2024年06月23日

「鼻下長紳士回顧録」上下巻 安野モヨコさんの作品を読んだ

鼻下長紳士回顧録 (上)(下)巻セット - 安野モヨコ
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 「X」でなぜか漫画が流れてくることがあって(しくみがよくわかってない),
「鼻下長紳士回顧録の下巻」を数ページ読むことができた。
 あれ? 上巻は読んでたのに下巻は読んでなかったと気づいて慌てて読んだけれど、アマゾンの購入履歴で見ると、なんと、上巻を読んでから9年もたってた!
 竜宮城からいきなり浜へ打ち上げられた気分でした。

 どうしても書評を書いておきたいと思ったのはこの言葉に引き込まれたから。

 「変態とは、目を閉じて花びんの形を両手で確かめるように、自分の欲望の輪郭をなぞり、その正確な形をつきとめた人達のことである……」

 娼館で働くコレットは、レオンの情婦。レオンが必要とするお金を稼ぐには普通の仕事では足りず、公認の娼婦となる。
 そこでくりひろげられる痴態を「ものがたりのように」コレットが描き綴る。
 コレットに「描いてみるように」ノートをくれたのは日本人小説家のサカエ。
 サカエは小説のネタにでもと思ってノートをくれたけれど、コレットはコレットの物語を描く。サカエはそれを否定する。
 レオンのこと、同僚のこと、痴態の内容について。
 「変態であること」の真摯さと貪欲さについて。
 そのうちにレオンは、高級娼婦ナナに溺れ、身を持ち崩し、サカエもまたナナにより身を持ち崩し。 
 レオンに捨てられることについてもコレットは書き綴り、迷っては止まり。
 そして、苦しんで描いた原稿は、娼館の客によって新聞小説として掲載される。

 安野モヨコさんが病気をしていて、「オチビサン」以外の連載を休載していたことは知っていたけれど、いつのまにか描きはじめられていたのは知らなかった。
 
*「鼻下長紳士回顧録」を描き始めた頃は、一本描いたら3ヵ月くらい休まないと次が描けませんでした。毎回そうやって休んでは描いていて 次はいつになるかわからない。
 連載、と言う形になるのかさえ怪しく まさか完結できると思っていませんでした
 (‬‪第23回文化庁メディア芸術祭マンガ部門 優秀賞受賞の際のコメントより)

 という状態だったらしいので、なるほど気づかなかったわけです。

 でも、それがこの作品の凄みだとも思う。

 「変態とは、目を閉じて花びんの形を両手で確かめるように、自分の欲望の輪郭をなぞり、その正確な形をつきとめた人達のことである……」
 この「変態」を「表現」という言葉に置き変えると、彼女がどういうふうに作品に向き合っているかがよくわかる。

 サカエは言う。

「才能とは…何か特別なことではなく
 ただ…ひたすら継続して書いて
 いくことだと
 
 自分を
 掘り下げ続けても
 絶望しない能力
 だと気付いたのだ 

 たとえそこに
 何もなかったと
 しても」

 (鼻下長紳士回顧録 下巻より)

 わたしはエロいものは大好きだし、安野モヨコさんの描くエロチック下着姿や、娼館での想像力豊かな変態行為もおおいに楽しみました。
 ほんとに美しくて、きれいでエロい!

 でも、それ以上に。
 この作品に込められた、作者自身のメッセージ。
 そのメッセージに、作者が作品の中で出会って、そこから作品が成立していくような醍醐味がすごすぎて。

 ほんとにいい作品に出会えたと思っています。
 「X」にも感謝です。



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posted by noyuki at 20:32| 福岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年05月02日

天神山にのぼろう

佐藤正午作「冬に子供が生まれる」の二次創作小説を書きました。
いろいろ「その後」を考えていたら描きたくてたまらなくなって。
では、いきます。




*     *      *

  天神山にのぼろう

 「理科の理と書いてオサムと呼びます」
 佐渡くんは自分の名前をそう説明する。
 あまり覚えてくれる人はいない。苗字だけで事足りるくらいの存在なのだと自分では思っている。

 佐渡くんは、息子の創理(ソウスケ)が18になるのを待って妻の美典(ミノリ)と離婚した。
 妻は結局タバコを辞めることができなかった佐渡くんのことを心底軽蔑していたし、自分の説得が届かないことにたいして憎しみすら感じていた。
 「しばらくは辞めてたのに、なぜに緩慢に自殺していくの。わたしを未亡人にしたいの?」
 と責め立てた。
 でも、タバコはただのきっかけなんだと思う。妻はそれ以外にも、佐渡くんがこだわっているもの、大切に思っているものが嫌いだったのだと思う。憎しみすら感じていたかもしれない。うまく言えないけれど(自分がけして関わらないガラクタ)が佐渡くんの心の中には詰まっていて、それを排除できない佐渡くんのことを(軽蔑すべきつまらない人間)だと思うようになってしまっていたのだ。佐渡くんはもうとっくに妻に理解されることをあきらめていたのだけれど。

 「せめて創理が高校を卒業するまでは」と妻は言ったが、それは形式とかお金の問題で、気持ちではもう5年以上は離婚しているようだと佐渡くんは思う。
 未練はない。そもそも、なぜあのときに美典を一生をともにしたいと思ったのかさえ、今は思い出せない。

 県内の国立大学に進学することになった息子は、通学時間を考え大学の近くのアパートを借りた。
 妻はそのまま市内のマンションに残った。
 佐渡くんは、会社まで歩いて15分ほどの坂の上のマンションを借りた。ワンルームにキッチンがついているだけだが、7階からの眺めはとても気持ちいい。
 こんもりとした森の向こうに、通っていた高校のグラウンドも見える。
 
 そう。
 あのグラウンドで野球をしていたのがマルユウだった。

 湊先生は、マルセイの後を追うように、翌年になくなった。
 2度目の脳梗塞は、たまった新聞に気づいた近所の人が勝手口から入って発見されたのだという。
 机の上には、推敲途中の原稿用紙と、万年筆が置かれ、そこにうつ伏せたまま、湊先生はなくなっていた。

 自分はそんなに友達が多いわけじゃないし、話したいと思った相手もいなかったと、
 佐渡くんは思う。
 でも、公園などで中学の恩師である湊先生を見かけると声をかけないではいられなかった。
 湊先生は、妻の言うところの(心の中のガラクタ)と繋がっていて、それは佐渡くん自身が静かに大事にしているものだった。

 一方で佐渡くんにはいつも「自分は愛されなかったのだ」という気持ちがつきまとっている。
 誰に?
 自分は、誰に愛されなかったのだ?
 それを考えようとはするのだが、佐渡くんはその気持ちが(妻)に対するものではないこと以外何もわからない。

 そこの部分だけ。
 空気にもやがかかっているようになっていて、どうしても記憶がないのだ。

 
 *    *    *

 「不思議ね。同じような話を以前父から聞いたことがあるの」と本田は言った。
 「結局は愛されなかったのだって。事故で即死だった父が死際にそんなことを言うわけないのに。なぜかわたしの記憶では、父が死際にそう言ったことになってるの。でもそれは記憶の間違いだと思う。どこか別の機会に言ったのだと思う。そのときわたしは悲しかったわ。自分が愛されなかったって何? 父のことはずっと好きだったのに、その言い様は何? そして、わたし自身もまた、結局は父に愛されてなかったと思うようになってしまった。それがどういうことかわからないけれど。愛している人に愛されていない空虚さみたいなものだけがなぜか、父がなくなってからずっとあるのよ」
 本当はそんなことはなかった。父とわたしは仲の良い親子で、わたしはたしかに愛されていたはずなのに、と本田は付け加えた。

 本田の著書「ワッキー伝説」はベストセラーとまでは行かないまでも、ロッカー脇島田ファンのあいだでは話題となり、それなりの売り上げをあげた。
 高校時代にバンドをやろうと言いだし、そののちに脱退した初代メンバーについては深く触れられなかった。友人のおもしろおかしい証言にはページを割いていたが、初代メンバーであるマルセイの名前やその後については語られなかった。死者からの証言は得られない。周りの話だけで彼を語ることは適切ではないと本田は判断した。

 佐渡くんは本田の決断を好ましく思った。

 佐渡くんは、自分の代理店での仕事のひとつを本田にお願いしたいと思い連絡をとったことがある。それはうまく行きそうで、結局は疫病の蔓延から頓挫してしまったが、その後も本田との交流は続いた。
 自分は彼女の取材や文章の作り方について知っている。
 そして、彼女が適役だと思う仕事はいくつもあった。
 仕事のやりとりがZoomでできるようになると、それほどの障害もなくなった。

 その後いくつかの仕事を本田にお願いしたし、仕事のやりとり以外でも、なんともなく二人でZoomで話すことも増えた。
 本田の言う「愛されなかった」という形のない感覚。
 佐渡くんも感じてしまうその感覚が結局何なのかはわからないのだが、それでも、二人の中には何かしら似たものがあるのだと、双方が感じていた。
 そしてそれは(マルユウ、マルセイに関するもの)だとうっすらとは思っていたが、それを言葉にするのはむつかしかった。
 むしろ、それは(余分な記憶)であって、どこかに捨ててしまってもいい、そういう気持ちすら、ふたりの中にはあったのだが、それすらもあえて言葉にすることはなかった。

*    *    *

 マルユウと真秀(まほ)の子供の名前は「流星(リュウセイ)」と言う。

 子供が生まれたとき真秀の母である杉本先生は「マルユウそっくりの男の子じゃないの!」と言って号泣した。
 その様子を見てマルユウの父は、はにかむように笑った。
 「この夫婦が何も言わぬなら何も聞かないでおこう」
  その子供の顔を見たときに、二人は同時にそう決心した。

 氷のように押し黙っていた真秀もマルユウも、「流星」の顔を見たとたんに安心のあまりに氷が溶けたような感覚に陥った。
 「遊星という名前を、ふたりで考えたんだ」とマルユウが言ったときに、マルユウの父も真秀の母もぷっと吹き出した。
 「マルユウとマルセイで遊星? 悪くはないけれど、いかにもすぎるな」
 「そうそう、それじゃあ、いつまでもいつまでもマルセイを思い出してしまうじゃない。遊星じゃなくて流星なんてどうかしら?」

 そんな簡単な会話のすえに子供の名前はあっというまに流星となった。
 誰も反対しなかった。
 流星がすべてを結びつけた。
 流星は名前のとおり流れ星のごとくやってきて、誰もが流星に心奪われた。
 流星はすごい、と、マルユウ夫婦は思わないではいられなかった。

*    *     *

 「今日は、マルユウ夫妻が来るんだよ」
 佐渡くんは本田とzoomで話している。
 「噂の、聞きしにまさるのまさるくん!実はまだお会いしたことがないのよ」
 「え? そうだっけ?」
 「ふたりの子供、流星を連れてきてくれるんだ。早いもんだよね、もう小学3年らしいよ」
  佐渡くんが転校してマルユウに会ったくらいの年だ、早いものだ。
 「本田に紹介するよ。何年会ってなくても僕の数少ない友達だよ」
 「いつもZoomごしだけどね。紹介してほしいわ」

 その会話の最中にチャイムが鳴った。
 予定していたマルユウ一家と思いきや、佐渡くんの息子の創理が立っていた。

 「あれ、なんで?」
 「大学入って免許とって、車買ったって言っただろ? 親父にも見せようと思ってドライブしてきたんだよ」
 「アパートから? ずいぶんな距離だな」
 「ずっと自分の車が欲しかったから。ぜんぜん苦じゃないよ。実を言うとおかあさんがお金出してくれたんだけどね。それって結局親父が払ったお金だろ? だから親父に見せなきゃって思ってさ」
 本田がZoomごしのそのやりとりを聞いていたら、創理がちょこんと挨拶したからびっくりした。
 「親父、ごめん、お話し中だったんだね」
 「いや、ただ話していただけだから」と佐渡くんは言う。
 「実は、離婚したあとの親父のことが心配だったんだよ。どうやって生活するんだろうって。友達もろくにいないのに。時間を持て余してやしないかって。でも、ちょっと安心しました」
 本田は、本を作るときに取材したことや、仕事で世話になっていることを簡潔に説明した。
 佐渡くんは少し顔が赤いように見えた。
 本田はいつもクールな佐渡くんの狼狽した様子がとてもおかしかった。
 
 ほどなくしてもう一度チャイムが鳴り、マルユウ夫婦がやってきた。
 実はマルユウに会うのも流星が生まれたとき以来だ。
 流星は(小学生の頃、転校してきて出会ったばかりのマルユウ)にそっくりだった。水筒をぶら下げている? 水筒? いまどき水筒をぶらさげている子供なんているのか? でもこれがないと落ち着かないのだという。
 妻の真秀が言った。
 「なにからなにまで、自分の思ったようにする子よ。そしてわたしたちの子供にしてはちょっと活動的すぎる」
 「当たり前だよ。おれ、お父さんとお母さんの子供じゃないもん、宇宙からやってきたんだもん!」
 「もう!自分からお父さんとお母さんの子供じゃないなんていう子供がいますか!おじいちゃんもおばあちゃんも、そんなこと言ったら本気で悲しむわよ」
 「悲しむかなあ?」
 「悲しむわよ! 大事な孫がそんなこと言うなら」
 「じゃあ、この話は秘密にしとく!」

 もういっぱしのキッズギャングだ。マルユウはその様子を静かに笑いながら眺めている。
 マルユウは病院の事務長になったという。理学療法士の資格は取らなかったが、社会福祉士の資格をとったらしい。
「できれば持っていた方がいいって言われたしね」
 と、マルユウは言う。
 それでもマルユウは変わらない。いつもどおりのマルユウだ。
 真秀は中学校の先生を続けている。
 そして流星は野球をやっているんだと話す。
「じいちゃんが前に監督やってたんだって!」と自慢する。両親の帰りはそう早くもないため、同居するマルユウの父と野球の練習から一緒に帰り、夕食を食べてすごすのだと言う。

 「ねえ、流星くん。お兄さんの車でドライブしない?」
 マシンガントークが止まらない流星に創理が言った。
 「うん!行きたい!あ、でも、お母さんが知らない人についていったらダメって言うよ」
 「流星。創理くんは佐渡くんの子供だし、知らない人じゃないわ。行ってきなさい」
 「やった〜。ねえ。創理にいちゃん、天神山って登ったことある? おれ、天神山に行きたいんだ。友達から教えてもらってさ。すごい眺めがよくてかっこいいんだって!!」
 「天神山かあ」
 創理はつぶやいた。
 「いいよ、おれも流星くらいのときに天神山に行きたくてたまらなかった。行って宇宙船を見てみたかった」
 「大人のくせに何言ってんだよ〜。宇宙船なんているわけないじゃない?まあ、でも創理にいちゃんが見てみたいんだったら、一緒に待ってやってもいいけど?」

 真秀がぷっと吹き出す。
 「もう、いいからいいから。ふたりで、行ってきなさい。すみません、創理さん、お願いします。とちゅうでハンバーガーを買っていくといいわ」
 真秀がそう言って財布を出すものだから、流星は喜んでお金を受け取り、創理の手を引いて出ていった。

*    *     *

 「不思議だな。昔はマルユウにいろんなことを聞いてみたかったんだよ。でも、そう思っているときは会わなかったし、いざ、こうして会ってみると、何を聞きたかったか忘れてしまった」
 マルユウはふふっと笑った。
 「びっくりしたよ。うちの病院の待合席に佐渡くんがいたから。知ってたの?僕が勤めてるって」
 「いや、風邪を引いて偶然駆け込んだだけ。熱はなかったけれど、最近はみんな神経質だから、病院にも行かないっていうと責められそうでさ」

 Zoomだとどうしても会話に加われなくなってしまうのだが、本田は画面越しに3人の旧友をじっと見つめていた。

 言葉が少ない。
 まるで、いるだけで通じあっているように。
 言葉少なく。なんとなくコーヒーを飲んだり、窓際の多肉植物を眺めたりしている。
 それは「おたがいに愛されている」と感じるに足りる光景だった。
 
 ときに自分が見放されたように感じる瞬間があったとしても。
 それでも世界は続いている。

 本田は、取材を通していろんな悲惨な出来事を目の当たりにしてきた。
 茫然とするほどの大災害や、世界全体が疑心暗鬼になってしまう疫病。そう言ったものを実際に見てしまうと、頭を抱えて絶望することも幾度となくあった。
 そして、戦争もなくならない。
 偶然に亡くなってしまう人や、家をなくす人、病に苦しむ人。
 なぜにこの星にはこんなに災害が多いのだろう?
 自然はなぜに人間の営みを愛さずにこんな試練を与えるのだろう?
 そう、「愛されていない感覚」はここに通じる何かなのかもしれないとも思う。
 絶望の中で「神よどこに行きたもう」と叫んでも、手を差し伸べるのは神ではない。
 取材という場面の中で、手を差し伸べるのは、気持ちを支えてくれるのは、いつも近くにいる誰か、離れたところから駆けつけてくれる誰かだ。

 その人は、マルユウのような、真秀のような、そして佐渡くんのような、いつも当たり前のような顔をして、何もなかったように静かに過ごしている人。
 案外そんな人たちではないのか?
 本田は、そんなことを考えながら、3人のことを画面ごしに眺めていた。

*    *     *

「そういえば、お母さんの方の杉森先生は元気?」

 佐渡くんの問いに、真秀がコーヒーを飲みながら答える。
「元気よ。あいかわらずのひとり暮らし。ぜったいにあの家を離れないの。お父さんの思い出が詰まっているからって。そして、わたしやマルユウが同居の話をしてもぜったいに許さない。あの人にはあの人の理屈があって。とても頑固なのよ」

 うつ病を発症したり、軽快したりを繰り返していた杉森先生は、少しばかり認知機能の衰えも出てきた。
 薬さえ飲み忘れなければおだやかに過ごせるが。飲み忘れるととたんに後悔の波が襲ってくる。襲ってくるともうダメで。その日は全く動けなくなってしまう。
 今は介護サービスを使って、薬を飲んだか確認してもらったり、通いのデイサービスのようなところでお風呂に入ったりしているという。
 「有料老人ホームの併設の小規模多機能っていうサービスなの。いつか、家で暮らせなくなったら、そこの老人ホームに入ればいいと思って、もう3年くらい利用しているの。母は最初は嫌がったけれど、利用してよかった。だってこの3年間、まったく症状が悪化しないのよ」。

 真秀はそれから思い出し笑いをした。

 「そうそう、母がね、いつも送ってくれる介護士さんのことを、マルセイって呼ぶのよ」
 え?
 「杉森先生、ありがとうございました、またお会いしましょうって彼が言うの。おそらく先生って言った方がいいだろうと思ってなんだろうけど。マルセイよりもずっと華奢でひょろひょろしてるし、似ても似つかない人。話し方もぜんぜん似てない。天然パーマの髪を染めてて若くて、役職もない介護士さん。でも、母はその人だけをマルセイって呼ぶの」
 (先生、他の人を送ってたから帰り着くまで長くかかちゃいましたね、腰が痛くならなかったですか)
  そう言いながら、自分の手を手刀のようにして、腰のあたりをトントンって叩いてくれるのよ。
 (ああ、マルセイ、気持ちいい。いつも気がけてくれてありがとう。あなたがこんなに優しい子だったって、もっと前に気づいてあげれればよかった。ごめんね。気づいてあげられなくて)
 (でも、今はすごく褒めてもらってるから僕は嬉しいですよ。先生、また明日!)

 真秀は言った。
 
 正直、わたしは母が認知症って診断されたときにちょっとほっとしたの。
 母の中には忘れられない後悔が山ほど、動かせないゴミ屋敷のゴミのように積まれていたから。
 これを少しずつ忘れていけたら、母はどんなに楽だろうと思っていたの。
 もちろん、わたしも頑固だったのは認める。
 でも、母が後悔ばかりを胸に抱いたまま亡くなってしまうことを想像するだけと気が狂いそうだった。
 だから。ああ。お願い、もっともっと忘れてくれますように。もっとおだやかにいろんなことを忘れてくれますように、ってそればっかりわたしは考えるようになった。
 認知症はわたしには「神様が母のために用意してくれた贈り物」のように見えたの。
 不謹慎かしらw

 最初は「年を取った人ばかりのところはいや」と言ってた母は、先生と呼ばれるうちに自分のアイデンティティを取り戻していくように見えた。
 とくにあの若い介護士は、母と同時期に入ったらしくて、さながら転校生のように目をかけたっていつか話してくれた。
 あの母がよ!
 わたしに「転校生のようでねえ」「気になってねえ」って話してくれるの。
 わたしが高校生の頃を思い出した。
 学校での同級生の話をたくさん母としていた頃を。ほんとうに、母は少しだけどあの頃の母に戻ったように見えるの。
 いいときの思い出だけを見続けていられて、そして、今のおだやかな毎日を少しでも長く続けてほしいとわたしは思っている。

 「いいね」
 佐渡くんが言った。
 「いいと思うよ」
 それから佐渡くんが続けた。
 「ねえ、僕たちも天神山に行かない? ひさしぶりに行ってみたいんだ。マルユウ、車で僕を連れてってよ」
 「わたしも連れてって!」
 画面の中からそう叫んだのは本田だった。
 「スマホでわたしを天神山にのぼらせて! 父の思い出の道をわたしもみてみたいの!」
 本田の父は天神山の山道で亡くなっている。大丈夫なのか?
 「大丈夫?大丈夫なら、僕のスマホで、天神山を見せてあげるよ、ドライブのあいだ」
 「ええ! 父の愛した風景よ。すごいわ。スマホでついていけるなんて、思いもしなかった!すごい幸せ!」

 「いいわね!」
 真秀が言った。
 「みんなで天神山にのぼりましょう!本田さんも一緒に、みんな一緒に」
 
 マルユウはみんなの会話を聞きながら、車のキーをポケットから出し、一足先にエンジンをかけに下に降りた。

 佐渡くんはZoomをいったん消して、本田をスマホで外に連れ出した。

 今になってようやくそう思う。

 みんなが誰かに愛されている。

  

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posted by noyuki at 20:27| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月13日

短歌note

誘われて短歌の会に行くのも批評したりされたりも結局無理だったけれど、思いついてスマホの「ジャーナル」に短歌を書くという、ちょっとした楽しみだけは残りました。
自由に思いつきで書いた分。
そんなのが少し溜まってきたので、書いておきます。

以前アップしたり、見たことあるのが出てくるのは「本人がどれをアップしたか覚えてない」のと、「てにをは」をあとで変えたりしたからです。

では、いきます。


********


仕事終え夕餉を食べて風呂すましTikTokのホストクラブへ

迷ったら両方買うのと友が言うそうだね後悔よりも贅沢

けしけしの山の紅葉が赤く燃ゆあの人の骨はそこにあるのか

今生のあかしをスマホにおさめよとささやく桜と共に映ろう

ロゴスへと変わるパトスも見当たらぬおだやかすぎるわが胸の凪

天空を三日月の爪でひっかいて赤き血も流さぬ薄墨の空

水仙のラッパがファンファーレを鳴らし今この庭に春が来たかも

なごなしに逝かないかんて思うけんいつものとおりの日々を生きよう

ひとりにて豪奢なランチを食べる日は亡き母天より料理をのぞく

ネットではガチ勢日々の推し活を誰にも喋らず仕事にいそしむ

庭仕舞い今年こそはと見上げると斬られてなるかと木蓮の花咲く

あの山のハゲ散らかしてるところにはきっと桜の花があるはず

菜の花の蛍光色でいっぱいの彼岸の土手より友が手を振る

厳寒の夜に靴下履き眠り朝の布団に残骸さがす

帰社時間五感と真摯に向き合いて食べたいものを身体に尋ねる

へたれるとモノクロームになってゆく心の冬あけ世界が色づく

寝ながらに楽にテレビが見れるねと介護ベッドにはじめて寝る君



けっこういろいろ溜まってました。
きれいな空をインスタにアップするのと似ています。
また溜まったら、ここに書きます。



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posted by noyuki at 17:20| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 詩とか短文とか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年03月22日

舌下免疫療法日記(ダニアレルギー治療日記)9


2020年、わたしはあまりのアレルギー疾患のひどさに、主治医に勧められるままにダニアレルギー治療をはじめた。
春の花粉症が落ち着いてからの開始することになり、2020年7月10日開始。
最初の頃はきちんと日記に書いていたけれど、最近は特に書くこともなかった。

今読み返してみると、最初の頃はいろんなトラブルに見舞われていたようである。
喉元過ぎれば…今は服薬してもなんともないので、そのトラブルさえも忘れていた。
書いて記録しててよかった。
こんなに大変だったんだ。

最初の頃の経緯はここにまとめています



3年間飲んで変わったこと

3年間飲んでて変わったことをひとことで言うなら「すべてのトラブルが自制内になった」という一言につきる。
まったく何のアレルギーもないわけではない。
黄砂やpm2.5の日は目が痛いし、スギシーズンもやっぱりそれなりだった。
でも「外出もできない。すべての杉の木に恨みつらみを木彫りしたくなる」ほどではない。
わたしは半端なくアレルギーがひどかったので「わたしも鼻水でるよ」とか「わたしも花粉症よ」と軽く言う友人の言葉すら嫌いだった。
今ならわかる。
「彼女たちは我慢できる範囲で、わたしは我慢できる範囲外だった」のだ。
今ならわかる。
「そうか。我慢できる花粉症ってのがあって、それくらいなら季節の風物詩で薬飲んでちょっとやる過ごせるんだ」と。
あくまで主観の問題なので、わたしも我慢できてないよという人は、ごめんなさい。

特定疾患(喘息)ではなくなった

「もうトクシツはずします」と主治医に言われて意味がわからなかったのが、喘息の特定疾患管理料が診療明細から外れた。
ちょっとなんですけどね。
呼気NO検査(一酸化窒素検査)というものを毎回やって、呼気に含まれる一酸化窒素の濃度を測定していた。去年の秋くらいから、9とか16という数字になっていて、先生も看護師も「お〜!」「正常値正常値!」と喜んだ。
「ちなみに最初はわたし、どれくらいだったんですかね?」って聞いたら「96 でしたよ」ええ、立派な喘息でした。
そういえば、治療の最初の頃は、毎回エアゾールと使っていて、いつのまにか、メプチンエアーのみになった。
朝方とか、寝る前とかちょっと不安になって「メプチン、シューっ」してしまってたのだが、一年前くらいから「しなくても大丈夫なはず」と主治医に言われるようになった。
「喘息が起こったらどうしようと思ってやってるだけ、起こらないから!」
と言われ続け、それでやらないように意識したら本当に大丈夫だった。

抗ヒスタミン剤は一生毎日飲むのだろうと思ってたら、そうじゃなかった

人気のビラノアを毎日飲んでいて、これはODも発売されたし、おいしいし、なんなら一生飲むものだと思っていた。

それが去年の暮れあたりから、2日に1回、3日に1回となり、今はビラノア休止。でも少し痒みが出るときがあるので、そのときだけ即効性のある抗ヒスタミンを使うようにしている。
抗ヒスタミンゼロではないが、それでも、思い出したときだけでいいというのは大きい。
春なのに。薬代の節約もできている!

わたしは花粉症じゃなかった、ひどいダニアレルギーからのものだった、だから今はマスクをせずに戸外を歩いている

この季節なのに。
サングラスはするけれど、マスクをしなくて外を歩ける。
だって室内でも仕事のときはマスクをしてから会話してるんだもん。外くらいマスクなしでのびのびしたい。
思えばコロナの前からマスクの必要な人生だった。それがマスクなしで外を歩けるなんて、4年前のわたしに教えてあげたい。

まとめ:一生つきあうと思っていた病気と、つきあわなくてよくなることについて

持病はアレルギーだけではなくて、耳の判別も悪いし、脳のくせもいろいろひどい。そういうものの中に、今後もっと悪化するものもあるだろうし、加齢とともに発症する病気もあるのかもしれない。

病とは、いきなり訪れるものではない。
いつもそばにいて、ときどきわたしを苦しめ、ときどきうまくつきあっていける、そういうものになってきたように思う(おそらく加齢のため)。
ちなみに1月はとても精神状態が悪かった。そのときも「悪いような気がする」と思っていたのだが、振り返ってみても悪かった。やっと戻りつつあるところで、全快とは言い難い部分もある。

それでも、わたしの中にかなり大きい割合で巣食っていた(アレルギー)なるものが、弱体化して、わたしは本当に今は「苦しめられずに」生活している。

理屈を聞いて「治るつもり」で治療をした。
先生も「ちゃんと続けられたし、すごい成功例だと思っている」と言ってくれた。

でも、それだけでは説明しがたいくらいの驚きを自分のカラダに感じている。
本当に、カラダが変わっていくのってすごい(と言っても、目に見えないわけなので、こうして記録しながら気づいていくわけですが)。

もう少しで卒業だけど、本当にやってよかった。
あ、ちなみに飲み忘れがないようにSLITサポートというアプリを使ってました。

そして治療法にに関する説明はこちら。

舌下免疫療法とは|舌の下(したのした)で行う鳥居薬品の舌下免疫療法専門サイト

こちらは、鳥居薬品がお届けする舌の下(したのした)で行う舌下免疫療法の専門サイト『舌下免疫療法とは』のページです。

それにしても、やっと卒業のめどがたちました。



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posted by noyuki at 20:27| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年02月12日

佐藤正午「冬に子供が生まれる」 (後半部分にネタバレがあります)





冬に子供が生まれる」感想

表紙にいる2人の子供が「マルセイ」と「マルユウ」です。

丸田誠一郎(まるたせいいちろう)と丸田優(まるたまさる)。
同じ小学校に通う2人は小学生のときに、転校生の佐渡理(さどおさむ)と共にUFOに遭遇し、その事件は新聞にも掲載される。
そして10年後「あのときの子供たち」という取材が行われ、そのときの山道での事故で先導のバイクと取材者の2人が亡くなってしまう。

運命が変わる。

大学入学目前の春休み、事故のあとにマルセイとマルユウには変化が起きる。
まるで「メビウスの輪のように」お互いの人格が入れ替わり、趣味までも変わってしまう。
マルユウと、春休みには近しい距離にいた杉森真秀(すぎもりまほ)は、手紙を書く約束をしたのに、マルユウからの返事はない。東京まで会いに来ても「なぜここにいるのか?」と事もなく言われてしまう。

そこにいるのは、外見はマルユウでも、中身は杉森とは仲の悪かったマルセイなのだから。

入れ替わりのせいで、趣味嗜好が変わるだけでなく、心が繋がっていた相手さえも繋がることができなくなってしまう。

それでも真秀はマルセイの姿をしたマルユウを見つける。
見つけるのに、そこには絡まった糸がいくつもあって、そしてマルセイは、20年の時を経てだんだんとマルセイ自身へと戻ってゆく。

という「入れ替わりの物語」ではあるが、入れ替わることで「その顔のままで、愛しい人が他人になってしまう」真秀の絶望、絶望を超え、自分の心を信じた選択、根拠のない選択をするためのいくつもの葛藤がとてもせつない。

自分を突き進む真秀に賛同できない母親の苦悩や後悔、つがいの相手を失うことの切なさが真秀だけでなく、真秀の母親や同僚の教師を通じて描かれている。
喪うことのせつなさが重厚的に描かれていて、もう最後は号泣しました。

結局、連載を含めて3度読んだけれど。
1度目は「入れ替わりの物語」として楽しみ。
2度目は「入れ替わりから起こる、いろんな人間関係の絶望や選択」に驚き。
そして3度目に、ひとりひとりの心にある「つがいを失なうことの悲しみと、そのあとを人はどう生きるのか」という物語にやっとたどり着けました。

もちろん、佐藤正午らしい、軽やかさや意外性もたくさん楽しみました!





そしてここから先はネタバレです。まだお読みでない方が読んでもおそらく「なんのことだかわからない」的なネタバレが多いかもしれません。異論や解釈の違いについてはコメント欄でお願いします。


この小説の筆者は湊先生・・・湊先生はマルセイ、マルユウ、佐渡くん、真秀の4人が仲がよかった中学時代の教師。奥様を急な病気でなくしている。自分自身も脳疾患で危ない目にあったときに「小説を描きたかった」ことを思い出し、執筆をはじめた。

マルユウについて・・・父親は野球のコーチをしており、自分も高校時代は野球をしていた。高校生の頃、杉森真秀と鈍感ながらもいい感じになる。しかし、UFO取材時の車の事故で、マルセイとほぼ入れ替わり、大学では野球をやめ、真秀と自分がどういう関係だったかも思い出せない。

マルセイについて・・・小学生の頃からマルユウ、佐渡君とは仲がいい。それに真秀まで入れて中学のときは4人組みだった。高校でバンドでベースをやろうと提案し、そのバンドはのちのデビューしてメジャーバンドとなるが、マルセイは大学時代に脱退している。マルユウと入れ替わり、自分がいるべき場所と思えなくなっている。のちにマルユウの父親と出会い、野球のコーチとなる。

真秀について・・・杉本真秀、のちの丸田真秀。母親の杉森先生(マルユウの小学校時代の担任)とともに、マルユウの大ファン。そして。気持ちが伝わったと思ったのもつかのま。マルユウの中身がマルセイとなってしまう。どういう経緯かわからないが、のちにマルセイと結婚して妊娠する。そして、マルセイがだんだんマルセイに戻っていくうちに離婚を決意。

佐渡理について・・・転校生で、マルセイマルユウの名付け親。実際に小学生の頃にUFOを見たが、取材時は病気治療のため入院していた。
マルセイの死後、やめていたタバコを吸うことがある。公園でタバコをポイ捨てし、会社の同僚に窘められる。
この公園のシーン。マルセイの死後のいたずらのようなものが随所に感じられる。
公園の大時計の時間が狂っていたり、上空に透明な膜が降りてきたりしている。

マルセイの持つ力について・・・マルユウの腕にあった痣がマルセイの腕に移ったからなのか、マルセイは不思議な力を発揮している。
・大学時代にバンドを抜けたが、このバンドがメジャーになるように祈って、それが実現している。
・ゴルフ場で二人が行方不明になった事件。これもマルセイがなんらかの力を使って行っている。
・脳疾患で危なかった湊先生のもとへ行き、先生に手当てをして助けている。
・そして、マルセイのボルボを見つけた湊先生に、メッセージを残している。

以上、ネタバレというよりも、随所にあるものを拾いあげたような形になってしまいました。
まだまだ気づきがあったら追加していきたいと思います。





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posted by noyuki at 20:46| 福岡 | Comment(2) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年01月14日

佐藤正午さんの「冬に子供が生まれる」2024年1月30日に発売



待ち切れない気持ちが長すぎて「自分のなかでの情報解禁は2週間前」と決めていました。

7年ぶりの新作?
「月の満ち欠け」から7年?
自分の中では5年くらいの感覚だったのですが、月日のたつのは早いものです。

同学年の友人の「マルセイ」と「マルユウ」の物語。
同級生の思い出話にびみょうな食い違いがあり、読者の記憶も混同される。「UFOのこどもたち」だった2人が巻き込まれた事件のこと。それに関わった人々の違和感。そういうものが語られるうちに、わたしたちは「気づかされて」ゆく...

もともとは書き下ろしの予定だったのですが、作者が推敲、改稿するにあたり「webきらら」での連載という形になったので、幸運にも連載で読むことができました。
一冊の本となったものでゆっくりと味わいたいものです。

それにしても。
7年。

そのあいだに「月の満ち欠け」の編集者であった坂本政謙さんは岩波書店に社長になられました。
今確認のためにぐぐってみたら、八戸市の特派大使もされているそうです。すごいです!
「月の満ち欠け」の発売記念サイン会で一緒に映った写真を大切にしたいと思います。

また執筆中の難聴?耳鳴りに悩まされた作者佐藤正午さんに関してもずいぶん心配しました。小説を描くことは「身を削ること」なのかもしれません。

そして、その一方で「月の満ち欠け」の映画化。
「めめおし」という言葉が出た、書くインタビューの記事は、心の広いsnowmanファンの方たちに拡散され「神回」となり。旧ツイッターで200以上のリツイートを目の当たりにしたのもいい思い出です。



「新作は2024年1月発売予定」と、心で唱え、楽しみをかみしめるように、日々の生きる糧としてきました。

あと少しです。

興味のある方の手に渡って、同じ気持ちの感動をわかちあえますように。







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posted by noyuki at 20:08| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年12月29日

伊坂幸太郎「Have a nice day!」オール読み物1月号

 実は忙しすぎて活字が読めなかった。
 「物理的に活字を読む時間がない」わけではなく、読んでも活字が頭に入らないのだ。
 「紛争でしたら八田まで」の14巻さえも途中までしか読んでない。やばい、やばすぎる。こんなに活字大好きな人間でさえも、活字が入らなくなってしまうんだ。
 どんなに考えても仕事のしすぎはよくない。
 年末にいくつか懸案が片付いたのでよかったけれど、本当、活字が生活からなくなっていくのは、からだがからっぽになっていくようだった。duolingoくらいしか友達がいなかった。

 そんな状況で「今年のベスト本」など思いつくわけもなく、「そうだよね、好きだった本はそのつど感想を書いているし、リストアップなんてとても無理」と思ってたけれど、活字リハビリのために読んだ伊坂幸太郎の短編が想像以上の勇気と元気を与えてくれたので、これを紹介したいと思います。

オール讀物 2024年 01 月号 [雑誌] - オール讀物
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 中学生のエンドウさんとフジサキさん、そして田中先生の物語。
 高校入試に不安があったフジサキさんは「誰にも見られずに三越のライオンに跨がることができると願いが叶う」と、ネットでの情報を入手し、エンドウさんとともに仙台三越のライオン像でチャレンジしてみる。
 そこで見えた幻影。そこから起こる未来の事件。
 過去と未来がライオン像を通じて繋がっていて、もちろん、3人の人生も絶妙に絡み合っていく。

 Have a nice day! って、命令形なのかな? でも「良い日にしろ!」って言われたらちょっとプレッシャーだよね。
 ネズミ講はいやだけど、ネコ講があるならそっちの方がいいなあ、ネコはほら、気ままでのんびりしてるから。

 なんていうエンドウさんとフジサキさんの会話を読むのはとても幸せだったし、意外な事件も起こってくるけれど、あいかわらずの軽やかさで、解決するための心の動きが、わたしにとても気持ちのいいものを送り込んでくれた。
 
 そして、わたしは「ああ、新年になったら三越に行ってなにか買いたいなあ。忙しかったんだもの、いい日になるように素敵な買い物をしたいなあ」と思ったのでした。
 それは梶井基次郎の「檸檬」の読後感とはちょっと違うけれど、少し似ているかも。

 いろいろの対応で「仕事おさめ」というゴールポストが思ったよりも後ろに下がってしまったけれど、なんとか、それでも今年が終わります。
 
 「野生時代」で佐藤正午せんせいの「熟柿」も読んだけれど、これは、連載ものなので、感想はのちほど。

 それでは。
  Have a nice day!



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posted by noyuki at 20:20| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年11月12日

喪中葉書を作った

 「わたしの母がなくなったことと、わたしが友人に新年のご挨拶をすることはまったく関係のないことだと思う」
 「でも、人はそういうふうには思わないよ。なんで喪中なのに年賀状を出すんだろうって思うよ」
 というやりとりを数日前にオットと行った。

 オットが「今年は年賀状ではなく喪中葉書だから早く用意しないと」と言ったのだ。
 「あなたの友人やあなたの仕事関係の人には、よけいに奥さんのお母さんのことなんて関係ないと思うのに?」
 「そんなことはないよ。義理のお母さんがなくなったので年賀状は欠礼という葉書は毎年けっこう多いよ。自分は年賀状出すつもりだったの?」
 「うん。そうだよ。だって、年に一回のやりとりを楽しみにしてる人だっているのに。味気ない欠礼葉書なんて送ったら、楽しみも何もないじゃん」
 半分は嘘である。実は年賀状でさえもおっくうでいつかは辞めようと思っている。
 ただ、昔からのネットの友人の数名に実名の年賀状を送っており、これはたしかに「特別感」があるのだ。
 ハンドルネームでネット上のやりとりをしている関係なのに、年に1日だけ、本名で紙の年賀状である。自分の描いた絵や写真を小さくアップしたりcanvaでデザインしたり、それは間違いなく「ささやかだけど特別なこと」なのだ。
 それを味気ない欠礼葉書に変えるのはなんだかとてもやるせなかった。

 オットとわたしの母は特別に仲がよかったわけではない。
 お正月にわたしは母のところに行くけれど、オットは顔を出さなかった。
 翌日仕事に出るので夜遅くまで外出していたくないことと、わたしの兄弟の集まりに気後してしまうことが原因だった。
 ただ、オットの通勤路と母の散歩道は重なっていたので、しょっちゅう町なかで出会って会話はしていた様子である。
 それで十分じゃないか。
 母の散歩のとちゅうに買い物の荷物の重さを気遣ってくれたり、好意的に会話してくれる関係だけで、わたしには十分だったのだ。

 「だから、年賀状ださないほどに悲しむ必要はないと思うのに」
 わたしはいまだに休日に遊びに行く実家をなくしてさみしい思いをしているけれど、オットにはそれもまた関係のないことである。
 「でも、世間の人がちゃんとやっていることをやらないとおかしいと思うよ」。

 ああ。またそれか。
 メンドクサイ。
 オットはこんなことをスキップするほど好きには生きてないのだ。
 それはそれでいいことだと思う。
 
 でも、オットが欠礼葉書で、わたしが年賀状ってよけいおかしいよなあ。

 と思いながら。
 仕方なく妥協した。

 今日、喪中葉書を印刷した。
 オットの文面とわたしの文面にわけて。

 他人を一緒に住むことは妥協の繰り返しである。

 まあ、妥協だけじゃなくて、助かっていることもあるから、あんまり文句ばかりでもいけないと思うのだが。

 そういうわけで今年は喪中葉書です。

IMG_1117.JPG




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posted by noyuki at 16:13| 福岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年10月07日

伊坂幸太郎「777(トリプルセブン)」後半に少しネタバレあり

777 トリプルセブン (角川書店単行本) - 伊坂 幸太郎
777 トリプルセブン (角川書店単行本) - 伊坂 幸太郎

先週の土曜日に新聞広告を見つけ、そのままkindleにダウンロードした。それからちょうど1週間。
「読むのがもったいない、もったいない」と、前のエピソードを遡りながら読んでいたのだが、結局は2回読んでしまった。
感想はひとことで言うと「おもしろい!」でした。

2010年発刊のマリアビートル(2022年 Bullet Train としてブラッドピットの主演で映画化)の続編という位置づけでいいのかもしれない。

「マリアビートルの生き残り(E2の生き残りとここでは言われる)である「運の悪い殺し屋」七尾が、「ホテルの顧客に誕生日の絵を届ける」という簡単な依頼を受けたことから物語は始まる。
些細なボタンの掛け違えが起こり七尾(天道虫)はまたも事件に巻き込まれる。
一方「神野結花」は記憶力の良さゆえに利用されていたが、身の危険を感じて「乾」のもとを離れる。
そこに、逃すための「業者」、捕まえるための「業者」、関わりがないはずなのに事件に巻き込まれる「マクラ」「モウフ」「七尾」までが入り乱れて、もう、わけがわからないほどの死体が、ホテル「ウィントンパレス」に転がってゆく。

憎めない「業者」もいるし、本当に「残忍な血の通ってない業者」もいる。
殺し屋周辺業界もいろいろで大変だなあと思うが、作者ならではの「血の通った描写」におもわずリアリティを感じてしまったり。

ラストは大どんでん返しで、もうびっくり!
もう、ここは、ネタバレできないので、ほんと、読んでみて、楽しんで驚いてくすりとしてほしいです。

大事なことなので繰り返します。「めっちゃおもしろいよ!」




ネタバレ的おまけ(登場人物と登場したホテルの部屋の号数)
* 登場人物が多いので一部メモしていますが、特徴や人物像は書き残していません。ご参照ください。

2016号 真莉亜の友人の男の部屋
2010号 高良の部屋
1914号 神野結花の部屋 ココもここにいる
1720号 蓬実篤と佐藤の部屋
1121号 爽田の部屋(のちに神野結花と七尾が合流)
525号 神野結花の2番目の部屋
405号 金髪の男(正直この人が誰なのかわかりません、誰か教えて!)
3階  宴会場
2階  レストラン
1階  ロビー






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posted by noyuki at 17:37| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年09月03日

当ブログに掲載していました「ミドリの森」をkindleで出版しました





当ブログで細々と不定期に連載していました「ミドリの森」です。

本人いわく「ノワールアンソロジー」。ネイルサロンで働く3人の女性の物語。

去年完結して、本当はすぐに出版する予定でした。

ところが、いざ読み返してみると「もう少し書き加えたいなあ」という思うがむくむくと沸き起こり、加筆しました。
ネットではなるべく簡潔に書きたいと思っていた部分を、少しつけくわえています。

そしてkindle出版も一筋縄ではいかなかった。

意外にいろいろむつかしくって、いろいろ読んだり、解説のyoutubeを見てみたり。

そうやってできあがった、自分にとっては可愛くてたまらない一冊です。

unlimitedの方は無料ですので、ぜひとも読んでみてください。

そして、unlimitedじゃないけれど、読んでもいいよ、という方は250円です。
よろしくお願いします。

そして、ここからが大切なお願いです。
あ、やっぱりおもしろくなかったから、読むのやめようという方もいらっしゃるかと思います。
それはほんと人それぞれなんですが。

星の評価をよろしくお願いします。
五つ星をつけていただくと、飛び上がってよろこびます
そして、そして、もっと奇特な方がいらっしゃいましたら。感想のコメントもお願いします。(今後の人生に必ず幸運が訪れますように)とお祈りさせていただきます。



ご注文はこちらからどうぞ!


それにしても、自己流でよくやれたなあと思いました。
でも、やり方わかったので、今年中にあと一冊出版したい!と思っています。

追記:電子書籍を読まない方のためのペーパーバック出版もずいぶん試みましたが、こちらはとてもむつかしくて、いったんあきらめました。
また時間をおいて挑戦したいです。





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posted by noyuki at 10:49| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | kindle出版 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする