「タピオカ」11 タロウ
まったく知らない街の駅の改札口でカヲルと待ち合わせをした。
カヲルの住む街から新幹線で半時間ほどの場所にある大都市。
クルミが住んでいるかもしれない街だ。
「中央出口を出たところで」と、土地勘のあるカヲルが言ってくれたけど、こんなに混雑した場所でカヲルのことがわかるだろうかと心配だった。 けれどそれは杞憂にすぎなかった。
彼は薄いブルーの生地に、赤い大柄の花模様の浴衣を着ていて、それはとても人目をひいていたからだ。
「こんにちは。遠いところ、ようこそ。へんな格好で、びっくりしました?」
僕は困る。
びっくりを通り越している。
遠目には髪をひとつに結んだカヲルは華奢で背の高い女性のように見えるけれど、びっくりするほど派手な浴衣だ。
ワイドショーでおすもうさんが私服の浴衣で歩いてるのを見たときに、ずいぶん派手だなあと思ったことがあるけれど、それに負けないくらいに色も模様も派手だった。
化粧はしていないが、眉を整え、大きな目がくりんとしている。
そして、改めて見てみるときれいだ。
それを口にしてみると、カヲルは美しく口角をあげてほほえんでくれた。
「クルミと会えるなら、この格好の方がすぐに気付いてくれるような気がして。浴衣がよく似合うってわたしに最初に言ってくれたのはクルミだから」
それから、それにしてもよくクルミを見つけられましたね、とカヲルは付け加えた。
ほんとによく見つけられたなあと僕も思う。
もちろん、すごく長い時間を要したのだけど。
クルミはSM関係の仕事をしている、クルミという名で。
たったこれだけのキーワードで、僕は数ヶ月のあいだ、いくつものサイトを行き来した。
デリヘル、ショーパブ、SMクラブ。
そんなサイトをキーワード検索していったけれど、その違いすらわからない。
ことにSMクラブという名前は、カヲルの住む街の地名で何度も入力してみた。だけども空振りだった。
そうしてなんとなく思ったのが、たぶん顧客を相手にするんじゃなくて、自分でショーをやるようなところにいるんじゃないかと言うことだった。
そういうショーをやる店がSMバーという名前で呼ばれることを、「体験記ブログ」のようなものを読んではじめて知った。
ところが、このタイプのサイトには広告が多い。うっかりクリックすると関係のない出会い系のサイトに繋がってしまうこともしばしばで、何度も迷路に迷い込んだ。
僕にはたっぷり時間があった。
雪乃を思い出しながらインターネットを泳いでいく、意味があるのかないのかわからないような時間だけが、大海原のようにあった。
たぶん、何もしていなかったら、この時間の海に押しつぶされていたに違いない。
そう思いながら僕は、出会い系のサイトで顔を出している女性の名前までこと細かにチェックしていった。
無意味なことだと思うこともあった。けれど、止められなかった。
これを止めたら、本当に押しつぶされるような気がしたのだ。
カヲルの住む街にはSMバーと呼ばれるものは一軒しか存在しなかった。
それなりの大都市だと思っていたけれど、需要がそれほどないのだろう。
それで思いついて、もっと大きな都市を検索してみることにした。カヲルとクルミの住んでいる街から列車で二時間、新幹線で半時間というその都市に焦点を絞ったのは、勘でもひらめきでも何でもなかった。
ただ、どこでもいいから検索してみたいという気持からだった。
そうしてある夜更けに、SMバーのサイトにある顔写真から「クルミ」という名前を見つけた。
一重まぶたのきつい目つきを派手にくまどった女性だった。
だが僕にはクルミの顔がわからない。
カヲルに、そのサイトのURLを送って、それでやっと確認できた。
カヲルはすごく喜んで、二人で会いに行こうと言ってくれた。
都合のつく週末の夕方を指定し、そうして僕たちはこの街に降り立った。
「地図をプリントして、場所は確認してきました。タロウさんは今日はこちらにお泊まりですか?」
そう尋ねられてはじめて、その日のウチに帰れない距離であることに気付いた。
「わたしは駅の近くのビジネスホテルを予約してるんですが、チェックインしたら、なかなかいい雰囲気でした。よかったら同じホテルに予約を入れましょうか?」
そう言ってカヲルが手早く携帯から予約を入れてくれた。
こまやかな心遣いができるカヲルに感心する。
雪乃、きみの友達はほんとうに素敵なヤツなんだな、と僕はココロの中でつぶやいた。
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