりも途絶えたままになった。
ひとりで車を運転してるとき、それが夕暮れだったりすると、わたしはタカダのことを考えた。
彼はどんな人生だったんだろう?
ユウコとの結婚生活はどうだったんだろう?
そうしてなぜ、自殺しなければいけなかったんだろう?
落日はいつも死とつながっていた。
その時刻はいつも、タカダのことを思い出すための時間だった。

三年がたち、以前ユウコと一緒に勤めていた会社のパーティで、私はユウコに再会することになる。

彼女は相応に年を取っていたけれど、ラインのきれいな革の茶色いブーツに黒のワンピースを着ていた。大きなターコイズの短めの首飾り、相変わらずの華やかさだった。
わたしは自分から「その話題」を出すことはできなかった。

そして同僚数人のグループで近況を話していたとき、ユウコは言った。
「夫は三年前になくなったの。雪の日の車の中で、彼は死んでいたの」と。

ひとりで故郷の家に帰っていたらしい、帰路に吹雪に巻き込まれ、車を停め、そこでなくなっているのが発見されたらしかった。
「ナオミにも話してなかったっけ?」ってユウコは、取り繕うように軽く笑った。
けっして弱い部分を見せない彼女の性格を思い出し、ああ、そんなふうにしか言えなかったんだなとわたしは思った。
自分の中で収拾のつかなくなったことを言葉にするのはむつかしい。
それでも、彼女が話してくれたことでわたしは少しほっとした。
「今はあたらしいボーイフレンドもできて」という言葉には少なからず苛ついたけれど、タカダのことを喋るためには「あたらしいボーイフレンド」も必要だったのかもしれないと言い聞かせた。

仕事場から家に向かう道はまっすぐに西にのびている。
落ちてゆく夕日を追いかけながらタカダのことを思い出す回数は、少しずつ減っていった。
借金のすえに自殺をした筋書きも消えてしまったが、吹雪の車中でタカダはどんなだったのだろうと考えることはあった。
彼は実家で好物のビールを飲んだのだ、そして、車が動かなくなったタイミングで酔いを覚まそうとしたのだ。彼は、ほろよいの夢うつつの中で消えてしまったのだ。
死に方に幸せも不幸せもない。だけど、わたしの想像は少しずつ軽くなっていった。

そうしてもう二年がたった。
タカダのことを思い出すことはぐんと減った。
わたしの「記憶のタカダ」もだんだん小さくなっていき、そして、ときおりそのことに抵抗するように、タカダという名前がふっと頭に浮かんだりもした。

逢魔が時の薄暗がりは、ときおりちがうものを見せてくれる。
その日、わたしはまたタカダのことを思い出していた。

あのとき、タカダがユウコと結婚してなくて、わたしと結婚してたらどうだろう?
そうしたら、タカダはまだ生きているんじゃないか?
タカダと結婚したかったわけじゃない。
でも、そうしたら、何かが違ってたんじゃないか?

「ユウコ、あんたなんかと結婚したから、タカダは死んだんだよ!」
赤信号で待ってるとき、わたしの口からとつぜんドロドロが言葉が飛び出した。
びっくりした!
なんなの? そんなこと思ったこともなかったのに。
ふつうに考えてもそれは違うのに。
交差点での風景は、広がっていく言葉に覆われて真っ黒になって、わたしは、夕闇に浮かび上がる赤信号をたよりにやっと家路についた。

家で降りたら外は漆黒の闇に変わっていた。

ちいさなちいさな恨みや後悔を、手に取ることは無駄だと言い聞かせてきた。
そのことに鬱屈すら感じたことはなかった。
だけどもある瞬間に、ザラザラとした砂が波にさらわれないままに残っていることに気づくのだ。

車のドアをあけると、いちだんと冷えた夜の空気にアタマがクリアになってくる。

ユウコの中にも、同じ海の砂が、同じように残っていたのかもしれない。
わたしがその存在に気づく前に、ユウコはその砂を、悲しみの中で掌に握りしめていたのかもしれない。

そう思ったとき、ユウコに対する無意識の不満が、スルスルと消えていくのがわかった。

ねえ、ユウコ。

わだかまりと思わないくらいのわだかまりも、この世界の中にはずっと流れているのかもしれないね。
誰も気づかなくても、そんなものがわたしたちの知らない浜辺にじっと溜まり続けていくんだろうね。


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posted by noyuki at 22:57| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月07日

書いてみた

テーマ「わたしが大人になったとき」
* (某所でのエッセイのテーマです。ぜんぜん関係ないけれど、書いてみました)

「取り立て屋を使ってみたらどう?」
不動産屋の女性がそう言った。
「うちに名刺を置いていったところがあるの。礼儀正しいしちゃんとしてた。うちはまだ使ったことないんだけど、料金もきちんと書いてあるし、悪い感じじゃなかったよ」
義父母の遺した四階だてのワンルームマンションが、健康なニワトリが毎朝卵を産むようにきちんと収益をあげたのは10年ほどだった。
老朽化もだが、家賃の滞納が悩みの種。
景気も悪いし、世の中も変わったんだろう、何度催促しても約束しても何ヶ月も滞納する人が増えた。
同年代の気心のしれた不動産屋の女性と、マンションの売却を画策していたのだが、春先に景気が上向きになり、とんとん拍子に買い手がついた。
それで、一番悪質な入居者だけは退出してもらうことを決めたのだった。

「取り立て屋」は家賃の取り立ても、追い出しも一定の手数料を払えばやってくれるのだという。
意を決して名刺の番号に電話すると、ガタイのいいダークスーツの男性が、上等な会社案内のパンフレットを持ってやってきた。
「私共は違法なことや悪質なことはけしていたしません」と、物腰柔らかに説明する。
だけども、その柔らかな言葉の裏に硬質なものが見え隠れして緊張した。
わたしは契約書にサインした。手数料を差し引けばたいした収入ではない。
だけども、これから先にマイナスを増やしていくよりかはいいと思った。

「いつもお世話になってます。入居している平田です。実はさきほどあなたの代理人と名乗る男から電話があったのですが」
入居者から電話があった。さっそくアクションがあったのだろう。
「私はこれは詐欺ではないかと思いまして。その人の言うことがどうしても信じられないものですから、大家さんと直接お話ししたいと思いまして」
いつになく丁寧な口調でだった。
「ええ、そうです、すべて任せました。これからは、お金のことはすべて彼と話してください」
空白がおとずれる。かなり長めの空白だった。
「これまで、困っているときも、とてもよくしていただきましたのに…」
今まで家賃を待ってもらったことにはとても感謝している、自分は本当に行くところがない、お金はなんとかして用立てるから、どうかそのままおいてもらえないだろうか? というようなことを本当に平身低頭の口調で彼は訴えた。
狭い町の中で入居者がどういう生活をしてきたかなんてすぐにわかる。
タクシー会社の配車係としてきちんと働いてきた頃は、共用階段の掃除などもみずからやってくれていた。
だがそこを辞め、いくつかのタクシー会社を渡り歩くうちに彼は変わってしまった。ギャンブルに手をだしているという噂も聞いた。家賃は何ヶ月も滞納するようになった。
そのあと「取り立て屋」からも電話がはいった。
「お金は払うが退出はかんべんしてくれと言われますがどうしましょうか?」
「だめです。退出させてください」
その後のふたりのやりとりをわたしは知らない。
仕事はほどなく完了し、手数料を支払った。
一度も入居者に会わずに、すべては終わった。

わたしはいつオトナになれたのかと思うとき、この一連のやりとりを思い出すのだ。
自分の生活のために、人の人生を踏みにじることだってわたしはできたのだ。
このときかぎりではない。
わたしはその後も、やむをえず他人の大切なものを奪った。
一度経験してしまえば、二度目もあるのだ。
大人として金や情報を使って、手段を手に入れるのは、プロメテウスの火を手に入れることに少し似ていると思った。
一度手に入れたからには、もっと謙虚に用心深く生きなければならない。



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2014年02月26日

セカイは言葉でできていない



歩きながらイルミネーション撮ったらこうなった





逆説的な言い回しに聞こえるけれど セカイはやっぱり言葉でできてはいないのだ
だからときどき 扉のずれた部屋にいたり
ゆらゆらゆれる海の底にいるみたいな気分になってしまうのだ

私だけの勝手な言葉をつなぎあわせて じぶんのちいさな橋をつくるのだ

ほんとうかもしれないし 嘘かもしれないけど
ちいさな毛糸をつなぎ合わせて そうしてそれを つなぐのだ

出会うたびに 出会う人ごとに
やっぱり扉はずれたままで
だからそのたびに ひとつひとつに言葉をつなげていく

あなたのことを放り出さなくてすんだ

ズレている場所を埋めていくのは けっこう楽しい
今は わたしはそう思ってる

そういうふうにすることが きらいじゃないってわかったから

だから もう それで いいのだ

わたしはどんなにズレた場所にいても
セカイのことが好きだし
あなたのことだって大好きだ


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2010年11月30日

言葉が散乱していって戻ってこない


元気ですか?
こちらはひとつの言葉が浮かんでは、「あ、これ」と思い、思っているうちにいつのまにか消えてしまうような毎日です。
そのときはたしかだと思うのに、案外そうではないようにも思えてくるのです。
つまりは元気でもあるし、元気ではないのかもしれない。
どちらがほんとうかわからないから、どちらもありなのでしょうが。
色とりどりの紙吹雪のように掌から風に飛んでいってしまうような感じでもあります。

この時期になると家の窓から見えていた白い山茶花の木がなくなりました。
かわりに新しい大きな建物の工事がはじまっています。

それから小菊がたくさん玄関に咲きました。
何年も咲いてなかったけれど、菊は辛抱強くそこにあったらしいのです。
まるで遠くの世界から誰かがいたずらをしてるような気分です。

そうそう。
最初に書こうと思ったタイトルはそういえば「世界は暗示に満ちている」でした。

少しずつなにかが変わっていく空気は、そういえば「世界は暗示に満ちている」という感じでもありました。
ところが何の暗示かもわからないうちに違う言葉がやってきました。

つぎの言葉は「奥歯をくいしばれ」でした。
サザンオールスターズの歌の名前です。別れた彼女に「嫌われ女になるからよせよ」っていう歌です。
作者は彼女と別れて悔しくて奥歯をくいしばっているのです。
悲しいと悔しいは、少し似ているけれど違います。後悔も似ているけれど違います。
そうこう思っているうちにその言葉も風に吹かれて飛んでいってしまいました。

人を傷つけた感触と、人とつながった感触はどちらが深く心にのこるのでしょうか?
度合いにも状況にもよるので、どちらとも言えないから愚問だと思います。
この問いもしばらく心に残っていたのだけれど、そして愚問という言葉に片付けられ、今はなくなってしまいました。

さきほども車を運転しながら、なにかの言葉がやってきて、激しくわたしを包んだのだけど、その言葉に至ってはどういう言葉なのかさえも思い出せません。

そういうわけで、今日も言葉をつかみ損ねました。
つかみ損ねたままに毎日が過ぎていきます。

言葉にならない怒りや喜びは、それでも世界中でやりとりされているような気がします。
遠い世界の戦争の話も、今すれちがった小さな子どものほほえみも。
明確な意志を持たずにそれは、大気の中を流れています。
それに感化されるのがわたしたちで、意志はすべてが意志というわけではないのかもしれません。

とりとめもなくなってしまいました。
何度もつかみそこねたすえに、いいわけじみた言葉を並べ立ててしまいました。

いつかまた、会える日があるとしたら。
その日までわたしは「つながる言葉」を探し続けていたいと思っています。
今度は言葉をつかみそこねないように。しっかりと。


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posted by noyuki at 15:25| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

モモ・クロニクル

君のことを忘れないようにちゃんと書き留めておきたいと思うのに、思い出すのがつらくて先へ先へと延ばしてしまうよ。
だけども、あまり伸ばしすぎるわけにもいかない。わたしの記憶力にはかぎりがあって、大切なことやかけがえのないまでもどんどん色あせてしまうからだ。
たくさんのことを、君はわたしたちにくれたはずなのに。



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posted by noyuki at 17:02| 福岡 ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

「オレンジ」



 膝をついた格好で直立している。
 膝と膝の間には男の胸板がほどよく収まっており、その身体をもっと足元の方まで辿ってゆくと、身体と身体が直角に近いカタチで繋がっている。
 だけど、あたしの視界からはそういうふうには見えない。
 目をつむっている男の顔が、あたしのゆるやかな振動を受けて、ピントのぼやけた画面のようにブレている感じ。
 もっとも視力はすでに集中力を失っていて、意識は下腹部の奥の方の、小さな波が寄せては返すもどかしさ、もっと大きな波がまもなくやってくるであろう確信に満ちた予感の方に集まっている。
 そうして予想通りの大波がやってきて、のみ込まれる。
 きゅん、きゅん、きゅーんとした身体の震えに、意識が一箇所に集まって、力が抜ける。 
 あたしの外側は何ひとつなくなってしまう。
 男の身体も、腰骨を支えている男の両腕も、ベッドのきしみも。
 浮かびあがる球体が大きく膨らんで、それが粉々に分散して、波が引いていくのを待つだけの時間。
 その一瞬、あたしの外側は何ひとつなくなってしまう。

 つぎに気づいたときのあたしは、男の胸板に重なるように倒れ込んでいる。
 息がまだ荒いあたしを、男の両腕が支えていてくれていた。

*     *     *

「もう、こういうことはしない方がいいと思っているんだ」
 うん。しないにこしたことはないと思う。
 でも、正確に言うとあたしにはその逡巡はわからない。

 それなら最初から会わなければいいんだ。あたしに誘われるままにお酒を飲みすぎたりしてはいけないし、ホテルに誘われてもそのまま帰らなければいけない。
 ジーンズのベルトにあたしの手がかかろうと、けっして反応しないくらいの強い意志がれば、あたしだってそんなことはしない。

 男は、あたしの強い欲望を待っている。
 言い訳したり、自信がなかったり、覚悟がなかったりしながら、あたしがその場所へ連れていってくれるのを待っている。
 
 あたしは連れていかないよ。
 さっさとそう言ってしまいたいところだが、男の心の中にある、待ちの余白をあたしは見逃すことができない。
 
 見逃すことのできないあたしの暴力的な欲望に、男もあたしもしがみついているのだ。

*     *     *

 あたしたちが気の合う友達のままでいたら、何度も長電話したりいっしょにごはんを食べたり、もっと屈託なくできたに違いない。
 気の合う友達という位置はいつだって最適だ。
 そこにいるかぎり、けっして暴風雨が吹き荒れる日もこないし。
 わけのわからないものに翻弄されることもない。

 だから、最初にそう決めておくべきだったのだ。

 結局あたしたちはコイビトになることはできなかった。
 長い時間つきあってみて、それがわかった。
 コイビトという言葉の持つゆらぎとか、引き受けるべきものは重すぎて、とっくに放り投げてしまっていたし、放り投げることによってある程度傷つけあうこともあたしたちは十分に味わっていた。

 だけども、それで関係を断ってしまうほどの強さも持ち合わせていなかった。

 おそらくそういうカップルは世界中に、掃いて捨てる場所がないくらいに、たくさんいるような気がする。
 
 関係というのは、紙に書かれて定義されるような契約書のようにクリアじゃなくって、すごーくあいまいなものなのだと思う。

*     *     *

「ナオちゃんとはセックスしたんだよね?」

 あたしは、男の上に重なったまま、話のついでのふりをして尋ねる。
 
「やってないよ」 男は目をつむる。「家も近いし、共通の友達も多いからね。飲みに行ったりカラオケに行ったりすることはあるから、チャンスがないわけでもないではないけれど。でもね、やってないんだ」
 ウソかもしれない。ほんとかもしれない。
 あたしは、注意深く、接合した部分に意識を集中する。男が動揺していれば、屹立したものはそこにはなくなっていくはずだ。

 あたしのそういう集中を見透かした男は、やはり下半身に意識を集中する。
 だから、結局はそれを見極められない。

 あたしはことばを信じることにする。
 本当でもウソでもいい。ことばというカタチを持つものは、男の気持ちだから。気持ちの部分だけでも信じることができればいいからだ。

*     *     *

 朝まで飲んでいたという男が電話をしてきた。
 もう、大丈夫、お酒は抜けたから。
 お昼すぎにそうやって電話してきたのに、男は少し酔っている。

 なんでわかるかっていうと。
 彼は今、酔ってなければけしてできないような話をあたしにしているからだ。

「あのとき、ナオちゃんとやったかってどうして聞いたの? たしかにやったよ。でも、誰もそのことを知らないんだ。どうしてそう思ったんだ?」
 直感みたいなものだ。
 直感としか言いようがない。
 その直感を導き出した細部ももちろんあるのだけど、それについては言わない。
 その細部は何度もあたしに、わけのわからない感情をつきつけてきたのだから。

「ユウコと知り合う前の話だよ。ほんとに何度も何度もやったのは。今はもうしないんだ」

 かつてコイビトを目指していたあたしたちは、それをうまくやり通すことができずに一時期疎遠になっていた。
 ナオちゃんと飲みに行くようになったのはたぶんその頃だから、あたしと知り合う前というのは記憶ちがい、もしくはウソだ。
 あたしたちには共通の友人も多いし、どのグループで飲みに行くことが多いのかなんて情報を、あたしは意外と間違わない。

「ほんとに。知り合いの誰も知らないことなんだ。なんでユウコにわかったのか。正直びっくりしたよ」
 あたしと別れたからつきあったなんて都合のいいことは思わない。
 男はほんとになおちゃんが好きなのだと思う。
 だから、秘密にしておけなかったのだ。
 誰かに言いたくてたまらなかったのだ。
 そして同時に。
 あたしに秘密にしておけなかったのだ。

 何もかもあらいざらいにぶちまけてしまいたい衝動。
 そんな波はなにかの機会に、音もなくやってくるものだ。

 よくわかる。
 あたしはよくその衝動を感じていた。
 このまま、夫に洗いざらいぶちまけて、泣きながら許しを乞いたい衝動。

*     *     *

 それからあたしは夢を見る。
 
 男となおちゃんが腕を組んで歩いている夢。
 何度も何度も同じ夢を見る。

*     *     *

 本気で誰かを所有したい人間は恋愛なんてしちゃいけない。
 
 だから、そういう人間になるまい、男の前ではそういう人間ではいまい、と思いながらも、あたしは、自分のそういう部分に目を閉じることができない。

 バカだなあと思う。
 あたしはあと何度か、あの嫌な夢を見るのだろう。
 なおちゃんは、長い髪をなびかせて、それじゃあねって、あたしに言って、それから男と腕を組んで帰ってゆく。
 そんな感じの夢だ。

「ごはんだよ」
 子供の声が電話口の向こうで男にそう告げていた。
 そうして男は電話を切る。

 ほら。

 あたしたちはたくさんの現実を持っているじゃないか。
 いつまでも、モラトリアムの大学生じゃないんだから。

 あたしも夕飯を作ろう。
 窓の外には大きなオレンジ色の夕日の球体。

 落ちるまぎわの夕日がエクスタシーの瞬間の色に見えた。
 カーテンを閉めよう。
 夕飯はなににしよう。

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posted by noyuki at 16:28| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月23日

ベランダの恋人

 ベランダの恋人との逢瀬はいつもベランダだ。
 携帯電話の着信音が聞こえる、わたしはそれを持ってベランダの戸を開ける。
「今、いい?」とベランダの恋人が尋ねる。「いいよぉ」わたしはそう答え、ベランダに置いた椅子に座る。

 南西を向いた広いベランダからは、公園に隣接したテニスコートが見える。制服を着た女子高生がスカートを翻しながらラケットを振っている。その向こうにはマンションが林立している。そのマンションの隙間を、箒に乗った魔女のように風が通り抜ける。

 わたしたち夫婦は、カナミが幼稚園の年中の頃にこの中古マンションを買った。
 13階建てのマンションの7階。そろそろ小学校を視野に入れて家を探したのだが、ベランダの広さに一目惚れした。
「ここに椅子とテーブルを置いてビールを飲むといいね」と夫が言って、ベランダ用の白い椅子と小さなテーブルを購入した。
 夏の夕暮れなど、そこでビールを飲む日ももちろんあるのだが、それ以外の日はわたしの専用のようなものだ。

 夕方、子供が帰ってくる前くらいの時間に、ベランダの恋人と電話で話したりする。
 今日の天気のこととか、地下鉄で読んだ本の話とか、たわいものない話をしながら、わたしは洗濯物を取り込んでテーブルの上に放ってゆく。
 冬の日の太陽がマンションのすきまに沈んでゆく。少しずつ軌道をずらしながらも、同じように沈んでゆく。
 退屈で昨日と今日の区別もつかないような一日も、言葉にすることで、ある種特別な一日になることを知った。
 言葉に変えることは、わたしたちのあいだで実体を持つことなのだ。ひとつひとつの出来事が言葉に変わってゆくのは楽しい。

 ベランダの恋人は遠いところに住んでいるのでめったには会えない。
 半年に一度とか一年に一度会えないことはないのだが、会っているときは楽しくて、そのあとは会えないのがさみしくなる。
 
 ベランダの恋人にはセックスが不似合いだ。
 めくるめく瞬間と、日常とのギャップで、わたしは帰るべき場所を失う。名前を持たないセックスは暴力的に日常を壊してしまった。ひとたび壊してしまったあとで、それがわたしたちの望みではないことにようやく気づいた。それからわたしたちは、もっともっと、穏やかに長らえることを選んだ。
 選べるまでに、とてつもなく長いぎくしゃくとした時間が流れた。それでもわたしたちがそれを選んだのは、けして間違いではなかったと思っている。

 ある日、わたしはその男のことを「ベランダの恋人」と名前をつけた。ベランダの恋人はその日から、夕暮れの空を通して繋がれるようになった。少しだけわかった。すべての関係には名前と適切な距離が必要なのだ。

 ここのところ一ヶ月ほど、ベランダの恋人からの音沙汰がない。
 メールを打っても返信さえもない。わたしは毎日、夕方ごとに携帯電話を持ってベランダに出た。携帯の電源は切れているようにも思えた。
 最後に話したのはどういう内容だったのか? 
 職場の検診でひっかかって、再検査に行かなければいけない、何事もないといいんだけどね。たぶん何もないよ。すごく元気そうな声だもの。でも、安心するために再検査するのは悪いことじゃないよ、そういうやりとりだったと思う。

 あれから何がどうなったのか? ベランダの恋人は病気だったのか? それともなにか別のトラブルを抱えたのか? それとも、もう、こんな関係はやめようとある朝ふっと思い立ち、わたしの携帯を着信拒否にしたのか?
 不自由な想像力は、悪い方向に走りだそうとするばかりだった。
 そうだ。いつもそうだ。
 わたしは悪いことばかりを想像する臆病な人間だったのだ。
 そうじゃないのは、ベランダの恋人がオプティミストだったからだ。
 わたしは、毎日家族の夕飯を作り、夫とビールを飲んだ。なのに、たったひとつの不安で、すべての景色が色褪せてしまっていた。夜になってベランダに鍵をかけてカーテンを閉めてしまう。するとそれだけでベランダの恋人の記憶をすべてを置き去りにしてしまうような気がした。    わたしのまったく知らないところで、ベランダの恋人は別の日常を生きている。それがどんなことであろうとも私は知らないままでいるしかない。今、もし、ベランダの恋人が遠い町で死に絶えていたとしても、わたしはそれすらも確認できないのだ。そう思うと、心の中に小さな黒い毛糸玉のようなモヤモヤがいくつも転がっていった。

 クリスマス休暇に入った。
 よけいにベランダの恋人は遠くなった。なにがあったとしても家族がベランダの恋人を支えてくれるだろうし、あるいは彼が家族を支えていることだってあるのだろう。
 そうしてわたしもまた、わたしの家族にそうすることが必要だった。

「今日はみんなでアイスクリームを食べに行こうか」と、その日夫が言って、わたしたち家族は流行のアイスクリームショップに並んだ。
「食べ終わったら、みんなのクリスマスプレゼントを選ぼう」
 日常ではないイベントにカナミが喜んだ。
 アイスクリームショップは長蛇の列だった、いろんな種類のアイスクリームの色鮮やかなメニューを見つめながらカナミも辛抱強く並んだ。
 そしてわたしたちの番がやってくる。
「今日はおまたせしてすみません。クリスマスだから、うたをうたいながら作りましょうね」
 小さなカナミにそう言って、ショップスタッフがみんなで声を上げてうたいながらアイスクリームをアレンジしていった。
I wish you a merry ice-cream! I wish you a merry ice-cream!

 カナミがぎゅっとわたしの手を握った。驚きと喜びの鼓動がその手がら伝わってきた。夫がその様子を笑いながら見ていた。
 クリスマスの魔法の粉を振りかけたアイスクリームにカナミが目を丸くして喜んだ。

 あたたかい歌声だった。
 そうだ、こんなふうに祈ればいいのだ。
 祈るのだ。悪いことを考える前に、いいことに変わるように祈るのだ。
 祈ればいい。
 悪いことを想像する前に、いいことに変わるようにと祈ればいいのだ。
 それだけで、世界の景色は、こんなにも簡単に変わってゆくのに。

 下を向いて、甘いアイスクリームをつつきながら、少しだけ泣いた。
 涙でアイスが塩味にとけるのを悟られないように、静かに、わたしは自分の中のペシミストのわたしを溶かしていった。

 夫にはトミーヒルフィガーのマフラーを選ぼう、カナミはなにが欲しいのだろうか、なんでも欲しがりだから時間がかかるかもしれない。彼女ができるまで、ゆっくりと時間をかけて選んでゆけばいい。
 それから、家に帰ったら、ちょっとの時間をかけてベランダでメールを打とう。

 届いても届かなくてもいい。
 届かない気持ちのやりとりで、世界がくるくるとその風景を変えてゆくなら。
 わたしは、ベランダの恋人のための、わたしたちの世界の風景を作っていけばいい。

 I wish you a merry Christmas!

 わたしたちの家族がその瞬間を楽しんでいるのと同じように。
 ベランダの恋人にもその気持が届きますように。



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posted by noyuki at 22:51| 福岡 ☀| Comment(1) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする