2025年06月22日

Family History



 朝ドラ「あんぱん」で戦争の場面を見るにつけ、我が家の「口伝」で聞いていた「戦争」を思い出します。
 ドラマ「あんぱん」の中では、戦時中に生きる人が、ときに少しばかりの疑問を抱えて生きているようにも見えますが、実際に我が家の年長者がそうだったというわけではありません。
 むしろそれは「言語化できないもの」として、長年家族が抱えたままになっているもののように思えます。
 言語化できぬまま年長者たちは亡くなり、わたし自身にはそれを伝える意思もありませんでした。このままわたしが口を閉ざしていれば、その些細な物語は永遠に伝えられないままなのでしょう。
 それでこの機会に、断片的な物語を記していくことにしました。
 書いてみなければわかりません。「ただの伝え聞いた家族の物語」が伝えるに値するものなのか、そうでないのか、わたしにはわかりません。
 ですが、取るに足りないものであっても、わたし自身がそれを伝えたいと思えばそれは伝えるに値するものなのかもしれないとも思っています。
 それでは、いきます。
 

*     *     *


長男:慶太郎

 一家の長男の慶太郎は出征して亡くなった。
 家の仏壇には色がくすんだ「靖国神社の写真」が掲げられていたが、敢えて誰かがそれについて説明することはなかった。
 慶太郎の名前が出るのは、仏壇とも戦争とも切り離された場面のみだった。
 
 「慶太郎は勉強も運動もどちらもよくできていた」
  大祖母は時々そう話した。
 慶太郎は歴史ある進学校に通っていたが、勉強は常にトップクラスであった。次男である進次郎は、学校で慶太郎と比べられて閉口していたという。
 当時中学生だった進次郎は食べ物の好き嫌いも激しく、集中力もなかった。後述するが「ものごとをとちゅうで放棄する」ことに長けていた。そういう言葉があれば「発達障害」に分類されていたのかもしれない。
 「おまえは本当に慶太郎の弟なのか?」
 教師は進次郎になんどもそう尋ねたという。

 その長兄の慶太郎が出征することになった。
 出征は夜の行軍からはじまるという。夜間に宿泊所から汽車の駅まで歩き、そこから汽車に乗る。
 大祖母は「本日の夜に行軍が行われる」との情報をどこからか入手し「あの日は一緒に歩いた」とわたしに話してくれた。
 本当に一緒に歩けたのか、それとも後ろからただついていったのかはわからない。大祖母は華奢で質素な身なりで性格も前に出るところがない人だった。
 だから、夜中に「出かけて一緒に歩いていった」という記憶は少し違和感もあったのだ。
 それでも彼女は歩きたかったのだろう。出征する息子と一緒に。
 彼の帰りをもちろん大祖母は待っていたはずなのだが、そのあたりの話はない。
 
 そうして、冒頭の「靖国神社の写真」となるのである。

 大祖母はわたしにお手玉を教えるときに軍歌を歌った。
  ここは、お国の何百里 
  離れて遠き満州の
  赤い夕日に照らされて
  戦友は野末の石の下

 わたしは「お手玉の歌」の意味を考えることもなかった。
 大祖母はいろいろ思うことはあったのかもしれない。
 それでもわたしたちはそのことについては何も話さなかった。

 それは「言語化できない物語」であって、それをどういうふうに伝えればいいのか、大祖母は知らなかったのかもしれない。
 そしてわたしはその「言語化できない物語」を咀嚼するにはまだ幼すぎた。

 
 
 

次男:進次郎


 進次郎は大祖母の次男。その下に光三郎という三男がいた。娘もひとりいたらしいのだが幼少期に亡くなっており、娘の記録はない。
 進次郎と光三郎は戦後の時代を生き抜いて、平成の時代に寿命を迎えて亡くなった。

 進次郎は兵役にはつかなかった。
 飛行機乗りに憧れて、試験を受けたが合格できなかったのだという。
 ひどい蓄膿症が原因だったとのことだが、もしかしたら蓄膿症だけが原因ではなかったのかもしれない。

 戦後、進次郎は、大学に行く機会に恵まれた。
 語学に長けた進次郎は、熊本の大学の「中国語学科」に入学し、そこも飽きてしまい3ヶ月で下宿を引き払って帰ってきた。
 「下宿のおばさんが、なんで荷造りしよらすと?て聞いたから、もう辞めて家に帰りますと言ったらすごくびっくりされたよ」
 進次郎はまるで武勇伝のようにその日の話をするが、まわりにとって青天の霹靂だったに違いない。
 大祖父も大祖母も厳しく叱責することはなく、進次郎は福岡の「予備校」なるところに通い、彼は翌年外国語専門学校に入学した。
 偏食でなんでも長続きしない進次郎であったが、英語を学ぶことはそんなに苦ではなかったらしい。戦後に、英語が必要な場面はいくらでもあった。
 
 就職時、進次郎は学校の推薦により地元の一流企業の試験を受けることとなる。
 ところがここでも進次郎はやらかしてしまった。
 試験はむつかしく、午前中が終わった時点で嫌になってしまったのだという。なにも言わずに進次郎は帰宅し、試験会場はちょっとした騒ぎとなったらしい。
 
 そういうわけで進次郎は就職はせずに、結果家業を継ぐことになった。
 
 ほんとうに進次郎がなにをしたかったのかはわからない。
 慶太郎が亡くなったことで、実家を継がなければと思ったのか。それともなにも考えずに風に吹かれるように生きてきたのか。
 今となってはわからないが。
 彼は「少しだけ自由に、少しだけ自分の思うままにやった方がいい」という空気を常に備えていたように思う。



忠霊塔(チュウレイトウ)


 「チューレイトー」という言葉は幼い頃から何度も耳にしていた。
 母がよく「今年もチューレイトーに行く」と言っていたからだ。
 忠霊塔は市内の小高い山の中腹にあった。
 交通の便はよくないが、おそらく臨時のバスが出ていたのだと思う。

 毎年母は忠霊塔に行き、「慰霊祭」というものに参加していた。この家に嫁に来た母にとっては、まったく面識のない慶太郎のための慰霊祭だったのだと思う。
 慰霊祭では「おおきなおまんじゅう」がふたつお土産として配られていた。紅白饅頭ではない。ミントグリーンみたいな色の大きなおまんじゅうだった。

 母もまた「忠霊塔」についても「慰霊祭」についてもわたしに語らなかった。
 教えてくれればよかったのに、とも思うが。母にとってもそれは「誰かのかわりの仕事」であって、伝えるべきことはなかったのかもしれない。

 戦争についても、その当時のことについても、誰も積極的に伝えようとはしていなかった。それは市井の人にとっては忘れたいことであり「伝えるべき歴史」ではなかったのだと思う。


 

進次郎とわたし


 進次郎は映画が好きで、お正月には2館かけもちで一日中出かけているような人だった。
 テレビの洋画のロードショーもほとんど見ていたと思う。彼が好きなのはアメリカの洋画で、わたしは「洋画の音楽のレコード」をもらった記憶がある。
 コダックのカメラや最新型のステレオ。
 進次郎はそういった最新型のものを愛した。
 60代後半には妻とふたりでヨーロッパ旅行に行き、フランスの蚤の市では一生懸命価格交渉し、まったく通じなかったらしい。イギリスでも英語を使ったが、進次郎の日本式の英語はやはり通じなかったという。
 添乗員つきのツアーでそれほどの不自由もなく、買い物を夫婦で楽しみ帰国し。
 その後に癌が見つかり2年の闘病ののちに進次郎は亡くなった。

 一族の中に「お花さん」と呼ばれる、進次郎よりも年上の女性がいた。
 どういう親戚であるかもわからないが、お花さんは堂々としていて、いつも言いたいことをずけずけと言った。わたしは彼女が苦手だった。
 お花さんの家は城下町の中でも「帯刀を許されていた」ひとかどの職人であったらしい。お花さんには子供がなく、気のいい養女が婿を取り、家を継いだ。
 
 進次郎はよくわたしにこう言った。

 「あかつきは、お花さんに似ているなあ、性格がよく似ているよ」
 わたしはそう言われるのが嫌いだった。
 気が強い醜女のお花さん。彼女のずけずけには毒があった。
 あの、お花さんにわたしが似ているなんて。
 進次郎にわたしはああいうふうに見えているのか。
 そう思うととても嫌だった。
 
 また進次郎はこうも言った。
 「あかつきが自分くらいの年になったところを見てみたいなあ。
 でも、その頃には自分はこの世にはいないだろうなあ。残念だなあ、ああ、残念だけど、見てみたいなあ」
 
 進次郎の亡くなってから、もうずいぶん時が経った。
 わたしは今は「進次郎が想像していたあかつき」になれたのではないかと思っている。

 財を成したとか、性格が成熟したとかではない。
 わたしは「好きなことを言い、好きなやり方を選ぶ術」を身につけた。
 それは、進次郎が、自分にもわたしにも、ずっと望んでいたこと。
 
 わたしはこれを、進次郎から受け継いだとても大事なことだと今は思っている。




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2025年06月01日

嶽本野ばら「ピクニック部」



 朝日新聞ですごく熱の入った書評を読んでしまい「あれだけ熱が入っているのだからおもしろいにちがいない」と信じて購入したけれど、読むのにすごく時間がかかってしまいました。
 理由は、ひとつは読み進めるのがもったいなかったから。「スルスル読める本」ではなくて、1ページ読んではふうっとその世界に浸るような物語だったからです。
 そしてもうひとつの理由は。「電車の中で読むにはアブなすぎたから」です。
 本を集中して読むのはやはり電車の中なのですが。うっかり最初の「ブサとジェジェ」を読んだら、予想外の展開に電車の中で涙が止まらずコントロール不能になってしまい、その後の作品は用心してナイトキャップとしてゆっくりと読むようにしたからです。

 下妻物語より20年。
 変わっているのは。みんな、あれから年をとったということ。
 
 「かわいいが好きな人」も「ロリータファッションを愛する人」も、妙齢の男女となります。
 でも、どこかで「年をとったから可愛いものはやめました」という人もいない。一度愛すると決めたものに、心ときめかない大人になる人もいるかもしれなけれど、ここには「けしてそういう道を選ばなかった人」「可愛いを突き通した人」の人生がとても美しく切なく描かれています。

「ブサとジェジェ」
 大切な服のストックを売るためにフリマアプリを利用したジェジェが、ぶさマルコというかなり若い女性に懐かれ、ふたりのあいだの交流を描く物語。そこにある厳格な美意識が最後まで流れている物語でした。(思わぬ展開、については読んでからご確認ください)

「こんにちはアルルカン」
 いったん定年退職をしたミカヅキさんの物語。高校の図書館委員だった頃の価値観のままに60歳になった彼女が、おそるおそるロリータ風のワンピースを試着し、それを着て町を歩くまでのお話。

「ピクニック部」
 連作となっている。最初は、高校のワンダーフォーゲル部で、足の悪い乃梨子先輩とその友人の里美先輩、そしてシスターボーイの源治善悟郎がピクニック部を創設して活動するところから始まる。そして大人になってゆくごとに、その価値観を踏み躙る輩が現れるが、それを乗り越え、そして押し通すゆえの切なさを感じさせる物語。

 「下妻物語」がバイブルであったように。「ピクニック部」もまたわたしにとってはバイブルとなりそうです。
 なにかに迷って、自分の行くべき道を確認したくなるときはきっとまたこの本を開くのでしょう。
 とはいえ、わたしはロリータファッションは着ませんし、告白すると登場するブランド名も半分くらいは聞いたことのないものです。それでも「ピクニック部」はバイブルだと思っています。
 
 ずっとずっと年をとっていくことはとても怖いことでした。首や目の下に見たことのないたるみができて、髪すらも痩せてゆく。そんな身体のゆるやかな変化を確認しながら「かなしい気持ち」になることもありました。
 でも、今思っているのは「人は年をとることで何かを奪われるわけではない」ということです。
 わたしたちは何もなくさない。可愛いものを愛でる気持ちも。トラブルを回避する技量も。おしゃれして自分を素敵に見せる技術も。何もなくさないで、ひとつひとつ積み上げていって、立体で、より豊かな自分になってゆくだけなのです。

 そう思わせてくれる一冊で、勇気がでました。

 ただひとつ。そういった掌いっぱいの「可愛らしさ」を。年齢を理由に放棄しないことだけを、これからは気をつけていこうと心に誓いました。



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2025年05月09日

思ったことは口にしろ 〜紙の本を作って届けたい日記 四畳半襖の下張り

キャッツ探偵事務所.jpg


 いつもこのブログを読んでいただきありがとうございます。
 当ブログには、わたしが書いたかなり昔の作品もストックされています。

 ありがたいことに、いまだにブログで昔の作品を読んでくださる方もいらっしゃいます。
 そしてアクセス解析の中によく登場するのが、この「キャッツ探偵事務所 カリントウ」です。
 以前、ネットのお遊びで「キャッツ探偵事務所」のシリーズをずいぶん書きました。その中の「カリントウ」と「野良猫クルミ」だけを、なぜかブログにまとめて掲載していたようです。
 今回、この2作品を自分で読み返してみました。
 「クルミ」の方は、当初の熱量ほど面白くないなと思いました。
 でも「カリン」はちがいました。とにかくエロいです。びっくりしました。わたし、こんなエロいの書いたの? いやいやいやいや汗 もう、なんていうか、襖を張り替えリフォームしようとしたら、襖の下張りに、変な読み物の紙が貼られていたのを発見したような気分でした。

 せっかく「文学フリマ福岡」という場所を申し込んで、もう、届けるべき場所は確保されています。これも出版することにしました。

 というわけで、ただいま原稿の整理中です。
 さっそく今日は表紙も作りました。ペラペラの表紙で雑誌みたいに読めたらいいな、その分値段も抑えられたらいいな、なにしろ色モノだし。

 文字を小さくして中綴じにできるくらいのレベルで、とも思いましたが、どんなに節約しても60ページはいきそうです。
 
 でも、安くて楽しい色モノ雑誌! これはやはりお届けしたいです。



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2025年04月25日

2冊めの本「みじかい話ばかり」について

 2冊目の本は「製版直送」で作りました。
 
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 佐藤正午さんの「冬にこどもが生まれる」の2次創作の「天神山にのぼろう」や「月の満ち欠け」の2次創作の「戦場のパーティ」。
 あとは「サイゼリアのミラノ風ドリア」や「なるだけ短めの物語」(連作)などが入っています。
 作るのもストレスなかったし、内容的にも、自分が好きな作品を並べられて自由度が高かったなと思っています。
 一冊めがかなり苦労したので。
 よけいそう思ったのかもです。

 さて。
 この本、URLを貼り付けてそこから注文という形もできるみたいなんです。

 「みじかい話ばかり」ここを押してください

 このお値段に送料が330円かかると思います。

 ちょっとお高いですね。
 うまくいくことといかないことがあります。
 そういうのを繰り返しながら、少しずつ少しずつ。

 そしてこの本も!秋の「文学フリマ福岡11」で並ぶ予定です!!! 


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posted by noyuki at 17:15| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kindle出版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年04月20日

思ったことは口にしろ 〜紙の本を作って届けたい日記 オーディオブック「ミドリの森」



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「読書のバリアフリー」という話を最初に耳にしたのは、市川沙央さん(ハンチバックの作者)のインタビューを読んでからでした。

 もちろんオーディオブックの存在も知っていたし、実際に視覚障害のある知り合いが図書館から本を送ってもらって読んでいるのも知っていた。
 ただただ世界がうまくつながらなかったのです。
 友人の星ノ原コウさんが「ミドリの森」のナレーションを読んでくださっていたのはけっこう前の話で、それでもまだまだいろんなものがつながらなかった。

 そんなわたしが「文学フリーマーケットでオーディオブックを売ろう!」とある日思いました。
 Amazonにはたくさんのオーディオブックがあるし、星ノ原コウさんは仕事としてそういった本のナレーションもつけておられる。
 文字が読めなくても本を読むことはできる。
 わたしの本だって、そんなふうにしていろんな人に届けばいいと思う。
 
 というところまで思いついたのですが、実際にどうやって売ればいいのかとなると、なかなかむつかしいものでした。

 1・ダウンロード販売にする・・・売買が成立したら、その場でQRを読み取ってもらいダウンロードをしてもらう。ただし、QRコードはその場読み取りのみ。

 2・CDで販売する・・・CDで買っていただき、車の中やいろんなところで聞いてもらう。

 その二つの方法を考えましたが、どちらが需要があるのか正直言ってわかりません。文学フリーマーケットでは両方の販売になる予定です。
 とりあえずまだまだ手探り状態なのですが、CDは2枚組の販売になります。
 ジャケットも作ってみました(上の写真参照)
 値段も星ノ原コウ先生におまかせして決めていただいて、CDラベル印刷はシバカズさんにお願いする予定です。

 「誰が買ってくださるの?」という気持ちと「誰かのところに届けたい」というワクワクな気持ちが入り混じっています。

 見も知らぬ誰かに届けたいという未知なるワクワクが、ずーっとずーっと続いています。
 
 
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posted by noyuki at 15:48| 福岡 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | kindle出版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年03月30日

佐藤正午「熟柿」発売になりました!

熟柿 (角川書店単行本) - 佐藤 正午
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 最初に「熟柿」が連載作として登場したのは2016年12月号の「小説野生時代」だった。
 前年2015年に「鳩の撃退法」が山田風太郎賞を受賞し、その翌年より「山田風太郎賞の発表の号」に毎年「熟柿」が掲載になったように思う。
 当初は一年に一度の連載だった。一年ごとに拓くんが大きくなっていくのを楽しみにしていた。
 ちょうど最初の連載の頃に、佐藤正午さんの佐世保のサイン会に行ったことがある。「月の満ち欠け」のサイン会だった。
 「熟柿、楽しみにしています」
 と言ったら、佐藤正午先生はこう答えられた。
 「あれはね、完結待ってたら10年かかっちゃうよ」
 一年に一度の連載予定だった。ところがとちゅうで出版の形態が変わり、web出版の「野生時代」だったり特別編集のだったりもした。
 初出から8年で完結したので、結果的には10年はかからなかったが、「いつ出るのかわからずヤキモキしていた時期」もあり、友人のあいだで情報交換したりしながら連載を追いかけ、それで完結したときには、文字通り「柿が熟してポタリと落ちた」ような気持ちだった。
 読者がそうであるように。編集者や出版社、そしてなによりも作家もそういう気持ちだったのではないかと思う。
 よい作品の完成を待つ時間はずっと幸せだった。
 
 主人公の「かおり」は、大雨の中、泥酔した夫を助手席に乗せて運転し、ふらりと道路に飛び出した老女をはねてしまい、そのまま逃げてしまう。
 結果、罪を償うこととなり、獄中で夫との子供を出産する。
 その後、夫の希望により離婚。
 息子と会いたいあまり幼稚園で違う子を連れ去ったり、入学式に小学校に忍び込んだりもするが、息子に会うことは叶わない。
 職を転々とし、苦労をし、騙される「かおり」は思慮に欠けているようにも思えるし、「なにをやってもうまくいかない不運につきまとわれている人」のようにも思える。
 そんな「かおり」にも流転しながら、少しずつ、幸運や、仲間がついてくる。
 息子のために働いてお金を貯めることばかりではなく、自分の将来のキャリアを考えたり、信頼できる人と繋がったりもする。
 
 どこまでいけば大人になれるかわからない。年齢や仕事だけでは計れない「熟成」がどこにあるのかわからない。
 そんな毎日の中で「人が熟す」という場所までには、どういう道のりがあるのだろう?
 あるいはなにごともなければ、「まったく大人にならないまま」で過ごすことだってできるのかもしれない。
 もしくは毎日が洪水のように流れているだけの場所で、わたしたちは少しずつ「熟して」いけてるのかもしれない。
 わたしは。わたしが熟していけてるのかさえもわからない。

 でも、この物語の中には、それを待っていてくれる人がいる。
 そのことを思うと、すごく希望が持てる。
 読んだあとに、ずっと希望を持っていられる。
 そんな傑作でありました!

***

 おまけ。
 連載中には、毎年サブタイトルがついていたような記憶があります。
「チューリップ」「ニッケ」「ふりかけ? ゆかり?」
 あれがけっこう好きでありましたが、残念ながら、もう記憶も薄れています。


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posted by noyuki at 19:52| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年02月16日

思ったことは口にしろ 〜紙の本を作って届けたい日記 





 表紙の差し替えに時間がかかっていたkindleペーパーバックですが、ついに発売となりました!

 ああ、ああ。今日は休日だから、今日発売できたらいいなあと思いながら見ていたら、「ミドリの森」のペーパーバック版が反映していたので震えてしまいました。
 電子よりも、ずいぶんいろんなところで苦労しました。
 何度もズレていた感じも、きれいに収まっています。苦労した分喜びもひとしおです。
 試し読みもできますので、よかったらアクセスしてみてくださいね!

 さて。価格です。1000円の価格設定にしていましたが、なぜか1100円となっていました。消費税でしょうか? こういうことも実際Amazonの画面で見てみないとわからないものでした。

 こうして今年の最初の目標であった「紙の本を作って届ける」は、一部達成しました。
 でも、まだまだ今は次にやりたいことが溢れかえっています。

 何度も失敗して「できない」って思っていたことが「できた」!
 それだけでも嬉しい。
 そしてそして。
 自分で作った自分の小説を本にできるなんて。
 
 世の中いろんなことが起こるな、と思って、嬉しくてしかたがない。

 次回は「コピー本を作る」です!

 
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posted by noyuki at 15:29| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kindle出版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年01月26日

伊坂幸太郎の「楽園の楽園」を読んだ


  伊坂幸太郎の新作「楽園の楽園」を読んだ。

 伊坂幸太郎の作品の中で「もっとも美しい本」という。
 その美しさに心奪われ、3人の主人公の言葉、やりとりに軽快さと心地よさを感じ、そしてラストの展開に「え〜〜〜〜っ!」となる! という本。

 主人公の3人(五十九彦、三瑚嬢、蝶八隗:ごじゅうくひこ、さんごじょう、ちょうはっかいと呼びます)が、先生の住む「楽園」の場所を探す旅に出かける。
 3人はあらゆる感染症の免疫を持つ、最強のチームだ。
 五十九彦はスポーツ万能な少年。
 三瑚嬢は、おしゃべりで頭の回転も相当いい感じの少女。
 蝶八隗は、お腹が空く、食べ物関係の情報豊富な大柄な少年。
 実際に3人の姿は、挿絵にとても魅力的に描かれている

 物語の話や外来種のセイタカアワダチソウなどの雑談をしながら、3人は地図にもない、驚くほど美しい光景に出会う。
 楽園というべき圧倒的な存在に、そして、その場所で「先生の声」を見つける。

 そして先生の語るこの先のことは….?

 楽園の描写も先生の語ることも、抽象的でうまく説明できないが、魅力的で納得できる言葉にどんどん引き込まれていく。
 地球のことも自然のことも、筆力で魅せる大きな語りに夢中になってしまう。

 そしてラストは……?

 いや、ここは読んでいただかないとどうしようもないでしょう。

 ほんとに、とても魅力的な挿絵で、引き込まれる不思議な物語でした!
 

 


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posted by noyuki at 21:07| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年01月10日

正午派2025

正午派2025 (小学館文庫) - 佐藤正午
正午派2025 (小学館文庫) - 佐藤正午

「正午派」である。
 わたしは「佐藤正午派」として生きている。
 そんなわたしのバイブル本が2025年早々に出版された。

 2009年に出版された「正午派」の増強版である。
 予約して「バイブルなので紙の本で」と思って買った。
 ところが、到着してパラパラめくっているうちに頭がバグってしまい「紙の本だけでいいはずがない。電子もダウンロードすべきだ」と思いなおし、その場でダウンロードしてしまった。
 理由はごくシンプルで、なおかつゲスい。
 文庫の中に挟まれている、本人の後ろ姿やキープしたボトルの写真や冷蔵庫の中身のスナップ写真を「もっと拡大してしっかりと見てみたい」という衝動からであった。
 電子版はしっかりと拡大できるため、目論見どおりで満足だった。

 小説家の本には「小説」「短編小説」「インタビュー集」などがある。
 ところが、小説家が書くものはもちろんそれだけではない。
 新聞の連載記事。地元タウン誌に載せた自著の解説。人生相談や、文芸本に掲載された写真日記的なものもある。
 福岡の西日本新聞に掲載される短編があれば、ネットで読めないものを写メして友人と回し読みし、札幌の新聞のインタビューがあれば、友人からのLINEでそれを読み耽る。
 そういうふうにしてトレジャーハンティングのように「けしてその場でしか味わえない文章」をずっと追いかけていた。
 自分の知らない作品があるのも我慢ならないし、流れる水のようにその場でしか味わえないものもすべて味わいつくしたいと思っていた。

 そんな「正午派」はわたしだけではないと思う。

 そして、そんなファンのために「正午派」という書籍を出版してくださる小学館にも感謝しかない。だが、同時に「それは佐藤正午の著書を出版する出版社の当然の使命ですよね」とも思ってしまっている。
 すばらしい「正午派」の完全保存版を作ってくださってありがとうございます。
 全作品の年譜や、新聞に掲載されていた幻の名作「佐世保駅7番ホーム」とか。
 ああ、本になって再会できて本当によかった。

 「正午派」はわたしの生き方だ。
 大好きな作家がいて、新しい著書を待つことを指標に、毎日の雑多な仕事や生活をおこなうことができる。新しい作品に出会える日を待って、毎日を生きている。

 あなたが「ハルキスト」であれ「snowman ハコ推し」であれ「King Gnu好き」であれ、どこか少し似ているのかもしれない。
 
 「正午派」は「正午派の世界」と「正午派のコネクション」の中で生きている。
 そのことをもっと熱く語りたかったが、もう十分うざ熱いと思われるので、このあたりで、やめます。

 追記。新刊の「熟柿」は2025年春の発売予定!との情報が「正午派」には掲載されていました!!!

 追記その2。240ページにある「水曜日の愛人」という短編は、わたしの一番好きな短編です。人と関わるときにかくありたいと、うっすらと自分のベースになっています。



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posted by noyuki at 17:40| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年12月22日

今年の自分ニュースまとめ

 一年が終わりそうです。
 無事に終わりそうでよかった。
 それでは。無事に終わりそうな証に、今年の自分ニュースをまとめてみます。

* オットが腰の手術で入院した・・・入院して手術したけれど、無事に痛みがなくなった。わたしは3週間ほど毎日病院で夕ご飯食べた。病院の中にあるファミマがどれもおいしくてファミマのファンになった。

* 資格試験を受けて合格した・・・業界的な資格の試験。年頭に「今年受験すること」が決まり、春からZoom講義を受けたりした。5−6月に書類を準備して提出。けっこう煩雑で大変だった。9月に書類審査オッケーで、11月に上京して口頭試験。12月の中旬すぎに合格発表。ちょうど一年がかりだった。でも、上京したときはたくさん友人と遊べて楽しかった。
 資格がもらえたら、ちょっと強くなれた気がした。

* Duolingoで韓国語を始めた・・・昨年末からはじめたDuolingo。最初は英語をやっていて、ガチでDiamondリーグでがんばってた。けれど「朝晩こんなに英語の勉強がしたかったわけではない」とある日突然嫌になって、それからまったくの初心者の韓国語を始めた。読めないハングルの発音を真似するところから開始。最近は「彼女の職業は看護師です。看護師は普段とても忙しいです」くらいのレベルの並び替え問題ができるようになる。
 自分で気づいたことがある。
 ひとつのことを繰り返しやるのは、あまり向いていない。しかし、まったく未知の知識をイチから頭に入れていくのは案外向いている。新しい知識を入れるのは精神衛生上とても良い。
 そういうアプローチが自分にとって精神の健康の秘訣だと気づき、毎朝Duolingoを短時間やっている。

* 安野モヨコさんにXで「イイね!」をいただいた・・・ 「鼻下長紳士回顧録」の感想をXでシェアして、偶然にも安野モヨコさんがそれを読んでくださった。読んでくださっただけでも畏れ多いのに、「イイね」をくださった! 
 畏れ多すぎる一生の思い出になりました。
 ちなみに、その感想文はこちら。
 鼻下長紳士回顧録←ここをおして


* 気に入った短編小説が書けた・・・ 佐藤正午さんの「冬に子供が生まれる」を発売から3回連続で読んで、「この続きを書かずにおられない」という気持ちで2次創作。「天神山にのぼろう」という短編を書きました。
 天神山にのぼろう←ここをおして

 最近は「キーワードや泉の場所はわかるけど、それがなんなのか自分でもわからない」と言った感じで書くということが多くなりました。
 昔はそれは「神様がおりてくるもの」と思っていた。
 けれど今はそうではないと思っている。
 ナラティブの泉というものが自分の中にあって、そこに「言葉になる前の感覚や感情」がたくさん溢れている。
 その「自分のナラティブの泉にじっと両手を入れてみる」感覚。
 そうしてじっくりと掌があたたまるように、それが文字になり、言葉をつくり、感情や感覚を獲得していく。
 書いてみると「こんなふうに思ってたんだ!」と驚かずにはいられない。
 そういう書き方のコツが掴めたように思う。
 それは、エネルギーは使うけれど、とても楽しい。



 
 もちろん、一年を通せば嫌なこともあっただろうし、振り返ると疲弊する場面もたくさんあったように思う。
 でも、そちら側ではなく、「今年はこれができたよね」という場面ばかりを思い出すことができる一年だったのは、とても幸せだったのだと思う。

 来年もいい年でありますように!


  
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