2017年10月11日

「AX」伊坂幸太郎 KADOKAWA (恐妻家小説)







「AX 」かなりおもしろかった!
とぎれとぎれに読んでしまって、じっくり「仕掛け」をチェックしていないけれど、けっこうな伏線の絡みもあり、殺し屋シリーズの中でもハードボイルドと「とほほな感じ」の絡み具合がとてもよかった。

*  *  *

ひとことで言うと「恐妻家小説」である。
介護小説も不倫小説もあるくらいだから「恐妻家小説」があったってまったくもって異論はない。そもそも「枠にはまりきれない多種多様の者たち」の数だけ小説はあるのだから。

殺し屋である「兜」はひとり息子「克己」と妻の3人暮らしだ。
表向きは「文具メーカーの営業」をしている兜は、妻になにひとつ口答えしない恐妻家。夜中に妻を起こさないためにも「音を出さずに食べられるもの」を追求するくらいの恐妻家である(笑)。
兜は依頼者である「医師」に殺人の仕事を請け負ったり、身近なところで事件に巻き込まれたりするのだが、それを通じて「兜」という人物が少しずつ透けてみえてくる。
「何も感じないでやれたこと」が、ひとつひとつの感情を獲得することによってほころんでいくまでの道筋。友情や愛情、共感、そんなものを獲得していくまでのユーモラスであたたかみのある道筋。
そして、そこにある「妻」の存在。
恐妻家小説の金字塔と言ってもいいと思う。

というような感想を述べる事自体が不毛なのではないかと思うくらいに、後半の展開の「ダイブ感」がすごい。

え? ええ? の連続である。

それは、自分の目でたしかめてほしい。言ったら「ネタバレ」ですごく恨まれると思うから、口をつぐむ。

いい小説でした。さいご、泣きました。


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2016年06月22日

伊坂幸太郎の備忘録「サブマリン」講談社

母が骨折して入院した。
救急車で運ばれたものだから、荷物もなにもない状態で病院のベッドでの生活がはじまった。
夜にわたしが家に帰ろうとすると、母が言う。
「のゆき、なんでもいいからベッドで読める本を持ってきて」
持っていたバックパックを開くと、文庫を含め三冊の本が出てきた。
ちょうど読み終えていたのは伊坂幸太郎の「サブマリン」。
「これでいい?」と聞くと、「それがいい」という。

その後、手術の痛みに耐えたり、リハビリにいそしんだりしているが、遅々として本のページは進まない。
わたしは「伊坂幸太郎の備忘録」を書くまでは誰にも貸さないというスタンスなのだが、今回それが破られてしまった。

というわけで、今回はじめて、本が手元にないままで「伊坂幸太郎の備忘録」を書いているわけですが、これ以上あいだをあけると、もっと忘れてしまいそうなのでご容赦ください。

サブマリン -
サブマリン -




「家裁調査官」陣内さんと、武藤のふたり組が、「チルドレン」から12年ぶりに登場。
12年たって変わったこと。未成年の無免許運転殺人、ひきこもりのハッカー、なんだか事件の殺伐度がレベルアップしたような気がする。
変わってないこと。相変わらずの陣内さん!

大きく分けて、ふたつの事件に関することが描かれているのだけど、思いのほか、登場人物も多くて、ちょっと複雑な人間関係。でもその分、小ネタのステキなエピドードもたくさん用意されている。

個人的に好きなキャラクターは若林青年。
「ひとつの事件に関わる」ことの意味を体現している人。
「人を殺してしまった青年」という事実は、新聞の字面のようにひとり歩きしてゆくけれど、ほんとうの若林青年を見ると、なんだかほっとする。
世の中にはけっこうこういう人も多いんじゃないだろうか?
きっといるにちがいない。

「サブマリン」の中には、こういう「ほっとする部分を持ってる人」がいっぱい登場する。
きっと、現実世界にもこういう人はいっぱいいるはず。
この本は、そう思わせてくれる作品。


*  *  *

そうして、体力的にも回復してきた母は、テーブルに置いてゆっくり本を読む集中力も取り戻していった。
しおりはもう、半分を超えた場所をさしている。

「のゆき、この本は読んでいるとけっこうおもしろいよ!」

わかってるよ、そんなことは。
でも、こうやってファンが増えてゆくのもまた嬉しいものだ。

*  *  *

もうひとつ追記

「あ、この本...」
病院の回診の先生が指差したのだそう。
「読んでみたいな、と思って、でも、まだ買ってないんですよね」

案外一冊の本がいろんな話題を作ってゆくものです。




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2015年11月15日

伊坂幸太郎の備忘録  「陽気なギャングは三つ数えろ」  NON NOVEL



「陽気なギャング」シリーズ9年めの第3作
4人組のギャングが、事件に巻き込まれていく話。

今回はゴシップライターの火尻と、その火尻の追うターゲットのアイドル歌手「宝島沙耶」が登場。
簡略するとそうなのだけど、他にも芋づる式にいろんな関係の人がずるずると登場し、軽やかな文体の中にけっこう複雑な関係が隠されているのが醍醐味。

火尻はわかりやすい悪役。
いかにもどこにもいそうな自分中心の身勝手な男として、わかりやすく軽やかに描かれている。

そして、雪子の子供の慎一はいつのまにか大学生。
あれ? もっと小さくて、響野の喫茶店でギャングたちに遊んでもらってた記憶があるんだけど、と前作を見てみたら、あの頃は中学生でした。

9年もたつと監視カメラが増えたり、機器が進化したり、状況も変わっているけど、4人のギャングたちはあいかわらず軽口ばかりで、好き勝手に生きている。

子供は成長する。悪ははびこる。世の中にはひどいこともある。そして、みんな年をとる。
だからといって、何をすればいいというのだろう?

かわりなく軽口を言い合って、かわりなく銀行強盗して、かわりなくいろんなことに巻き込まれて。
それでもかわらない、自由なギャングたちを見ると、なんだか嬉しくなってしまった。
そうだよね。それで、いいんだよね。


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2015年08月19日

「ジャイロスコープ」 新潮社文庫 伊坂幸太郎




正直「文庫で発売のオリジナル短篇集」って、ああ、あまりおもしろくないのかな?と思ってた。あまり売れる算段がないから文庫なのかな?とも(失礼!)
いえいえ。ほんとに満足! 作品も構成もラストの「十五年を振り返って」インタビューも、作品と作者に対する愛にあふれた丁寧な作りだと思う。

最近の伊坂幸太郎の描く分野は実に幅広く、好みのものも、ちょっと避けたいグロいものも、実験的に見えるものもある。そういうのが全て入った、本当にいろとりどりな一冊。
そして、その「色とりどり」がひとまとめにきれいな瓶に入っている印象。

というと、ピンとくる方もいらっしゃるかも。
そして「ジャイロスコープ」というタイトルの由来も。



以下。ネタバレを含めた簡単な感想です。

* 「浜田青年ホントスカ」 一本目からガツンと楽しい短編。「相談屋さん」の話。いや、浜田岳さんに演じてほしい、浜田青年です。

* 「ギア」 セミンゴという謎の物体の不思議な話。

* 「二月下旬から3月上旬」坂本ジョンの話。意外な仕掛けにびっくり!

* 「if」個人的にはこのお話がいちばん好み。伊坂幸太郎らしい、人間の誠実さがよく出ている。

* 「ひとりでは無理がある」サンタクロースの話。これもまた好み。こうして、どれが好きだったか書いていくと、自分が伊坂幸太郎の「どんなところが好き」なのかよくわかります。

* 「彗星さんたち」新幹線の清掃業務をする方々の話。これもまた、不思議な...

*「うしろの声がうるさい」オールスターズ!(謎)

これにインタビュー形式の作品解説がついてて、ほんとに豪華な一冊でした。






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2015年05月04日

伊坂幸太郎の備忘録 「火星に住むつもりかい?」光文社



小説好きなくせに、残酷なシーンや騙し騙されのストリーが苦手で、そんなものにはなるべく手を出さないようにしてきた。

だから、正直第一章からげんなり。
日本に平和警察なるものができて、怪しい人物をどんどん拷問して殺しちゃう話ばっかなんだもん。
冤罪も騙し合いもあり。そして、それを邪魔する「不思議な武器を持った男」もでてくる。
ああ、前評判には聞いてたけど、やっぱ手ださなきゃよかったって、うん、後悔もしました。

誰かやってきて、スパッと解決しちゃってよ、と思っても、次々にえげつない人ばかりが出てくるし。

そんなげんなりの中で、正義は小さくて綿密だ。
少しずつ、数人の人の小さな正義は形になって、世の中は変わっていきそうな気持ちにさせてくれる。
そもそも正義ってそんなもんなのかもしれない。
無敵の誰かが、跡形もないほど破壊するものではなくて、小さな良心が少しずつ繋がっていくみたいな。

正義の味方は予想とはかけ離れた人物だったし、大きな組織の中にも改革を望む人はいた。
「武器」は荒唐無稽だと思ったが、最後の最後までいい仕事をしてくれた。
げんなりばかりじゃなく、これから歩くべき方向も確かにあった。

ネタバレかもしれないけれど、気に入ったフレーズをひとつだけ。

「振り子が行ったり来たりするように、いつだって前の時代の反動が起きて、あっちへ行ったりこっちへ来たりを繰り返すだけだよ。
(中略)
どうすることもできないよ。振り子の揺れを真ん中で止めることはできないからね。大事なのは行ったり来たりのバランスだよ。偏ってきたら、別方向に戻さないといけない。正しさなんてものはどこにもない。スピードが出過ぎたらブレーキをかける。少し緩めてやる。その程度だ」

その程度のことを実行するために、これだけたくさんのうんざりが起こるんだよ。
それでもわたしたちは、振り子を逆方向に戻すことを、胸の中に灯すんだよね。

今更ながらに「物語と現実は地続きだ」と実感している。
震災のあと「想像ラジオ」という小説が登場したように。
今の時代に「火星に住むつもりかい」という小説があるように。
そして田中慎弥の「宰相A」という小説もうんざりしながら今読んでる。

ああ、うんざりだ。こんなうんざりなんて、できれば見ないで過ごしたい。
なんて思ってると、「火星にでも住むつもりかい?」って言われてしまいそうだけどね。



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2015年02月22日

「アイネクライネナハトムジーク」伊坂幸太郎 幻冬舎


昨年の10月くらいに読んでたのだけど、「鳩」にかかりっきりで、備忘録もなにも書いてなかった。6つの短編からなる、これはとても幸せな短篇集。

「アイネクライネ 」 ご存知斉藤和義の「ベリーベリーストロング」の原型となる物語。とはいえ、ラストは予想外の微笑ましさにあたたかい気持になる。

「ライトヘビー」 そのベリーベリーストロングのシングル曲の付録として描かれた物語(一生懸命探したけれど、当時は入手できなかった)。アイネクライネで脇役だったボクサー「ウィンストン小野」が主人公。おかしみのある話。

「ドクメンタ」 アイネクライネでパソコンを蹴飛ばしてデータを消した藤間さんの話。

「ルックスライク」 アイネクライネで主人公の友人夫婦だった織田夫妻の子供が登場。

「メイクアップ」 昔のいじめっ子に仕事で再会する話。

「ナハトムジーク」 さて。いろんな短編に少しずつ関係のある人々が出てきて、ジリジリしてたのが、ここにきて、みんなが繋がってくる。時間を行きつ戻りつしながら、ボクサー「ウィンストン小野」の試合を時間軸の横糸に勢ぞろいしてくる。日本人の素朴なボクサーをただ応援するのに、個々の人生の来し方行く末が集結してる感じがすごくおもしろかった。

気がつけばまた、登場人物の関係をメモしながら読んでました。

そういうと、仕掛がおもしろいだけじゃないか、と思われそうですが、伊坂幸太郎の描く人間のシンプルさ正直さおかしさが目一杯に生きていて、しかも短い物語がとても気持ちよく完結をしていて、この気持ちよさが伊坂幸太郎なのだ、と改めて思った作品でした。

追記。 本屋大賞の候補に選ばれたとのこと。おめでとうございます。派手ではない小品揃いで、非常に上質な文章を味わえる点では、こういうのが選ばれてもいいなとも思います。

追記その2。小説での「ウィンストン小野」の試合の結末は、去年のソフトバンクの優勝戦を思い出させました。読んだのと、観たのとほぼ同時期。ちょっとしたシンクロニシティ。


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2014年04月06日

首折り男のための協奏曲   伊坂幸太郎 新潮社(2014/1/31)


7つの作品からなる短編集。

まずは「首折り男」が登場して、「首折り男に似た男」が出てくる。
おなじみの探偵の「黒澤」も登場。「小説家」も登場して、また「首折り男」が登場する。
そういうふうにして7つの短編が協奏曲のように繋がっている。

7つの短編はびみょうに繋がっていたり、「時空のねじれ」がおこっていたり、実験的だったり、描かれてない部分や時系列を頭の中で整理する必要があったり、少々時間を要する短編集ではあるのだが、その構成がさすがな「協奏曲」だった!
最後まで読んでうなりました。

「行間」を読むという言葉がある。
小説には、気持ちも心も行動もすべてを書き込むことなどできない。
だから読者は「行のあいだ」に、描かれていること以上のものを読み取るのだ。
ならば、いっそ読者の想像に任せる度合いをぐっと高めるのも「あり」なのではないか?
幸いにもわたしたちは、そのことについてネットに書いたり議論したりする自由も持ち合わせているし。どれだけでも可能性を広げられるのだ。

実際伊坂幸太郎さんに関しては、検索すればいくつもの素晴らしき読み解きページを見ることができるわけで。
ここでは、短編ゆえにあまり書くとネタバレしてしまうので、最低限の感想だけにとどめておきたいと思います。


◎   個人的には首折り男のキャラクターにはつよく惹かれ、長編の脇役としてでもまた登場してほしいなあと思う。(タイトルでわかるように、この短篇集だけでも、「首折り男」のことはよくわかるのですが)

◎  ラストに収録された「合コンの話」はステキすぎてステキすぎて、読後の多幸感がハンパなかった。

◎「合コンの話」 好きな箇所はティラミスを食べながらの会話のあたり。
 佐藤亘を映画で演じるなら、やっぱりぜったい濱田岳!

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2013年09月11日

伊坂幸太郎の備忘録 「死神の浮力」伊坂幸太郎 文藝春秋社





「死神の精度」の感想はこちら。
http://noyuki.seesaa.net/article/104800363.html


娘を殺された夫婦は復讐を望んでいる。
犯人はサイコパスと呼ばれる類の精神の持ち主であり、娘を殺しただけでなく、夫妻が心底絶望することを望んでいる。
そしてその復讐劇のさなかに死神の千葉がいる。
千葉は正義の味方ではない。だがしかし、敵でもない。ちょっととぼけた不思議な仲間という感じ?

前作をお読みの方は死神「千葉」のスタンスをご存知だと思う。
ストリーの巧妙さを楽しませてくれる前作に比べ、本作「死神の浮力」はボリュームもあり、なによりも内容がヘビー。
まっすぐにまっすぐに「死への恐怖、家族が死ぬことの恐怖」を扱っている。

だがしかし!
とぼけてほのぼのと面白いのである。

例えばこんなエピソードが出てくる。

「ただの扇子と見せかけて、ひょいと抜くと懐剣が出てくるものがあるんだ」と、福沢諭吉が誰かに教えられる。すると福沢諭吉は「そんなものはつまらない」と言う。
「剣と見せかけて、そこから扇子が出てくる方がいい」と福沢諭吉は言う。
「剣が出てくるだなんて、殺伐とした時代にわざわざ殺伐としたことをしてどうする」と。

この本は終始、剣とみせかけて扇子が出てくるようなおかしさを意識して描かれていると思う。

人間自身の存在のわからなさの根源である「死」。
それは、ふっと目をこらせば必ず見えてくる、深くて暗い淵のようである。
だから、文学はそこを避けて通れなくなってしまう。

でも、どうせなら、剣とみせかけた「扇子」のように見せたいものだという作者の心意気が、いろんなものから救ってくれる。
こんなに重たくて、こんなに悲しくて、わたしは読書中に、なくなった末期がんの知人のことを夜中に思い出して号泣してしまったというのに。
それでも、色とりどりの扇子が飛び出してきて、剣だけでは描ききれない、「死者を思い、悲しみの中に生きるということ」がリアルに描かれている作品だと思う。

そして、わたしは。
自分の死期を悟る日がきたら、もう一度、この作品を読んでみたいと思っています。

あ、最後にもうひとつ。「死神の浮力」の「浮力」はどういう意味なのか? と自分なりに考えてみました。
ゾッとしました。
ネタバレになるのでここには書きませんが。


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2013年04月05日

「ガソリン生活」伊坂幸太郎 朝日新聞出版





朝日新聞を読んでいたら、ある日突然、伊坂幸太郎の連載小説が掲載されだして、それも途中からの掲載だったのでとてもびっくりした。
私のいる地方は最近朝日の夕刊が廃止になって、それで夕刊連載中だった「ガソリン生活」が朝刊に引越しになったらしいのである。

これには困った。毎朝目にするのに、イマイチ筋がわからない。
かいつまんで読むと面白いのに、やはりわからない。
そういうイライラを経て、やっと単行本で再会したときは、喜びもひとしおだった。

車(緑のデミオ)が主人公である。
「きかんしゃトーマス」的である。
ていうか、この本を読んではじめて「きかんしゃトーマス」的な面白さに気づいた、と言ったら言い過ぎ?

ユーモアも歯がゆさも車ならではの視線もあって、事件も次々に起こって楽しい。

「マリアビートル」的な事件が起こっても、緑デミの視線、家族の視線で描くと、ちょっとほんわかしたものになってくれる。
その不思議さ、エンタメ性を十分に堪能できた。

けっこう、人も死ぬし、不穏な事件もあるんですけどね。

そして、ラストがすごくステキ。
伊坂作品の元に隠されているハートウォーミングな部分が、こういう構成だとストレートに出るんだなあと嬉しくなりました。

ああ、きちんと読めて本当によかった!


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2013年01月25日

伊坂幸太郎の備忘録「残り全部バケーション」





新しいウィジットを貼ってみました♪







伊坂幸太郎の小説には、とてもチャーミングな性格の人物が登場する。
その人は、自分の信念のままに行動し、その信念はとてもチャーミングで、あまりにチャーミングすぎて時には憎しみや怒りを買うような状況になることもある。
それでも彼の人生は、どんどん私の心に染みこんでいく。
それだけではない。
同じ物語の登場人物にも、少しずつ彼のチャーミングな信念が浸透し、いつのまにか「世界のなにかが少しだけ」変わっていく。

わたしたちは現実世界でも、こんなふうに他人の善意とか悪意を感じながら、多かれ少なかれ影響されていくのだから、「チャーミングな人生」が物語に染み渡っていくのを見ると、とても幸せなきもちになれる。
それが、伊坂幸太郎の小説のよさだと思う。

そして「残り全部バケーション」はまさにこんな小説だ。

なによりもタイトルがいい。「もう、残りの人生はバケーションにする」ってとてもステキな言葉だ。

そしてわたしは第一話から「岡田」のとりこになってしまった。いい人だ。溝口と組んで車の当たり屋をやっていた「岡田」。
彼の時系列バラバラのいろんなエピソードが、各短編にちりばめられている。
荒唐無稽だったり正義だったりするけれど、彼のめちゃくちゃだけど、まっすぐな様子を読んでいるだけで幸せになれる。

「読み解く推理小説」的なちょっとしたしかけもあって。岡田はいい人で。ラストのエピドードなんかがとても幸せで。

ほんとに幸せな物語でした。わたしの中の「伊坂幸太郎ベストスリー」に見事に入りました!

そして、蛇足ですが、この小説の登場人物たちがブログを読むシーンがあるのですが。
そのブログには「オレンジのガーベラの写真」がついてるのです。
わ〜〜〜〜、私のブログとおそろい! まじうれしいです! ただそれだけのことなのに。


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2012年08月17日

伊坂幸太郎の備忘録「夜の国のクーパー 」 東京創元社





国が戦争に負けて占領される。
「猫」の目線で、それが描かれ、それと別に「僕」という主人公が登場する。
「僕」はおもに「クーパーを倒すために毎年派遣されていた兵士」の話をする。
そして、猫の話を聞いている「私」も登場する。「私」は仙台港から小舟に乗ったところに漂流して、「猫」の話を聞いている。

個人的にはこういう、多重奏のようなストリーが好きだ。
いくつかの話が同時進行でいて、そしてつながる、そういう手法を読むのは少々根気のいる作業だが、繋がったときの達成感が大きい。

そして実際に、その達成感と小気味のいい裏切りがすごかった。

あとがきに「大江健三郎氏さんの同世代ゲームを読んだときの、振り落とされないようにしがみつくようにして必死に読み進めた読書体験」という表現が出てくるけれど、まさにラストは夢中になってしがみついて読み進めた感じだった。

そして以下は少しネタバレもある、本編の感想です。

国が占拠されることによって、人々は不安になる。
信じていたものを失った。大事な人を殺された。それは大変なことだ。
そして、その中から別のストリーがでてきて、それは、いままでの「国のカタチ」とはまったくちがうもので、それをすぐに信じることなんてできない。それでもすべてが変わる。

自分の疑問を抱え、自分の信念を通す者のみが、その中で「ふりおとされずに」それを変えられる。
この小説の中では、それは「複眼隊長」。むっちゃカッコよかったです。
お伽話のような話の中に既視感があった。架空の話なのに、現実の「見えるもの」とすごく繋がっているように見えた。

伊坂幸太郎の小説の体幹には誠実さと正義がまっすぐに通っている。
そして、誰かの心にそれが染みこんでいく様を想像するだけで、わたしは毎回すごく幸せな気持ちになれます。


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2012年04月05日

伊坂幸太郎の備忘録「PK」講談社



「PK」「超人」「密使」のみっつの短編からなる作品集。そしてみっつの作品が、少しずつ繋がっている。

最初の「PK」がおもしろくて、2回続けて読んでしまった。地震のあとの「心象風景」みたいに思えた。
ところがあとがきにて、それが「震災前に書かれた作品であったこと」を知る。
まるで予言の書ではないか?
別に大地震が起こる話というわけではないのだけど、それでも、ねじ曲げられる発言、その中で「未来は素晴らしいと教えた方が子供たちにとっては幸せではないか」ということのために「真実」や「正義」を求める人々。
なんだか「あれからあとの、わたしたちのいる世界」が、ほんとにリアルに表現されている気がした。
ちょっと時系列が複雑ではあるけれど、「あの日、見事に成功したPK」がいろんな人に与えたものはほんとに素敵だった。

関連して、続いていく「超人」「密使」も複雑な話のように思えるが、不思議な繋がりの糸が見えておもしろい。

伊坂幸太郎の作品を読むと、まっすぐな勇気が、素晴らしい未来へと繋がっているように思えてとても嬉しくなる。

あれからわたしは変わった。いや、わたしがどうのではなく、いろんな人が変わった気がする。
未来は変わっていく空模様のように、自然にまかせて変化するものではないことに気づいた。
それは「意志の力」によってできあがるものなのだ。
ずっと「変わっていく未来」を享受していたくせに、最近になってやっと、そんなことに気づいた。

どこかで、そんなわたしの心の中を見透かしていて、そんなわたしのために届けられた作品のように思えるんだけど。
まさかね。


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2010年10月18日

伊坂幸太郎の備忘録 7「マリアビートル」「バイバイブラックバード」「オー!ファーザー]



「マリアビートル」
東北新幹線を題材にしたクライムノベル。登場する殺し屋たちは「グラスホッパー」の登場人物と重複。
「トランク」はどんどん移動し、新幹線の中ではどんどん人が死に、そういう意味ではスピード感のある小説なのだけれど、むしろ腰を据えて楽しみたい作品。
蜜柑と檸檬のコンビの殺し屋も「きかんしゃトーマス」の話題などをふりまき秀逸だが、個人的に好きなのは運の悪い殺し屋の七尾である。「ほんとうに運の悪い人間」というのが世の中にはいるのだが、そういった「運の悪い人間のタフさ」や、タフであるための考え方みたいなものが非常に共感できる。そして、その七尾と対照的なのが「王子」。彼はどうなるのだろうか? 好きなキャラではないけれど、今後またどこかの伊坂小説に登場するような気もする。
運がいいとか悪いとは関係のない「まっとうさ」。そういうものが貫かれているからこそ、犯罪小説が面白いのだと思う。

まったくの蛇足であるが、なにかのインタビューで「子どもを連れて列車を観に行く」と伊坂幸太郎さんが語られていたのを思い出した。記憶ちがいだったらごめんなさい。



「バイバイブラックバード」
読者に郵便で小説が届く「ゆうびん小説」として描かれた作品。大勢を相手にする小説と少人数の読者を相手にする小説では、語る人物の高さや通さが違うように思える。そういう意味では、近くで小説家が語っているような印象の作品。
星野は「あのバス」に乗せられる前に、今までつきあっていた女とすべて別れなければならない。黙っていなくなってもいいのだけれど、それはつらすぎるのでお別れをひとりひとりに言うという設定。巨漢の繭美が監視役として星野についてきて、一話ごとに「ひとりの女」と別れ、最終的には5人と別れる。
この小説はひとつひとつの話が「ゆうびん」にふさわしく楽しいのだが、その設定とラストがすばらしい。
たぶん郵便で短編として楽しんだ読者も全体像を見て満足するだろうと思う作品。




「オー!ファーザー」
2006年に新聞掲載された小説。作者本人の過渡期だった時代「何かが足りないのではないか」と思いずっと単行本化されてなかったと、作者あとがきに書かれている。
由紀夫には4人の父親がいる。誰が本当の父親かわからないが、父親は全員同居して、由紀夫をわが子のようにかわいがってくれている。そうして、やっかいな事件に由紀夫が巻き込まれたときも彼らは協力を惜しまない。
伊坂幸太郎の小説にはときに、こういう常識では考えられない設定がでてくるのだが、登場人物だちは設定を軽く越えている。
それは読者に対する大切なメッセージのように聞こえる。

自分自身の中の「設定」なんて、軽く越えて生きていけばいいんじゃないか?



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posted by noyuki at 14:39| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月08日

伊坂幸太郎の備忘録6 「SOSの猿」中央公論新社

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読売新聞の連載小説だったらしい。その頃から「難解な小説」という前評判だったけれど、なるほど、こまぎれに読むと複雑だろうと思う。
もちろん、一気に読み進めても、主人公が変わったり、時系列が戻ったりと複雑な所が多いのだが、それでも物語のピースがすこしずつ繋がっていくのがとても楽しい。

いろんな主人公のいくつかの物語が並行するが、わたし自身にとってこれは「救急車のサイレンを聞くと、どこかで誰かが、痛い痛い、って泣いていると思ってしまう人」のための物語のように思えた。

主人公のひとりである二郎くん(悪魔祓いの仕事をしている)は、まさにそんな人だ。
そして、ヒキコモリの眞人も、もしかしたらそういうタイプの人間なのかもしれない。
二郎くんが眞人に関わり、そしてその他にもいろんな主人公が別の物語を演じている。

「誰かが困っている、ならば助けてあげたい」
そう思う気持ちがあるとしても、ある人はそれを偽善と思うかもしれないし、誰かが困ることで誰かが助かることだってある。一見困っているように見えてもうまく行くことがあるのかもしれない。

物語の力、因果関係、そういう言葉で、「助けたいと思うシンプルな心」を沈めたり、深くしたりするのだが、それは「助けたいと思う心が不遜なものである」ことへのジレンマのように思える。

それでも、追求して、物語が進むうちに、救われる人もいるのだ。
そういう物語に自分自身がとても救われてゆく。

告白すると、伊坂幸太郎の作品の中で、二郎くんは一番シンパシーを感じる主人公だ。
誤解をおそれずに言うならば、わたし自身が「誰か困っている人を助けたい」と思う不遜な人間だからだ。
不遜さだけで世の中をわたっていけないことも、そこにある種の偽善が含まれていることも知っている。
二郎くんはもっとクリアに痛切にそのことを知っている。
この物語はそのことに自問し、ひとつの物語として完結している。

それが物語の力だ、読み終えたあとに、痛切にそう思った。
あと何度か読み返してみたい作品。

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2009年10月26日

伊坂幸太郎の備忘録 その5

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「あるキング」 徳間書店 伊坂幸太郎

たとえば「将来は野球選手になりたい」という子どもは昔からいただろうけど、その子どもがこれほど時間と家族の協力を得て少年期から野球に打ち込める時代なんていうのは今までなかったんじゃないか?
もちろん野球好きの子は昔でも野球ばかりやってただろうけど、きちんと監督がいて試合して遠征して親がお金を出して、というカタチになったのはいつの頃からだろうか。

生まれたときからそういう親に恵まれて、早期教育の恩恵を受ける子どももいれば、それが無駄になったり、軌道修正する子もいる。

「あるキング」は、そういう熱狂的な環境に育った王求(おうく)の物語のようにみえるけれど、実はそういうふうに見えるだけの「運命」の話のような気がする。

熱狂的な仙醍キングスのファンである両親に生まれた王求は、その才能をいかんなく発揮し、注目されたり敬遠されたり不幸な事件に巻き込まれたりして、紆余曲折を経て、仙醍キングスで活躍するバッターとなる。

語り手は王求のことを「おまえ」と呼ぶ。
それはおそらく、黒づくめの女たち。

王求の一生が伝記のように描かれているにも関わらず、それは伝記ではなく、「天才」そのものをあやつる運命のように思える。

映画にしたらおもしろいに違いない、掌編でありながら十分に楽しめる。

と、同時に、作者自身を「王求」と重ね合わせてみたくもなる。
立て続けにベストセラーを発表する作家の努力も天性も知っているつもりでも、本人にしか見えない風景があるのかもしれない。
「そんなつもりはない」と笑って片付けられそうな気もするが、おそらく、あの場所にいるからこそ見える「運命の軌跡」のようなものが、伊坂幸太郎には見えているのだ。

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2008年12月21日

伊坂幸太郎の備忘録 その4

「モダンタイムス」




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 通常版を堪能したあとに、どうしても挿絵入りのものを読みたくなり「完全版」を読んでみる。
 内容はまったく同じはずなのに、段組やフォント、そして挿絵のせいか別の作品を読んでいるような気分になった。不思議だ。
 たぶん、これからも何度も読み返すだろう、まちがいなく傑作だ。

 「モーニング」誌に掲載。マンガと同じように編集者との打ち合わせをしながら描かれたものだという。物語のうねりがマンガと似ている。小さい山場の繰り返しと、小気味のいいセリフ。飽きない。

 プログラムの会社に勤めている主人公渡辺、そして五反田、大石倉之助が、「ゴッシュ」という会社の仕事を請け負い、検索ワードの謎にはまってゆく。
 そして検索の末に見つけ出した、「キーワードを検索すると危険が迫る」という罠。
 そこから、「大きな事件の謎」が解明されてゆく。

 物語は壮大で、渡辺の恐ろしい妻佳代子、政治家の永嶋丈など、魅力的な人物も数多く出てくる。
 監視社会の恐ろしさ、組織の一部として仕事をするチャップリンの「モダンタイムス」的な社会が描かれている。

 だが作者は、組織の一部として「何も考えずに仕事をすること」をよしとしない。
 良心、勇気、罪悪感、そういった小さなプライドをひとりひとりに持たせてくれる。
 大きな一括りの人生ではない「日々の小さな目的」。
 誰かを鼓舞することなく「染みいるような小説のこと」。

 ストリーの中に盛り込まれている、ひとすじの人生の指針が、「大きな物語」を、小さく抵抗しながら、やがて大きな物語の骨格となってゆく。
 
「俺が小説を書いても世界は変わらない」と、作中で伊坂好太郎が言う。
「小説は、一人一人の身体に染みていくだけだ」とも。
 それは作者の実感であり、事実小説のスタンスかもしれないが。
 染みていくものの大きさは、ふりかえってみるとやはり人生を変えているのを、わたしたちは経験で知っている。
 わたしたちはそういうふうにして価値観を育て、オトナになってきたのだ。
 これから、若い読者たちが、身体に染みていくものを感じながら、そういう人生を歩むにちがいない。
 それを想像するのが楽しくなるような作品である。

 
 追記 作品に登場する安藤潤也とその妻、そして緒方は、「魔王」にも登場している。
あわせて読んでみるのがおすすめ。

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2008年08月15日

伊坂幸太郎の備忘録 その3

死に神

まだまだ伊坂幸太郎ばかり読んでいる。この調子だと全部読んでしまうまで止まらないに違いない。短期間のあいだにたくさんの作品が発表されているのが救いだ。

「死神の精度」。音楽を聴くのが好きな死神が、ターゲットになった人物が「死」に適するかどうかを判断する。短編である。
天性の声を持つ女性、極道、そして推理小説のような山荘に集まる人々。クールな死神ではあるが、見え隠れする人生への「やさしさ」を感じられる。
最後の「死神対老女」が逸品。バラバラの糸をひとつにつなげる、死神の仕事に関係の深い老女。彼女の鋭い感覚、人間に対するやさしい目線がとてもいい。 老女が経営する美容室にお客を連れてきてくれというエピソードは、伊坂幸太郎のやさしさの真骨頂だと思う。



魔王2


「魔王」。前半「魔王」は超能力を持つ兄の物語。そして後半の「呼吸」はそれを引き継いだ(?)弟の物語。兄の物語は救いなく暗いイメージがして、弟の物語も大事な部分とストーリーは裏に隠されているようで、正直構成のバランスが悪いように思う。
しかし、裏に隠された首相に関するストーリーと「考えろ考えろ」というキーワードに魅せられる。現代という大きな潮流に流されることなく立っていることはむつかしい。「考える」だけでもむつかしい。しかし、「愛と優しさ」を持って考えることによって、読者はなにかの「芽」をつかむことができる。
だから夢中になれるのだろう。小説を読んで、なにかがわき上がる感覚。
それが欲しくて、こんなに読み続けるのだと思う。


砂漠2



大学時代の仲間という牧歌的なテーマではあるが、ストーリーはけして牧歌的ではない。
若さゆえの無鉄砲が、仲間の片腕を失わさせる。 どちらかというと、ひどい、悲惨な大学時代だ。 いつだって、伊坂幸太郎の作品は残酷だ。
だが残酷な現実を乗り越える「なにか」がそこにある。
乗り越えられるような気がする。なにか、とてもひどいことが起こったとしても。そのときに、小説に出てくる「仲間たち」を思い出せば、「仲間たちの考えとかやさしさ」を思い出せば、乗り越えられるような気持ちになれるのだ。






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2008年07月07日

伊坂幸太郎の備忘録 その2

* ラッシュライフ
 
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 これを先に読むべきだったのだとあとから気づいた。発表作品順に読んだ方が「いいことがある」と言われたのは、これだったのか。
 五通りの人生が同時進行。重厚かつ複雑な小説ではあるが、どれも読み応えのある話でどんどん読み進める。
 そうして、自分がどうしてこれだけ伊坂幸太郎を読み続けるかなんとなくわかった。

 わたしは「その視点」が欲しかったのだ。
 「その視点を常備していたい」と思っていたのだ。

 伊坂幸太郎の視点には愛がある。単純に主人公をすべて愛しているのとは違う。優秀なカウンセラーが愚か者に見えてしまう愛。新興宗教に翻弄される主人公の背後の人生に対する愛。自暴自棄になってしまう失業者に、最後にプライドのあるひとことを吐かせてしまう愛。
 そうして、まるでおとぎ話のようなエンディングを主人公に与えてしまう愛。
 それが伊坂幸太郎の物語の力だ。

 なんだか嬉しくなる小説。
 そういう視点で、このひどい現実世界を見つめていたいと思わせる小説。

* 陽気なギャングが地球を回す

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 四人組の強盗のクールな仕事があり、それを邪魔する強盗がまたいるというちょっとファンキーな話。
 こういう軽さの中に「かっこよさ」が出るんだと思う。個人的には、この四人の出会いを描いたエピソードがお気に入り。偶然の中にも、お互いの絆、指向性を一発で見分けるような出会い。カッコイイ!
 あと雪子が自分の元夫のダメさ加減を吐き捨てるように言うセリフもキレてる、すごくいい。
 もちろんバラバラに見える事件は巧妙に繋がっている。
 騙しあいも、もちろんおもしろい。
 シリーズものでどれだけでも読んでみたいと思う。


 伊坂幸太郎の小説には、まるで一定数そこにいることが当然であるかのように、障害を持った人々が登場する。目が言えないなどの身体の障害から自閉症などまで様々だ。
 彼らはけして同情されるような存在ではない。
 障害というひとつの特性を尊ばれてそこにいる。
 繰り返し、言いたい。 
 そういうことまでふくめて、わたしは「伊坂幸太郎の視点」をいつまでも欲しいと思ってしまうのだ。


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2008年06月19日

伊坂幸太郎の備忘録 その1

一冊読んでみたらあまりにおもしろいのですぐに次を読んでみた。
そしてまたすぐに次を読むので、だんだんどれがどれだかわからなくなる。
歌うような文章にずっと浸っていたくて、またも次の作品に手を出してしまう。

困った。

これではどれがどれだかわからない。
そういうわけでこれは、記憶も感想も追いつかないスピードで読んでしまう自分のための備忘録。


* 人物のイメージ
 文章がとてつもなくうまい。少しシニカル。だけど音楽が流れている。
 時系列とストリーが複雑、重層のなかから何かが生まれるような感覚。
 ハンディキャップト、何らかの障害、出生の問題、トラウマのある人が好き。そんな人たちの感覚の鋭さと特殊な能力、わたしたちと違う世界の見え方を愛している。
 反面、悪を憎んでいる。なのに、あまりに巨大な悪、悪意は物語を叩きつぶそうとする。
 立ち向かう、無力、立ち向かう、傷つく、それでも立ち向かう。その中になにかが生まれたり壊れたりする。
 ひとことで言えば、おもしろくて魅力的。


* 重力ピエロ

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 レイプされた母親から生まれた弟の春と、その家族の物語。
 母親はすでに亡くなっているが、家族の絆は強い。
 それでも、遺伝子の違いというのは家族に深い影を落としている。春の巧妙な復讐。それに荷担させられる兄。予感しながらも心配することしかできない末期癌の父親。
 平穏な毎日を送るのが困難なくらいに重たいものを背負って生まれる者たちが生きている。 
 その世界にはもちろん絶望が漂っている。
 だけども伊坂作品では、絶望が強ければ強いほど、登場人物は強い絆を人と結びあっている。(これはどの作品にも共通しているように思う)

* アヒルと鴨のコインロッカー

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 あらすじだけ思い返してみると絶望するしかないくらいに、主要な人物は死んでいる。
 巧妙な時系列の変化と、おどけた文章とあたたかいやりとりに救われているが、救いようがないくらいに暗い死の影が見える作品。
 ブータンからの留学生、HIVキャリア、ペット殺し、そして犯罪に巻き込まれる女子大生。
 どうしてこんな重荷をみんな背負っているのかと思ってしまうが、その中で、淡い恋をしたり愛すべき人物であったりすることの「当たり前であることのすごさ」がにじみ出ている。
 現代が巨大な悪意でしかないならば、わたしたちは「伊坂の物語の人物のように」生きることを指針にしてもいいかもしれない。

* ゴールデンスランバー

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 ケネディ大統領の暗殺をモチーフにした、日本の首相暗殺事件。その「犯人」の濡れ衣を着せられた青年の逃亡劇。
 昔の友人も同僚も、誰を信じていいか分からない、どこにトラップがあるかわからない状況の中を逃げる。 
 そのとちゅうで知り合った人々を信用し、ときには偽の情報をつかまされ、それでも逃げる。
 それでも誰かを信じ、それでも誰かを頼り、青柳雅春は逃げる。
 いくつもの伏線やどんでん返し以外にも楽しめる要素はたくさんある。
 すごくおもしろいエンタティメント。だけど、痛快さだけではない。
 どんなに無力になるしかない状況であっても、現代という世界がそういうふうにしか見えなくても、登場人物たちは「すごくまとも」だ。「狂うしかない状況でも、すごくまともに生きてゆく」伊坂幸太郎のファンは、そういうまっすぐに通った芯を、同時代の自分に重ね合わせる幸せを共有しているように思う。

   

                     (伊坂幸太郎の備忘録その2につづく・someday)
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posted by noyuki at 22:10| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする