2016年07月13日

インディゴの記憶

トートバッグにこんな子が!


インディゴの記憶

今よりもずっと、生きるのがつまらない頃があって、「あの頃の感覚をすべて忘れてしまうのはちょっと切ないなあ」と思って、ときどき思い出してみようとしている。
断片は出てくるけれど、クリアではない。
わたしはもう孤独の中にはいないし、同じ感覚を思い出すことはできないのだ。

あの頃、わたしのまわりにいる人はみな、悪意の塊だった。
わたしがやろうとすることを、止める、邪魔する、非難する、そういう悪意だ。

わたしの小さなあぜ道がまっすぐにのびていた。
その脇には大きな木がそよぎ、それはおだやかなものではない、むしろ荒涼の風景だった。
さみしくはなかった。
誰もがこんな一本道にいると思っていた。
野原はけして居心地よくはなかったが、それでもそこは自分の場所だった。

困ったのは、その道をわけのわからないものが横切り、行く手を阻むことだった。
それが、わたしの言う悪意だった。

実は他の人には、わたしの道が見えてないと気づいたのはずっとあとだった。
そのことにわたしは長い間気づいてなかった。
それは自分の理屈をすべて完備した道ではあるけれど、(当たり前だけど)誰にも見えないし、誰が評価しようもなかったのだ。

一方で、オトナになってから、人の物語を聞くのが好きになった。
本を読むように「人」という物語を聞いた。
不躾なこともいっぱい聞いた。
そして「見えている風景」のちがいみたいなものにようやく気づいた次第だ。

幸せになれたのは、なにかを自分で作れたことだった。
小さな文章のひとつを自分で書くこと。
意外にも、これが1番自分を孤独から遠ざけた。

そのことが誰にとっても無意味であっても、自分にとっては意味があった。

なによりもこの道を誰かが遮って邪魔することがなかった。
わたしは人に同意を求めずに、自分の大事なものを隠し持つことを覚えた。

だんだん、そういうことが当たり前になってくる。
当たり前になってくる一方で、当たり前すぎて忘れてしまうときもある。

そうして不穏なものがいくつも道を遮る夜になるとわたしは、あの頃の呪文をつぶやくのだ。
「書くことだけが自分を助けてくれるんだ」と。
「ゼロから作り出せる文章だけが、誰を救わずとも、自分の拠り所になれるのだ」と。


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posted by noyuki at 16:58| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

伊坂幸太郎の備忘録「サブマリン」講談社

母が骨折して入院した。
救急車で運ばれたものだから、荷物もなにもない状態で病院のベッドでの生活がはじまった。
夜にわたしが家に帰ろうとすると、母が言う。
「のゆき、なんでもいいからベッドで読める本を持ってきて」
持っていたバックパックを開くと、文庫を含め三冊の本が出てきた。
ちょうど読み終えていたのは伊坂幸太郎の「サブマリン」。
「これでいい?」と聞くと、「それがいい」という。

その後、手術の痛みに耐えたり、リハビリにいそしんだりしているが、遅々として本のページは進まない。
わたしは「伊坂幸太郎の備忘録」を書くまでは誰にも貸さないというスタンスなのだが、今回それが破られてしまった。

というわけで、今回はじめて、本が手元にないままで「伊坂幸太郎の備忘録」を書いているわけですが、これ以上あいだをあけると、もっと忘れてしまいそうなのでご容赦ください。

サブマリン -
サブマリン -




「家裁調査官」陣内さんと、武藤のふたり組が、「チルドレン」から12年ぶりに登場。
12年たって変わったこと。未成年の無免許運転殺人、ひきこもりのハッカー、なんだか事件の殺伐度がレベルアップしたような気がする。
変わってないこと。相変わらずの陣内さん!

大きく分けて、ふたつの事件に関することが描かれているのだけど、思いのほか、登場人物も多くて、ちょっと複雑な人間関係。でもその分、小ネタのステキなエピドードもたくさん用意されている。

個人的に好きなキャラクターは若林青年。
「ひとつの事件に関わる」ことの意味を体現している人。
「人を殺してしまった青年」という事実は、新聞の字面のようにひとり歩きしてゆくけれど、ほんとうの若林青年を見ると、なんだかほっとする。
世の中にはけっこうこういう人も多いんじゃないだろうか?
きっといるにちがいない。

「サブマリン」の中には、こういう「ほっとする部分を持ってる人」がいっぱい登場する。
きっと、現実世界にもこういう人はいっぱいいるはず。
この本は、そう思わせてくれる作品。


*  *  *

そうして、体力的にも回復してきた母は、テーブルに置いてゆっくり本を読む集中力も取り戻していった。
しおりはもう、半分を超えた場所をさしている。

「のゆき、この本は読んでいるとけっこうおもしろいよ!」

わかってるよ、そんなことは。
でも、こうやってファンが増えてゆくのもまた嬉しいものだ。

*  *  *

もうひとつ追記

「あ、この本...」
病院の回診の先生が指差したのだそう。
「読んでみたいな、と思って、でも、まだ買ってないんですよね」

案外一冊の本がいろんな話題を作ってゆくものです。




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2016年05月07日

「父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌」盛田隆二 双葉社

父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -
父よ、ロング・グッドバイ 男の介護日誌 -

こう見えても介護職だもの。
ムカつくことだってあるし、愚痴りたいことだっていっぱいある。
傲慢な家族だっているし、お手伝いさんみたいに思ってる人もいるし。
理不尽に怒鳴られることだってある。
個人情報の守秘義務があるから言わないけど。

本書には、母親の死から、父親の認知症、病気の妹を介護していく過程が克明に描かれている。
これから介護をする方にとっては「参考書」になる部分もたくさんあると思う。
(↑ というと、この本に描かれている時代からまったく変わってないのか? と思われるとアレなんですが、改善されている部分ももちろんあります)

ところで、ムカつくこともたくさんあると言いながら、なぜこの仕事を続けているかというと、やっぱり楽しいからだ。
認知症の人が喋る(わたしと違って見えている世界)の話を聞くのが大好きだ。
精神の病のある人の繊細な世界と考え方を聞くのも大好きだ。
わたしとはちがった世界の見える人たちが語る(その世界から発信する話)。
不謹慎かもしれないけれど、それは小説のようにわくわくしておもしろい。
そして、「ああ、こういうふうに世界が見える人たちがふつうに暮らせるにはどうしたらいいんだろう?」とも考える。

そしてこの本の中にも、介護が必要な方々の感性がいきいきと描かれている。

お父さんに煙草をあげたときの反応。
介護職員「乾あかりさん」との心の交流。
戦後、奥様と出会ったころの昔話をするときの表情。
最後の「エピローグ」で判明する、とてもせつない話。
ひとりひとりの人生が「物語のように」いきいきと描かれていて、とても読み応えがある。

本書での家族の介護は「シャレにならないくらいに大変だったんだな」と思うし、まだまだ改善の余地はたくさんあるだろうけれど。
それを含めて「悪いところ」も、「わるくないなと思うところ」も描かれている作品です。




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2016年04月13日

夢をみた


できた!#origami



夢をみた。
こんな夢だった。

わたしはどこかの椅子にひとり腰掛けて短編小説を読んでいた。
コンクリート壁にはりついた木製のベンチだ。背もたれはない。

その短編小説は「ジェットコースターのようなめくるめくストリー」ではなかったが、かなり夢中になれる出来だった。
特に着想に感心した。
「そうか、こういう書き方をすればいいんだ。この方法だと、わたしの伝えたいことが十分に伝わるにちがいない」

それから、わたしはもうひとつのことに気づいた。

わたしは今、自分の夢の中でこの本を読んでいるのだ。
ということは、他の誰もこの本を読んではいない。
わたしが「着想」をちょうだいして、自分の文章で書いたとしても、バレることなどないのだ。

これはけして盗作ではない。
そう言い聞かせながら、わたしは夢の中で「この本のあらすじや構成」を頭にまとめた。
簡単なものだった。
あとは、起きてこれを再現するだけ。

そういう夢だったはずなのに。
目覚めてみるとその「本の内容」だけがどうしても思い出せないでいるのだ。

脳も記憶も、すべて自分の中にあるものなのに、いつもせつないくらいに、わたしを裏切るなあ。
最近だんだんそう思うようになってきた。


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posted by noyuki at 18:08| 福岡 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月31日

ことしのさくら



わたしの1番好きな、お花見公園。
「ああ、わたしがあちらの場所に行ったあとに(現世)で思い出すのは、きっとこの場所なんだろうな」と毎年思う。

でも、リトルオーブンのモンブランを食べてるときは「ああ、きっと、思い出すのはこのケーキなんだろうな」って思うし。
自分の部屋で眠りにつくまでのあいだ本を読んでいるときは「ああ、きっと、この時間を思うんだろうな」って思う。

嫌もムカつくもなじめないも、あいかわらずたくさんあるけれど。
こういう「好き」を少しずつ増やしていけるようになりました。


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2016年02月26日

「小説家の四季」 佐藤正午 岩波書店



本日到着して、パラパラとページをめくっただけで興奮が収まらず、こうしてブログに書いている。
いやはや、よくぞここまで、そう思うほどに編集者の「愛」があふれている。

佐藤正午という小説家の書いた文章なら、レシートの裏の走り書きから、ネットの文章、新聞に書いた短い文章まで、なにひとつ漏らさずファイルし、ひとつひとつアイロンをかけて揃えて丁寧に製本したといった印象。

現在は岩波書店のホームページでの連載となっている「小説家の四季」から、直近では伊坂幸太郎氏の「残り全部バケーション」のあとがき、山田風太郎賞受賞のさいに西日本新聞に書かれた文章まで、そして、伝説の名作「盛田隆二氏の(夜の果てまで)のあとがき」まで!
ほんとうに、「全て」が入っているのである。

どんなに好きな文章であれ、わたしたちは読んでは消費していくのだ。
何度も読むのに、それでも「名文」は本棚の片隅や新聞の切れ端として、消費されてしまうのだ。

それを消費されて消えていかないようにと大事に留める人がこの世の中にいる。
おかげで、わたしは、一度消費して、頭のすみっこに追いやった大事なものを思い出せる。

本を手にとった瞬間「作り手の愛」の重さを掌に感じるような、そんな本です。



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2016年01月21日

「幸福な朝食 幸福な就寝」



午前中、仕事までの時間つぶしに本屋に入った。
現場まで近いので5分で動ける、ゆっくりいろんな本を見てまわった。

伊坂幸太郎の「残り全部バケーション」が集英社文庫で出ていた。
読んではいたのだが、なんとなく手に取ってみる。
「ああ、これ、すごく好きだったんだよね」
そう思いながらじっと表紙を見ていたら「解説 佐藤正午」って書いたあった!
慌ててレジでお金を払い、本屋の駐車場で貪り読んだ。

もう、ほんとに、解説で笑いました!



仕事が終わり片付けも終わり夜になって、「残り全部バケーション」をもう一度読もうと思った。
わたしはほどよくストーリーを忘れてしまっているし、これは会話も楽しめる本なので、二度目も十分に楽しめた。

そして、眠る前にもう一度、佐藤正午氏の解説を読み返す。

「伊坂幸太郎氏があるところでこのようなことを書いているのだが」というようなことが第一センテンスで書かれていた。
そして解説の内容は、おおまかに言うとそれに対するリプライだった。

「伊坂幸太郎氏があるところで書いていた文章」に既視感があった。
ここ半年以内に読んだ文章のような気がする。
そう思って慌てて書棚をひっくり返し、佐藤正午氏の「アンダーリポート/ブルー」(小学館文庫)を引っ張りだしたら、ビンゴだった。
「アンダーリポート/ブルー」の解説が伊坂幸太郎氏。
それに対するリプライが「残り全部バケーション」の解説。
なんというステキなやりとり!



ああ、神様ありがとう。
とても幸せな気分で眠れた1日を本当にありがとう。


追記。Twitterでフォローしている「残り全部バケーション」の溝口&岡田のbotもお気に入りです。ここをクリックするとご覧いただけます。





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posted by noyuki at 12:17| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月10日

つれづれ

ご挨拶が遅れました。あけましておめでとうございます。
本年もいい年になりますように。

新年のドラマで「二宮和也」の「坊っちゃん」を観た。
あまりにも痛快な話だったので、びっくりした。
こんな話だったんだ!
もちろん「坊っちゃん」は読んでいる。ただ、わたしの印象は「田舎の閉塞した社会」と「山嵐が実はいい人」くらいのものだった。「坊っちゃん」の気概も、「きよ」の優しさの深さもまったく覚えてなかったのだ。

理由は簡単だ。
わたしは人生の経験値が浅すぎて、中身の評価がまったくできてなかったのである。

実はこういうことがとてもたくさん起こる。
大きくなって「赤毛のアン」をテレビで観たときもそうだった。人の悪意や意志の深さを経験していない小学生の私には、それは単なる「元気な女の子」の話にしか見えなかったのに。成人して観たアンは、ほんとに「まっすぐでまぶしいくらい自由な女の子」だった。

小学校の高学年で「アンナ・カレーニナ」や「若きウェルテルの悩み」「古い文語体で書かれた詩集」などを読んでいたのは、今でいう「活字中毒」だったからだ。
家に置いてある古い書物の文字を追うだけで、とても気持は落ち着いたし、それがあったからこそ、現実世界をなんとか乗り切れた。
たぶん、今でいう発達障害のようなもので、もう、タイムマシンで遡ってそれを精査することもできないのだけど。そういうふうにして乗り切っていったものは、たしかにあると思う。

オトナになった。
心の機微もだいぶんわかるようになった。
もっともそれも「本」に教えてもらった部分が多いのだが。
ずいぶん普通にやっていけるようになった。

こうして人生の経験値があがっていくと、また違ったおもしろさに出会えるのかもしれない。
そういうものを、いろいろと味わってゆくのが今年のテーマです。

そうして、今読んでいるのは「掟上今日子の退職願」であります。




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posted by noyuki at 15:59| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月30日

【2015 年を振り返って】 読んだ本とその他のこと

変化の年だった。
ぽかんと空っぽな気持ちになったり、不安な気持にもなった。
変化はいつだって不安だ。「変わるのを楽しめる」ほどの経験値はまだない。

だけども、一年がたつと、誰も扶養しない生活は自由で気軽だと思えるようになった。

シゴトが終わる時間も遅くなった。
それから、ふらっとコンビニに寄ったりする幸せ。
夕飯を一人でテレビもかけずに食べる幸せ。
そういうことができるようになって、年をとって子供が巣立っていくのも悪くないもんだなと思った。

一年が終わって少し落ち着いて、また、来年もいっぱい本を読んで、好きにいろんなことを描きたいなと思った。
というわけで、今年一年の読書録の中から、いくつか「記憶に残しておきたい本」をあげておきます。

「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」伊坂幸太郎

伊坂幸太郎が出れば買う、というのはもう、変わらないスタンスだが、いろんな幅のある作品の中でこれが1番好きだった。
「ベリーベリーストロング」からはじまるいろんな物語が、複雑につながっていた。
陽気なギャングシリーズもよかったんですが。

「残りの人生で今日がいちばん若い日」盛田隆二

はじめから持って生まれる人。
最初は持ってなくて、とちゅうで持つことができる人。
そして、まわりの過酷な状況から、いつしか見失ってしまう人。
いろんな人がいるとおもう。
と、感想を書いていた。
関係や家族の中でなにかを獲得していく物語。
色彩がどんどん豊かになっていくような小説でした。

「流」東山彰良

まさかのノーマークでなにげなく買って読んで、おもしろくてびっくりした。
力強くて、大陸のパワーにあふれていて、そして、繊細。
この方の作品はこれからも読んでいきたいなあと思った。

「アンダーリポート/ブルー」佐藤正午

アンダーリポートとスピンオフな短編「ブルー」が一冊の文庫となって刊行されたのはファンにとっては「大事件」でした。
ふたつ一緒に読まないとわからない「驚き」をじっくりと味わえました。
来年は「小説家の四季」が岩波書店から刊行されるとのこと。
こちらも楽しみ。

「長いお別れ」中島京子

認知症小説とひとことで片付けることもできないことはないのだが、ほんとに、にぎやかでしんとしていて、ひとりの身体がゆっくりと死を受け入れていくような物語。
たとえば、あなたやあなたの家族が認知症というものに絶望していたら、やっぱり読んで欲しいなと思う作品。

「ラオスにはいったいなにがあるというんですか?」村上春樹

ロングインタビューもおもしろかったけれど、頭をからっぽにして読んで楽しいのはこちら。「ラオス編」「くまもと、くまもん編」なんかおすすめ。そして、村上春樹さんだもの、ジャズを語るくだりはどこも秀逸で幸せになります。

「東京タラレバ娘」東村アキコ

漫画だけど、あえてあげたい。怖い。30すぎた女子の「身に覚えのある楽しくて怖い日常」がありありと描かれていた。
ああ、ほんとに怖くて泣きそうでした。傑作です。

そういうわけで来年はもう少し自由になれそうな気がします。またよろしくお願いします。


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posted by noyuki at 20:29| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

見た夢を覚えている時期と、覚えていない時期がある、そして今は毎朝覚えている時期

見た夢を覚えている時期と、覚えていない時期がある。
覚えている時期はすごく覚えているので、できるだけ書いておくことにしている。

今朝の夢はこんな夢だった。

ネットで、「大喜利的なもの」をしていた。
あまりそういう遊びはしないのだが、「佐藤正午の小説にでてくる朝ごはんをあげよう!」というお題だったので、つい、参加してしまった。
誰かが、「りんごをスライスしたトースト」と言った。
わたしも、なにかしら答えた。
どんな答えか思い出せない、でも、なにかしらをTwitterに書いた。
そしたら、それがなぜかエネッチケーの「朝イチ」でリアルタイムで読まれてしまい、とてもうれしくてうれしくて、みんなに知らせようと思った夢だった。

どうしてこんな夢を見たのか、よくわかる。

そうだ、今日は佐藤正午せんせいの「山田風太郎賞」の授賞式なのだ。
昨夜から、熱心なファン同士のLINEの会話がはずんだ。

何年も連絡しなくても平気なのに、このときばかりはと連絡してくる仲間がいて、ほんとにすごいなあと思う。
「好き」のおかげで、こんなステキな人たちと知り合えた。
「好き」は妬まない、ほんとにすごいなあと思える。

そういうわけで、こんなブログの片隅で、本日の授賞式をお祝いさせていただきます。
佐藤正午せんせい、山田風太郎賞受賞、おめでとうございます。

角川書店 山田風太郎賞のサイトはこちら


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posted by noyuki at 13:03| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする