2015年05月04日

伊坂幸太郎の備忘録 「火星に住むつもりかい?」光文社



小説好きなくせに、残酷なシーンや騙し騙されのストリーが苦手で、そんなものにはなるべく手を出さないようにしてきた。

だから、正直第一章からげんなり。
日本に平和警察なるものができて、怪しい人物をどんどん拷問して殺しちゃう話ばっかなんだもん。
冤罪も騙し合いもあり。そして、それを邪魔する「不思議な武器を持った男」もでてくる。
ああ、前評判には聞いてたけど、やっぱ手ださなきゃよかったって、うん、後悔もしました。

誰かやってきて、スパッと解決しちゃってよ、と思っても、次々にえげつない人ばかりが出てくるし。

そんなげんなりの中で、正義は小さくて綿密だ。
少しずつ、数人の人の小さな正義は形になって、世の中は変わっていきそうな気持ちにさせてくれる。
そもそも正義ってそんなもんなのかもしれない。
無敵の誰かが、跡形もないほど破壊するものではなくて、小さな良心が少しずつ繋がっていくみたいな。

正義の味方は予想とはかけ離れた人物だったし、大きな組織の中にも改革を望む人はいた。
「武器」は荒唐無稽だと思ったが、最後の最後までいい仕事をしてくれた。
げんなりばかりじゃなく、これから歩くべき方向も確かにあった。

ネタバレかもしれないけれど、気に入ったフレーズをひとつだけ。

「振り子が行ったり来たりするように、いつだって前の時代の反動が起きて、あっちへ行ったりこっちへ来たりを繰り返すだけだよ。
(中略)
どうすることもできないよ。振り子の揺れを真ん中で止めることはできないからね。大事なのは行ったり来たりのバランスだよ。偏ってきたら、別方向に戻さないといけない。正しさなんてものはどこにもない。スピードが出過ぎたらブレーキをかける。少し緩めてやる。その程度だ」

その程度のことを実行するために、これだけたくさんのうんざりが起こるんだよ。
それでもわたしたちは、振り子を逆方向に戻すことを、胸の中に灯すんだよね。

今更ながらに「物語と現実は地続きだ」と実感している。
震災のあと「想像ラジオ」という小説が登場したように。
今の時代に「火星に住むつもりかい」という小説があるように。
そして田中慎弥の「宰相A」という小説もうんざりしながら今読んでる。

ああ、うんざりだ。こんなうんざりなんて、できれば見ないで過ごしたい。
なんて思ってると、「火星にでも住むつもりかい?」って言われてしまいそうだけどね。



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posted by noyuki at 23:18| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月11日

ゆめを見た

休日なのに早朝に目覚めてしまいがっかりした。
だんだん夜明けが早くなって、もう外には小鳥の声が聞こえていた。

しかたないので、ベッドでアイパッドを繰る。
スクロールしながら、記事や読み物で覚醒していくのが最近の習慣だ。

ああ、それにしても眠りが浅いなあ。せっかくの休みだからもっとぐっすり眠りたかったなあ。
そう思っていると、友人が枕元にやってきていた。
姉のように慕っている年上の友人だ。

「そういうときはこれを食べるといいわよ」
小さなお皿に、茹でた青菜のようなものがちょこんと載っていた。
その上に檸檬をたっぷりたらしてくれた。
おおぶりで、あまりすっぱくない、わたしの好きな檸檬だ。

わたしはそれを食べた。
檸檬のすっぱさ以外の食感はなかった。
それくらい青菜はやわらかく茹でてあるんだと思った。
味のくせのない、ふわっとした青菜。

次に気がついたときは、近くの工場の8時のサイレンが鳴っていた。
ああ、ちょっと目を瞑っただけだと思ってたのに、すごくぐっすり眠ってしまってたのだ。

あの青菜檸檬のおかげだろうか?

それにしても味がなかった。
夢の中で食べるものはだいたい味がない。
だけど、匂いやふわっとした食感はある。

そしてわたしは夢の中でそれを、なぜか「おいしい」と思って食べている。

冬の公園。夕日がきれい。



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posted by noyuki at 19:15| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月25日

九年前の祈り  小野正嗣



心にひっかかった本は記録しておこうとは思っているのだが、ズルズルと遅れてしまうこともある、困ったもんです。

芥川賞受賞作。大分出身の友人のすすめで読んでみた。
旅行して気に入っていた佐伯、蒲江町の風景がなつかしく、シングルマザーと金髪の子供が、その町でどういうふうに映るのか想像しながら楽しんでいた。

が、後半にさしかかり、なにかがちがう、ゾワゾワ感に襲われてしまった。
なんなんだ、これは?

漁村の女性の強く明るい会話の中に、彼女たちの、心の中の純粋さや切迫した静かな祈りが見え隠れする。

そしてなによりも、最後に「現実と物語」のズレのようなもの残ってしまう。
その「居心地の悪さ」のようなものが見事だと思った。

(以下ネタバレになります・ご注意ください)

子供の希敏(ケビン)が千切れたミミズになる時、シングルマザーであるさなえは、困り果て、それを沈めようとする。
そして公的機関の女性から「なにか困ったことがあったらご相談ください」と言われ、さなえは「虐待を疑われているのでは」と思う。
それは「なんんらかの発達障害のある子どもへの支援のための声掛け」だと思うのだが、さなえは、「自分の虐待が疑われてる」と思う。さなえの世界の「ズレ」の中では、千切れたミミズの話なのだ。それは「障害の受容」の話ではないのだ。
美しい描写と、力強い漁村の人々の感性の中で、いろんなものが変わり、受容されていくのだが、この「ズレ」は変わらない。

現実と物語はズレている。
気づこうと気づくまいと。
そして、作り上げられた世界の美しさゆえに、そのことに「はっ!」と気づいたときの居心地の悪さが見事に残る作品でした。
あ、この居心地の悪さというのはけして悪い意味ではないです。
物語は多幸感が残るものばかりであっても困るので。



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posted by noyuki at 21:25| 福岡 | Comment(0) | TrackBack(0) | 見て、読んで、感じたこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年02月22日

「アイネクライネナハトムジーク」伊坂幸太郎 幻冬舎


昨年の10月くらいに読んでたのだけど、「鳩」にかかりっきりで、備忘録もなにも書いてなかった。6つの短編からなる、これはとても幸せな短篇集。

「アイネクライネ 」 ご存知斉藤和義の「ベリーベリーストロング」の原型となる物語。とはいえ、ラストは予想外の微笑ましさにあたたかい気持になる。

「ライトヘビー」 そのベリーベリーストロングのシングル曲の付録として描かれた物語(一生懸命探したけれど、当時は入手できなかった)。アイネクライネで脇役だったボクサー「ウィンストン小野」が主人公。おかしみのある話。

「ドクメンタ」 アイネクライネでパソコンを蹴飛ばしてデータを消した藤間さんの話。

「ルックスライク」 アイネクライネで主人公の友人夫婦だった織田夫妻の子供が登場。

「メイクアップ」 昔のいじめっ子に仕事で再会する話。

「ナハトムジーク」 さて。いろんな短編に少しずつ関係のある人々が出てきて、ジリジリしてたのが、ここにきて、みんなが繋がってくる。時間を行きつ戻りつしながら、ボクサー「ウィンストン小野」の試合を時間軸の横糸に勢ぞろいしてくる。日本人の素朴なボクサーをただ応援するのに、個々の人生の来し方行く末が集結してる感じがすごくおもしろかった。

気がつけばまた、登場人物の関係をメモしながら読んでました。

そういうと、仕掛がおもしろいだけじゃないか、と思われそうですが、伊坂幸太郎の描く人間のシンプルさ正直さおかしさが目一杯に生きていて、しかも短い物語がとても気持ちよく完結をしていて、この気持ちよさが伊坂幸太郎なのだ、と改めて思った作品でした。

追記。 本屋大賞の候補に選ばれたとのこと。おめでとうございます。派手ではない小品揃いで、非常に上質な文章を味わえる点では、こういうのが選ばれてもいいなとも思います。

追記その2。小説での「ウィンストン小野」の試合の結末は、去年のソフトバンクの優勝戦を思い出させました。読んだのと、観たのとほぼ同時期。ちょっとしたシンクロニシティ。


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posted by noyuki at 16:05| 福岡 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 伊坂幸太郎の備忘録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月28日

夢をみた

夢をみた。
こんな夢だった。

わたしは占い師の前に座っている。
お金を払って、占ってもらったわけではない。
たまたま、高名な占い師という人と話す機会があって、そこで「手相をみましょう」という話になったのだ。

そもそも、運命を定められるのはきらいだ。
限定されたり、避けるべきものを教えられるのは、にがてなのだ。

でも、その人はなんだかいい感じで、ああ、この人のはなしだったら聞いてみたいって思っていた。

「うん、健康だし、これからも、いい感じですよ」
ふさふさしたショートボブにベールをかぶった、目の大きな占い師は言った。
「いい人に出会っていくでしょう」
「いい手相です。これからも、大きな苦労もないでしょう」

手相をみていた占い師はそれから顔をあげて言った。

「あとひとつ、アドバイスがあります。デイサービスには言った方がいいですよ」

デイサービス?

わたしはわけがわからなかった。

わたしはデイサービスに行くような年齢ではないのに。
ないのに....

そう思いながら、夢の中でわたしは気づいた。

わたしはいつのまにか、おばあちゃんになっていたのだ。
年月がたって、おばあちゃんになっていたのに、自分はそのことに気づかないで、いつまでも若い気持でいただけだったのだ。

わたしは。
いま、いくつで。
これまで、どんな人生をすごしてきたのだろう?

それをずっとずっと考えた。

考えていたら、目がさめた。

ああ、びっくりした。


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posted by noyuki at 20:36| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月29日

鳩のゆくえ 「鳩の撃退法」佐藤正午

B 鳩のゆくえ


「鳩」という比喩で、飛び出していったものの行方をメモしています。
ネタバレが多く含まれてますので、読了後に読まれることをおすすめします。

ケンジロウ が3万円 の封筒を持っている
下矢印1︎

スピンの金庫 幸地ヒデヨシに預かってもらう
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スピンの女性従業員 佐野 前借りのお金とまちがって、持ち出す

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遊び人の大学生に渡す
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大学生、女優倶楽部で女を買う 高峰秀子に渡す

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高峰秀子、津田伸一に借金返済 3万円
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津田伸一、手持ちのピーターパンにはさむ
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津田伸一と奥平みなみさん、ガストで会う

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奥平みなみさんの子供 ピーターパンを3万円はさんだままで持っていく
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奥平さん、房州老人にピーターパンを返す
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房州老人 1万円は ホテルの支払いに 残りはトランクへ
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房州老人 のトランクは死後 津田伸一へ
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トランクの端数の3万円を津田伸一は生活費へ

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うち1万円でとこやのまえだで支払い
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それをパチンコ屋で女性が使い、偽札発覚

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本通り裏の追っ手
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津田伸一 まりこさんの家に泊まる

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大河内よっちゃん lolのチンピラに見つかる
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倉田ケンジロウに連絡をとってもらう。

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ピーターパンの本とトランクの入ったロッカーの鍵をわたす
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ケンジロウに3302万円。 網谷ちさ、こっそり100万持ち出し
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3301万円は堀之内元に寄付
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1万円だけが偽札


3万円の偽札のまとめ

1万円は房州老人がホテルで支払い
1万円は津田伸一がとこやのまえだで支払い
1万円だけトランクに残っていた。



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posted by noyuki at 21:45| 福岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

それぞれの2/28日「鳩の撃退法」佐藤正午

時系列がわかりづらいところを自分用に整理してみました。
ネタバレが含まれていますので、読了後に確認されることをおすすめします。
2/28日はそれぞれ、いろんなことが起こっていて、とても大切な一日のようです。

@ 幸地ヒデヨシの2/28日

午前3時半     読書をしていた幸地ヒデヨシ 、津田伸一と ミスタードーナッツで言葉を交わす
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朝  幸地ヒデヨシ 幼稚園 へ子供を送る  慎改美弥子 が夕方から子供を預かる約束
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(妻)幸地奈々美が  妊娠を告白する
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倉田ケンジロウから電話。「スピンで封筒を預かってほしい」 右矢印1︎    前借り佐野が勘違いして持ち出す
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幸地ヒデヨシ 慌ててスピンへ出勤
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幸地奈々美 、晴山青年 とかけおちをくわだてる。
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追っ手
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追手の多々良、岡野につかまる
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止めようとして幸地ヒデヨシ 手に怪我
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その後一家 神隠し(冒頭シーン)




A 津田伸一の2/28日

午前3時 幸地ヒデヨシとミスタードーナッツで会う
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午後6時 ドライバーのしごと
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午後9時 房州老人とハンバーガーショップ
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山下、lolのチンピラにやられる。( 慎改の夫のさしがね?)
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慎改美弥子に物件を紹介してもらう約束をする。 房州老人とドーナッツショップ
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アカプルコからドーナッツショップ へ。網谷もいる 子供連れて、前借りするところ
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高峰秀子の家
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頼まれてそこから晴山青年を送る  方向替えて無人駅に
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ベンツのワゴンタイプ 幸地奈々美が晴山と合流するのを見る。
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 ガスト 奥平さんの面接  友達に車をとられた網谷ちさがいる
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ふたりを送る
下矢印1
網谷ちさの家に泊まる


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posted by noyuki at 21:40| 福岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月17日

「鳩の撃退法」 小学館 佐藤正午

ざっくり言うと、消えた偽札の行方と、消えた家族の行方を追う小説。
小説家津田伸一は、そのどちらにも浅からぬ関わりを持っていて、絡まった複雑な人間模様が描かれている。

3年間「きらら」での連載で読んでて、とちゅうわからなくなってしまったことも多かったので、単行本の発売が待ち遠しくってしかたなかった。
で、最初っから通しで読んでみたら、全体も見渡せて、やっぱりすごく面白かった。
 
だから、あなたがこの分厚い小説を読もうかどうしようか迷ってるとしたら、「おもしろいからぜひ、読んでみたらいい」と言いたいですexclamation

なんにちもなんにちも、どんなブックレビュー書いたら伝わるかなと悩んでたんだけど、やっぱり言いたいことはただひとつ。
「鳩の撃退法」おもしろいです。こんなにおもしろい小説を読めて幸せ、そう思える小説です。


さて。
以下はネタバレもあります、ご注意ください。



津田伸一は、今はデリヘルの送迎ドライバー。
小説の世界から完全に干された彼は、パソコンもないままに、ノートに鉛筆で小説を書いている。

その小説の虚構と、事実が絶妙に入り混じる。
それは、多重で少し複雑なセカイではあるけれど、登場人物がみんな魅力的で、映画に例えるなら「いい役者が揃っていて、いい雰囲気のフィルムがまわっている」感じ。

本通りの裏の倉田ケンジロウの言葉少なく比喩に富んだセリフは、大物らしくて重厚。

ドーナツ屋の女性店員ぬもとは憎まれ口ばかりなのに、津田伸一を見捨てておけなくなっている。
「一回くらいぬもとと呼べ」という、彼女のセリフは、愛の告白にも聞こえる。カッコよすぎて、ジンジンきてしまった。

 チキチキのまりこさんのなげやりな奔放さも、ラストシーンの網谷千沙の困ってもひとりで踏ん張る健気さも、みんなみんな、人生がリアルで、生きている言葉で描かれていて、どんどん動いている。
てか、どんだけ登場人物がいて、どこでどれだけ繋がってるんだ?

そしてわたしは、出版社に勤める鳥飼なほみが一番好き。
出版業界から追放された状態の津田伸一の、この小説を、ただ出版したいがために、彼女はオリビアに通い続ける。
なのに生身の津田伸一のさそいを断り、「津田伸一の書いた小説の方にわたしは惹かれる」という。

で。この本が無事に出版されたのは、この小説によると鳥飼なほみのおかげということになるわけだから、鳥飼の大ファンのわたしとしては、ラストちらっとでもそこに触れてほしかった。
だけどそんなことはひとことも書かれてなかった!
そのことだけが不満といえば不満なんだけれど。
でも津田伸一だったら、ぜったいこう言うだろう。

「それはTMIだ」って。

TMI?
too much information。

これだけのボリュームなのに、読み終えたら、また読み返したくなる。
わたしの知らない謎やしかけが、まだ、この本にはたくさんあるような気がします。

http://shogofan.bbs.fc2.com/佐藤正午派の掲示板でいろいろな謎解きやってます。
こちらもよかったらご訪問ください。


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posted by noyuki at 21:54| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月01日

「身も心も」盛田隆二 光文社文庫




単行本版の感想はこちら

中江有里さんの解説がすばらしいと聞いて再読。解説も必読です。


仕事柄、いろんな高齢者の方に接し、「ああ、幸せじゃないんだなあ」と思うことがよくある。

できることができなくなったり。
健康でなくなったり。
自分の記憶があやふやになったり。
それを「不幸なこと」と言う方はとても多い。

長く生きることは不自由なことだとすれば、高齢化社会は不幸の吹き溜まりではないのか?
そして私はそれを打ち消す言葉を持たない。わたしには想像不可能な「不自由さ」だからだ。

絵画教室をきっかけに出会った、礼次郎と幸子は、愛を育んでゆく。
幸子は若い頃の後遺症から持病があり、礼次郎は脳梗塞で2度倒れる。
今年の桜をふたりで見たいと思うこと、車椅子を幸子に押してもらっての散歩。
いつ、死に別れるかもしれない二人が、お互いのために生きようと思う姿を見ると、ああ、老後は不幸なことばかりではないのだ。気の持ちようかもしれないけれど、幸せなことだってきっとあるはずなんだ、と思いたくなる。

そして、「自分は不幸だ」と訴える高齢者のみなさんに「きっと素敵なこともありますよ」と言いたくなってしまう。おそらく「実のないはげまし」は何の役にもたたないだろうけれど。
それでも「きっといいこともありますように」と、心の声を投げかけてくる。
恋じゃなくてもいいから。

そして自分はどうだ?
最近集中力も若いほどではなくなり、できない事が増えてきた自分をどんどん許してる。
そのくせそれを「ふがいない」と感じている。
いつかそれを「ふがいない」じゃなくて、「自由になっている」と考えられるようになれればいいのかもしれない。

そういう気持にさせてくれる「身も心も」という物語を心に持って、わたしはこれから先を生きていければいいな。
これは、そう思わせてくれる作品。



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posted by noyuki at 15:29| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 佐藤正午系 盛田隆二系 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年09月20日

「ミドリの森」5 サトミ 2

わたしは、何を与えられて、何を与えられなかったのだろうか?
ときどきそのことについて考える。

 ミドリさんは話術の天才だ。すてきな話し言葉でお客さまをいい気分にさせてくれる。
奈津子さんはアートの天才。ちょっとした大胆なデザインで人を魅了する。
ふたりとも「ネイルサロンドルチェ」にはなくてはならない人たちだ。

だけどわたしはどうだろう?
そのどちらの技術があるとも思えない。いつも失敗しないようにドキドキしてる。
顔は地味だし、おしゃべりもできないから、いつまでたっても存在感がない。
あからさまに不満を言う人こそいないけれど、満足度は一番低いんじゃないかと思う。
「まだまだ若いんだから、ていねいに仕事することだけを心掛ければいいのよ」とミドリ先輩は言うけれど。彼女の本音はいつも深い森の中だ。

中学までは勉强だけはできた。そして高校は進学校に入ったのに、ついてゆくのもおぼつかなくなってしまった。
環境は残酷だ。だんだん疎外されていくようで、誰とも口を聞けなくなってしまった。両親は、せめて辞めないで卒業してくれればいいと願った。
卒業できる出席日数を計算しながら、仮病を使ったり、学校で石のように座ったままだったりを繰り返すのは苦行だったけれど、転校や退学は、もっと気の遠くなるような労力を必要としている気がした。
同級生たちはほとんど県外か近くの都市の大学に行った。わたしは冬にひどい気管支炎を起こして受験もままならなかった。もっとも、気管支炎でなくったって、行けるところなんてなかっただろう。
両親は、それでいいじゃない、専門学校にでも行って、近くで働ける技術があればそれで十分だわ、と言った。
巣立ちのできないひなのままでいて欲しいのだ。両親の中ではわたしはまだ、社会にうまく適応できなくて取り残された娘で、わたしはずっとそれに甘んじている。
高校を卒業したとたん頭の中がクリアになって、それなりに友だちもできたけれど、それでもわたしには、仕事の帰りにいっしょにお茶を飲む友だちなんて誰ひとりいないのだ。

わたしは二人に比べていろんなものを持っていない。
そのことがときどきイヤになってしまう。
「家に帰ればごはんができてるなんて羨ましい」って奈津子さんは言うけれど、ごはんと家族以外に何もない人生を、奈津子さんには想像できるだろうか?

お客様の途切れた昼下がり、そんなことを考えていると、奈津子さんの彼がお店の前を通った。180センチ以上のスーツ姿の端正な顔だちが、ちらりと中を覗いて会釈した。歯磨きのコマーシャルに出てくるようなきれいな白い歯。
今日は奈津子さんは非番でいない。平日にミドリ先輩とわたしがいるってことは、奈津子さんは休みなのだ。
すぐにそのことに気づいたらしく、そのまま彼はだだっ広いフードコートの方に歩いていった。

しばらくしてから、ミドリ先輩が席を立つ。
「ちょうど人も途切れたし、早いけれど食事してくるわ。ああ、おなかすいちゃった」
そう言って、お財布だけ持ってそそくさと店を出ていった。

そのときふいに、最近ミドリ先輩と奈津子さんの会話がないことにあたりがついた。

備品を揃えるふりして少し顔を出してみると、テーブルに座っている彼に挨拶しながら、「SUBWAY」のトレイを持って隣に座るミドリ先輩が遠くに見えた。
静かに凛とした佇まいの、いつものミドリ先輩はそこにはいない。
獲物を狙うカメレオン。静かに巻きつく白い蛇。彼の二の腕に漆黒のネイルアートの指が魔女のように突き刺して、ケラケラと笑っている。
嫌悪感のかけらもなく彼もまた笑っている。
そうか。彼はもう、たぶん、ずっと前から巻きつかれてしまっていたのだ。

最近ミドリ先輩と奈津子さんははよそよそしい。
奈津子さんが遅番の日に備品の片付けができてないって、ミドリ先輩はわたしにこぼすのに、本人には何も言わない。
土日に全員出勤したって、なんとなく会話が弾まない。

わたしの知らないところで何かが起こってるのだ。

そうしてわたしは「ごはんと家族以外のなにか」に飢えてるわたしが、ひそかに心踊らせていることに気づいてしまう。


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posted by noyuki at 14:07| 福岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ミドリの森 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする