2017年03月13日

「騎士団長殺し」 新潮社 村上春樹 (ネタバレあり)

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編 -
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編 -

「騎士団長殺し」のテーマは何なんだろう? 隠されたメッセージは何なんだろう? など、読んでいるうちに考えなくなってしまった。
とてもひとことでは語れない。むしろ考えずに「楽しめる作品」だったと思う。素晴らしいことでした。

画家である「私」は妻に離婚を言い渡され、友人の父(画家・雨田具彦)のかつてのアトリエに住むことになる。
「私」はその家の天井裏に「騎士団長殺し」という日本画を見つけ、鈴の音をたよりに身長60センチほどの実物の「騎士団長」と出会う。
隣家の大金持ち免色渉(メンシキワタル)、その向こうに住む少女秋川まりえ(このふたりは親子かもしれない)との人間関係。
絵画塾の教え子である人妻のガールフレンド。
認知症で施設に入り判断力をなくしてしまった画家雨田具彦。
絵の姿を借りた「騎士団長」そして「顔なが」。
「ひとつのイデアを殺す」ということ。
色々なことが絡み合って、なかなか本が置けない。気分よく、楽しめる作品だったと思う。

以下、断片的な感想を書いていきます。

* 「私」は人妻とかゆきずりの人妻とか、いろんな人をセックスするなあ。アトリエにやってくる人妻は、会話が小洒落てて楽しそうだ。

* 「騎士団長」かわいい!話し方もかわいい! キャラクターグッズになってもいいくらいだと思う(ついでに「顔なが」も)。

* ちなみに「騎士団長」の言葉でいちばん笑ったのは「クリトリスというのは、さわっていておもしろいものなのかね?」のくだりだったw

* バストサイズに関する談義が繰り広げられてますが、最終的には65のCというのが作者の理想形では? と思った。

* 画家である私も、もとIT関連の「免色渉」も、時間がいっぱいあって、金持ちすぎて、クラシックばかり聞いてた。個人的には免色渉は、もっとすごい悪人でもよかったのに、と思った。

* 人間を崩壊させる「戦争」というものはけっこう村上春樹作品に出てくるけれど、これ読んで「村上春樹は作品の中で南京虐殺があったことを認めている」なんて記事が出るのはげんなり。不倫とか戦争とか殺人とか、物語の中で出てくることを否定する人間はシネバイイノニ 読まなければいいのに。

* 作品のファンタジー的な部分が好き!

* 「騎士団長」が殺されるところを読んで、びっくりして本を閉じて「もう、このまま寝よう」と思って寝室に向かったんだけど、そのとき、ぐらりと現実世界が変わっているような気がした。文章の力ってほんとうにこわい。

* ラストは、これまでの村上春樹らしからぬラスト。意外だけど、好きだった。そして「らしからぬ」というのは「イデアを殺す」のと似ているのかな? とも思った。

* 追記。映画で見てみたい!


以上。思いついたら、また編集して加えていきます。


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posted by noyuki at 10:30| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月17日

Kindle効果

本を読むのは好きだけど、溜まっていくのは少々憂鬱。
そういう理由でコミックスを買うことがあまりなかった私にとって、Kindleは福音でした。

もちろん、好きな本は「紙で保存」がマスト。
だけど「おもしろいかどうかわからないけれど、とりあえず読んで見る」という選択を、知らないうちに狭めていたのも否めません。

そんな私ですが、最近はKindleのおかげで「とりあえず読んで見る本」が増えていきました。

さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ -
さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ -

「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」。

うん、気になってたけれど、すごくおもしろかった。
ただし、これまたエロ要素は少ないと思います。

自己肯定感のないまま大人になってしまい、自己肯定ができるものを模索する。
わたしの20代はまさにそういう時代でした。
その苦さを持っている人に、どんな言葉が届くのだろうか?
などと思うのは、自分の経験からただの傲慢でしかないのですが、「なにかをつかむ」ための言葉がここには描かれているような気がするのです。

好きな本でした。


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2017年02月04日

「夫の***が入らない」  こだま  扶桑社

夫のちんぽが入らない -
夫のちんぽが入らない -

冒頭の部分を読んでみたら、淀みのない文章にあっという間に引きずり込まれてしまい「これは題名に臆している場合ではない」と思い、一気に読んだ。

え〜エロではないです。
「夫の***は入らない」けれど、エロではありません。

***  以下ネタバレ  ***

主人公をひとことで言ってしまうと「自分に自信のないタイプ」。
そして、多くの夫婦がいくつもの隠し事を持っているのと同じく、この夫婦にも「相手に言えないこと」がいくつかあって、主人公は「教師として勤めていて学級崩壊を起こしたこと」を、同業者の夫に相談することさえもできない。
そしてこの夫婦は「***が入らない」ことももちろん誰にも相談せずに隠し持っている。

それにまつわること、それにまつわらないことがいくつもこの夫婦に降りかかる。
一歩間違えれば救いようのない話だと思う。
子供のできない夫婦は否応無しに世間の「悪意のない期待」に晒され続けるし、もっともっと「救いようもないこと」がたくさん降りかかる。

だけど、読後感は悪くない。
彼女の夫の言葉を借りてその理由を言うなら、彼女が(こんな心の純粋な人、見たことない)と思えるくらい素直な人だからだ、とわたしは思う。

恨み言、コンプレックス、人格否定。
すべてを受け入れ「夫の***が入らないのだからしかたない」と言い訳している彼女が、すごくどろどろした心の中を「純粋な気持ちで」描いている。

本当におもしろかった!

* 追伸 一度ブログが消されてしまいましたので、Amazonのリンク以外は字を伏せてみました。



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posted by noyuki at 13:25| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月02日

あけましておめでとうございます

ジャンポールエヴァン


旧暦、というわけでじはないんですが(笑)。

毎年、1月をなんとか持ちこたえて、2月になるとセロトニン切れのような気がする。
太陽の光が足りない。
あたたかさがたりない。
下手したら、1日、こたつから動かなかったり。
シゴトのある日以外はそんなふうに過ごしている。

でも、そんな時間が嫌いじゃない。
時間泥棒が1日分まるごと時間を持っていって、冷蔵庫のペリエになったみたいにして。
そういう自分のダメダメなところを思いっきり出して、約1ヶ月も過ごすこともできるんだな、と。
毎年今の季節に確認しているわけです。

今年は2月に村上春樹さんの新刊。
4月に佐藤正午さんの新刊。

未読の本を調整しながら、春を待ちます。
というわけで、ほんとに更新のないブログですが、よろしくおつきあいください。


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posted by noyuki at 10:24| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月25日

文庫本X


文庫本X
止まらなくて一晩で読んじゃった


盛岡の「さわや書店」発の「文庫本X」なるものがあるのは知っていた。
「こんなのが近くの本屋さんにあったら買ってみたいなあ」と思っていたら、あった!
時間つぶしに入った近くの本屋に平積みだったのだ。
すでに「文庫本開き」のあとらしく、見てみれば「何の本」だかくらいはわかるのだが、とりあえず、先入観なしに買ってみた。

昨夜、ふっと読んでみたら止まらなくなり、とちゅうで仮眠したけれど「やっぱり気になって途中覚醒」して、500ページ一気読みしてしまった。

ああ〜おもしろかった!

本を買うときはつい「情報」に頼ってしまう。
好きな作家であるとか、評価がいいとか。
手にとって見られるときは、パラ見して文体を見る。
文章が空気のようにふわっとカラダの中に入っていく本がやはり気持ちいいのである。

「とにかくおもしろいから読んで」って言われて、「ああ、じゃあ読んでみようか」とおもしろかったなんて経験はめったにないから、自分でもびっくりした。

一晩止まらない本なんて、ほんとひさしぶりでした。

もう、文庫本開きのあとらしいので、題名だけ入れておきます。


「殺人犯はそこにいる」 清水潔 著 新潮文庫です。


そしてやっぱり、「先入観なしで読む衝撃」を味わってほしいので、ネタバレはなしですw



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2016年12月13日

ミドリの森 8 ナコ4

晴れた日の午後。暑くもなく寒くもなく風もおだやかで、秋の空はかぎりなく広い。
そこに1本の白い煙が、迷いもなくすっと天を目指して登っていった。
別れはそれなりの空洞を残したけれど、精一杯手を振って見送りたくなるような清々しさがあった。
わたしは今、母が焼かれて天に上っていくのを見送っている。

日曜日の午後の一件から、平日が終わる金曜日までの休みを店長のミドリさんが手配してくれた。
「本店から応援を頼むこともできるから、ゆっくりといろんなことを片付けて」と言う。
大嫌いなミドリさんだが、仕事になると、その対応に感謝するほかない。表向きだけだとしても、彼女は仕事でだけは信頼できる。

ひとりで芝生に出て、もう一度火葬場の控え室に戻ると、民生委員の田中さんが来ていた。
彼女は思い出話をしたがった。そうすることが母への供養だとでも言うように。わたしたちの中学時代のことを話した。
「あなたが学校を出るまでは、ってすごくがんばってらっしゃったわよね。いっしょに居酒屋に行ったこともある。話も少し聞いたわ。前のダンナさんの暴力から逃げたこととか、それからのこととか。パート先のスーパーでもよく会ってたから。体調を崩して休みがちになってからも、時々行ってたの。民生委員としてじゃない。近所の友人だとずっと思ってたわ」
それから彼女は娘のミホコの話もした。
「ミホコはよくあなたのことを話してた。美術部でもとても素敵な絵を描いてて叶わないといつも言ってた」と。
ミホコは美術系の大学を出て、市内の印刷会社にいるという。
叶わないのはわたしの方だ。大学で絵を学ぶなんて思いつきもしなかった。早く家を出たかったわたしには、そんな道は目の前に見えてなかった。
素直にわたしの絵を褒めていたミホコ。あれはお世辞でもなかったんだな。それを聞くと悪い気はしなかった。
もっとも田中さんさんは、ミホコの自慢をしたかっただけなんだろうけど。

「ねえ。親子なのに。どうして気にかけてあげなかったの?ただひとりの家族なのに。彼女はあなたの携帯番号すらも知らなかったのよ」

(当たり前だ。知られたくなくって番号変えたんだから)

「嫌いでも仲が悪くても血は繋がってるの。みんな、お腹を痛めて、死ぬほど苦しんで産むの。本気で嫌いになんてなれるはずないじゃない。ねえ、そう思わない?」
田中さんはいつのまにか缶ビールを飲んでいた。
母と同じ種族なのか、それともお酒の力を借りなければ言えないとでも思っているのか?
「わたしも悔しい。もっと早く気付いてあげればこんなことにならなかったのに。でも、あなただって悪いわ。家族のあなたは、もっとちゃんと助けてあげなくちゃいけなかったのよ。母娘なんだもの」

(この人は何を言ってるんだろうか? 誰かが母を助けられると思ってたんだろうか? そんなことありえないし。そもそも、助けてあげられるのは、わたしじゃないはずだ)

ドアの向こうから黒いワンピースの女性がやってきた。
髪をアップにしたミドリさんだ。

まるで外国映画に出てくるようなシックないでたち。ケバくなく、ハッと息をのむような、美しさを放っている。
「奈津子さんの職場の者です。このたびは大変なご足労をおかけいたしました」
そう言って、ミドリさんは斜め90度近くまでキチンと腰を折り曲げた。会社の研修で習ったとおりの(一番ていねいなお辞儀)だ。
「私共の配慮が行き届かず、奈津子さんに頼るばかり申し訳ございませんでした。そのせいで田中さまにも多大なるご負担をかけてしまいました。大変感謝しております」
芝居がかっている。でも、先手を打つには十分だった。
「奈津子さんには金曜日までお休みを取ってもらってます。ですが、私どもも、少ない人数で切りもりしているものですから、少しばかり奈津子さんから引き継ぎの話を聞かなければいけません。大変申し訳ないのですが、この時間にちょっと奈津子さんをお借りしてよろしいでしょうか?」

相手に有無を言わせない。そういう完璧な強さだった。
田中さんがたじろいでモゴモゴ言ってるあいだに、それではちょっと失礼します、そう言ってわたしを庭に連れ出した。

外に出ると同時にミドリさんはタバコに火をつけた。
「あんな、ちっぽけな正義に付き合うことなんてないのよ」
ミドリさんの顔に静かな炎。
「嫌いな親だっている。助けあってなんていられない。離れていなきゃ自分を守れない。できれば一生会わずに過ごしたい。そんな親子だっているのよ。面倒みたり、苦労して介護したり、そんな話ばっかで、反吐が出ちゃう。もちろんそういう人だってすごく頑張ってるんだろうけど。それはできる人がすればいいのよ。押し付けないでって思うの。嫌なら逃げればいい。ほんと、それだけのことだってわたしは今でも思ってる」

短くなった煙草をベンチの脇の灰皿に押し付け、ミドリさんは立て続けにもう一本タバコをつけた。
「父親とは一生会わないつもりだったから、死んだって聞いて心底ほっとしたわ。これで縁が切れるってね。でもね、死んでしまったあとにも、わたしはずっと、あの男の呪縛に囚われるているの。あなたはそんなふうにならないで。おかあさんのこと嫌いだったんでしょう? 民生委員の話を聞いてるあなたは心底嫌そうな顔してたもの。だったら、すっぱり忘れて生きなさい。わたしみたいに、親の毒が身体中にまわってしまわないように」

(苦しくないんですか?)
 などとはとても聞けなかった。
だらしなくてとんでもなくて嫌なヤツであるミドリさんが、どこでもがいているかが一瞬のうちにわかってしまったからだ。

さあ、きちんとお別れしてきなさい。
もう、誰も、あなたの足首を掴んでこないように。

ミドリさんが短くなったタバコを消した。

目を瞑り。ぐっと力を込めて背筋をのばす。
誰かの不幸が、もう2度と、わたしの足首を掴みにこないように。

わたしは骨だけになった母の元へと戻った。



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2016年11月29日

ミドリの森 7 ナコ3

久しぶりの実家はなんだかとても落ち着かなかった。

幼い頃に母と引っ越してきた古びたアパートの2階の1DK 。何年もここで布団を並べて寝ていたはずなのに。懐かしさも何も感じない。
絵を描いてたテーブルは今も健在だった。
ぺらぺらの落書き帳とクレヨンを広げていたテーブル。母の帰りを待つ時間に、わたしが熱中していた小さな宇宙。最後は書き込みすぎて、くしゃくしゃになるか、紙が破れてしまってたけれど、それでも大事に使っていた落書き帳。
今、そのテーブルの上には、酒瓶やペットボトルやお惣菜が入ってたプラスチックや茶渋で真っ黒になったコップが山のように積み上げられいる。

そして、その脇には柩があって、母は今そこで眠っていた。

家財道具の少なかったガランとした1DKは、いつのまにか見事なゴミ屋敷になってた。
近くのコンビニでゴミ袋を買ってきたけれど、手のつけようがない。
飲みかけのペットボトルや酒瓶を、シンクに捨ててまとめようにも、洗い物がいっぱいでどうにも動かしようがなかった。底辺が見えない。いや、少し見えているかも。そこには真黒いものが分厚くこびりついてていた。
コンビニのゴミ袋のままの食べかす。服。冬のこたつ布団。破った包み紙。ダンボールから半分顔を出している服。
母は神経質なくらいきれい好きじゃなかったのか?

あの日、携帯が25回鳴った。

仕事を終え、ロッカールームを出たばかりの時間だ。
同じ市内番号から始まるナンバーディスプレイには見覚えがなかった。だから出るのをずいぶん躊躇して、ショッピングモールの通用門でわたしは携帯を長いこと見つめていた。

「ああ、よかった、繋がって」女性の声で、わたしは民生委員をしているものだと言った。
「覚えてる? ほら、中学で一緒だった田中ミホコの母よ。あなたのお母さんちによく伺わせてもらってるんだけど、昨日も今日もドアを開けてくれないの。いままでそんなことなかったのに」
ミホコのことは覚えていた。わたしの絵をいつも褒めてくれてた子だ。あなたのようにうまくなりたいって言っていた彼女は、地元の美大に合格したと聞いた。
「不動産屋は、家族の了承があれば開けてくれるっていうし。何だかとても心配なの。なにごともなければいいんだけど。ミホコのツテであなたの番号を聞いてもらったの。これから、ここに来てくれない?」
「もう関係ありませんから」そう言いたくて、拳を握りしめて力を込めた。でも、勢いに負けて言えなかった。
母親の一大事に娘が断るなんて選択肢は、向こう岸にはこれっぽっちもなかったからだ。

電車とバスを乗り継ぎ自宅のある町に帰った。
不動産屋が鍵をあけるとそこには、遊園地のお化け屋敷みたいな真っ暗い闇が広がっていた。
そして吐瀉物の甘酸っぱい匂いの中で、母が真っ白い顔をして死んでいた。

警察が来て検死が終わり、今母は狭い部屋の中で柩に横たわっている。
火葬はあさって。それまでこのままだ。
正直いって気が滅入る。

民生委員の田中さんが、何をしていいかわからない私に代わって葬儀屋を呼んでくれた。
柩を用意してあとは火葬だけというプランがあったので、わたしは「それでお願いします」と言った。
「でも、ほんとにお葬式もしないの? 親戚とか、知らせるひとはいないの?」と田中さんは言う。
母の兄は昔から行方不明と聞いていた。会ったこともない。わたしは、別れた父も、別れた恋人も連絡先を知らない。
遅番で店にいるスタッフのミドリさん以外に、連絡するところなんてどこも思いつかないのだ。

お湯の出ない風呂場で化粧を落とし、浴槽にゴミを追いやって、毛羽立った畳に腰を下ろす。
乱雑なタンスの引き出しから、預金通帳と現金を見つけた。どうやら数ヶ月前まではなんとか仕事してたらしい。振り込み先は近所にあるスーパーの名前。給料日に全額引き出し、タンスに突っ込んでいたんだろう。
おかげで火葬くらいはできそうだ。あとはゴミ処理を頼んで部屋を解約しよう。わたしはもうここへは戻らない。

おかあさん。

少しずつ人間は死んでいくんだね。わたしがまだここにいた頃から、おかあさんはもう、死に向かっていたよね。
だから、ずいぶんゆっくりだったよね。
今はホッとしてる? わたしはホッとしてる。苦しいのにずっとこうしていたってどうしようもなかったでしょう?
ときにはわたしに向けた恨みごとの、何千倍もの恨みつらみが、病巣のように蝕んでいたのは知ってる。けれど、わたしにはどうにもできなかった。

田中さんは、少しわたしを責めたよ。
親子なのにって。
でも、親子だって別の人間だよ。
わたしはそれを分けあったり癒したりできない人間だった。

タオルケットをかぶって、横になったけれど、どれだけ洗濯してなかったの?
おかげでなかなか眠れずに、わたしは母の顔を覗き込む。
あんなに苦しそうに見えたのに、今は。
少しだけ、少しだけ、笑っているように見えるよ、おかあさん。

身体からも。病巣からも自由になった母の魂が、少しだけ軽くなって、部屋の中をふわふわ漂っていた。




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2016年10月29日

福岡天神RerhinkBooksのイベント(10/24 月曜日)に行ってきました




岡野雄一氏、盛田隆二氏の介護対談に行った。
慣れ親しんだ天神の明治通りの一角、水鏡天満宮のお向かいあたりで、こんなイベントにふらりと行けるなんて、想像もしてなかった。
すごくフラットに書店の一角でテーブルを囲んで、ビールを飲みながら対談、なんて豪華!

介護の本もいろいろあるけれど、小説やエッセイの中では少しだけ現実とは違った世界が広がってゆく。
そこに至るまでの、経過や葛藤、笑い、いろんなトークを楽しませていただいた。

ペコロスのいつか母ちゃんにありがとう: 介護げなげな話 -
ペコロスのいつか母ちゃんにありがとう: 介護げなげな話 -

父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -
父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -

本にはお二人からサインをしていただきました。

「情報なんていくらでも手に入る」って思いながらも、目の前にいる人の言葉のリアルさに熱くなった。
来てる人、ひとりひとりの言葉が生き生きとテーブルを行き交って、ああ、ネットとはちがう、現実ってすごいんだなあと逆にびっくりしてしまう自分がいた。

Rethink Bookにまた行きたい。
陽が短くなったら、本を読みながらここで待ち合わせて、天神に繰り出したいです。


(Rethink book ホームページはこちら)


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2016年10月05日

嵐の日には好きな人の話でもしよう (佐藤正午 「永遠の1/2」小学館文庫)


以前の職場の先輩とひさしぶりに電話で話したことがあった。
「引っ越したときに気づいたんだけど、のゆきちゃんから借りっぱなしの本があったんだよね」
聞いてみると、佐藤正午氏のデビュー作「永遠の1/2」のハードカバーだった。
すっかり忘れていて、どういう経緯で貸したのかも思い出せなかった。
「じゃあ、今度会うときに忘れないように持っていくね」と先輩は言ってくれたが、その後疎遠になってしまい、結局、その本はわたしの手元にはない。

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2016年10月6日発売 「永遠の1/2」小学館文庫

今回、文庫化された新刊をもう一度読むことになる。
このデビュー作を読んで、今のわたしはどんなふうに感じるのだろうか?

それから現在執筆中という新作はいつ完成するのだろうか?
そういうことを想像するだけでワクワクしてしまう。

そんなわたしに「ファンクラブ会報誌」のごとく著者近況を教えてくれるのは、小学館「きらら」の「ロングインタビュー(小説の作り方)」だ。
ポケモンGOがレベル22だったりカビゴン追っかけたり、父親の葬儀の最中に競輪場にいてしまったり、そんな話に笑いながらも「ロングインタビュー」は10月号で51回めを迎えた。

煙に巻かれながらも、ときどき胸の奥が熱くなる。
「きらら」を閉じて、ため息をついて、なんだかとても嬉しくなってしまう。

わたしの生きている世界も、著者の生きている世界もけして混じり合いはしないけれど。
世界は多重構造だ。
多重構造の中のひとつの世界で。
わたしたちは、同じ物語の中にいられる。


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posted by noyuki at 14:47| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月31日

「蜜と唾」光文社 盛田隆二


蜜と唾 -
蜜と唾 -


ひとことで言うと怖かった。
誰が悪人なのか、どういう意図でいろんなことが起こるのか、最後までわからない。
原因はわからないけれど、なにかが起こり続けている。
その「怖さ」の正体を知りたくて一気に読んでしまった。

亮平はノンフィクションライター。というと、聞こえはいいが、ほとんどの収入はweb記事や書き起こし原稿。単価の安い仕事を大量にこなし、次の取材費もままならない。
そんな亮平のもとに、昔家庭教師をしていた拓海の母美帆子から「雑誌で名前を見つけた」との電話が入り、そこから、不可解な物語がはじまり、美帆子の夫は謎の死をとげる。

「雪の華」のママ美帆子、手伝いをするシングルマザーの早紀、二人をとりまく男たち。そして亮平。
みんなみんな悪意が見えないのに、なんだか変だ。

この「いびつなカタチで疾走している今」を読むゾワゾワ感がとても楽しかった。

紐解けばそれは「弱者がうけるDV」であったり「お金に対する嗅覚」であったり、華やかな中にいるのに「不況や貧困の匂い」がつきまとってることであったりするのだけど。
その匂いがまさに「今」そのもので、ほんとにリアルな現代が描けてる犯罪ミステリーだと思った。

とくに亮平くん!
「ブラック企業で働いた体験」から、今はライターとして生活しているけれど、その単価の安さと寝る間を惜しむ生活は、今でも十分ブラックではないか。
いつもいつも締め切りと時間に追われ、日常を絡めとられ、大切なものを逃してしまう。
これが、物語の展開の要にもなるのだけど、ほんとに、何度も何度もドキドキさせられため息をついた。

不穏でいびつな匂いのする作品。
その一貫した「匂い」を存分に楽しめました。


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posted by noyuki at 15:24| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする